ユーノが入院してから数日。ポツポツと、クロノの耳にもある報告が入り始めた。
聞く度に嫌な予感がしてならなかった。報告はどれも魔力を保有する者達がリンカーコアが萎縮した状態で発見されたという。
聴取にて、不意打ちを喰らわずに戦った者達は口を揃える。ベルカの騎士だったと。

 件数が増えると被害は自然界の魔獣にも及び、やはりリンカーコアが軒並減らされた状態で発見された。
犯人と思われる騎士という観点から、世論は聖堂教会に非難が走り始める。
騎士イコールベルカの教会を誰もが連想する以上、仕方が無いことなのかもしれない。

 とはいえ、クロノが世論と一緒になって教会を攻めるわけがない。
解る者は解る話だった。またかと思う者もいるだろう。周期なのだ。

 クロノは部屋で1人、コンソールを叩きながらウィンドウに広がる資料を眺める。
被害者達の証言、そして過去、幾度も消えては現れた4人の騎士の資料。管理局も長年に渡り苦渋を味合わされている。
戦っては姿を消し戦っては姿を消し。四人の騎士達が行う目的はただ一つ。資料を見つめながらクロノは呟く。

「闇の書の蒐集……」

 古来から生き永らえるロストロギア闇の書。
転生機能を有し消し去る事の出来ない災いだ。
転生先の主をランダムに決定しては主を寄生先として頁の収集を図る。

 頁の収集を行わなければ主と見定めた人物をリンカーコアを侵食し殺すか暴走を図る。
主を殺した場合はまた新たな宿主となる寄生先へと転生を図り暴走の場合は破壊の限りを尽くす。
その破壊の規模を推し量ることは敵わない。

 下手をすれば、無数の世界を駆逐する勢いの暴虐ぶりなのだから。
暴走の末主が死ぬなり事情が変わると闇の書は転生を選択する。大したフローチャートだ。
クロノは資料のウィンドウを次々と閉じていく。闇の書の頁は666頁。

 そして、それら頁となる魔力を蒐集する役割を持つのが4人の騎士。4人とも分野は違えど、全員をエース級と呼んでも
遜色の無い者達。それらが野に放たれた龍の如く各世界を駆けずり回り災厄を撒き散らす。
時空管理局にしてみればたまったものではない。クロノも溜息を挟む。

 多少の誤差あれど、闇の書が消滅してから転生し、再び活動を開始するまでは10年と言われている。
そして前回の消滅からおおよそ10年。クロノもそろそろ来るかと頭の片隅には置いていたものの、
改めて来訪を考えると妙なざわめきが胸をよぎる。

 クロノの父クライドが挑んだ末失敗に終った事件ともいえる。果てはアルカンシェルで先につないだ事件。
管理局は闇の書との幾度とないの戦いを経た現在でも、はた迷惑なロストロギアを完璧に封印ないし
破壊する術を見つけてはいない。対応策は練っているものの決め手はなく、転生させて先送りにしてばかりだ。

 今まででもアルカンシェルで吹き飛ばすという例が一番多い。暴走状態にしろそうでないにしろ、
害虫は手っ取り早く掃除するのが、老害にとっては一番なのかもしれない。闇の書はゴキブリ扱いだろうか?
闇の書の主と見定められた人物が生き残る可能性もまた少ない。

 管理局の呼びかけに答え、自ら闇の書を破壊した主の前例がないわけでもないが、それも稀だ。
今の所暴走の末転生かアルカンシェルで転生のどちらかだ。管理局としては転生の手段をとらせる道しかない。

 まだアルカンシェルが無かった時代は闇の書の主の抹殺か原則だったようだ。
何かいい案が10年周期の間に浮かべばそれを試して現在に至る。全く以って厄介なロストロギアだった。
クロノは机に座ったまま1人ぼやく。

「まず始めるとしたら、騎士の捕縛と主の特定かな」

 特定だ、と言い切らないのはここに今1人だからなのと主が爆弾であることを憂慮してのこと。
それに加えてアースラの所属ということもある。上から命令が下されてない以上、情報収集はするにしても、
捜査だなんだと大々的に動くことはない。今はフェイトの裁判もあるのだ。

 執務官や、管理局は何もクロノ1人というわけではない。
そこでふと思い出す。

「……ああ、そうだ。クーパーに連絡いれないと」

 ウィンドウを表示させて、ぽんぽんとコンソールを叩いていく。
あの皮肉ったらしい片目はもう少し兄を見習うべきだと溜息を落とす。

「……?」

 幾度となく通信コールが響くだけだtった。ウィンドウは真っ暗なままで、片目の顔が表示されることはない。
電話に出ない相手を待つように暫く待ってみたが反応はない。仕方ないとばかりにウィンドウを消して、
クロノはフェイトに関する書類を纏め始める。仕事はいくらでもある。1人、黙々と仕事に打ち込んでいると
連絡用のアラームが鳴り、クーパーかと思いながら顔を上げる。通信をONにする。



「たたた! 大変だよクロノッ!!」

「…エイミィ、有事の際は冷静に。ただの連絡ならもう少し静かにしてくれ」

 勝手知ったるエイミィ・リミエッタのドアップの顔が表示されると共に。
大音響がクロノの耳を貫いた。耳がじんじんする。呆れと共に溜息を落とすと、
エイミィが慌てるのを収める気にはならなかった。

「大変の前にやばいって!! これ、ほら!!」

 エイミィから新しいウィンドウが表示される。
どこかの映像のようだが、クロノはそれを目にして愕然とする。

「これは」

 舞台は第97管理外世界、そして先程見ていた4人の騎士のうち剣の騎士が映し出されていた。
戦っているのは、クーパー・S・スクライアで剣の騎士と立ち回っている。クロノも眼を疑う。
何故クーパーが、というのと同時に何故第97管理外世界なのか考えざるえない。

 だが、腐っても状況を履き違える脳みそは持っていない。

「エイミィ」

 執務官の指示が飛んだ。







【Crybaby.-Classic of the A's4-】






「…………」

 第97管理外世界海鳴。
人ごみの中を歩きながら空を見上げ片目は物思いに耽る。兄の足取りを追ったクーパーは途中で行き詰った。
ユーノは休日を利用して第97管理外世界に行く前に何かに巻き込まれた。そう思っていたがどうやら違うらしい。

 念のためと転送ポートでユーノの転送先を問い合わせてみた所、ユーノは無事第97管理外世界に送られているという。
そして、転送確認もとれている。管理外世界に赴いた兄はなのはと会う事も無く、何者かと戦闘をして負けたようだ。

 何故第4管理世界カルナログで倒れていたのか。解らない。海鳴の風が、前髪を撫でつける。

「…兄さんの結界が、負けた……?」

 負けて、最後の死力を尽くして逃げたのか。それとも誰かに運ばれたのか。
ましてや、リンカーコアの魔力がギリギリまで磨耗するというのもおかしな話だった。
仮に死闘を演じたのならば無傷である理由が解らない。

 解らない事尽くめだ。
もしもここにいるのがクロノならばもっと具体的に操作をして推理や仮説を打ちたてているのかもしれない。
クーパーは仕事も何もかも放り出して、ここに来てしまった。きっと、迷惑がかかっている。でも何もせずにはいられなかった。

空を見上げたまま目を細める。

「…………」

 答えはどこにあるものや、街中の人ごみの中を流れるままに足を運んでいると、
人の流れから外れて立っていた女性の呟きが耳朶を打つ。

「魔導師か」

 足が止まり左目がその女性を捉えた。桃色の髪に怜悧な表情にて凛とした空気を纏っている。
人の流れはクーパーを避いていく。女性とクーパーは、互いの目線を絡めとったまま動かなかった。
クーパーは動けなかった。

「…貴女は?」

「烈火の騎士、シグナム」

 クーパーと女性に面識は無い。騎士の知人もいやしない。

「…ベルカの騎士が何故ここに?」

「言う必要もないな」

「…………」

 何故ベルカの騎士が第97管理外世界に、とは思ったが一つの余念が浮かぶ。
この騎士が兄さんを? と思いながら探りを入れる。

「…答えて下さい、魔力光がライトグリーンの、結界に長けた魔導師を知りませんか」

「ああ、知っている」

 肯定と共に、シグナムの結界が、街を覆い始めた。人が消え、2人だけの舞台が作られる。
クーパーの胸にせり上がってくる、酷く醜い感情が踊り狂う。

「見事な結界魔導師だった。あの歳であれほどの領域に達するとは」

 その口から吐かれる言葉を嫌悪する。しかし、その言葉をクーパーは心の奥底から待ち焦がれていた。
復讐の対象者を見つけたのだから。顔を歪める。

「…僕の兄だ。今は病院で伏せってる。このまま目覚めなければ、植物人間になる」

「そうか」

 胸がざわめいた。そうか、の一言でユーノは終わらせられなければならない程ちっぽけか?
沸々と怒りが湧き上がる。シグナムは淡々としながらペンダントの剣を翳すと待機モードを終了させる。
バリアジャケットも体を覆った。鞘より剣を引き抜きクーパーに突きつける。

 クーパーは黒いバリアジャケットを展開させるもののブーストデバイスを起動させなかった。
その代わりに、アルトを呼び込み戦闘態勢を整えていく。加速強化、魔力強化、防御強化、
攻撃強化、可能な限りの手を己と相棒に注ぎ込む。

「…待っていてくれるんですか」

「それぐらいの礼儀はあって然るべきだ。そう思わないか」

 そういわれると、歯噛みしながらスフィアを形成する。何が礼儀だ。苛立ちが募る。

「…貴女は何故兄さんを襲ったんです」

「言った筈だ。言う必要は無い」

「…っ」

こいつが兄をやった、その気持だけがただ逸る。相手との力量も測らずにクーパーはシグナムと相対する。
犬歯をむき出しにして、クーパーは唸った。左目が無駄に凄む。

「…殺してやる」

 負を積み重ねた恨み言を吐きながら構えた。

「ああ。だがやるからにはその言葉に、二言は無いな」

 バリアジャケットとデバイスが展開される中。シグナムは剣を正中線に構える。アルトの唸り声が転がった。
獣と人と人は全くと言っていいほど動かなかった。クーパーとシグナムの距離はおおよそ5m。

しかし、彼の直ぐ傍には1匹の獣が牙をちらつかせながらシグナムを睨んでいる。幾らシグナムといえど、
魔力強化、攻撃強化された大型獣の牙や爪を受けたりでもしたら、無傷ではいられない。
無駄な緊張感に思わずふっと笑いを零す。

「…遙か昔、片目になっても私に向かってきたの者がいた。もう、顔も忘れたがな」

 笑みが消えた時、アルトがシグナムに飛び掛っていた。鋭い牙を持て余す顎と爪を振り翳して。

「だが、」

 シグナムの動きが切り替わる、正中線から刃を翻しアルトをすれ違い様に捌こうとするが、
クーパーも戦いに乗ずる。スフィアを束させシグナムに射撃を飛ばす。

 次の場面を担うのは射撃の直撃か、獣をぶった斬る剣術か、それとも回避か。
烈火の騎士は飛び退き身を引くや否や剣を振るい剣を変形させ連結刃が躍り出ささせた。
アルトがいた地点のコンクリートを食い千切った上クーパーの射撃を吹き飛ばした。アルトは回避。

すぐに連結刃はシグナムの元に戻り剣の形を形成する。左眼と金の双眸がそれを追い苛立ちを見せる。

「尤も、その男も死んだがな」

 自然体の構えを以って再び剣を構え、剣先が僅かに泳いでいた。クーパーもシグナムに向けて再度スフィアを構える。
ベルカの騎士とは接近戦に特化した者の総称だ。厚い装甲に一撃必殺を担う近接武器
そしてカートリッジシステムと呼ばれる魔力を一時的に増加させる変態システムを持つ。

 でも、クーパーは思う。射撃の多いミッドチルダ式とやりあうよりはマシだと。
なのはと比べたらまだやりやすい。

「…その片目の人は、きっとこう思ったはずだ」

「ん?」

「…お前の思い通りになってたまるか、どんな事があっても屈しない。屈してたまるか」

「ならば足掻けばいい。それだけだ」

 スフィアから射撃が飛ぶとお低空の飛行魔法で紙一重に射撃を避け、肉薄するが剣を振るうも、
クーパーは体を反転させてその場から退く。己が狙われていることに気づきながら、飛行魔法でさらに後退した。
射撃が、シグナムの残像を舐めていく。シグナムは賞賛する。

「見事だ」

 しかし、宙に浮かぶアルトが飛び掛り一人と1匹は肉薄する。刃を振るえば獣の顎がガチンと咥え込んで剣を抑え付けた。
苦渋の表情はない。だが、シグナムにも興奮にも似た何かが浮かぶ。

「うまいな」

アルトの勢いは止まっていない、低空飛行していたシグナムの両足が地面につき、
踏ん張るがそれでも尚後方へと推し進められる。止まらない。

「このまま、私を押し倒すか」

「…いけ、アルトッ!!」

 まじかに黒い獣の瞳を直視する。牙は未だに剣を押さえ込んでいるが何も問題はないとシグナムは笑う。
片手で腰元の鞘を掴み、獣の首に叩き込む。獣の顎の力が弱まったところ飛行魔法で宙へと逃げる。
自身が元いた場所には、チェーンバインドと射撃魔法が泳いでいた。

危ない危ないとシグナムは笑う。
獣も片目も、どちらも殺す気でかかってきている。僅かに身震いした。

「面白いコンビだ。お前達は」

 クーパーは何も答えない。ただ、左目がシグナムを睨みつけていた。憎しみ、怨み、怨嗟を孕ませたものだ。見慣れた眼である。
シグナムは鞘を戻さない、片手に剣を、片手に鞘を持ったままでいる。ゆっくりと、体を降ろす。宙から地面へと降り立った。

「…何故飛んだままでいない」

「後ろに気をつけろ。来るぞ」

 眉間に皺を寄せていると上方6時の方向より飛来した新たな魔力反応に、クーパーは咄嗟にシールドを張る。
迎えたのは誘導弾。なのはクラスの威力だ。激突する余波で生じる圧力が洒落にならない。クーパーは顔顰めた。
あまりにも重い。ただその一言に尽きる、ただし、シールドを叩く誘導弾の数は、一つ、二つと増えていた。

 シグナムは剣を鞘に戻す。

「手出しをするな、ヴィータ」

「2対1で遊んでる奴が何言ってんだよ」

 シグナムはむっつりする。別に遊んでなどいない、と言いたかったらしいが他からそう見えたのならば仕方がない。

とりあえずクーパーの左目が誘導弾とシグナム、そして新たな人物と順番に見やる。
 姿を見せたのは子供だった。が、魔法を使えるならば容姿や年齢を問わないのがこの世と言うものだ。

「…こうやって、兄さんをはめて追い込んだのか」

 それに、肩に鎚を乗せた二人目が反応した。

「おいシグナム、なんだこいつ?」

未だ、誘導弾がクーパーの盾を攻め立てている。アルトが今にも飛び掛りそうだがクーパーが止めろと檄を飛ばしていた。

「私が蒐集した者の身内だそうだ」

 シグナムは顔色を変えないが、アイゼンで肩をとんとんと叩きながらヴィータはゆっくりと顔を顰め、クーパーを見下す。

「ふーん」

 そして、シールドを打ち破れないことに気づいたのか。誘導弾を消し飛ばす。重荷が消え失せた事で、左目は宙を睨む。

「…2人とも、聖堂教会の人間か?」

「ああ? 違ーよ」

「黙れヴィータ」

 シグナムが封殺し余計な口を挟ませない。当然、そんなことを言われてイラッとしないヴィータでもない。

「なぁシグナム、とっとと蒐集しねえのか」

「ヴィータ」

「あ?」

「手を出すな」

 手に握られる剣が、鞘に収められたまま振りぬかれる。衝撃波が誘導弾を吹き飛ばした。
ますますヴィータの苛立ちは募るが、シグナムは一歩前に進み出る。そして、鞘に納まる剣の切っ先を突きつけた。

「名はなんという?」

誘導弾を消し飛ばされ、負荷が消えたクーパーはブラウンのシールドをかき消す。

「…クーパー」

「そうか、ではクーパー。次の一撃。非礼に見合うものにしよう」

「…………」

 左目といわず意識をも克目させる。今の言葉をどう取れと言うのか。相変らず向けられたままの鞘の先端を直視する。

「私はお前のその怨みから逃げはしない。それだけだ」

 人としてか? それとも騎士としてか? そんな安い言葉、欲しくはない。それほど高潔な意識があるならば何故兄を奪った。
高潔な騎士様が聞いて呆れる、何様の苛立ちが増す。

「…お前達に、何が解るっていうんだ……ッ。起きろカドゥケスッ!」

『yes,master.』

 腕で揺れる銀の腕輪がブーストデバイスに転じる。それを見て、少なからず騎士達の眼は驚きを示した。

「って、こいつ援護用のブーストかよ。だっせえな」

「……」

 ヴィータはやれやれと溜息をつくがシグナムは笑わない。確かに驚きはしたものの、行動で敬意を示した。

「レヴァンティン全弾リロード」

『jawohl!』

 続け様にホットアクションの2連続のリロードが行われた。
それを気にするでもなく、クーパーは自分のデバイスを声をかける。

「…カドゥケス」

『standed by.』

 そして1枚のカードを取り出し、それをデバイスの手甲部分の溝に走らせる。
酷く機械的な音と共にスタートが切られた。

『Complete. 30seconds 1minute count start.』

 どうやら、ただの魔力増幅ではないらしい。聞いたことのない声に2人が反応していた。

「…僕は、」

 怨嗟を孕む左目がシグナムを睨んでいる。脳はもう記憶した。兄を奪った者達を刻み込ませた。
どんなことがあろうとも許さない。兄を、大切な兄を奪った者達を、目で呪いそして声に出す。

「…兄さんを奪ったお前達を許さない」

苦渋の表情の前で、スフィアを形成する。

「…カドゥケス、ライドスナイプ4門展開」

『yes.mymaster.』

 スフィアが瞬く間に4つ、形成されシグナムに向けられる。確かにヴィータの眼から見ても
スフィアはブーストデバイスが使用するには少々おかしい魔力量を要している。だがそれでも鼻で笑ってしまう程度だ。

 シグナムとクーパーでは攻撃力、そして攻撃に用いる魔力量が違いすぎる。
最初から、全力だしてる兎と亀の戦いの戦いに過ぎない。生憎と兎は、怠ける事を知らないらしいが。

「下がっていろ、ヴィータ」

 真面目な表情の兎にヴィータは辟易する。

「へいへい」

 やれやれと飛行魔法で二人から離れる。再び、舞台はシグナムとクーパーの2人だけとなった。
対峙しながらシグナムは抜刀の姿勢を取った。

「無礼を許せ」

 だが、その立ち振る舞い、その言葉が余計に苛立たせられる、相対するシグナムが高潔な人物だと思ったからだろうか。
いや、高潔な人物が兄を奪ったと思うからこそ余計に腹立たしい。何故奪った。
そこまで高潔な意識を持てるというのに奪うのか。返せよと、はちきれんばかりの激情が迸った。

「…ああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」

咆哮と共にライドスナイプ4門が放たれる。迫り来る射撃、それを見つめながらシグナムもレヴァンティンの柄を強く握り締めた。

「唸れ轟炎。飛竜一閃!」

 鞘から解き放たれる一振りの剣は尋常ならぬ魔力付与の斬撃を打ち出す。
一瞬の間も与えずにライドスナイプ四門を軽々と飲み込んでいく。クーパーは片手で射撃達を制御しながら、
もう片手を用意する。盾、だ。

「…来いッ!!」

 シールドを展開し、押し迫る火竜一閃を受けようとする。
カートリッジ装填の火竜一閃。

「死ぬぞあいつ」

 中空で待機しながら観戦しているヴィータは冷や汗を垂らす。
そして、そうこういっている内にシールドと斬撃が激突した。シグナムはどうみても本気だ。
殺傷設定でないにしろ、被害は免れない。そう思っていたヴィータではあるが、シールドは未だ健在。

「あれを防ぐのか?!」

「やるな」

 驚愕するヴィータと、思わず笑みを作るシグナム。クーパーは右手で砲撃の制御を終了させ、
左手ではチェーンバインドを用意し、シグナムに鎖の手を伸ばす。当然、そう簡単に捕まってくれるものではない。
それでもと触手のように、鎖を伸ばす。シグナムは飛んで逃げる、そして弧を描きチェーンバインドから逃れながらも剣を振るう。

 蛇という名の連結刃が迫る。

「シュランゲバイセンアングリフッ!!」

 高速で動く連結刃がチェーンバインドを砕き。その上クーパーの周囲を取り巻き、一気に締め上げようとする。

「…カドゥケス!!」

 高速の連結刃がクーパーを磨り潰すよりもはやく、右手の魔法稼動もシールドに切り替える。
両手をシールド稼動にして、クーパーは叫んだ。

「…耐えろ!」

『yes.master.』

 自身を包み込むようにシールドを構成し、シュランゲバイセンアングリフを防ぎきる。
直ぐに連結刃はシグナムの元に戻され、剣の形を取り戻す。しかし、クーパーも呼吸が乱れ始め肩で息をする。
苦しそうに胸を抑える。このまま長期戦に持ち込まれれば不利なのは確実にクーパーだ。

 短期決戦に持ち込んでいるものの、シグナムは強い。その上、近接特化しているから防御力が半端ではない。
勝ち目はなかった。

「善戦っつーか無駄に硬い奴だな」

 ヴィータはやれやれとクーパーを見下ろす。
確かにシグナムの攻撃を防いだのは見事といえば見事だが、もはやそれまでだ。
なにせ、片膝を地面についているのだから。

 かくいう本人も、考えいるうちに時間も体力も尽きていた。やはり改悪デバイスは悪手だったのか。
それでも、兄を奪ったシグナムをクーパーは許さない。

「…アルトッ!!」

 どんな手を使っても、とばかりに召喚獣に指示を飛ばす。待っていたとばかりに身を翻した。主が望むままにシグナムに向かう。
当然。シグナムもそれに対して、剣を構え迎撃しようとするが

「ておおおおおああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 何か、別の声が介入してくる。地面に亀裂を入れてクーパーそしてアルトに迫り、その亀裂の中から鋼の楔が打ち込まれる。
見た目にはクーパー、そしてアルトの体をそれぞれ貫いていた。シグナムはそれを見て嘆息を置く。剣を腰の位置に戻してしまう。

「お前達か」

「邪魔をする」

逞しい肉体を持つ、青年、そして。

「…あがッ?!」

 クーパーの胸から、にゅっと手が伸びる。
そして、リンカーコアはどこですかと体の中を漁られた末、胸から飛び出ている手が探り当てた。

"それじゃ、収集しちゃいますね。"

 聞こえてきた念話にシグナムは何も言わない。彼女の意思がなんにせよ、やることは変わらないのだ。
今頃、姿を見せていない最後の1人が、頁をパラパラと捲りながら魔力収集しているに違いない。

「…ぐあ………あ!!」

 クーパーは身動きも取れず、自分の魔力が次々と失せていくのを感じる。何もできない。ユーノの仇も、無力な、己も。
何もかも許せない。地面を砕き己を縛るこの戒めも、今胸を探るこの腕も、何もかもムカつきいらだった。

「…ヵ……ドゥケスッ」

「おい、そいつまだ動くぞ。搾っちまえよシャマル」

"ええ"

 本当に、何も出来ない。1人逸ってこの様だ。だが、それでもとばかりにクーパーの両手が動き胸から飛び出る両手を捕まえた。

"え?!"

「シャマルッ!」

 ヴィータの声が上がったが、シグナムがそれを制した。その場にいた誰もが気づいた。
吐息を落とす。

「……気絶してるな」

「ああ」

 シャマルの腕を掴んだままクーパーは気を失っていた。
その直後、桃色の砲撃がシグナムの結界を打ち破るのを見れなかったのは、名残惜しいか。

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