座り込んだ八神はやての眼前に浮かんだ闇の書はある力を発揮する、闇の書は元来巨大ストレージタイプのロストロギアだが、
内包するものはそんじょそこらのデバイスとは訳が違う。まずヴォルケンリッターという守護騎士プログラム。
そして他人から蒐集した魔法を使用できる蓄積部分。現在はバグっている防衛プログラム。

 そして管制プログラムとして666のページが蒐集完了後、闇の書内のもう一つのデバイス。
今は失われた力であるユニゾンデバイスが発動する。融合事故を起こす危険性から廃れたデバイスだが、
デバイスの魔力と騎士の魔力を併せてずば抜けた力を発揮することができる。

 八神はやての肉体とデバイスが誤ったユニゾンを開始する。短かった茶色の髪が白銀となり、腕、足、胸、
傍目に見れば体が急成長していく。北京原人から現在の人間までの生物の進化の過程を見るように、凄まじい速さで変化していく。
最後には少女から女性へと変貌していた。面持ちには八神はやての風貌など何処にも無い。全く別人に成り果てていた。

 そして、一人で立つ事も歩くことも敵わなかった筈の少女、もとい今や別人となった女性は何ら問題無く立ち上がり、
感慨も無く呟いた。その場に居合わせた全ての者の耳朶を打つ。

「主は破壊を望まれた。全てを破壊し全てを消し去り、己までも消し飛ばす事を」

 管理局、個人、そして私怨に走った者達。全てが注目する中。足元に灰色を混じらせる濁った白の魔方陣を機動させる。

「何者も消し去る」

 次の瞬間、女性を取り囲むように大量の刃が姿を現し解き放たれる。
360度全展開された刃が無差別に飛び出しした。逃げられる者は逃た。
その場でシールドを選択したものはラウンドシールドなりプロテクションを展開し防いでいた。

クーパーは逃げる事を選択せずにシールドで対抗した。ナイフ自体は攻撃力が高いものでもなく難なく防いだが。
その間にも変容した八神はやてはふわりと体を浮かしゆっくりと上昇を開始していく。リーゼ姉妹、
グレアムもそれに合わせて飛行魔法で体を浮かしてゆく。

「……ッ」

 666のページが埋まり闇の書はその姿を見せた。ここからはグレアムに賭けるしかない。
老人はリーゼアリア、リーゼロッテと共に宙に浮かんでいた。グレアムは心の何処かでこの状況を嬉々として望んでいた。
10年待ったのだ。心臓は鼓動を早め駆け足で進んでいる。この猛りは誰にも止められない。

 興奮を抑えきれずにグレアムはカードを取り出し一振りの杖を為す。
使い魔姉妹は互いの眼線を絡ませて何らかの意思疎通をする。念話は使わずに互いに頷いてみせた。連携は万事良好か。

一方で、

「クーパー!」

「…クロノ執務官」

なのはとクロノがクーパーに接近するや否や、クーパーの襟を掴むと共にその場を離脱して近場のビルへと逃げる。
下ろされると、首吊り状態だったので首をさすり咳き込む。

「…全く、手荒い歓迎ですね」

「君も後で厳重処罰だ。覚えておけ」」

 クロノはクーパーにS2Uを突きつける。忘れてはならないが八神はやては被害者なのだ。
闇の書の主というものはランダムで選ばれる。魔力量の高い年寄りから赤子までの中から適当に選んでしまう為拒否権は無い。
騎士は言う。魔力蒐集して下さい、ページが全部埋まれば凄い力を手にできます。どうです凄いでしょう?
だがリスクが大きすぎる。

 実際は失敗は死に直結するし蒐集完了もまた己の死を意味する。性質の悪い夢見る蟻地獄だ。
が、現時点で八神はやての蒐集意思は管理局側には伝わっていない為正確には容疑者扱いだ、が。その人物を攫ったのだ。
後々解るが殺人未遂まで犯している。こんな自体だから仕方ねぇ!と有耶無耶にして収まる筈が無い。クーパーは頷いた。

「…ご自由に」

 そういうつもりで言っているじゃない、とS2Uのヘッドでごつんと叩かれた。

「そうやって自分を簡単に見限るな」

「……」

 じと目でクロノを睨めば溜息をつかれた。さりとてクロノの意識はクーパーよりも変貌した八神はやてに向けられている。
今はどちらかというと、グレアム達と向き合っている為、多少の余裕がある。それでも、状況を誰よりも見ていたなのはが
「あっ」と声をあげた。それに誘われて顔を上げる、アリアが魔法を仕掛けロッテが近接の仕掛けるチャンスを狙っていた。
思考の僅かな停滞の後、クーパーが呟く。

「…クロノ執務官」

「なんだ」

「…管理局はアレをどう対処するつもりなんです?」

 見上げながら、クロノは溜息をつく。

「こうなってしまった以上態々介入するつもりはない。連中が凍結なりさせたら割り込むさ」

「その後は?」

 鼓を打つように一拍子が置かれた。クロノが上空の変容した八神を睨みつける。

「考え中だ」

 その言葉の意味は、今現在これといった有効策は無いということだ。闇の書は何もかもが規則外すぎる代物なのだから。
しかし、

「……」

 左目も空を望む。立ち回るは双子の姉妹。そしてグレアムは様子を窺うようにやや距離を置いて眺めていた。
3対1、数で見れば明らかに不利だ。そして、紛いなりにもリーゼ姉妹はエースクラス、グレアムとて前線を退いて
久しいだろうが、それでも大魔導師と呼ぶに相応しい人物だ。その年齢に見合う研鑽を重ねている。でも、それでも尚、
一対多数の状況を闇の書は覆せる力を持つ。

例えるならば、トランプの賭けでロイヤルストレートフラッシュを出せたとしても拳銃を突きつけられている恐怖感、
あるのは規則外の"ジョーカー"だ。仮面を被るピエロは笑う。笑うしか能が無い。それでも、カードを切るしかないのだが。
アリアは中距離を保ったまま次々と射撃魔法を展開していく。

「ミッシングバレルフルオープン……! 父様ッ!!」

「久しぶりにやるか、アリア」

「はい!」

主と使い魔が同時に魔法を発動させる、中距離のアリアは連続射撃を展開、遠距離のグレアムは砲撃を張る。
まるで艦の攻撃を思わせる重圧感たっぷりの攻撃が見舞われるが、防いでいた。闇の書の意思は両手を突き出し防いでいた。
ただし、全ては防ぎきれなかったのか、体の一部から煙が上がっている。その隙を逃さないのがロッテだ。

 アリアと違い近接担当の彼女は使えないわけではないが射撃魔法を使う事が少ない。

「せええやあああああああああ!!!!!!!!!!!」

 魔力強化が施されている強固な拳がシールドを叩く、魔法とはまた違った意味での重い一撃に闇の書の意思は顔を顰めた。
盾と競り合いはせずに膝での一撃を叩き込むと共に、相手のシールドを蹴って後方へと飛ぶ。

「エクスキューションアソートッ!!」

 アリアとグレアムの濁流のような誘導弾が押し迫る、まるで蜂の群れだ。その猛威に闇の書の意思は呑み込まれた。
敵に一切の反撃は反撃は許さず叩きのめす。
脅威とも猛威とも呼べる連続技の数々に、なのは心の中であれに勝てるかなと唾を飲み込んでしまう。

 一朝一夕の技術ではない。誘導弾の動かし方も二人が同調しなければならないのだ。
使い魔と主の関係だからこそできる業だろうか。さて、ロッテは油断なく闇の書の意思の様子を窺っているが、

「………?」

 気のせいだろうか、誘導弾に袋叩きにされながらも唇が動いていたように見えた。
何か言っているようにも見えるが。考えている暇はあたえてくれない。誘導弾の群れをまとめて弾き飛ばすと
近かったロッテに向かい接近してくる。様子から見るに近接をしかけてくるようだ。

「上等だよッ!!」

ロッテも拳を固めて迎撃する、拳と拳がぶつかり合った。どちらも吹き飛ぶ事は無く互いの体を軋ませるが、
この程度で負けてはグレアムの使い魔の名が泣く。直ぐに拳を引けば、代わりとばかりに突風の如く拳を連打を叩き込んでいく。
両の手から繰り出される拳の数々は相手に受けに回らせる、闇の書の意思は現に下がっていた。

「まだ、まだぁああ!!!!」

大きな一発を叩き込むも防がれる、しかし反動を逃がさない。ぐるりと体を一回転させ飛行魔法で加速した回し蹴りを
側頭部に叩き込む。手応えあり、しめたと踏むが闇の書の意思の眼ははっきりとロッテを捉えられていた。
驚愕に顔が歪む。いくら障壁があろうが確実に脳を揺さぶったと確信は消し去られ、舌打ちも打てずに殴られる、
空戦で拳を使うものは少ないが、陸戦でもこれほどの力を持つ者と手合わせをしたものいなかったが、それでも、
闇の書の意思の感情も無く見下すような目が許せなかった。気に入らない。悲願の戦いだったとしても、
こみ上げる闘争本能が許さなかった。吹き飛ばされる直前、チェーンバインドを展開し闇の書の意思を拘束する。
反動で、己の体がガクンと揺れた。

「アリアッ!!」

敵を見ながら相棒の名を呼ぶ、何をして欲しいかは言わずもがなだ。長い付き合いなのだ。
この程度は読み取ってもらわねば困る。

「まっかせて!」

既に、グレアム共々砲撃の用意が済まされている。
万全体勢といえるが、拘束してから1秒に届かない0.9秒に到達したところで、拘束していた鎖が引き千切られる。
ロッテは顔を顰めながらも下がりつつ腕を振るう。次のリングバインドが二重三重となって縛り付ける。

 5秒持ってくれとは言わない、数秒が敵わずとも一瞬をつなぎとめてくれればそれで良いのだ。闇の書の意思がリングバインド、
そしてアリアへと意識を向ける。だが、ロッテはしてやったりと笑う。もう遅い。
無数の射撃魔法がグレアムとロッテの射撃が入る。

 いくら闇の書とてこうも連撃が入れば多少は遅れが取れると思ったのもまた、付け上がりかはたまた甘さか。

「?!」

 闇の書は防御姿勢を解いて、射撃の雨の中を突っ込んでロッテへと肉薄する。尋常ではないと思うがそれが闇の書か、
ロッテは受け入れて拳を振るう。かすりもせずに軌道を読んだ闇の書に避けられる。
フックのような短い拳が連続して顎に叩き込まれる。今度はロッテの眼が、闇の書を捕らえて離さない。

 如何様なことがあろうともグレアムの悲願を果たさなければならないのだ。ソの為に負けは許されない。
すさかず手を伸ばし胸倉を掴んで背負い投げの形を取る。何も一人ではないのだ。アリアもグレアムもいるのだから頼ればいい。

「はぁぁああああああああ!!!!!!!!!!!」

 背負い投げの形で宙にぶんなげると再びリングバインドで固めてやるが、闇の書の腕はロッテに向かい突き出していた。
距離を置いているアリアが叫んでいるのをロッテは確認するも、舌打ちする暇は無く自分の体を宙に投げ出すと砲撃を避ける。
遅れてアリアとグレアムの射撃が飛んでくるのを今度はシールドを持って防ぐ。闇の書は
リングバインドに縛られたまま大量の誘導弾を展開すると、3者にそれぞれ向かわせる。

皆逃げる中で闇の書は一直線にロッテに向かっていた。

「来なよ! こっちは負けられないんだ!!」

 アリアの懸念の声と共に、シールドで誘導弾を全て防ぎきり闇の書の意志を迎撃する。
拳を振るわれ一撃で盾を破壊されるも直ぐに拳の応戦が繰り広げられ、両者一歩も譲らない。
ロッテとグレアムは見守り、いつでも射撃の手を伸ばそうとする。

しかし、それを許さぬアリアと闇の書の接戦が続き拳の応酬がひたすら飛び続ける。
だというのに、手数でも貰う回数もアリアが上回っていた。腹を胸を腕を、顔面を打たれても引かない。
頑強であった。

殴られながら拳を受け止める。力の均衡に互いの腕が揺れた。
犬歯を剥き出しにしてアリアは唸った。

「疫病神め……!!」

 しかし、闇の書の意志は何も言わない。無表情のまま力でで押し切ろうとする。

「させない!!」

 絡み合う2人は取っ組み合いの形となった。

「こいつ!!」

 力と力が押し合い行き場を失った力を解き放つように、組み合う2人の体は高速で移動を開始。

「ロッテ!」

 アリアの声が上がる、2人は風船が中の空気を吐き出しながら飛ぶのと同じく、空をさ迷い続ける。
絡み合うアリアは無意味な問答をしていた。

「闇の書…! お前は一体いつ死ぬのよ!」

力と力が撓む

「私に死という定義は無い。無限転生機能がある以上、永遠の存在」

「知ってるわよむかつくわね!」

 そんな事は何10回、何100回と資料で見たから知っている。繰り返し頭の中に叩き込み続けた。
だからこそ封印しなければならないのだ。この憎たらしい存在を。できる事ならば動きを止めたいが簡単にいきそうにはない。
宙を泳ぎながら組み合ったまま、相手の鼻目掛けて頭突きを叩き込む。僅かに体がぐらついたが相手に問題はなさそうだ。

 すかさず膝を叩き込み、ロッテは流れを一気に引き寄せる。

「この程度で…ッ」

腕を相手の首の後ろの回し、背後からしがみ付くようにして耳元でぼそりと呟く。

「冥府の入り口手前まで、付き合ってもらうわ」

その言葉を境に2人の体は逆様に落下を開始する。そんな中でも闇の書の意志は他人事のように呟いた。

「無駄な事を」

「無駄じゃない……!無駄なんかじゃないッ!!」

 ぐんぐん落下を続ける中、闇の書の意志の肘がロッテの肋に叩き込まれる。
無視して闇の書の意志の体を地面に叩きつけた。尚激突寸前に離れた模様。コンクリートは砕け陥没した。

 周囲に余波が撒き散らされた。ロッテは脇腹を押さえていた。

「馬鹿ロッテ! 無茶しすぎだよ!!」

 上空のアリアから叱責が入るが、返事を返す気にはならない。どうやら肋骨にヒビが入ったらしい。
まるで死にかけの獣のように乱れた呼吸を繰り返しながら、倒れたままの闇の書を見つめる。
未だコンクリートの中に埋もれたまま。後は封印するだけでいい。
ロッテは肋骨を抑えながら次の手を頭の中で模索した時、周囲に凄まじい突風が吹き荒れた。

「な……ッ?!」

 ロッテの髪が撫でられ靡いていく。
ズキズキと痛む肋骨が謙虚に痛覚に知らせを走らせる中、顔には先程砕けた時のコンクリートの砂上の小さな破片が飛んできた。
チクチクと顔に当たる。でも、そんなことは気にもなりはしない。奴には相応のダメージを与えたはずだ、というのが
脳内で否定される。続けて、砕けたコンクリートの巨大な破片達が唐突に砕け散った。

 より激しい衝撃がロッテを叩く。アリアの念話が頭の中で忙しく聞こえていたが、それを心と体は否定する。
あれほどやってノーダメージ? だとしたらどれほど嘘なんだ、心臓を天秤に乗せ戦っているにも関わらず
まだ足りないというのか。ロッテの脳内で激しくアドレナリンが供給され、胸の痛みが消え失せてしまった。
 
 その代わりとばかりに前へ、強く足を前へ前へと歩みだす。

「あれでノーダメージなら」

 ざけんじゃないよ、首の筋肉が奮え牙を持つ顎が開く。双眸は前を見据え起き上がった奴の姿を捉えた。
口から吐かれる吐息には怒り、憎しみ、苛立ちといったものが津々浦々と含まれる。
足を前へ前へと踏み出すたびに靴裏が砂利を踏みにじり、その感触は何故か心地よかった。

 何故か、などと考える必要も無く思い出す。まだ若かりしグレアムに助けられた頃の事だ。
思わず懐かしさに唇は釣りあがる。そのまま、リーゼロッテは特攻を仕掛けていた。
闇の書の意志の拳と己の拳が再び交わり、衝突する。胸の痛みなぞもう在りはしなかった。ただ、勝利への道をひた走る。

なのははロッテの姿を見て、ヴィータやフェイトとだぶらせた。
そして理解する。何故彼女達が強いのかを。
……省みないからだ。

「はぁああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 一撃一撃に全身全霊をかけた拳を振るう。時にぶつかり、時に避けられ、時に当たり、
相手が怯もうが怯むまいがただ拳を突き出す。魔法は相方と違い苦手だ。だから自分にはこれしかない。
近接が得意で、グレアムと共に前線を駆けた頃はよく褒めてくれた誇りの拳だ。

 時折、顔面や体に叩き込まれるが一瞬たりとも怯む姿勢を見せない。そんな暇があるなら拳を振るうのみ。
まさに乱打戦というに相応しい戦いを繰り広げる、拳と拳がひたすらに交わる戦い。
時折血が飛び散っては地面を叩く。痛みは苦痛じゃない。前へと出る為の活力だ

 考えというもどかしさを残しながら闇の書、そしてアリアの拳が再度正面から衝突する。
硬く握られたそれとそれがぶつかった瞬間、ロッテは壁を殴ったかのような錯覚を覚えるも

「(次……!!)」

 新たな拳を振るおうとしたが、闇の書が殴りあいに乗じる事は無かった。俊敏な動きでロッテの拳を避け素早く後ろを取る。
その早業に近接のエキスパートと呼ばれるロッテが不意を衝かれ反応できなかった。
0.6秒の段階で後ろに回りこまれた失態に気づく。

「(しまっ……た……ッ!!)」

 もう遅い、闇の書はロッテの体を後ろからサブミッションをかける。チキンウイングアームロック、
右腕を背中に回され肩甲骨へと伸ばすように組まれ、左腕は右肩あたりで掴まれる。2人の動きが止まった。
的確な動きになす術も無くやられた。当然だが戦いは正攻法だけではない。解ってもいながらの失態に歯噛みする。

 自殺していいながら今すぐ舌を噛み千切って死にたい気分だが。
冷淡な声が、ロッテの背から聞こえた。

「主は破壊を望まれた。人も、物も、何もかも」

 反撃をとロッテが考えた矢先、背に回されていた右腕の肘が破壊されこれまでにない激痛が頭の先から右腕の指の先まで、
稲妻のようにかけぬけた。歯を食い縛るが思考が働かない。右腕が魔力を構成し、指先からの魔力刃が闇の書の意志を襲った。
首を動かす僅かな動作で避けられるも、その一瞬の隙でロッテは拘束から逃れ体をその場で素早く回転させる。

敵は真正面、相手の思考が動くよりも先に叩き込めばいいだけの話。
命を賭けてタックルを叩き込み闇の書の意志を突き飛ばすそのさなか、

"アリアッ!!!!!!"

 念話が走った。飛行魔法で浮かんだまま状況を見つめていたアリアも、一つ頷く。そして隣にいるグレアムを見た。

 計画通りだ。

「父様」

「どうしたアリア」

「…私達をお赦し下さい」

 その言葉を最後に、グレアムの体は多重のチェーンバインドによって雁字搦めにされていた。
夢か。
幻か。

 ロッテは一気に攻勢をかける。相手が態勢を取り戻す前に事を成し遂げたいと願う。
右腕はへし折られ使い物にならない。もう自分の体も限界に近づいている。左手には魔力刃を乗せ一気にしとめようと牙を剥く。
ここが正念場と命を燃やし尽くす。

リーゼロッテは王将ともいえる最後の一手を放った。折れた右腕を前に突き出す。手首を掴まれ投げ飛ばされるよりも早く、
頭突きを叩き込み腹部に拳を叩き込んだ。会心の一撃とロッテの心は言う。喉から裂帛の絶叫があがった。
耳にするのも恐ろしい、涙が飛び散らん程の圧。

 左の拳は闇の書の闇の腹に捻りこませ文字通り殴り飛ばしたがロッテは止まらない。
左手の拳からは追撃とばかりにチェーンバインドが伸び、闇の書の体を縛りたぐり寄せた。その体を体を以って抱きとめる。
ただし、先程と同じく闇の書の姿勢は無我夢中で叫んだ。

「アリア!

「ええ」

 その手には氷結の杖デュランダルが握られておりアロッテへとパスされる。その一瞬、2人は言葉も無く念話も無く。
目があった一瞬の交錯でやりとりをする。それが2人の別れだった。
ロッテと闇の書の闇はバインドで幾重にもがんじがらめにされていく。

 直ぐにアリアは離脱する。
これで全てが終わる。万事上手くいっている、ロッテは仇敵の耳元で囁いた。

「闇の書、私と一緒に永遠の眠りについてもらうよ……ッ」

 相手は多重にかけられているバインドが軋む、これも破壊しようとしているのか。
そして、ロッテは喜悦の表情を浮べたまま特大氷結魔法を発動させる。この日この時の為に。
何万回と術式を見返してきた。厄災とも言うべき闇の書を封じる為に。そして、喜悦の表情のままロッテは呟く。

「これで、終わりだッ!!!!!!!!!」




【Crybaby. -Classic of TheA's13-】


っくし!

 くしゃみ1つ。なのはだ。ビルの上にいる。
ロッテが発動させた極大凍結魔法の影響で冷気が吹き荒れバリアジャケットありといえど襲いくる冷気には敵わなかった。
周囲の気温は雪山のように冷えきっている。ぶるりと身を震わせ腕を摩る。

 隣にいるクロノ、クーパーは無言のままリーゼロッテ、そして闇の書の意志を見つめていた。
巨大な氷の塊の中だ。
呆気無く終わってしまった。

 暴走前の闇の書の意志を永久凍結で閉じ込める、暴走前の状態ならば八神はやてへの侵食も無い。
死ぬ間際までデュランダルは彼女のリンカーコアと連結し氷結魔法の調整を続けるのだろう。
死後も氷は維持する環境に置けば闇の書は永久と言う訳では無いが封印が完了する。終わったのだ。

 管理局は完全なる封印の術を模索するしかない。口許から白い煙を逃がしつつう氷漬けのそれに思いを馳せる。
なんともあっけない終わり方に胸中は戸惑いの極みだった。

 グレアムとアリアが自分たちのもとに降りてくるのに気がついた。グレアムはアリアのバインドに縛られていたが、
ロッテが凍結を完了させるとその拘束も解かれていた。2人がクロノ達のビルと降り立ったと同時に、ザフィーラも姿を見せる。
数名は警戒の色を見せたが、交戦の意志はどこにも見せないザフィーラに、デバイスを下ろす。

管理局、個人、騎士。カーテンコールのようだ。舞台の役者が揃ってしまった。真っ先に口を開いたのはグレアム。
いつのまにか曇り模様になっていた夜空を見上げる。その目は酷く優しげだった。哀愁か、侘び寂びを感じさせる。

「やられたよ」

 ふぅと溜息をつき見上げていた顔を引く。僅かに吐息が白みがかったものになっていた。

「私まで出し抜かれるとはな」

 もう、それはバインドが解かれる前にさんざ話したのだろう。アリアは神妙な表情をしていた。
彼女にしてみれば凍結しているのが自身であっても良かったのだろう。この場にいるのがリーゼアリアではなく、
リーゼロッテだったかもしれないのだ。表情も変えずに無言を貫く。グレアムはザフィーラを見据える。

「これが結末だよ。ザフィーラ」

 ザフィーラは何も言わない。口を噤んだままだった。これはグレアムの予想とは違った事だ。
元々ザフィーラを残す事は計画通りだったが、闇の書の意志と戦ったロッテの邪魔をする、という想定をしていたにも関わらず。
蓋を開けてみれば一切の邪魔は入らなかった結果に終わっている。だから、グレアムは問うた。

「何故だね」

 クーパーにもその理由は解らなかった。騎士として己の命を主に捧げる事にも躊躇しなさそうだ、
と見切っていた者が主の危機に動かない理由は全くと言っていいほど解らなかった。
あれほど主が、主が、と声だかだっというのに。

 誰しも答えを待ったが、ザフィーラの口が動くことはなかった。
主の盾であり牙、そういった男はただただ沈黙を守っている。不意打ちのような卑怯な事をする気配も無く。
一人、その場に佇んでいた。状況が進展しない事を確認したクロノはS2Uの柄でとん、と床を叩てみせた。

「グレアム提督とその使い魔リーゼアリア、それから盾の守護獣、ザフィーラ。君達をアースラに連行する」

 誰しも返答おろか頷きもしなかった。クロノはアースラに連絡を入れる。

「エイミィ」

「ちょっと待っててクロノ君、情報が錯綜してて大変なんだ」

「解った」

 転送待ち、という前からなのははずっと氷漬けの闇の書の意志とリーゼロッテを見つめていた。
クーパーも今一度、ビルからその造形を見下ろす。人が氷の中に入っているというのはなかなか御目にかかれない光景だ。
琥珀の中に眠る虫のように見えて仕方が無い。そんな転送待ちの時間の中でぽつりと呟いた人物がいた。

 先程から黙ったままだったザフィーラだ。

「主が死ぬ、闇の書が破壊される、私達守護騎士も蒐集対象となり消え失せる。
もしくは管理局ないし他勢力との小競り合いで存在を消滅させる。
確かにここ数10年で完全なる闇の書の使い手となった人物はいなかった。完成すれば主は絶対的な力を得る事ができる。
私達はそれを盲目的に信じ続けた。それしか道は無かった。それ以外、信じる気も無かったが。
先程、主の何者も破壊する、という言葉には私も含まれていた。
裏切った結果であり、信じ続けたものが虚構であると疑いを持った時、何を信じればいいのだろうな」

 ページが揃えば全てが憂う。事実を目の当たりにした結果の事。

 ザフィーラはクーパー見つめていた。深く、よどみない瞳で。疲れるクロノは2人の間に立ちながらも3人を
バインドで拘束し、クーパーを遠ざけさせる。見張り役はなのはだ。溜息をつく。再度エイミィに連絡を入れた。

「まだか、エイミィ」

「ごめん、もうちょっと待って」

 アースラ側も色々と手間がでているらしい、仕方なしと待つ事にする。その間も、クーパーとザフィーラが黙ることは無かった。
大きな溜息をクーパーは落とす。

「…今更な話じゃないか、何故氷漬けの主を解放しようとしない。お前達は主が絶対なんだろう?」

「主は、私を拒まれた」

「…そうだね」

「主はやてがユニゾンした時、ある意志が闇の書を通じて私の中に流れ込んできた。望まれたのは、全ての破壊だ。
私も、この星もお前達も。何もかもだ」

「…お前は、八神はやてが死ねと言えば死ぬのか」

「それが主の望みだった」

 拘束されたままのザフィーラを睨んだまま沈黙が過ぎ去った。クーパーは「なら死ねよ」という言葉を飲み込んで終わった。
強烈だった我執を抑えるぐらいはできるようになった。ヴィータがはやてに死ねと言われたから死ぬかはわからないが、
シグナムならばザフィーラと同じく死を拒まないなと考える。

「だが、」

「…聞きたくない。もう何も言うな。お前達の言葉はうんざりだ」

 ザフィーラの言葉を途中で遮る。クーパーは目を逸らした。結果はどうあれもう終わったのだ。
シノゴを言う気にはならない。氷漬けとなった八神はやても死んだも同然で。
守護騎士達も蒐集され一人を除いてその姿を消してしまった。

 シグナムも、ヴィータも、シャマルも。未だ燻る憎しみはどこへゆく? 今まで強がってきた心はどうなる?

「…もう、沢山だ。僕は殺し合いから降りる」

 俯き歯を食いしばる。復讐の飯は不味いと自分で言ったが、事が終わればこうも後味の悪さを残してしまう。
これで八神はやてまで自分の手にかけていたらと思うと、もしかしたら人間を辞めていたかもしれない。
それでも尚心臓は動くものだから酷い話だ。瞼を下ろし左目を暗闇の中に落とす。

 その何一つ映さぬ世界を見つめながら何を思うのか。えもいわれぬ沈黙が走った。
クロノは再度確認を取ろうとエイミィに声をかける。

「エイミィ」

 声をかけるも待っていたのは沈黙だった。訝しげにもう一度声をかける。

「おいエイミィ、」

 再度声をかけるが反応は無い。どうしたものかと通信ウィンドウを出して確認をしようとした時。
なのは、グレアム、アリア、ザフィーラ、クーパー。…クロノを除いた面々があるモノに見入っていた。
階下に望める凍結された闇の書の意志とロッテという名の塊。

 未だ動き出してはいないものの、凄まじい魔力反応が闇の書の意志から漏れ出している。
誰もがまさかと思いながらも、最悪の状況を予想してしまう。口には出せずとも目はその存在を見入っていた。
雛が卵の殻を破り新たな命を芽吹かせるが如く。信じたくないという思いからかグレアムはあえて口にした。

「馬鹿な」

 魔力の気配は尋常ではなく、デュランダルも手許に無い状況では止める手立ても無く見つめる事しかできないでいる。
皆の様子に気づいたクロノもまた、それを見つめることしかできなかった。体を動かす気にはならない。
そうこうしている間に原因不明の通信不通が回復し、エイミィに捲くし立てられる。通信ウィンドウは開いたままで、

 慌てる声がその場に居た者達全員に聞こえていた。尤も、その全てが右から左へ素通りになっていたりする。
世界を破滅に導く雛が再度羽ばたこうとしているのだ。誰もが氷塊と言う卵を注視をする。
その場に居た者達の熱い視線に応えるように、氷塊に一発、大きな亀裂が生じた。

 生命の誕生は誰も拒む事はできない。生きるという事実に悪たれも糞もない。
一寸の間を置き更なる亀裂が立続けに走っていく。それが、氷塊としての形を保っていた最後だ。
塊は弾け飛び、凄まじい破片を飛び散らせ、リーゼロッテの体も一緒に弾け飛び形も残らなかった。

 背に六つの黒い翼を背負い何も無かったとばかりの表情の変化の無さを持つ。
闇の書はビルの上にいる者達を見上げた、念話が全員の頭の中に叩きつけられる。

「破滅はまだ、終わっていない」

「クロノッ!!」

 アリアが叫ぶ。その身はバインドに縛られ動くことも敵わない。腐っても付き合いは長いのだ。
深く語らずとも何が言いたいかぐらいは解る。この状況で何を望むかぐらいは解る。しかし、
氷結も効かないとなるとこの先の展開は決まっている、アルカンシェルによる掃除だ。

 奴が暴走体になれば止められなくなるのは必至。そう長い時間をかけずにバグっている防衛プログラムが発動し、
闇の書の意志はユニゾンしている肉体を第二段階へと以降させもはや人と呼べぬ化け物と呼べる巨大な身形へと変貌し、
魔力が尽きるまで破壊の限りを尽くすだろう。

 一番厄介なのがその巨体を以って転送魔法を行使する事だ。
まさに破壊の権化とも言うべき闇の書の暴走はアルカンシェルで止める以外に道は無い。
そうなる前になんとかしなければならないのだ。クロノは一瞬迷った。どうするべきか。

 アリア、そしてグレアムのバインドを解くべきか?
判断の迷いを漂わせているうちに、アリアは自らの手でバインドを砕いた上グレアムの手枷も解いてしまう。
無駄と解っても制止をかけてしまう。

「アリアッ!!」

 その身は飛行魔法でビルの上から躍り出て、闇の書の意志に対し砲撃の構えを取る。
だが、闇の書の意志とて手を突き出し砲撃の構えを取っている。2人の魔法発動はほぼ同時。
でも、その間際、アリアは顔を歪め苦渋の表情で呟いた。

「ロッテは……無駄死なんかじゃないッ!」

 任せろといったあの眼の為にも無様を晒す訳には行かない。直後、アリアと闇の書の意志の砲撃がぶつかりあう。
片手だった闇の書の意志はさらにもう片手を添えてくる。ただの威力の倍増しでは無い。さらにもう1発、
砲撃を上乗せしてきた上にぶつかりあっている砲撃の威力も上げてきた。

 両手で2門の砲撃は一気にアリアの砲撃を押し返していく。

「そんなッ?!」

 逃げられない、その上アリアの体はバインドで縛られ思考をも奪われた砲撃に身を晒された。あまりにも一方的な暴力だ。
そして、闇の書の意志は砲撃の手を止めるとすかさず、
フェイトのフォトンランサーファランクスシフトに似た無数の槍にも似た魔法を展開。

「アリアッ!!!」

 グレアムの声が上がった、彼もまた飛行魔法でその身を飛ばすと砲撃を放った。その時、ぼそりと闇の書の意志は何かを呟くが、
アリアに対しての魔法を張るのとグレアムに対しての回避はほぼ同時に行われる。なのは、クーパー、クロノ、グレアム、
そしてザフィーラは再び衝撃を目撃する。アリアの体を無数の槍が貫く、まるでバリアジャケットなど意に介さぬように
あっさりと肉を突き破り体内に侵入し再び肉を突き破りて姿を見せた。

「……ッ!!」

 陸に上がった魚のように、びくりとアリアの体が跳ね、顔が闇の書の意志を睨みつける。

「……ぁ……んたは……ッ!!」

 何も言わずに砲撃が見舞われる。抵抗も無く、リーゼアリアは消された。
藻屑も残滓も、残さずに。

「…………」

 また死んだ。目の前で人が死んだ。高町なのはの心臓は狂ったように動いていた。硬く結ばれたままの唇に酷く渇いた喉。
そして、じっとりと汗を滲ませる手はエグゼリオを握り締める。人が死んだ。それだけだ。ゲーム、テレビ、小説、
身近にありながらも本当の意味での身近には無い、人が殺し、殺されると言う行為。闇の書の意志を通して一人と1匹を思い出す。

 あの人は苛烈に生きていた。あの子は私の恐怖の向き合い方を教えてくれた。
リーゼロッテも死んだ、リーゼアリアも死んだ。じゃあ、自分は?

みんなのように省みずに戦えるのか?
inserted by FC2 system