エースアタッカーはロリコン!
「…………」
スーパーの端にある雑誌コーナーで、足が立ち止った。ミッドチルダの世界情勢がやや平和になり、少し落ち着くと無様なゴシップが
流れ始めた。買い物カゴを肘にかけて雑誌を手にすると、ある事無い事書かれた上、パパラッチが撮影したであろうエスティマ・スクライアと
赤子を抱く妻であるはやての写真が掲載されていた。更にはチンクの写真まである。両手はペラペラと何ページかめくると、棚に戻される。
くすりと口許に僅かな笑みを残し、食材コーナーへと戻って行った。
まだ遅い時間ではないが早い時間でもない。夕刻を過ぎ、タイムセールも終ろうかという頃合いだった。
賞味期限に構わず、具合のいい安い野菜を籠の中にぽいぽい放り込んでレジに並ぶ。
「エスティマって澄ました顔うざくね?、あんな奴いなくても管理局があんだからミッドの平和なんて
余裕で守れんベ。ってかぶっちゃけオレが頑張ってもいけんじゃね?」
「幼女に浮気する変態に負けるかっつーの」
「だよなぁ」
隣の列から、そんな楽しそうな会話も耳にした。ポケットから財布を取り出すと小銭を数え丁度の額だしておく。
平和はいいが、人は刺激を求めるようになると有名人から何かを絞ろうとする。その刃先が、ここ最近エスティマに向けられている。
平和になった事により戦闘魔導師の不要論は高まり、時折英雄視されるエスティマ・スクライアは批判の的にされる。ネットワーク上では
誹謗中傷が連なり、ゴシップの中心におかれ、批判する者と指示する者は無意味な論議を連なる。
会計を済ませる。
「ありがとうございましたー」
レジを離れ買い物袋に荷物を入れると、足早にスーパーを後にする。外は暗くなり、夜空は星が瞬き始めていた。
人の性(せい)、人の性(さが)。そういったものはもうどうしようもない。ある種、エスティマに関しては有名税と考えていた。
オンリィ然り。レールから何処かずれた者達は皆そうだ。容易なレーンに乗っている者達は割方そうでもないが。
手にする買い物袋を軽く振り子のようにしながら帰り道を歩く。
途中、自転車に追い抜かれた。リンリンとベルを鳴らされ足が止まるとすみませんの一言と共に去って行った。
また歩きだす。皆同じ、と思いながら10分程歩いてどこにでもあるアパートに辿り着く。一階の、一番隅にある扉に鍵を差し込み、
さっさと中へと入っていく。
「戻りました」
「うー」
「うーどうもです」
中は酒臭い。空き缶と油まみれの皿が乗ったテーブルに突っ伏す男の姿があった。魔力で触手を作ると邪魔な空き缶を潰してゴミ袋へ。
皿は流しに運んで洗い始める。直ぐにそれも終るが、エスティマはのっそりと起き上がった。
「ちょっとシャワー浴びてくる」
「どうぞ」
と言って去って行った。
荷物をおくと腕まくりをしながら食材を取り出して台所へ。触手は冷蔵庫から新しいビールを取り出してテーブルへ。
プルタブを切る音が聞こえた。同時に、クーパーは野菜を切りながら傍にあったウイスキーの瓶を煽る。直ぐに、
香ばしい香りが立ち始めた。料理も幾つか出来た。ちらりと時計を見るとそこそこ時間が経過しているが、戻ってくる様子はない。
死んだかあのロリコン
「ロリコン言わない。殺さない」
だって僕ー●●●●●で●●●ー
「はい、はい」
湯気を立たせる料理をテーブルへと運び、それが終わるとまたウイスキーを煽る。
しかし、暇だった。なんとなくテレビをつけると教育テレビでエスティマ特集をやっていた。
おもしろくなくてチャンネルを回すと、管理局の汚職問題をやっていた。数年前に解決したマッチポンプ問題が取り上げられ、
エスティマの名前もあがっていた。つまらないので次に回す。
それを繰り返していると、タンクトップにハ―フパンツ姿のエスティマが戻ってきた。テレビを消す。
シャンプーの匂いがした。タオルで頭を拭きながらだった。
「飲みます?」
「ウーロン茶」
もう酒は勘弁、という素振りを見せ触手が冷蔵庫から2Lのペットボトルとコップを持ってくる。
「食べます? やめときます?」
「いや、吐いたし酔いは引いたから食べるよ。腹は減ったんだ」
「それは良かった」
二人とも席に着く。適当なBGMを流しグラスにウーロン茶を流し込むとウイスキーの瓶とかるくぶつける。
「それじゃ、二度目の乾杯」
「乾杯です」
「っていうか、よくガバガバ飲めるな」
「好きなんで」
一つ笑い、クーパーは瓶を煽った。それで酔う様子が見られないのは流石か。エスティマもウーロン茶を飲みながら、
箸を伸ばし始める。パプリカと豚肉炒めを口の中に放り込んでいく。
「美味いな」
「どうもです」
ちなみに、これが二回戦。
やはり戦闘魔導師か、エスティマの食欲は凄まじい。
それでも、当人が言うには随分と少なくなったらしいのだが。
「嫌になるよ、連日テレビだテレビだネットワークだゴシップ記事だ」
ついでに白米を掻きこみながら、そうですね。と同意しておく。
「仕方ないですよ。出てきた杭は打たれるってよく言うじゃないですか」
「オレは杭か。他にもいっぱいいんだろ的になりそうな連中はー」
「きっと他の強い人達はこう方々はこう思ってます。エースアタッカー様々」
「頼むからやめてくれ」
体をのけぞらせながら、泣くそぶりをしてみせるエスティマだった。確かに、強い魔導師は腐るほどいるが、
エスティマは今が旬、というやつだろうか。クーパーは、ただ有名税程度にしか思っていない。正に他人事だ。
「エスティマさん人がいいから尚更ですよ。勿論、悪くても言われるんですけどね」
「どっちでも駄目かよ……」
「駄目なエスティマさんだったら、擁護してくれる人達がいなくなって……もしかしたらもっと事態は悪化するか。
ただ痛い目で見られるだけかもしれません」
なんとも言えぬ素振りをエスティマは見せた。ようするに流した。
クーパーは構わずに料理に手を伸ばし酒を口にする。
「解っちゃいるけどいい迷惑だ。言うだけ言いやがって」
ふざけやがって、というのは聞かなかった事にするクーパーだった。ウイスキーを煽った口許を拭いながら同意する。
「それは否定しませんけど、一般人に何をいっても無駄ですよ。
蟻になんでお前ら働くんだって言っても無駄でしょう?」
「それとこれとは違うんじゃないか。やるだけのことをやった結果がこれだ。
……ああもう、やっぱ酒飲むわ」
と言いながら、席を立ち冷蔵庫からビールを何本か持ってきてどっかりと席に座る。
プルタブを切る音は軽快だった。一気に煽る。よく飲むなぁとやはり他人事に思うクーパーだった。
「ネットワーク上のなんて、トイレのらくがきレベルだから仕方ないですよ。
ちゃんとエスティマさんの行動を評価した上で批判してる人なんてほとんどいませんし」
「だといいんだけど」
「他人は、所詮他人ですから。見て思った事を気軽に言えるのが他人です。
エスティマさんぐらい頑張った人って他にいるんですかね。今の世の中見てると思いますけど」
「だよね、だよね……!」
エスティマも解った上で、泣いたふりをしながら酒を一気に煽った。
ペースがはやくて、触手が自動的に冷蔵庫から缶を取り出してくる。
空き缶も潰されてぽいぽい入れられる。
次元世界広しといえど、エスティマ程頑張った人間はあまり類を見ない。
それをどう評価するかは人によるが、公平な評価をされてないのはまず確実だ。
そして、エスティマよりも駄目な人間が容易な意見を投げているのも現実だ。
少し顔を赤くしながらエスティマは吐息を落とした。
「なんか」
「はい」
「昔に戻りたい」
「はい?」
「でも大変なんだ大人数の兄弟……」
「は、はぁ……」
きっとスクライアの事だろう。くどくどとと下の面倒と上からのぐちぐちと続く。
苦労してるんだなと思いながら、5人目が生まれた時は爺ちゃんが激怒して〜と話していた。
適当に流すと怒り始めた。
「しかもオレロリコンじゃないし!」
「は、はい」
「いやまず聞いてくれ。巨乳が駄目なんじゃない」
「(………………………………)」
そしてスリムな女性が如何にいいか語られた。チンクが何故いいのか語られた。
たっぷり三時間語られた。奥方に知られたらこの人殺されるだろうと思うしかないクーパーだった。
ほとほとに飽きた時、エスティマはため息を落としながら呟いた。
「自分に自信なんかないよ」
「…………」
「英雄になんかなろうと思わなかったし、必死にここまで駆けて気付いたらこうなった
たまにはやり直したいって思う事もちょっとはあるけど、それでもやっぱり今がいいよ」
「ですか」
「うん。自分だもの。他人にどうこう言われても、やっぱり自分の道則だし」
「ですね……僕も、そうであって欲しいです。同じスクライアで数少ない尊敬できる先輩ですし、
無様な人達より、やっぱりエスティマさんがいいです」
「それはちょっとクーパー――お伊達すぎじゃないかな」
「100%尊敬してるとは言ってません」
「何気なく酷い事いうね」
「人間なんですから、失敗も勿論あると思います。そういったものも含めて、エスティマさんはエスティマさんなんだと思います。
上を向いて下さい。下を向きたくなったらいつでも愚痴でも相談でも乗りますから、ネットワーク上で否定意見を出すのは簡単ですけど、
エスティマさんを越えられる人なんて早々いませんし」
「……ああ」
「それに死んだら勝ち逃げできるんですよ?」
「あー、いや。それあんまり嬉しくない」
「ですかね」
クーパーもウイスキーを一気に煽ると一気に飲み干す。
「いいじゃないですかー僕なんて批判もほとんどかかれませんよ」
「いや、うーん」
「そこは否定しろロリコン!」
「ロリコン違う!」
「じゃあぺったんこ好き!」
「否定できねぇよ!」
「駄目だこの人……!」
「先輩を駄目だこの人とか言うなコラ」
「痛い痛い痛いごめんなさい」
普段ならばともかく、酔っているらしい。
顔面をアイアンクロ―で鷲掴みにされて、クーパーは悲鳴をあげる。
解放されると涙目になっていた。
「でも今は、えーとなんでしたっけ? ------さん? あの人大人気じゃないですか」
「お前みたいに色んな世界行かないからよく知らないけど」
「どこがいいのかさっぱり解りませんでした。話した事もない人に言うのは、随分失礼ですけどね」
「ん?」
「色んな人の世界ちょこちょこ見にいってますけど、いやーなんていうかもう駄目で」
「お前も何気に酷い事言うね」
「だってしょうがないじゃないですか。本当の事なんですから」
「人の好みよりけりじゃないか、好き嫌いなんて状況によってかわりますし」
「そうなんですよね、だからエスティマさんも多くの人に愛されてると」
「頼むからやめてくれ」
「勿論嫌いじゃない人も少なからずいますけどね。……あれですよ。
何事も状況次第という奴で」
「お前のその上手く纏めようとする癖はなんとかしたほうがいいと思う」
「あれです」
「うん」
「ここであれこれ言ってる僕たちもネットワーク上の人達も然したる差はないですね、と言う事です」
「ん」
ビールを手に、エスティマは沈黙した。何を見るでもなく流し眼をする。
そして頷いて深いため息を落とした。
「そうだな」
”ロリコンと変態とかいい勝負じゃねえか”
「…五月蝿い黙れ死ね」
「頼むからやめてくれ」
エスティマは机に突っ伏す。ごちんといい音がした。