グレアムが何か複数の魔法を発動させると共に、クーパーが敷いていた結界は全て打ち崩された。
そして、ザフィーラが敷いていた八神はやて用の結界も。護りを失い、床に座り込む少女の姿が、隣の教室に見えた。
ザフィーラがクーパーが与えた一撃が黒板ごと壁を破壊したせいで、教室は半壊している。

「始めよう」

「グレアムッ!!!!」

 八神はやてに向かい歩き出したのに対してザフィーラが声をかけるが、足が止まる事は無い。
ただ、クーパーはその様を見つめるだけだった。

「離せスクライア!!!!!!」

 ザフィーラらしからぬ叫びが響く。クーパーは反応しない。状況を見つめているだけだった。

「場を移そう」

 突如、グレアムが転移の魔法を発動し、4人は屋上へと舞台を移す。縛られた2人と、
初老の男が一人。そして、八神はやては先程の3人の会話を聞いていなかったのか恐々と視線をさ迷わせるだけだ。
夜という闇の天井が覆う世界に、星はひとつとして見えない。曇り空だろうか。少し、風が吹いていた。

「私の名前はグレアム」

「え……?」

「君の生活の援助を行っていたものだ。そして」

「……」

 宙に浮かぶ男が2人現れた。飛んでいる。いや浮いているだろうか。まだ魔法に慣れていない八神はやては、
戸惑うばかり。何も口に出来ず、そして何かを考える余裕すら浮かばなかった。

「……グレアムおじさん……?」

「ああ、そうだとも」

 それを赦さないとばかりに、ザフィーラの慟哭が突き抜けた。はやてはびくりと身を竦ませ、
グレアムと仮面の男達は黙って見つめていた。しかし妄言が吐かれる。

「これで、闇の書の悲劇も終わる。ロッテ、アリア。騎士達はどうかな」

 仮面の男はどちらがアリアでどちらがロッテかは判断がつかないが片割れが頭を下げる。

「はい、今こちらに向かっている模様です」

 グレアム自身も、探査で確認したのか。一つ頷いて見せた。

「よし、ぬかりないな」

 クーパーはふと、八神はやてと眼が合う。言葉は無い。でも、不安気にさ迷う彼女の瞳は、酷く寂しそうだった。
その眼線は、水面を打つ。小さな波紋が靡いていた。

「クロノ達もこちらに向かっています」

「構わんよ。凍結後は、管理局がうまくやってくれるだろう」

「はい」


 誰が正義で、何が悪で、どれが悪くて、憎しみは何をもって憎めばいいのか。


「……」


 クーパーは俯いた。前髪が垂れる。このままだと、八神はやてが氷付けになる。


 それだけ


 ただ、それだけなのに。


 なんでこんなに胸が苦しいんだろう。八神はやての笑顔を失うからだろうか。でも、時間は止まらない。




さあ



今こそ、封印の時。









【Crybaby.Classic of the A's12】











舞 台は再び騎士と管理局側の交戦区域に戻る。ただし、ビルの上に一人佇むシャマルはクラールヴィントの探査を終了させる。
探し続けていた、はやての居場所をようやく見つけた。直ぐに念話を走らせる。

"シグナム!!ヴィータちゃん!"

 念話に2人が反応する。それぞれ体の挙動をもって直ぐに切り替える。なのはとクロノという敵が別個いるが、
今は敵どうこうよりも、八神はやての方が優先度が高いのは明らかだ。シグナム、そしてヴィータ、素早く敵に見切りをつけると、
2人とも相手に手を構え、

「この勝負預けるぞ、クロノ」

「手前も、許せねぇーけどケリつけんのはまた今度だ!」

 捨て台詞を吐き、ほぼ同時に音響閃光弾に似た魔法をぶちまける。
視界を潰す白と轟音が響き渡りなのは、そしてクロノは足止めを食らう。
収まった時には、もう舞台には2人しか残っていなかった。直ぐに2人が飛行で近づく。

 見た限り、外傷は無さそうだ。

「クロノ君、平気?」

「ああ、大丈夫」

 内心、なのはが髪を下ろしているのに驚いたクロノだが、何も言いはしない。そして、追い立てるように
エイミィから通信が入る。

”クロノ君!なのはちゃん!! クーパー君っていうか残りの面子の場所、確認したよ!!”

「どこだ、エイミィ」

”なのはちゃんの学校!!”

「学校?」

 少し意外な場所だ。しかし、居ると解ったからには行かない術は無い。2人とも頷くや否や、直ぐ様飛行魔法で空を舞った。
不安を取り払う為にも、なのはは念話を使わずに大声で聞いた。

「間に合うかな!?」
 
風に遮られながらもその声が聞こえたのか、クロノがちらりとなのはを見た。

”行けば解るさ。”

 学校まではそう距離は無い。急げば、まだ間に合う。そう思いながら彼等は飛ぶ。
全ての役者が一堂に介する舞台へ。一方、時を巻き戻して学校屋上。何することもできず、
捕らえられている二人内の1人、クーパーが口を開いた。

「…ザフィーラ、八神はやてはお前達を動かすそれ程の"何か"はあったのか?」

「主…、はやては」

 苦しみと自分は何もできないという苦悶を織り交ぜて、ザフィーラの表情は歪ませる。
犬歯が覗いていた。

「今までの主とは異なった。我等を物として扱わず人として扱って下さった」



「…それだけ?」

「それだけだ。病についてはお前達も知っているだろう」

……

溜息はでない、鼻息一つで馬鹿にした。

「…騎士様が聞いて呆れるよ全く」

「闇の書さえ蒐集が完了すれば、主はやてへの侵食も止まる」

「…もう、蒐集完了後の事については何も言わない。でも、ザフィーラ。本当に八神はやての命を思うのなら、
闇の書の破壊という道もあったんじゃないか?」

「馬鹿な」

「…我が身が可愛いのは同じか。お笑い集団ヴォルケンリッターって名前変えたら?」

「撤回しろ、スクライア」

「…この状況じゃ撤回も何も、ないだろうに」

 やれやれとグレアムを見る。何かを待つように、グレアムは準備万端という風に見える。

「この鎖を解け……ッ」

「……」

 ザフィーラは4重、5重に縛られるそれをジャラジャラと音立てる。そう簡単には破れぬだろう。
シグナムとてあれには観念をしかけたのだから。クーパーは何も答えない。怒り、憎しみという感情が決して消えたわけでもない。
だから、少なからずギル・グレアムも肯定しかけているが全てに頷けているわけではない。八神はやてを永久凍結で封じたとして、
状況はそれでもいいと思っている。でも、

 その場どうこうではなく、己の心は、本心は、それでいいのか?と、決着がつかない。
答えを探そうとも、いかようにも見つからぬそれを、未だに捜し求めている。ただ、解らなかった。

 八神はやてを見殺しにしろという自分と、ただ迷っている自分。ザフィーラを縛っているのも、他ならぬクーパーの自身の手だ。
未だ、その縛りを緩めようとは思っていない。闇の書が永久に封じられるのならば、ただ一人の犠牲は、安い話だ。
ただ、床に座り込んだままの八神はやてを見る。明らかに怯えていたが、グレアムと何か話しているようだった。
今、改めて問いかける。クーパー・S・スクライアとは、その心とは? ユーノ・スクライアが求めた「盾」とは?






「グレアム…おじさん…?」

「ああ、そうだ」

クーパーやザフィーラと離れた場所に、八神はやてとグレアムがいる。そして待機する仮面の男達。
はやては怯えながらもその名前を口にする。
覚えがあった、というよりもギル・グレアムという人物は八神はやての生活を支えてくれている重要人物である。

しかし、はやてはグレアムの顔は見たことは無い。
いつも手紙で文章の羅列でのやりとりを行っていて顔を見るのは初めてだったのだ。
髭を蓄え、見るからに穏やかで優しそうで、紳士と評するに相応しい人物だったかもしれない。

 はやてにしてみれば、おじいちゃん。だろうか。この状況でなければ、だきついていたかもしれない。

「混乱しているだろう。だが聞いて欲しい。私が君を援助し続けたのは君が闇の書の主だからだ。
10年前に闇の書が消滅してから私は次の転生先を探し続けた。そして見つけた。君だ。
恨むなとは言わない。恨んでくれても構わない。君を援助したのは君への贖罪と、今日この日の為だ。言い訳は何もしない」

 人が、解らない状況。そして混乱に陥った時まず求めるのは逃げ口だ。スコップを振り上げられれば走って逃げる。
包丁で脅されれば金を渡してでも命からがら懇願する。助かる為に。力があればそれを振り翳し、撃退してもいいが。
逃げる事もできず、そして力も無いはやては、ただ混乱するしかできない。

 先程のクーパーの時の状況がフラッシュバックする。さっきはザフィーラがいた。でも、今は?守護獣は拘束されている。
そして何故か、クーパーもだ。どうしたらいいのかは解らなかった。目の前の、グレアムに対しても。

「ザフィーラを離せませんか……?」

「ふむ」

 グレアムも、ちらりと盾の守護者を見る。

「残念だが、今しばらく待ってくれたまえ。事が終われば直ぐに開放されるだろう」

 それに、どう返事を返せばいいものか。未だはやての心は、先程のクーパーの言葉に囚われている。
片目の友人を直視することができない。
それはさておき、自分のことよりも盾の守護者を案じたが、不安は胸の中でただただ大きくなっていく。

 贖罪だ、後悔だなんだと。何をしようとしているのか、解るようで解らないことが、胸の中を駆け抜ける。
ふと、仮面の男の一人が顔を夜空の彼方へと向ける。

「父様」

「ああ……そうだな」

 グレアムは頷き、改めてはやてに臨む。

「恨むなとは言わない」

 内ポケットに右手を伸ばし、あるものを握り込んで取り出す。古めかしい様相のリボルバーの銃、エンフィールドNo.2。
グリップを握り、右手の親指が撃鉄を引き込む。はやてにはグレアムがただ拳銃を持っているようにしか見えなかった。
だが今はそんなことどうでもいい。撃鉄は既に押し上げられているしグレアムの眼は未だはやてを捉えている。

「物事には理由が無ければならない。だが、常に人は理由だけでは生きられないのだよ。
人はプログラムではないのだ。安堵、不安、感謝、驚愕、興奮、冷静、焦燥といった焦り、緊張、恐怖、後悔、不満、
無念、嫌悪、恥に侮蔑、嫉妬、期待や優越感に劣等感。これだけではない、人は多くの感情を有し、その感情で、
涙しそして笑う。落ち込みもする喜びもする。この10年」

 拳銃を握るグレアムの腕が伸びた。銃口は、離れた二人に向けられ

「……ッ?!」

 はやての眼が困惑に浮かぶも、グレアムは続けた。

「これが私の選択だ」

 運動会のかけっこで聞くような、紙雷管によく似た響きだった。はやては目を疑う。
グレアムが銃を向けていた先にはザフィーラとクーパーがいて、座るようにしていたザフィーラの体が崩れると共に、
他人事のように、血が床の上を伝い始めていた。銃で撃たれた者はどうなるのか?それは子供でも解る話だ。

 はやては動かない足を引きずるように、それでいて手を伸ばし守護獣を案じる。

「ザフィーラァッ!!!ザフィーラアアアア!!!!」

 悲鳴が響く。そして、グレアムは銃弾の用意して再び銃口を二人に向けた。

「あ…あ…ッ!!」

死ぬ。目の前で人が死ぬ。その光景をまざまざと見せ付けられて正気でいられるほど、はやても大人しくは無い。

「もうやめてぇッ!!私ならどうなってもいいから!!もう、もう……!もう撃たんでええやないですか!!!」

 嘆願してみるものの、2人に向けられた銃口が下ろされる事は無かった。再び引き金を引かれ銃声が鳴り響く。
今度はクーパーの体がぶれて床にぐしゃりと崩れる。その光景をまともに見ていることは、はやてには辛いことこの上ない。
だというのに、追い討ちをかけるようにグレアムは撃鉄を引く。拳銃のリボルバーが動き次なる弾丸が用意された。

「クーパー君と言ったね」

「え……?」

「残念だが、彼の兄も死んだそうだよ。先程連絡があった。一人残しておいてもかわいそうだろう?
この事件、君が引き起こした悲しい事件のせいで多くの犠牲者が出た。彼もそうだ」

「……何、言うてるんや……?クーパー君のお兄ちゃんも死んだ……?」

「そうだ、君の家族のヴォルケンリッターが殺したんだ。そして、君もまた蒐集が完了すればヴォルケンリッターに殺される」

「そんなん嘘や!!そんなのただのでまかしにすぎんって!シグナムも、ヴィータも、シャマルも……!!」

「では彼女達がここ数ヶ月、そして昔から何をしてきたのかは知っているのかな? 君は現実を知りながら夢を見ているだけだ。
先程教室でクーパー君に言われた事も、目を逸らそうとしているじゃないのかい?」

 違うと叫ぶことができない。はやては床に手をついたまま動けない。

「生きることと死ぬこと、その鬩ぎ合いの中で人は生に縋りつく」

グレアムの拳銃が俯くはやてにむけられて、カチリと引き金は引かれた。銃弾は太腿を貫き弾痕を作る。
床を血が濡らす。

「うぁあああああああああああああああ!!!!!!」

 襲い掛かってくる激痛に叫びが響く。震える手がふとももを押さえるが、直ぐにその両手も真っ赤に染まる。
痛みに耐え切れず涙がぼろぼろとこぼれた、グレアムは拳銃を仕舞い片膝をつく。

「人は恐怖を感じた時逃げる事を望む、それは当たり前の事だ。そして、君が持つその力に
今後誰しも怯えない為にも死んでもらおう」

そんなこと、はやての耳には入っていない。真っ赤に染めた両手と震える体、あるのはそれだけ。後激痛か。
グレアムははやての傷口にそっと手を翳すと少しだけ治癒魔法で癒す。自分の声をはやての耳に届かせる為に。

「君は不要な人間だ八神はやて。親も無く、友人の兄を殺し、そして家族の手によって殺される。
ましてや君は家族も見殺しにしてしまった。もう、全てが手遅れだ。そして、友人も見殺しにしたんだ」

「……ちが」

「何が違うのかな?歩くこともできず何一つできない君は無力だ。抗う事も、誰かを助ける事も適わないちっぽけな存在だ」

「…………ッ」

「君を助けに来ようなんて者達は一人もいない、ただ、君は静かに死ぬしかないんだよ。八神はやて君?」

 震えたまま、小さく首を振る。

「それとも、まだ信じられないのかな?」

 グレアムが促し恐る恐る顔を上げれば、そこにはシグナムと、ヴィータがいた。

「ぇ………?」

 神妙な顔をしているシグナムと、はやてを見下すような眼で見るヴィータ。

「お前みてーな主、いらねーよ」

「ヴィータ……?」

「蒐集が完了すりゃお前、いらねえんだ。用無しだ。闇の書が発動すれば私達はまた次の主がいる。お前は死ぬ。
それだけなんだよ。足動かない情けない役立たずな主なんか、もういらねーよ」

「嘘やろ……?」

「お許し下さい、主はやて」

 ぽとりと落ちてから、止まらない涙だけが流れ続ける。カチカチと歯を鳴らしながらはやては問い続けた。

縋りたくて、

願いたくて、

涙を流しながらも問い続ける。

「……そんなら、私……ほんまのほんまに……いらない子やったんかな誰にも必要とされてなかったんかな……」

「んなこといちいちい言わせんなよ、だせー主だな」

その後も、はやての心は穿たれていく。

のだが

 はやてにとって撃たれた筈のクーパーはじっと、はやてを見ていた。傷なんてどこにもないし血も流れていない。
ザフィーラも同様だ。

「……」

左目を細めて様子がおかしくなったはやての様子を窺っていた。グレアムとはやてが話し始めてから暫く、
はやての様子がどうもおかしいとザフィーラが言うので探っているのだが。見た限りクーパーの頭の中にヒットする魔法は、
一つしかなかった。使えはしないが資料で見た魔力反応がある。

「…幻術かな」

舌打ちするザフィーラに嫌味を残す。

「…何見せられてるのかなんて、知らないけどね」

「ッ」

 主が目の前にいるというのに、何一つとしてできないザフィーラは歯痒い思いをしている。
どんなにクーパーに嘆願しようとも頭を床に叩きつけようと左目がよしと言う事は無かった。
冷めた眼でいるだけだ。

「主は」

「……」

「主はやては」

「……」

「何も知らないのだ、蒐集も、闇の書の歴史も」

 阿呆かと溜息をついて吐き捨てる

「…開き直られても困るよ」

「スクライアッ!!」

 しつこい守護獣を見切る。顔を顰めながら思う。闇の書がもしも本当に永久封印されるのならば、それもまたいいのだろうが、
認めたくないが故に必要以上は口に出さなかった。心の奥底で拾い上げたものは、八神はやてを助けたいという答えだった。
助けろだと? その答えに心は頷いている。でもクーパーは素直に頷く事ができなかった。思考は嫌だと思う。

 心はそうだと肯定してやまない。己の思考と本心が上手く噛み合わない。歪な歯車は動こうとしてもと
動けずに嫌な響きを奏でていた。どうしろというのだ。

「………………」

 様子がおかしいはやてを見つめたままクーパーはただ黙す。そして、ふと接近する魔力反応に左目が動く、
左舷方向より急速に近づくものがくる。クーパーはクロノかなのかを予想したが、出現したのは3人の騎士達。
飛行魔法で屋上まで一気に飛来してきた。グレアムもそれに気づいているらしく出現にあわせて幻術を切った。

 シグナムが制止したのかは知らないがヴィータが先行し誘導弾をぶちまけながら突っ込んできた。
仮面の男達は全展開の盾を構築し主への被害を防ぐ。

 グレアムは思いの外あっさりと引いた。それを怪訝に思いながらも着地すると直ぐに主の下へと急ぐ。遅れて、
シグナムが連結刃でグレアム達を牽制しながら屋上へと降り立つ。防がれる。

「はやて!!」

ヴィータは盾を解除しはやてに近寄る。グレアム達は邪魔をしない。そして、気づいたザフィーラが叫ぶのと、
差し伸べられたヴィータの手をはやてが振り払うのはほぼ同時だった。

「シグナムッ!!」

床より伸びたチェーンバインドが騎士達を縛る。ヴィータもその身を縛られながらも、
伸ばした手がはやてに払われ心が固まった。
時が止まる。

「なんやねんな」

「……はやて……?」

 ヴィータを貫くものは、目を真っ赤に腫らしたはやての泣き顔。一度たりとも今回の主には向けられなかったものだ。
ヴィータは目の前の大切な人を凝視したまま、一歩たりとも動けずにいた。尤も、その身はバインドに縛られているが。
目尻より止まらない涙は頬を伝い、雨の雫のように床を叩く。手は床を押さえつけたまま震えていた。

「……なんで、……なんでこないなことになってんねん……」

「はや、て? どうしちゃったんだよ……?」

「私が悪かったんか? 誰が悪かったんや? そないなこと解らへんわ!
幸せに家族と一緒に願っただけやったのにこないな事になるなんて思ってへんかったわ!!」

 泣いていた。ヴィータは主が言う言葉の意味が解らなかった。でも、主は取り乱して泣いていた。そして叫ぶ。

「いらへんッ!! 家族なんてもういらへん!!
お前もいらん! 消えろ!」

 拒絶。しかし、ヴィータの中で何かがガラガラと崩壊する。楽しかった記憶に望んだ未来、全てが崩れた気がした。
初めて主に向けてもらった何かも消えてなくなってしまう。決して手放したくなかった何かが消えていく。
同時にそれを見たクーパーの歯車が無理やり動き出した。車軸が壊れようが歯車がはじけ飛ぶのもお構いなしに理解する。

 八神はやての存在が昔の自分がダブる。拒絶、ただ拒絶。ユーノの手を振り払い、何もかもを拒んだ2年前が脳裏をよぎる。
クーパーはグレアムがはやてに見せていた幻術をようやく解する。全てに裏切られ全てに棄てられ拒ませる"幻影"を見せて、
八神はやてを絶望の沼に沈ませる事。2年前のクーパーの比では無い。家族、己、世界、友人、

 全てに裏切られた孤独な者は何もかもを否定する。そして、何を差し伸べられようと受け入れようとはしないのだ。
決して。ここでもまた、1つの想いを貫こうとしてしまう哀れな人間ができあがってしまった。グレアムの思惑通りに。

「これが結果だよ、烈火の騎士」

 バインドで拘束されたシグナムの眼がグレアムに行く。こちらもザフィーラ同様10年前既知の間柄にあったのか。
睨みつける。

「グレアム」

「たった1人の子供の犠牲で闇の書が封印できるなら、安いものだ。さあ。最後の蒐集を行わせてもらおう」

「?!」

 グレアムの手に、闇の書が浮かぶ。ページが開くと白紙部分まで一気に捲られる。そして、グレアムの手がヴィータに差し向けられた。

「人は生きることを望む。今も、そしてこれからもだ」

「はッ……が……!!」

 ヴィータのリンカーコアが摘出され、闇の書に飲み込まれていく。ページが次々と埋まり仕舞いには消滅する。
グレアムの手はシャマルとシグナム、そしてシャマルにも向けられ、同じようにリンカーコアが摘出される。
ページが埋まり始めた所で次なる者達が姿を見せた。クロノとなのはだ。

「来たか、クロノ」

 グレアムは蒐集の手を速め、蒐集速度を加速させる。
なのはやクーパーのように微量は残さず全てを絞りきると2人の姿も消失する。

「提督!」

「遅かったな」

 本は閉ざされた。大切そうに両手が包む。なのはと共に現れたクロノは宙で停止しS2Uを突きつける。

「今すぐ投降してください、グレアム提督」

「それはできない相談だ、クロノ。私は10年待ったのだ。
どんな障害があろうともこれだけはやり遂げなければならないのだよ」

「……っ」

 S2Uから魔法が発動することはない。クロノは身動き一つできずにいた。
そして、仮面の男2人はもう不要とばかりに仮面を外し元の姿に戻る。体は小さくなり、そして見知った姿を晒す。

「ロッテ……アリアッ!!」

「父様の悲願、邪魔はさせないよクロノ」

「どんなことをしても止めてみせる」

 リーゼロッテ、リーゼアリア。腐ってもこの二人もまたエース級と言っても遜色の無い魔導師だ。
それを前にして、グレアムをどうこうという話では無い。それでも、なのはは屋上の床に座り込んだままのはやてを案じた。

「はやてちゃん……」

その時、一人の男が吼えた。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」

「…あ」

隣に座る少年の鎖を引き千切り、その身をグレアムへと突撃させる。振り翳した拳はグレアムの眼前、シールドに防がれる。
盾越しの守護獣を見つめながら、淡々と述べた。

「どうしたというのだ? もう君達が望んだ蒐集は完了した」

「貴様……ッ!!」

 何か、見えない力がザフィーラを弾き飛ばされ体はフェンスに激突する。グレアムの魔法だろうが詳細は解らない。

「大人しくしているんだな。直ぐに終わる」

「ぐ……ッ」

 グレアムは、本をはやての前にそっと置き夜空を見上げる。そして告げた。

「八神はやて、君が望むままに願えばいい。そうすれば闇の書は応えてくれるだろう」

 クーパーを縛っていたリングバインドも解かれる。自由になった身だが、動こうとはしなかった。
いや、動けなかった。だろうか。姿がだぶる。

――腐った魚のような目をしたあの時の僕によく似た私は闇の書にそっと指を這わした――

 クーパーとはやてはの悲しみが涙は床を叩く。
そして、2年前の僕同様全てを拒絶した私がそこにはいた。

「…何も、いらへん」

「…誰も、いらへん」

 擦れた静かな囁きが落とされる。鼓動を解き放ち律動せし闇の書、今こそ666のページを埋め尽くした闇が目覚めんとする。
時が止まらないように誰の耳にも届きし闇の鼓動は、止まらずに走り続ける。そして、八神はやての体にも変容が見え始めた。
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