闇の中で鼎の青銅器を拾い上げる。指に伝わるひんやりした冷たさと、トウテツ紋のデコボコした感触が指を押す。
相変らず、眠ったり意識を失ったりすると闇の中で鼎の青銅器が姿を現す。何するわけでもなく、クーパーはちんまりと
闇の中に鎮座する。

 それが何を意味するのか。いい加減知りたいがそれも叶わない。記憶が断片的にでも甦るかと期待したのも淡い願いがあっても、
鼎はクーパーに何も与えてはくれない。そっと溜息をつきながら、両手で少し重みのある鼎を包み込んで尋ねてみる。

「…僕は、何かの器って言いたいのか?」

 答える代わりに雫がたれ始めた。 



【Crybaby. Classic of the A's5】



 睫毛が微動し左目が開いた。視界が広がり意識がゆっくりと、ナマケモノのように動き出す。
クーパーは目覚めたのは知らない部屋で朝の日差しがやたらと眩しい。目を細める。
そして、奇妙な匂いに気づき部屋を見渡してみると、畳によるもので部屋は和室だった。

 慣れない匂いに戸惑う。

「……」

 体は酷く気だるく顔をしかめる。原因は魔力素を溜めるリンカーコアが空になっている。
そこで思い出す。戦いと負けた記憶を。騎士を。途端に吹き荒れる怒りが己の内に舞い戻ってきた。
憎悪に身体を浸し歯を食いしばった。

 犯人は見つけたに等しいが悔しさを滲ませ手を硬く握り締める。また泣きそうになるのをこらえた。
犯人を自分の手で対処できないことも、負けた事も悔しくてならない。それでも、朝からこんな考えはいけないと、
大きく息を吸い込んで吐き出す。己の内に燻る何かは相変らず消えない。いや消せない。

 部屋の引き戸が開かれて、制服姿の高町なのはが姿を見せた。

「あ、起きたんだね。よかった」

「…なのはさん?」

「うん。そうだよ」

 部屋の中に入ってきて、横になったままのクーパーの傍に腰を下ろす。
しかし、今が朝でなのはがいて寝かされていると言うことは。

「・・・ここは」

「私の家。ごめんね、助けに行くのが遅くなって」

 クーパーの意識は途中で途絶えている。何が起こったのか、どうなったのかは解らない。
寝起きの頭でそれを考えているとなのはは笑った。

「クロノ君に連絡もらってね、確認もしなくていいって言われたんだけど、いてもたってもいられなかったから」

 それは、なのはに迷惑をかけているということだ。高町家がどういう事情になったかは知らないが、
魔法を休むと言っていた人間がまた直ぐに魔法に関わりがある人間を連れ込んではいい顔をしないだろう。
クーパーは体を起こす。

「…直ぐに出て行きます。でも、一つだけ教えて下さい」

「駄目だよ寝てなきゃ、少しやすまないと」

 心配されるのをよそに、体を起こしたクーパーの手がなのはの二の腕を掴んだ。どちらも、行動を止める。

「…お願いします、教えて下さい。助けに来てくれた時の状況を」

 左目は嘆願する、その勢いに負けてなのはも口を開いた。

「えっと……私は結界をディバインバスターで破壊したんだけど……
その後、お父さんと確認した時には倒れていた君以外いなかったよ」

「……アルトは?」

「私がついた時にはいたんだけど……、直ぐどこかに行っちゃったよ」

 仕方ないと手首を見ると、銀色の腕輪はなかった。なのはもその仕草を見て探すものが解ったのか、
そっちと枕元を指を指される。枕元には腕輪2つと眼帯が置かれていた。
そこでようやく認識する。今、クーパーは右目の傷痕を隠していない。脊髄反射で右手が右目を覆い隠した。

 溜息をつきながら左手で眼帯を取り、右手をずらして眼帯を傷痕に押し当ていつも通りにする。

「見ちゃった、ごめんね」

 次いで、カドゥケスをとってそれぞれ両腕に通す。
左目がそれを確認してからデバイスに目を落とす。

「…何がです?」

「右目」

 眼帯で覆い隠しているものを見られて嬉しくはない。
吐息を落とす。

「助けて頂いたのに、傷痕見られて逆ギレなんてことしませんよ。気にしてませんから、気にしないで下さい」

 うん、と小さな返事が聞こえた。そしてなのはは立ち上がる。

「私は学校行くから、クーパー君は大人しくしててね?」

1つ頷く。

「…ええ」

「それじゃ行ってきます、駄目だからね、帰って来た時にいなかったりしたら」

 苦笑いのような愛想笑いを浮かべて、なのはに向かって手を振って見送る。
「じゃねっ」と元気よく部屋を出ていった。引き戸が閉ざされると、クーパーは再び和室に取り残される。
溜息をついて気持を切り替えると一気に、負の感覚が体を覆いつくされる。

左目はさ迷うように泳ぎ手が硬く握り締められる。だるい体を殺したいほどに。

「…ベルカの、騎士」

 呪いがこもる言葉を吐き出された。ただ殺すだけならば、この世界に蔓延る質量兵器でも使ったほうが速い。
不意をつけるならクレイモアのケーキの箱を向けるだけでいい。
もしくは、ロケット砲でもぶっ放せばもいい。

 肉片も残らずに消し去ってやりたいと思うが心の内に住み着くユーノというただ一つ良心の呵責に苦しめられる。
復讐とは行うだけ無駄だ。シグナムや他の連中を消し飛ばしたところで、何一つとして満足感は得られない。
手に残るのは断罪したという惨めな結果だけ。そしてクーパーも追われる身になるのかもしれない。

 無駄に知識に富んだ子供は復讐の果てに何が待つのかも知っている。個人が生む復讐の果てには、また新たな憎しみが生まれる。
味方の誰かが殺され、憎しみ駆られ敵を殺し敵もまた殺された憎しみから殺しにかかってくる終らない負の連鎖。
クーパーの中で肉片にしてやりたいという熱く濁った想いと、小さな抵抗に苛まされ板ばさみになる。

 無駄に聡明な子供はどうしたらいいのか、現状に対する答えを浅はかにも出してしまっていた。
ユーノはあの騎士達を皆殺しにしても喜んだりはしない。褒めてもくれやしない。それでもクーパーは騎士を許さない。
騎士を殺したとしても、泣き続けたとしても、待っているのは眠るユーノだけ。全て解っている事だ。

 ならばどうしろと? 諦めろと言うのか? もっと別の道を求める? 如実に見る現実と、いつの間にか硬く握り締められた拳。
歪んだ鬼の形相が示すその道の先はどのような結果になろうとも、今のクーパーが連中を野放しにはできない。
どうすればいいのか? 綺麗な結果は解っていたとしても、薄汚い現実は違うのだ。

 大切なものを奪われた。
だから奪い返す。体は酷く気だるくンカーコアが枯れている状態で爪をかんだ。
動物では誤った答えだが人間としては正解かもしれない。クーパーは成績優秀ないい子ちゃんではないのだ。

 感情があり、高ぶり、奪われたのなら奪い返す。
そういう獣性も帯びていた。模範解答としては間違っている。
誰もが解かりきった事だが、唯一の拠り所を奪われ楔が抜き放たれた今。彼を止められるのは管理局ぐらいか。

 切なくもはかなく、そして潔いほど醜かった。
誰もが目を逸らす。

 起き上がると律儀に布団をたたんでおく、部屋を出て、廊下を歩きながら様子を伺うも高町家の中はしんと静まり返っていた。
人がいる気配は無い。玄関には靴があったからそれを引っ掛けたところで

「あら、体はもういいの?」

 後ろから声をかけられた.振り返ると1人の女性がいた。
手には洗濯物らしきものが抱えられている。

「…ええ、お世話になりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 ペコリと、頭を下げるとなのはの母、高町桃子は驚きの表情を隠さなかった。
それでも笑顔を作る辺りは世渡り上手というか、第97管理外世界らしい主婦だった。

「ごはん、食べていかない?」

「・・・お邪魔になるので、これで」

 愛嬌のない返事を返す。

「それじゃ、ちょっとあがって話を聞かせてくれないかしら。魔法のこと。君は知っているんでしょう?」

 逆にお願いされるとクーパーは素直に頷いた。恩がある。故に返す。
はきかけの靴をぬいで再び脇によせておく。

「それじゃ食事にしましょう?」

 ちなみに、クロノから通信が入っていたが出る事は無かった。とりあえずリビングにつれていかれると座らされる。
若干の居心地の悪さを感じていると、キッチンに立っていた桃子から尋ねられる。

「お粥作ったけど、食べられそうかしら」

「…少しでしたら」

「そう、良かったわ」

 知っているには知っているが、クーパーはおかゆというものを食べた事が無い。
知識としてはこの世界では白米を煮たモノと知っている程度だった。体調を崩したものや、もたれた胃にもいいらしい。
桃子の背から目を逸らし、それとなく高町家の中を見渡す。

 なんとなく思った。この家には温もりがある。この空間でなのはは育ちそして住んでいるのだと実感する。
瞳の奥になのはの姿が去来した。笑い声が不思議と耳の奥に聞こえてくる。そうやって感慨深げに考えていると、
桃子が目の前に皿をおいた。弾かれたようにクーパーが顔をあげる。

「はい、どうぞ」

 ついで、スプーンも置かれた。

「…ありがとうございます」

 湯気を立ち上らせる七草粥だった。顔が湯気に当たる。躍りながら消えていくその湯気は、
早く食べてよクーパーに主張する。スプーンを取り、ひたひたの白米を掬い上げて口の運ぶ。少し熱くて舌が跳ねた。
それでも、味も香りもとても優しくて、今のクーパーには、ありえないほど美味しく感じられた。ふと気づく。
桃子が横に座っていた事に。なんだか恥ずかしい気もしたが、礼を述べる。

「…美味しい、です」

「良かったわ、そう言ってくれると作った甲斐があったもの」

 感謝を述べる声は酷く小さく照れている姿に、桃子は初めてクーパーの歳相応さを見た気がした。
一番近い表現が、やはり照れている男の子だろうか。それを見られたことがどこか嬉しくて思わず笑顔をこぼしていた。
クーパーはスプーンを粥を掬い上げて口に運ぶ。何回もそれを繰り返し食事を終えるとご馳走様でしたと、2回頭をさげる。

 桃子はお粗末様でした、と告げてお皿をキッチンに下げる。とりあえず腹は満たされたが、勝手に出て行くことも憚れる。
座ったまま待っていると今度はお茶を入れて桃子は戻ってきた。湯気を泳がせる湯のみが目の前に置かれる。

「熱いから、気をつけて」

 再び桃子も横に座る。彼女の手にも湯のみがあった。とりあえず、目の前に置かれた湯飲みを手にすると、
言葉どおりに熱かった。持ち方を倣い底を持つようにする。それでも熱かった。口をつけると舌を焼かれる。
要約すると火傷した。

「クーパー君、だったわね」

 なのはから名前を聞いたのだろうか。笑顔を含ませながら尋ねてくる。
火傷で痛む舌を無視しながら返事を返して一つ頷く。

「はい」

「君は、どうして魔法を使ってるの?」

そ れを問われると、クーパーはお茶に目を落としじっと考えてからまた一口、お茶を飲む。
火傷をした舌に痛みが走るが、それも無視する。口内を通り喉を通り食堂を通り、
熱いのが腹の中に納まっていくのを感じながら呟いた。

「…魔法を使える素質がありました。だから使ってます。
なのはさんのお母さんは料理をするのに理由がいりますか?」

「え?」

「…なのはさんのお母さんが、御家族に料理を作るように。僕も誰かの為に、
もしくは僕の為に魔法を使います。地球に魔法はありませんので物珍しいかもしれませんが、
魔法の世界の住人にとって魔法が在るのは極々当たり前のことなんです」

 一口、桃子もお茶に口をつけながらそっか、と感慨気に聞いていた。

「魔法使いかぁ」

 湯飲みを両手で包みながら、呟いた。どういう反応をとればいいのか迷ってしまう。

「クーパー君は、なのはにできると思う?」

「…できるできないでしたら、できます。なのはさんには天稟がありますから。ただ」

「ただ?」

「…お勧めはしません。リンディ・ハラオウンからどのような説明を受けたのか知りませんが、
管理局は謂わば警察のようなものです。軍隊とまではいかなくても、やっていることは犯罪者を捕らえたり戦ったりが主ですし、
危険は常に付き纏います。なのはさんに真っ当に生きて欲しいと思うのでしたら断るべきです」

「今はまだ小さいから止めたけど、大人になったら止めないわ」

 多分ね。という言葉が付属する。大人になればもう自由だ。深入りはしなかった。
その代わりに返事も何もしなかった。むしろできなかった。心の中で浮かんだ言葉は、なのはさん死にますよ。という
えらく残酷で。そんなことを言われて平静でいられる人間は少ない。

「…もしも」

「ん?」

「…もしも、なのはさんが悪い魔法使いのせいで、病院のベッドからいつ起きるか解らない状態になったとします。
そうなったとしても誰も恨まずに、なのはさんが魔法使いになることを止めなかったご自身を恨まずにいられますか?」

 桃子の長考が入った。2つの湯飲みから煙が揺らいでいた。その間、手に伝わる熱さだけが、妙な実感だった。

「多分、その時は後悔するわね。泣くし怒るし、当り散らすかもしれないわ。でも、」

「…でも?」

「その先は解らないわ」

 お茶に口をつけた桃子に対して、クーパーは動けなかった。その、先? 虚を突かれたように、何もいえない。

「物事は悲観的に見たり、楽観的に見たり、それを見て後悔したり、怒ったり、事前事後結果。色んな見方があるわ。
私はなのはに何かあったら悲しむけど、その悪い魔法使いさんに凄い事情があったりしたら、どうなるか解らないし、
その時の私がどう考えているかなんて解らないもの」

「…身内が、二度と目覚めないかもしれないんですよ?」

「目覚めるかもしれないんでしょう?」

 クーパーには解らなかった。どうしてそんなに希望が持てる? 
いつ目覚めるか解らないと診断されて悲しむのは人として当たり前のことだ。何故悲観にくれないのか。
あくまで今のは観測的希望に過ぎない、とどこかで否定しながらも、疑問の方が強くなっていた。

「…僕は、そんな気持ちに到底なれません」

 声が少し震え、両手で掴む湯飲みを強く握り締める。先の言葉と心情を重ねる。
あの騎士達に優しくできるのか? そんなに簡単出せる答えでもなく、どこか地団駄を踏んでいた。
無理だ。兄を奪った騎士達を許す事なんて絶対にできない。

 顔はお茶異常に渋くなりその様は子が泣くのを我慢している素振りにしか見えない。
何かのタガが外れれば今にも泣きそうな程渋かった。そんなクーパーの頭を、桃子の手がよしよしと撫で付けた。

大人の女性の手は酷く優しくて、気持ちよかった。

「苦しかったら、誰かに頼りなさい」

 苦味縛った顔がゆるやかに解かれる。桃子を見上げ渋さは消えていく。一つ、こくりと頷いてされるがままにしていた。
こうやって誰かに撫でられた記憶は無い。ユーノにも撫でられた記憶は無かった。それでも何故か懐かしく思う。
次いで言われた。物事は常に視点が違うだけだ、とも。でも、クーパーはあの騎士達の視点での考えなど、解りたくもなかった。

 そう思うのは、青さだろうか。
ネイヤは黙って画面を見つめていた。





 学校に赴いたなのはだが、一日中「クーパー君大丈夫かなぁ?」という疑問に苛む羽目になる。
朝のバスの中でうーんと悩み、授業が始まる前に悩み、授業が始まっても悩み兎に角悩んだ。
その上学校が終れば塾という産物が待っていて余計にじらされた。

 クーパーの体が心配、というよりも家に帰ったらもういないんじゃないか、という心配が大きい。
兄のユーノと違い、弟のクーパーは無表情が多く、何事ものらりくらりと、時として毒を吐く為何を考えているか解らない。
かわいい顔してるのに、と思うのはますますをもって余計だが、一日中、心配が消える事はなかった。面倒な悩みの種だ。

 ちゃんと授業を受けようと何度も切り替えるが頭の中から消えてくれない。
母の足止めに期待する。教室の時計を見ると、まだまだ帰れそうな時間ではない。溜息をつきながら昨日のことを思い出した。
夜半に近い時間帯のこと、それは突如として起こった。

 微力ながら結界の魔力反応に部屋で勉強していたなのはが反応。
もしもだらけていたりすれば、気がつかない程の小さな反応だが窓際に近づいた。

「結界?でも……」

 誰が何の目的で張っているのか、皆目検討もつかない。少なくとも、この97管理外世界で魔導師はなのは以外存在しない筈。
だというのに結界の反応があるということは誰かが悪い事をしているか、緊急事態の二択だ。

「何かあったんだよね」

 後押しする返事は返ってこない。それもそうだ。なのはが新たに手にしたデバイスはストレージデバイス。
手放したインテリジェントデバイスとは違うのだ。もう返答は返ってこないし、それに期待していた訳でもない。
一度瞼を閉ざすと深い吐息を落とし、新たな相棒の名を呼ぶ。

「エグゼリオ、セットアップ」

『yes.』

 緑玉が杖の形へと変わる。形状は管理局で一般的に使われているものと変わりないが、仕様は
クロノのS2Uを参考にしている為、なかなかの高性能だ。次いでバリアジャケットを展開させる。
こちらは以前と変わりない。時刻はもう遅い、そろりと窓際に立つと静かに窓を開ける。両親とは魔法のことはお休み、
と約束しているが、今は緊急事態と自分に言い聞かせる。

「いくよ」

返事はない。この子はレイジングハートじゃない、と思いながらもエグゼリオの中の飛行魔法を発動させる。
レイジングハート同様、足にフィンをまとわせてなのはは窓からふわりと浮き上がり、一気に街中へと飛び立った。

「結界の反応は」

 今までならレイジングハートが教えてくれたがエグゼリオは教えてくれない。
無人格のストレージデバイスだ。応答はあくまで、トリガーワードに対する反応にすぎない。
理解しながらも落胆しつつ、未だに心のどこかでは惜しむ思う節があった。

 そんなこと考えても仕方が無いのに頭を切り替え飛行を続けていると町の中心部で偽装された結界を確認する。
砲撃で破壊しようと考えた矢先、通信用のウインドウが表示される。相手はクロノだった。
やや慌てた表情をしている。

「すまない、この時間だと寝……ってなんでバリアジャケットを着ているんだ!!」

 繋がったかと思えば、早々に怒られた。というか五月蝿い。
顔は見えないもののエイミィの宥める声が聞こえてきた。
なのはもあたふたしつつ、とりあえず言い訳を探す。

「え、えっと。結界の反応があって、心配になってとりあえず……来ちゃった」

えへへへ、と笑うがクロノのは心底胃が痛そうだ。とてもつらそうな顔をしている。

「来ちゃった、って君は今結界に向かってるのか?!」

「うん、そうだよ」

「そうだよ、じゃないっ……ああもう頭が痛くなる!!今すぐ家に戻るんだ、なのは!」

「何があったの? その前にこの結界は何なのクロノ君?
まだ結界まで距離はあるから、中の人には気づかれて無いと思うから」

 お前は人の話聞いとるのかい、とどつきたくなってくるがクロノはそれを押し殺す。

「中にはクーパーと騎士達がいる」

「クーパー君? それに……騎士って?」

「詳しい事情の説明は後だ。
騎士は犯罪者とでも思えばいい。そんなことよりもなのはは今すぐ、自宅に戻るんだ」

「そんな、今すぐ助けにいくよ」

 騎士が犯罪者で、それを相手にしているのがクーパーならば、見捨てるのは気が引ける。

「連中は恐らく4人。しかもどいつもこいつもエース級だ。
いくらなんでも多勢に無勢。それに、君はご両親との約束もあるだろう。それを忘れてどうするんだ」

「う」

 そうを言われると、なのはは追い詰められてしまう。それでも、とばかりにすがった。

「で、でも……」

「僕の指示に従わない場合は、エグゼリオを没収する。君は先の一件で命令違反には懲りてるだろう?」

 それは痛い。とても痛い。

「クロノ君、中にクーパー君がいるんだよね、助けないとまずいんだよね?」

「それをするのは僕達管理局の仕事だ。
君はもう、家に帰ってくれてかまわない。事後確認もしなくてもいい」

「うー……」

 解った、と一言で了解はしたくない。状況の把握はできないがなのははフィンを翻し、その場から去る。
それを確認したクロノも頷く。

「そうだ。それでいい」

 納得がいくいかないの問題ならばなのはは納得できない。今しがた飛んできた経路を戻りある程度まで来ると飛行魔法をとめた。
未だ通信を繋いだままのクロノは、顔に困惑を浮かべる。

「なのは?」

「……ねえ、クロノ君」

 暗い声が、こぼれる。

「この距離ならいいよね。非殺傷設定で全力全開。ワイドエリアサーチにひっかかるか、
ひっかからないか、ぎりぎりのところだよ。ここから全力全開の砲撃を一発撃って、直ぐ離脱するからお願い。
クーパー君のこと見捨てたくないよ」

 クロノは押し黙った。
確かにワイドエリアサーチの探知ギリギリから砲撃を放ち直ぐに逃げれば敵には気づかれる可能性は少ないが少ないだけだ。
相手に逆探をとられる可能性がないわけではない。長考の末、クロノは仕方ないとばかりに溜息をついた。
これ以上駄々をこねられても仕方が無い、という風に見えた。

「一発、だけだぞ」

「ありがとう」

 でも、なのはの心の中では今直ぐに助けに行けないクーパーに謝罪をする。ごめん、と。
それを振り払うように、エグゼリオをぶん回してから構える。レイジングハートとは違う新たな相棒の初陣も、
こんな形とは情けない。でも、と心の中で切り替える。

「エグゼリオ、ちょっと遠いけど全力全開のディバインバスター、いくよ!!」

『stand by.』

 構えた杖の先からは、一気に魔力が収束されていく。狙いは街の中心部に張られている結界。外しようは無い。
桃色の光が溢れ、おおよその距離は1kmか2km弱。その距離を殺すが為に、なのはは吼えた。

「ディイバイン……!バスターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!」

『Dvine Buster.』

 収束されていた魔法が解き放たれ、一直線に突き進む。
やや久しぶりの魔法の感触はいいと思いながらも反動は殺さずに自分の体をぐるりと反転させるや否や一気にその場から離脱する。
結界は破壊できた感触はあった。でも、手助けはできても、助ける事ができない悔しさが己の心に滲んでいく。

通信のウィンドウは開いたままで表示されていたクロノが溜息をついてたことになのはは気づかなかった。
再び自分の部屋の窓から家の中に入る。バリアジャケットを解除してエグゼリオを緑の玉に戻す。
一息つくと、改めて結界の反応があるか意識を傾ける。再展開される様子も無く、普通の街に戻っていた。

「満足したか?」

 まだ通信のクロノがいた。それに頷かない。

「ううん、してない。お父さんと一緒に行って来る!」

「な」

 そこで、クロノとの通信はぷちんと切ってしまった。その後は父親を連れて結界の場所まで赴き倒れていたクーパーを保護し、
なのはは憂鬱な授業時間に戻る。

「はぁ……」

 また何か事件があったのだろうことは想像できるが、昨日からクロノと連絡はしていない。
クーパーに聞きたくても、今は学校だ。勉強する気ありません。というのが本音だが、
やはりそういうわけにもいかないと最初に立ち戻り、授業に集中する。

 どうでもいい時は授業の時間は早く過ぎるのに気にすると遅くなる。詐欺だ。
学校が終ると塾に行き、すずかやアリサと一緒に塾に赴く。クーパーのことは気になったが後少し後少しと勉強に集中する。
それも終れば仲が良い2人には別れを告げて駆け足で帰宅を急ぐ。すっかり暗くなっていた夜街を行く。

 自分の足音だけが耳を打つ。

 早く、早くと足を急がせるがその途中、電信柱に何か寄りかかっているのが見えた。
走っていた足が緩やかになり、目を凝らせば子供のようだ。さらに近づくと小さい子が1人で電柱によりかかっていた。
思わずなのはの足がとまってしまった。その格好と手に持つ獲物は異形。紅のドレスに鉄槌である。

 その子はなのはを見据えていた。ただの子供の目ではない。戦いを知り、狡猾さも心得ている。
子は寄りかかっていた体を起こし、自分の足でなのはと向き合い、夜の闇に似合わぬ言葉を弾き出す。

「お前か巨大な魔力反応」

 息を呑む。緊張に飲まれなのはは一瞬動けなくなっていた。だが一瞬だ。
魔力反応という言葉になのはは身を硬くしながらも相手が武器を持っていること、随分と尖った目で見られていること。
そして先程の言葉で戦闘に入らなければならないことを把握する。少女の顔には、どっからどうみてもこう書いてあった。

”これからお前を攻撃するから、文句はねーな ”

 理不尽な言葉に胸元にぶら下がるエグゼリオを握り締める。恐怖や戸惑いを押し殺す為の防衛策か。

「ま、待って! 君、魔導師だよね?」

「大人しく蒐集されろ」

 鉄槌が片手で一閃された。その上封鎖領域まで展開される。
もう、これ以上の猶予は与えてはくれないらしい。なのはもそれ以上口でどうこうする気は失せた。
敵が戦うというのならばそれに従うまでだ。いくら魔法を禁じられているとはいえこれは防衛なんだからと自分に言い聞かせる。

「エグゼリオ、セットアップ!」

『ok』

 緑の玉が光ると共に手にはデバイスが握られ、体はバリアジャケットをまとう。
砲撃の魔導師と強襲の少女が睨み合った。クロノは騎士という名称を使っていたがこの子がその騎士なのだろうか。
なのはは疑う。でも、騎士というからには「剣」を持つのではと疑っていると、少女はなのはに手をかざす。

 指の股に4つの鋼球を出現させた。

 頭の中に嫌な予感が浮かぶ。誘導弾、炸裂弾、閃光弾etc,とにかく魔導師が球を見せ付けたら相応の警戒をしてしまう。
いったい、なにをするのかと思いながらエグゼリオを握り締める。

「アイゼン」

『Schwalbefliegen!』

 指の股に挟まっていた鋼球が宙に浮かび、危険と判断したなのはもフィンをはためかせ飛行魔法で宙へと逃げる。
当然、見逃すヴィータでもない。

「逃がすか!」

 鉄槌グラーフアイゼンを振りかざし、一気に振りぬくや鋼球をなのはに向けて発射する。
なのはも、飛行魔法で逃げながらそれを察知する。

「問答無用すぎだよ……」

 相手は待ってもくれない。ある程度の高さまで上昇すると一旦行動を停止して下方へと向き直る。
誘導弾が来る方向へとエグゼリオをつきつけた。そして桃色のシールドは展開して迎え撃つ。
すぐに体が圧縮されるような衝撃に圧される苦しくもあるが両手がデバイスを手放すことはなかった。

『enemy approaches. 』

「大丈夫」

 誘導弾でも辟易するのにエグゼリオの警告に顔を顰める。あの少女が接近しているらしい。
エグゼリオを構え直してシールド+ディバインバスターの固定砲撃を組む。
処理を急がしとエグゼリオのグリーンのコアが僅かに明滅していた。ヴィータがくる。

「 ぶ  ち  ぬ  け ぇえええええええええええええええ!!!!!!! 」

 例によって、突撃してきた少女の鉄槌はなのはのシールドを叩いた。その衝撃はフェイトの比ではない。
なのはの胸のうちに暗い汗が滴る。ユーノ直伝のシールドが破られるかもしれないという不安だ。
それでも、不安を払拭するようになのはは叫ぶ。零距離砲撃は御家芸。

「エグゼリオ!!」

 グリーンのコアが明滅してトリガーワードに反応した。後はぶっ放すだけでいい。

『Divine Buster.』

「?!」

 ヴィータはまさに虚を突かれた。攻撃モーション中のカウンターをなすすべも無く受ける。
砲撃の威力に吹き飛ばされながらある程度のところで反転した。まだ余力があるらしい。
顔には怒りが張り付いて睨み付けてくる。

 苦笑いしながらもシールドを解除する。

「お願い、話を聞いてよ」

「うっせぇ!!なんで私がお前の話なんか聞かなきゃなんねえんだ、いくぞアイゼン!」

『Jawohl!』

 ヴィータの鉄槌がモードチェンジしてやや強固なヘッドへと換装される。どこからどうみても、
先程より威力が増してそうだ。なのはの直感が燻る。さっきのでもあんなに重かったのに、
あのモードで特攻を受けたら、防ぎきれるか解らない。ましてやなのはは接近戦に長けていない。

 フェイトならばまた違った選択ができるのだろうが、ただ一重にガードを選択していては非常に気まずい。
嫌な予感が背中をはいずってばかりいる。面白くない。

「カートリッジ全弾ロード! あの白いのをぶち抜く!!」

 アイゼンのヘッド下部分がショットガンを彷彿させるハンドアクションのリロードを3回立て続けに行う。
空薬莢が3個排出され地へと落ちていった。アイゼンのヘッドからは、魔力残滓が狩をする前の獣のように、
緩やかに漏れ出していた。なのはの鼻の奥で火薬の匂いが漂った気がした。

 背を這う嫌な気配が抱きしめるように肩越しに顔をのぞかせる。
くわしいことは解らないがモードチェンジした上に、魔力が飛躍的上昇。
もしかしたら防げないかもしれない。想像したくない先を思い描きつつエグゼリオを構え、尚警告する。

「止まって!! 止まらないと撃つよ!!」

「上等だ!!」

 ヴィータはアイゼンを振りかざし、再度突っ込んでくる。防御か逃げるか砲撃か。
なのはな選択を迫られる。レイジングハートはもういない。0.3秒にも満たない時間で判断が遅れたなのは。
咄嗟にシールドを張る。盾と苛烈さを滲ませる鉄槌が激突した。脳裏でフェイトの姿が過ぎった。

 悔しさがにじんだ。

「…………っ」

 あまりの重みになのはは耐えられないことを悟る。先とは違い砲撃も放てない。歯を食いしばった。
さんざん、フェイトとこんな状況を演じてきて負け通し、違うと僅かに頭の中で否定するも、
自分が負けたという悔しさが前面に押し出される。負け、負け、負け、そればっかだ。

 悔しい、あまりにも。
だがどんなことがあっても、高町なのはは魔法を知り、魔法を得てしまったのだからもう手放せない。
レイジングハートももういない。1人で歩まなければならない。
歯を食いしばり負けを確信しながらも歯を食いしばり意地が勝った。

「エグゼリオ!!」

 拮抗する盾と鉄槌だが、先程と同じように盾をほんの少し動かした。
機をずらされたヴィータは顔を顰めながらも、その場ですばやく回転すると再度盾に、ぶち当てるが

「なッ?!」

なのはの盾は先程と違い、二重構成になっている。伊達ではない。
必死にヴィータの攻めを防いでいた。尚なのはは問いかける。

「答えて! どうして私を襲ったの!!」

「うるせぇ!! 誰が手前なんぞに言うか白いの!!」

「話してもくれてないのに、どうしてそう決め付けるの!」

 さらにカートリッジをリロードしようとしたヴィータだが先程の全弾リロードを思い出し舌打ちをする。
このままでは打ち破ることができない。突きつけられたその事実が憎たらしい。
今自分はこんなところでとまっているわけにはいかない。まだ、まだ目標は先にあるのだから、苦虫を踏み潰し、咆哮を掲げた。

「ぶち抜けアイゼンッ!!」

 鉄槌の先端が二枚のシールドに一気に食い込んだ。

「っ!!」

 3枚目のシールドを敷く余裕はない。あるのは敗北のみ。
それでもなのははヴィータから目を逸らさない。ヴィータも、盾越しに白いのをにらみつける。
二人とも、その目に何を見るのか。どちらも威を放つまなざしを向けながらもただ前に進むことだけを選び、
鉄槌がシールドにヒビを打ち立てる。もう盾は持たない、それでもとなのはは最後の足掻きに出る。

「エグゼリオ!!」「アイゼン!!」

それぞれが相棒の名を呼ぶ。

 ヴィータは盾を打ち破ろう攻め立てるも、
なのははそれが崩れるよりも先に、自分の手で盾を弾き飛ばし、自身の体を余波で吹き飛ばした。

「なッ?!」

 盾を砕く感触は、ヴィータの手には得られない。先に盾は崩れまたも機をずらされた。
だが、目標は吹き飛ばされている状態だ。まだいけるとさらに突っ込む。
3度迫りくる鉄槌に、なのははもはやシールドを張ろうとはしない。

 エグゼリオをヴィータに突きつけて無数の誘導弾を咄嗟に展開する。計5発の殺到。
それでも、止まらない。苦肉とばかりに、一発だけ特殊なものを混ぜ隠す。

 特殊な1発は着弾と共に炸裂を起こし違う効果を齎した。僅かにヴィータの動きを鈍らせる。
が、やはり突撃は止まらない。鉄槌の一撃を、エグゼリオの柄の部分で受ける。
エグゼリオにはヒビが走り、なのはも顔を歪めた。そのまま、さらに吹き飛ばされ落下する。

 なのはが落ちていくのを、ヴィータも苦々しく見つめていた。肩で呼吸をしながら口元をぬぐう。
先程の炸裂弾の一撃が効いたようだ。

「てこずらせやがって」

 吐息を落としながらなのはの落下地点へとゆっくりと降りる。
気持ちが急ぐ。どこぞの家の庭になのはは落ちていた。エグゼリオを杖代わりにして弱弱しく立ち上がる。
尤も、ヴィータとて元気な状態でもなかったが。それでも、相手はなんとか立っている状態だ。

 ヴィータはなのはを手で押すと簡単に崩れた。この状態は一時的なものだろう。
やるなら今のうち、空いている手に闇の書を取り出すが蒐集が命じられるよりも先にブラウンの魔方陣が浮かび上がる。

 ヴィータの体はチェーンバインドで雁字搦めにされた。

「?!」

 行動は抑止される。さらに、2重3重と体に絡み付いていく。
ぐるぐる巻きだ。抜け出そうと試みるが、かなり強固で抜け出せそうにない。
抗う中。バインドの術者が庭先に姿を見せた。黒い獣に跨っている。

「…昨日は僕で今日はなのはさん。大繁盛ですね」

「あ……っ……手前ッ!!」

 アルトから降りると拘束するヴィータに近づく。

「…空戦だと手出しができません」

 一歩、一歩と、ヴィータに近づき。彼女の耳元に唇を近づけて、そっと囁く。

「…どうして貴方達は魔力を蒐集を?」

 その感覚には身の毛がよだつ。強がってみせた。

「誰がお前なんかに答えるかよ、……っていうかお前、昨日蒐集されたのになんで動けてんだ」

それが癇に障ったのか、クーパーは拘束するヴィータの胸倉を掴んで凄む。クーパーの手と声は震えていた。

「…僕の理性が保っている間に答えて下さい。答えなければ指と耳と鼻を削ぎ落とす。
それとも、こいつに顔面を食い毟られたいか」

 大型の獣を示しアルトとヴィータが目が合った。
強烈無比な牙は唾液でてらてらと妖しく光る。顔に牙を突き立てられれば即死かも。
威勢よく睨むがタイムアウトだ。クーパーは人差し指と中指を伸ばしブラウンの魔力光を点らせた。

 魔力光は魔力刃となる。ヴィータは言葉を失う。
脅しでなく殺傷設定のわかり易いコーディングがなされている。あからさまだった。
魔力刃はヴィータの耳に押し付けられさあ引きちぎろうという時に、倒れたままのなのはの絶叫が止めさせた。

「ダメ!! 絶対にダメ!!」

 両手を庭の芝生につきながら体を震わせる。そしてなぜか、涙を零す。
クーパーの手はヴィータの耳を引き千切る手前でとまり、左目をなのはに注ぐ。

「…すぐ終わります。殺しはしません」

「絶対ダメ!!どうしてそんな危ないことするの?! クーパー君おかしいよ!! 間違ってるよ!!」

 その言葉に無言のまま顔を歪ませる。ヴィータの呼吸も僅かに乱れた。

「…なのはさん。僕にも答えは解りません。どうしたらいいのかも、解かりません。
何が正しくて何が間違っているのか。本当に正しい答えを知っているなら、是非教えてくださいね」

そしてクーパーの左目は魔力刃に注がれる。
ヴィータは、耳の先端で刃が立つのを感じた。押し当てられた感触の中。
耳元で囁かれる。言葉は、舐めるように這った。

「…耳2つ、手足で指は20本、鼻は1つ。全部切り落とされても我慢できる?
ああ、生爪も剥いでから指を関節毎に落としてやる。生皮剥ぐのも楽しみだ」

危険をヴィータは直感がそう告げた。こいつは、やるといったらやる人間だ。なのはは、ただ、
怖かった。ヴィータの耳元でささやくのはなのはが知るクーパーではない。悪魔そのものだった。

「ダメーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!」

絶叫が響き渡る。








 クーパーに躊躇は無かったが、ヴィータは無事だった。
その代わりに地面から打ち出された別の魔法で打クーパーとアルトを縛られていた。
ヴィータの耳に刃を添えたまま、クーパーの動きが止まっている。

「…人の邪魔ばかりする」

「生憎だが、そのまま見過ごすことはできん」

 20代半ばに見える青年が飛来した。がたいのいい体をしているが耳が人間のそれではない。
クーパーが見るのが二度目だ。

「手間取ったな」

「…うるせーよ」

 ヴィータはチェーンバインドに縛られたまま、味方の登場に安堵しながらもため息をつく。
すぐにザフィーラの手でバインドは解かれ自由を得る。ブラウンの鎖が砕かれ、全て地面に落ちた。
腕を回しているヴィータを尻目に、ザフィーラは落ちていた闇の書に指示を出しなのはに手をかざす。

「闇の書よ、蒐集を」

「…カドゥケスッ!」

 怒りに歪んだ声が中断させる。
クーパーの手にはデバイスが装着されポケットから勝手にカードが浮かび上がるや手甲部分にスラッシュされて、
歪んだ機能を発動させるヴィータと、ザフィーラの眼は留まっていた。

『Complete. 30seconds 1minute count start.』

 平坦な機械音が鳴り、魔法が発動した。アルトに攻撃力強化が施されると共に獣は楔を打ち破り突進する。
速さが生命のそれではない。生半可な陸戦魔導師よりも速く2人は宙に逃れた。

「なんなんだよ、あの黒いのは」

「オルガ・シュヴァルツヴォルフだ」

「あ?」

ザフィーラがぼやいた。

「先に戻っていろ、後は片す」

 声をかけるまもなくというザフィーラは降りる。後姿を見送り、ため息と共にヴィータはその場を後にした。




「…1人と見せかけて、また奇襲かな」

「いや、私1人だ」

 嫌味はさらりと流される。冗談が通じそうな相手には見えない。
冷静さを持ち合わせ、尚且つ礼儀を重んじるタイプの人間が相手ならば、疑問が頭の中に浮かんできてしまう。
やりづらいことこの上ない。兄をやった連中がただのきちがいなら躊躇無くやれるというのに、苛立ちはただ募っていく。

「…貴方の名は?」

「闇の書の守護獣、ザフィーラ」

「…闇の書……?」

 知らぬ単語に眉根を寄せる。

「…お前の主か、その蒐集を命じているのは」

 ザフィーラは何も答えない。返答の代わりに、拳の構えを取った。
思わず、クーパーは失笑し、手で顔を押さえる。

「…人のものを奪っておいて大切なものがあるかよザフィーラ」

「無論」

 同じだ。シグナムと。どこまでも高潔に生きその主のためならば命を落とすことも辞さないだろう。
だが、その高潔さ故に怒りがより高まる。

「…お前達は何かを大切にすることを知りながら、人の大切なものを奪うっていうのか」

 生物としては間違いでないが返答は無い。人としてはどうだろう。
返答の代わりにザフィーラは地を蹴り飛行魔法で一気にクーパーに肉薄する。

 クーパーは、極小のシールドを掌に構築し拳を受け止める。

「…答えろ守護獣!!」

「全ては、我が主が為だ!!」

 続けざまに襲い掛かってくる蹴りもシールドを展開して防ぐ。クーパーに接近戦の能力は無い。
肉薄した形でスフィアを形成する。ザフィーラは逃げようとしたが足にチェーンバインドを絡ませる。

「むうっ!」

「…忘れるな守護獣、お前やシグナム、それにあの鉄槌の騎士がどんな都合で魔力の蒐集しているのかは知らない。
でもこれだけは言っておく。お前達は何かを得ようとして兄さんに被害を負わせた、忘れるな。お前達は魔力を得る代わりに
僕という憎しみを拾い上げたんだ!」

「どんな障害があろうとも主を護る。それだけだ」

「…自分で蒔いた種に、何様のつもりだ!」

 スフィアはザフィーラを撃つよりも早く、握り潰される。
クーパーの首をわしづかみにすると地面に叩きつける。衝撃に、苦悶の声がくぐもった。

「…あぐ……ッ!!」

「本来ならばここで首をへし折るが不殺を誓った身だ。殺しはせん。気絶してもらうぞ」

 首を絞められると頚動脈が抑え付けられ目の前が一気に暗くなる。
それでももがいた。

「…ァ……ルトッ!!」

 獣が、ザフィーラに襲い掛かるが、ちらりとそちらを見ただけ。豪腕が、飛び掛ってきた獣を軽々と殴り飛ばした。
薄れ行く意識の中で尚クーパーはもがいて必死に考える。それだけを考えた結果、咄嗟に魔力刃を先と同じように形成し、
自分の首を絞めるザフィーラの腕に走らせると手を放した。

 開放された首を押さえながら、何度も咳き込む。

「…ゲホッ!!ゲホッ」

 アルトを見るが、今はまだ動けそうな様子はない。なのはも同様だ。首をさすりながら、刃を収める。
そして、ただでさえ使い勝手が悪くなったデバイスのせいで、己の限界を知る。
クーパーが立ち上がる余力は、もう無くなっていた。折角ホールドから抜けたというのに、これ以上の戦闘は無理そうだ。

 苦々しくザフィーラを睨みながらクーパーは地面に手をついた。

「…どうして、僕は無くしてばかりなんだ」

記憶も、過去も

兄も、

自分自身も。

涙は、あったのだろうか。

ザフィーラは去る。




雄雄しく強く。
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