なのは、フェイト、クロノ立会いの許はやてとクーパーは面会を許された。
この日の為にフェイトは駆けずり回ったが、当日になると少なからず緊張していた。
場所ははやての部屋。ベッドに腰掛けるはやてと立ったままのクーパー。

「椅子ありますから、どうぞ」

「…お構いなく」

「そ、そか」

 護衛の2人は胃が痛かった。クーパーには優しさの欠片も見えない。クロノは憂鬱な気分で2人を見守っていた。
どこか遠慮気味なはやてに対して、クーパーは淡々としている。

「…体の方は?」

「あ、うん。ええよ」

 闇の書が消えはやての体もいずれは元通りになるはずだ。今直ぐでは無いが、メンタル面でも随分と変わっているはずだ。
だが、会話は途切れてしまった。なのはは思った。フェイトちゃんの時と同じなの!!
クーパーは血も涙も無い男だ、と冗談ながらに思う。

 吹っ切れてるのならばもう少し優しい言葉をかけてもいいだろうに、と思うが口には出さない。事情が事情だ。

「ずっと、言いたかったんです」

 はやては座ったままクーパーに対して頭を下げる。深々と。時間をかけて。

「お兄さんの事すみませんでした」

 クロノは見逃さなかった、クーパーの気配の変化を。
フェイトやなのはもそうだが、クーパーになにかあれば砲撃をぶちかましても八神はやてを守れと頼んである。
現にクロノも、非殺傷設定の射撃とバインドの準備は万全だ。クーパーが行動を起こすよりも先に制圧できるようにしてある。

 誰の拳も固められていた。
当人達は、そんな暴力の気など微塵もなかったというに。

「…今はまだ許せません。ですが、そんなに悔やまないで下さい。
八神さんがやった訳でもないんですし」

「でも、」

「…僕を気遣うぐらいなら、ヴィータを気遣ってあげて下さい。
僕よりも彼女の方が不幸な目にあってる」

「……はい」

 クーパーははやての中でヴィータをどう思っているのかは知らないし聞く気はない。

「…生きて下さい」

「え?」

「…生きて下さい。できればヴィータと仲良くして下さい。それが僕の願いです」

 それだけです。と言って会話を打ち切ろうかと思ったが、やめておいた。ヴィータの時のように
無様を晒しながらの会話なんか演じたくも無い。

「…幾つか言っておきたい事があります」

「何……?」

「…もう、友人と思わないで下さい」

クーパーは胸の中で"ヘドが出る。"という言葉が浮かんできたが口には出さない。それでも効果は絶大だったのか。
何かに耐えるようにしながらはやては頷く。

「はい……」

はやての瞳に涙が浮かぶ。それを拭おうともせず、はやては堪えていた。

「…僕達の関係は、一旦終わりです。でも、またいつか、」

 一度言葉を区切って前に進み出る。ベッドに腰掛けるはやてに近づいた。
クロノ達が動くべきか顔を強張らせたが、クーパーは念話で何もしないと念を押した。
そして、はやての眼前に立つとしゃがんでその手を取る。柔らかくて、
細く小さな手だった。とても暖かい。

「…またいつか、友人として付き合う日が来る事を僕は望みます。
図書館で八神さんと過ごした日々は好きでした。楽しかったです。
でも今はヴォルケンリッターと闇の書の主を許すことは未だ出来ない。我侭を許して下さい」

はやては涙に窮したまま、顔を横にする。髪が揺れた。クーパーも、
手を握ったままゆっくりと立ち上がり頭を下げた。

「…僕は八神さんを殺そうとした。何も知らず、解らず、ただ生きたかったのに。
許される事じゃない。とても言えた義理じゃないけど、生きていてくれてありがとう」

 はやては涙を溜めたまま頭を横にふった。その勢いで涙が頬を伝い落ちていく。
さようならと告げるとはやては僅かに俯き、握っているクーパーの手の上に涙を落とした。
体は震わせ涙の痕が増えていく。

 行かないで、私を1人にしないで。
クーパーとはやての脳裏には、夢の中で肩を並べて座っていた記憶がぶり返す。
互いに互いが何を考えているかなど知る由もない。

 自分でない人は他人でどうしようもないくらい、遠い。
クーパーははやての頭の上に手を伸ばしかけ、触れるか触れないかの所で手を止めた。
左目を閉ざし心にケジメをつける。ここで甘くしたら絶対に自分を保てなくなる。

 そう言い聞かせて握っていた手を離し一歩二歩と離れた。目を開く。心は泣き叫んでいた。何をやっている。
八神はやてを抱きしめてやれ、友達だと言え、親友だと言えと。

 どうしろと? 憎しみの火は消えていない。一時の感情に流されれば確実に八神はやてを殺す嬉しくもない確信がある。
クロノ達という抑止力があるとはいえ必要以上の接触は無用だ。手を握ったのだって想定外の行為だった。
手を離し踵を返しはやての部屋を後にした。

「……」

 吐息を落とした。何をやってるんだという気にもなった。
ドアの開く音がして、振り返るとクロノだった。

「複雑だな」

「…そうですね」

少し付き合え、というクロノに従い部屋まで移動する。到着すると適当に座ってくれと言われる。
クロノの部屋だった。部屋の中は整理整頓されており、クロノらしい部屋だと椅子に腰掛けながら納得する。と、
飲み物を渡され口付ける。やたらと苦い珈琲だった。

「すまなかったな」

 小さく鼻で笑う。

「…そうでもありません」

「でも、僕は言葉で突き放すだけだと思っていた。流石に近づいたときはヒヤッとしたけどな」

「…信用されていませんね」

 ちびちびと口をつけながら否定する。でも、自分でも少し意外だと思っているのも事実だ。
それもこれも、全部あの男のせいだ。と頭の中で文句を言う。それでもあの男は振り向きもしない。
憎い限りだ。もうあの男は死んでしまった。教えを請う事も話すこともできやしない。溜息をつきながら、また珈琲に口をつける。

 苦いこと苦いこと。

「…変わったんでしょうか」

「何がだ」

 察しろよボケナス、という眼で左眼が睨む。子供の淡い我侭だ。

「…僕がです」

「さあな」

「…………」

 クロノは大人だ。そっけない執務官に溜息をつきながら、また一口珈琲を飲む。苦い、苦い味しかしない。
その苦さが全てだった。クロノと一緒に珈琲を飲みながら沈黙の時間が過ぎていく。しかし哀愁は唐突に終わる。

「そうだクーパー、訓練の話、忘れるなよ」

「…忘れてませんから。大丈夫ですから執務官」

鼻で笑う。
いつもの感覚が戻ってきた。


 その後、医務室に行き医者先生に包帯を取ってもらう。ヴィータの牢屋で開いた傷を除いてあらかた治った。
そして、右目を覆う包帯を取り、鏡に映る自分の顔を見るとクーパーは微笑した。
むき出しになっていた眼輪筋は皮膚が修復されまだ皮膚の色がピンクだが問題はあるまい。

 問題は瞼がなくなった事だ。

「やっぱり半分骸骨みたいな顔になっちゃったねぇ」

「…そうですね」

 眼窩の形が解ってしまい骸骨を彷彿とさせる。あまり人に見せられるものではないが、仕方が在るまい。
傷を負ったのは自分の責任でもあるのだ。おにゅーの眼帯を貰い、指でゴムをパチンと弾いて装着する。

「…よし」

 気持ちを切り替える。



欠片3.




 さて、クーパーは執務官は鬼だと思い知る。アースラのトレーニング室。通常は模擬戦を行うところではあるが、
貸しきり状態でいるのは2人だけ。クロノとクーパーだ。前者は涼しげな顔をしているが。後者は死にそうな顔をしていた。
全身を汗が伝い、髪は濡れべったりと額にはりつく。荒々しい呼吸を繰り返しながら顎を上げてしまう。

「次、三角とび行くぞ」

「…ッ!!!」

 糞が、覚えてろ糞執務官めと心の中で恨み言を吐きながら体を動かす。汗は飛び散り意識がぶれる。
そんな中でも、クーパーは動き続けた。

少し話を戻す。

 傷は癒えた。回復魔法と薬を使っての治療だし、ベッドで大人しくしていたのだからそれも当たり前か。
トレーニング室に来て早々にやらされたことはストレッチに体操にスクワットに腕立て伏せ。
体を休めている間になまった体を戻すことだった。

 これはクロノ主導で進められ、トレーニング室でマンツーマンでしごかれた。
三角飛びの目標回数を終えるとまた顎が天井を仰ぐ、苦しそうに……実際苦しいのだが、
肩で呼吸をしながらへばるクーパーをクロノはつつく。

「どうした、その程度か?」

「…体がまだ本調子じゃないだけです」

「そうか、ならまだいけるな」

 なんでそうなる、という理由は受け入れてもらえない。顔を顰めて休憩終了というクロノの指示に従い筋トレやら
なんやらを再開する。ひたすら走りこんだり、魔法を使わない訓練が続いた。
連日、倒れる一歩手前まで扱かれてベッドに戻る。

 全てクロノによって計算されたトレーニングは確かに辛い、が。効果は上々。
日に日に体力を取り戻し、以前よりも柔軟な体を手に入れた。……と思いたい。
何故クロノがこうまでしてクーパーの体を戻そうとしたかには理由がある。

 嘱託魔導師として働くには、魔導師としてのランクの取得が必要になる。その為には取得試験を受けなければならない。
鰹節のようなカチンコチンの体の人間に試験を受けさせて仕方がないのでご丁寧に、直々に、しごいてくれたという訳だ。
結構なお話で、と思うものの感謝こそすれど恨みはない。

 愚痴るネタにはなった。連日の訓練で体が戻ると魔法の訓練にも戻るがこちらは然程心配は無かった。
アルトまで巻き込み、厳しさを増す訓練。そんなこんなを繰り返したお陰で万全の体勢で試験に臨む事になる。
尤も、試験官も変わらずクロノだったが。試験終了するとクーパーはへばって床に崩れる。

 バリアジャケットを纏いながら結果が報告される。アルトが傍に侍りながら報告を聞く。

「アルト込みで総合ランクはB-、陸戦魔導師ランクはA+、結界魔導師としては…優秀だな、AA-だ。
しかし…飛行魔法を使えないのが痛いな。評価がどうしても下がる」

 床に転がったまま荒い呼吸を繰り返し、クロノを見上げながら唾を飲み込んだ。そして、大きな息を吐き出した。

「…アルトがいる以上、僕の舞台は陸の上です。空の上じゃありません」

 よく言ったご主人、とばかりにアルトが首を伸ばしクーパーの頬をべろりべろりと大きな舌で舐める。
ざらついた舌でよだれがついた顔を拭うも、また舐められやめろと相棒をのける。

 つれないなご主人と尾を揺らしながらアルトも顔を引いた。再び顔を拭いながらのっそりと横になっていた体を起こす。
クロノは光学のコンソールを表示させるとカタカタと入力していく。結果を送信しているのだろうか。
それが完了すると全ての画面を消し去ってから、クーパーに手を差し伸べた。一瞬、意図が解らずに左目を丸くして固まってしまう。
「どうした?」

「…いえ」

 どうも、と手を取って立ち上がる。ぐっと力を入れて立ち上がらせてもらう。座っていたアルトもそれに合わせ体を起こし、
クーパーは魔法を唱え体を小さくして猫サイズに変更する。汗とよだれまみれの顔に辟易しながら、置いてあったタオルで
顔を拭う。クロノと一緒にその場を後にして廊下を歩きながら、食堂に行こう、と話す。

「シャワーを浴びたら来ればいい。ゆっくりで構わないぞ」

「…優しい執務官っていうのも気持ち悪いですね」

「失礼な奴だな。僕だって気遣いぐらいするさ」

 さようで、と思いながらタオルを首にかける。汗が背中にべったりとはりついて気持ち悪かった。
足元では小さなアルトが四肢をヒョコヒョコ動かしながら、にゃーんと鳴いていた。

「しかし、」

「…?」

「すまないな、アースラで面倒を見てやれなくて」

 何を言い出すのかとクーパーは苦笑いを浮べた。

「…嘱託ですよ? 贅沢は言いません」

「だがな」

「…それに、執務官のしごきから逃れられると思うとこんなに嬉しい事はないかと」

その一言には肩透かしだったのかやれやれと、仕方ないな奴だと嘲笑ってくれた。

「調子に乗るな。全く、もう少し締めた方がよかったかな」

 クーパーも勘弁して下さいと笑う。冗談の調子を上乗せする気楽な会話だった。体力も多分元通り以上になった。
それもこれも、クロノのお陰だ。裁判から面倒まで色々と見ていてくれている。不意に、こんな人が兄だったら
と考えてしまう。ユーノとは違う意味でいい兄だろう。尊敬に値するだろうし、立派な人だと胸を張れるだろう。

 確かにちゃんとしていなければ小うるさく言われてしまうかもしれないが。
見つめる時間が長かった為か、なんだ?と問われる。さり気なさを装いながらなんでもありませんとアルトに目を落とす。
見上げる猫は尻尾を揺らしながらニーニー鳴いていた。抱くのは、もう少し待ってほしい。

「…僕は何処に配属になるんでしょうね」

溜息をつきながら前を見る。

「さあな。陸という事以外は解っていない。前線に配されるか。
レスキューや地下施設、なんてこともある」

「…楽な所だといいんですけどね」

「どこの部署も、楽な所なんか無い」

「…仰る通りで」

 やっぱりシビアだが、クロノの言葉に誤りは無い。法務官故なのか。それとも彼の性分か。
どちらにせよ厳しい人だ。こんな人の奥さんになる人の顔が見てみたい、と思っているとシャワー室にで一旦別れる。クロノは一人食堂に行こうか一旦部屋に戻ってからにしようか、選択を決めようとした所で、足元に猫がいることに気づく。

 何も言わずに、金の瞳でジィとクロノを見つめていた。尻尾も、揺ら揺ら揺れている。
動物は嫌いではないが、まさか自分と一緒に居るとは思わなかった。

「いいのか、ご主人様と一緒にいなくて」

 それを決めるののオレじゃない、とばかりにアルトは体を躍らせた。クロノの体に飛びつく。

「な……っ?!」

 驚きの声をあげた時にはサルのようにするすると頂上である頭の上を陣取った。
引き剥がそうにも離れないので、仕方が無いのでそのまま食堂に向かうことした。

「……僕の頭の上はそんなに居心地がいいのか」

 頭の上の猫からは返答が無い。時折もそもそと体を動かして位置を変える為か頭が擦れる。
そして、たまに局員達がクロノを見つけて目を丸くするかギョッとするか、珍妙なものを見る眼で見ていた。
もしくは笑われる。僕は見世物じゃない、と思いながら食堂に入った。

 入っても、やはり局員達の反応は同じだった。食堂で働く者達も同様だ。気にしないようにしながら珈琲と
サラダをとると適当な席を探す。と、フェイトが1人で食事をしているのを見つけた。
丁度いい。

「すまない、邪魔をさせてくれ」

 クロノの言葉に、顔をあげフォークに刺した肉を口に運ぼうとしていたフェイトの動きが止まった。
当然、眼はクロノと頭の上に陣取るものをいったりきたり。クロノはとりあえず席に着く。フェイトは返事を返せなかった。

「断っておくけど、これは僕が乗せたんじゃない。勝手に乗ったんだ」

「そ、そうなんですか」

 呆然としながらアルトを見つめるフェイト。アルトも、フェイトをじーっと見つめていた。
まるで映写機の様。

「クーパーが来るまでだ。…多分な」

「は、はぁ」

 相槌をうちながらフォークを口の中にいれると、かちんと硬いものを噛んだ。
あれ? と目を落としてみると肉は皿の上に戻ってしまっていた。落ちたらしい。
再び突き刺して口の中へと入れる。その間も、アルトの尻尾はゆらゆらと揺れ動いていた。
珈琲に口をつけながら、クロノも一息つく。

「調子は?」

「あ、はい。勉強の方も色々と順調です」

「そうか」

 それは良かった、と再び珈琲に口をつける。普段のクロノならば全く問題のない光景だが、
流石に頭の上に猫を乗せていると様になっていない。まったく、いやまったく。
フェイトは素直に可愛いなと思いつつも口には出さなかった。彼女の名誉の為に何が可愛かったのかは記載しないでおく。

「そういえば、クーパーのランク試験どうでした?」

 珈琲の香りをたっぷりと吸い込んでから答える。

「アルト込みで総合ランクはB-、陸戦魔導師ランクはA+、結界魔導師ランクはAA-。
使い魔……、ああ、あれの場合は使役獣か。それ込みとはいえフルバックの人間が
ここまで結果を出せるんだ。優秀だよ」

 ふんふんと頷きながらフェイトも話を聞く。

「陸戦魔導師としては非常に優秀だ。フルバックは元よりこれ(アルト)をいかして、
ガードウイングにセンターガードも勤められるんだ」

「空戦じゃないんですね」

「飛行魔法は習得しないって、本人が固辞したよ。それに…空戦になるとどうしても評価は変わってくる。
二重丸の判子を押せるかとなるとまた別の問題だ」

 という事だ。しかし、飛べない豚はただの豚、と陸戦魔導師が隠喩されるのは知らぬが仏。
雑魚に用はないのが世の中だ。エース様様。

「そうですか……あ、クーパーの行く所って何処になるんですか」

「まだ決まってない、運が悪ければ別世界だと思う」

 相槌を打ちながらフェイトは食事を続ける。クーパーの行く所が気になるというよりもむしろ彼の今後の動向が気になるだけだ。
それにはちょっとした訳がある。
どうするべきか、むむむむと考えているとクロノとアルトはそんなフェイトを見ながら首を捻るのだった。

「どうかしたのか?」

「いえ」

とりあえず否定しながらパクつく。クロノの珈琲も大分減った頃、ようやくクーパーが姿を見せた。まだ少し髪は湿っている。
トレーを手にクロノの横に腰掛けた。主人が姿を見せてもアルトが動くことは無かった。

「おいクーパー、使い魔をなんとかしろ」

「…面白いので結構です」

「あのな」

 どや顔でクーパー動かそうともしない。今日のメニューはサラダにサンドイッチ。
1つ摘むと口の中に放り込む。食べながら、目の前のフェイトに念話で1言。

”…やぁ”

 態々目の前にいるのだから飲み込んでから口で話せばいいのに、横着者だとフェイトは思う。
クーパーの手は作業のように口の中にサンドイッチとサラダを放り込んでいく。食べる、
というよりもどちらかというと機械的で早い。

「もう少し味わって食べたらどうだ?」

「…元々、早食いの性分なんです」

 そういう問題じゃない、と頭を痛くするクロノだった。それ以上突っ込む気にもならずにいると一つ如何です?
とサンドイッチの皿を差し出すクーパーに頂こうと言ってからと手を伸ばしサンドイッチを口の中に入れる。
飲み込んでから思い出したように立ち上がった。

「そうだった、君に書いてもらいたい書類があるんだ。持ってくるからたべててくれ」

 返事を待つ事無くクロノは席を立っていってしまった。フェイトとクーパーはそれを見送りながら食事を続ける。
ちなみに、アルトもクロノの頭の上で一緒に行ってしまった。

「アルト、どうしたの?」

「…何なんだろうね、執務官と一緒にいろって指示出したらあんなになってたから僕にも解らない。
っていうか、ここに来た時あれ見て思わず噴き出すかと思った」

「確かに、クロノがやるとインパクト大きいかもね」

「…だね」

 やれやれと思いながら食事を続けクーパーがフォークを取りサラダをつつき始めた時。顔をあげたクーパーは気づいた。
野菜を口にしながら動きが止まる。フェイトがやたらとむずかしい顔をしていた。
突然の変化に戸惑い、急に何事だと怪訝に窺ってしまう。

 それでも顎を上下に動かし口の中のものをもぐもぐ処理をしていると、一度唾を飲んだのかフェイトの小さな喉笛が動いた。

「く、クーパー」

「…ん?」

 なんでそんな急に硬くなったのか訪ねたかったが、野暮そうなので辞めておいた。

「あのね」

「…うん」

「………」

「………」

 余程のことでもあったのだろうか。とりあえず僕は何か問題を起こすようなことはしていないと振り返る。
フェイトをからかったり、馬鹿にしたり、…はしていないと思う。普通に話して普通に対応しているつもりだ。
いやしかし何処かで本人を傷つけているのかもしれない。なにせクーパーだ。人間関係は円滑に勤めた筈。

 では何だろうか? 今更になってノームの恨み! とでもいうのだろうか。
それはそれで仕方が無いと思うが随分と遅い、と思っていると

「こ、これからクーパーはどうするんだっけ」

「……」

 なんだか脇道に逸れたような気もするが気にしないでおく。コップに手を伸ばし水に口をつけ、話を先に進める。

「…とりあえず配属先は未定で陸のお家に行けって。クラナガンの時空管理局地上本部だって。
まだ何をするとか配属先は未定らしいけど。割と近いうちに動くことになると思うからフェイトとも暫くは会えなくなるね」

 まあ通信あるし、と続けてサラダを口の中に放り込んでいく。

「う、うんそうだよね地上本部だよね」

「…そうだね」

 なんだかフェイトの言葉使いがおかしいが、突っ込まないでおく。
何か関係があるのか、と思ったが探りはいれないことにした。

「でもねクーパー、私は思ったんだ」

「…何を?」

「っと……友達って大切だって」

「………………」

 何が言いたいのかよく解らない。ついにフェイトの頭が狂いプレシア化が始まったかとクーパーは本気で疑った。
肝心のフェイトはというと何かにたいして必死に頭を働かせているようで、どうにも自分の言動の不審さに気づいていないようだ。
クーパーはフォークでトマトをぐさりと突き刺し、それをフェイトに向ける。

「…何かあった? クロノ菌に汚染されたとか。……大丈夫? 気分悪くない?」

「だからねクーパーは、私は色々と考えたんだ」

 冗談交じりに質問したつもりなのだが、ぎゅっとちからこぶを作り真面目に答えるフェイトさん。
言葉のキャッチボールになっていない、クーパーがとりやすい球を投げたら、
フェイトはキャッチ後上空一万一千メートルに向かい全力投球 (※フライ) をしたようなものだ。既にボールはお星様。

 行ったよクーパー、とフェイトの言葉が聞こえそうな気がしないでもないが受け取りたくは無い心境だった。

「………」

 頭が痛くなってくる。
フェイトがこんな風になるって事はとても言いづらいことを何とか言おうとしているに違いないとクーパーは思った。
きっと別れる前に死ぬほど模擬戦をやりたいから付き合ってほしい、とかいう要望なのだろう。
ベッドに伏せていた時は治ったら模擬戦やろうね、と言われていたし。

 いや、そんな甘い事態ではないのかもしれない。砲撃魔導師高町なのはを呼び寄せてフルボッコにされるのかもしれない。
クロノと訓練していた時も何度か絡まれたし。この前はエグゼリオのカートリッジロードをしながらこんなことを言われた。

"今日こそクーパー君の結界を一撃で破れるように、頑張るよ"

 勘弁してくださいだ。

 フェイトもなのはの横でレイジングハートを構えてwktkしていたのだからたまらない。
クロノも悪乗りすると盾の見直しをするいい機会じゃないか? と笑ってるし冗談にならない。
クーパーはヴィータと同じく、戦わずに済むならば必要以上の戦闘も避ける。

 自分よりはるかに上位ランカーさん達にしごかれるのは勘弁だ。
なのは曰く、魔法の向上とケーキ作りとその盾を破ることが目標なの、と言っていた。
私も敗れるように、頑張るよとフェイトも笑っていた。

 言葉には出さなかったがクロノの顔は僕は破れるという風になっていたから、忌々しいことこの上ない。
さて、とても逃げたい気持ちになってきた。サラダをたべるペースを上げる。

「でね、その……ね」

「…用件をどうぞ」

 がっくりとうな垂れながら、ご用件をどうぞと手で促す。何故かフェイトは深呼吸すると、ガタン、と
椅子を倒して勢いよく立ち上がり、ぎゅっと手を固めて顔を赤くしながら叫んだ。

「クーパーにやってほしいんだっ!!!!!!」

 その叫び声に話し声が聞こえ人の動きも聞こえていた音の一切が止まり静まり返った。
主語もなく、とりあえずお願いしてきたフェイトにクーパーは灰になった。場所は食堂だ。他人の目がある。
今もジロジロ見られてる。

 多分アースラにいる全ての人間が耳に挟むだろう。これはどんな羞恥プレイだ、と真っ白になったクーパーは考える。
それでも、頭を抑えてからフェイトに座るように促す。

「…何をやってほしいのか知らないけど、もう少し静かにね。ここ、食堂だよ」

「あ、ご、ごめん」

 自分の失言に気づいたのか、フェイトは発言時以上に顔を赤くしながら、
しゅるるるると空気が抜けた風船のように椅子に座る。その間にクーパーは食堂に範囲を広げ、全展開で念話を送る。
内容は"お騒がせしてすみません。"の一言。

 ちんまりとしているフェイトを見ながら残り少なくなった野菜にフォークを伸ばし、キュウリを突き刺すと口の中に投げる。
カリコリ、と音を立てながら咀嚼し飲み下してから促した。

「…で、何をやってほしいの? 模擬戦は勘弁してほしいんだけど」

 それにフェイトはすかさず反応した。違う違うと首を横にふり金の髪がぶんぶん踊った。

「そうじゃなくて、……ごめんね」

 ちょっと待って、と告げると手許のコップを掴み、中に入っている水を一気に飲みしていく。
やることなすこと豪快なフェイトだった。
そこでようやく落ち着いたのか、大きな吐息を落としてから改めてクーパーの顔を覗きこんだ。

「…その、ね」

「…ご用件をどうぞ」

「……執務官補佐を、その、やって欲しいんだ」

「……………」

 突飛な内容に、クーパーは次の野菜をフォークで突き刺したまま動きを止めた。
フォークに刺していた野菜を口の中に入れ咀嚼しながら頭を働かせ始める。
能面のように表情が消え失せ、それを心配そうにフェイトは窺っていた。

「…執務官になりたいの?」

「う、うんそう」

「…始めて聞いた」

 そう、と呟きながらクーパーは最後に残ったプチトマト二つのうち一つをつまみ、口の中に入れる。歯がプチリとその皮を破くと、
トマトの水分が口の中に溢れた。それも飲み干していく。左目が動く。この値踏みされるよな眼だけは苦手で、
フェイトは目を逸らす。それを気にするでもなく、クーパーはウインドウを表示させるとそれをフェイトに掲示していく。

「…昨年の執務官試験の合格率は8%。
管理局の試験の中でも難試験って言われてるのに、合格前に補佐の要請ってことは余程の自信があるんだね」

「ご、ごめん。絶対に受かるかはわからないんだけど……」

 駄目じゃん、と思ったが口にはださない。殊勝な心がけだよ、と溜息をつく。

「……その、ね。合格したらクーパーにお願いしたいなって思ったの」

 僕よりもなのはさんの方が、と思ったがあの人は補佐向けじゃない。
確かにクーパーは誰かのフォローは慣れている、と思うが忘れられている存在を思い出した。

「…アルフは?」

「アルフも一緒だよ」

 そうじゃなくて、と言おうとしたがとりあえずこれ以上の無駄な突っ込みは控えることにした。
溜息をつきながら両手を上げると、丁度クロノが戻ってきた。相変らず、頭の上に猫を乗せて。

「…執務官、フェイトの執務官試験知ってましたね」

「ん? ああ。随分前から知ってるよ」

よいしょ、と腰掛けて持ってきた書類をクーパーに差出すと、トレーを脇にのけて内容を読みほいほいとサインしていく。
書き終わるとカチカチとペンをノックさせながら念話を送る。

”…執務官試験、クロノ執務官から見て合格率はどれくらいなんですか?”

"1割だ"

"…それ全然駄目じゃないですか"

"当たり前だ、僕だって1発合格と言うわけじゃない。最初は落ちるぐらいのつもりで受けたほうがいい"

その通りだ。間違ってはいない。

”…数年越しでの合格率は?”

”一回落ちて2.5割、二回目落ちて3割いけばいいほうだ。後は正直、解らない。でも彼女は優秀だとだけ言っておくよ。
……君がそんなに心配する事か?”

”…執務官補佐の依頼をされてしまいました。……気が早いことで”

 顔には出さなかったが、念話の上ではクロノも苦笑がこぼれた。

”確かに少しはやいな。だが優秀な人材にキープされる、というのは悪いことじゃないと思うよ”

”…それ、普通逆です。光栄なんだか違うんだか。全く……”

 やれやれ、と書類をまとめてクロノに手渡す。ありがとうと受け取ると再びクロノは席を立ってしまった。

「フェイトの勉強に関しては僕がサポートするから心配しなくていい」

それじゃ、と言い残して去ってしまった。再び2人に戻り、クーパーは嘆息を落とした。受けてくれるのか、
というよりも怒られる子供のようにフェイトは窺って来る。

「…解った。落ちても諦めないで頑張って」

 豆鉄砲をくらった鳩のように、フェイトの動きが止まった。

「…悪いけど、合格してもこっちの事情は変わるかもしれないし、先のことは解らないんだから。
あんまり期待しないでね」

 しかし、反応が無い。訝しげに、クーパーはフェイトの前で手を振ってみるが…やっぱり反応が無い。
溜息をつき、駄目だこりゃ、と頭を抱えた。再起動したのはその数分後。
興奮しながら試験勉強頑張る繰り返すフェイトだった。そしてクーパーは思った。

 執務官補佐ってことは、執務官試験程ではないにしろ同様に試験を受けなければならないはずだ。
それほど難関ではなさそうだが……無事にそちらを通過しなければならない。

「ありがとうクーパー」

 やたらと嬉しそうなフェイトに、ふと疑問がわいたので尋ねてみる。

「…ところでさ」

「ん?」

「…何で補佐に僕を?」

 その質問に対して、もじもじしながらクーパー以外頼める人がいなかったから、と返した。
ちなみにその解答の果てに見るものは"愛"とか"下心"ではなく、単純に消去法だったりもするのだが、
あまり深いところに立ち入るのは野暮というところなので語るのは止めておこう。

「えっとね。嫌だったんだよ、クーパー」

「…もうちょっと言葉の扱い方を……」

「ご、ごめん。深い理由は解らない。でも、クーパーが良かったんだ」

それはまた光栄だ、と返しながらクーパーはテーブルに肘を突いた。でも、フェイト以上に、クーパーも
ありがとうと心を込めて礼を返していた。目標もなく生きるよりもはるかにマシな人生が歩めそうだ。
そして、その数週間後。クーパーはアースラを出て地上本部へと出向することになる。








 アースラを出たクーパーは、地上本部に向かう前にカルナログにあるユーノの病院に顔を出した。
病室に入る前、何故か緊張したがそれらを押さえつけて中へと入る。
涼やかな風と、白を基調とした部屋の中は数ヶ月前、泣き続けた時と同じだった。ベッドの上で眠る兄は相変らずだった。

「……」

 立ったまま、暫くの間動けずにいた。兄がいる、兄が寝ている。何かが床を叩き、頬に伝う何かを拭う。
足は根を張ったように動かない。

 ベッドの近くに置いてある小物が置いておける台の所に一通の手紙が置いてあることにクーパーは気づいて足を動かした。
ベッドの脇の台の前に立つとその手紙を手にとる。誰か兄と親しい人が残していったのだろうか。この御時世珍しい便箋だ。
丁寧に蝋印まで押してある。部屋に似合う綺麗な白の様相だった。兄の知り合いの手紙ならば開くのは野暮だろう。

 差出人はと表裏ひっくり返してから顔を顰い眉間に深い皺を寄せる。差出人も切手も貼られた形跡も無いが、
Cooper.と自分の名前が記されているだけだった。心臓の鼓動は跳ね上がった。

開けるまでに時間がかかった。震える手でゆっくりと蝋印を剥がす。
封を解き中の手紙を抜き取ると、傍にあった椅子に腰掛けて暴れる心臓を押さえつける。
ぐっと歯を噛み締めてから唾を飲み込んだ。折りたたまれた手紙をゆっくりと開いていく。

 流暢で美しい字だった。涼やかな風が静かに駆け抜けていく。手紙の内容に目を落とし眼球は右へ左へ……




――親愛なるクーパーへ 君が受けた辱めを私は見守っていたんだ。とても素敵で濃密な内容だったね。興奮したよ。
私の場合、辱めの一番の不便は拘束されることだ。欲望を封じられる事。愛に生きる君とはそこが違うがね。
闇の書の事件を通して解ったのだが、君の価値観は兄の、そしてあの守護獣に左右されているようだ。
初めて君と出会った時とは君は大きく方向性を変化させているね。
いいことだ。

事件では復讐心に駆られ八神はやてを殺そうとした。今目の前で寝ている君の兄が喜ぶとでも思ったかい?
兄は夢の中で弟のお粗末な生き方に涙しているかもしれない。君にとっての最大の屈辱とは? 自慢の盾が砕かれること?
それとも兄が汚されること? 全てが否定されること? 最近、管理局のウェブサイトを見たが私がただの指名手配から
名誉ある凶悪犯に昇格したようだよ、これで君との接触する機会がとても楽しみになる。今は兄の肉人形の前で手紙を
読んでいる? 正直に教えてくれたまえ、スクライア執務官補佐官候補殿。未来は常に不確定だが、
君とフェイト君の活躍を大いに期待しているよ。心より、愛と真心を込めて。

                                       J・S"



そして、最後にどう考えても筆跡が違う赤インクで書かれた文字が荒々しく残されていた。

"Fucking Bitch's left eye!!"

「……」

 大きな溜息を漏らしながら口許を抑える。溜息は、まだだ、まだだ。壁を睨みつけながら大きな鬱憤を吐き出す。
兄の前では、あまり暴言は吐きたくなかった。頭を抑えながら考える。何故、補佐のことまでスカリエッティが知っている。
やはり、監視されているのだろうか。
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