ヴァイスとは良い友人関係を築くが、解らないことがあった。
早朝の職場、クーパーは自席に腰掛けて、ウインドウに映る資料を眺めながら机を指で叩いていた。
リズムを刻む。膝の上ではアルトがゴロゴロしている。開かれている資料はヴァイス・グランセニックと書かれている。
陸戦魔導師で新暦64年春入局、訓練学校では稀代の狙撃手として才能を評価される。
訓練において学校史上初の800ヤードの狙撃に成功。この記録は現在も破られてはいない。
反面、近接戦闘やその他に関しては軒並平均クラス、と書かれている。顔写真なんてまだ子供だ。左眼が新たな文章を睨む。
魔導師ランクは陸戦魔導師ランクでB-。ヘリパイロットの希望も出している為、ヘリパイの道も開ける等々
入局後は首都航空隊第2課に配属。というところまでは書かれていた。それ以上先の記述はない。現在進行形かと溜息を落とす。
ここ数日、クーパーは事務仕事をしながら、所属部隊に疑問を抱いていた。
スクランブルで二課の面子が出動するとヴァイスと2人で置いてけぼりを食らう。
最初は余程間抜けか役立たずかと疑ったが、どうやらそうでもないらしい。彼も陸戦魔導師だというではないか。
それにはクーパーも驚いた。
自分は兎も角、何故陸戦魔導師のヴァイスがこんな所で、しかも学校では優秀な成績を収めていたものが燻っているのか。
やっているのは仕事といえば事務仕事ばかり。不思議でならない。これでも2年目らしい。
左遷の可能性も考えたがその可能性は低い。これでも首都航空隊は花形部隊だし、本局所属の部隊だ。
左遷というには豪華すぎる。それともお上のご都合か、だとしたら判断がつかない。
そんなこんなで近しい彼の経歴を眺めていたのだが。前髪をかきあげながらうーんと体を伸ばす。
左目には眠気からの涙が浮かんだ。拭う。
「…ヴァイス・グランセニックか」
椅子を鳴かせてから姿勢を戻した。資料画面を消していく。飛べない豚2匹どうしたものか。
少し、探りを入れてみることにした。職場にもポツポツと人が姿を見せ始めた。
朝の仕事のスタートだ。隣の席にも珈琲片手のヴァイスが現れて、素敵な笑顔で挨拶を交す。
「…おはようございますヴァイアグラ先輩」
「おーう」
さあ、今日も今日とて事務仕事。
「ってその呼び方やめろ」
◆
首都航空隊隊2課に来て月日が進む一方、クーパーは暇を持て余していた。ヴァイスと一緒に事務の仕事ばかり。
時折スクランブルがかかると2課の面々はバタバタと出撃していく。2人は留守番だ。
主要の面子がいなくなるとはっきり言ってオフィスは伽藍と化す。
2人を除いて誰もいなくなってしまうのだから仕方が無い。そういう時は慰めの缶コーヒーを飲みながら仕事をする。
ヴァイスとの関係は概ね良好だ。席も隣だし友好的にやっている。よく一緒に食事もとる。たまに、一課のティーダも混ざる。
ヴァイスとティーダは歳も近く息のあった双子のようだ。クーパーが来る以前から良好な関係のようだった。
そんな2人にとって歳の離れた弟がクーパーだ。ティーダもヴァイスも妹がいるらしく、ティーダは可愛い弟、
ヴァイスは捻くれた弟として接してくれている。以前、食堂で会った時にティーダに妹の写真を見せられた事がある。
ご丁寧に胸ポケットにラミネートしたのをいつもいれているらしい。これにはヴァイスも苦笑していた。
見せられた写真の中にはティーダと同じく、オレンジ色の髪をした女の子がいる。
写真の中でも、はつらつとした笑顔が印象的だった。
「ティアナはね、いつも僕の後ろについて来て、一緒に何かしようとするんだ」
まるで自分の事のように、それでね、それでねとティアナ自慢をするティーダに苦笑する。が、ヴァイスも似たようなものだ。
こちらの妹はラグナというらしい。俺が無理に離れようとすると泣くんだよ、と頬を染めながら語るヴァイスもヴァイスだった。
クーパーは食堂で2人の話を聞くたびに、寂寥感と羨ましさを感じてしまう。
仕方が無いか、と思いながらも肘をついて妹に夢中な2人の話を聞き続けていると、こんな話を振られることがある。
「クーパー君は兄弟いないの?」
「おう、そうだな」
楽しげな2人を前に、テーブルに肘を突いたままクーパーは曖昧に笑う。
「…同い年の兄がいるんですけど、ちょっと遠いところに行っちゃってて会えないんですよ」
「双子?」
「…あ、いえ。スクライアの一族なんで血の繋がりはありません」
「いやいや、でもやっぱり家族に必要なのは血の繋がりじゃなくて心の繋がりってやつだな」
うんうんと納得するヴァイスを、クーパーは馬鹿にできなかった。家族が血の繋がりだけの存在ならクーパーは天涯孤独だ。
家族というグループは当然だけれども、夫と妻に血の繋がりは無い。繋がりを育むことになるが、それでもだ。
当たり前を当たり前として認識せず、クーパーは思う。心が無ければ血が繋がっていようがいまい意味が無いと。
その分この2人の妹は幸せだと思う。こんなにも愛情注ぐ兄なのだから。
クーパーの兄弟の話は直ぐに終わり別の話題へ。これでいい、と思った。もしも病院で寝ています、とか植物状態になっています、
なんていわれてもごめんな、という返答が待っているだけだ。
2人も居た堪れなくなるに違いない。これでいいと思いお茶を啜っていると1課のスクランブルが入る。
ティーダはごめん、と残して飛び出していく。首都航空隊は日夜問わず忙しいがヴァイスとクーパーに限ってはそうでもなかった。
食堂に残され、2人で茶をすする。
「毎日毎日事務仕事……飽きねえか?」
先程とは打って変わり、だるそーなヴァイス質問にクーパーはノーと答えた。
「…事務仕事は嫌いじゃないですね」
「そうかねえ」
「…平和が一番ですよ」
かーっ、これだから若いのはとヴァイスは手をヒラヒラさせる。確かにクーパーの事務仕事は反則級だ。
読書魔法で目を通しておく書類やメールがあれば常に頭に入れつつ、眼と手は光学キーボードを叩いて別件の入力していく。
人よりも無駄に働いている。
ヴァイスは残り少なくなった茶を一気に煽ると念話を送ってきた。
”俺たちは首都航空隊のお荷物だ”
自覚はあったんだなと思っておく。
”…陸戦魔導師を空戦魔導師の部隊に配置するのがおかしいと思いますけど”
”それはオレが聞きてえよ”
”…いきなりこの部隊に配属に?”
”ああ、訓練学校卒業してから直行だ。ずーっと事務仕事だ
金は貰えるし危険は無いし、文句を言うつもりは無いんだけどよ……”
ふーん、となんとなくクーパーは思う。だがどうあっても陸戦魔導師だ。無理だろう。
クーパーは不満は無いが、ヴァイスとしては色々あるらしい。
”もう事務要員としてしかオレ扱われてねえし。最悪だわ。ティーダとお前がいなかったらぐれてるぜ全く”
黙って聞いているとなんでこんなとこに配属になったのかねぇと念話で嘆きながら突っ伏してしまった。
クーパーはこの状況に不満は無い。ここ数年怒ったりは悲しんだり憎んだりが激しくて平穏でいられるのは嬉しいの一言だ。
全力全開な砲撃魔導師に会う事も、ネガティヴだけど。気合出しまくりな死神魔導師に会う事も。
いい人だけど嫌味が素敵な執務官に会う事も無く、規則外な連中がいない日々に大満足だ。あの人達は普通じゃないと常々思う。
エースとは恐ろしい。ヴァイスも嫌いじゃなかった。そんな矢先二課もスクランブルがかかる。それも他人事だった。
「戻るか」
「…そうですね」
腰をカ上げて職場に戻る。伽藍とした居場所で仕事を始める。
「仕事の進捗どうだ?」
「…もうほとんど終わってます、後はいくつかデータ送信して終わりです」
「お前、仕事早すぎ」
「…時は金なりです」
「なあクーパー」
「…何です?」
「少し付き合ってくれねえか」
「…いいですけど」
誰もいないのをいいことに、揃ってデスクを離れるとヴァイスは歩きながら通信ウインドウを表示させる。
何やらコンソールを叩いている。廊下をでてどこかに向かう。場所は不明。
黙ってついていく。
ヴァイスの通信は閉ざされた後、赴いたのは訓練室だった。
誰もいないガラリとした訓練場の中でヴァイスは腰を下ろし、まあ座れと告げる。倣い、クーパーも床に座り込んだ。
「俺の相棒だ」
そう言いながら、ヴァイスは胸にぶらさがっていたドッグタグを手に取り、クーパーに見せる。
「…デバイスですか」
「ああ、インテリジェントデバイス・ストームレイダーだ。他ではちょっと拝めない代物なんだぜ?」
そうなんですか? と思ったことをそのまま口にする。意味はよく解らなかった。
セットアップさせると、驚いたことにデバイスは大型の銃の形を取る。いや、でもとクーパーは納得した。
彼は狙撃が得意なガンナータイプだ。珍しいこともないはずだ、と自分を落ち着かせる。
「7.62mm口径、装弾数20、デバイスが狙撃サポートもこなしてくれる優れものだ。全長は1230mm、
重量7.39kg。こいつはチークパッドやパームレストが独立できるから大体の奴には使えるようになってる。
ライフルの最高峰だ。でもオレは高倍率のスコープをつけて自分で狙うのも好きだな。ああ、銃ってのはなクーパー」
自慢話が続く。これがただの他人なら適当に流すところだがそれはしなかった。
目の前の人物は子供のように、……まだ子供だが、目を輝かせて話すのだ。
同僚のそれが面白くて、聞き流す気にはならなかったのだ。
何よりクーパー自身がストームレイダーの話を聞きながら、見ながら、違和感、もといデジャヴを覚えた。
自分の思考の中に、ある考えが浮かんだのだ。
”あれを握って、構えて、分解したい”
握って構えるのは兎も角、分解してどうするよ、とヴァイスの話を聞きながら思う。バラしたら戻すことはきっとできない。
構造も知らないのだから分解も何もないだろうが。それでもクーパーは握りたかった。あの銃が触りたくて触りたくて仕方が無い。
この欲求はなんだろうと水面を覗いてみても、暗いくらい水の中が見えるだけで何も見えやしない。
相変らず嬉しそうに語るヴァイスの声が聞こえるだけだ。波紋1つ、起きなかった。
「持ってみるか?」
ふと、そんな提案をされクーパーはきょどった。そんなに物欲しげに見てしまっていたのだろうか。
ぶんぶんと首を横に振り、いいえ結構ですと言ってみるが、ほらよと押し付けられてしまった。
ずっしりとした重さが腕にのしかかる。もしも立ったまま渡されていたら、よろけていたかもしれない。
しかし、その重さがクーパーの中で確かな実感となった。何故こうも銃にときめているのか?
ヴァイスの相棒を手に、トリガーには指をかけずに、みようみまねで構えてみるとヴァイスの顔が変わった。
当然、銃口を向けたりはしていない。
「筋がいいな」
「…え?」
「銃持つの初めてか?」
「…多分」
「なら筋がいい、銃の構えなんてみんな同じって思うかもしれねえけど、それは違う」
通常の拳銃ならこうだ、狙撃銃ならこうだ、オレ的にはもっとこうだ。
と一人構えるポーズをとりながらあれこれと解説してくれる。ずっしりとした感触を感じながらと感心しきりだ。
クーパーは銃を握っていると母に抱かれるような感覚になってくる。
妙な話だ、と他人事のように思っているととんでもないことを言われる。
「撃ってみるか?」
「…いえ、そこまでは」
「いいんだよ、そんな顔されてちゃなぁ? そうだろ、ストームレイダー」
『はい、マスター。銃冥利につきるというものです』
そんな顔をしていたのだろうか。よく解らない展開になってきた。
ヴァイスははめこまれてるマガジンを外し、新しいのはめる前に注意事項と取扱い方法の説明を開始する。
相槌を打ちながら聞いていたが全部は頭に入らなかった。
新しいマガジンがはめ込まれる。銃はやたらと重く、ヴァイスのように9歳のクーパーに抱えることはできなかった。
仕方ないので据え置きにして、ヴァイスがスフィアを作製するとクーパーは指示通りにそれを狙う。
射撃魔法を使えるクーパーにしてみれば、より精度が増した攻撃、と言ったところか。
トリガーに指をかけ狙いを定める。感覚が研ぎ澄まされる気がした。なんとも言えない感覚がクーパーを襲う。
水面の奥底で何かが笑っているような気がした。心が冷えていった。狙いを研ぎ澄ますように、己の心にも探りを入れる。
解らなかった。何故こうも銃に思い入れるのか。
スフィアの狙いが定まったとき、クーパーはトリガーにそっと指をかけ心の底であるものを見た気がした。
その時、引き金は引かれ魔力弾がスフィアを一撃で破壊する。見事な命中だった。
「ビンゴだな。すげえじゃねえか」
口笛を吹きながら褒め称えるヴァイス。クーパーも射撃の姿勢を解くとトリガーから指を離す。
……心の奥底で見つけたもの、それはあまりいい気分にはなれなかった。闇の中で、鼎がいやらしく笑っているだけだった。
下種な笑い声が頭に残る。
ストームレイダーをヴァイスに返す。リロードを行いながら、そいじゃオレもと気晴らしのように
スフィアを出現させる縦横無尽に飛び交うスフィアを次々と破壊していく。
凄まじい腕だ。一発も外すことが無い。その数19。
お遊びが終わるとマガジンを外しまた別のをつけてから待機モードへと戻していた。
再び、ドッグタグはヴァイスの首にぶら下がる。
「たまにこうやって撃ちたくなる。ティーダぐらいかな、この事知ってるの」
なんだかな、と溜息をつくヴァイスだが、やっぱり空の部隊は損をしているとクーパーは思った。
人材不足と謳う管理局だが、人材の有効活用をしなければ意味が無い。
そしてそれを現場も上も解っちゃいないと思わざるをえない一例だった。
まあ、僕とて組織をどうこう言える訳でもないけどと溜息を落とす。ティーダは1課のエースだ。
ヴァイスと歳が近いのもあるが、あちらは拳銃タイプのデバイスらしい。どっちも珍しいな、と思った。
質量兵器を模造してるのなんてある意味凄い。
――クーパーはこの時はまだ、鼎の声が聞こえてはいない。
ヴァイスに関してはどうにかするべきか、と思う気持ちがしゃっきりぽんと芽が出てるが、余計なお世話のような気もする。
こんな初っ端からいい同僚に会えた事は、クーパーにとって幸か不幸か。定かではない。
【天国と地獄の空白期 -Take2-】
2課にとってクーパーはお荷物……と言いたいが、それは人によって違うようだ。
完全にお荷物と見て馬鹿にしたような目で見る者と、災難だねと苦笑しながら接する者もいる。
確かにクーパーは空戦はできないが、事務仕事は真面目に取り組んでるし作業は早いし誠実に見られている。
何の仕事を頼んでも、嫌な顔1つせずに対応するからか、評価はまずまずだ。
皮を被った甲斐があった。ある日、2課の中年の空戦魔導師から、妙な話を聞いた。
休憩室の壁によりかかり、煙草を吸う中年と話している。煙草を吸わないクーパーは飲み物を片手にだ。
「…本局?」
「そうだ。グランセニックの奴が2課にいるのは本局の意向らしい」
中年は煙草を口に咥え鼻から白い煙を吐き出した。臭い煙はゆるやかに立ち上ってその姿を消していく。
ただし、大いなる悪臭を残して。顔には出さず心で臭いと文句をつけておく。そっと、相手にはわからぬ程度に。
「…どういう意向なんですか?」
「グランセニックの奴の訓練学校の成績は?」
知っている。調べたのだから。それでも、知らないと首を横に振った。
この話の大元はクーパーが何故陸戦魔導師のヴァイスが空戦部隊にいるのか尋ねたのがきっかけだ。
話の腰を折る気は無い、僅かに咥えた煙草の先を強く灯しながら中年は続ける。
「オレも全て知っている訳ではない。ただ、本局が手許に置いておきたいが為に飼い殺しにしてるって話だ」
顔を顰めた。何故そんなことをするのか解らない。手にするコップを強く握り締めたいのを我慢する。
「…どういう意味です? 管理局が一枚岩でないなら、
こんな部隊に置いておかず、地上で動けるようにすればもっと」
「んな事は誰だって解るさ。……あいつ、訓練校で800ヤードの狙撃決めてるんだぜ?
十分化け物さ。犯罪の抑止という点では奴はどの地上でも引っ張りダコになるだろうよ。
だが、ここは本局の部隊だ。地上部隊じゃねぇ」
咥えている煙草の先端は、その身を真っ赤にしながら。音を立てて灰へとその姿を変えていく。
クーパーには解らなかった。
「…本局と地上部隊は、そこまで確執が?」
「あるね、嘱託のお前さんには解らないかもしれないが……っと、
もしかしたらお前さんも同じ口かもな」
「……」
ヴァイスとだ。自分が陸戦魔導師でありながら空戦の部隊に入れられたのは何か理由があるのか?
少なからず人事部のミスと考えていたが、もっと別の何かが働いているのではという考えもあったがありえないと打ち消してきた。
本局と地上。いや、海と陸か。これは考える方向性が謝っていたのかもしれないとクーパーは思考を切り替える。
話を戻そう。800ヤードを解りやすくすると731メートル。
大変高価な存在の筈だ。
「…でも、地上側がよくそれを許しましたね」
「許す許さねえの問題じゃねぇのよ。
一方的なパワーゲームさ。
地上本部はどう抗おうと本局には敵わないの。金でも、人材面でもそうなの」
煙が臭さを伴いながら中年の鼻から飛び出していく。
「……さっき、飼い殺しって」
「優秀な人材を手許に置いておく。…悪い話じゃねえだろ。今のところの使い道がなくてもな」
本局? 地上本部? クーパーにとってはどちらも時空管理局でしかない。
子供の頃から大人の汚い面は見てきたし社会が腹黒いのは今更な話だ。
なのはを取り込もうとしたリンディもまたえげつない人間としか映らない。同じ穴の狢が故に。大人の世界とは時にピーキーだ。
否定するつもりはなくとも、いい気分でないのも間違いではない。鏡と同じだ。
飲み物を口にしながら、なんとなく思う。
ヴァイスは恐らく、現状に満足しながらも前線に出て活躍したいと思うところがあるのだろう。
クーパーは生憎とそれを手助けしようとは思わない。いくら同僚といえど流石にそこまでなんとかしようというのは過ぎた話だ。
ヴァイス・グランセニックという良き同僚の存在が気になったからここまで顔を突っ込んだが、それももう終わりだ。
このまま良き同僚を続けるだけでいい。クーパーとていつまでこの部隊にいるかは解らないのだ。なにせ嘱託だ。
「ま、そういう訳だ。あいつも転属願い出してるって訳でもないしいいんじゃねえのか?」
「…そうですね」
2年目ならば、余程の事が無ければ転属願いは出せないだろう。口では肯定しながらも思考の上では否定していた。
中年は吸殻入れに煙草を押し付けて揉み消すと、じゃあなと一足先に喫煙室を後にした。
クーパーもくさいと思いながらもそこから動こうとはしなかった。飲み物を口にする。
当たり前だがヴァイスにこの事を言うつもりは無い。人という生き物は、知らずに生きた方が幸せな事がある。
飲み物が入るコップをぐしゃりと握り潰し、中に入っていた微量が手を濡らしていた。
こんな馬鹿げた社会の中でも生き続けなければならない。大人という生物はほとほとに性質が悪い。
でも、それが大人なのだ。純粋無垢な非魔導師適正の子供とは違う。
◆ ◆ ◆ ◆
日々は平坦に過ぎていく。クロノから謝罪の連絡があるかなーと期待しても来なかった。馬鹿か自分はと溜息をついたり、
フェイトから通信が来たと思えば、なんで私が闇の書事件に呼ばれなかったんだとさんざアルフに愚痴られたりもした。
珍しくなのはと通信したら、
「今度新しい砲撃のプログラム組んだからクーパー君に会いたいよ」
と言われてしまう。がっかりもいいところだ。
「…すみません仕事の連絡が入ってしまったので」
適当な所で切ってしまった。怖くて第97管理外世界は近寄れないというのはまさしく本音だ。
フェイトもなのはも順調にやっているらしい。なのはは日常生活を謳歌しつつケーキ作りを頑張り、
フェイトはアースラで嘱託魔導師として頑張りながら執務官試験の勉強も頑張っているようだ。
クーパーも忘れずに、補佐試験の勉強は始めている。順調だ。
……多分。これでフェイトが合格してクーパーが落ちていたら、アルフから三沢光春エルボーでも叩き込まれかねない。
恐ろしや。
ユーノは、相変らずだ。クーパーも休みの時は顔を出すようにはしているが、変化も無く眠り続けている。
八神はやては知らない。情報は耳に挟まずにいた。何か問題があれば嫌でも聞かされるだろう。
まだ時間がほしかった。
「ふー……」
夜。溜息をつきながらベッドの上で転がっていると部屋にノックが聞こえた。のっそりと体を起こす。
パッと、脳裏に笑顔のウェンディが浮かんだ。全然いい気がしない。ベッドから下りてぺたぺた歩き、
開錠して恐る恐る開いてみると……
「よっ」
「こんばんは、クーパー君」
「…ヴァイアグラ先輩。それにティーダさんも」
馬鹿げたヴァイスの呼び方に反応してティーダが吹きだして笑った。ヴァイスはぬぬぬぬ、という渋い顔になっていく。
手が伸びてクーパー頭をがっちりとホールドする。アイアンクローが炸裂する。
「…いだだだだだだい、痛いですってヴァイアグラ先輩。元気出しすぎです」
「手前は少し礼儀ってもんを弁えろ」
ヴァイスも手荒くクーパーを開放し、逃れた側も失礼、と一言打っておく。
「…ご用件は何でしょうか」
クーパーの目は2人の手にぶら下がっている袋にいく。何なのだろうか。ヴァイスは片手にもつそれを掲げてみせた。
「酒」
「飲もうと思ってね。クーパー君もどう?」
「…飲みます」
決断に要した時間はおよそ0.2秒。即決だった。場所は決まってない、との事だったのでそんな事よりも酒酒酒と
部屋に招く。
「綺麗にしてるんだね」
「…ヴァイアグラ先輩みたいに汚れた部屋にするのは嫌なんで」
「汚い部屋で悪かったなこの糞餓鬼」
またアイアンクローが伸びてくる前に退散する。2人とも適当に腰掛けて、クーパーはグラスを用意するが
缶のままでいい、と言われビールを投げ渡されて乾杯する。プルタブを切るいい音がした。
「今日もお疲れ様」
「おつかれーぃ」
「…お疲れ様です」
それぞれ煽っていく。ップはーッ!と気持ちよく飲んでいるヴァイスは相変らずだが、ティーダも結構思いの他、
いける口のようだ。なんてことを考える9歳児だった。
「あー…生き返るわ」
「やっぱりお酒はみんなで飲むのが美味しいよね」
「…ティーダさんも、お酒好きなんですか?」
「人並みには好きだよ。ああ、でもティアナの前では絶対に飲まないかな」
一緒にホットミルクかオレンジジュースならよく飲むよ、というティーダにヴァイスとクーパーは念話で、
早速兄馬鹿が始まったと愚痴る。
”…いや、でも、ティーダさんいい人なんですけどね”
”オレも兄馬鹿といえばそうだけど、ここまで兄馬鹿じゃないぜ?”
”…そうですか?”
”なんだその含みのある言い方は”
”…いえいえ”
まったく、と吐息を一つ落としながら2人は袋の中をがさごそと漁りつまみを出して食べ始める。
勿論、ティーダの話を聞きながら。ポテチの袋を開けて広げると、各々が手を伸ばす。
ティアナ可愛いよティアナ、と酒を煽るティーダ。2人もそのペースに引っ張られて缶を煽っていく。
「もうすぐだ」
?
少しだけ酒に動かされたのか、早くもほろ酔い気分のティーダの言葉に首を捻る。
「…何がです?」
「この隊でもう少し上手くやって、執務官試験を合格するのが僕の夢なんだ」
クーパーの顔はそうなんですか? とヴァイスに答えを求める。そのヴァイスもうんうんと頷いている。
どうやら以前から知っていたらしい。ペースは速いもので、二つ目の缶を手にするティーダ。
「執務官になって広域次元犯罪者を取り締まりたいんだ。ごめんね。くだらない夢なんか語っちゃって」
くだらないとは決して思わなかった。なにせ、あの金髪の友人も似たようなことを言っているのだ。
夢を持つことはいいことだと思う。是非スカリエッティを逮捕して下さい、願った。
「くだらなくなんかねぇって。なあクーパー?」
「…ええ、立派な夢だと思います」
真面目な顔で頷くと、照れたようで。小さい声でありがとうと返された。
「…ヴァイスさんは夢って無いんですか?」
「オレの夢……?……そうだな、もうちっと前線に出させてくれるところがいいな。武装隊資格も持ってるんだし」
うんうんとティーダは頷いているが、クーパーは返答に迷う、迷うが
「お前に夢はないのか?」
答える前にヴァイスに振られてしまう。
「…僕ですか?」
脳裏に浮かぶフェイトの姿。でも執務官補佐官は、別に夢ではない。次にユーノが出てきた。
また一緒に過ごすというのは夢だが、少々今の話題にはしんみりしすぎているからアウト。
「…夢ありませんね」
「お前、希望もねーのかよ?」
「何か、したいことでもいいんだよ?」
優しくないヴァイスと優しいティーダに諭されて、おおと思いついた。
「…図書館でずっと本を読んでたいです」
「はぁ??」
「…食料大量に買い込んで、ずっと本を読みたいです。駄目ですか?」
「引きこもりが夢かよ」
「い、いい夢だと思うよ」
ティーダも少しだけ引き攣り笑いする。ヴァイスは夢がヒッキーの餓鬼とか終わってると嘆いていた。
確かに、少々夢というのには空しい気がする。
「お前年相応な夢とかないのかよ? お菓子の家がほしー、とかよ」
「…虫がたかりそうな家要りませんよ、不衛生ですね」
夢がねぇ、とヴァイスは嘆く。
「でも人は本当にそれぞれだからいいんじゃないのかな。ここの3人が揃って同じことを言ったら、それは
それでおかしいしね。みんな個性だよ」
「…うまくまとめましたね」
「うまくまとめやがった」
3人とも苦笑しながら酒を口にする。アルコールが進み、顔を赤くしながら誰がいい初めか解らないが
僕の妹が一番かわいいというティーダとオレの妹は最高だとかおかしなことを言うヴァイス。どう考えても
酔っている2人を、クーパーはやれやれと見つめていた。
「…あのー、明日も仕事あることですしそろそろお開きにしません?」
ゴキュゴキュゴキュ
「「駄目だッ!!」」
「…僕もう寝ますから勝手にやってて下さい」
自分の飲んだ分とゴミを片付けるとそのままクーパーはベッドに横になった。おやすみなさい、と告げてさっさと眠る。
クーパーの代わりにはアルトが2人の相手をする。酔った馬鹿二人がどっちの妹がかわいいかと二つの写真を猫に見せ付けると
「ナーゥ」
と、一鳴きした。
「今のはティアナーって言ったんだよねアルト」
「違うなティーダ、今のはラグナって言ったんだ!」
クーパーはタオルケットをひっぱりあげながら、久しぶりに眼帯も外さずに眠りの中におちた。
いつまでも、部屋の中ではティアナだラグナだティアナだラグナだとどうでもいい論争が繰り広げられていたとか何とか。
翌日、クーパーは目覚めると部屋の中には死屍累々と眠る二人の男がいる。
テーブルの上には何か色々と書き込まれた一枚の紙が置いてあった。空き缶がそこらに転がっていて酒臭い。
ベッドを降りてその紙を手にとって読んでみる。やたらと汚い字だった。遊ぶ計画らしきものが書いてあるが字が汚すぎる。
溜息をつきながらとりあえず寝ている二人を起こすことにした。
ヴァイスは兎も角、ティーダは酒が弱いならもう少し自重してほしい、とクーパーは思った。
「…ほら、2人ともおきて下さい。仕事があるんですから、シャワー浴びて朝ごはん食べにいきましょう」