寝起きのぼんやりとした頭で、クーパーは視界の中にあるものをじっと見つめた。
身体が妙に火照っている。まるで寝過ぎた休日のよう。何があったのだろうと考えて、クーパーは顔を顰めた。
霞がかった頭は、記憶を掘り返すことを拒否しているようだった。
それはともかくとして、クーパーは目の前の状況を把握しようとする。
取り敢えず、どこかの医務室なのは間違いない。白く生活感の多い空間は、彼にとって馴染みのものだ。
次。どうやら今、この医務室で動いているのは彼女――目の前にいる少女一人のようだった。
後ろから見えるのは見覚えがあるようなないような髪型に整えられた金髪。
その少女はクーパーが起き上がったことにも気付かず、首を傾げる。
「クッキー……けど、前にかなり作っちゃったから飽きられたかも。
ここはマフィンとかにした方が、なのはちゃんや新人の皆さんも喜ぶかも」
お菓子の名前に紛れた上がったのは、クーパーのよく知る名前だった。
とはいえ、ここ最近は顔を合わせることもなかったが。
知り合い? ならここは管理局の? と、思考が回り始める。
聞けばいいじゃん、と思わなくもないが、今の彼はそれをするのが億劫なほどに身体がダルかった。
うーんと頭を悩ませるシャマルを後ろから観察するクーパー。非常にシュールな光景だったが、それも彼女の指輪が光ることで終わる。
「え、え? クラールヴィント?」
若干焦った様子で振り向くシャマル。それを片眼で受け止めるクーパー。
「……おはようございます?」
無表情でぺこりと頭を下げる彼に、疑問系の挨拶を返すシャマル。
そんな彼女を見て、クーパーは眉根を寄せた。
……子供になってる?
指に挟んだカードを弄びながら、エスティマはマルチタスクを駆使して考えごとをしていた。
頭の中では様々なことが駆け巡っている。大半が六課の業務に関係することではあるが、その中の一つに、遺跡で発見された子供の持ち物についてのことがあった。
外を出歩くならば必ず持つような物の中に、局員の持つIDカードがあった。
そこから身元を割り出すことができるのならば、と調べてはみたが――
「偽造……にしちゃあ精巧だが……」
彼の持っていたIDカードには、いくつか不可解な点があった。
一目見れば本物と間違えそうな出来。それは良い。難しいとはいえ、局員IDの偽造は不可能じゃない。
しかし偽造したIDカードだとすると意味のない点が浮かび上がってくるのだ。
製造年月日と、所属先。そういったものが現在とあまりにも噛み合わない。更新期間も過ぎている。
もしIDを偽造して悪用するとするにしたって、これじゃあ使い物にならない。
そしてエスティマだからこそ、分かることもある。
……クーパー・S・スクライアという人物は自分の一族にいなかったはずだ。
部族から離れて久しいし、エスティマもすべての仲間を把握しているわけではない。
しかし、あの幼さで片眼を失っているだなんて――そんな子供が一族に入ったのならば、お節介焼きの兄貴が世話を焼いた末に、世間話として教えてくれるだろう。
無限書庫にユーノが詰め込まれてから部族に入った、ということもあるが……。
まぁ、彼の身元については地道に調べるしかない。
それより問題なのは、やはり彼の身体にレリックが埋め込まれているということか。
レリックウェポン……ってことだろう。ならばスカリエッティに少なからず関わっているってことだ。
だとしても、何故あんな遺跡に放置されていた?
数の限られた存在であるレリックウェポンを遊ばせるような――いや、奴ならば俺を刺激するためだけに何をしてもおかしくはない。
第一、あんな狂人の思考を分かることなどできるわけがない。
『部隊長』
「ん……シャーリー?」
『はい。少し、お時間よろしいでしょうか』
「ああ」
エスティマは腰を上げる。
IDカードを机の引き出しに仕舞うと、彼はそのまま部屋を出た。
足を向けたのは、シャーリーが詰めているデバイスの開発室だ。
廊下を進んで彼女の部屋へと辿り着くと、空気の抜けるような音と共にドアが横へスライドする。
どうも、おっす、と声を交わすと、エスティマはシャーリーの隣へと。
そして開いているウィンドウに目を向けると、それを細めた。
「……へぇ」
「ビンゴですよ。Seven Starsと彼のデバイスのOS、酷似しています。私の主観ですが、滲み出る制作者の趣味もどこか似ていますね。
ただ……」
「ただ?」
「古いんですよね……敢えてそうしている、というよりは、技術が単純に古い。それでも一線級のデバイスではあるのですが」
「分からないな。あのクソマッドがレリックウェポンに旧式のデバイスを持たせるなんて」
「んー、私はスカリエッティという人物を把握しているわけではないですが……それでも技術者として不可解ですね」
うーん、と二人で頭を悩ましていると、また内線が入った。
シャーリーは手早くSeven Starsと『カドゥケウス』と名付けられたデバイスの比較データを隠す。
それを見届けたエスティマは、通信を繋いだ。
「はいはい」
『エスティマくん?』
「はやて? どうした?」
『例の彼、お目覚めやで』
「……分かった。すぐそっちに行くよ。
悪いねシャーリー、そういうことだから。デバイスからのデータ、取れるだけ取っていて」
「了解しました。Seven Starsの解析で培った技術、生かしてみせますよ!」
そういって力こぶを作るシャーリーに、エスティマは苦笑する。
そして開発室を出ると、今度は胸元のSeven Starsが声を上げた。
『旦那様』
「なんだ?」
『カドゥケウスと、少し話をしてみました』
「何か分かったのか?」
『はい。あの少年は、旦那様の危惧するような者ではないと、いっています』
その言葉に、エスティマは軽く目を見開く。
そして口元を柔らかくすると、
「そうか」
と一言だけ呟いた。
そこから、エスティマにどこか漂っていた険しさが徐々に薄れる。
敵か味方か。スカリエッティの手先か否か。それをデバイスの口から教えられただけでこの変わり様だ。
しかし、しょうがないのかもしれない。
エスティマ・スクライアという人物は、人とデバイス。そのどちらを信頼しているのかと問われれば、よっぽど親しい人を例に挙げられない限りデバイスと答えるような人間なのだから。
デバイスが主人の潔白を証明するために、そういった。
たったそれだけのことで、クーパーに対する不信感が随分と薄まっている。
幾分か楽になった気分で、エスティマはSeven Starsへと声をかける。
「あの二人、どんな関係なんだ?」
『はい。クーパー・S・スクライアはあまりデバイスを使用しないタイプの魔導師のようです。
そのせいで出番が少ないと、少し不満げにしていました。そして、あまり言葉をかけてもらえないとも。
どうやらカドゥケウスは、攻撃が不得手なクーパー・S・スクライアが攻めに転じる際に使用されるらしいので。
そのせいか、人工知能としての発達がやや遅れているようです』
「まぁ、結界魔導師みたいだからな。しょうがない。
それに、デバイスとの関係なんて人それぞれなんだから――」
話している内に、エスティマは自らの執務室に到着する。
そして椅子に腰掛けると、ウィンドウを開いて医務室から送られてくる映像に目を向けた。
医務室ではベッドに横になり、上体を起こしているクーパー。それと、はやてが話をしていた。
執務官ではあっても、部隊長であるエスティマがいきなり出ては警戒されるだろう、ということで、捜査官である彼女が事情聴取を行っているのだ。
二人が会話する光景を見て、それにしても、とエスティマは思う。
はやてはクーパーの外見から年下の子に話しかけるような口調で相手をしているのだが、相手をしている彼は違う。
変化の乏しい顔だが、それでもはやての様子を窺いながら――相手がはやてだからこそ―― 一人百面相。
何か思うところがあるのだろうか。考えごとがあるというよりも、困惑しているようだった。
『えっと……じゃあ、もう一度。手間取らせてごめんな』
『…気にしないでください』
エスティマが観察し始めたことを知って、はやては最初から質問を始める。
『クーパーくんは、なんであんなところに倒れてたんや?』
『…執務官とロストロギアの調査をしていたところまでは記憶にあるのですが、そこから先は覚えていません』
『そか。ん、分かった。それじゃあ次は身元の方なんやけど……』
『…そっちは、スクライアの方に問い合わせて貰えれば――』
やはりスクライアなのか、とエスティマが思っていると、
『――もしくはテスタロッサ執務官に』
その一言に、エスティマは身を固めた。
はやてはあまり疑問に思っていないようだ。テスタロッサ、という執務官がいるのだと思っているのだろう。
しかし、エスティマは違う。
テスタロッサ。それはフェイトと、ある意味エスティマの旧姓だ。そういうことになっている。
珍しい名字らしく、原作無印でもプレシアがすぐに浮かびあがってきたほど。
しかしおかしなことに、フェイトは原作で執務官をしていても、ハラオウンと呼ばれていたはず。
わざわざミドルネームで呼ぶ――それも事情聴取でそんなことをいうはずがないだろう。
悪い人間じゃないだろう、とエスティマも思ってはいる。
しかし、それ以外があまりにも怪しすぎる。
デバイス。レリックウェポン。その出自に、現実と噛み合わない言動。
いよいよもって、画面の向こうにいる少年が何者なのか分からなくなってきた。
『…あの』
『ん?』
『…僕からも質問していいでしょうか』
クーパーがはやてへと質問を向けた。
じっと相手を観察するような片眼と口調が、なんともミスマッチだった。
いや、合っているのだろうか。
『…あなたは、八神はやて、ですよね?』
『そうやで』
『…そうですか』
そういったクーパーの顔に浮かぶのは――なんだ?
落胆にも似た何か。予想通りの答えを得られて、だからこそ困ってしまったような。
『重ねて聞いて申し訳ないのですが、ここは、ミッドチルダにある、結社対策部隊、の……』
『六課、って呼ばれている部隊やね』
『…………そうですか』
ああもう、と我慢できなくなったようにクーパーはガリガリと頭を掻く。
それがエスティマには、大人が苛立っているようにも、子供が癇癪を起こしているようにも見えた。
はやてもエスティマと同じようなことを思ったようだ。
きょとんとした後、相手を落ち着かせるような笑みを彼女は浮かべる。
『まー、数日寝込んでようやっと起きたばかりやし、まだ疲れてるのかもな。
ごめんなー、質問ばっかりして』
『…いえ』
そこで会話が終わる。
クーパーとの会話を思い出しながら、エスティマは頭の中で彼の人物像を整理し始めた。
が、簡単に答えの出るようなことではない。
取り敢えずは、本人と顔を合わせたはやてに聞いてみようか。
部隊長なのに歩き回ってばっかりだ、と溢してから、エスティマは席を立った。