「いい感じだよ、クーパー君」

「…そ、それは幸いです」

 アースラ訓練室。エグゼリオを構えるなのはと両手を突き出し盾を構えたクーパーが向き合っていた。
装填システムを取り入れたエグゼリオの試験に、クーパーが壁Aとして付き合っていた。圧倒はしたもののクーパーの結界は破れず。
派手に破壊したかったのが本音のなのははやや不満だった。

 とは言ってみたものの、防いでいる側もかなりいっぱいいっぱいだったりする。
エース級の砲撃を何発も防いでいられる自信はない。むしろ悪戦だ。

「デバイス使ってないのに、どうしてそんなに盾が硬いの?」

 なのははバリアジャケットとデバイスを収める。クーパーも一息ついて両手をゴキゴキ鳴らしながら違いますと否定する。

「…然程デバイスは関係ありません、ご存知の通り魔法というのはプログラムです。
その内容を理解し全てを把握しているかが重要なんです」

クーパーは手首をコキコキ鳴らし続ける。エグゼリオのバスターを何発か受けた訳だが、
思いの他違和感が残ったようだ。

「でも私もプログラムの勉強とかもして、デバイス無しでも魔法使えるけど、あんな早くあんな硬くはできないよ」

「…流石に一朝一夕で為すものではありませんが毎日やっていれば誰でもこうなりますよ。
アルフも兄さんも、デバイス無しで十分戦えてたでしょう」

 手首をぶらぶらさせると、なのはが目を丸くする。。

「ま、毎日?」

「…ええ、毎日です。魔法の修行は筋肉トレーニングと同じです、努力と、根性です。
鍛えれば鍛えるほど硬くなり、サボるととことん弱くなります」

 驚きを抱えながら二人は訓練室を後にする。うーん、と相変らず首を捻る。

「私も…毎日やったら、そんな風になれるのかな」

「…なれます、というよりも多分超えます。カチンコチンな盾ができたり、
案外、両手で2門のディバインバスターを撃てるかも知れませんよ」

「あはは、それいいかもね」

 なのはの笑顔に、自分で言っておきながら言わなきゃ良かったと後悔する片目だった。
なんせ的Aにされかねないからだ。これでますますをもってなのはの将来が恐ろしくなってきた。
そこに緊急のアラームが鳴り響く。気持ちが切り替わる。

「…急ぎましょうか」

 二人とも廊下を走り、ブリッジへと急ぐ。今、クロノとリンディは艦を離れている為責任者はエイミィだ。
ブリッジではオペレーター達が忙しく言葉を交わしメインモニターには3人の騎士が写されていた。
シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、それぞれが異なった世界に姿を見せ蒐集を行っている。

 以前にも度々騎士達は捕捉しているものの逃げられることが多い。やるからには即断が求められる。
メインモニターを睨むクーパーをなのはがつつく。いつの間にか、セットアップを済ませている。
つついたのはエグゼリオだった。クーパーも黒いバリアジャケットを纏う。

「無理したら駄目だよ」

 言いたくなかったが、答える。どす黒い感情を飼い慣らさなければならない。
淀みの中であざ笑いが聞こえるのを無視する。大丈夫、大丈夫と言い聞かせ。

「…解っています」

 苦い顔ができあがっていた。本当に大丈夫か心配ななのはだった。
クーパーはモニターを睨む。ヴィータは飛行中、シグナムは砂漠の世界で生物と戦闘中。
ザフィーラは海上を移動中。となると自ずと行き先は決まる。

「…エイミィさん、砂漠いきます」

「え?」

 決断が下されるよりも先に申し出る。

「…アルトと一緒に行ってきます」

 エイミィはなのはを見た。少し戸惑っていたが、何か念話で話しているように見えた。
その上で、エイミィも頷く。

「無理はしないこと、それからカドゥケスは」

「…解ってます。使わずに済むなら使いません」

「使っちゃ駄目なのっ」

 エグゼリオがクーパーをつんつんしてくる。それでも、クーパーは1つ頷き善処しますと呟いた。
早ければ早い方がいい。エイミィはコンソールを叩き、なのは、そしてクーパーをそれぞれの場所に送り込む。

なのははヴィータ、そしてクーパーは、シグナムの元へ。




【Crybaby. -Classic of the A's7-】





 風が吹けば頬に砂が当たる砂漠の世界。鬱陶しいと思うのは最初だけで慣れればどうということはない。街中の雑踏と同じだ。
ある意味ノイズに近い。そんな日常の音に耳を傾けた事など、一度もたりともなかった。
風景の無い寂しい世界で剣を手に佇む騎士。シグナムは傍に昏倒させた巨大な魔獣が横たわっていた。

 感慨も無く、闇の書を取ると発動させ魔力を奪い闇の書に蒐集させる。
数ページが埋まり、また少し、闇の書の蒐集完了まで近づく。作業を終えれば次の魔獣を屠るだけ。
主が為に屠る、主が為、屠る。昏倒させて蒐集。

 それの繰り返しだが、烈火の将がぶれることはない。主が為、それだけだった。
吐息を収めると共にレヴァンティンを鞘に戻す。幾度と無く行ってきた行為だ。そして、これからもそれは変わらない。
騎士たる者に戦う以外に道はないのだ。ふいに空を見上げれば、どこまでも突き抜けた蒼が広がっていた。まるで、広大な海だ。

 でも、いくら空を飛ぼうと美しい蒼に届くことは無い。地と蒼の狭間。そこが騎士として戦う舞台。
時代がどれ程移り変わろうと、あの空は変わらない。闇の書の主が変わり戦い続けてもあの空だけは、いつもああだ。

”シグナム"

念話が入る。感慨深げに見上げていた思考が切り替わる。相手はヴィータだった。

”どうした ”

”本回してくれ。こっちも終わった ”

”ああ ”

 転送魔法を御し、ヴィータがいる世界へと闇の書を転送する。蒐集は順調だ。このままいけば予定よりも、
早いペースで全てのページが埋まり、蒐集が完了する。主は大いなる力を手に入れることができる。
主を蝕む侵食も止まる。体も健康に戻るだろう。何も問題は無い。全て、順調だ。

「……」

 何も、と言いたいが転送反応と共に一人の少年が姿を見せた。
右目を眼帯に覆う隻眼だった。

「クーパー、か」

 シグナムの呟きに、クーパーは何も示さない。
代わりとばかりに、魔方陣を展開させると黒い獣を召喚し強化魔法を次々とかけていく。
シグナムは口許に軽い微笑みを浮かべる。

 それにはクーパーも顔を歪めて反応する。
気に食わなかったのか。
はたまた。

「…何がおかしい」

「いや、すまない。お前を嘲笑った訳ではない」

 許せとシグナムはレヴァンティンを抜き放つ。逃げる気も無いらしい。アルトが牙を剥き唸り声を引く轟かせる。
正眼に構えた烈火の騎士。

「ここで、お前を屠っておくのがいいと思っただけだ」

「…何?」

 クーパーは眉根を寄せる。確かに騎士達からすれば邪魔だが蛆蝿にすぎないのも確かだ。
その小さな存在を屠るとは何かがあるとでも言うのだろうか。

「…どういう意味だ」

「知る必要もない。全ては主が為だ」

 構えられた剣は解き放たれ連結刃となり宙を滑る。左目は空気を口の中へと滑らせた。

「(大丈夫、やれる。大丈夫だ)」

 自らに言い聞かせる、心の臓はパンク寸前なまでに小刻みに暴れている。まるで射精をする前の一物のような興奮ぶり。
それでも、拳を強く握り締めてシールドを形成する。シグナムの剣は連結刃となり鋭く伸びてシールドを叩く。
一度目、防いだ。

 だが、引いては押し寄せる波が如く。
連結刃は反転して再度襲い掛かってくる。
大丈夫、とクーパーの頭の中でイメージを作る。

 高町なのはという砲撃魔導師のリロード済みの砲撃を受けて、どれくらいの硬さの盾を作ればいいか解っている。
二度目の連結刃も弾き、アルトに合図を送りながらも、自分の中で冷静になれと水面の奥底の悪を縛り続ける。
熱くなるのは攻撃の一瞬だけでいい。

「…アルトッ!」

 強化された猛獣がシグナムに飛び掛っていた。未だ連結刃は伸びたままだ。いける。クーパーも手を伸ばし射撃魔法を放つ。
チャンスではあるが、当のシグナムは厳かに笑っている。面白いといわんばかりに。

 迫りくる獣に対して僅かに身を引きながら鞘を振るうがそれで止まるでもなし。
振りかぶられた前足の一撃を紙一重に避ける。頬に、僅かな赤線が走り。
桃色の髪が僅か
に散った。その上。

「…ライドスナイプ!」

 射撃が顔面めがけて襲い掛かってくる。いい連携だ。とシグナムは戦う度に思う。
強化されたこの獣も、生半可な陸戦魔導師を超えている。そして、後衛を務める主人の力量も悪くない。
が、悪くないが詰めが甘い。ひょいと首を僅かに動かせば、射撃は紙一重に避ける。

 胴体を狙っていれば当たっていたものを。鞘を振るい獣を吹き飛ばし、連結刃を一度戻してから、
1発分のみカートリッジをリロード。排気の煙と共に空薬莢が宙に飛んだ。構えられる剣と魔力が膨れ上げるのを感じる。
猛威だ。

「飛竜一閃ッ!!」

 大地を這う炎の牙がクーパーに襲い掛かる。前を見据えたまま目一杯酸素を吸い込み盾を構築。
盾を叩いた猛烈無比なる剣戟は、リロードした高町なのはとはまた違った重みを感じさせる。
それでも、防ぎきると見るやシグナムはすかさず間を詰めるのを左眼は捉えていた。

 レヴァンテインを以って盾を斬りつける。
クーパーもあまり受けに回り続ける気はないのか防ぎながらチェーンバインドの手を伸ばしてシグナムを下がらせ射撃と追い立てる。
勿論飛行魔法ですいすいと避けていくシグナムだった。攻撃をしかけてこない。
逃げる相手を左眼は追う。すくなくとも、相手の方が一枚も二枚といわず、戦闘経験豊富なのだ。
油断はできない。虎穴に挑むが如くアルトを呼び戻すと跨って速度を出す。シグナムとの距離を測り始めた。
時折射撃で様子を見ながら両者動き続ける。だが、アルトに乗り走り続けたまま空を見上げる。

「…何を考えてる」

 不安からか、距離を取りつつ警戒していく。時折、無駄と解る射撃をしてみるも、
シグナムは避けるだけ。連結刃を飛ばしてくる気配も無い。ましてや剣を鞘に収めて飛行魔法だけで飛び続けている。
狙いに気づいた時には、もう遅かった。

鋭い眼が、上空よりクーパーの意識を貫いている。

 シグナムはただ見てるだけ。いや、クーパーに対して狙いを定めていただけ。鷹が如くその目標を静かに見据える。
鞘を取り剣と鞘を組み合わせて形状を変化させる。自身の動きも止めて、動き続けるクーパーに対して狙いをつけていた。
矢をつがえ弓を引く。動こうが逃げようが狙いはもうつけている。後は射るのみ。

「一撃で落とす」

 弓が絞られギリギリとしなった。それを目撃したクーパーも慌てて対抗策をとろうとする。

「…止まってアルト! ストップストップストップストップ!!」

 主人の命令に従い、急ブレーキをかけて凄まじい砂塵を舞い上がる中飛び降り砂塵が舞う。
体の停止を待たずに魔法の用意をする。相にとって距離は関係ない一撃必殺だ。覚悟しながら立ち向かう。
魔法防御力強化、魔力強化、ラウンドシールドを展開し受けの体勢を作りあげる。

 遠目に見えるシグナムが構えてるのは、弓。的確に標的を撃ち貫くその覚悟。並みのものではない。
実力も、技術も、覚悟も、クーパーが及ぶものではない。敬意を表するどころか本当に尊敬に値する。
ザフィーラとてそうかもしれない。これほど高潔で強い騎士が、と思ってやまないが今は敵だ。
この上ない程に。そして、突如として衝撃はやってきた。

 クーパーは全く感知できなかった。シュツルムファルケンの速度は音速の壁を突き破り、
シールドを叩いたという衝撃でようやくシグナムが撃ってきたと気づいた。苦虫を噛む。
こんな強烈無比な魔法があるものか。なのはの砲撃といい勝負だった。

 凶猛なる一撃は盾を攻め立てる。あまりにも重く鋭い。
ディバインバスターが津波を形容するならばシュツルムファルケンは槍だ。
弓を槍というのも不可思議な話だが、イメージだから仕方が無い。

 とはいえ、防戦を強いられるクーパーはその攻撃を防ぎきれずにいた。コップに王水を注げば、コップごと消し去るように。

「…まず……ぃッ!」

 盾と矢の鬩ぎ合い。その中で、クーパーはシュツルムファルケンのプログラムを知る。
命中後ないし対象を貫くと爆砕。衝撃波を生じさせ対象物により効果的なダメージを与える。耐えながら背筋が凍った。
プレシア以来のプレッシャーだった。死が味覚として口の中を泳ぐ。吐き捨てることもできず飲み込むことも叶わない。
苦痛だった。ファルケンの突破力は凄まじく、大味のなのはとは異なり鋭く一点突破力に長ける。

 認めたくないが構成する盾では敵わない事を悟る。

 歯を食い縛り屈辱をかみ締める。これがエースクラスの実力だった。なのはの本気で放たれるスターライトブレイカーとて、
長時間は盾を維持する事は不可能だ。仕方が無いという轍はいつもそこに在り、クーパーの弱さを認識させてくれる。
力はある。だが事実を事実として認めたくはなかった。相手はなのはではない。兄を奪ったその人だ。認めるのか?

 えへへ強いですねと笑って済ませるのか? 顔を顰め悔しさを滲ませるも盾は持たない。砕けようとしていた。

「…くそおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 盾は打ち破られ、ファルケンはクーパー近くの地面に着弾した。
追加付属で発生する爆炎と衝撃波が吹き荒れ吹き飛ばされ宙を舞う。
体はバリアジャケットをまとっているからいいものの、本来ならば死んでいるはずだ。

 その圧倒的な強さに挫けそうになる。吹っ飛んだ先ではアルトが待ち構え、オーライとキャッチする。
一撃、たった一撃で体力と魔力や士気をごっそりと剥ぎ取られた。アルトに乗ったままシグナムを睨みつける。
嫉妬と猜疑心と憎しみが織り交ざった眼差しだった。

「(…認めるか)」

 自分の腕に通されるカドゥケスに触れた。使うのか僅かな迷いが生まれる。
カードのシステムを使えば確かに防御力も攻撃力も、ありえない程向上する。

”クーパー君、大丈夫? ”

 エイミィからの通信が入る。あまり大丈夫ではないが、ここで引くわけにはいかない。
口の中に入った砂をぺっぺと吐き捨てる。

" …大丈夫です、まだやれます "

  大きく息を吸い込むと、シュツルムファルケンに対する新たな盾が既に組まれ始めていた。
盾破壊の突破能力と爆炎、衝撃波。単純な魔力衝突でどうにかなるものではない。
早送りで、カチカチとルービックキューブを素早く組むように魔法を組み立てていく。

 頭は魔法を。手はカドゥケスに触れていた。指にひやりとした銀色の腕輪の感触が伝わる。
使うのか? カドゥケスでカードを使用し擬似ACSもどきを発動させれば、1分30秒ながら強烈な力を手に出来る。

 分の悪い賭けだ。 ACSもどきは限界を超えた何かを求める悪魔機能、の体力、
魔力の消耗が大量に引き千切られる。1分30秒と引き換えに、失うものが多すぎる。
安牌ではない。強力すぎる力の誘惑は、今すぐにでもデバイスのセットアップをしろと耳元で囁く。

得るのは恐らく負けだろう。デバイスに頼らず頭の中で組んでいた魔法の構築が完了する。
銀色の腕輪に触れていた指はそっと離れて硬く握り締められる。
例えデバイスが無くてもやることは同じだ。

「…防いでみせる」

 決意を胸に新たな盾を構成する。シグナムの魔力も高まっている。次がくるのだろう。
強化魔法も加えながらクーパーの魔法が次々と発動していく。最後にはブラウンのシールドがクーパーを覆った。
来るなら来い、とばかりに姿勢を低く保ちながらシグナムの一手を待った。距離は高さもあいなってかなりある。

 遠く離れた上空の騎士は既に構えていた。矢をつがえる指は待っていた。
一発目で仕留められなかった子鼠を射る為に全力を出し切る。

「翔けろ隼」

 僅かな動静を持って、指が矢を放すと次なる槍は放たれる。
音速の壁を突き破り人が感知できぬ速度を以って盾と激突する。盾も先程の反省を踏まえたものの、
改めて凄まじい一転集中突破能力には畏れ入る、受ける側としては体がバラバラになりそうな錯覚を覚える。
なのはの砲撃もいい気分にはなれないが、これも味がする技だった。

「…ぐ……ぎ……っ!!」

 耐える。なのはと砲撃と違った、鋭すぎる攻撃は点での攻撃は思った以上に体力と魔力を奪う。
その光景を遠く離れたシグナムは淡々と眺めていた。

「やはり防ぐか」

やれやれとしながらも魔力が詰まる薬莢を取り出し、1つ、デバイスの中にカチリと押し込む。
そのままリロードを2回行うと再び魔力で編まれた矢をつがい、構える。引き絞る。狙いはもうつけている。
後は矢を放つだけで良い。

「これで沈め、スクライア」

ギリギリとしなる。一方、クーパーはデバイスから警告される。

『4 secondes to next impact..3..』

「……ッ?!」

『2...』

 まだ矢は結界を攻めている。だというのに次が来る。
少しはこっちの事情を考えろと理不尽な文句を言いたくなる。
2発目は恐らく耐え切れない。重ねられる衝撃に負けるのが目に見えていた。

 咄嗟にカドゥケスの選択肢が頭をよぎる。

 使え、使っちまえ!! そうすりゃもうちっとマシに防げるんだ!

 そんな余念だ。もう迷っている暇は無い。
次が飛来すればどうなるか? アルトに被害を及ばせずに防ぎきる自信はあるのか?

『1...』

無理だった。手はカードを取り出し、デバイスをグローブの状態に転じさせる。
エイミィにどうこう言われるよりも先に、デバイスにカードはスラッシュされ、機能を発動させる。
ジョーカーは切られた。自分の魔力と充填していたカードの魔力を併せて魔法が強化され、
より強固な盾となる。次の瞬間には、新たな矢がシグナムから放たれた。

『impact!』

 次が来た。衝突を以って顔を顰め確認する。腐っても二発分の威力だ。盾はなんとか持ちこたえていたが、
その反面負荷が半端ではない。意識が飛びそうになるのを堪えただ盾の維持に勤める。
思考の中に時折ノイズが走りながらも魔力のことだけを考える。

『Enemy approach.』

「…来る……か、……」

 デバイスの警告を聞き取りながらも。めざわりなノイズが思考の中ではしゃぎ回る。目の前の盾と矢も、砂漠も、青空も、
時折跳ねて邪魔をする。たまに大きなジャンプがあると意識がそのまま消え失せそうになる。食
いしばる歯と硬く握り締められた拳だけが頼りだった。

 意識を繋ぎとめる。これもACSもどきの反動なのか。目の前は霞み激しい頭痛が襲い始めた。
口の中に妙な味がある。嫌な感覚だ。でも、その苦痛の中に、クーパーは妙な感覚を見つけた。
正直、それがなんなのかは解らない。それでも、これが嫌だと思わないのも解らない。
 
 解らないこと続きだけど、クーパーの意識は急速接近するシグナムに向けられた。

「……ライド、スナイプ……ッ!」

 ブラウンのスフィアがぐるんと一回転して姿を現す、僅かに盾がぶれたがやぶれはしまい確信する。いける、と。

「…ファイア!!」

射撃魔法が一つ、飛ばされる。腐ってもACSもどきで強化されているが所詮唯の射撃か、
シグナムは難なく避ける。避けたところで、盾を突き破れなかった矢が爆砕する。爆炎と衝撃波の名残を撒き散らす。

「…く……ッ」

 凌いだ、がシグナムを忘れてはいない。僅かに距離を取った場所で、
空薬莢がくるくると回転しながら落ちるのが見えた。リロードした。まずいまずいと頭の中で警報を打ち鳴らす。

「兄に似て、お前はよく耐える」

 それに、怒りと憎しみが顔をもぞりと上げるが無理やり押さえつける。

「…違う」

「ん?」

「…違う、兄さんの盾は僕の盾なんかと違う。お前はユーノ・スクライアの本当の盾を、まだ打ち破ってない。兄さんの盾は」

「そうか」

憎しみを意識の底に無理やり沈める、今の相手は憎しみ以上に、シグナムだ。

「ならば耐えろ」

 剣に、業炎が走る

「……ッ」

 クーパーも盾を新たに構える。もう、カードの残存時間が残り少ない。余裕は無い。

「飛竜一閃ッ!!!!!!!!!!!!」

 連結刃に魔力を乗せて打ち出されるミドルレンジのきめ技を、クーパーは受けた。
相も変わらず、重いことで。だが、問題はシグナムが次の行動に移っている事だ。
衝撃波を途絶えさせることもなく、連結刃を戻すや否や、リロード二回、そして最後の大技にかかる。

「紫電……」

 飛竜の衝撃を吹き飛ばす程の斬を以って、クーパーの盾は果敢に挑む。

「…カドゥケスッ、ラウンドシールド全力全開!!」

『yes,master.』

「一閃!!!!」

 鍔迫り合いのように盾と剣がせめぎあった。シグナムの炎熱と、魔力干渉は煌きを見せる。剣は圧し、盾は弾く。。

「こうも私の攻撃を防ぐか、スクライア!」

「…僕は僕ができることをするまでの話だ!」

「そうか、ならば」

「…ッ?!」

 シグナムの剣にまとう炎がより勢いを増した。赤から、青みがかった白へと変化する。威力が跳ね上がる。
クーパーは再び、盾の不安が脳裏を過ぎる。

「…ここでカードのひけらかしか」

「さてな」

 赤から青へ、色温度の変化は威力の変化を見せるか。クーパーはアルトに指示を飛ばし、その場の一時離脱を命じる。

「お前はいい召喚師だ」

「…ただの発掘屋の間違いだ。戦わないで済むなら誰とも戦いたくも無いし、争わないで済むなら誰ともやりあったりはしない。
おまえ達みたいなはた迷惑な連中がいるから、こうやって戦っているだけだ」

 盾と、剣。業違えど、何か共通するものを見出すのか。

「以前も言ったが」

言葉を続けるシグナムを、クーパーはただ拒む。

「…知らない聞きたくない。お前の話なんて興味も無い、
自分の姿を顧みろ、世界を掻き乱すだけじゃないか!!」

「ああ、……そうだな」

 顔に、僅かな悲しみを滲ませてくる。まただ。そんな顔をするなと言いたかった、
ただ単知り合えただけならば多くのことを話したかったのに。シグナムがただの人ならば、
どんなに良かったか。ザフィーラも、そうだ。残りの二人だってそうかもしれない。

 剣と盾、どちらも押し合う。

「…答えろシグナム、お前達の主はどんな顔をしてこの戦いを見ている、笑っているのか、それとも関心すらないか!?」

「主についてお前に言う事は何も無い」

「……・ッ」

 そうだ。
だからこそヴォルケンリッターは、ヴォルケンリッターであり続ける。ただ主が為に。それだけだ。

「お前が空戦でも陸戦でも、攻撃の使い手であれば……いい勝負が、できたかもしれないな」

 そしてシグナムは刃を切り返すと盾を十文字に引っかいた。いや、斬り裂いた。
鬼の如しか、振るわれたシグナムの剣は青き業炎を纏いクーパーの盾を打ち破り盾はガラスの如く砕け散った。

 二人の間に邪魔するものは無い、が。瞬時にスフィアが形成され、
シグナムを待ちうける。兆しなど、シールドを打ち破る寸前まで一遍たりとも見えなかった。図られたか。
僅かに虚を突かれたシグナムの目が、印象的だった。シールドが砕けたのは、この布石か。

「…くらえッ!!」

 発射される4門射撃はどこまでも真っ直ぐに伸びていく。残念ながら、
シグナムに命中しない。手ごたえは何も無く、代わりにあったのは右腕に走った熱い衝撃。
着地したシグナムは姿勢低く、剣でクーパーの腕を薙いでいた。腕を両断、とまではいかなくても、

 バリアジャケットも貫かれ深い痛手を負う。血が砂漠の世界に飛び散らせながら、クーパーの体は砂の上に崩れる。」

「私に接近戦を仕掛けたのは、失敗だったな」

 振り切られていたシグナムの腕が、ゆっくりと戻る。選択の誤ちに気づいた次の瞬間、血が傷口よりあふれ出す。
傷口は炎熱の影響で煙を噴出す。沸騰したような血が、砂にこぼれ落ち紅い液体は吸い込まれていく。
左手で斬られた腕をぎゅぅと押さえ込み、簡易的な止血を図る。

 それでも血は止まってくれない。クーパーの額に嫌な汗が滲んでいく。呼吸も僅かに、乱れた。
今この場で、回復魔法をしようなどという暢気はおきなかった。

「不殺を誓った身だ。殺しはしない。だが、これ以上の邪魔されるわけにもいかないのでな」

 シグナムはクーパーの首元に剣を突きつけるが、まるで動じない。むしろ左目はより好戦的に睨みつけてくる。
血は腕をつたい、止まる事を知らない。押さえる腕でもも血に染まりつつあった。

「その出血量、放置すれば死ぬぞ。早く処置することだな」

「…まだ、死なない」

 苦悶の表情の中で、何かを力を込めるようにクーパーは、何かを発動させる。
途端にシグナム一人を包む結界が張られ、その上チェーンバインドが縛り上げた。
二重、三重、四重、五重、やりすぎではないかというほどの鎖が、シグナムを締め上げた。
僅かに、怒りを孕んだ表情で睨まれる。相変らず斬られた腕を押さえながら、吐息を落とす。

”殺しちゃ駄目だからね!!”

 という、エイミィの通信がさっきから再三入っていて、耳にタコだった。
吐息を落とす。血を流しているせいもあるのか、酷くぐったりする。体がだるかった。

「…もしも、腕を完全に切り落とされていたら、
僕は負けていた。その不殺の誓いに感謝する。シグナム。このまま、管理局に……」

 連行を、と言いかけたところでそれは突如現れる。華麗なとび蹴りをクーパーに叩き込み10m程ぶっ飛ばした。
転がるたびに砂煙が巻き上がらせ凄まじい見た目だった。もうもうと立ち込める砂煙は、どこまでも高く広がっていた。
視界が晴れると転がってるクーパーの姿が確認できる。死にかけの虫のように必死に体を起こそうとするが、うまくいっていない。

 シグナムはそれに良し悪しは感じないが、とりあえず目の前の人物に聞いてみた。

「何者だ」

「私が何者か、などということは気にする必要は無い、
烈火の騎士。君は蒐集を行い、闇の書の復活を目指せばいい」

 解せぬ。仮面を被り一切の表情は伺わせず、闇の書を知る者。十分警戒に値すると考えていると、
クーパーによって幾重にもかけられたチェーンバインドを砕き、シグナムに自由を与える。
未だ、剣を握ったままであり、一度だけ転がったままのクーパーを見てから仮面の男を見やる。

「礼は言わぬぞ」

「構わん、暇があるなら蒐集に励め」

 それだけ言い残し、仮面の男は転送魔法でさっさと姿を消してしまった。怪しすぎる。
が、今は疑っても仕方が無いか。シグナムは剣を収める今1度、クーパーを一瞥してか転送魔法を使い砂漠の世界を後にした。
残されたのは、ただ1人。血と砂にまみれたクーパーだけだ。

 全身砂にまみれている。必死に体を動かして、シグナムがいないことを確認すると力なく仰向けに倒れた。
空がやたらと青かった。

「……………」

 捕獲は失敗した。腹の中でやり切れぬ思いだけが広がる、が。それは何もクーパーだけではない。
アースラブリッジ、忙しく状況が交差する中で、エイミィもまた忙しくコンソールを叩きまくっていた。
クラッキングを受けた上、通信が全くできなくなっていて、現場に出ている魔導師とやりとりもできない。

「ああ~もう~!!!!」

 苛立たしげに髪をがりがり掻きながら、エイミィ自ら復旧作業を勤める。
他の人間に頼るより自分の腕を頼ったほうが早い、というのはエイミィの弁だが

「メインスクリーン! 2名でます!!」

アレックスだか誰かの台詞と共に、クーパーとなのは、それぞれ二人の顔が表示される。
ただし、一人は砂と血まみれの惨状にあり、思わずブリッジにいたメンバーをぎょっとさせる。

「く、クーパー君?!」

 思わずエイミィは声を張り上げるが、表示されている顔は、
苦悶に打ちひしがれながらも、平気です。でも逃がしちゃいました。と謝罪を入れてきた。

「今は謝らなくていいから…! 救急班直ぐ動かして!! えっと、なのはちゃんは大丈夫?」

「私の方は平気です、その、エイミィさん今のって……」

どうやら音声がはいっていたらしいが、説明している暇はどこにもない。

「クーパー君がちょっとね、なのはちゃんは転送するからそこから動かないで、」

「解りました。……ごめんなさい、私も邪魔が入っちゃって逃がしちゃいました」

 それを言うなら、クーパーも、なのはも、アースラも、だ。全員が全員は妨害にあっている。

「ううん、いいから。…救急班、まだ?!」

 転送完了まで後20秒という慌しい報告が入る。作戦は後手に入った上、失敗。エイミィは自分の不備を悔やむが
あの状況では誰が指揮をとっていようが、どうしようもない。結局、作戦は散々な結果に終わった。
しかし、戦いに勝って勝負に負けた、という言葉がシグナムの胸には刻まれていた。
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