身内が殺されて銃を持つ。よくある話じゃないか。人間なんてそんなものだ。
ニュースで誰かが死んだっていうのを見て聞いて、他人の生き死に激情に駆られるスペシャルな馬鹿がいるか?
いねぇだろうがこのアンポンタン。

 ガキが死のうがジジィが死のうが、ニュースを見て『かわいそうに』としか思わねえだろうがよ。
解ったかボケ。手前が大事手前が1番。世の中いつでもお花畑さ。でも身内や親友ってんならなら別だよ。
殺した奴を憎み、殺そうと思うのが人間って奴だ。憎しみは憎しみを呼ぶのさ。

より深い憎悪を生み出す。連鎖になって一度絡んだらもう二度と離れやしねぇ。
止めようのないパズルのコンボと同じだ。気持ち良いだろう? たまっていたパズルのブロックを一気に消し飛ばせたら。
スカッとするだろう? 邪魔なものが消えうせたら。

 お前は、走っている最中に急にピタッと止まる事ができるのか? 無理だろう? 憎しみなんてものはそんなもんさ。
安くて早くて便利に人間を駆り立てる事が出来る。ナイスな味付けだ。なあクーパー。
お前もこの憎しみから、逃れられると思ってんのかな脳みそ腐ってんじゃないですかね。

てめえのお兄ちゃんは、闇の書だか編みの書だかなんだかしらねぇーけど騎士を束ねる連中に奪われたんだろ?
なぁ? おにーちゃんがいなくなった感想はどんなもんだ? 教えてくれや、坊や。






 闇の中で、鼎を抱かかえたままクーパーは泣いていた。泣く事しか、できなかった。





おんめーオレの声聞こえてねーのに泣いてんじゃねーよ! ウンコだてめぇは!


声をあげて泣いた。
子供のように。


兄さん。

兄さん。

ぼくをおいていかないで。



【Crybaby. -Classic of the A's6-】



涙が、目尻から垂れた。目覚める。左目の瞼はゆっくりと開いて意識を取り戻す。
ベッドの上に寝かされていて部屋は酷く清潔感があった。目元に手が伸ばす。酷く腫れぼったかった。

眠りながらも泣いていたのか頬には涙が伝った跡がある、左目も酷く腫れぼったい。
その上体を起こそうとすると痛みが走り、起こす事もままならない。
大人しくベッドの上に横になっていると、部屋の入り口から見知った顔が入ってきた。

 クロノだ。あんまり機嫌がよさそうな顔をしていない。クーパーがおきていることに気がつくと、
近くまで来てデコピンをかました。痛みが走る。

「…痛いのですが」

「自業自得だ。幾つか質問に答えてもらうぞ。それぐらいの元気はあるな?」

「…はい」

「なんで通信に出なかった」

「…出たい気分ではなかったので」

 また子供みたいなことを、とクロノは辟易する。

「君が連絡に出てくれれば、君もなのはも蒐集されずに済んだかもしれなかったんだぞ」

 それが、クーパーの意識を弾かせた。

「やっぱり、」

「ここはアースラだ。場所は地球軌道上。倒れている倒れている君たちを収容したんだ。
君も、なのはも、リンカーコアが枯渇した状態だった。……とくに君は、コアだけじゃなくて体も酷いそうだ。
身に覚えがあるなら、少しは反省してくれ」

「…………」

 クーパーの記憶はザフィーラと対峙していた途中で途切れている。クロノの言う事を信じるならば、
なのははあの後、蒐集されたんだろう。あの時怒りに身を任せていなければ、なのはは蒐集されなかったかもしれない。
それを思うと、今度は自虐の念が襲い掛かってくる。同時に、暗黒な言葉が舞い降りる。

――無能。

 悲惨で凄惨で、口が裂けても言えない言葉だ。

「何があった?」

 顔を上げる。クロノを見ながらも目の奥であの騎士達を見る。

「何故君は97管理外世界に来ていたんだ。何故騎士達と交戦したんだ?」

 口を固く結び酷く言いづらそうな顔が置かれた。それでも、クロノは指でクーパーの額をぐりぐり押す。

「答えてもらうぞ。君の1言を待っている間にも状況は悪化する。被害も増すかもしれないんだ」

「…どういう意味ですか」

「質問を質問で返すな。ややこしくなる。まずは僕の質問に答えろクーパー」

 ぐりぐりぐりぐり。

 執務官の指にさらなる回転が加えられなす術も無く溜息を落とす。
これまでの経緯を話すとまた面倒臭そうに頭を掻いた。ユーノのこと、そしてそれを調べる為に第97管理外世界に赴いた事、
そこでシグナムに会った事。ついでになのはに助けられてからの事。クロノも文句を言いたい気持ちを押さえ込んだ。

 執務官は常に理性的でなくてはならない。眉間を抑えて押し留める。ただただ堪える。
兄が奪われたクーパーの気持が解らないでもないが、執務官としては可哀想ねと同情ばかりしていられない。
吐息を1つ落として気持ちを切り替える。

「復讐か?」

疑問系の意味をクーパーは汲み取れない。

「…解りません、ただ、あの騎士達を許せないという気も、闇の書の主というのを殺したいという気もします」

「殺すと明確な感情があるならば、僕は君にこの一件の協力はさせない。
言葉を形にしようか。邪魔だ」

その一言が片目を硬くさせた。クロノを睨む。

「もう1度言わないと解からないか? 邪魔なだけだ。それに、今度は君まで捕まえなければならなくなる」

「ユーノをやられて騎士を恨む。その気持ちは解らないでもない。でも、これだけは言っておく。
世の中なんてものはこんなはずじゃなかった。こんなつもりじゃなかったなんてことばかりだ。
どんなに後悔しようと過去は覆らない。それだけだ。仮に相手を憎んで殺したとしても、今度は君が犯罪者になるだけだ。」

クーパーはクロノを睨むのをやめない。クロノも一身にその目を受ける。

「…恨みを持つなと?」

「そうは言わない。人間である以上喜怒哀楽はあるし、身内を殺されて恨みをもつのは割と普通の感情だ。
でも、管理局に手伝うというのなら怨みや憎しみなんというのは、無用の長物だしさっきも言ったけど邪魔なだけ。
で。それを聞いた上でも君はこの一件を手伝ってくれるのか?」

「…………」

 口を閉ざしてしまった。自分の中で蠢く憎しみ、恨み。それらを全て制御できる自信なんてこれっぽっちももっていない。
正直な話、あの鉄鎚を持っていた騎士の耳を削ごうなんて気持ち、当初はこれっぽっちも持っていなかった。
でも、バインドで動きを封じ込めた上、文句を言われた途端。憎しみがクーパーの体を動かして、あんなことを口走っていた。

 耳を削ぐ、鼻を削ぐ、指を落とす。憎しみも持たぬ平時の頭で考えれば、それは酷く恐ろしいことだと解るし。
なのはが叫んだのも解る気がする。というよりも、平時であればむしろクーパーも止める側だ。
平時であれば、だが。

 やや冷めた頭になって考えれば、クーパーはマリオネットに等しい。憎しみに躍らされる哀れな子。
今のところ操りの糸から逃れる術は知らない。少しだけクロノから眼線を外す。

「…憎しみは消せません。でも、この一件に協力はしたいと思います。あの騎士達とその主がどうなるか、見たいだけですが」

「君が騎士や主を殺そうとしたり指示に従わない場合は手段を問わず気絶させるかもしれない。それでも構わないか?」

 クーパーは頷いた。憎しみで自分を操れなくなるぐらいなら、
ぶっ飛ばしてもらうぐらいの方が丁度いい。ただ、クロノは解ったと頷くと今度は寝ろと言ってきた。肩透かしだ。

「…む」

「自分の体を、少しは労わったらどうだ?魔力もない、その上体に負担がかかりすぎてる。一体どうしたんだあのデバイス。
誰かに改造でも頼んだのか?」

「…………」

 ばれていたらしい。咄嗟に顔を逸らす。
ここでジェイル・なんちゃらうんちゃらと名前を出してしまえば、別の意味でクーパーが疑われるのは言うまでもない。
というか、今になってあることに気づいた。

「…僕のデバイスは?」

「申し訳ないが、こっちの技術者が色々調べてる」

「…………」

非常にまずい、気がしないでもない。

「安心しろ、勝手に設定を変えたりはしない。でも人体の影響がありすぎるようなら」

「…なら?」

「警告はする。それじゃ、話はここで一旦終わりだ。今はゆっくり休め」

「…イエス、サー」

 皮肉を込めて返事を返せば、クロノも「解ってるじゃないか」と、いやーな笑みを浮かべて部屋を後にした。
またクーパーは一人になる。黙ったまま、右目にふれようとすると眼帯が邪魔をした。
指はお邪魔しますよと眼帯の下をもぐりこみ、ゆっくりと傷をなぞる。

 この傷を負った時、自分は何をしていたのか誰も憎まなかったのか。全てを許せていたのか。触感は傷痕に問いかける。

「…………」

”汝右の頬を打たれれば、左の頬を差し出せ。求める者には与え借りようとする者を拒むな。
『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者の為に祈れ。”

 有名な1節を思い出す。クーパーにそんなことができるのか? ユーノを奪った相手の手を取り、
笑顔を向けることが出来るというか? 左目を閉ざし、己に深甚に問いかける。即答した。
無理だ。人は、言うのは容易い。実行はかくも難しい。

 ならばどうしたらいいのか? その答えはまだでない。
そしてもう一つ、思い出した。

「…しまった。聖書」

 フェイト・テスタロッサに持っていくと約束した本も用意もしていない、
次の裁判までまだ少し期間はあるだろうが、クーパーは荒んだ心は、酷く痛ましかった。
約束も守れていない。今、こうしている時。あのフェイト・テスタロッサは何を考え、思っているのだろうか。

" 悪に負けず善を持って悪に勝て "

憎しみと言う名の抑え切れない悪。

優しさという名の弱く脆すぎる善。

 二律背反にもなりもしない、善は膳とばかりに食い千切られ殺される。
今のクーパーには余裕が無い。自分の中の憎しみという名の悪とどう立ち向かえばいいのか。
クロノという首輪をつけてもいまだに答えを出せない。心の奥底に巣食う憎悪に蝕まれている。

 その悪を操作することができるのだろうか。溜息をつきながら横になるベッドの上で天井に向けて掌を翳す。
迷いの中で、逃げ道の酒が欲しくなった。弱い子供は、ただ迷う。







「次やったら酷いよ。あんなこと絶っ対にしちゃ駄目なんだからね」

 体調が戻ってから数日、なのはと顔を合わせたクーパーは宣告される。
何でもクロノの了解をとって、クーパーが暴走をした際の歯止め役をなのはも担ったらしい。
問題を起こしそうものなら、容赦なくディバインバスターでぶっ飛ばすとの事。

 これで二重の首輪がつけられた形となる。クーパーもなのはの忠告を苦笑い半分に聞いていた。
よろしくお願いしますと断っておいた。いい皮肉だ。

「ユーノ君のことはね。私も聞いたよ」

「…………」

 なのはと、クーパー。会議室で今回の件について話があると言われた2人は、
アースラ内の廊下を歩いていた。その時の言葉に、クーパーは左目を適当に泳がせた。なのはを見ない。
二人の足は止まらない。

「ごめんね」

「……?」

何故か謝られて、ようやく左目がなのはに向けられる。

「ユーノ君、こっちに来てから襲われてたんだよね」

 ああ、とクーパーは思う。でも、妙に心は静かだった。なのはに対する憎しみもなく恨みも無く。
ユーノが倒れてから、確かになのはが気づいていればと考えたことはあった。でも気づかなかったものは仕方が無い。
そう思っていた。

 何故だろうか? 波風一つ立たぬ水面を見つめながら考える。
残念ながら答えは見つからなかったが、このままなのはに下を向かせておく訳にはいかない。
左目が覗った。

「…気にしないでくださいって言っても気にするでしょうけど、なのはさんを恨んではいません。
ああなってしまった以上、仕方が無いと思います」

 別のことに気がついた。水面を覗いていたら、もう一人のクーパーが中から顔を覗かせて嘲笑う。


" 詭弁だなぁお前は。
PT事件でもそうだ。
なのはが使い物にならなくなると尻を叩き克を入れ管理局の連中がなのはを誘おうとすると気に食わなくなるからと抵抗する。
お前にとってなのはは人形じゃねぇ!
何様だこのアンポンタン!
戯言もいい加減にしやがれふぬけたチンカス野郎!
反吐がでるぜ!!
今もそうだ!
お前は嘘を言っている!
仕方が無いと思いますだぁ?
違うなぁ本心は何故助けなかったとか思ってんだろぉ?
あの騎士の連中に言う事と今なのはに言ってる事が違ってるなぁケハハハハァーお笑いもいいとこだぜ腑抜け野郎ッ!! "


 そんな風に

「……」

 一度気づいてしまうと、納得せざるおえない。アルフに覗かせた弱さが綻びを生じさせたのか。
なのはを利用している云々は、自身もPT事件の終焉から気づいていた事だ。今更どうこう思う気は無いつもりでいるが、
それに後ろめたさを感じさせずにいけるかと言われたら、正直解らない。
一生ポーカーフェイスのまま生きていけるかなんて誰も知らないというのに・

「ありがとう、クーパー君」

 なのはの言葉が傷口を押し開いた。向けられた笑顔は呪詛のよう。
無垢なその顔に、クーパーは作り笑いを向けていた。同じ年齢だというのに、
こうも生き方が違えば笑い方も違うのかと、心の中でぽつりと思う。なんて、醜いんだろうと自負しておく。

 無様な生き方だと。失笑もでやしない。
安易な否定ができればどれだけいいか。ええかっこしいになれないのが嬉しかった。
なのはと揃って会議室に入り、席に着いたときには頭の隅に追いやっていた。安い話だ。

 リンディ、クロノ、クーパー、なのは、エイミィやアレックスその他諸々の面子が揃ったアースラ会議室。
映し出された映像には過去数10年に渡る闇の書の記録が出される。
甲冑を纏った四人の騎士の映像もだ。

 四人の中でシャマル、という人物はクーパーも知りえなかったが。
割と後衛の人物らしい恐らく蒐集をしたあの腕がそうなのだろう。そう考えると苛立った。
殺してやりたい気分だった。

「4人の騎士達を確認した事から、管理局も闇の書の事件と断定し捜査を行う事となりました。
アースラは先遣として動きます。前回の事件に続きなのはさんとクーパー君には、協力して頂きます」

2人が、ペコリと頭を下げる。それを一瞥するクロノは少しだけ瞬きを繰り返した。
その後は、決まったようにうだうだと闇の書の説明に入り事件についてや今後の動き方についての話がなされる。
そこでクーパーはクロノに念話を送った。

”…執務官。こっちの件を持ってフェイトの裁判は、大丈夫なんですか?”

”かけもちだ。それぐらいのことはしてみせる”

 さようで、とは言わずにご苦労様です送っておく。裁判をしながらこちらの件も追うのは多忙を極めるだろう。
本音を言えばご愁傷様です、だ。なのはもこの後自宅に戻るらしい。
なんでも、一度蒐集された人間はもう狙われず問題はないらしい。

 蒐集は1度きりで耐性がつくようでまるで風邪みたいだ、と思いながらも次狙われるのは執務官か、と思っておく。
何せまだ魔力を奪われていないのだから。南無三。

”そう簡単に、僕は負けないからな ”

 何も言っていないのに念話が送られてきた。顔を上げ左目が丸くなる。

"…なんのことです?"

"顔に出てるぞ"

 クロノの顔には呆れの表情が張り付いていた。いけないな、と思いながらクーパーは自分の頬をグニグニ動かす。
その間にも長ったらしい一通りの説明が行われて会議は終わる。闇の書は無限転生機能を有したロストロギア。
なんともはた迷惑なものを知り、クーパーは溜息をつく。現れるのも10年周期とはこれまたはた迷惑だった。

 その度多くの人や魔獣が被害を蒙るのだ。迷惑極まりない。長々とした会議が終わると、
なのは、そしてクーパーはクロノに連れられて、とある場所に連れて行かれる。その部屋には
デバイスやら専門的な機材が並んでいて、中には緑色の髪をした眼鏡の女性が1人。

「どうも、お待ちしてました」

「こちらはマリエル・アテンザ、本局技術部所属のデバイスマスターだ」

「クーパー君は始めましてですね。なのはちゃんは昨日ぶりですね」

「こんにちは、マリーさん」

 どうやら、なのははクーパーよりも先に顔をあわせていたらしい。とりあえず、頭を下げる。

「…始めまして」

そして、ちらりとクロノを見る。
用件は聞いていないのだから何をしにここに来たのかもクーパーは知らない。

「マリー」

「はい、1人のデバイスなんですけど……まず、なのはちゃんは希望通りCVKを組み込んでいます。後数日もすれば完了します」

「…CVK?」

 クーパーが疑問に出すと、マリーはコンソールを表示させウィンドウを開く。数日前に戦った騎士達の映像が出てきた。
シグナム、そして会議でも上がった鉄鎚を持つヴィータ。2人とも、デバイスに指示を出しカートリッジをロードさせている。
どうやらそれのことらしい。

「前例が無い訳じゃない。でも体への負担の問題もあるから、あんまりお勧めができる装備じゃないんだが……」

「それでですね、エグゼリオに関してはあんまり問題は無いんです。
破損も小破という程いってませんし。その……クーパー君のカドゥケスの方なんですが……」

 エリーは言葉を濁らせる。クーパーの左目は嫌な予感と逃げていた。クロノを見ないようにしている。

「失礼ですが、どなたが手を加えられたんですか?」

「言え」

 言えません。とは速攻拒否できなかった。心の中でむせび泣く。
スカリエッティの名前を出すわけにもいかず、しらを切ることにした。

「…一応、スクライア部族でデバイスを調整する方が知り合いの知り合いに頼んで
特殊調整してもらったらしいんですが僕も使いづらいんですよ」

 それを聞いて、マリーはうーんと頭を悩ませた。
先程のシグナム達が表示されていたウィンドウを閉じて、変わりに新しいのを出してくる。
嫌な予感ももっと出てきた。

「なんでか通常出力にリミッターがかけられていて、
普通に使用した場合クーパー君の魔法が4割程性能が落とされるようになっているみたいなんです」

「そうなの?」

疑問系のなのはと、

「クーパー、君はスクライアでいじめにでもあってるのか?」

 やっぱりそうだったのか、かわいそうにと慰めてくるクロノ。
うざくてイラッとしたのは隠さない。

「…断じて違います。僕もそれについてはよく解らなくて困ってるんです。
何もせずに使用すれば出力は落とされるし、カードを使えば使うで……」

「カード?」

もう一度なのはの疑問系が、マリーとクーパーの眼があい、
互いに何を言いたいのか解っているようだ。使用者がそれを解った上での発言に、マリーも考えながらコンソールを操る。

「アクセラレートチャージシステム(ACS)に似てるんですよね。あれは瞬間突撃ですけどカドゥケスの場合、
カードに充填した魔力とクーパー君の魔力を引っ張って、カード一枚につき1分30秒間の擬似的なACSというか、
擬似的な火事場の馬鹿力を生み出すんです。ブーストデバイスですし、ちょっとやりすぎっていう感じはあるんですけど」

「マリー、メリットとデメリットは?」

「はい、今のカドゥケスは通常時で4割方の出力ダウンが見込まれます、
カードを使用する事により爆発的な能力の飛躍は見込めますが、体を無視して稼動する上に、
クーパー君から吸い上げられる魔力量も異常の域に達する為、非常に危険です」

「だから君はあんな消耗が早い上に倒れたのか。前から馬鹿だとは思ってたけどここまで馬鹿だとは思わなかった」

「…執務官、僕だって望んでカドゥケスをこんなにしたんじゃないんです。
それに、戻せるなら是非とも戻したいのですが」

「クーリングオフでも使うか?」

「クロノ執務官の自腹でカドゥケスⅡでも製作してくれるとありがたいのですが」

 腹黒く言い合っているとマリーが遠慮がちに挙手する。

「えっと・・・カドゥケスなんですがすみません。今すぐに元の状態に戻すことはできないみたいなんです」

 意外にも、クーパーは端から見てもガーン!という表情になりクロノは軽く鼻で笑う。
しょうがないのでなのはが質問しておいた。

「どうしてですか?」

「その、カドゥケスを解析してみようと思ったんだけど……構成に使用している言語が解らないんです」

……

とっても技術者失格な一言に、場が静まり返った。慌ててマリーが釈明する。

「ち、違うんですよ!! カドゥケスの構成に使われている言語が全く流通していない言語で、
解析しようとすると凄い時間がかかって今すぐには無理なんです」

「成る程」

「…僕的にはクーリングオフどころか、今すぐ捨てたい気がしない訳でもないんですけどね」

溜息をつきながら、マリーにお願いしてカドゥケスを返却してもらい、銀の腕輪を腕に通す。

「…なんですが、一応は付き合いが長いものなんで破棄はできません。
戦闘はデバイスなしでなんとかします。それで構いませんかクロノ執務官。
……というよりも、僕のこの改悪デバイスにカートリッジをつけろなんて珍妙プラン言いませんよね」

「いくら僕でも、ブーストデバイスをこれ以上改悪をしろなんて言わないさ。
そもそも、ブーストにカートリッジなんてどうつけろっていうんだ」

 ごもっとも、と言いながらクーパーは両手を掲げて降参を示す。
とりあえず、2人は置いといてなのはは強化を受けるエグゼリオを見つめながら、一つ思ったことがあった。

ディバインバスターをあのカートリッジで強化して撃ったら、どんな感じだろう……
是が是非全力全開でぶっ飛ばしてみたかった。
楽しみだった。







【Crybaby.-Classic of theA's6-】




 なのはが地球に戻ってクーパーは暇を持て余した。騎士達の動向を探るのはアースラの面子がやることだし、
学生の身分でもないから、学校に行く事も無い。
時たま、クロノから騎士達の吸殻の被害報告を聞くぐらいで暇を持て余す。

 仕方ないので、エリーのところに入り浸って技術的な勉強もしていた。
1度講釈を受けると面白くて入り浸るのはいいが、エリーに質問をすると夢中になりすぎて話が止まらないのが問題だった。
体調面に関しては万全を期している。騎士達との戦闘はすぐにでも問題はない。

 そしてふと、エリーの技術室に入り浸る日々のなか、ふと気づく。

「…あ、聖書」

「聖書?」

 クーパーの言葉を、作業の手を止めてエリーが顔を上げる。意外そうな顔をしている。

「…えっと、すみません友人に頼まれてたんです。ちょっと97世界に下りてきます」

「わかりました。気をつけて下さいね」

 道中、というよりも騎士達と遭遇にしたらの意味あいだろう。
いってきますと返事をして技術室を後にする。
ここ数日、エリーエリーのデバイス三昧だったからすっかりフェイトの頼みを失念していた。

 本屋、本屋と頭の中で考えつつクーパーはアースラブリッジに移動してオペレーター席のエイミィに声をかける。

「…エイミィさん、転送お願いしてもいいですか?」

「ほえ?どこ行くの?もしかして愛しのなのはちゃん?」

 懐かしいネタを引っ張られた。

「…まだいいますか。それ」

「ええー、だってクーパー君なのはちゃんが好きって言ったじゃん」

「……」

「…あれはですね。嘘です。嘘。なのはさんには兄さんもいますし、僕は全く関係ありません」

「またまたー、そんな事言っちゃって」

「…それより転送お願いします。海鳴で構いません。本屋に行きたいんです」

「本屋?」

「…フェイトの頼まれごとです」

「おお、呼び捨てだね」

「……」

 弁解する気が失せてきた。溜息をついて逃げると、エイミィもはいはいと笑いながら準備する。

「戻ってくるときも連絡よろしくね」

「…了解です」

 その一言を残して、クーパーは地球軌道上のアースラから消え失せる。
転送されてまず思ったのは僅かな肌寒さ。どうやら、この星ではもう直ぐ冬というものが近づいているらしい。
四季折々、ではないがクーパーの職場は年中夏に近いので久しぶりに寒さというものを味わった。

 転送された地点は少し裏道で人気が無い。エイミィの気遣いだろう。
少し歩いてメインの通りに出るとやっぱり寒かった。木枯らしを思わせる風がぴゅぅと吹き付ける。
二の腕をさすりながら本屋を探し始めこじんまりした店を見つけると中に入る。店内には2人。

 車椅子の少女がよぼよぼの店主と思わしき老人が談笑している。
恐らく、車椅子の少女が常連なのだろう。とても楽しそうに話していた。
左目はさっさと見切りをつけて本棚を眺めながら聖書聖書と探し始める。

1人、ますますをもって売れて無さそうな本棚を眺めていると視線を感じた。

「……?」

 店内を見渡すと車椅子の少女がさっと顔を背けた。見られていたらしい。
特に気にするでもなく左目は聖書を探し始める。違う、違うと本に目を走らせてようやく1つ見つける。
とりあえず手に取って中身をペラペラ眺めてみる。痛みもなく鼻を本を近づけてもカビ臭さもない。

 これでいいかと本を決めた。その後は暫く立ち読して読み耽っていた。
気づいたのは、腹が減ったという体からの警告。店内の時計に目を走らせるといつの間にか昼過ぎを回っていた。
小1時間立ち読みしていた事になる。店に悪い事をしたと思いつつ、読んでいた本を閉じて本棚に戻す。

 車椅子の少女はいなかった。帰ったのかな、と思いつつレジで会計を済ませるとよぼよぼの店主に突っ込まれた。

「学校は、どうしたのかえ?」

「…グランパ。僕はガイジンさんです」

 会計を済ませ本を受け取ると本屋を出る。また、クーパーを冷たい風が吹き付けてきた。
ぶるりと身震いしながら近くの店で軽食を取り体を少しだけ温める。アースラに戻るべきか寄り道すべきか判断に迷った。
なのはに用は無いから、会いに行く必要は無い。

 ならアースラ、と思ったが図書館で読みかけにしていた本があることを思い出し、足は自然と図書館に向けられた。
やはり肌寒さを感じながら、今度は図書館だ。歩く事凡そ20分前後、PT事件の時はよく足を運んだ図書館に赴いた。
また体が冷えるかのところで、館内の暖房に少しの暖かさを覚える。ぶるりと体が震えた。

 やはり、早めにアースラに戻ったほうがよいと思いながら、館内を歩き目的の本棚へと足を向ける。
人はまばらで、時折見かけるぐらいだ。そして、本を戻す人がちらほら見えた。
一つ、二つ本棚を森を歩く中で、まだ目的の本棚まで少しあるというのに足が止まってしまった。

見てしまったのは、車椅子に座ったまま手を伸ばし本をとろうとする一人の少女。
見た目にどの本を取ろうとしているのか解らないが、斜めに伸ばす手はぷるぷる震えていた。
あんまり重心を傾けすぎると車椅子ごと倒れる。

 と思いながら見ていると、案の定というか、無理をした少女の重心は案の定傾き、車椅子も傾かせた。
クーパーの足は自然と動く。車椅子と一緒に少女が倒れるよりも早く、車椅子に手をかけて動きを止めた。
やれやれと思いながら抑えいていた手を離し、今しがた手を伸ばしていた先の本を数冊取って表紙を見せる。

「…これですか?」

 少女は、何も答えない。クーパーを見上げたままボケッとしている。沈黙が妙に痛かった。

「・・・その、余計なことしましたか」

「あ、いえいえいえ!! ありがとうございます!」

慌てながら手と顔をぶんぶん振る、ようやく再起動したらしい。クーパーが取った数冊の内2冊を受け取った。

「これとこれです、ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げられた。クーパーは手に残った本を本棚に戻し、それじゃあと1言残してその場を後にする。
車椅子なんて不便なものが下半身の代わりだったら、さぞ面倒だろうに、と思うが、クーパー自身も片目生活には慣れている。
車椅子も慣れれば自分の足なのかなと思いつつ、目的の本棚に赴いた。

 目的の本は以前と変わらずに鎮座している。あったあったと手を伸ばして本を取っていく。
これも、あ、これもこれもと本を手にしているうちに本は山積みになり両手で抱える。
無駄に重い。ここが管理内世界であれば、席に座って魔法発動させてバサバサやるのだが。

 少しは紛らわさないと、あの執務官が目に毒だ。
ふらふらしながら本を運び、いくつかの席が並ぶ読書スペースという場所に足を運び、机の上に本を置いて椅子に腰を下ろす。
ご満悦、とばかりに運んできた本の一冊を取り、本を読み始める。
とは言っても、小さく読書魔法を発動させて、端から見ればページを捲っているようにしか見えなかったが。





 図書館に、変な子がおる。八神はやては数ヶ月前そんな感想を抱いた。
ニット帽を被り顔を隠す怪しい少年は前触れもなく唐突に現れたのだ。それははやての心をくすぐった。
孤独な車椅子生活を続ける中で生まれた、ちょっとした好奇心だろうか?

 時折図書館に姿を見せては、両手で本を抱えて運び、一人読みふける姿を度々目撃した。
身長から察するに同じくらいの年頃と思うのだが、顔は隠しているし解らない事だらけだった。
その上、読んでいる本まで解らないものだらけ。メキシコよ陽気にこんにちは? 六法全書? 手軽簡単誰でもクッキング?
聖書? 易の成り立ち? エホバの証人とその歴史? 思わず首を傾げたくなるようなチョイスを読んでいた。声に出すならば、

「はぁ??」

 と、言いたくなるものばかりでますます怪しい。読んでいるのが大人ならばまだ納得できるが、相手は子供だ。
子供ならせめて小説とか漫画とか、子供向け雑誌を読むものではないのか?エホバってなんだと突っ込みたくなる

「怪しすぎる……」

 はやては、車椅子を操作しながらなんとなく呟いてしまった。でも、変化はなかなか訪れなかった。
顔を隠す変態A(クーパー)が図書館に現れるのは不定期だ。全然姿が見えない、と思えば連日姿を見せる時もあった。
一体どこの子やろ? 学校はどうしたんかな、と疑問に思うが流石に話しかける勇気ははやてに無かった。そんなある日、
またも変態Aが唐突に図書館に姿を見せた。はやても思わず車椅子を動かしこそこそと隠れながら様子を伺う。

 相手ははぐれメタルでもないし、逃げる必要も無いのだが、何故か隠れてしまった。そして様子を伺う。

「……あっやしいなー」

ニット帽に隠された顔も気になったが、「どんだけやねんボケー!」といって帽子を剥ぎ取る勇気もない。
こそこそと様子を伺っていると本棚から数冊本を抜き取り読書スペースに腰を下ろす。それを黙々と流し読みし始めた。
それが、はやての疑問を呼び起こした。

「……?……あれ、読んでるんか……??」

 本のページがめくられる速度が速すぎて、どう見ても速読レベルを超えていた。
目が文字を捉えることなくぺージは捲られて呆気無く本は閉ざされる。
机に置かれ手はまた新たな本を取る。そしてまた捲られていく。

「(……頭おかしいんかな?、実は周囲を意識して「ふっ、俺はこんなに読んでるんだぜ」ってアピール……?
いやでも周りにそんなに人はおらんし、あの年で邪気眼っていうのもなぁ……それとも、ただ中身の確認してるだけやろか……)」

 さっぱり解らなかった。相変らず、ニット帽を被った変態Aは本のページをめくっているだけだった。
その後、一度だけ変態Aは帽子をとって顔を見せた。帽子を掴んだ瞬間は「おお!」と期待したはやてだったが、
素顔を見て落胆、というより見ちゃいけないものを見てしまった。という気になった。印象が変わった。

 眼帯をしていて、片目を覆い隠している。でも、そんなことはどうでもよかった。問題はその表情だ。
あれは、あれは無機物や機械に近い。人との関係を拒み、人とのつながりを自分で断ち切る、寂しがりやの眼だった。
片目が図書館で帽子を取った日は、はやては胸がざわついて逃げるように帰ってしまった。なんと表現すればいいのだろうか。

 あの左目の少年を見ていると、酷く怖くなった。
あれは、寂しすぎるウサギだ。一人でいると震えながら死んでしまう、ウサギ。
はやては家に帰ってベッドに潜り決意した。次に会ったら、話かけてみよう。あのヘンテコウサギと話がしたい。

 よしっ、と意気込んでみたものの
その後、ばったりと片目は図書館から姿を姿を消してしまった。
一日待つ、残念やったな。
二日待つ、しゃあないな。
三日待つ、こういう時もあるやろ。
四日待つ、そろそろ来てくれへんかな?
五日待つ、来ないなぁ。
六日待つ、来て欲しいんやけど。
七日待つ、・・・・

来ない

 話しかけようと、思ってたんやけどなぁ。二ヶ月過ぎて、ようやく悟った。もう来ないんだと。
顔を見られて、逃げてしまったんかな。はやては一人、溜息をつく。
そして数ヵ月後のある日、本屋に寄り、馴染みのおじいさんと話をしていたところにウサギはふらりと姿を見せた。

 思わず、「おお!!」と、口走りそうになったのは内緒だ。はやてのことにも気づいていないようで、な
にやら聖書やらうさんくさい宗教関連の本棚を眺めていた。カトリックさんか?
と思っていると一冊の本を抜き取り中身を見たり匂いをかいだり・・・・、・・・匂い?

 匂いフェチかいな! と心の中で無駄な突っ込みをいれておく。

 尤も、埃の匂いか確かめているかぐらいははやてにも解っていたが。そして、なにやら小説のコーナーに足を運んだ際、
片目がふと顔をあげて目が合あった。はやては弾かれたように顔を背ける。微妙な気まずさがあったが、
弾む心臓をポーカーフェイスでカバーする。店主とにこやかに話をしながら、誤魔化せた、と1人思う。

 その後身内の迎えが店の外に来たから、はやては本屋を後にした。
家族に車椅子を押して貰いながら、はやては知らず知らずのうちに笑顔をこぼしていた。

「何かいいことでもあったんですか? はやてちゃん」

「どないやろなぁ。自分でも解らんわ」

 それでもニコニコしていた。ウサギにまた会えた、というのは悪い気がしなかったらしい。
そして、その後は図書館に赴き一人本棚の森を動き回って、
本を取ろうと手を伸ばし後少しというところでバランスを崩せば、またも。ウサギが姿を見せた。車椅子を抑えてくれた。

「……」

 ウサギに助けられたはやては、その場で動けずにいた。もうウサギの姿はない。
さっさと森の中に姿を隠してしまう。
こないなことしてる場合やあらへん、と再起動すると取ってもらった本を膝の上に置いて、車椅子を操作し急いでウサギの後を追う。

 でも、なかなか見つからない。車椅子を動かしながら本棚の森を探し回る事少しやはり見つからず読書スペースにウサギはいた。
モショモショと草を食べるように、本を読みふけっている。相変らず、早いペースでページを捲っていた。
机の上には山積みの本達。少しだけ、読書している最中にもといウサギに声をかけようとする子持ちは気後れする。

 でも今機会を逃したら、次いつ姿を見せるか解らない。意を決して、車椅子を動かして近づく、いざ話しかけてみた。

「ちょっと、ええですか?」








「……?」

話しかけられた。読書魔法の行使を止めて顔を上げる。いたのは、先程の車椅子の少女だった。1度本を閉ざす。

「…何か御用でしょうか?」

「えっと……」

「?」

 少女は何か言いたそうにしているが、とても言いづらそうにしていた。一体何なんだろうと思っていると、

「うさ、ぎぐ!?」

「……」

 うさ、までは解ったが、途中で舌を噛んだらしく口を押さえて悶え始めた。
かわいいようで、かわそうな気がしなくも無い。痛がっているのには申し訳ないが、おかしくて思わず吹いてしまった。
それが、2人の間に生じていた壁を取り払ったのかも、しれない

 クーパーは、目の前の相手がなのはさんやフェイトとはまた違ったタイプだ、と感想を抱く。
とりあえず回復魔法を使うわけにもいかないので、一言残して、館内の自販で紙パックの飲み物を買ってきて、
渡してみた。少女は涙目になりながらストローに口をつける。

「…平気ですか?」

 首を横に振られる。余程痛かったらしい。とりあえず、クーパーも買ってきた紙パックのジュースに口をつける。
どこ世界にでもありそうな、柑橘のジュースだった。名も知らぬかみかみ少女が落ち着くのを待つ。
そして、ようやく話せるようになって、ぽつぽつと口を開きはじめる。

「私、八神はやてって言います」

 名前を知る。車椅子の少女、はやてに丁寧に頭を下げられたから、クーパーも釣られて頭を下げる。

「…ご丁寧にどうも。クーパーです」

 図書館で子供2人が社会人のように頭を下げあう。それは酷くシュールかつ滑稽だった。
兎にも角にも、舌を噛んで出だしが滑ったのが幸いだったのか、その後は普通に話が進む。

「ニット帽被って、図書館来てませんでしたか?」

 指摘をされると、左目といわず顔が「おや?」という表情になる。
意表をつけたのが嬉しかったのかはやては笑う。

「いっつも帽子で顔も隠しとるし、少しだけ、不審者さんみたいでしたわ」

 はやてはくすりと微笑む、不思議とお前不審者みたいだったぜーと言われているのに、
嫌な気はしない。なのは同様、気持ちの中に汚れがない透き通った無垢さが、あるからだろうか。
不思議と、

「…そうかもしれませんね」

「って、そこは納得したらあかんでしょう?」

「…それは、どうでしょう」

逃げておく。笑いが時折こぼれていた。

「それともう一つ、ずっと聞きたい事があったんですよ」

「…なんでしょう?」

 はやては車椅子にクーパーの近くに置いてある本を指差す。

「いっつも不思議思うて見てたんですけど、
こう……ページをペラペラペラー……って捲って、あれ本当に読んでるんですか?」

 クーパーは口の中でああ、見られてたんだと零す。それでも、何も問題は無い。
今度はクーパーがはやての膝の上に乗せられていた本を指差す。

「…お借りしても?」

「はい、どうぞ」

「…少し待って下さい」

 手渡された本を開き、クーパーは意識を集中させる。読書魔法だ。一つの本に対して複数の読書魔法を行使し、
複数のブロックを同時に速読を開始する。ページ数はおよそ300。
もしもはやてがいないのであれば、行使する魔法は5つ程でいいが、今は小さな見栄がある。

 8つ程の読書魔法をスタートさせ、それぞれが高速に読む。流石にに、10の本に対し同じことをするのは不可能だが、
1冊ならば問題は無い。読んでいるかのように見せかける為に、クーパーの手もページをパラパラめくられていく。
当たり前だが、魔法を行使しているのはばれないように偽装している。

300ページがめくられ続け、完了すると本がパタンと閉ざされる。

「…はい、読み終わりました」

その速さに、はやても目を丸くする。思わず素で返してきた。

「嘘やろ?」

「…はい。嘘です」

ガクッ

「どっちやねんな」

「・・・ちゃんと読みましたよ、はい」

 関西人らしい突込みを受けながら本を返す。
渡された本はモンゴル、という地域の白い馬に関する小説の話だった。

「…なかなかいい話でしたね」

はやての手がクーパーの前に突き出されて、

「あかん、言ったらあかんよ。まだ私も読んでないんや。その先を言うたら駄目やで」

「…白い馬のお話でした」

「それ表紙に書いてあるやん」

 やっぱり素で返していた。クーパーは敬語はなくてもいい、というとはやても思わず口許を抑えて笑っていた。
うちも敬語なくてええで? という彼女に、クーパーは善処しますと逃げておいた。

 ちなみに、はやての片目に対する疑問が解けることはなかった。
謎の速読技術は相変らず謎のままだった。それでも、話せる程度の仲にはなったのは収穫だったの
だろうか。クーパーははやてに、次いつこれるか解らないが、今日で最後じゃないから、と告げて別れた。

はやては、新たに獲得した友人に一喜する。やった、やったと弾む心は笑顔になった。
身内の迎えが図書館に姿を見せた時、図書館に来る時も聞かれた事を、また訪ねられた。

「はやてちゃん、いいことでもありましたか?」

「あったでシャマル、ちょぉ変わった子やけどな。男の子と話したんや。ほんでな?」

笑顔のはやては、とても微笑ましい。とてもとても、クーパーには見せられない笑顔だった。
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