「クーパー?」
「うん。アルフから見てどうかなと思って」
本局の食堂にて。フォークを手に野菜を摘みながら首を捻った。
六課で保護し無限書庫にやってきた少年もスクライアの一族に混じり作業を共にしてから随分と経った。
咀嚼を続けごくんと飲み込んでから、手にするフォークをヒラヒラと動かす。
「悪くは無いんじゃないのかい? 頼んだ仕事はキチっとやってくれるし。
見た目は暗いけど応対もちゃんとしてるし協調性もあるといえばあるけど……ただ、まあ……」
「ただ?」
フォークを指先でくるくると回しながら、テーブルに肘をつき、んーとアルフは思案する。
「必要以上の会話をしようとしないからかなぁ、何処か他人なんだよねクーパーって。
っていうかさユーノ……あんただよあんた。あの子が一番話しづらそうなの。私や他の司書には
言葉少なげにも話してくれるけど、ユーノと話す時はどこか遠慮気味でつっかえつっかえなんだよ。なんかした?」
してないと切り返しながら手元の皿に乗るパンを取り千切って口の中に放り込み、もぐもぐしながら
最善策を模索する。
「何かいい案ある?」
「急に振られてもね……。たとえば、一緒に食事してみるとか。休日にクラナガンに出るとか。
何かコミュニケーションでも取ればいいんじゃないのかい?もしく仕事中ももう少しコミュニケーションを
とるとか。もうそんなに忙しくはないだろう?」
「まあね」
まさかのスカリエッティ壊滅で随分と仕事は楽になってしまっている。今後、クーパーの身の振り方がどうなるかは解らないが、
本当にこのままいくところが無いのであればユーノはスクライアに迎えてもいい、と頭の片隅では考える。
仕事ができる人間は財産だ。よしと軽い意気込みと共にパンとスープとサラダを口の中に入れてご馳走様と手を合わせる。
「ありがとう。お礼は」
「精神的にね」
にやりと笑ったアルフに苦笑しながら別れる。一足先に無限書庫へと戻っていった。もう直ぐ書庫から撤収だが、
仕事が終わる前にクラナガンに遊びに行くのもいいかもしれない、とユーノは思った。スケジュールが合えば、
キャロもフェイトもいるし、アルフも誘ってクーパーと仲良くなれれば御の字だ。
無限書庫に入ると無重力に迎えられ、強く蹴って移動する。目的の人物は足場を形成し読書魔法を進めていた。
スクライアでクーパーの存在は確認できていなかったが、少なくとも術式や慣れはスクライアで教えるものに間違いない。
なんにせよいずれ解るだろうと楽観的に足場を作り、蹴りながら近寄る。
直ぐ近くには、メビウスの輪のように体を捻りながら浮かんでいる黒猫がいた。尻尾にはバインド
のような細い紐がくくりつけられていた。飽きる事無くぐるぐる回っている。
「クーパー、ちょっといい?」
声をかけると作業の手を止めて左目が見上げてきた。
「…どうかしましたか?」
「中断させちゃってごめんね。進捗状況はどうかなと思って」
「…進捗状況は順調です。今の所支障はありません。何かあったんですか?」
「え? ああ、問題は無いんだけどね。どんな感じかなと思って」
はぁ、曖昧な相槌を打つようにクーパーだが、ユーノが去らない事を知るとどこか居心地が悪そうにする。
まるでウンチを我慢している子供のようだった。どこかもじもじしている。
「…?」
「今度さ、一緒にどこか行かない?」
「……………」
唐突のユーノの言葉にクーパーは固まっていた。固まってから、今度は口をぱくぱく開けたり閉じたり、金魚のようだった。
傍から見ていると面白い。思わず、ユーノはふきだしてしまう。
「大丈夫?」
「…あ、ははい。平気です」
「そっか。なら良かった。無限書庫の調査が終わっちゃったらスクライアの一族は引き上げちゃうから。
その前にキャロとフェイト達ともクラナガンで遊んでおこうと思ってさ。一緒にどう?」
相変らず、クーパーは固まっていたが再起動するとあわてふためき始めた。
「…いきますっ」
「うん。とは言ってもまだフェイト達とも連絡をとってないし、面子もどうなるか解らないんだけどね。
話が通ったらまた連絡するから。用件はそれだけ、作業の邪魔してごめんね」
「…いえ、ありがとうございます」
何故お礼、と思ったがうんと頷いて足場を蹴るとクーパーの元を去る。その姿を左目が追っていた事にユーノは気づかなかった。
そして、溜息を漏らした事も。頭上では相変らず猫が回っていた。快い返事を貰えたユーノはまず、エスティマに連絡を入れてみた。
「ふーん。そう。遊びにね。いいね」
通信画面に映しだされるエスティマはいつも通りだった。六課が根本的な役割を終えたとはいえ、
トップに立つ人間が暇な筈がない。ユーノは苦笑しながらご苦労様と告げておく。それでも、エスティマの愚痴は止まらない。
ややふてくされた顔がドアップで映し出される。苦笑する。
「大体なぁユーノ。なんでオレにそれを知らせるんだよ。行けないオレに嫌味か?」
それに対してにやりと笑った。
「嫌だなエスティ、知らせなかったら知らせなかったで怒るのは君じゃないか」
むぐ、と1本とられた顔になる。それがとてもおかしくて、ユーノは笑った。
「いい子だとは思うんだけどね。少しは糸口になってくれればって思うよ」
「まあね。でも、見た目と精神年齢が全然あってないんじゃないか」
ぼりぼりと頭を掻きながら悩む。それに関しては本当に、と同意しておいた。
「悩みの種だね」
「なんだかジジ臭いとこあるし。……なんだろうな。オレの知り合いで気が合いそうなの一人しかいないな」
「誰?」
「ヴァイス陸曹」
「誰それ?」
知らないよな、とエスティマは苦笑しつつ忘れていいよ手を振ってみせる。
知らなくて当然といえば当然か。
「何にせよいいリフレッシュになってくれればいい。もしかしたら長い付き合いになるかもしれないんだし」
「もしかしたら、ね。正直どうなるかは解らないけどさ、まぁやれるだけはやっておきたいし」
「優しいなぁ、ユーノは」
その一言には皮肉な笑みを浮べておく。
「それはどうかな?」
小話もそこそこに通信を切るとフェイトとも連絡を取る。こころよい返事をもらえたがキャロにも確認をとると言っていた。
エリオも誘うという話になり話はどんどん広がっていた。楽しくなりそうだ、とユーノは思った。
連絡も終え仕事を終えると与えられている自室に戻り食事の前に仮眠をとった。
「……ん」
仮眠、のつもりだったのに眼を覚ますと随分と遅くまで眠っていた。夕飯……と思ったが、風呂を優先した。
時刻は零時半を回っておりとりあえず着替えを持って浴場へと向う。早く入って出ようと思い脱衣所に入ると服を脱ぎ浴室に入ると
クーパーがいた。湯船の隅っこにいてユーノが来た事に気づくと慌てて眼帯をつけていた。
風呂でつけなくてもいいのにと思う。シャワーで汗を流してからクーパーの傍に体を沈める。
僅かに、湯船が揺れた。
「随分遅くに入ってるんだね」
「……………その、……………………はい」
なんだか、随分と消え入りそうな声をしている。何故か緊張しているようだった。濡れた髪と眼帯がミスマッチしていた。
そして何故か湯船の中で正座しているクーパーにユーノは笑った。
「そんなに硬くならなくていいのに」
湯をすくい顔をぬぐった。なんとなく、2人で並ぶ。それでもクーパーの緊張は解けていないようだった。
浴室には他に誰もいなくて、とても静かだった。
「いつもこの時間帯?」
「…ええ、……はい」
「そっか」
「…………」
「不自由は無い?」
「…ありません、気を使っていただいてますし……ありがとうございます。
本当に、その」
ありがとうございます、と消え入りそうな声で俯きながら言った。ユーノも相槌を打つ。
「フェイト達ね。多分行けるみたい。まあ、まだ連絡待ちなんだけど」
「…そう、ですか」
「うん。楽しみだよ」
「…………」
会話がどうしても途切れがちになってしまう。
「ねえ。クーパー」
「…はい」
「僕の事、苦手?」
「……いえ」
そこで途切れた。
「…苦手、じゃないです」
「無理には聞かないけど、話したいことがあったらいつでもいってね」
小さく、はいという返事が聞こえたような気がした。しばらく入ってもクーパーは一向にあがる気配は無く、ユーノは先に出た。
1人、浴場に残ったクーパーは眼帯を外すと湯の中に体を沈め泡を立ち上らせた。