テーブルの上で煮立つ鍋は忙しく湯気を躍らせる。時折、4つの箸が伸びて鍋の中で美味そうに待つ肉や野菜を持っていく。
暖かさと食卓の会話が弾んでいた。はやては嬉しそうに笑っていた。

「でな? すずかちゃんと一杯お話しもできたし、今度すずかちゃんの家に行くって約束もしたんやで」

 シグナム、ヴィータ、シャマルは三者三様に主の喜ぶ様を見つめていた。
ザフィーラも、机の脇に伏せながらしっかりと耳を傾けている。主の喜びは、仕える者にとっての主情の喜びか。
ヴィータは肉をばくばく口の中へ。

「はやてが選んだ友達なんだ。いい奴に間違いないな」
 
「口の中に入っているものを飲み込んでからにしろ、行儀が悪い」

 むっとするヴィータだがシグナムが正しい。大人しく引き下がる。それを、シャマルとはやてが微笑ましく見つめていた。
ザフィーラは、誰にも気づかれぬ吐息をやれやれと落とす。

 楽しい日常ははやての願望を形にしていた。
ヴォルケリッターははやての優しさを知り、今の生活に嵌ってしまっている。過去は蒐集の生活に明け暮れた。
汚れた日々とは異なる今の暮らしに、何かを見出している。

 欲だ。人にあらざる彼女達が人と同じ欲を抱いてしまった。
はやてがくれる優しさとはやてが望む生活を仕える者も望んでしまっている。
主が腐ったゴミ虫のような存在であれば、また次の主をと望むだけだが、

 一度触れた優しさを手放したくない、と思ったのがバグだったのだろうか。
それとも違う何かか。食事はつつがなく終わり、団欒のひと時はあっという間に終わってしまう。
はやてはヴィータと共に風呂に入り、欠伸をしながら寝床へ。おやすみなさいと声がかかり他の者達も寝床へ。
八神家の照明は落とされ静まり返る。





「風呂、はいんねーのか」

 寝静まっているはずの八神家の居間に二人。ソファーに腰掛けたまま黙していたシグナムに、扉近くの壁に背を預けるヴィータ。
照明一つつけず、目が慣れなければ何も見えぬ闇の中に言葉が飛び交う。

「朝までには入らせてもらう」

 どちらとも解らぬ吐息が闇の中に落とされる。ただ、ヴィータの声は酷く面倒臭そうだった。

「蒐集、行くんだろ」

「ああ。ザフィーラも出ているからな」

「そりゃあたしも行くけどさ、シグナム。解ってると思うけど、あの片目には気をつけろよな」

「……? ああ……スクライアか」

「シグナムが負けるとは思わないけどさ、あいつやべーよ。深みに嵌っちまってる」

 それは自分自身の体験でものを言っているのか? シグナムには解りかねた。

「安心しろ、前も言ったが片腕に深手を負わせている。遅れはとらない」

「……うん」

 言っている事と思っていることが一致しないのは、2人とも同じだ。蒐集にやましさがあるのも然り。
ヴォルケンリッターははやての立ち止まらない。そして、クーパーも止まれない。止まらないでなく止まれないのだ。
復讐を誓う人間は感情的になり視野狭窄となる。愚かだが人間らしくもある。考えるだけ無駄だ。切なく嘆かわしい。

「時間が無い。行くぞ」

「ああ、はやてが目覚ます前に、ベッドに戻らないといけねーし」

 2人は転送魔法で97管理外世界を後にする。
見られているのも知らずに。




【Crybaby.-Classic of the A's8-】


 アースラ医務室、カルテを手に医者先生は溜息をつく。

「こりゃあ酷いね」

 クーパーとは向かい合って座っている。シグナムにやられた傷の診断結果は芳しくないらしい。
無表情で思い出す。シグナムが言っていた事の意味を。確かに命を奪う事無く戦線離脱を強いったわけだ。

「(…やってくれる)」

 感情の水面にゴボゴボと熱い泡がのぼっていく。泡は水面に出ると熱い息をゴバッと吐き出す。
煮えくり返る気分になる自分を抑えた。震える手を握り締める。憎しみ以上に、自分自身を許せないクーパーだった。
不甲斐なさに叫びたかった。医師はカルテを眺める。

「斬られたところが壊死しちゃってる。
傷も深いし、こりゃあアースラなんかで治療するより、本局でじっくりやったほうがいいな」

 そうなればこの事件から手を引かなければならない。喜ばしいことではなく望むところではない。
この事件に限っては、クーパーは望んで首を突っ込んでいるのだから、治療の為に外されるというのは不本意だ。
包帯を巻かれた腕をゆっくりと撫でさする。

「…事件解決の間だけでも構いません。なんとか誤魔化すことはできませんか」

 医者先生はそれを聞くと、目を丸くしてから頭をガリガリ掻く。非常に面倒臭そうにする。

「勿論アースラでも治療はできる。でも無理なんかしたら、最悪切断になるよ」

「…構いません。お願いします」

 深々と頭を下げる。医者は溜息をつく。

「その上、君のカドゥケスだっけ。あれの影響がやばすぎる。
あんなの使ってばっかりいたら、君絶対に寿命を縮めるって。早死にするよ?」

「…それでもです」

「……なぁ、君にとって、この一件はそれほど重要か?」

 医者はクーパーが賢い子だと思っていたが予想とは違ったらしい。馬鹿で頑固すぎる。
面倒臭そうにペンと書類を取り、何か書いてからサインしてとクーパーに渡してくる。
なにやら変な事が書いているな、と思っていると

「クロノ執務官と艦長を騙す方法だよ。悪いけど、サインしないならこの話は無しだ」

 書類を読む左目が、右から左へと動く。読み終わるとピタリと止まる。何か考えているのだろうか。
上目遣いに、左目が医者先生を見た。

「…ペンを貸してもらえますか」

 躊躇はなかった。と胸ポケットからペンを取り出すとクーパーに渡す。受け取ると直ぐにサインをしてしまう。
その様を見ながら感想を述べてみた。

「腕を失うのは怖くないのかい?」

「…ペン、ありがとうございます」

紙と一緒に医者に返す。クーパーは迷う素振りを見せない。人形のように、無表情で淡々と述べる。

「…死ぬのが怖くないかと聞かれれば、怖いです。
斬らても殴られても、痛いし嫌だし、戦う度に逃げ出したくなります。でも、」

 そこで言葉を詰まらせた。羅刹のように厳しくなっていく。
これが9歳、10歳の子供が見せる仕草ではない。大人に手を引かれ、笑っているのが子どもとはかけ離れている。
魔導師が所以といわれればそれまでだが、医者にはクーパーが笑う姿が想像できなかった。

 苦悶、苦痛、無表情、まさに人形という言葉がよく似合う。管理局のシステムや魔法を一概には否定しないが、
こうも、子供が子供らしからぬ姿でいるのを見るとやりきれなくなった。先の言葉を続ける。

「…奪われるだけ奪われて、何も清算せずに終わるなら死んだほうがマシです」

 医者は胸ポケットにペンを戻しながら手許の書類に目を落とす。

Cooper S Scrya.

 走り書きされた名前を見ながら早死にしないことをただただ祈るばかりだった。
コンソールを表示させてカタカタ叩くと本局の医療関係者に連絡を取る。溜息がでた。

「OK、それじゃ手筈は簡単だ。オレは君の怪我の報告を上に出さなきゃならないから、
本局に行って治療を受けるように真言する。んで君は本局に行って治療を受けて帰ってくる。
それで艦長とかも誤魔化せるだろ。”

”…僕が本局に行く理由は? 話が違ってますけど。”

”誤魔化しで行くだけだ。直ぐ戻ってこれる。一応向こうの医療関係者にも話は通しておくから、
問題が無い旨の書類を貰ってきてくれ。……あー、多分だけど、簡単な治療は受ける事になると思う。
本当は安静にしててもらいたいんだ。それぐらいは容認してくれ”

"…了解です "

 ついでだ、フェイトに面会をして聖書を渡しておけばいい。そんなことを、クーパーは考えていた。
話はそれで終わり、医務室を後にしようとした時医者に告げられる。

”今は傷口を無理やり抑えている状態だ。無理をしたり、
麻酔が切れたりしたら必ず苦しむことになる、後少しだけど薬の副作用も出る。忘れるなよ。
後で薬のデータ送っとくから見といて。"

 何も返事はせずに、医務室を去る。今は薬が効いているせいなのか。
痛み一つ無いが。もしもヴォルケンリッター達と争うことになれば、激痛に苛まされるかもしれない。カドゥケスを使えば尚更だ。
でも、痛み一つで立ち止まれる程、復讐の2文字は安くない。せせら笑う声が聞こえるのはなぜか。いつも耳の奥で聞こえていた。

殺せ

殺せ

殺せ

「…………」

 眼差しの奥に不退転の2文字が刻まれている。アースラの暗い廊下を歩きながら、先の無い闇を睨みつける。
憎しみはのたうち首をもたげる。ゆっくりと水面に上がり、嘲笑っている。
砂漠でシグナムを殺せばよかったのか未だに判断に迷う。邪魔をした仮面の男も今後は敵だ。油断をしなければいい。

ただ、そう、ただ

「何をそんなにいきり立ってるんだ、君は」

「…………」

 クロノがいた。どうやら怖い顔をしていたらしい。頬を抑え、そんなことはないですと言ってみる。
憎しみの感情は身を翻し、舌打ちしながら心の奥底に戻っていく。

「やれやれ……、で? 怪我の方はどうなんだ」

「…バッチリです」

「人の眼を見て言え」

 駄目だった。仕方が無いので本当のことを言っておく。やれやれ、だ。

「…一度本局に戻って治療を受けろ、との事です。執務官とは入れ違いですね」

「ああ、だが現場は任せろ。もう好き勝手にさせやしない」

「…頼もしいですね」

 これでも、皮肉を言ったつもりだが通じなかった。

「…それじゃ、荷物持って本局行ってきます」

 では、と手をヒラヒラさせながらその場を後にしようとすると、クロノが声をかけた。首だけ動かす。

「無理をしてもいいが無茶はするな。後、死ぬのは許さないからな」

「…もしも、僕が本局に行っている間に闇の書の主を捕らえてくれたら、抱きしめてあげますよ」

 下劣な笑みを浮かべるものの、

「ユーノにしてやれ。じゃあな」

 さらりと返される。人をカチンとさせるのがうまい、やっぱりむかつく執務官だった。
どちらも、鼻息1つで蹴散らす。
クーパーは部屋に戻ると、紙袋に入れた聖書と医者から渡された書類を封筒に入れてアースラを後にする。

 幾つかの世界を経由してから、時空管理局本局へと赴いた。医局へと足を運ぶとあっさりと通されて治療が行われる。
上を脱いでうつ伏せに寝台の上に寝かされると左腕の包帯が解かれた。二の腕の黒ずんだ傷口には、幾重の縫合がなされている。
本局の医者もあちゃーという顔をしてから何かよく解らない注射を数本うち色々と処置をしていく。

 医局では数時間に渡り拘束されたが終わりの合に医者はぼやいた。

「腕、無くなったら戻らないよ」

 うつ伏せになって横になっているクーパーは黙ったまま、無感情に寝台に頬を押し当て僅かに顔を揺り動かした。
腕の傷は、痛みがなければ今は無いのと同じだ。足が折れても動けばいい、そんな風に考えていた。
うつぶせのまま壁をみつめる。でも、目の奥には別の何かが見えた。

 路地裏生活がスクライアの一族で暮らしに変わり今に至る。でも、兄は自分の手からこぼれた。
あの時から笑顔も失った、肝心の兄も消えかけているが、それらと引き換えにクーパーが得たモノは何だろうか。
憎しみだけとは決して言えない。いなくなっても、ユーノには教えてられてばかりいる。

 相変らず、感情も無く唇は動いていた。左目は終わりとばかりに閉ざされる。闇を向かえ独り言を口にする。

「…多分、何もしなかったら後悔しか残らないんです。それは僕にとって。死ぬのと同義かもしれません。
何もしない道と、後悔をしないかわりに腕なり足なり死ぬなりする道を選べるなら、
僕は後者を選びます。何もしなかったら待ってるのはきっと、心臓を抉り出す程の苦しみだけなんです。
そんなの、僕には耐えられない。腕は千切れたっていい死んだって構わない。でも、後悔だけはしたくない」

 それだけ言い切ると沈黙してしまった。ただ、閉ざすことのできない耳は医者の溜息が聞こえたきた。
カチャカチャと医療器具の音が耳に残る。さっきの溜息は、アースラの医者先生の溜息と全く同じに聞こえた。
一応の治療が完了して腕にくるくると包帯がまき終わった時、土産言葉残された。

「生き急いで死んじまったら、それで終りだよ」

 先生はよいしょと腰を上げる。左目を覆う瞼が開いた。
クーパーも体を起こし寝台から降りて脱いでいたものを着て、近くに置いてあった荷物を手にする。
ありがとうございましたと言う傍らで、先生の背に先程の土産言葉も投げ返す。

 客観視すれば復讐など馬鹿馬鹿しかった。解っていてもやめない辺り、クーパーにとってのユーノの重要性が窺える。
身内が殺され銃をとる。あまりにもありきたりだ。だが、実に人間らしい。ユーノと出会う以前、
路地裏でクーパーは一度壊れている。二度目はない。泣き寝入りすればクーパーはクーパーでなくなる。

 死は常に脇にいる。解っている。だが止められない。
建前として医者の言葉には賛同しておく。ようよう広く本心狭く。

「…そうですね、そう思います」

 失礼しますと告げて医局を後にする。時間を確認するとさほど問題は無い。
予定よりも早く行動しているようだ。後はフェイトの所に顔を出して聖書を渡して本局の用事は終りだ。
フェイトがいる留置エリアへと足を向ける。

係の人間に聖書をお願いして後で渡してもらう。ようやく、クーパーが面接室に通されると中には少しぶりの金髪がいた。

「ありがとう、クーパー」

「…うん?」

 とりあえず腰を下ろす。

「本、持ってきてくれたんだね。さっき係の人が言ってたよ」

「…ああ、うん」

「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」
「……」「……」

 早々に会話が途絶えた。フェイトもフェイトで、何を話せばいいのか必死に考えてるようだ。そして気づく。
右腕を庇っている感じが目に付いた。

「何か、遺跡で事故でもあったの?、打撲?」

 思ったことを疑問に並べながら、固定して無いし、骨折は違うよねとフェイトは一人で納得する。
そして、面接室の僅かに穴が開いた窓ガラス越しに、少しだけ深く息を吸い込む。

「ほんの少しだけど薬品の匂いがするよ」

 驚くがままに鼻を鳴らしてみるが、まったく匂わない。

「…実は、フェイトの皮を被ったアルフ?」

「違うよ」

 苦笑いされた。

「かまかけしてみただけ」

「……」

 これには、クーパーも一本取られた。苦笑し、降参のポーズをかかげると腕まくりをして包帯が巻かれた二の腕を見せる。

「…切り傷。色々あってね。調子は?」

「ん……うん。今はゆっくり歩こうとしてる感じかな」

「…そっか」

 フェイトの心の整理に関しても、落ち着いてるならそれはそれで良かった。
少しずつでいいから、また歩けるようになってくれれば、とクーパーは思う。
でも思ったよりもフェイトが立ち直るのが早い。いいことなんだけど。と思う反面、無理をしてないかな、と思うところもあった。

「クーパーは最近どうかな。スクライアの仕事も順調?」

「…このまえ遺跡の中で落石があってこの怪我しちゃったけど…順調かな」

「うん」

 今のフェイトに心配なんてかけさせたくなかった。
もとより心が不安定な人間に、より不安定にさせても仕方がない。作り笑いを崩さず気づかれないように努める。
その後は適当な話をした後、クーパーは退去がフェイトはやるせなさに包まれた。感情の機微に疎くもなかった。

 気遣われているという感覚が胸に突き刺さり痛々しくてならない。
大挙するざわめきを抱いたまま己の不明を恥じる。フェイトの手は拳となり硬く握り締められていた。
唇をかみ締めて。



 本局から戻って数日。腕は若干の違和感があるものの、痛みは無かった。まだいける。まだやれる。
そんな余念が頭の中を泳ぎ続ける。例え体が壊れても騎士達を止めてみせるんだ。
そう思っているのにアースラでなく海鳴の図書館にいた。

 律儀と言えば良いのか。八神はやてとの約束とも言えない約束を守っている。
逸る気持ちもあったが、エイミィ達がヴォルケンリッターの動きを捉えなければ意味がない。
なのはは昼間学校に通い暇を持て余していた。読書スペースで1人、マリーから借りたデバイス資料を読みふける。

「……」

 館内の人はまばらで多くない。本来は学校に通うはずのクーパーが、こんなところにいるのがお門違いだ。
それでも、ここに足を運んでしまった。はやてとは会う約束はしていない。

 会えたらいいね、という程度の話で観測的希望に過ぎないのだが、また来ると言った以上、約束を反古する気にはならなかった。
車椅子の相手だったから同情したのかもしれない。本当のところは高町なのはと同じ無垢な笑顔を晒されたからだろうか。
八神はやてと一緒にいても嫌な気はしない。

 余計に気を使わず、相手の腹を探らずに済まなくていいならそれに越した事はない。
ユーノ・スクライア、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて、みんな、よく笑顔が似合う。
その他、若干一名微妙なのもいるが、それはそれ。これはこれ。

ふと、思った

 昔のクーパー(僕)が昔のまま育っていたらどうなっていたんだろうと。
きっと鏡のように対極の自分がいるんだろうと思う反面、あのまま育って、今の状況に面していたとしたら?
ニコニコと笑う架空のクーパーと無表情のクーパーが向き合うが無表情は鏡の中の笑顔の自分に恐怖した。

 あの笑顔は何も解らず顔面の筋肉を持ち上げて作っただけのかりそめのものだ。
考えるだけで恐ろしい。

「……」

 笑顔の、ユーノに対して盲目的なクーパーはきっと黒、真っ黒、どす黒くて、見るに見がたい黒にしかならないのかもしれない。
もしかすればとんでもないモンスターになっていたかもしれない。
そう考えると黒にも白にもなりきれない灰色な今のクーパーで良かったのだろうか?

 過去現在未来、切望する自分はいつでも今の自分とは違うが、過去幾度となく切望した自分を否定してしまった。
得られたのは安堵か? 皮肉なものだ。あまりネガティヴの坩堝に嵌って仕方が無い。溜息をついて自分を見切る。

 脳裏からニコニコ顔のクーパーは消え去った。……時計を見るといい時間を回っていた。
きっともうはやても来ないだろう。本を閉じたところで、タイミングよくはやてが姿を見せたが。

 なのはの学校制服を着ている子も一緒だった。紫の色の髪でいきなりクーパーにごめんなさいと言ってきた、
すずか、だったか。はやてと楽しそうに話しながら一緒にいる。脳裏には逃げる、陽気に話しかける、
その場で読書を続けるの3択が浮かぶ。2と3がぐしゃりと踏み潰されて1をとった。

 デバイス資料を手にすると腰を上げる。とりわけすずかと親しいわけでもない。
気を使わせるのも嫌だったという言い訳を考えたところで見つかってしまう。

「おったですずかちゃん」

「……」

「こ、こんにちは」

 少し離れていたが、思いっきり指をさされてた。クーパーも割り切った。
溜息をついて頭を下げる。はやてと知り合ってから関西弁や関西人というのも調べてみたがさっぱりとした性格の人が多いらしい。
それを鵜呑みにするわけではないが、なんとなく、はやてを見ていると納得してしまうクーパーだった。

 そして、やっぱりというかすずかは遠慮気味だった。車椅子と少女が近づいてくる。

「…友人と一緒なら」

「つれないなぁクーパー君、一緒に話ししようや」

 とは言ったものの、ちらりとすずかを見やる。相変らずというかそわそわしている。
それを見てしまうと邪魔になるだろうとしか思わない。どう見ても相手は大人しそうな人物で、
知らない人物と仲良く話せそうなタイプではない。うん解ったとはやての提案に乗る気にはならかった。

「…折角ですけど」

「ああもう鈍ちんやな、今日のメインはすずかちゃんなんやで?」

「は、はやてちゃん!」

はわわわわ、とすずかは慌てるが、クーパーは目が点になった。すずかとの接点なんてこれっぽっちもない。
一体何を、と思うがここまで言われて拒むつもりはなかった。承諾すると、とりあえず飲食ができそうな休憩室に足を運ぶ。
腐ってもここは図書館だ。館内で笑い声をあげようものなら、いやな目で見られるのは目に見えている。

 それぞれが席に腰を落ち着かせると、ついでに買ってきた紙パックのジュースに口を漬ける。相変らずというか、
クーパーがすずかに目を向けると、思いっきり目を逸らされた。

 何もしてないはずなのだが、クーパーは溜息をついた。やや逆ギレしたい気分を抑える。
前回と同じくジュースのストローを咥える。

 そうこうしている間にも、はやてとすずかが二人でごにょごにょと話し始める。

「…何なんです?」

「ちょっと待っときいや」

 と笑うばかりだ。2人で盛り上がりながらはやては楽しそうにしている。
すずかは慌ててるように見えた。クーパーは完璧にかやの外だった。
仕方が無いのでデバイスの技術書に手を伸ばすとはやてが切り出す。

「あんなあんなクーパー君?、すずかちゃんな?」

「だ、駄目だよはやてちゃん!!」

 相変らず楽しそうなはやてに、慌てるすずか。
大いに、二人で盛り上がっている。まるで空気なクーパーはついていけず咥えたストローの紙パックをちゅうぶらりん。
最後の一滴まで吸い上げて吸引力で紙パックをぐしゃりと潰す。

 あからさまにストローを噛み潰すとすずかが怯えて身を引く。
紙パックを手で取り、ストローを潰れた紙パックの中に押し込む。

「…いい加減、何なんです? すずかさんが僕が嫌いならそれで構いません。僕も関わろうとはしません。
…っていうか、僕がすずかさんに話しかける要因なんて一つもないですけど」

 凄い大人気ない黒さがでた。
すずかはショックを受けた顔になり流石のはやても苦笑いを通り越し引き攣った笑いをしていた。

「酷っ……っていうかそれ無いわクーパー君。ドン引きやわ……」

 呆れたように溜息をつくはやてだった。

「…嫌われてるなら、そうした方が早いでしょうに」

 これまた溜息をつく。肝心のすずかが泣きそうになりかけていて罪悪感をたっぷり感じる。
はやてがよしよしと頭をなでる。

「ちゃうて、ああもう解ってないなぁすずかちゃんはな?クーパー君とお話がしたいんやけど、
怖くてままならないっちゅー話やねん」



「…は?」

 訝しげな顔から目は丸くする。
首をかしげた。

「…怖い?」

「そうや」

 なんぞ自信ありげな返事が返ってくる。

「…誰が?」

「君がや」

 今度は指さされる。そしていひひと笑われた。クーパーは解らなかった。
怖いと言われたことなど一度も無い。理解はし辛かったが、すずかの気持ちは納得しておく。
とすればどう考えてクーパーが悪者だ。

 あんな事を言われて傷つかない女の子はいない。相手は皮肉に皮肉を返せる執務官ではないのだ。
ただの、子供だ。どうにも頭が仕事脳というか相手によって切り替えることができていない。ばつが悪い。
無垢な相手に辛辣な言葉を浴びせて、どうするのか。

 仕方ないとばかりに立ち上がるとちょっと待ってて下さいとその場を後にする。

「怖かないよ、クーパー君は。ちょぉ変わったとこあるけどな」

「う、うん……」

 すずかは深呼吸していたりする。何か言いたいことがあるらしい、が。
クーパーは5分少々で戻ってきたのだが、何やらコンビニの袋をぶら下げて戻ってきた。
そして、テーブルの上に置いたのは、何故かケーキ。思いっきりコンビニで買ってきました。というのが解るケーキだった。

「私の分は?」

 はやてにせがまれた。とりあえずクーパーは顔を逸らしながら、コンビニの袋をクシャクシャと丸める。

「…ありません」

「あらら」

 嬉しそうに笑うはやてだが、とりあえずクーパーも腰を下ろした。
すずかは、どう反応していいのか困っている。と、クーパーは少し、頭を下げる。

「…その、すみません。流石に言い過ぎました。
安易で申し訳ありませんが、お詫びです。よろしければ食べて下さい」

「すずかちゃん、こんな安物ケーキ食べとうないーって投げ返してもええんやで?」

「そ、そんなことしないよ」

 とりあえず、差し出されたケーキはプラスチックのフォークをとって口にするすずかだった。
勿論、コンビニで売っているただのケーキだが悪くはなかった、と記しておく。おいしいですと遠慮気味だが、
微笑んでくれたすずかに安堵する。

「買収成功やな?」

 ニヤニヤするはやてに、クーパーが反撃にでた。

「…怪我をしていた白い馬は、少年に手なずけられ競馬大会にでます」

 それを聞き、はやてはぎょっとする。
今読んでいる最中の本の内容で、この前、クーパーがえせ速読した本の話だった。

「あかん、それ以上先を言うたらあかんって!」

「…ですね」

 あかんのやーと体を乗り出すがおでこはテーブルをごちんと叩く。
自分でオチをつけてくれるあたり、流石は関西人なのだろうか。
そんな2人を見ながら、プラスチックのフォークを手に、すずかは思わず笑ってしまった。




「…猫?」

「はい、黒い猫を抱かれているのを街で見てから、どうしても話がしてみたくて」

 改めて図書館休憩室。
首を捻りながら記憶をほじくりかえしてみる、アルトを抱えて海鳴を歩いていた時があったような無かったような。
でも、見られたという事はあったのだろう。

「猫言うんはほんまやったんか」

 関心するはやてに頷く。

「…間違いではないです。一緒に暮らしてますよ」

 確かに小さくしていれば、アルトは無邪気な子猫に過ぎない。小さくしていればだが。

「かわいいですよねっ、猫っ」

「…え、ええ……」

 流石に大声ではなかったがすずかは目を輝かせていた。
少しだけ、クーパーが身を引くほどに。はやてはくくくと忍び笑いをしていた。
何がそんなにおかしいのか、全くもって解らなかったが。

 少しだけ、おどおどしていた時とは違い、すずかは猫についての魅力を嬉々として語りだす。
猫いいですよね、猫可愛いですよね、兎に角猫猫。クーパーも相槌を打ちながら話を聞いていたのだが、
流石に品種名まで深く語られるとついていけなかった。そんな猫の魅力が延々と語られた末、はやてはふっと吐息を落とす。

「猫もええなぁ、私もにゃん子飼いたいわ……」

 でもうち、い…とまで漏らしかけてはやては、慌てて「なんでもないで!私はペット飼ってへんし!」
とのたまった。い、の後はなんだったのだろうか。犬か?
もしかしたら犬を飼っていたのかもしれないが、すずかもクーパーも深くは突っ込まなかった。

 もしかしたら、死別したのかもしれないし。とりあえず、少しだけ話を切り替えてみる。

「…別に僕は、アルトをペット扱いにした覚えはありませんが」

「ん?そうなん?」

「…家族のです。飼うという意識はありません。言葉が無くても、動作や仕草で何がしたいかは解りますし」

 それを聞いた時、すずかは何故か、クーパーに熱い視線を送る。
一途に見つめていたものだから、思わずはやてが顔の前で手をさっさと動かしてみる。反応はない。

「す、すずかちゃん?」

「そうですよね!素晴らしいです!、動物をペットと思わずに、家族、家族って……!」

 なにやら感銘を受けたらしい。少しだけクーパーは冷や汗をかく。このぐらいで?、と思うところがあったのだが、
とりあえず水をさすのも野暮なので、黙ってこくこく頷いておく。
その後もすずかは猫とクーパーの家族愛を褒め称え、一人絶頂に達していた。

 最初とキャラが違っていた気がしなくも無い。空になった紙パックを手でいじくりたおす。

「すずかちゃんの猫好きも筋金入りやなー……最初はあれだけ怒ってそうで怖いんです。とか言うてたのに」

「それは言っちゃ駄目だよ……」

「いやいや、私も最初は変な感想しか抱いてないんよ?
目深ーにニット帽被って、顔隠したまま変なんばっかり読んどったしなぁ」

「へんなの……?」

 今度は、すずかの目線が興味を抱いてクーパーに注がれる。クーパーは、変なものは読んでいないという自負はあった、が。

「ちょぉ耳貸してえな?」

 なにやらプチデビルに似たはやてが、背から黒い翼が生えてそうな小悪魔だったが。すずかの耳を両手で覆い隠し、
こしょこしょと何やら話し始めた。すずかも、「うんうん」「え?」「えええええ??」と、顔を赤らめながら驚きにかわっていく。

いい予感は一切しなかった。相手ははやてだ。

「…どんな嘘をついたんですか。八神さん」

「え?あ、ちょっとな?……嘘やですずかちゃん。ほんまは六法全書とかおもろないのやったわ」

「そ、そうなんだ」

 クーパーがどんよりした目ではやてを見ると慌てて訂正される。それでも、何故か頬を赤らめるすずかは相変らずだったが。
一体、何を読んでいたと教えたのやら。やれやれ、だ。そこで、ふと気づいた。

「…なんで僕が六法全書なんて読んでるの知ってるんですか?」

 少しだけ、しまったという表情になるはやて。それでも、ニット帽で顔隠した人がいたら普通気になるやん。と逃げておいた。
クーパーもそれで納得していた。一応、ニット帽姿があやしいのは自覚があったらしい。

「でも蓋を開けてみたら、ウサギさんやったけどな」

「…は?」

「ウサギさん?」

「せや、一人でいるのは寂しい~っていうのがよく解る顔してたわ、クーパー君」

「…寂しい………?」

 言葉は反芻して自問自答する。さびしい、寂しいのか? そんな顔をしていたのか。
思わず、手は口許を隠した。言葉はない。普段通りだった筈だった。感情の色は乗せずにただ淡々と…していたはずだが。
未だに上手く歯車が回らない。寂しい、寂しい?? はやての言葉は水面にたらされても、油と水のように交わることはない。

「ちょ、クーパー君?」

「…………」

 いきなり黙り込んでしまったので、はやてが「ご、ごめんな?」と探るように謝った。
いいえと首を横に振る。口許から手は離された。歯車は回りだす。

「…気にしないで下さい。それよりも、すずかさんも怖いって言ってましたけど、なんでです?」

「その……」

 少し言いよどんでから、戸惑いがちに答えてくれた。

「なんていうか、その、……触れたら切れそうな感じが……」

随分抽象的な感想を述べると、またごめんなさいと謝られる。それを、はやてはただ感慨気に聞いていた。

「あれやな、クーパー君」

 ピッと人差し指が立てられた。

「なんですか」

 その人差し指が動いてクーパーに向けられる。

「普段何も考えてへんやろ」



全く解らなかった。

「……といいますと」

「なんて言えば言いんかなぁ……」

うーん、と悩まれる。

「……すずかちゃんを泣かしそうになったさっきのあれもそうやけど、他人なんてどうだっていいって、
自分の殻に閉じこもってるとこあるやろ。排泄的っちゅうんかな。自分はこれでいいんだ、
だから意見を言うな。他人なんかどうだっていい……っていうんかな。
他の人と気にしないようにしているから、基本無表情でいる。……んん……なんか違うなぁ」

 うむむむ、と悩むはやてだがあながち間違いでもない。クーパー本人が気づいているかは兎も角、
無意識に周囲と壁を作っているのは確かだ。クーパーが言う、昔のような笑顔が作れないというのも多分その壁のせい。
その壁を通して、クーパーは誰かと接している。壁は笑顔を作らない。間違いではない。

それだけだ。

 会って間もない少女達に自分のことを言い当てられるのは妙な感じだった。焦燥感はなかった。
図星による羞恥心もない。後ろの正面だあれと思えば、君やねんと肩を叩かれた。
心の核心を突かれても嫌な感じはしないのは本心も他人事だったからかもしれない。

 八神はやてと、月村すずか。この二人との出会いは僥倖だったのだろうか。
クーパーはただクシャクシャになった紙パックを見つめながらも、別の何かを見る。
また少しクーパーは黙っていたせいで、はやてとすずか。それぞれが伺うように見ていた。

 顔をあげる。

「…怒ってないですよ?」

 なんて言ったら笑われた。その後は、改めて校舎裏ですずかと出会った時のことや、
猫や、以外にも料理に話が飛び火したりしながら、楽しく話して時間が過ぎた。頃合的に小学生が帰る時間になると、
すずかは用事があるから、と言って一足先に図書館を出てしまった。はやてと二人、クーパーが残る。
読書スペースに移り、二人で黙々と本を読んでいた時のこと。ぽつりと、はやては呟いた。

「ごめんな」

急に謝られた。

「…何がです?」

 尋ねれば、本に栞を挟み読むのを止める。はやては笑顔だったが少しだけ申し訳無さそうにしている。

「うちな、今日ちょっと調子乗って色んなこと言ってた思うんや。だから、ごめんな。クーパー君」

「…………」

 今更感満載なのだが、はやては少しだけ思いつめたような感じにも見えた。
クーパーにはよく解らなかったが、ほんの少し見え隠れするのものは、怯えだろうか?
でも、謝られるほどでもない。はやてと同じように読んでいた本に栞を挟んで、読む手を止めた。みせかけたとも言う。

「…平気ですよ。調子に乗ってたって言ってもそんなに気にならなかったですし。
嫌なら嫌ってちゃんと言いますから」

「そ、そっか」

 少しだけ安心したようで、また直ぐ本に手をかける。クーパーもそれに倣い再び技術書を開く。
それでも、ちらりちらりとはやてが上目遣いで伺ってくる。それい気づきながらも、顔を上げる事はしなかった。

「クーパー君、大学出てるんやろ?」

 それは、すずかがいた時に浮上した話だ。校舎裏で3人娘に会った時、そういう嘘をついていた。

「…ええ」

 本を読みながら肯定した。

「すごいなぁ」

 関心された。本のページを指が捲られる。次のページを読みながら答える。

「…勉強なんて、すればするほどできますよ。八神さんも頭良さそうですし」

「ああ……勉強、とは違うんやけど私な、友達おらへんのよ。今は、すずかちゃんと、クーパー君だけや」

 技術書に向けられていた左目が動き、ちらりとはやてに向けられる。
動いたのは、それだけだった。手は技術書にかけたまま、閉ざされない。

「学校も、今は行ってへん。だから、ここ最近すずかちゃんやクーパー君と友達になれて、
めっちゃ嬉しくなってもーて、堪忍な?、今日私、柄にもなくはしゃいでて……」

 言いたいことがようやく解った気がした。手が動き技術書を閉ざすと机の上に置く。
久しぶりに獲得した友達を手放してしまうのを恐れているようにみえた。
でも、クーパーにとっての八神はやては関西弁を使う少女だった。

 友達か、と言われれば本人はきっと「友達なの?」とまず疑問系で疑う。
でも、その八神はやて本人がクーパーを友達と認識しているのならばそれを拒む必要は無い。良くも悪くも嫌いな相手でもない。

「…それは別に構いませんし。僕と八神さんが友人か、と聞かれたら友人関係でいいと思いますよ」

「そ、そか」

 少しだけホッとしたような顔をされる。やはり、安堵だろうか。クーパーは少しだけ、考える素振りを見せる。

 「…そういえば、僕も八神さんと会う前は、友人は1人しかいませんでした」

ちなみに、クーパーの中でなのはの位置づけは知り合い。クロノは嫌味の執務官。兄は兄。で
はやてはそのたった1人の友達、というのに興味を示した。

「そうなん?」

「…ええ、ちょっと変わってますけどね。名前はフェイト・テスタロッサ。今は刑務所の中にいます」

「け、刑務所??」

 流石に、突飛な場所に目を丸くする。

「…とは言っても犯罪に巻き込まれた上、入らなくてもいいのに自分から牢屋の中に入ってるようなものですけどね。
でも、フェイトは一つの一つのことに悩んで苦しんで、それでも前に進もうとしてる。頑張りやだけどどこかぶきっちょなんです。
だから、お願いがあります」

「うん? なんかな」

「フェイトの友達に、なってもらえませんか?」

「え、ええ?私が??」

「…そうです。一応海外にいるんで、送るのは僕がやりますから、手紙を書いてくれるとありがたいです」

「でも私、英語とか解らへんし……」

 その落ち込み様は、小さく笑ってしまう。

「平気です。フェイトは日本語も理解できますよ」

「…そないな子が牢屋に……どんな子なんかな、フェイトちゃんって」

「…金髪の長い髪した女の子で、今はちょっとネガティヴから立ち直りつつある気合の人です」

「…おかしくないそれ?。天才で金髪でちょぉネガティヴな気合の人って」

「…それがフェイト・テスタロッサです。必ず返信を渡しますから、手紙。お願いできますか?」

 慌てて、はやては首を縦に振る。

「書く書くっ、絶対書くよ!」

「…ありがとうございます。いい友人を持ちました」

 小さく笑みを浮かべて机の上の技術書を取り目を落とす。
少しだけフリーズしたはやてだが、あわてて近くに置いてあった鞄を取ると、
ノートとペンを取り出して、何かをガリガリ書き始めた。クーパーは何も言わずに本を読みふける。







 PM8:00 

 図書館の閉館時間になった。1人で読書スペースにいたクーパーは技術書を閉ざす。
そろそろアースラに戻ったほうがいい。首の骨をゴキゴキ鳴らしながら、本を手に図書館を後にする。
もうはやてもいなかった。迎えが来るから、と言って自分で巧みに車椅子を操作しながら去った。

 押そうか、という提案もさせる間もなくだ。
夜の闇を歩きながら、エイミィに通信を繋ぐ。

”はいはーい、アルトくれたら転送してあげるよ ”

”…お断りしますよ”

”冗談だよ冗談、そ//naskafgsgad%sga…”

「……エイミィさん?」

 途中で声がおかしくなった。ノイズが走るような感じになり聞こえなくなってしまった。
それを助長するように、周辺には封鎖領域が敷かれ、周辺の様子がおかしくなり誰の姿も見えなくなった。
通信もできない、誰もいない、となれば、やる事は決まっている。

 しかしアルトがいないのは痛かった。黒いバリアジャケットに身を包みいつでも魔法を発動させられるように意識を切り替える。
増援は期待できない、なぜならば

「スクライア」

「…シグナム」

 甲冑姿の烈火の騎士が姿を見せた。その上、紅のドレスに鉄鎚を担ぐ少女。ヴィータまでいる。
2対1だ。あからさまな劣勢だ。ただでさえ防御一辺倒のクーパーが押せ押せ攻め攻めの騎士二人に敵う訳が無い。

「…これ以上、貴様を野放しにしておくわけにはいかなくなった」

「てめえが」

 ヴィータも何か言おうとするが、シグナムが手で制して封殺する。その光景がおかしく映る。
余計なことを言わせないつもりだろうか?一つ、誘ってみた。鼻で笑ってみせる。

「…僕を狙う暇があったら蒐集の一つしたらどうです? もう僕の魔力は蒐集済みですし、
そんなにリスクがあるようには思えないんですが?」

 その言葉に、ヴィータはぎゅっと唇を噛み締めた。クーパーはそれを伺いながら、
僅かに早まった心臓とあせりそうになる思考を抑える為、手が心臓を擁する左胸を掴んでいた。
手に伝わる鼓動は早い。シグナムやヴィータは、何を考え狙ってきているのか。

 その裏を考えようと必死に頭が動く。だが、何も返答は返って来なかった。

「深手を負わせても駄目ならば、また次の一太刀を見舞うだけだ。スクライア」

「…人の話も聞けない程にバグった?」

「……ッ」

 ヴィータは額に青筋を浮かべてはいるが、激するのを抑えている。
自分を抑えられるあたりやはり騎士か。

「熱くなるな。ヴィータ」

「解ってる。……解ってるよ」

挑発には乗ってくれないらしい。だからもう一つ、誘いをかけてみた。

「…傍迷惑なバグプログラム大切なご主人様にでもコーディングし直してもらえば?
貴方達の頭の中に脳みそなんてないだろうけど、どう考えてもセキュリティーホールだらけのただのポンコツだ。
とてもじゃないけど使い物にならないね。スクラップが犯罪者は妥当かな」

 それを聞くと、ヴィータは眉間を指でぐりぐりぐりと抑えてから、肩をアイゼンでとんとんと叩く。

「シグナム」

「なんだ」

「止めるなよ。あいついっぺんぶっ殺さなきゃ気がすまねえ」

「好きにしろ、だが」

「殺さねーよ、おい片目野郎!!今から手前の骨の一本は絶対に貰うからな!」

 その憎しみを全て受けきり、投げ返す。

「…お前も眼球潰して片目にしてやろうか、このド低脳」

 睨んでくる片目に、ヴィータの胸の中で何かが警告する。
この腐れはやるといったらやる者だ。前回の耳元での囁きは忘れてはいない。
それでも、迸る激情が警告を覆う。

「いくぞアイゼン!」

 肩に背負っていた鉄鎚を構え、飛行魔法で急速接近してくる。それを見切る。
シグナム、ザフィーラの力量は把握している。ある程度の平均攻撃力がわかれば相手が大技を仕掛けてきても大体は防げる。
防げると思えば防げる。多少は無理が利くのだ。師の教えだった。左手をぶらりと脱力した後、

 突っ込んできたヴィータに左腕を突き出す。盾は形成された。振りかぶられるアイゼンとヴィータが来た。

「だあらぁッ!!」

 裂帛の声盾と鉄鎚が激突する。魔力干渉が迸るが破れる気配は無い。ここまではまだ、予想通りだ。
クーパーの黒い髪が、吹き荒れる魔力干渉の波に揺れた。

「硬っ……?!」

 破れない有様に鼻で嘲笑う。

「…高町なのはのシールドにてこずってるようなら、僕のシールドは辛いよ」

「うるせぇッ!!」

 突き出された左手が、続けざまに印を組むように動く。7印3刻、最後に開いていた掌はぐっと握り締められる。

「…致命的なセキュリティホール持ちが、何を今更」

 シールド越しのヴィータをリングバインドで捕らえた上、地より這い出いでしチェーンバインドがさらに締め上げる。
シールドは消え、二人の間に障害は無くなる。僅かに、ヴィータは戦慄を覚えた。クーパーは強い騎士でも魔導師でもなかった。

「く……ッ?!」

 感じる悪寒だった。正体が解らない何かに体は底冷えする。
目の前の片目は眼帯をずり動かし、ヴィータに右目の傷痕を見せ付けた。何か、刃で斬られたような傷痕だった。

「…片目野郎で悪かったね」

眼帯をずらしていた指がパチンと弾かれ、傷は元通り覆い隠される。そこから、ヴィータには手をつけず後退し距離が空く。
その理由はシグナム。連結刃がクーパーのいた所を通り過ぎさらには後退した位置にも襲い掛かる。
シールドで防ぎ難を逃れる。連結刃は戻り盾は消失する。ヴィータの傍にシグナムが歩み寄る。バインドを砕いた。

「あまり無茶をするな。あいつは注意しろと言ったのはお前だぞ、ヴィータ」

「………」

「ヴィータ?」

「……解ってる」

 唾を飲み込めば唾液が落ちる。ヴィータの細い首の喉笛が動いた。強くもない相手に戦慄を覚える。
恐怖だ。戦闘続行できるし何も問題は無いが奴は異常だという警告が胸の中で鳴り響く。
どこの時代にも時折ネジが外れてる馬鹿がいる。そういうのは何をしでかすか解らない。

 このまま、野放しにしておくわけにはいかない。鉄鎚を構えた。
飛び掛ろうとしたがシグナムが口を挟んだ。

「やはり、まだ右腕は使えないか。スクライア」

 鉄鎚が飛び掛ることは無かった。左目はシグナムを見ていた。
指摘どおり今に至るまでの動作に右腕は使われていない。魔法を行使したのは全て左手。
右腕は最小限の動きを見せるだけ。ひきよせられるようにクーパーの左手が、右腕の二の腕を撫でさすった。

「…本来ならば戦線離脱ものだそうで。貴女を捕らえて名誉の負傷だった筈なのに。
そっちは手傷を負わせたんだ。1つぐらい教えてほしい。あの仮面の男は貴女の味方?
だとしたら、貴方達4人に加え、仮面の男が1人の構成?」

「さあな」

 そう安々とは答えてくれないらしい。虎を穴から引きずり出す事はできない。
それでも続ける。

「…ベルカの騎士は1対1に特化するって聞いたけど、僕1人に2人がかりだし。
もしも負けそうになっちゃったら誰かに助けてもらうって寸法かな? そういえば1回もタイマンで終わったこと無いね。
ヴォルケンリッターってせこい騎士様の集まりなんだね? ふふっ」

 ヴィータの手は震えていた。汚れてもいいと思った誇りがまさに予想通り踏まれるという屈辱か。
耐え難い苦痛のようだ。クーパーの言葉は続く。

「…それとも何かな。ベルカの自治区の教会に問い合わせてみる?
犯罪者がベルカの騎士を名乗ってますがどうでしょう? 誰がお前等を認めるんだ? 初期化してから出直せ屑共。
厚顔無恥って言葉がお似合いだよ」

 震える手が強くアイゼンを握る。表情こそ変えないが、
シグナムも1度目を閉ざしてから、大きく息を吸い込んでいた。
眼を開いた時には怒りは消えていた。

「今日は随分と饒舌だなスクライア。上手い道化だ」

 生憎と誘いには乗らないらしい。やはり武だけでなく言葉でも将は1枚上を行くか。
クーパーも眉間に皺を寄せて舌打ちする。これがザフィーラでもかわらないだろう。
ヴィータ単体ならばどうなっていたかは解らない、が。シャマルもよくしらない。 道化はネタを明かす。卑屈な笑みを浮かべて。

「…本音半分で嘘半分。なかなかうまくいかないね。
シグナムやザフィーラみたいに礼儀を持った騎士がいることぐらいは僕も知ってる。まだ会ってないシャマルって人と、
そこのド低脳は知らないけど」

「んだと手前ぇ?!」

 猿だった。

「抑えろ。ただの挑発だ。薮蚊の戯言と思っておけばいい」

 その発言に、きゅっと唇を閉ざし目線を薮蚊らしくコンクリートの床に這わせる。

「…薮蚊……か。おまえ達にしてみれば薮蚊の命なんて些細なものだろ」

 シグナムは再度、剣を構える。

「これ以上の戯言は無用だ」

 クーパーも、目線を上げて左手を開いて閉じてを繰り返す。

「…それは残念、でも今日の僕の目的は貴女の捕縛じゃない」

「言ったはずだ。もう一太刀入れるとな。お前を行動不能にでもしておかないと、いつまでも不安の種が消えてはくれないのでな」

 クーパーは舌打ちする。時間を稼いでいたのも事実だ。エイミィとの通信中に結界が張られたのだ。
向こうが異変に気づかないわけが無い。幸い、この世界にはなのはもいる。
クロノと急行して結界を壊してもらうにはそう長い時間はかからないはずだ。

流石のクーパーも、この二人の同時攻撃をぶち込まれて平気でいられる程の余裕は無い。
右腕も使わずに済むなら使わずにいたい。デバイス以上に。まだこの先長い道のりかどれほどのものか解らないのならば、
今右腕を壊して、今後片腕でやらなければならないことを考えると不便だ。どうせ壊れるなら、もう少し持って欲しい。
と、感慨深く考えていると、アイゼンが突きつけられる。

「片目野郎。手前はこれ以上野放しにしておくわけにはいかねえんだ!」

 その言葉に苛立った。

「…それはこっちの台詞だ。このド低脳犯罪者」

「うっせぇ!!これ以上手前に構ってる暇なんかねーんだッ!」

 素晴らしいまでに売り言葉に買い言葉だった。シグナムはやれやれと思いながら飛行を開始する。
それを見上げながら、クーパーの脳裏にファルケンという猛威が脳裏を掠める。あれを連発された上にヴィータの攻撃をされたら、
確実に潰される。むしろ死ぬ。いい加減飛行魔法の取得でも考えるべきかな、と悩み始めるのだった。

 上空に逃げ道があるだけでも大違いだ。走って逃げるよりも、飛んで逃げた方が早いのは明らかである。一度だけ、顔を歪める。

「…やれやれ」

 時刻を確認する。シグナム、そしてヴィータとやり始めてからまだ然程時間は経っていないが、
アルトがいない以上クーパーに逃げるという選択肢はない。今いる場所を牙城として、防ぎきるのはベストだろうか。
移動強化をかけて走り回ってもいいが、右腕をあまり動かしたくは無かった。左手をぷらぷらさせてから、強く握り締める。

 魔法はデバイスが全てじゃない。そう思いながらも、カートリッジ連発されたらそれもまた地獄。
上にはシグナム正面にはヴィータ。まさに骨が折れそうな仕事だった。最悪、右腕を使ってでもやるしかない。
少しだけ右手を動かしながら二人を睨みつける。秘策こそないが既にファルケン対策はある。

しかし、AAAクラス二人を相手にうまくいくだろうか?
とりあえず、聞いていてみた。

「…僕の何が、そんなに邪魔?」

「全部だ。お前なんか、消えて無くなっちまえ!」

 大層な理由で凄く怒ってた。別にヴィータの耳指鼻眼球を潰したわけじゃないしヴォルケンズの誰か手傷一つ負わせてもいない。
それでも、激怒するような挑発を言ったのも確かだが、クーパーの中で何かが蠢いた。それを感じつつも、あえて問う。

「…教えてよ鉄鎚の騎士。君達は人から大切なものを奪って幸福に生きられるの?」

「………ッ」

 押すにしても引くにしても、鉄鎚は激情を走らせるが、直ぐに将が邪魔をする。

”いい加減、戯言はそれまでだ。
スクライア、これ以上ヴィータの戯言に付き合うなら、”

 シグナムの念話がヴィータの発言に上乗せされてくる。上を見上げる。
いるのは、ただ烈火の騎士ただ一人。

”一太刀と言わず貴様の首を貰い受ける。”

 それを聞き、ニタリと、深い深い水面の底で憎しみは笑っていた。いいねいいね、かもんべいべぇーだ。
まずは目の前の敵が動く。鉄鎚を振り翳し、躍り出る。

「行くぜ!!」

クーパーvsヴィータ・シグナムはどう考えても劣勢だ。



 結界外。既になのはとクロノは到着済みだったがザフィーラと仮面の男に阻まれている。
全員上空に上がり2対2の戦いを繰り広げる。なのはとザフィーラ、クロノと仮面の男。
クロノがまとめて引き受けようとしたが敵は許してくれず、足止めを喰らっている。

 ザフィーラに対し、なのはは接近を許さない。常に無数の誘導弾を展開し警戒しながら飛び回る。
正直肉弾戦をやって勝てる気はしなかった。ちらりとクロノを伺うと、砲撃を双方繰り広げていて、
まさに魔法使いらしい戦いをしていた。念話を送る。

”まずいよね、クロノ君。”

”ああ、……大いになっ!!”

 語尾を強めながら仮面の男にブレイズキャノンを放つも高速機動を以って避けられる。
一筋縄ではいきそうにない相手だった。舌打ちする。だが妙な違和感とデジャヴュがクロノを襲う。
この仮面の男、どこかで戦った記憶があると体は言うのだ。だが、覚えている限りこんな仮面の男覚えていないし、
似たような戦闘パターンを持つ者も悉く否定される。

 クーパーを馬鹿1号と心の中で小さく罵るも状況はよろしくはない。結界に閉じ込められた上、
中の状況も解っていないのではかなり危うい。それに、何故クーパーが襲われるのかもわからなかった。
態々手傷を負った後衛の人間を襲う暇など、ヴォルケンリッターには無いはずだ。クロノは思考をフル回転させる。

 何か秘密を知ってしまったか。それとも秘密の近くにいるのだろうか?

「全く、面倒が多くて困る」

 S2Uを回転させて構え直す、エクスキューションブレイド・エクスキューションシフト、
ブレイズキャノンにスティンガーレイ、ブレイクインパルス。頭の中で複数のシュミレーションを何度もこなす。
二人をまとめて圧倒し、なのはの砲撃で結界を破壊するという算段だ。クーパーを引きずり出せるだけでも、状況は変わるだろう。
一時撤退をするにしてもクーパーをなんとかしなければ話にならない。

”なのは、聞こえるか?”

”な、なんとか!”

 ザフィーラの拳から逃げながら誘導弾を張り巡らしていた。声が少し辛そうだったが、クロノは構わずに続ける。

”いつでも砲撃を撃てるようにしておいてくれ、僕が二人を一時的に抑えるから ”

”ちょっときついけど解った!”

 返事を聞くと、相変らず魔法一辺倒な相手の攻撃を盾で受け流す。

「よし……」

なのはの威勢のいい返事は聞いた。後は仮面の男となのはが相手をするザフィーラを一時的に押さえ込めばいいだけだ。

「いくぞ!」

 動き続ける仮面の男に、S2Uを突きつける。クロノの周囲にスティンガーブレイドが形成され、無数の刃が用意される。
無数の刃が、クロノの発令と共に牙を剥いた。

「スティンガーブレイド!エクスキューションシフトッ!!!」

 刃達は一斉に、仮面の男に向かって直進する。仮面の男は僅かな回避運動を取り、射撃を繰り出してくる。
クロノはプロテクションを形成しつつも避けられた刃達を停止させ、半分を第一波として再度送り込む。
男も、再度避けるが、クロノの意地は終わらない。射撃は的確に防いだ。

 スティンガーレイを発動させて高速弾を叩き込むと今度はシールドで防がれた。全て、狙い通り。

「ここだ!!」

 避けられた第一波、そして停止していた残り全てのスティンガーブレイドを仮面の男に叩き込む。全弾命中だ。
スティンガーレイは消さずに軌道を一気に動かしザフィーラへと差し向ける。避けられるがのはの誘導弾が何発か命中する。
僥倖だ。続けざまにブレイズキャノンをザフィーラに向けて見事命中。だが、容赦は無い。

 砲撃に晒されているはずの身にリングバインドで押えつける。
全て防いでいるとは思えないが、多少は効果がある筈だ。
そして、注意を払っていた仮面の男に意識を切り替えながらクロノは叫んだ。

「なのは今だ!」

仮面の男が魔法を放ってくるのは、全て防ぎきる。うまくいった、思った矢先。
クロノは、目を疑った。なのはの背後から、仮面の男がもう一人出現し、なのはを蹴り飛ばした。失敗だ。

「お前ももたもたしている暇はないぞ」

「く……ッ?!」

先程まで戦っていた仮面の男が砲撃をクロノに向け放ってきた。当然避けるが、

「甘いな」

「!!」

 なのはを蹴り飛ばした仮面の男が、真後ろにいた。腕が首に回され、羽交い絞めにされる。
呼吸ができなくなり、苦しさが広がる。

「ぐ……!!」

「今は動くな、いずれ、それが正しいのだと時が来れば解かる」

 耳元で囁かれる。息も途絶えるも遠目に、ザフィーラがバインドを砕いているのが見えた。
ここで、結界を砕かない訳にはいかない。呼吸が止まり目の前がちかちかしながらも、S2Uは手から離れない。
手は動く。ならば、意識が途絶える前に反撃にでた。片手を、ぺたんと仮面に添えてやる。

 トリガーワードを呼ぶのも面倒臭くなっていた。

「ぼ……くは……!」

 歯がギリギリ音立てた。もうあえて呼吸をしようとは思わなくなり、S2Uに頼らず魔法を構築していき発動させる。

「諦めない!!」

「な……ッ!?」

 仮面の男は眼前で広がる魔法陣に驚愕する。零近距離で魔法を放たれようとは。
顔面にブレイクインパルス与えクロノは開放された。苦しみが抜けると共に咳き込みながら、
ある方向にS2Uを突きけて状況を確認。

ザフィーラは再度なのはと交戦中、仮面A、Bともに攻撃範囲内にいる。それだけ解かれば十分だ。
仮面Bに開放された時点で、クロノは既に、魔力の収束はは始めていた何も問題は無い押し通る。
ぎゅっとS2Uを握りトリガーワードを叫ぶ。

「ブレイズキャノンッ!!」

 杖の先端が僅かに光ると共に、砲撃が繰り出され封鎖領域に向けて一直線に走る。いけ、いけと心の中で願うも、
仮面Aが広域の盾を貼り防ごうとしている。こしゃくな、と思った時には、既にS2Uは了解していた。主の指示変更を。
盾に当たるよりも早く、砲撃は拡散し流星群のように分かれて盾を個々で回避した。

一撃一撃は小さいものの、クーパーを取り込む結界にヒビが入るとクロノは仮面Bに蹴り飛ばされていた。
魔法が途絶えてしまう。

「クロノ君!!」

な のはの心配の声があがる、吹き飛びながらもクロノは、苦しみを押し殺し尚杖を掲げ砲撃を放とうとS2Uを構えるも、
砲撃に飲み込まれてしまう。その上、リングバインドが抑えつけられる。なのははシールドを展開しザフィーラの拳を受ける。

 重い。防ぎきれないわけではないが重過ぎてつらかった。
それでも、クロノがあんなになりながらも頑張っているというのに、ここで諦めるわけにはいかない。
クーパーを、見捨てたくも無かった。誘導弾をザフィーラの背に叩き付けながら、砲撃、と頭の中で考えていると、

 自身の体がリングバインドで締め付けられる。

「え?!」

仮面の男Aの手が、なのはに向けて突き出されている。ザフィーラもあえて追撃をする気はないのか、その手を止めた。

”動くな。抵抗をしなければ下手なことはしない。”

「むぅ……」

 なのはは頬を膨らませながら、エグゼリオを握り締めた。まだ、終わっていない。
クロノが結界にヒビは入れた。ならば、後は切欠を与えるだけでいい。一度だけ大きく息を吸い込む。

「エグゼリオ、カートリッジロード」

 ボルトアクションのリロードが一回、二回、三回と動く。
その都度空薬莢と白煙が宙に躍る。くるくると落下していく空薬莢達を見送らずなのはは結界を睨みつけて大きく息を吐き出した。
自分の心の中に住んでいる金髪の少女は、決して諦めなかった。そして後で知った。弱い心を持ち誰よりも脆い事を。

 目の前にはたかが結界が1つ、障害はたかが3つ。フェイトなら?あのフェイト・テスタロッサならばこの状況でこう言う筈だ。

「まだ、まだやれる」

 一度だけ捕らえられたクロノを見ながら、なのはは意志を強めた。
何がなんでも、あの結界をぶち抜いてやるという心意気と共に。
それに、とてもじゃないがあの程度でクロノが沈んだとも思えなかった。

「…やってくれる」

リングバインドに抑えられているクロノも、吐息を落とし頭を切り替える。
あの仮面の男達の違和感に、気づいたしまった。




「だあぁっらああ!!」

「……ッ」

構える。深く沈んだ腰に、突き出される左手から展開される盾に対しヴィータが、ラウンドシールドにアイゼンを叩きつけてくる。
リロード2の猛威だが、盾と鉄鎚が激突する時間は長くない。チェーンバインドを警戒し、ヴィータは直ぐに離脱する。
ただし、誘導弾と厄介を引きつ寄せてくれる。

「シグナム!」

「任せろ」

 引き絞られた矢。シュツルムファルケンの用意は万全だった。シグナムの指は時を待つ。
クーパーは前面のラウンドシールドをかき消すと、自分を球体の中に収める全方位型の防御魔法を展開する。
ヴィータの誘導弾が殺到する。体に負担がかかるがこの程度でイくわけにはいかない。絶頂はまだまだ先だった。

 歯を食いしばり誘導弾を防ぎつつ、左手を突き出したまま意識を集中し左目を閉ざす。
本命はファルケン、誘導弾はただのノイズとばかりに耐え忍ぶ。この程度で参っていると先が思いやられる。
それを見たシグナムも、矢を構えたままクーパーの姿勢に感心する。

「目を閉じるか」

 音速の壁をぶち破るはファルケン、人の眼で追えぬそれを盾に対する自信か自負か。
敢えて目を閉ざすその心意気や良しと胸に火がついた。
烈火の将とあろうものが誘われているではないか?

 永劫の時を生きたシグナムだが、これほどまでに挑戦的な結界の使い手は見たことがない。火は打ち叫ぶ、
あの盾をぶち破り勝利を掴めと体を揺らがせ燃え滾るのだ。たかが一介の盾如きに興奮を覚えた。
興奮に滾り密かな愉悦に浸る。一太刀入れるという目的も忘れシグナムは思った。

「(より硬い盾を張れ、私のどんな攻撃も塞ぐ壁であれ)」

 そうであれば、より打ち破る楽しさが増える。喜悦に震え唇の端が僅かに釣りあがりそうになる。
が、理性を取り戻し落ち着きを取り戻す。今こうして二人がかりでやっている意味がない。
冷静さを取り戻すと改めて目標を見据え一息に酸素を肺に送り込み己の魔力を活性化させる。

 砂漠の世界では2連のファルケンも防ぎきった。片腕ならばどんな戦いを見せてくれるのか。
楽しみだった。

「翔けろ隼シュツルムファルケンッ!!」

 盾を打ち破るが為に矢を放った。いや、バトルマニアとしての我執を解き放ったのかもしれない。
シグナムの指から離れた瞬間、時間も距離も速度も殺しクーパーの盾と激突する。
それが引き金となり左目は刮目し歯がさらに強く噛み締められクーパーの中の撃鉄が振り下ろされた。

 対ファルケン対策とは言っても大したものでもない、シールドのプログロムにちょちょいと追加をしただけだ。
矢を延々と受けずに受け流す仕様を組み込んでみた。本来ならばぶっつけ本番は避けたかったが、相手と状況がものを言う。
加重に耐えながら、思わず舌打ちし顔を歪める。プログラムの追加は失敗だったのか、でも防げているだけでもマシと思った時。

 矢は、激突する盾から忽然と姿を消した。
突然消え去った重みに目を丸くするが、直ぐにはるか後方で聞こえた爆発音にプログラムは失敗でなかったことを悟る。
突き出していた左手は降ろし、水気を払うように力を抜く。左目は敵の2人を捉えていた。

 ヴィータの誘導弾がいつのまにか消えていたので、全方位の盾も消し飛ばす。シグナムはレヴァンティンを弓の形態から、
連結刃へと移している。獣の尾のように垂れるそれを見ると辟易するが、2人の様子を見ながら一番最悪な状況を想定する。
1つ、同時大技展開。2つ、挟み打ち。騎士達のプライドに賭けたいが、あってなさそうだから諦めた。

 敵が動く。シグナムが視界から消えうせ、ヴィータが突っ込んできた、真正面から立ち向かう。激するは盾と鉄鎚。

「お前さえ、いなくなれば……!」

 ヴィータとの衝突の際、そんな文句が吐かれる。カチンときたが、別の何かが見えてクーパーは知りたくなる。
チェーンバインドを伸ばさず、欲を伸ばした。

「…挑発されたことがそんなに悔しい?」

「違ぇッ! お前は、お前だけは絶対に許せねえんだ!!」

 シールド越しにヴィータの激昂を見る。挑発でない何が彼女をそこまで苛立たせるのか。
若干の違和感を覚えるも、それでも"己"が前面に出される。感情の水面から醜い我執が飛び出す。

「…ああ、ああそうさ!」

「ああ?!」

「…僕だっておまえ達を許しちゃいない! その上闇の書が発動すればどれだけの人が犠牲になるんだ!!
おまえ達の狂った頭のお陰でこっちは散々迷惑蒙ってるんだ!!」

「なんだと……!」

「…蒐集が完了し、闇の書が発動した被害を知って言ってるのかド低脳!!
なんで管理局がおまえ達を毎度毎度止めようとしてる!なんで主が代わる代わる入れ替わる!その理由を考えた事があるか!」

その際(きわ)、背後から連結刃の急襲がかかる。反応しきれずに、背を打たれ自分が展開する盾に顔面から突っ込んだ。
激痛というよりもただの衝撃だ。遅れてくる激痛により、思考に遅延がかかる。鼻血を垂らしながら、
左手は握り締められ盾の維持を図る。目の前にはヴィータがいる。盾は消せない。

 咄嗟に背後にもプロテクションを展開するも、連結刃に砕かれる、にっちもさっちも、思考が上手く働かない。

「…くそッ!」

「こっちを忘れてんじゃねええええええええええええーーーーーーーーーーーーーッ!」

ヴィータはデバイスにカートリッジロードを呼びかける。目の前には鉄鎚、背には連結刃、まるで1匹の蛇に包まれた気分になる。
尾が鉄鎚ならば頭が剣。悪戦苦闘ながら、クーパーは咄嗟に姿勢を切り替え、前面の盾に寄りかかる。
そして、両方の盾を消し飛ばした。

 素早く息を吸い込むと呼吸を止めた。性急に頭と魔力を動かし前面と背後にそれぞれ新たな盾を形成する。
左腕が、ドアを押すような形で止まっていた。イメージは肘が背後で手が前面を担う。
その直後、鉄鎚が背後から襲いかかる。

 生憎、チェーンバインドまで頭が回らない。苦痛にまみれながら防いだ。背は砕かれていないと認識した時、
前面から連結刃が襲い掛かる。衝撃をブラウンの壁は防いだが、一撃でヒビが入っている。魔法の構築が甘かった。
同時構築の脆さがでたか。不安を一層後押しする。直ぐに新たな盾を形成するが、連結刃の速度が増す。

 背後の鉄鎚も、再度振り上げられた。

「……ッ」

 デバイスの名を呼びたくなった。叫び、擬似火事場を発動すれば防げないことはない。楽ができる。
楽ができるが負けるだろう。1分30秒の後の負担を考えたらやはり発動できない。負けを認めたくもなかった。
己が、医者に言った言葉が脳裏をよぎるも躊躇っている暇は無かった。

 右腕を動かし左腕と併せそれぞれ別稼動のシールドを張る。
ほぼ同時に、アイゼンとレヴァンティンの連結刃がそれぞれのシールドを叩く。衝撃は相変らず苦痛だった、が。

「使えるのか」

 上空でレヴァンティンを振るっていたシグナムは関心を示した。砂漠の世界では確かに一太刀入れた。
深手と言っても過言ではない。騎士として、傷の程度でどれほど動けるか動けないかを見極める眼は持っているつもりだ。
だというのに、クーパーは右腕は動かし、健気にもシールドで連結刃を防いでいた。

 右腕を捨てても、尚立ち向かうか?

「見事だ」

 その姿勢には敬意を払う。が、今は騎士としてのプライドも、自負も何1つとして不要。
連結刃をまき戻し剣の形を取り戻すとすかさず鞘を取り弓の形に変形する。

「だがその腕、いつまで持つ?」

 矢を取り弓に番えて引き絞る。距離も速度も関係ない。放てば直撃する。
静かに、ぎりぎりと絞られる音がシグナムの耳に残った。

「硬すぎなんだよ!この片目野郎ッ!!」

シグナムの連結刃が止まったことを確認するとシールドを一枚にしヴィータの相手をするが、
またファルケンが来る事を知ると、いい気にはならなかった。

「てぇえッ!」

「…ッ!」

幾度と無く振るわれる、ヴィータの鉄鎚を受けきる。魔力干渉の衝撃を見つめながらも右腕は支障は無いことを確認していく。
痛みも無くまた違和感も無い。問題無く使えるようだ。両腕を使えるという誤った確信がはびこっていく。
そして、ヴィータが下がろうとしたのを、逃さない。

誘導弾を寄越してきたが、全て防ぎきる。チェーンバインドが伸びて、足に絡ませた。
逃さない。

「てめえッ!」

「……」

 今、味方がファルケンの攻撃範囲内にいるにも関わらず、撃つのか。クーパーはシグナムに対してもシールドを形成しながら、
烈火の将を睨みつける。当然、シグナムの手も鈍った。ヴィータを巻き込んでまでファルケンを叩き込む訳にはいかない。
悔しい話だが、確実に盾を破れるという確信も無いのだから。それを振り払うようにヴィータから念話が入った。

”あたしがやる、シグナム。”

”…ああ。”

 任せることにした、構えていた弓を戻す。

「おい片目野郎ッ!」

 足をチェーンバインドで縛られながら、アイゼンを突きつけてくる。だが、クーパーは見上げるが何も言わない。

「無視すんな! 今から手前のそのクソ硬い盾をぶち破ってやる。びびったりしてもしらねーからな!」

……

「…………」

「だから無視すんな!!ああもうむかつく!いくぞアイゼン!! フルドライブギガントフォルム!!」

「………?!」

 換装させたアイゼンのモードを見て目を疑う。言葉を失った。
鉄鎚のヘッドが超巨大化しとてもじゃないが人が扱うサイズを超えている。これも魔法か、と頭の中で無理やり納得させるも、
ファルケンの猛威とはまた違った恐怖に、身を竦ませる。

 スターライトブレイカーが全てを飲み込む大津波でファルケンが猛禽を彷彿とさせる一撃必殺の槍ならば。
これは神をも畏れぬ巨人の一撃か? どんなものも押しつぶす一撃必殺に思えた。
あんなもので叩かれてまともでいられる自信は、クーパーにはなかった。

 ヴィータを舐めていた感は少なからずある。
将たるシグナムを抑えたのだからこいつもなんとかなるという想いだったが、それは見事に裏切られた。

「…エース級、か」

高町なのは、シグナム、ヴィータ、どいつもこいつも半端じゃない。これにフェイトことも考えると、身震いする。
フェイトとやりあったことはクーパーにはないが、今は現実逃避をしている場合ではない。
目の前には小柄な体に、超巨大ハンマーを握る紅の少女がいるのだから。

 余裕など何処にもありはしない。気分は悪かった。何せ心臓を鷲掴みにされているも同じだ。
圧倒的な力の前に、恐怖を催さぬ者はいない。それでも尚喜悦を覚えるのはただのバトルマニアだ。
一度唾を飲み込むと、一縷の望みに賭けた。左目が、ちらりとシグナムを見て確認する。

 レヴァンティンをボーゲンフォルムのままにしてはいるが、傍観に徹するように見える。
もしも、あの超巨大ハンマーの後にファルケンを打ち込まれたら、クーパーは吹き飛ぶ光景しか描けない。
幸いなのは、今2人が持つ最大攻撃を同時に仕掛けられないことだ。ファルケンとギガントフォルムでのアタック。

 どちらも片方の邪魔になるだろうが、同時に打ち込まれれば、間違いなく吹き飛ぶ。
それでもギガントを凌いだ後にファルケンを叩き込まれた時の対処をどうするか、クーパーは頭の中でひたすら考える。
シールドの強化のや体力問題だけではない、純粋に体力が持たない。さて

 どうしたものか。

ただ、心臓が先走るように動いていた。そろそろ絶頂だろうか?焦りが滲むが、
未だ足にかかるチェーンバインドを僅かに引っ張り、ヴィータに呼びかける。

「…蜘蛛の糸を、忘れてない?」

「知るかよそんなの」

 ヴィータがギガントを構えれば本当にラウンドシールドで防げるのか。
ファルケンにはシールド破壊と命中後に派生する爆砕衝撃波に対して追加プログラムは組み込んでいるものの、
圧倒的暴力に対する追加は入れていない。

 こんなことなら、スターライトブレイカー対策でも組んでおけばよかったと後悔する。
蟻は果たして、人間の指の腹に敵うものなのだろうか? クーパーはプチッと潰されるのか。
それとも根性を見せるのか。ヴィータを見上げたまま構築していたシールドを消し飛ばす。

 使いたくは無かったがと腹を決める。巨人は既に、拳を固めている。見上げたまま改悪デバイスに呼びかける。

「…カドゥケス」

『yes,』

 銀色の腕輪がグローブに転ずる。思ったよりも手は震えていた。そして思い知る。ヴィータもまた騎士であることを。
でもそれだけだ。震える手はポケットより、魔力充填済みのカードを取り出すと手甲の溝に走らせる。魔力が吸い上げられる。
カードの魔力も使われていく。これより、1分30秒が鍵だ。手が、強く握り締められ上を見上げる。

「…ラウンドシールド最大出力、魔力防御力強化、発動」

『Rajah.』

 用意が着々と進むと、ヴィータが鼻息一つで、ふんと嘲笑う。

「いくぜ」

「……」

 恐怖は大きいが、不覚にもギガントを構えるヴィータが格好いいと思ったクーパーだった。
両手の指がたわませて、吐息を落とし自分に言い聞かせる。防げる、防げないではない。防ぐのだと。
左目は巨人を睨む。小柄な体が巨大なハンマーをぶん回し、加速が始まった。ジェットコースターの加速のようにゆるやかに、でも。
「ギガント、」

「…ダウト」

「ハうぇえああ?!!」

 ヴィータの姿勢が崩れる、ついでに間抜けな声が聞こえた。蜘蛛の糸と称したチェーンバインドに引っ張られ空中制御が崩れた。
それを見ていた烈火の将はやれやれと溜息をつく。あんなもの想定範囲内だったろうに。
あえて手を出さなかったのは2人のやりとりに興味があったからだろうか。

 それでも、腐っても騎士、鉄鎚の名は伊達ではない。崩れた姿勢からハンマーをぶん回してきた。
ビル群にぶちあてながらも、何一つ厭わずにクーパー目掛けて怒りの鉄拳を振り下ろす。

「ぶっちねぇえええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」

「…っ」

 これも想定範囲内だろうか?シールド目掛けて巨人の拳がぶち当たった。同時に、クーパーの両足がコンクリートに沈み、
周辺に亀裂を生み出す。やはり重い。尋常でない。それでも、ギガントを受けながら相手のプログラムを確認する。
超重量打撃とバリアシールド破壊効果を付与しているだけの代物だった、が。

「…重すぎだこれ……!」

 PT事件での最後を思い出す。あの時に似た感じだった。
超重量打撃とありえないレベルのものだった。頭が何も回らず歯を食いしばったままその場で耐え凌ぐ。
反面、ヴィータは舌打ちする。

「あの野郎、ギガントを防ぎやがった……!」

 認めたくない事実だ。己の最高威力の一撃を防がれるなどと屈辱以外何者でもない。
こんなところで終わってはならない。顔を歪め、ヴィータは憎しみの呟きを落とす。
生憎、クーパーの耳には届かなかった、が。

「手前っは………、手前だけはこのままにしておけねえ!絶対だ!!」

 ギガントを防ぐクーパーから反応は返ってこない。未だ盾を攻めたてる超巨大槌だが、
ラケーテンと違い加速をつけて攻め立てることは敵わない。もう一発、とばかりにクーパーの盾から振上げられた。
一時の攻めが終わるもクーパーは体への負担が抜けたことに安堵した。カドゥケスに次の指示を出す。

 もたもたしていると次が来る。

「…盾を維持したままライドスナイプ一門展開、僕の魔力を搾れるだけ搾れ。奴が鉄鎚を振り下ろした直後を狙う」

『yes my master.』

 正直、ギガントをこれ以上防げる自信はなかった。もう一撃貰えば、
沈められる可能性が高い。だが、その前に、一撃だけでも牙を剥きたかった。シグナム、ザフィーラ、そしてシグナム。
全て負け通している。それが許せない。別にヴィータだからじゃない。ただ単に、意地だ。盾の前で右手を突き出す。
眼前では再び、巨人の鉄鎚が再び、振り上げられる。

 未だに足にはチェーンバインドは絡んだままだったが、もはや小細工を弄しようとも思わない。
紅の少女は、次を見舞わせんとする。

「ギィガントオォ…………!!!!!」

 盾と巨大槌、その盾の小ささもさることながら、2人の空気は荒城戦の戦いを思い出させる。
打ち破るは巨人の如し鉄鎚か、それとも、健気な力で防ぎきるのか。牙城の如き盾よ。緩やかにスタートしたヴィータに対し、
クーパーも右手を伸ばし、宙に浮かぶヴィータに突きつけた。

「…射撃用意」

空気がたわむ。そして、巨人は再び拳を振り下ろす。

「ハンマァァァアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

 空気をも揺らがす一撃が、再び落とされた。クーパーも遅れて、スタートを切る。スフィアが一瞬で形成され、
チャンスを逃さない。

「…ライドスナイプ、ファイヤッ!!」

 彼の射撃威力は武装局員と同じかやや下。軒並平均的だが幸いだったのは擬似火事場で強化していることか。
人並み以上の射撃は、既に攻撃モーションに入っていたヴィータへと直進する。

「なっ?!」

 ハンマーを振り下ろす最中に、光を見た。ただそれだけだった。
だが、もう遅い。巨人の一撃が、再びクーパーのシールドを叩いた、足元の亀裂が先程よりも大きく走る。
体がばらばらになりそうな衝撃に歯を食いしばる。

「…か……っ!」

 かくいうヴィータも、射撃の直撃を貰った。バリアジャケットもある。今までのダメージ蓄積量はゼロに等しい。
それでも、不意打ちからクーパーの渾身一撃は思いの他大きなダメージとなった。
クーパーが潰されるか、ヴィータが揺らぐか。シグナムはただのそれだけに注目した。心の奥底の火は言う。

 惜しい、惜しいぞ。なんで私があの場に立っていない!!!
悔しい気持ちを抑えながら、理性に従う。勝負の行方は、と思いながら二人を見つめていると邪魔が入った。
桃色の砲撃が結界をぶちやぶり、侵入してくる。

 ザフィーラが防衛に回っていたはずだが、やはり多勢に無勢であったか。ため息をつく。

「…ヴィータ、撤退するぞ」

 1人、巨大ハンマーを振り下ろしたまま沈黙していた鉄鎚の騎士に声をかける。
反応はない。

「ヴィータ?」

「…解ってる」

 今1度の呼びかけに低い声で反応した。俯いたままアイゼンを待機フォルムにするとクーパーを一瞥する。
盾を維持したまま、砕かれたコンクリートに半ば埋まっていた。

「次だ、次はねぇ」

「撤収だ」

 剣と鉄鎚は、転送魔法を使いその場を後にする。

「…戻って、いい」

 1人、コンクリートにうずめられたクーパーはカドゥケスを腕輪に戻しバリアジャケットを解除する。
右腕が妙に熱い。まるで心臓の鼓動のように疼いていた。やれやれだ。まだヴィータが向ける憎しみの理由を知らない。
遠目に、なのはとクロノの姿が見えた。そっと左目の瞼を下ろす。疲れた。左腕の傷が、ジクジクと泣いていた。
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