目の前を行き交う人――スクライアの人たちを眺めながら、クーパーは面食らっていた。パチパチと瞬きをする。
塔のように上へと伸びる円筒形の書庫。ぎっしりと詰め込まれた本の数は、数えるのも馬鹿らしいほどだった。

ここは時空管理局本局内にある施設、無限書庫。
エスティマに連れられ、クーパーはこの場所へとやってきていた。

無重力空間の中を行き来している者たちは局員ではなく、スクライア。
どうやら管理局から部族の方へ資料捜索――これも発掘の一つなのだと聞いたときは酷いこじつけだと思った――を依頼したらしい。

忙しなく検索魔法を使っている人の中には、クーパーの知っている顔もある。
やはりエスティマや自分を除けば、人や世界にそう変わりはないらしい。
しかしそう考えてみると、それぞれの世界へ影響を与えているのは、自分やエスティマといった一人の人間ということになる。

クーパーから見ればこの世界――自分の元いた場所と比べれば随分とマシな状況に、僅かな嫉妬を覚える。
またエスティマから見れば――といってもクーパーから断片的にしか聞いていないが――少しの切っ掛けでこうも世界が変わるのかと驚いていた。

それはともかくとして。
クーパーがこの無限書庫へときた理由は一つ。
以前エスティマに云われた、仕事をしてもらう、ということ。その働き口としてこの場所を紹介されたのだ。
最初はフェイトの手伝いをさせられそうになったが、クーパーは断っていた。"ここ"のフェイトはクーパーにとって、不思議生物のようなものだから。

「相変わらず酷いとこだなぁ……」

「…酷いんですか?」

「ああ。なんせ、こうやって作業を進めている間にも資料は上の階層に蓄積されているからさ」

そういって、エスティマは天井を指さす。
その先は真っ暗になっていて、クーパーにはどうなっているのか見えなかった。エスティマの言葉通りならば、この本棚が延々と続いているのだろうけれど。

「…こんなところで、何を探してるんですか?」

「レリックウェポン。そして、聖王のゆりかごっていうロストロギアの資料だね。
 前者はともかく、後者の方はおそらく結社の切り札だろうって思われている、旧時代の次元航行艦さ」

その他にも細々としたものを、とエスティマが苦笑したのを見て、クーパーは本棚へと視線を移した。
…この中からそんな限定的な資料を?
馬鹿げてる。砂漠の中から落としたコインを探し回るようなものじゃないか。
しかしクーパーが思うぐらいなのだから、エスティマも分かっているのだろう。困難であることを承知の上で探すだけの価値がある情報なのか。

「ま、如何せんスタートダッシュが遅れたからね。見つけられたら儲けもの。悪あがきみたいなもんさ」

「…スタートダッシュ?」

「ああ、こっちの話。まぁ――」

そこまでいうと、彼は視線を書庫の中心――螺旋階段状になっている通路へと向けた。
釣られてクーパーも目を動かして、その先にいた人物に息を飲む。

ハニーブロンドの髪に、緑の瞳。男の標準体型からすれば、華奢な体つき。
眼鏡をかけたエスティマと同年代の青年がこちらへとやってくる。クーパーはその人物をよく知っていた。

ユーノ・スクライア。ああ、そうだ。何故彼がいるのだということを失念していたのだろう。
それはおそらく、兄を失ったという想いが深く根付いていたからだ。"ここ"と向こうは違うというのに、クーパーは欠片も考えていなかった。

「や、エスティ」

「よう。お疲れ、ユーノ」

気軽にお互いの名を呼び合うエスティマとユーノ。その二人の姿が、自分とダブる。
それが高じて、衝動といってもいいものが胸の中で一気に膨らんだ。

…そこは、僕の場所でっ。

辛うじて声に出さなかったことに、クーパーは自分自身を褒めてやりたかった。
ギリ、と爪が食い込むほどに手を握り締め、表情だけは平静を装う。

「彼が、例の?」

「ああ。ウチで保護した例の少年」

「…初め、まして。クーパーです」

「うん。初めまして、クーパーくん」

悪気も何もない普通の挨拶。だというのに、クーパーの胸はじくじくと痛んだ。
今度はもう、無言で頭を下げることしかできない。
その様子にユーノは苦笑する。クーパーの知っている彼よりもずっと大人になってはいるが、柔和な、優しさを連想させる雰囲気は何も変わっていなかった。

「じゃあ、早速だけど仕事の説明をするよ。良いかな?」

「…はい。よろしくお願いします」

ユーノの顔をまともに見れず、顔を背け気味に返事をした。
それじゃあ、とユーノはいうと、クーパーの頭にそっと手を載せる。
深い意味はないのだろう。大人のユーノが、子供のクーパーに対して自然に行ったことだった。
しかし、手を載せられた頭がいやに熱を持って、なんともいえない気持ちになる。

載せられた手を乱暴にならないよう気をつけて退かせると、クーパーは本棚の方へと進んだ。













『気難しい子なのかな?』

『まぁ、それは否定しないよ。悪い子ではないんだけどね』

『そっか。まぁ、子供の扱いには慣れてるから平気だと思う。
 それじゃあね、エスティ――っと、そうだ。帰りにもう一度こっちに来る?
 もしそうなら、一緒に夕食でも食べない?』

『良いねぇ。じゃあ、その時まで行くところを考えておくよ。じゃあな』

『うん。それじゃあ、また』

念話を打ち切って、エスティマは無限書庫を後にする。
背後で扉が閉まった音が響くと、さて、と気持ちを入れ替えた。
わざわざエスティマが本局までクーパーを案内したのには理由がある。

彼が本局へと足を伸ばした理由は、クーパーが"ここ"へとやってきた原因――それに関わりがあるであろう、次元震だった。
六課が例の遺跡へ向かう少し前、あの世界の近くで小規模の次元震が発生していたらしい。
小規模の中の小規模。すぐ消えてしまうほどの波紋が立ったようなものだが、しかし、クーパーが"ここ"へと現れたことに関係があるだろうと予想している。

その次元震とは一体なんなのか。それは偶然起こったような代物なのか。
自分とクーパーという、鏡合わせである存在が顔を合わせたことには何か意味があるのではないか。何者かの意志があるのではないか。
エスティマはどうしてもそう考えてしまう。
それは、今までの人生で気のせいだと思っていた事柄が、ことごとく計ったように裏目へと影響したせいなのかもしれない。

しかし、もし関係があるのだとしてもエスティマには表だって動くことができなかった。
そもそもクーパーが他の――並行世界からやってきたということ自体が、胡散臭い。
三等陸佐なんて肩書きを持つ人間が世迷いごとじみたものを信じて動いたなんて知られれば、自分だけではなく、六課にも妙な噂が立つかもしれない。

もっとも、そんな噂が立ったところで長続きはしないだろう。
しかしエスティマは、自分のみならともかく、身内に変な視線が向けられることを嫌っている。

故に、エスティマは一人で動いていた。
転送ポートからクーパーの発見された遺跡へと飛び、カスタムライトを取り出してセットアップを開始する。
設けられたリミッターにより魔力量は心許ない。警戒心を意識して高め、エスティマは遺跡の中を進む。

そうして、開けた場所へ――クーパーが発見された――出ると、エリアサーチを四つ飛ばす。
砂埃の漂う空間をゆっくり進んでいると、ふと、床に何かが転がっているのに気付いた。

「……なんだ? 情報端末、いや、通信機か?」

掌に乗るていどのサイズであるそれを拾い上げると、エスティマは点滅しているボタンを押した。
マイクが空気に触れる音がしばらく流れ、録音されていた声が聞こえ始める。
覚えのあるそれに、エスティマは目を細めた。

『やあクーパー。元気にしているかな?
 君を送り出したのはいいが、少し困ったことになってしまってね。
 どうやら予定していた場所とは違った世界に放り出してしまったらしい。
 君もさぞ混乱しているだろうことは、想像に難くないよ。
 ……さて、世間話はこれぐらいで。
 近いうちに次元震を起こして、君をこちらに呼び戻そうと思う。
 その時になったら、また連絡するよ。
 それではクーパー。一風変わった旅行を楽しんでくれたまえ』

録音されていた音声が途切れ、再び洞窟内に静寂が戻る。
無意識の内に通信機を握り締め、ぎしり、とプラスチックが軋みを上げた。

クーパーがスカリエッティと関わりがあることは分かっていたが……彼は一体、どういう立場なのだろうか。
敵ではない、とは思う。それにエスティマとクーパーの知るスカリエッティに関わりはない。そう、エスティマの敵ではない。
しかし、あの男のことを思い出すだけでエスティマの腕は憎悪に震えた。

……世界が違うとしても、自分自身と関わりがないのだとしても、スカリエッティという個人に対する怒りは薄まらないのか。
無表情のままにエスティマは踵を返すと、遺跡を後にした。


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