グレアムは何も言わずに闇の書と交戦を開始した。まだ、他の面子は残ったままだ。

「アースラに戻ってもいいんだぞ」

 S2Uを構えたクロノの囁きが耳朶を打つ。なのはは思わずハッとしてから首を横にふる。

「ううん、やるけど」

「けど?」

「………」

 なのはは耐えているようにも見えた。それが何なのかはクロノには解らない。少しだけ俯いてから顔をあげる。

「はやてちゃんは助けられる?」

 その質問に対して有益な回答はクロノも持ち合わせてはいない。
可能性は限りなく低いだろう。

「助けられる可能性は限りなく低い上、助けられる方法も未知数だ。この後、闇の書の意思は暴走体へと肉体を移行させる。
そうなったらもう手のつけようが無い」

「……」

 なのははじっと敵を見据える、ユーノの言葉を思い出す。高町なのはという人間が踏み入れないはずの世界が今この場にはある。
殺されるかもしれないという実感はベッタリと体を覆う。心臓は激しく動いているのに体の中はヒヤリとした感覚に満ちている。
それでも、なのははグレアムの手助けとばかりに魔力を収束させながら空に上がっていった。

「クーパーは」

クロノがちらりと見る。飛べない豚が一人いる。そして隣にはがたいのいい男が一人。

「…………」「…………」「…………」

…………。

「お前はどうする、ザフィーラ」

 クロノに問われたザフィーラは空を見上げる。上空ではグレアムとなのはが闇の書の意思が戦っている。

「手伝おう」

「…あれだけご主人様理想主義だったのに?」

 すると、クロノのS2Uで小突かれた。

「今は一人でも戦力が欲しい状況なんだ、文句は言うな」

 梅干を食べて酸っぱいのをしかめっ面で我慢する、どこかの大人のような顔でぼやく。

「…解ってますよ」

「という訳で、君はザフィーラの背にでも乗せてもらうといい」

 そう言いながらクロノもまた上空へと上がっていき、グレアムとなのはに加わっていった。
残されたクーパーとザフィーラだが、クーパーは溜息をつきながら上を見上げた。
なのははクロノが参戦した事で3人の位置は大きく変わる。

 グレアムがガードウイング、なのはがセンターガード、そしてクロノがフロントアタッカー。
グレアムもどちらかと言えばセンター向けの人間だ。クロノはガードとセンターの中間向けだが文句を言う暇など何処にも無い。
やらねばならないのだ。こうなってしまった以上もう後ろを振り向いている暇は何処にも無い。

「私達がプログラムと言ったな、スクライア」

 冷たい言葉で返す。

「…言ったね」

 クーパーは3人に対して手を翳し、強化の魔法を重ねがけしていく。

「ならば我等ヴォルケンリッターが主はやてに抱いていたこの感情もプログラムされたものか?」

 その問答に対し手がぴたりと手が止まり、クーパーもやはり顔を顰め答えたくなさそうな顔をする。

「…今は論議する気はないよ。人もプログラムも等しく電気信号で何かを考える存在。これで満足?」

「私も闇の書の意思を相手にした事は無い。こうなった以上、私は主はやてを救いたいと思う」

「…ああ、そう」

「お前もだ」

 投げやりに返した言葉の後の不可解な返答に思わず言葉が止まる。その意味が解りかね虚を突かれたのも確かだ。

「乗るなら早くしろ」

 ムッとしたが、酷く嫌々ながらザフィーラの背を登るとリングバインドで固定される。
格好から言うとザフィーラが赤子を背負っているようだがその赤子は耳元で皮肉った。

「…精精頑張ってもらうよ」

「私が撃墜されるという事はお前も落ちるという事だ」

 一理あるような無いような、考える間もなくザフィーラは宙に上がる。クーパーが未だ見ぬ戦場へと上がった。
空気の質が地上とは異なる。初めての空戦だ。

 海鳴の街を下に空の戦場で戦う者達の舞台を成る程、と実感してしまう。
足が地につかず高さもある戦場に、体は強張る。そして何よりもの原因は敵にある。闇の書の意思はその圧倒的な力を以って、
クロノ、グレアム、なのはを圧倒している。グレアムが一線を久しいがエースクラスにタイマンを張れる実力を持っているのだ。

腐ってもそこらの空戦魔導師では敵わないだろう。だというのに、未だ闇の書の意思は涼しげな顔をしている。
あの顔に苦渋が刻まれ悪戦になる事などあるのだろうか。丁度グレアムとなのはが威嚇の射撃を放ちながら
闇の書と距離を取りながら陣形を組みなおす。

”遅いぞ、そこの2人”

 クロノからの念話が入り、相槌を挟みながらも皆油断無く敵を見据える。
闇の書の意思を囲うように最前衛がクロノ、グレアム、なのは、そして最後衛がザフィーラと背負われるクーパー。

”まずは奴を無人世界へ転移させる。3人で動きを止め拘束して転送だ。転送はザフィーラにクーパー。頼んだぞ。”

”クロノ君、なんで転移するの?”

”あれを潰す兵器は君の世界で言う核兵器の何倍も危険だって事さ。提督もよろしいですね。”

”問題ない。”

 会議は終わった。クロノへと突っ込んでくる闇の書の意思に各々が動く。クロノは逃げなかった。
真正面からS2Uで拳を受け近接を担い拮抗しあうとクロノは顔を歪める。生憎と闇の書の意思はそのままだ。
すかさず、なのはと、グレアムが急襲する。リングバインドが瞬時に闇の書の意思を縛り付ける。

”ザフィーラッ!!”

 瞬時に念話が飛ぶ、ザフィーラも転送魔法を発動しようとしたが、次の手は闇の書の意思の方が速かった。
闇の書の闇はスフィアを展開させると同時にスフィアで大量の射撃を360度無数に放った。
その数や数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程の拡散射撃に各々がシールドで防ぐ。

 クロノも辛うじて防いでいた。闇の書の意思は直ぐにリングバインドを破壊してしまう。

 すかさずクロノへと砲撃の手を伸ばしてくる。盾と衝突し、すかさず意識は残り2人に向けられる。
無数のスフィアが生み出されると共に、直線の射撃が2人に向かい降り注ぐ。やはりシールドで防いでしまう。
すかさず3人が射撃なり誘導弾なりで反撃を開始するも闇の書の意思は水を泳ぐ魚のように動きするりするりと避けていく。

 クーパーはザフィーラの背に乗ったまま闇の書の意思を見やりながら、ぼそりと呟いた。

「…捉えられると思うか? あれ」

「難しいな、バインドをしかけるにしても結界で封じるにしても、先が読めん」

だよねぇ、という言葉が胸に広がる。何にしても相手を捕らえなければ意味が無い。転送しなければ始まらないのだ。
転送を行うにしても最低限の数秒は欲しい。動いたままだと確実にズレが生じ失敗とみなしていいだろう。
相変らず前衛達と戦いを繰り広げる様をつめながらクーパーは再度呟く。

「…前衛が抑えたら僕達もバインドと領域結界で押さえ込む。転送は2人同時で出たとこ勝負ってのは?」

「乗らせてもらおう」

「…高い一口だよ」

「もう乗っているだろう、スクライア」

 お話はそこまでだ。餓鬼を背負うザフィーラが動いた。やや遠目に、緩やかに前衛達が戦う舞台を窺う。
本音を言えば援護といきたいところだが、巻き込まれるか今は邪魔にしかならない。それを顕著に表すように、
クロノが忙しく闇の書の意思の周囲を動き回る。相手と、なのはとグレアムを見ながら状況を常に把握する。

 まだ戦いが始まって然程の時間も経っていないというのに、浮かぶのは微小なる焦りと苦悶、
それを隠そうともせずクロノは動き戦い続ける。真正面から脇へ加速で抜けるとスティンガーブレイドを叩き込むも
シールドで防がれる。

 ちらりと様子を窺えば、グレアムが急接近しなのはは砲撃のチャージを開始していた。連携は悪くない。
咄嗟に離脱する。入れ替わりにグレアムが突っ込みデュランダルがシールドを叩く。闇の書の意思は気づいた。
シールドに亀裂が入った事に。にやりと笑みも残さずに離脱する。そこを、距離を置きエグゼリオを構えたなのはが構えていた。

緑の玉が桃色の魔力を収束させ闇の書の意思を睨みつける。ここを逃す訳にはいかない。

「全力……ッ!!!」

 闇の書の意思は無表情のままなのはを見た。が、盾を掻き消しなのはに向かい手を突き出す。
スフィアを形成し迎撃態勢を見せる。そして、

”撃て”

 なのはに念話が届く。送り主は闇の書の意思。相も変わらぬ表情でなのはに告げる。

”撃て、お前の砲撃が無意味だと言う事を教えてやる。”

 大した余裕だ。スフィアは収束反応すら見せていない。脳裏に浮かぶのはアリアが砲撃で押し負ける姿。
なのはの本能は言う。あの2門砲撃を叩き込まれようとも自分の砲撃は負けないと。
こちらには向こうには無いカートリッジもある。今は全弾装填済み。パワーバトルになろうとも押し負ける道理は無い。

 断じて。砲撃魔導師としての意地がある。相手が一体何をするつもりなのか知らないが、そう安々と負けてたまるものか。
そして何よりも信じるべきは自身は今一人ではないという事だ。この状況とはいえ、グレアムとザフィーラもいる。
クロノとクーパーもいる。負けるつもりも無いが、闇の書の意思はシールドを解除してみせた。

 その他面子も目を見開いた。

「馬鹿な」

「なのはのディバインバスターをシールドも無しに受ける気か」」

 常軌を逸している。威力を考えればまともな頭では考えられない事だが、あえてなのははその挑発に乗る。

「全開……ッ」

 収束が完了した魔力を解き放つ為にトリガーワードを口にする。はやてを助けんが為、自分の為に。

「ディイバインッ!!!」

『Buster!』

 エグゼリオからの砲撃の手が伸びる、すかさずボルトアクションが一回、二回、三回と
動き空薬莢を飛ばしていく。魔力の増幅により力を増した砲撃は水を得た魚の如く、一目散に闇の書の意思に突撃していく。
これを何も無しで受けるというのか? クーパーは目を疑った。ありえない、と思いながらも闇の書の意思は砲撃に飲み込まれる。

 誰もがその一撃を見守った。砲撃が続くが闇の書の意思が動く気配は見られない。誰もが胸の中で呟く。魔力反応は健在。
逃げてもいない。10カウントの長い砲撃だった。桃色の牙がゆるりと姿を消した時。誰もが疑いたくなるような光景だった。
闇の書の意思は不動に立ち尽くしたまま、なのはを無表情に見ている。その有様はこう言うのだ。

無傷、と。

”言った筈だ。矮小なお前達の力など無力だと。そして思い知れ。絶望と己の無力さを”

 なのはは目を疑った。無傷? 先の一撃は少なくとも全力の筈だった。それを受けて尚も不動に立っていられるものか。
己の自身が瓦解しそうになる。それでも歯を食いしばった。以前のなのはならばここで終わりだが、
生憎、今の高町なのはは諦めが悪い。

「まだ……まだいけるよ」

 カートリッジのボルトアクションが静かに動き出す。絶望という名の水を浴びながら、どこまで戦えるものか。
そんななのはとは裏腹に、ありえないと相変らずおんぶ抱っこのクーパーは歯噛みする。いくら闇の書の意思が強大であろうとも
なのはの砲撃を受けてダメージゼロでいるという事は信じられなかった。いや、信じたくなかった。ザフィーラに囁く。

「…闇の書の意思は何かあるのか」

「解らん。だが特別な魔力反応も何も無い」

 どちらにしろ嫌な話だ、砲撃魔導師の一撃必殺が効かなかったのだ。やはりアルカンシェルしかないか。どちらにせよ
この世界でぶっ放すわけにはいかない。直径数百キロが吹き飛ぶ危険兵器に容易にゴーサインは出したくは無い。
せめて、無人世界に飛ばしてからにしたい。それが本音だ。現状は何一つとして変わってはいない。

 あえて言うなならばなのはの砲撃がきかないというのが解ったぐらいか。クーパーは苛立ちと共にたずねる。

「…いい策は?」

「無い、私よりも執務官に聞いたほうがいいだろう。先も言ったが私とて闇の書の意思を相手にするのは初めてだ」

「…現状は」

「変わらず拘束して転送だろう。それしかあるまい」

 了解代わりに舌打ち一つ、飛行魔法を習得しておけばよかった、という後悔はもはや遅い。
闇の書の意思が、再び動き出す。一番手、とばかりに先制したのはクロノだ。
フロントアタッカーを担う以上その役割を果たすべく魔法を展開しながら接近しS2Uでブッ叩く。

 なのはは収束を開始していた。あの気配はスターライトブレイカーだろうか、それを悟ったクロノだが、
その一瞬の隙を突かれる。拳がS2Uの脇を擦り抜け胸倉を掴まれるとぶん投げられ即座に射撃の連打、
シールドを張る暇も無く無抵抗に受ける。

「クロノ!」

 グレアムの声が再度あがるが、次の手は最後衛よりザフィーラwithクーパー。
2人して手を伸ばし観音のような姿を見せる中、ミッドチルダとベルカ、それぞれ異なった魔法を発動させる。
クーパーが闇の書の意思周辺に足場代わりの魔法を発動させるや否や、ザフィーラの鋼の軛が足場から飛び出す。

「てえええええええあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 咆哮が夜空を迸るも、闇の書の意思はお前の手は知っていて当然だ、とばかりに似たような魔法を発動させる。
自身を中心無数のダガーを展開させると、それが不動の牙となり突き進んできた鋼の軛達を噛み砕いた。

「…まだだ!!」

「応!」

 後衛組の手は止まらない未だ健在する足場の魔法からブラウンのチェーンバインドが伸び闇の書の意思の腕をそれぞれ捕らえた。
その上、先程なのはを守った三角形のベルカ式の結界が闇の書の意思を包む。クーパーとザフィーラ。
2人の脳裏にある言葉がかかる。リーチ、と。この時を逃してはならない。すかさず頭の中で転送魔法を組んだ瞬間、

「邪魔だ」

闇の書の意思は体につく水滴を払うように、バインドと結界をいとも簡単に破壊してしまう。
ブラウンの鎖、三角形の結界は微塵と化す。一秒も持たなかった。

「なッ?!」

「…糞!」

 流石のザフィーラも驚愕に顔を歪め、クーパーも苦虫を噛んだ。恐らく相手はまだ本気では無い。
だとしたら拘束など意味はあるのか。濁流を止める術など往生する人間にはない。せめて、せめて3秒の拘束時間が欲しかった。
何故ならば、

「お前も消えろ、盾の守護獣」

2人に向けて砲撃を放とうとしてくる。回避か、盾か。2人は迷ったが所詮クーパーには移動手段が無い以上、
決めるのはザフィーラだ。盾の守護者、回避はせず。盾を構築する。クーパーもそれに倣い盾をつくる。

”グレアム、執務官、この隙を狙え!”

”了解した。” ”解った。”

 2人が了承すると共に、砲撃の手が一直線に盾コンビに向かい伸びてくる。
全員の予想を闇の書の意思は上回った。とことん破格すぎる敵である。砲撃は着弾するも、
砲撃の軌道はグレアム、なのは、そしてクロノに変更される。害虫駆除、とばかりになぎ払いが3人を襲った。
咄嗟にクーパーが盾を生み出し3人を庇い、大事にはならなかったがノーダメージという訳にはいかない。
続けて闇の書の意思はスフィアを生み出し、

「またか?!」

「またあれ!?」

「く!!」

「冗談ではないッ!!」

「…どぎつい」

 スフィアから、全方位のランダム拡散射撃が一斉に行われる。それも一度にとどまらず、
闇の書の意思自身が動きながら無造作に射撃を散らかしていく。相手が動くと解りながらも
盾を張らねばならないこの状況に誰もが歯噛みした、そして闇の書の意思はなのはの元へ。

「提督!」

「了解だ」

 2人がすかさず射撃と砲撃、誘導弾を展開するもすいすいと避けられる。
なのはは、未だチャージをしていたがあえてそれを解き放った。次は押し通すという自負があった。
これが負けるなら次はアレに賭けるしかない。ト

リガーワードを放つよりも先にボルトアクションのカートリッジをリロード。

「ディバイン……!!!」

 闇の書の意思の手がなのはへと伸びる。それよりも早く。なのはの一撃必殺凶悪無比な魔法が発動する。
がつんと、エグゼリオの中で撃鉄は振り下ろされていた。

「バスターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

 極大の収束砲撃魔法が伸び、闇の書の意思は桃色の津波の中に姿を消した。それを見つめながらも一息をつく者はいない。

「…ザフィーラ」

「手は尽くす、油断はすまい」

2人はなのはに向かい手を翳す。もしもまた無傷ならば?そんな嫌な予感を危惧しながら桃色の砲撃を見つめる。
中の様子はわからない、が。見つめる2人は咄嗟になのはが慌てる仕草に気づく。こうなれば、もう後悔も糞も無い。

「ザフィーラァッ!!」

「てええええええおあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 返事も糞も無い、ザフィーラの結界とクーパーの結界がなのはを包み込むと同時に、
砲撃の中を進んできたのか、闇の書の意思の手が飛び出して結界を叩いた。

「…クロノ!」

「言われなくても解ってる!!」

 すかさずクロノと提督の誘導弾が蜂の群れのように砲撃の中の襲い掛かり、すかさず砲撃を放とうとしたが、
相手のほうが速かった。未だ砲撃の中にもかかわらず、皆が毛嫌いするスフィアからの拡散射撃を放すとグレアム、
ザフィーラに直撃、クロノは運よく当たらなかったが砲撃の中から飛び出してきた闇の書の意思は、

 両手でそれぞれ2門の砲撃用意をすると誰を狙うでもなく、全ての希望を刈り取るが如く砲撃を発射し周囲をなぎ払った。

「あぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

 今の叫び声も誰のものかはわからない。未だ致命傷一つ与えられず闇の書の意思は何一つ問題は無しとする。
敵は相変らず4人、落ちたりシールドを張ったりするのを眺めていた。そして動く。

「…飛行訓練、すればよかった」

「すまん、助かった」

 射撃、そして砲撃にも飲まれたザフィーラはクーパーの作った足場の展開に助けられた。流石にこの程度で
グロッキーになる盾の守護獣でもないが、それでもノーダメージという訳ではない。なんとか足場の上で立ち上がると様子を窺う。
他の面子もシールドを張りつつ何とか耐えたようだが闇の書の意思が動いている。目標は、なのはだ。

 見るからにまだ態勢を取り戻せていない、バインドやクーパーの小便小僧のような射撃では無意味だ。苦虫を押し潰す。

「…突っ込めザフィーラッ!!」

「何をするつもりだ!」

クーパーの手がザフィーラの肩を叩いた。

「…いいから!」

「知らんぞ!」

 なのはへと突き進む闇の書に向かってザフィーラが特攻する。途中、クーパーも覚悟を決めた。
なんでこう死ぬ死なないの問題ばかり直面してるのか、嫌になる。PT事件もそうだった。
あの金髪に絡まらなければ良かったのにと嫌な事ばかり考える。それでも体は止まらない。

 歯を食い縛る。ザフィーラの体と縛り付けてあったバインドをブレイクで解除すると目標を見据える。
心臓が激しく動き乱れている。落ちれば死ぬ失敗しても死ぬ。なんでこんな怖い想いしてまでと思うがもう止まらない。

 自分で顔を突っ込んでおきながら、というのは事件後に思い出す。今は、頭の中が真っ白だった。
闇の書の意思に近づいたザフィーラの背で、クーパーは動いた。両足でザフィーラの背を、
一回二回と蹴って跳躍する。なのはと、闇の書の意思へと飛び込むように割って入った。

「邪魔だ」

 拳が振るわれると共にクーパーは足場と盾を構成する。すかさずチェーンバインドを飛ばし拘束する邪魔とばかりに体を動かすと鎖は泥のように吹き飛び、今一度拳が振りかぶられた。
次が来る。

「邪魔だと言っている」

「……っ」

 自信なんかあってないようなものだ、なのはの砲撃も問題としない相手なのだ。それでも、
クーパーとて結界師もどきとしての自負がある、兄から、そして自分が培ってきた
薄っぺらなプライドというものがある。その盾が砕かれると解っていたとしても使わない訳にはいかない。

それが、意地だ。拳が来る。硬く握り締められたそれは緩やかな動きに見えた瞬間、クーパーの盾と衝突していた。

「…く…そ!」

薄い鉄板をハンマーで殴るように、一撃を貰っただけでぐにゃりと歪んだ。自負は自信はどこへ言った?
憎たらしいまでに強い相手に歯噛みせずにえない。嫉妬するほどの強さを持つ相手に腹が立つ。

「スクライア!!」 「クーパー君!!」

 なのはの誘導弾とクーパーの盾越しに鋼の軛が襲い掛かる。咄嗟に闇の書の意思も身を引くと、
手を掲げ再びスフィアを作り出した。

「また?!」

「…なのはさん砲撃を!」

 クーパーが広域結界を作り3人まとめて防ごうとする。なのはが迷ったのは一瞬だ。
直ぐにエグゼリオを構えディバインバスターの用意をする。

「絶対諦めない!」

「…ザフィーラ!!」

 拡散射撃が無差別に降り注ぐ、クーパーの広域結界が防ぎきると共になのはは砲撃を展開。
桃色の衝撃が迸ると共にザフィーラも構えた。来る、桃色の砲撃の中から飛び出した来た闇の書の意思に対して
鋼の軛の楔を叩き込むも全て砕かれる。だが、それももうお見通しだ。

 クーパーがリングバインド、チェーンバインドと連続して叩き込む。
その上、クロノとグレアムもそれぞれバインドを叩き込みチャンスができた。
転送するならば、今しかない。ザフィーラの頭の中で構築式が一瞬にして組まれ用意していた無人世界へと飛ばそうとした瞬間。

第97管理外世界から闇の書の意思は姿を消さず、近かった3人には、粉塵爆発に似た爆発が連続して襲い掛かかってくる。
後一手が及ばない、後一手及べば転送できるものを、悔しい限りだ。3人は吹き飛び、直ぐになのはとザフィーラは
飛行で安定を取るもクーパーは自由落下を続ける。

「あの、馬鹿……ッ」

 まだ距離があったクロノは足場と結界を生じさせ落下を中断させる。その間も待ってくれる闇の書の意思ではない、
クーパーは死んで腐った魚のようにぴくりとも動かなかった。なのはとザフィーラに射撃を加えてくる、
グレアムが応戦とばかりに射撃を加えた後、近接に入り魔力付加するデュランダルで切り結ぶ。

 闇の書も手に魔力刃を生み出して対抗する。クロノはクーパーに気を使いながらも、闇の書の意思への手を休めない。
誘導弾を立続けに送り込み、グレアムの邪魔にならない攻撃をつづける。その隙に、ザフィーラがクーパーに近寄った。

「生きてるか、スクライア」

「…ば、爆発の後鳩尾にひ、ひざがきいた……」

 抑えきれず嘔吐とすると共に吐血まじりの胃液を落とし、足場にびちゃりとかかった。不規則な呼吸を繰り返した後、
ぐったりとしながらも再びザフィーラの背に登る。直ぐにバインドで固定される。

「無茶のしすぎだ」

 青くした顔色の中、唾を飲み込んでから再び吐き出して死に掛けの虫のように喘ぐ。

「…ああでもしなきゃなのはさんが」

「私もいたのだ、お前一人のどうこうの話でもあるまい」

 それ以上、クーパーは返事をしなかった。自信に回復魔法をかけながら体を戻す事に専念する。
敵は、再び3人と立ち回りながら砲撃をぶっ放したり、射撃をわんさか放っていた。数秒の停止すら叶わないのが、
もどかしくてならない。数でなんとか対抗しているもののそれ以上の前進が望めず、また後退の可能性が高い。

「…いい加減、転送だけでも済ませないと」

 ザフィーラの背でゾンビになっていたクーパーが早くも動き出す。再度強化魔法を各々にかけていた。
そんな中、闇の書の意思は若干距離をとると全展開のシールドを張った。対峙するもの達は
油断無く見ていると、闇の書の意思は魔力の収束を始める。危険な匂いが漂う中ザフィーラが一番最初に勘付いた。

「いかん! フレースヴェルグだッ!!」

「…? フレース…?」

クーパーは知る由も無かったが、直ぐに念話が全員に飛ぶ。

”ベルカの広域殲滅魔法だ、直撃ならただでは済まんぞ!”

「な…ッ」

「…この近距離で広域殲滅ってその為のシールド……?!」

 歯噛みする。

「敵わんな」

広域殲滅の意味を知るクロノとクーパー、グレアムは嫌そうに毒を吐く。そして、
広域殲滅を知らぬなのははエグゼリオを構える。

「なら、こっちもスターライトブレイカーで」

とのたまうがそんなどころの話ではない。

「規模が違いすぎる、全員転送で逃げるぞ」

 ザフィーラの言葉に各々が集まり逃げようとした時、状況の厄介さに輪がかかった。
アースラから緊急の警告アラームが入り、エイミィの慌てた声が飛び込んできた。
その声は動転している、といっても間違いではないだろう。幸いだったのが相手のチャージが長いことだろうか。

「たったったたた!!大変だよ!!  一般人の人が結界内に紛れ込んじゃってる!!」

 その言葉に、一同の顔が嫌そうに歪んだ。何も、こんな時に発見しなくてもいいだろうに。
クロノ、なのは、グレアム、ザフィーラ、クーパー、それぞれが不満が出る。
闇の書の意思はまだチャージをつづけているが、そう長い間は待ってくれないだろう。

 結界があるから街が吹き飛ぶ事は無いが、結界内にいる人間は致命的だ。アースラから結界内に
入ってしまった人達の映像のポイントと映像が来ると共になのはが声をあげた。

「アリサちゃんにすずかちゃん?!」

「なのはの知り合いか」

「友達だよクロノ君。私、助けに行ってくる! 」

 と言いながら飛び出そうとしたなのはを、クーパーがバインドで固める。
突然の拘束になのはは身を固める。やれやれとクーパーはため息をつく。

「…ストップです、エイミィさん前衛3人を一時結界外に転送をお願いします」

「クーパー君?!」

 見捨てる気か、流石のなのはもクーパーを睨みつけるも、本人は手で抑える。

「…僕とザフィーラで行きます。なのはさん達は一時退避を」

「私も行くよ!」

 クーパーの言葉も聞かず、なのはは頑なだ。2人は僅かににらみ合うがそんな時間は全く無い。
クロノがS2Uで制した。

「1人も2人も危険すぎる。エイミィ、そっちで回収は?」

『う…ごめん。回収に行くのとこっちで回収するの、どっちもコンマ数秒の差でしかないみたい』

「…なら行きます、ザフィーラ」

「了解した」

「私も行くって……!」

「僕も了解してないんだが」

「…今なのはさんがいなくなったら、闇の書の意思の相手をするのがより困難になります。それから、
誰かが行かなかったらなのはさんは納得しないでしょう? クロノ執務官」

「君達がいなくなっても同じだ」

 クロノがやれやれと呟く。結局、戦力が削れて惜しい事には変わりない。
一瞥も無くクーパーがザフィーラの背を叩き、馬、もとい守護獣は加速した。
それをさっさと見切りクロノは闇の書の意思を見る。もう直ぐにでも発射しそうだ。

『…ごめんね、転送するよ、クロノ君』

「頼む」

 エイミィが結界外への転送を開始する。あまり納得していないなのはは、ただただ祈るばかり。
3人は海鳴上空から、海鳴の海上へと逃れる。長いチャージだけが天からの蜘蛛の糸だった。





「大丈夫かなぁ」

海鳴海上。

 なのはは、気が気でなかった。追い討ちをかけるようにアースラからフレースヴェルグ発射のコールがかかる。
すずかアリサに後少しという所でカウントが始まってしまう。果たして、あの2人は間に合うのか、
あの2人は助かるのか。

...5

「………ッ」

何もかももどかしかった。自分に力が無いのが悔しい限りだ。

...4

...3

...2

...1...

 IMPACT! アースラからのカウントが終了すると共に、結界内ではありえない衝撃波が入乱れていた。
魔導師でない一般人がいたならば間違いなく即死だろう。魔導師とて無事であるか危うい。
すずかとアリサはどうなったのか、なのははアースラに確認を取ろうとエイミィに声をかけるが反応が無かった。

 クロノを見ると、首を横に振られる。死んだ…ではなく、理由はわからないと言う事らしい。後々になれば
理由や生存の有無も解るだろう。クーパー達に連絡を入れても同様に繋がらなかった。もしもの自体になったか、それとも。

「考えている暇は無さそうだな、クロノ」

 グレアムの言葉に反応する。ベルカの転送反応が来ると共に姿を見せた闇の書の意思。
これがザフィーラならばどんなに良かったか。そう思いながらも、各々がデバイスを構える。

「守護獣と片目の子は逝ったか」

 その言葉に反論出来る者はいない。応答も無く、そして姿も見せず、魔力反応の感知も今はできない。
アースラとの連絡もつかないとあっては、今答えられるのはわからないと言う事だけだ。
街を見つめていた目はふっと落ちる。

「それでいい」

大したお言葉だ。振り払うべく、なのはエグゼリオを大きく振りかぶってから構える。

「まだ決まったわけじゃないよ、勝手に2人を殺さないで!」

「そうだな」

 そうだった、とばかりに闇の書の意思は拳を強く握り締める。そして、唇に小さな笑みを浮べる。

 もはや3対1。相手には悠然と佇むその姿は圧倒的な力量が窺える。少なくとも5対1でも圧倒してきたのだ。
エース? ストライカー? そんなもの例外無く破壊し抹殺し尽くす悪魔がいる。その顔に映るものは何も無い。
怒りも、憎しみも、悲しみも、殺す事での喜びも、能面のような顔のまま相手を見やり、そして見切り殺してしまう。

 リーゼアリアしかりリーゼロッテしかり。圧倒的な力を持った存在に出会った時、人は何を浮べるのか?
 喜んで手を取る馬鹿はいない。悲しんで泣き出す馬鹿もいやしない。あるのはただ一つ、恐怖だ。
安い話、親に暴力を振られる子供と同じ。抵抗する事も敵わずできる事といえば身を竦ませるのみ。

 相手が許してくれるのを待つしか能が無いただの雑魚に成り下がる。それが人だ。が、生憎と高町なのはは違った。首を横に振る。

「違う」

「?」

なのはが否定する。

「違うよ」

「ならば何故お前は戦う」

「私は、私自身の為に。…それから、はやてちゃんの為に」

「主はお前達の死が望みだ。お前の要望など迷惑なだけだ」

「それなら、はやてちゃんと話をさせて」

「……主はこの世界に絶望し、家族も自分も平和もこの世界も、何もかも要らないと言われた。
そして自分自身の意思で眠りについてる。お前との対話も不要だ」

「貴女ははやてちゃんじゃないでしょう? 貴女の意見を、はやてちゃんの言葉にしないで」

「くどい、誰も彼も利己的な人間だからこそ主はやてはこの世界に消滅を望んだのだ。
お前も、騎士達も、その他大勢もだ。全て消えてしまえと仰せだった。白き魔導師。お前は主はやての何が解るという?」

「それは解らないよ。 だって、私は八神はやてじゃないもん。私は高町なのはだもの。
それにどんなことだって諦めたらそこで終わりだけど、諦めないで手を伸ばしたら可能性はいくらでもあるんだよ。
助かる術があるかもしれない、それにはやてちゃんの絶望だって覆せるかもしれないんだよ?」

「私という存在を知っての発言か。それに、何故それを主はやてに直接言わなかった」

「私は神様なんかじゃないし、先が読める凄い人でも無い失敗ばかりただの女の子だもの。
何故と言われても言える機会が無かった言える場面でもなかった、それに今を過去の私が知っているなら絶対に言ってる。
あなたはどうして絶望してるはやてちゃんを説得しようと思わなかったの? 絶対…、
はやてちゃんは絶望してなかったら、こんな状況望んでなんかいないよ」

 その言葉に闇の書の意思の意思は目を細め、そっと目を閉じる。僅かな思案が間を挟んだ。

「そうかもしれないな」

「なら……」

 説得を、と言おうとしたがそれも敵わず。開かれた瞳は真っ直ぐになのはを見ながらも、拒絶の意思が宿っていた。
初めて感情を垣間見せる。

「だが、もう無理だ。闇の書の頁が埋まり私が起動した時点で狂っている防衛プログラムも、
遅かれ早かれ発動する。時間の問題だ。主には静かな眠りの内に終わりを向かわせたいと私は願う。
絶望に打ちひしがれて尚死と直面させたくはない」

「…はやてちゃんを救う方法は無いの?」

「あるかもしれないし無いかもしれない。…それでも、私は主を起こす気は無い」

「それじゃあはやてちゃんは…っ」

「これまで幾度と無く主の死を見つめてきた。それと、同じ事だ。闇の書の暴走は誰にも止められない。私にも、お前にも」

 餓鬼だから、理由を知らないから、主が大切だから、顔を突っ込むな、知った振りをしているだけだから。
そんな理由、もう沢山だ。聞き飽きた。なのはは残っていたカートリッジを全てリロードすると
空になったマガジンを外し新たマガジンをはめこむ。話を聞かない人間には強硬手段を用いて聞いてもらう以外道は無い。

古来より人はそうしてきた。勝ったものこそが全てなのだ。どう言おうが弱者の言葉なぞ無碍にされてしまう。だから、
エグゼリオを構え闇の書の意思を睨みつける。

「お話は、何が何でも聞いてもらうよ」

「…白き魔導師、お前は何故そこまで私に立ち向かう?」

さらに二発、カートリッジリロードされボルトアクションが二回動いた。緑のコアが点滅した。装填の煙が掻き消える。

「友達は、見捨てないよ」




【Crybaby Classic of TheA's14】




 人は、神に勝てるのか。天に届く建物に挑み目的も叶わなかったバベルの塔。空を目指し、蝋の翼を焼かれ
海に落ちたイカロス。彼は低く飛ぼうと言った相方の言葉を忘れ空に挑んだ。そして海へと落ちていった。
人が挑戦するのはいつの世も変わらない。神か、はたまた悪魔か。

 ロストロギアという名の傍迷惑な存在に自分の死に様を晒し海に落ちるものか、言葉を捜し続けなのはは肌が粟立つのが解った。
対峙する相手はあまりにも強大。戦いながら恐怖を覚えたのも初めてだった。全力全開でなんとかなる。
その考えを一蹴した相手でもある。スターライトブレイカーを使うべきか、否か。その僅かな迷いを振り切れない。

ディバインバスターでも抑えられなかった相手だ。もしもという言葉が胸に残る。

”クロノ、高町なのは君。”

 提督の念話が走った。その間にも闇の書の意思は動き3人は散り散りに動き出す。射撃、砲撃を展開しながら動き回る。

”もう一度、氷結魔法で動きを封じる。その間に転送しよう。”

”しかし。”

 氷と共に砕け散ったリーゼロッテを思い出す。提督にも砕けろというのか。その疑問を一笑に付される。

 ”ロッテは魔力を永続させる為にああしただけだ。自殺をするつもりはないさ。
氷結魔法ならば数秒であろうとも抑えられる。どうだ?”

”いいでしょう。聞いての通りだ、なのは。時間を稼ぐぞ。”

”了解だよ、クロノ君。”

 クロノとなのはが両サイドから闇の書の意思回り込むように動く。同時に、誘導弾を展開し次々と送り込んでいく。
2人は動きを止めない。1匹の足長蜂に殺到し群がっていく蜜蜂の如く送り込む、流石の闇の書の意思も動いた。
シールドを構築すると両手を広げて砲撃準備に入る。それを見ながらなのはとクロノも次の手を放つ。

2人は更にスフィアを作ると連続射撃の用意をする。鬱陶しい誘導弾を消し飛ばす砲撃が来る、
紙一重に避けるや否や2人は射撃を放つ、闇の書の意思はシールドでそれを受ける。

”準備完了だ。”

 来たか、デュランダルを手に氷結魔法の準備を完了させたグレアムの念話が入る。2人とも距離は取れている。
このまま押し切ると思ったが、闇の書の意思がシールドを解き誘導弾の群れの中を飛び出しクロノに高速で接近する。
こんな時にと歯噛みする。回避運動を取るもしつこく追って来た。これでは凍結魔法が撃てない。

”撃って下さい、提督!”

”無茶を言うな! 君ごと撃てると思っているのか!!”

”構いません。”

 グレアムは躊躇する。脳裏をよぎるクライドの最後だった。息子と同じく、やって下さいと彼も言った。
胸は締め付けられ判断は鈍る。クライドとクロノ、2人とも自らの手で殺めろというのか?
またグレアムは苦しみを植えつけられねばならないのか? 諦めるのは簡単だが、

 今の状況はまだ手を折るには早いとグレアムは撃たなかった。氷結魔法を待機に入らせると自らも動く。
そうこうしている間にも、闇の書の意思はクロノに間合いを詰め拳を振りかざし、S2Uが受けるも拳は止まらない。
なのはが射撃を撃ちたくとも、動きながら絡む二人で撃つに撃てない。

拳を連続して叩き込まれた上片手がS2Uを握りもう片手が突きつけられる。

「消えろ、矮小なる人間」

「……ッ!!」

 砲撃が零距離で叩き込まれる。先のヴィータ同様自分の獲物を離そうとしないクロノ。
その苦痛がなのはとグレアムの胸に突き刺さる上、

”…提督”

 砲撃にさらされながらも尚念話を送ってくるクロノに、グレアムはやりきれなかった。S2Uから手を離してくれるだけでいい、
そうすれば氷結魔法も放てるだろうが、そうしろと言えぬ辺りは魔導師だろうか。闇の書の意思の砲撃が途絶えた時。

 クロノの体はゆっくりと落下する。何かが、グレアムの耳朶を打つ。なのはの声だったかもしれないがうまく聞き取れなかった。
その落下するクロノの体を、闇の書の意思はチェーンバインドを伸ばして落下を止め、不規則な射撃を連続して叩き込んでゆく。
射撃が命中する度に人形のように体が動いていた。悲鳴に近く、やめてと叫んだなのはが砲撃を展開し放つ。

 闇の書の意思は何の問題も無く盾を展開すると防いで見せた。そして、チェーンバインドは断ち切る。

「言った筈だ。お前達にくれてやるのは」

落ちるクロノ、そこに駄目押しとばかりに

「絶望だと」

 砲撃が叩き込まれクロノの体は海面に叩きつけられた。

「む……?」

 闇の書の意思は違和感を感じた。砲撃であの子供をかき消すつもりだったが死んでいない。
クロノは藻屑のように海に漂っている。手応えも妙だった、海面に目を向けると相変らずプカプカと浮いているだけだ。
消えていない。死んでいない。

”……撃てぇッ!!”

遠くから念話が聞こえ、闇の書の意思は初めて違和感に捕まった。

「なんで……」

 頬を濡らすなのははエグゼリオを構えたまま、自分の魔力を収束してはカートリッジロードを重ねていく。
ディバインバスターの領域を超え尚も収束を重ねる。胸の内は言う。受けてみろ、これが私の一撃必殺だ。
何者も屠る全力全開、受けてみろ、この憎しみと途絶える事の無い激情と共に。

 闇の書の意思をにらみつけたまま、なのははエグゼリオの限界を見る。ストレージとしての出力に耐え切れない有様に苦悶する。
それでも、今は後回した。

「スターライト……ッ、」

 闇の書の意思の体がグレアムのリングバインドが拘束する。一瞬の停滞の後、
拘束具を砕いた時にはなのはの撃鉄は振り下ろされていた。

「ブレイカーーーーーーーーーーーーーアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 半ば絶叫に近い中なのはの一撃が迸った。突撃する桃色を前に盾を張るが
問答無用に打ち砕き闇の書の意思を飲み込む。クロノも、リーゼ姉妹も、
あそこまでされる必要があったのか。否、断じて否となのはは否定する。

 人は優しいのに、憤りを棄てれば皆仲良くなれるのにと胸の内が慟哭を掲げる。人は何故戦う? 
常に付き纏う"己"という言葉。自分、自分、自分、誰かの為などという言葉は存在しない。
戦争は、もとい戦いは常に曖昧だ。戦いが終結しても嫌な後味を残し、大きな傷痕を残す。

 それが恨みか、悲しみかは別にして常に誰も彼も己が大事でしかない。どう考えても己に立ち返ってしまう。
それが、なのはは酷く嫌った。

 自分自身がそうであるように。肩で息をしながら射撃が途絶えた時、桃色の中から姿を見せた闇の書の意思は健在だった。
ただし、今までと違い顔は強張りダメージが窺える。それでもまだ抑えるには至らない、
なのははバインドをしかけようとしたが砲撃の返しが見舞われる。

紙一重に猛威を避けるが、スターライトブレイカー直後で体がいつものようには動かない、体のバランスが崩れた。
連続した射撃がクロノと同じく叩き込まれるもなのはは意識を手放さない。こんなところで、負けたくなかった。
そして、注視していた闇の書の意思の姿突然消え失せた。

「て…違うッ!!」

 なのはは虚を突かれ転送魔法、と言いそうになったが反応が無さ過ぎる。グレアムも同様で咄嗟に気配を巡らすと、
いた。直ぐ近くに。ミラージュハイドの違和感に射撃で迎え撃つ、空間を湾曲させながら姿を見せた闇の書の意思は手に
魔力刃を纏わせグレアムに迫った。

「消えたのはオプティックハイドか……?!」

 デュランダルで刃を受ける。いつ切り替わったのか、そしていつから幻影を見せていたのかは解らないが、
今目の前に敵が居る事だけは確かだ。距離を作ろうと逃げながら戦うグレアムに対して押し通そうとする闇の書の意思は、
見切ったとばかりに腕を振り切り、高々と魔力刃を天に掲げた。同時に、グレアムの右腕も肩から切断され宙を舞う。

 血が飛び散る。幸いにもデュランダルは左手が握る。

「……ッ!!」

 落ちる腕、なのはは誘導弾を一発だけ闇の書の意思へと送り込む。
近接する2人に射撃や無数の誘導弾を撃つ自信はなかった。たった一発に集中する。

 蝿のように纏いながら邪魔をすると闇の書の意思もなのはに向け射撃を放つ、
そこでグレアムがようやく逃げられた。なのはは、射撃を回避しつつ突っ込んでいく。

「エグゼリオカートリッジロード!」

 立続けに射撃を加えながら接敵機動を取る。これ以上、グレアムに被害を及ぼす訳にはいかない。
ぎりぎりの範囲まで近づくと砲撃をかまして動き続ける。闇の書の意思もグレアムを一瞥し、なのはに対して動いてくる。
そして、近づいてくるもう一つの影。クーパーを乗せたザフィーラがようやく戻ってきた。

「…なのはさんッ!」

「遅い」

闇の書の意思が、なのはへと一気に距離を詰める。砲撃で迎撃するが紙一重に避けられる。
さらに一手を叩き込まれた。急接近を許し、懐に潜り込まれる。

「しま……ッ?!」

「遅い」

 エグゼリオを突きつけるよりも早く、闇の書の意思の手がなのはの首を締め付けた。
肉がみちみちと締め付けられる感触になのはは苦悶の声をあげ顔を歪める。痛い、苦しい。息も出来ない。
エグゼリオを震える手で闇の書の意思に突きつける。それは、酷く弱弱しく見えた。

「無駄だ」

 一層、なのはの首に締めつける力が強まる。薄まりそうになる意識に語りかけてくる。

「これがお前の絶望だ、白き魔導師。仲間は力尽きもはや誰も役に立たない。お前自身もここで終わる。
喉を握り潰され人として、生命としての活動の終わりを迎えるのだ。死の感触を味わいながら逝くがいい。
人は虫けらと同じだ。誰が死のうとも世界は止まらない。お前が死のうとも。そして、我が主はやてが消えようとも」

「………ッ」

 抵抗もできず、なのははそれを聞いて違うと思った。悔しくてたまらない。涙が溢れ、闇の書の意思の腕に落ちる。

「悔しさを滲ませようとも何もできない無力な己を憎め、その果ての慟哭に真の絶望が待つ。我が主が望んだ結末の一ページだ」

 苦しさの中、なのはは言ってやりたかった。それでも、金魚のように口がパクパク動くのみ。

「…手ぇ離せえええええ!!!!!」

「てええええええええええあああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

「………あの者達に救いを求めようとも無駄だ」

 接近してくるザフィーラにはダース単位のスフィアで連続して射撃を叩き込んでいく。盾を張りながらも
なのはを助けようとする二人は盾が砕けようとも前進を試みていた。そう、その姿は鳥が毛をむしられ、
千切られ、羽を折られた末捨てられる姿にも見えた。どれだけ射撃を叩き込まれようとも助け出そうとする姿勢は変わらず、

2人は突き進むも、

「終わりだ」

 なのはの首を掴む手とは反対の手から、砲撃が迸り2人を飲み込んだ。墜落していくザフィーラの姿がなのはの目に映った。
誰にも、どうしようもできない状況というものがある。落ちる水は床を叩き死んだ人は甦らない。
アースラでもエイミィはこの状況を歯痒くを見ていた。何もできない自分が悔しかった。援護をしようにも何もできない。

スクリーンに映る少女は今にも殺されようとしているというのに。そんな中、

「艦長ッ!!」

 オペレーターの叫び声があがる。リンディもスクリーンから目を離さぬまま口を開いた。

「何?」

「第七転送室に本局から経由転送がかかっていますッ!」

「…第七……? ああ、ようやく来たのね」

 なのはが見たそれは、凄まじい速度の何かだった。闇の書の意思はそれに気を取られた瞬間、背に射撃が叩き込まれ
なのはの首から手を離れる、意識を手放しかけた体はゆっくりと海上へと落下を開始し、風を切る音だけがなのはには聞こえていた。
体が重力に従い落下していく、意識はとてもぬかるんでいたが、ふと誰かに抱かれている事に気づく。自分の体が落下していない。
ハッとしてなのはは自分を抱くその人を見上げると、そこには絶望ならぬ希望があった。

「遅くなってごめん、なのは」

 黒の外套を纏い金の髪をなびかせて、今。
フェイト・テスタロッサが参戦する。

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