「ロストロギア反応?」

 デスクの椅子に腰掛けたエスティマは、背もたれによりかかりギシリと椅子を鳴かせた。せや、と書類を手に
前に立つはやてがウインドウを表示させる。

「よぉ解らん反応がこの遺跡から出てるそうや、もしかしたらロストロギア……
って線もあるやろなっちゅー話やなエスティマ君」

「ふーん」

 肘をつきながら光学キーボードのポチポチとボタンを押していく。
第83管理内世界の砂漠の果てにある遺跡だ。ユーノに教えたら喜んで飛びつきそうな概観の遺跡をしている。
デスクに肘をついたまま半眼ではやてを見ると、これまた一筋縄でいきそうにない笑みを浮べていた。

「エスティマ君、確保したいなーって思うやろ?」

「思わない。気が進まない」

「酷ッ!? しかも早!!」

 断固抗議、と言わんばかりにデスクに縋りつくはやて。エスティマは白い眼をしている。

「あのさはやて、俺達の仕事解ってる?」

「レリックの確保とかその他諸々、色々やろ」

「よく解っていらっしゃる。その仕事で忙しいから、そんなことをしている暇はないの。
 ほら、戻ろうか」

 溜息をつきながらぱんぱん、と手を叩くものの直ぐにははやても引き下がらない。

「私の話も少しは聞いてくれたってええやないか、この遺跡の反応な? レリックが出してる反応と酷似してるんや」

 どうや、と切り札を出すとエスティマの手もピタリと止まる。再びはやては光学キーボードを叩き始める。

「現在レリックは番号を振られたものしかないとされとる。でもまだ未発掘のレリックの可能性もあるんよ」

 もう一度溜息。確かにレリック絡みであるなら六課が動いても問題は無い。
そして"点数稼ぎ"にはもってこいだろう。

「新人達もまだ訓練中やけど、現場にゆっくり慣らす名目で動かすのもいいんとちゃう?
遺跡が危険なら入るのは隊長達だけで、遠足気分でもええんやし」

「確かに」

一理ある。うーん、とエスティマは考える。その時、はやての声が僅かに甘くなるのに気づいてはいない。

「で、でもな?私としてはこう、こっそりエスティマ君と2人で行って、そんで、そんでな……?」

「よし決めた。ヴィータを抜いたスターズ小隊と、エリオとキャロ、それにザフィーラと行けるならユーノも行ってもらおうか」

「……せやな、そうしよか」

だー、っとはやては滝涙を流す。

「どうかした?」

「なんでもあらへん、なんでもあらへんよエスティマ君」

 この男を振り向かせる日はいつの日か、八神はやては今日も行く。
という訳で数日後の六課ブリーフィングルーム。なのはにスバル、ティアナ、キャロ、エリオ。それにザフィーラにユーノがいる。
なのはが皆の前に立つとウインドウを表示させる。

「それじゃ、今回の任務について説明するね。そろそろみんなにも現場の空気にも慣れてもらおうって事で、
簡単な任務から当たってもらう事になったの。任務の内容はロストロギアと思わしき反応の確認、及び確保ね。
確保後は護送もしてもらうつもりだから、そのつもりで。何か、質問のある人はいるかな?」

 ティアナが挙手すると、直ぐ指される。

「遺跡の中は、危険は無いんですか?」

「その点はユーノ君に同行してもらうから平気かな。というわけでユーノ君。自己紹介お願いね」

 はいはいと、眼鏡を押し上げて座っていたユーノが立ち上がる。

「普段は無限書庫で資料の捜索をしてますユーノ・スクライアです」

 よろしく、というがスバルは誰だっけ、とティアナに念話を送り部隊長のお兄さんよと突っ込まれる。
そうすると顔が妙に渋くなりやれやれと溜息をついた。逆にキャロは勝手知ったる間柄でやりやすそうだ。
エリオも関係があるようで知らない顔、というわけでは無さそうだ。

「ところで、ザフィーラもなんですか?」

「保険だ」

 エリオの質問に捜査犬は淡々と応えた。保険? と四人が首を捻る中、なのはが場を纏める。

「それじゃ、第83世界までは転送ポートで、そこからはまた転送で移動っていう形になるかな。
質問がなければ13:00の時刻を持って出発するから用意を怠らないようにね。質問がなければ一旦解散にするけど、
何かあるかな?」

 首を横にふり新人達はありません、と付け加える。

「うん。それじゃ解散。遅れないようにね」

 威勢のいい返事が聞こえると共にブリーフィングルームから新人達が抜け、なのは、ユーノ、ザフィーラの3人、
もとい2人と1匹が残る。

「ごめんねユーノ君、無限書庫の方も忙しいのに」

「いや、いいよ。ずっとあそこにいると肩が凝ってしょうがないし、遺跡っていうのも正直興味あるしね」

それにエスティの頼みだしね、と苦笑する。

「新人達が、少しでも現場に慣れてくれるといいのだがな」

「そうだね。今回は戦闘も無いと思うけど、二人ともよろしく」

「うん」

「任せろ。盾としての役割はこなす」

 2人と1匹もブリーフィングルームを出る。その先に何が待ち受けているか……は、その時点では解らなかった。
六課の面子は転送で第83管理世界まで赴くと、そこからさらに転送で遺跡の近くまで移動。暑さとだるさに
うだりそうになる中、ユーノが遺跡の中を探査をかけて安全を確認する。暫く待った後、答えはホッとするものだった。

「とりあえず、トラップは仕掛けられてないみたい。なのは、僕が先頭で行くからその後を
追ってきてもらってもいい?」

「うん、流石に遺跡の事はユーノ君にお願いするよ」

「了解、それじゃトリはザフィーラお願い。遺跡の中に入ったら、極力前の人が歩いた道を進む事、
それから壁や周囲のものに手を触れない事を守ってね」

はいっ、と新人達の威勢のいい声を聞きながら中に入る。しかし、待つものは大蛇かレリックか。幾つかの
スフィアを照明代わりにしながら中へと進んでいく。

"ユーノくんはレリックだと思う?"

進みながらなのはが念話で尋ねると、先頭を行くユーノはうーんと首を捻った。

"正直、行ってみないと解らないよ。"

"そっか……。"

 ユーノの探査通りトラップの類は一切なく、目的の反応地点まではスルスルと到達した、が。
紅の鉱石の形をしたレリックは存在せず、変わりにあったのは少々面倒臭いものだった。なのはやユーノ、それに
新人達が倒れている子供を見て目を点にしている。何故か、黒猫が置物のように倒れている子供の背に乗っていた。
どうすべきか、なのははウインドウをだしてみると、レリック反応は間違いなくこの子供から出ている。

「とりあえず保護しなきゃいけないんだけど……」

 うーん、となのはが首を捻った。動物の扱いに慣れたキャロがトップバッターで手を出してみると警戒の色を示され、
ティアナエリオスバルと、皆牙を剥かれてしまった。試しにザフィーラも狼のまま近づいてみても、駄目だった。
何故か新人達よりも警戒の色が強まっていた。

 どうしようか、という話になっていると、キャロの肩に止まっていたフリードがクルクルと鳴声をだす。
猫も反応し、か細い声でやりとりを始めた。

「猫と竜って話通じるんだね……」

「……」

へー、と感心するスバルにティアナは頭を痛めた。が、事実っぽいので馬鹿にもできない。そして、しばしの会話の後、
さらにキャロとフリードがやりとりをしてようやく会話がつながりだす。

「えっと、その、私達は信用できないからご主人様を触らせたくないみたいです。でも、
ユーノさんだけはその男の子に触ってもいいそうです」

「僕?」

 試していなかったユーノが目を丸くする。試しになのはが手を伸ばそうとしても駄目だった。ただし、
他の者達よりも幾分は警戒の色は少なかったが。仕方なしとユーノが手を伸ばすと猫は警戒せず、指先の匂いをすんすんと
嗅いでからぺロリと一舐めすると少年の背から降りる。

 あまりにも呆気ない。仕方なしとよいしょとユーノは少年を抱えた。恐ろしく軽い。まだ子供か。なのははその子供を見ながら、
なにやらウインドウを確認してみるが、軽く首を捻るだけだった。全てのウインドウを閉ざすと、よしと合図をかける。

「それじゃ戻ろうか。簡単な任務だったけどこの子を六課までつれていくまでが仕事だから、気を抜かない様にね」

 はい!と新人達が威勢のいい返事をあげる中、なのはとザフィーラは念話を交わしていた。

"ザフィーラさんはどう思う?"

"なんとも言えん。ただ、その子から反応しているのだとしたら、体内に埋め込まれていると見るのが妥当だろう。"

"うーん"

"どうした?"

"摘出した時に……何も問題が無いといいんですけど。"

"それは医療の者がそういう判断を下したら、また考えれば言いだけの話だ。今は悩むだけ時間の無駄だ。"

"そうですね。"

 そんなどうでもいい結末だった。そして、遺跡を出て報告を受けたエスティマは通信を着ると少し考えた。

「……この時期にこんなイベント無かった筈なんだけどな」

 やれやれと頭を掻いた。まだまだ書類仕事はある。指揮官というのは本当に、悩ましい立場だと思いながら次の書類に手をかけた
ユーノが抱える子供。その子は、右目に眼帯をかけ黒猫をつれる不思議な少年だった。




WonderⅡ x Cry.

【19歳と11歳】



 数日が経つ。あの子供は医療室でこんこんと眠り続けシャマルが様子を見ているらしい。フォワード陣やなのはもザフィーラも、
仕事に戻りユーノもまた無限書庫へと戻って行った。最初は早く起きないかと誰もが期待する。
それでも起きないとまだ起きないかなと淡い期待になる。それでも起きないと興味が薄れて次第に忘れる。

 一週間、二週間、最初は医務室に訪れていた新人達も次第に足が遠のき、気づけばそんなのもいたね状態となっていた。

「よい……しょっと」

 医務室、シャマルは夜勤担当者と交代を前に片目少年の脈を取り、他にも問題は無いか色々チェックをしていた。
彼が少し経つが、何も問題は起こらずに進行している。このまま目覚めないのかな?という疑問が頭に出てくるが
いつ起きるか等は誰にも解らない。ちなみに、黒猫もいたそうだが気づいたらいなくなっていた。当初は少年に付き従い
医療室にいたが気づけば姿を消したそうな。流石に黒猫1匹を探す手間を裂く時間も余裕はどこにもない時折シャマルは
どこにいるか休憩時間に探してみたりするものの、それでも見当たらなかった。

「今日も問題無しっと」

光学キーボードを出して報告用の記入を済ませると仕事は完了だ。自分の席に戻る。別窓を開きながら自分のマスターのスケジュールを見てみると

「なのはちゃんは……今日も自主訓練ですか」

解ってはいるが休んで欲しい気持ちはある。自分を守ると言ってくれるのは嬉しいが複雑な気もする。
頑張りすぎもよろしくない。どうしたものかと悩んでるとき今まで微動だにしなかった少年の眼は、緩やかに開かれた。

「うーん…またクッキーでも焼いて差し入れにでも……」

1人ぼやくシャマルの後ろで、少年はむくりと体を起こす。


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