保護、という名目でクーパーが六課に滞在し始めてから三日が経った。
クーパーは膝の上で丸くなったアルトを撫でながら、その間に出会った人たちのことを思い出す。
というよりも、どうしてもそれを考えてしまうのだ。
この六課はクーパーの知っている人物が多く所属している。が、知っているだけだ。名前や外見、そういったものがクーパーの見た人物と一致しているだけ。
いや、外見すらも怪しい。同い年だったはずの女の子が、なぜか年上になり、それ相応の体つきになっている。
まるで別人。いや、もはや別人だった。
なのはとはまだ顔を合わせていないが、八神はやて、フェイト・T・スクライア――そう、スクライア、だ――とはよく顔を合わせていた。
"ここ"の八神はやては捜査官になっているようで、クーパーの身元を確かめるために走り回っているようだった。
……その努力は、おそらく無駄だろうとクーパーは思っている。
彼女たちにいってはいないが、クーパーは薄々と"ここ"が自分の世界ではないと気付き始めている。
そうでなければおかしいのだ。
クーパーの知る彼女たちは、あんなのじゃない。あんなの、とは随分酷い言い方だが、クーパーからすれば知人の顔を被っているせいで余計に警戒心が強くなる。
八神はやてはまだ自らの未来を模索している段階だったはずだし、フェイトは一般人なんかじゃなかった。
話を聞く限りなのははそのまま大きくなっているようだが、そもそも大きくなっていること自体がおかしな話。
けれど、"ここ"の八神はやては立派に捜査官として働いているようだ。友達が少なく、一人で寂しそうにしていた彼女の面影はなくなっていた。
フェイトもだ。クーパーの知る彼女はあんな風に屈託なく笑っているような少女ではなかった。
同族嫌悪すらたまに抱くほどの影のある少女は、どういうわけだか普通の女性になっている。
タチの悪い夢でも見ているようだ――そう思うも、夢にしては長すぎる。酒が飲みたい。そう思うと酷い渇きを覚えた。
が、どうやら六課は潔癖――というか普通――な場所のようで、子供の自分に酒を与えてくれるような場所ではないと雰囲気で察した。
そして、タチの悪い夢だと思う極めつけは――
床で丸くなっている青い狼の存在だった。死人が歩いている。そんな現実離れした状況が、神経を責め苛む。
まったく、と指でアルトの鼻先をくすぐると、何すんじゃいご主人と猫パンチを見舞われた。
「…ザフィーラ」
「なんだ?」
話しかけられたことで、ザフィーラは伏せていた顔を上げた。
じっと赤い瞳で見つめられると、埃を被っていた記憶が息を吹き返しそう。
つつ、とそれとなく視線を逸らして、クーパーは口を開いた。
「…この部隊って、何をするところなんですか?」
「ふむ。ここは割と有名なところなのだが……結社、という組織があるのは知っているな?」
「…ええ」
本当は知らない。ただ、常識としていわれているような文脈だったのでそう答えただけだ。
部屋に転がっている雑誌にも結社のことは載っていた。そこから考えるに、規模の大きなテロ組織、と考えるのが妥当なのだろう。
その組織のトップとなっている違法研究者は困ったことにクーパーにとって身近な存在だったのだが、今の自分には関係ないだろうと切って捨てる。
「我々が行っていることは、その結社への対抗……ロストロギアの確保や戦闘区域に現れた戦闘機人の相手を主な任務としている。
最終目標としては、首領であるスカリエッティとそれに連なる者の逮捕だ」
「…大変な任務ですね」
「ああ」
答えるザフィーラの声色には、押し殺した疲労が滲んでいた。
よっぽど厄介なのだろう、その結社という存在は。他人事にそう考えて、アルトの尻尾をゆっくり扱いた。
もともと知的好奇心が豊富な方であるクーパーは、この部隊のこともそうだが、世界そのものに興味があった。
気持ち悪さはあるとしても、それはそれ。それに、未来だということもある。
彼じゃなくても好奇心をそそられる状況だろう。
ただ、いつもの強がりっぷりを発揮して、自ら貪欲に調べようとはしていなかったが。
もっとも、当たり前として浸透している、常識を調べる者は不審に見えるだろう。
今の自分は管理局に保護された身元不明の少年でしかない。子供だからこそ丁寧に扱われているだけだ。
これで一つでも怪しそうな動きでもすれば、どうなるか分からない。
職も住み処も失って迷子になったクーパーとしては、ここから放り出されるわけにはいかなかった。
猫を被って大人しくしている以外、今の自分にできることはないだろう。
諦めを混じらせた溜息を吐くと、暇だぜご主人、とアルトが視線を向けてくる。
「…ザフィーラ」
「どうした?」
「…少し、散歩してもいいですか?」
「分かった。隊舎の周りだけになるが、我慢して欲しい」
「…外に出して貰えるだけでもありがたいですから」
「監禁しているわけではないのだ。過ぎたワガママでないのなら、あるていどは聞いてやれるぞ?」
「…いえ、流石に悪いので」
クーパーが立ち上がると、アルトは床に着地する。散歩じゃー、と伸びをすると、クーパーの足元にじゃれついてきた。
そんなに身体を動かしたいのなら、好きに行けばいいのに。そう思うが、アルトも"ここ"がどれだけ妙な場所なのか分かっているのだろう。主人の側をなるべく離れないようにしている。
クーパーは、そんな気遣いが少し嬉しかった。
隊舎を出ると、日光の眩しさに片眼を細める。海から吹き付ける、塩っぽい匂い。
あまり馴染みのないそれと波が打ち付ける音に、少しだけ気分が和らいだ。
キラキラと陽光を反射する水面を見ながら足を進めていると、海上にぽつんとある森林が目に付いた。
なんだあれ、と思っていると、ザフィーラが説明をしてくれる。
「訓練場だ。あそこで高町が新人たちに教導を行っている」
「…はぁ、そうなんですか」
それにしたって、なんで海の上に森なんか。魔力で構築されている訓練施設とは考えなかっため、少しこの部隊の趣味を疑うクーパー。
じっと訓練場を見ているクーパーに何を思ったのか。
ザフィーラは先導するように歩き出すと、少しだけ顔をクーパーに向けた。
「見てみるか?」
「…え?」
「訓練だ。何、問題あるまい。代わり映えのない毎日で飽きているだろう?」
行くぞ、と先を行くザフィーラの後を追って、クーパーは海上訓練施設へと。
なるほど、ここでやっているというのは間違いじゃないらしい。
木々の合間に瞬く魔力光や、気合いの乗った声が届いてくる。
なのはの教導を受けている者たちは、どれもクーパーの知らない顔だった。
その中の一人、オレンジ髪の少女に見覚えがある気もしたが、気のせいだと思うことにする。
知人が多いにしたって、これ以上は少し異常だ。
新人たちの動きをぼーっと眺めて、悪くないんじゃない、と聞かれてもいないのに感想を胸中で呟くクーパー。
比較対象がAAAランク級の化け物なのでどうしても辛口になってしまうが、この歳ならこんなものだろう。
そういえば最近は戦闘らしい戦闘をしていなかったな、などと考えていると、視線を感じた。
見てみれば、クーパーよりも年下の二人がこっちを伺っている。が、余所見をするなとなのはに叱られ、慌てて訓練に戻った。
「行くのか?」
「…邪魔みたいですから」
おいで、と木陰で昼寝を始めようとしていたアルトに声をかけると、早いよぅ、といった感じに喉を鳴らされた。
その様子を鼻で笑うザフィーラ。途端にアルトは無愛想になりそっぽを向いた。
きた道を戻る最中、六課を遠目に見渡すことができた。
クラナガンをバックに建っている隊舎は、立派とはいえないまでもそれなりに映える。
窓から見えるオフィスの中では、活発に働いている職員が多いようだった。
つい所属していた二課のことが浮かびあがってきて、同じ地上でも随分と違う、とも。
しかしどうやらここはエリート部隊らしいので、当たり前なのかもしれないと納得する。
三つある小隊の各隊長がオーバーSランク。その下にいる副隊長がニアSランク。色々と頭がおかしい。
そこまでしないと結社とやらは相手にできないのか、と考え、脳裏にウェンディの顔が出てきた。
……あんなのの相手にわざわざご苦労様です。
その後も隊舎の周りを歩き回ってみたが、本当に何もないらしい。
湾岸地区にあるこの隊舎は、市街地から離れているようだ。緊急出動なんかには便利そうだが、生活には不向きか。
外の空気を吸って気が楽になったクーパーは隊舎に戻ると、割り当てられた部屋へと向かった。
が、廊下を進み角を曲がったところで、部屋の入り口に立っている人物に首を傾げる。
一人は八神はやて。それは良い。また何かを聞きに来たのかもしれないのだから。
しかしもう一人の男に、クーパーは見覚えがなかった。
中肉中背で、髪は金。男にしてはやや髪の毛が長いことが特徴か。
どうやら、はやては彼と談笑しているよう。
その様子に、おや、とクーパーは首を傾げる。
会話が弾んでる、という感じではない。だが、はやての表情や立ち位置がどうにも妙だ。
同僚と一緒にいるにしては、やけに近くへ寄っていたりだとか。大人っぽさの中に童女のような、純粋な喜びが混じっていたりとか。
バイブとオナホ、なんて非常に失礼な上に見当違いな単語が頭に浮かびあがってきたが、それを片隅に置いてクーパーはザフィーラに念話を送る。
『…あの人、誰です?』
『エスティマ・スクライアだ。階級は三佐。ここの部隊長をやっている』
三佐。それにしちゃ若い、と思う。
それと同時に、一つの疑問が浮かび上がってきた。
エスティマ。そんな男がスクライアにいただろうか。"ここ"は向こうと違うので今更かもしれないが、自分と同じ姓を持っていたためどうしても気になってしまった。
エスティマ。時代を合わせたら年齢的に、自分と同じか、一つ下か上か。
クーパーは一族の中で輪を大切にする方ではなかった。しかしそれにしても、おそらく同い年だろうに三佐にまで上り詰めるだけの人物がいた記憶はない。
誰だアイツ、と無遠慮な視線を送っていると、ようやく気付いたのか、二人はこちらへと顔を向けた。
その際、はやてはエスティマから一歩離れている。初心なのか切り替えができているのか。
「こんにちは、クーパーくん。散歩に出てたんか? あ、この人は、ここの隊長さんのエスティマくん」
「君付けで紹介……まぁいいや。彼女のいったように、ここの部隊長をやっているんだ。
よろしく、クーパーくん」
「…よろしく」
挨拶を返しつつ、クーパーはエスティマにじっと視線を注いだ。
注視して、気付いたことがある。男女の違いはあれ、エスティマの顔はフェイトとよく似ていた。
瞳の色。髪の色。顔の作り。
まるで兄妹のような――そういえば、声もフェイトのをハスキーにしたようだった。
そのエスティマは、にこやかな笑みをクーパーに向ける。
それがどうにも嘘臭くて、クーパーは、どうも、と答えるだけ。
というか、三佐なんてお偉いさんが迷子一人に会いにくるなんてどういうことだろうか。
面倒臭いことになったら嫌だなぁ、などと思っていると、足元のアルトが鼻をひくひくさせた後、匂いを払拭するようにくしゃみをした。
「……猫」
「…ああはい。アルトです」
エスティマがアルトをじっと見る。なんだか触りたそうだったが、敢えてクーパーは指摘しなかった。
「…取り敢えず、中に入りませんか?」
「ん、ああ、そうだね。……けど、この人数だと少し手狭だし、一緒に昼でもどうかな?
そこで話をしよう」
「…お昼ご飯ですか?」
「ああ。というか、そのつもりで誘いにきたからね」
エスティマからの誘いに、どうしようか、とクーパーは考える。
あまり動いていないが、それでも腹は減る。もうそろそろ食べたいとは思っていた。
しかし、気が進まない理由がいくつかある。
まず、ここの食堂に行くこと。八神はやてを始めとしたお節介焼きにかまわれるのが、クーパーは鬱陶しかった。
変な警戒心を持っているせいで、対応に疲れるのだ。
するとエスティマはクーパーの考えを読んだかのように、
「ああ、周りの目が気になるっていうのなら、外に出ても良いしね」
そういった。
ならそれで、と頷いて、クーパーたちは再び移動を開始する。
その際、はやてとザフィーラはエスティマたちから離れて行った。
なんでも食堂に行って昼食をまとめてもらうのだとか。
外食じゃないのか、と少し期待外れに肩を落とすクーパーだが、しょうがない。身元不明の片眼少年が外で逃げたら大変なのだから。
昼食時だからなのだろう。食堂へと向かう局員の流れに逆らって、クーパーたちは外へ出た。
そして隊舎の裏手に出ると、日陰になっている場所にあるベンチへ腰掛け、二人並んで腰を下ろす。
アルトは冷たい地面が嫌なのか、腰を下ろしたあとにもう一度立ち上がって、クーパーの膝へと。
そんな黒猫の様子を見ているエスティマだが、ようやく口を開いた。ひとけがなくなったからだろうか。
「生活に不自由はないかい?」
「…はい。保護してもらっているのだし、贅沢をいうつもりもありません」
「それもそうだ。いわれたら、こっちもこっちで困るからね」
「…無理をいうつもりはありません……それより、二人っきりでこんな場所にきて、話すことはそれだけですか?」
「ん?」
「…自分がどれだけ怪しい者か、理解しているつもりです。身元が明らかにならないであろうことも。
もうそろそろ行き詰まりになってきたんじゃありませんか?」
「聡いね。それに、まさかそっちから話を振ってくるとは思わなかったよ」
「…お気楽なガキってわけじゃありませんから」
「そうか。じゃあ、クーパーくん。単刀直入にいわせてもらおう。
君は随分と厄介な迷子らしいね。帰る手立てはあるのかい?」
「…さぁ。なんでここにいるのかも分かりませんから。
けど、よく分かりましたね」
「ああ、そんなに難しい話じゃないよ。これでもマイスターでね。デバイスに聞いた。
……ヴォルケンリッターとは、随分と派手にやりあったみたいだね」
いわれ、クーパーはエスティマの顔を見上げた。釣られ、アルトも警戒の色を見せる。
片眼にじっと睨まれて、まぁまぁ、とエスティマは苦笑する。
「無遠慮に辛い記憶に触れたのは、謝るよ」
「…いえ。そうされても文句をいえない立場ですから」
「そうか、ありがとう。まぁ、そこら辺はあまり俺も興味がない。
どこぞのクソマッドってわけじゃないしね」
エスティマの話を聞いて、いちいち面倒くさい奴、とクーパーは思った。
こっちが話題に食い付いてくるのを待っているようだ。それがなんだか癪で、クーパーはクソマッドという単語をスルーする。
そしてクーパーが態度を改めたことに気付いたのか、エスティマも話題の振り方を変える。
「クーパーくん。君の知るはやてやフェイトと、彼女たちはそんなに違うかい?」
「…なんでそんなことを」
「あの二人に対する態度が、あからさまに変だからね。困っているように見えた」
「…覗きが好きなんですか。いい趣味ですね」
「そっちの気はないかなぁ。ま、あの二人ももう大人といっていいぐらいだからね。
流石に子供のときとは違うか」
答えてもいないのに、勝手に納得する。その上、挑発も軽く流される。
オーケーあんたの方が大人だ、と肩を竦めて、クーパーは色々と諦めた。
「…話を変えて申し訳ありませんけど……エスティマという人物を、僕は知りません」
「僕も、クーパーって同年代の子は知らない。ひょっとしたら、お互いにどこかで野垂れ死んでるのかもしれないね。
こんな話を知ってるかい? 次元航行技術が発達した今、平行世界云々って説は否定されているって。
けど君は、その平行世界からきたんじゃないかって俺は思っている。君は?」
「…まるで三流SF小説です」
「そうだね」
クーパーの答えを肯定と受け取って、エスティマは小さな溜息を吐く。
それは疲れからではなく、話を次に進めるためのように思えた。
「君は"ここ"へやってきた原因が分からないという。じゃあこれから、何をするつもりだい?
帰る方法が分からない今、どうするのか。"ここ"で生きて行くのか、向こうへ帰る手段を模索するのか。
そのどちらにしても、協力してあげるつもりだけど」
「…気前のいい話ですね」
「ああ。これでも管理局員だからね。困っている人を放ってはおけない」
それに同族だから、とエスティマは笑った。
それがスクライアのことを指しているのか、違うことをいっているのか、クーパーには分からなかった。
「…今はまだ、なんとも。この三日は怪しまれないようにすることしか考えてなかったので」
あと、チグハグな現実に圧倒されていたりとか。
「そうか。まぁ、あまり焦らなくても良いよ。
あんまり長く"ここ"にいるのなら、少しばかり働いてもらうけどね」
「…保護されている子供を働かせるんですか?」
「対価のある安寧の方が、安心できるだろう?」
いわれ、クーパーは顔を顰める。そんな彼をあっはっは、と笑い、エスティマは楽しそうに口元を抑えた。
「その歳であんまりツンツンしていると、人生損するよ。悪い大人に遊ばれる」
「…余計なお世話です」
クーパー・S・スクライアという人物は、どうやら無害のようだ。
言葉を交わしたことで、エスティマはそれを確信していた。
彼が"ここ"にいる理由など、まだ分からないこと、調べるべきことは山ほどある。
しかし、それとは別にして彼の人間性に問題はない。
それにしても、とエスティマは思う。
この子もこの子で、なかなかに壮絶な人生を歩んできているようだった。
デバイスをあまり起動していないせいか、カドゥケウスからは断片的な情報しか抜き出すことができなかった。
しかし、それでも充分なほどに伝わってきたものがあった。
彼の人間性などが正にそうだし、その他にも、歩んできた人生などが。
スクライアの一人としてPT事件に干渉し、その解決に大きく貢献。
闇の書事件では、なんでそうなったのかは知らないが、ヴォルケンリッターを相手に負け戦を繰り返しつつも事件を終わらせた。
その際に確執のようなものが出来たのだろう。はやての相手をして困惑するのもしょうがないことだ。
経験を積んだ今のエスティマだからこそ分かるが、幼少時のあの事件は、海の視点から見ても子供が割って入るような代物じゃない。
もし今の自分があの場にいたら、なのはやユーノ、そして自分に首を突っ込ませるなど御免被る。
それをクーパーは、自分のようなヒントをなしに戦い抜いたのだ。凄まじいお子様、というのが彼への評価だった。
その上、エスティマとよく似た点もあったりする。
スカリエッティに目を点けられ、デバイスを送りつけられ、ナンバーズとも交流がある。
どんなシンクロだろうか。まるで物語の中心人物のよう。そんなことだから、エスティマはクーパーと言葉を交わすまで、"中の人"がいるものだと思い込んでいた。
けれど、それも違うようだ。演技をしている、という可能性も否定しきれないが、それはそれ。
ここまで上手く強がりの子供をやっているのなら、騙されてやっても悪い気はしないとすら思えてくる。
「食堂の人に外で食べるっていうたら、手の込んだのを作ってくれてな。
ほら、サンドイッチ。クーパーくん、何がええ?」
「…たまごサンドで」
「渋いなぁ。はい」
「…どうも」
はやてに手渡されたたまごサンドをもくもくと食べるクーパー。
アルトはベーコンをガツガツを喰らっている。
「そういえばクーパーくん、この子――アルトって、君の使い魔やの?」
「…いえ。そういうわけじゃありません。使役しているだけです」
「そか。キャロのフリードに近いんか」
はやては食事中のアルトに視線を向ける。今触ったら悪いと思っているのか、うずうずしている割には手を出さない。
手を出したい気持ちは、分からないでもなかった。エスティマもエスティマで、猫と戯れたいのを我慢している。
まぁ食事中だし、とエスティマは自分のサンドイッチに目を落とした。BLTサンドを口に運ぶと、よく噛んでから飲み込む。
が、いかんせん量が少ない。腹六分目で終わらせて、間食でも取るか。
そんなことを考えていると、はやてが借りてきたバスケットを差し出した。
「まだあるよ。どうぞ、エスティマくん」
「ありがとう」
「どうぞどうぞ。現場に出なくなってから食事量が減ったっていうても、男の子やからね。
軽食だとやっぱり物足りない?」
「そうでもないさ。こういうのも嫌いじゃない」
「…エスティマさんは、たしかオーバーSランクの魔導師でしたよね? それなのに、現場に出ないんですか?」
「まぁ、指揮官だし」
「…それはそうですが、少しもったいない気もします」
それもそうだ、とエスティマは苦笑する。
「まぁ、そうなんだけど……長年の無理が祟って、身体にガタがきててね。
今は戦場から離れて療養中。それに優秀な部下がいるから、戦闘はそっちに任せればいいかなって」
「エスティマくんはそれぐらいが丁度ええよ。あんまり無茶してもええことないしな」
「その言葉に甘えさせてもらってるよ。頼りにしてる」
「私としては、もうちょっと頼ってくれた方が嬉しいんやけど……」
「これ以上頼ったら、仕事がなくなるよ」
と、はやてと話をしていると、クーパーがじっとエスティマたちを見ていた。
なんだろう、と首を傾げると、
「…お二人とも、仲がいいですね。付き合ってるんですか?」
そんな想像もしていなかった言葉が飛んできた。
硬直するエスティマ。それとは違い、はやてはどこか幸せそうな笑みを浮かべる。
「そう見える?」
「…はい。違うんですか?」
「あはは……その通りやで」
「おいィ!」
変な声が出た。が、それを無視して二人は会話を続ける。
なんのつもりだはやて、と念話を送ってみても、返事はない。
「エスティマくんと私は幼馴染みでなー。
私が次元世界に踏み込んでから、何かと縁があって。
六課ができる前も同じ部隊やったし、うん。
同じ時間を過ごしている内に――」
「…いい。もう、いいです。分かりました」
惚気が本格化する前にクーパーは話題を打ち切って、溜息一つ。
そして同じように困っているエスティマを見て、はやては悪戯っぽく笑った。
「ま、嘘やけどね」
「…嘘だったんですか。嘘吐く必要がどこにあったんですか」
「クーパーくんからそういう話題を振ってきたのが少し意外で、遊びたくなったんや。
ごめんなー」
といってクーパーの頭を撫でり撫でり。やめて、といった風に逃れようとするクーパーだが、はやてはそれをさせない。
見事に遊ばれている。
「クーパーくんはそういう子がいたりするんか?」
「…いるわけないじゃないですか」
「なんや、残念。じゃあ少しお姉さんがその時のためにアドバイスをしてあげよっかなぁ。
好きな子ができたらちゃーんと気持ちを伝えてあげること。
あ、でも、中途半端な態度は一番駄目やからね?」
と、多方面に色々と突き刺さるお言葉を投下するはやて。
エスティマとクーパーは何もいえず、目を逸らして笑うことしかできなかった。
ザフィーラとアルトは、何やってんだ、と二人を見ていた。