「………………」
行動に出たクーパーは、まず会いたいようで会いたくない人物の元へと向かった。
目的地は軌道拘置所だ。高町なのはの計らいで特別に許可を貰い、ある囚人との面会を希望した。
自分の左胸に手を当てずとも心の臓が早いペースで刻まれているのが解る。口の中の唾液を転がしながら、
何度も電子格子を通過し、細い廊下を歩いた末。最後の最後に、また格子と電子格子を通過して。
とある男の元へと辿りついた。予め、面会という事で牢屋の前にはパイプ椅子が用意されている。
牢屋の中の男と、眼が合った。
「芸術の価値観は個々によって違う。……人間の多様性。観念とも言うべきかな……」
囚人服を纏い、両手首には拘束具がついたままの男。無様に逮捕された、エスティマの世界のジェイル・スカリエッティだ。
クーパーは無感情な眼差しを装い無言のままパイプ椅子に腰掛ける。
ゆっくりと、体重によって掛かる重みによる軋みが椅子から滲み出ていた。
ぽちょん。
ぽちゃん。
ぴちょん。
「初対面だね」
「…ええ」
「だが、私は君の名前を知っているよ……クーパー・スカリエッティ・スクライア君だったね。
ミドルネームが私と同じなのは、何かの縁かい?」
世界が変わっても、『ジェイル・スカリエッティ』の根本は変わらないのか。
パイプ椅子座ったまま転送魔法で逃げ出したい気分になった。右手で拳を作り左手が押さえつける。
ぐっと堪えて相手を見据える。
「…アルファベット読みで結構です。それよりも、聞きたい事があって来ました」
「何かな……? 機動六課の人間ではなく、君が来る。エスティマ・スクライアが考えそうな事ではないな。
八神はやてかな? それとも君の提案かい? 私の中から、何かの情報を取り出したいという」
よく舌の回る男だった。今は牢にこそ入っているが、言葉だけで一瞬にして食われる錯覚を覚える。
恐らく、強烈な毒をもつ小さな蛇だろう。牢を出る機会があれば、即座に脱皮するに違いない。そして牙を剥くのだ。
無限の欲望とはよくいったものだ。物理的な闘いこそないだろうが、既に場の空気に酔いはじめていた。気分は良くない。
この男の独特さに篭絡されまいと思おうとも、気付けば手詰まりの四面楚歌になっているのは、時間の問題かもしれない。
一度、大きく息を吸い気持ちを改める。
「…エスティマさんでも、八神さんの指示でもありません」
「ほう……なら」
「…今日の訪問は個人的な用件です」
やや早口に、スカリエッティの言葉を切った。ポケットからデータディスクを取り出すと、掲げてみせる。
「…見て頂きたいのですが。宜しいでしょうか」
「いいとも」
光学端末を起動させると、ディスクを読み込ませレリックに似た鉱物の情報が弾き出される。
しげしげとスカリエッティは眺めていた。
「…ご存知かもしれませんが、僕は異世界から来た人間です」
「それは初耳だね。もっと詳しく聞きたい」
「…こちらの質問に答えてくれれば教えます」
殊勝な笑みをスカリエッティは落とした。
「いいだろう。教えてもらうよクーパー君。君もなかなか、面白そうだ」
「…まず」
面倒臭いので相手の意図は流して進める。何よりも、囚われていては何もできなくなる。
「…表示されているレリックは僕の体内に仕込まれているものです」
「ふむ?」
「…恐らく、これを使ってこの世界に渡ってきたんだと思いますが詳細は不明です」
暫くの間、スカリエッティは黙って資料を眺めた末、口を開く。
「レリックというよりは、特殊な加工をして一定のパターンの周期で魔力を増幅させて次元震に近いものを起こしているようだね。
恐らく放っておいても、また魔力がたまったら君が望む道は開かれるさ。回答はこれでいいかな?」
眉をひそめた。
「…まだ終っていません」
「続けてくれ給え」
「…今すぐにでも、戻りたいんです。何か、いい方法はありませんか?」
「簡単だよ」
「…何です?」
スカリエッティは、怪しく笑った。
「……君が私の質問に答えてくれれば、直ぐさ」
駆け引きにもならず、クーパーは顔を顰めた。どちらが一枚上手かは言わずもがな。
このまま、相手を満足させてこれ以上の意見を引き出せないのが、一番危うい事でもあった。
自分を落ち着かせて了承の意を返した。胸には緊張感と焦りを混ぜた何かが存在し続けている。
「…いいでしょう」
「では初めに生憎と、スカリエッティというファミリーネームは珍しくてね。
どちらかというと、製造過程におけるコードネームのようなものだ。どうだい?
向こうの私は君に優しくしてくれてたかい?」
早口で対応する。
「…とても、優しい人でしたよ。ご丁寧に人の記憶まで消してくれて」
「それはどうして」
「…僕が頼んだから。ドクター。答えてもらいますよ。方法を」
クーパーは迫った。だが拒まれる。
「まだだまだ足りない。君は何があった? そもそも、君は誰だ?」
勿論その答えをクーパーは持ち合わせてはいない。だが、スカリエッティはやはりスカリエッティなのか。
物事の根底に詰め寄るその姿勢に嫌悪感を覚える。
「…僕は、ただの一般人です。貴方が興味を持つほどの過去もありませんよ。
……エスティマさんみたいに凄い人でも、ないです」
「あれはあれでなかなか面白いんだよ。被虐的かつ一定の方向性を持ち合わせる。少々、最近はぶれているようだがね」
「……?」
「私とは釣り合わなくなってきているという事さ。残念な事にね」
「……貴方の様な科学者に想いを寄せられるあの人の心中をお察しします」
「悲しい話じゃないか。もっとも? 人の揺らぎに彼も囚われたというなら、解らない話でもないがね」
スカリエッティの静かな笑い声が密やかに響き渡る。恋焦がれるという面でみるならクーパーも似たようなものだが、
それが解っての発言なのか。必要以上の口出しはしなかった。パイプ椅子に、深く座りなおす。
「…話を戻しましょうドクター」
「魔力の話だったかな。君の体から取り出して、魔力を注いであげればいいだけだ。
デバイスからでも、カートリッジ魔力を与えてもいい。簡単だろう。そうすれば恐らく、道は開かれる」
「…そうですか」
あまりにも拍子抜けな方法に、やや肩透かしな気もしたが、そう簡単にスカリエッティは逃がしてくれそうにない。
「では私の質問に引き続き答えてもらおう。逃げないでくれたまえよ?」
逃げればいい今すぐ無視して立てばいい。
でも、クーパーにはそれができなかった。
顔を顰める。
「………質問をどうぞ」
「何故君は向こうの私に、記憶を消すように頼んだんだね?」
「…覚えていません。記憶は消した後のものしかありませんから」
「君とエスティマくんに繋がりは?」
「…ありません」
「そうかな?」
「……?」
「君達二人は似て非なる者達なんだよ」
「……それと繋がりは関係ありません」
「そういう関係の話ではないよ。因果というものをご存知かな」
「……専門的な話は解りません」
「したったらずの連中は一つの考えに固執し、しつこく纏わりつく。蛆蝿のようにね。
肥溜めが理想郷なのさ。だが、エスティマ・スクライアや君のように、少し変わった人間がたまにいる」
「…………」
「何故君はこの世界に来た? 偶然か?」
「…偶然でしょう」
それは、考えた事も無かった。また、静かにスカリエッティは笑う。
「Colors of your selfという本を読んだ事はあるかな」
知らない名だった。
「いいえ」
「この世界にもう少し滞在するなら、是非音読したまえ。傑作小説だ。一人の因果が描かれている。
私は、君とエスティマにもそれに似たようなものを感じるよ」
「……仰られる意味が解りかねます。僕とエスティマさんには、何の結び付きもありません。
僕がこの世界に来たのも偶然です。もしかすれば他の世界に行っていたかもしれないんです。オンリィがいる世界に」
「だからだよ。君も彼と同じくネガティヴな人間だ。オンリィ・スタンドフラワが介在するのも、
是非見てみたかったものだ……」
「………」
「他人を拒むのが好きな人間だね。君も。だがどうだ? 君はエスティマくんではなく傲慢な人間だったとすれば
長い付き合いを望んだかな?」
「……ドクター」
話にならない、とばかりにクーパーは俯いてため息を落とした。
「もしもという名のifは常にありがちだ。私も牢屋の中に納まらず、外で奔放にいられたらと思う事は多々あるよ」
「…そんなもしもに、いつまでも付き合ってる暇はありませんよ。よろしければ、これで失礼します」
「なら、最後にお土産をあげるよ」
「…?」
「エスティマくんも君も、腐った人間という事さ。君は記憶が無いと言ったが、記憶を消してくれと頼むほどの事をしたという
事だろう? エスティマくんもまた、異なった形で何かをしている人間なのさ。欺瞞と停滞、そして自虐が君達の心の中にある。
どうかな?」
無言のまま立ち上がったクーパーは、そんなスカリエッティを冷めた目で見つめた。
話は終わっていた。
「…仮にそうだったとしても、裏表の無い人間なんていやしないんですよ。ドクタースカリエッティ」
「それはエスティマくんを思っての発言かい?」
「……ええ」
「君はどうなんだい?」
「…自分の事がわかる様なら、苦労はしません。エスティマさん程の人間なら、苦悩があって当然でしょう。
批判だってあった筈です。一人の人間として、誰も彼も立ち向かわずに、物語を描けるものですか」
「第三者視点は常に楽……ということかい?」
「…お好きな解釈をして下さい。僕は僕。エスティマさんはエスティマさん、それでいいんです」
踵を返そうとしたクーパーに最後の言葉が放たれた。
「人という生物がゴマ粒だとしたら、誰も彼も同じさ。そういう考えはどうかな。クーパー・スカリエッティ・スクライア。
君もエスティマくんも、どうということはないさ。安心したまえよ。何も変わりはしないのさ。記憶が、なくともね」
「……………………」
足音だけが、静かに廊下に響き渡る。数日後、割と簡単な処置が管理局内で行われ、クーパーの体内からレリックに似た鉱石が
摘出される。残された六課面子での協議の結果、赴く面子が決まる。高町なのは、フェイト・テスタロッサは六課を纏めねばならず
不参加。
ヴィータ、ザフィーラは既に休止状態に陥っている。
新人四名は当然パスというよりも六課の面子をこれ以上減らしたくない思惑もあったのだろう。
参加する人間は、自然と絞られていった。面子が会したのはシャーリーがデバイス調整用に使っている技術室だった。
「…………」
クーパーは、眼前には今にも死にそうで虫の息のミニマムシグナムがいる。聞けば、エスティマの守護騎士らしい。
変な世界、と口には出さずに思っておく。この人と、
「頑張って行くですよ!」
リインⅡだった。そしてクーパーの三名が世界移動を試みる事になる。シャーリーが忙しくコンソールを叩いていた。
「計算ではうまくいってますけど……もしも爆発したら、ここら一帯吹き飛びますよ……」
「行きます」
虫の息のシグナムの発言に、誰もが黙った。
「……このまま何もせずに消えるぐらいなら」
いっその事、と言葉を強めた。その確固たる決意にはリインも口出しできずにいる。やれやれと肩をすくめる。
「…どちらにせよ、再度魔力充填されるのを待ってる暇はないんです。やるだけやってみましょう」
「ですよシャーリー。頑張るですっ!」
とほほ、と思わずにはいられないシャリオ・フィニーノだった。場を移し、訓練場の開いている時間帯を借りて試す事になった。
シグナム、リイン、そしてクーパーが並びシャーリーが準備を進める中で、じっと、左目はシグナムを見やっていた。
「…貴女はどうして、エスティマさんの守護を?」
常時高熱をもったような、苦しみの中で、シグナムは口を開く。
「……解りません。ですが、私の始まりは父上だったのは間違いないんです。
消える事の恐怖ではなく、失いたくない」
本心だろうか。苦しみながらも決意を示す。適当な相槌を打ち、クーパーはやり過ごした。
ここで憎しみを吐いた所で何もならない。そうこうしている内に、準備が整ったのかシャーリーが合図を出す。
「それじゃ、行きますよ。エスティマさんの事もお願いしますね」
「はいです!」
一人は無事の帰還を。
一人は父の無事を
一人は、……色々を願いながら、シャーリーがコンソールの決定を叩くと、クーパーの手の中の鉱石もどきが光を発し
エスティマが飲み込まれた時同様。次元震が発生し、あっという間に三人は飲み込まれた。到着は、直ぐだ。
「うげ!」
「うぎょ!」
「がッ!?」
「……く、くるしいです~~!!」
クーパー、リイン、シグナムの順に次元震の穴から落っこちた。当然、野郎が一番下でリインが真ん中、シグナムが一番上だ。
場所はどこかのビルの上のようだった。周囲にはそこかしこに廃ビルが見える。ようするに、廃棄都市だ。
「……?」
自分の下でじたばたともがくリインをよそに、シグナムは顔を上げながらに気がついた。それまで枯渇していた魔力が、
嘘のように戻っていく。苦しみからあっという間に解放され肉体は活性化されていく。
「……これは……」
目を丸くした。
下の二人も忘れて。
「重いですー!」
「…早く……どいて……」
非難の声に、ようやく立ち上がる。青空の下、シグナムは自分の体が元通りな事に満足する。
魔力源である父がこの世界にはいるということだ。胸は歓喜に満ち溢れ、一人、ガッツポーズをとるシグナムだった。
それを他所にリインが立ち上がり、クーパーが立ち上がる。
「痛かったですよぅ……」
ぐすんと涙目のリインを他所に、光学端末を立ち上がるとあれやこれやと、クーパーは確認する。
しばし待てば、うんうんと頷いてから顔をあげた。
「…なんとか、無事に戻ってこれたみたい。シグナムさんの体調は……、いいみたいだね」
聞かなくてもいいぐらい、猫背で虫の息だったのに驚くほど背筋が延びている。という事は。
「……父上がこの世界にいる……」
一先ずの希望を掴むと、目を輝かせた。クーパーは続けてコンソールを叩くと、ウィンドウを表示させてコールする。
直ぐに、フェイトの顔が映し出された。丸い目で驚かれた。
「クーパー?」
「…やっと戻ってこれたよ。執務官」
「今どこ?」
「…ちょっと待って、確認する。…………………………ああ、クラナガン近くの廃棄都市みたい。
そっちは今本局?」
「うん。色々あって忙しくてね」
「…了解、一先ずそっちに合流するでいいかな。ちょっとお客さんもいるんだ」
「解った。色々話したい事もあるから、待ってるよ」
そこで一度、通信が切れる。さて、とクーパーは切り替えした。
「…一度、本局に戻ります。エスティマさんの事も含め、そこで情報収集しましょう」
「はいです!」
シグナムは力強く頷き、了解してみせた。
「では」
転送魔法が発動し、数秒のブランクの後三人は時空管理局本局へと転送される。舞台は、wonderからbabyへと移される。
◆
「なんだい、ピンピンしてるじゃないか」
本局に赴いたクーパーは、久しぶりに自分の世界のフェイト、そしてアルフと合流する。憎まれ口も相変わらずだった。
アルフさんです、とシグナムに耳打ちするリインだが、当然この世界のアルフとフェイトはリインの事は解らない。
だが、和気藹々とする雰囲気を他所に、フェイトは肩を竦めながらため息をついた。
「いい状況と悪い状況が同時進行してる。どっちから聞きたい?」
「…悪い方から」
「闇の書がね。発動したよ」
シグナムは表情を硬くし、クーパーは顔を顰めた。
「…確かにいいニュースじゃないね」
「いいニュースはもう直ぐ来るよ」
「…エスティマさん?」
シグナムは目を輝かせ、二人はなんだ知ってるのかと、少しばかり面白くなさそうに笑った。
「解るのかい」
「…それぐらいしか見当たらないしね。当たって良かった」
「ん……エスティマさんも、何か話したい事があるって言ってたから。まぁ……ヴォルケンリッターの事も
あの人たちが絡んでるからね」
そうこう言ってる間に、コールがかかり部屋の自動扉が開かれる。エスティマ、そしてはやてが顔を覗かせた。
シグナムはエスティマを見て声を上げたかったが……本人の顔色を見て、口を噤んだ。3人の姿には僅かな驚きを見せていたが、
直ぐに表情は元に戻ってしまう。
まるで葬式のような暗い表情に、誰もが何かあった事を悟り、リインもまた黙っていた。
仕方なしと、クーパーはため息混じりに問いかけた。静かな部屋の中に、呟きが落とされる。
「…何があったんですか、エスティマさん」
「……」
其、知る所地獄か否か。エスティマは前を見据える。
「フェイト」
「なんでしょうか」
「闇の書の主は、はやてじゃなかった」
痛烈な一言だった。三人は状況についていけずただ黙し、フェイトは、顔を顰める。
「どういう事です?」
「……闇の書の主は、お腹に中にいる子供だよ」
しばし、沈黙が続いた。誰も彼も、なんと言っていいのか解らず。フェイトは考えが動き出すと俯き大きなため息を落とした。
クーパーも動き出すと、お茶を入れ始めた。時は動き出す。
「どういう事ですか」
「はやては妊娠しているんだよ」
電気ポットからジョボジョボと注がれるお湯の音が、響いた。 重々しく、そして静寂が作られる。
それが一人、クーパーに冷静さを与えた。全員分のお茶を入れてから、配って。はやてには座る様に促す。断られたが。
それが終ると茶に口付けながらクーパーは冷酷な事を言った。
「…事情はまだ全部把握してないんですが……、蒐集しようなんて考えてませんよねエスティマさん」
「する訳あるか」
苦々しい表情で、エスティマはクーパーに言ってのけた。短絡的に、そうですかと切り替えして終った。
「すまない。フェイト、この件でもう少し手を貸して欲しい」
と重々しい空気で言われても、それは然程、問題でも無かった。
「手を貸す手を貸さないの問題は何も問題はありません。むしろ、こちらから手を貸させて頂きます」
「……すまない」
誰も茶を口付けない中で、一人吐息で湯気を飛ばしながらクーパーは考えた。まだ、見た限り八神はやての腹は膨らんでいない。
いや、膨らんでいようがいまいが、それは然程問題ではない。
闇の書の主となるべき者は最低でも子供であって欲しかったのが本音だった。
赤ん坊は認識する能力が無い。泣くのが仕事であり、ましてや、まだ腹の中で未成熟の赤子ともなれば論外の論外もいい所だ。
闇の書を止める。唯一の方法。それは闇の書の主となったものが、魔力を蒐集完了後。暴走体が動き出す前に切り離し指示を出し、
暴走体を撃滅する事だ。たったそれだけでいい。たったそれだけでいいのだが。
それができぬ赤子に待っているのは死ぬ事のみ。