机と椅子が散乱した上、教室二つを繋げちゃった部屋に現れた1人の男。クーパーはリングバインドに縛られたまま尋ねる。

「…どうやって、多重結界に侵入したんです?」

「残念ながら君の構築が甘い」

「……」

 全くと気づかなかったのはクーパーの落ち度だ。結界を張る前に確認用の探査は走らせているが、
グレアムはそれを潜り抜けたのだ。どのような方法かは知らないが、やはり魔力の腕では一枚も二枚も相手が上だ。
そしてザフィーラも、チェーンバインドに縛られたまま睨んでいる。

「久しいな、ザフィーラ」

「グレアムか」

 左目は、2人が知り合いなのかと見つめる。資料としてのグレアムは知っているが、生のグレアムは初めてだし、
ザフィーラと関係は全くといっていいほど予想していなかった。確かに10年前の事件で、グレアムが守護騎士と
何らかの関わりを持っていたとしても不思議ではないのだが。自らの心音が、不安を重ねるように大きく聞こえていた。

2人の傍に、グレアムが立つ。そして、目を閉じて感慨深げに呟かれた。

「10年。実に長い時間だった」

 その言葉が何を意味するのか。ザフィーラ、クーパー、そしてグレアムがいるこの教室に、不穏な空気が漂う。
管理局の人間であれど、今は追われる身。そして幾度と無く管理局の邪魔をしてきたのだ。
クーパーにとっての一概に味方、とは言えないだろう。ランクAAA相当の使い魔を2匹も有する大魔導師だ。

 プレシアクラスかもしれない。戦うとなると明らかに分が悪い。クーパーはザフィーラを縛り、
クーパーはグレアムに縛られ、グレアムは自由の身だ。縛る者はそれぞれの拘束の相手を解かない。
クーパーとザフィーラは、それぞれに相手の様子を伺う。そして、閉じていた目は開かれる。

 その上で、グレアムがクーパーを見てからゆっくりと頭を下げた。馬鹿にするでもなく嘲笑を見せるでもなく、
ただ、年長者は礼儀を弁え深く頭を下げた。その行動が、クーパーには理解できなかった。
相手が何を考えているのかも。全くもって理解できない。頭をあげた。

「すまなかった」

 謝罪までされてしまう。それが解せるものでもなく、クーパーは縛られたままグレアムを伺う。

「…どういう意味ですか」

「君の腕のことは聞いている。民間人にも関わらず、この一件で多大な迷惑をかけてしまった。
本当に、すまなかったと思っている。治療に関しては任せてほしい」

 正直に言えば何に対して謝られているのか理解はできなかった。それでも、
相手が必要以上に礼儀を尽くしていることは理解できる。今がどんな立場にあろうとも、
グレアムという人間は管理局で提督の人間だ。

「…僕のことは兎も角、提督ともあろう方が私怨に走る程のことだったんですか?
貴方自身がこの事件に介入し権限を以って解決策を模索すれば良かったのでは?」

 それに対し、首を横に振られる。駄目だ、それじゃ駄目なんだというのがありありと伝わってくる。
悲壮感を貯えている大人故か。目線を落としながら口が動く。

「駄目なんだ。仮に私が最前線で指揮を執ったとしても、10年前と同じ事の繰り返すになるだけなんだよ。
これ以上の犠牲を出さない為にも、私はこの時を待った」

 その言葉に眉根を動かし怪訝に覗う。管理局という力にも、立場にも頼らず、個人の力だけで何かを為そうとするその理由。
それが気になって仕方が無い。頭の中では凄まじい速度でその理由が検討されていく。それでも、行き着く答えはどれも同じだ。

「…指揮を執る立場の人間ではできないこと。それに、管理局という組織に縛られず犯罪者紛いのことを行うと言う事。
加えて、秘密裏に開発していた最新式の凍結魔法特化のストレージデバイスですか?」

「そうだ。これ以上の犠牲を出さない為には、こうするしかなかった」

 若干の諦めと苦渋だろうか。クーパーが予想していた答えとグレアムが既に持っていた答えは一致した。
八神はやてを永久凍結し、二度と目覚めさせないこと、だが。一度唾を飲み込む。
ぐびりとする音が、妙に大きく聞こえていた。

「…不可能です」

 クーパーは否定する。

「何故だね?」

グレアムは問う。

「…物事に永遠なんてありえません。永久封印なんて望んだとしても、闇の書は必ず甦ります。
生命に限らず、何らかの形を持ったものには必ず始点と終点が付き纏う。
貴方が永久と望んでいるものはあくまで期限付きだ、必ず闇の書は復活して、また猛威を振るい始めるでしょう」

「試算で永久封印は可能と出ている。それに、例え永久が無理だったとしても、
長期間の凍結が可能になれば、誰かが完全破壊の手段を模索してくれることを望むよ」

 不思議な話だった。自分の手で八神はやてを殺すことを良しとしながらも他人の手で八神はやてを殺すというのはあまり、
よしとはしたくないと思っている。ただの我侭だろうか?、我執か?解らないが、
グレアムを通して傲慢で醜い自分の姿を見ているような気がしてならなかった。

 何かを貫くと一度決めた人間は強い。でも、誤った方向へと進む人間は爛れて腐った汚物のように気持悪い。
プレシア・テスタロッサがそうであったように。しかし、

「それを、私が認めると思ってるのか。グレアム」

 鎖に縛られたままのザフィーラが問う。顔には、先と同様ある感情が浮かんでいた。怒り、だ。
それを感情の無い顔で見下ろす。

「認める、認めないの話をするならば君は一生認めないだろう。ザフィーラ。
だが、どこかで誰かがやらねばならない話なのだ。人が闇の書という脅威を忘れない為にも、証人になってほしい」

 顔を顰める。

「証人、だと」

 その人は見下す。

「そうだ。闇の書の存在を知らせる者になってほしい。死を知らぬ君にな」

「主を封じられ、無様を晒す私だと思うか」

「思わぬよ。だが現・主である八神はやては死ぬ訳ではないのだ。"守護"する者も必要だろう」

 皮肉か。人によっては受け取り方は様々だが、ザフィーラの面持ちは厳しくなるばかり

「私が担うのは、主の守護だ。貴様によって作られた番人という役目では無い」

「駄目かね」

「愚問だ」

 ふむ、とグレアムは顎鬚を名でさする。困っては無さそうだが。
困ったな、という表情を演出しているようにしか見えない。拘束される2人の盾を前に、グレアムは摩る手を止めた。

「スクライア君」

「…何でしょうか」

「私は10年前の闇の書の事件で多くの部下を失った。クロノの父親、クライド・ハラウオンも私が殺した。
誰かを恨み、妬み、そして復讐を誓う心を持つという意味で、教えてくれたまえ。私は、間違っているかな?」

 答えはとっくの昔に出ていた。NOだ。導き出された答えは言う。いいえ、提督は間違っていません。
貴方がやっていることが犯罪紛いにしろ、人としての感情では、間違っておりません。
答えはとうの昔に導き出しているにも関わらず、脳裏に浮かぶ八神はやての笑顔が離れてくれない。

 図書館で共に過ごした日々が胸を締め付ける。その苦しさがよりクーパーを攻め立てていた。
気づけば耐えるように歯を食いしばっている。力を入れすぎて顎が痛いときづいたのは暫くしてからだ。
葛藤に揺れ動くその様をグレアムは見つめていた。10年間、男が味わった苦しみだ。

 こんな偏った子供に、答えを導き出せというのも愚かな話だとグレアムは思った。
仮に大人扱いしても、所詮は子供だ。その小さな頭では答えを導き出せないだろう。

だから、そっと答えを置く。

「法の下に言えば私は間違っている人間なのだろう。君もだ。だがそれでも、私は人として動く。
今後の犠牲者を1人でも減らす為にも。最後の闇の書の主として、八神はやてには眠ってもらうしかないのだよ。
…尤も、彼女1人を犠牲にしようとは思っていないがね」

「どういう意味だ、グレアム」

ザフィーラの問いかけに、五つの眼球が動く。顎鬚を、手がゆっくりとなですさっていた。

「私も共に、行くのだよ」

 誰も、その震えに気づかない。










【Crybaby. -Classic of theA's11-】





 クーパーのロスト後、仮面の男達と騎士達は暫く戦った後、唐突に仮面の男達は消え失せたが、
鳴海上空に、騎士達はまだ残っている。その状況をアースラブリッジでも見つめていた

「クロノ執務官」

 クロノはリンディの呼びかけに頷いてみせる。ここで騎士達を捕らえてしまった方が後々が楽になる。
闇の書の主である八神はやてとリーゼ姉妹も気になるが、アースラが全力を挙げて探索を行っているし、
今は誰彼というよりも、目の前の敵が優先だ。迷っている暇は何処にもない。

「行けるか、なのは」

「うん」

 やる気満々の砲撃魔導師に、クロノは申し訳なく思う。このような危機的状況でも無ければ、なのはに
支援要請を出すはずも無いのだが、状況が状況だと言い訳をするのは情け無い限りだ。が、騎士達を一人で
相手にするのは、流石のクロノでも無理だった。S2Uとエグゼリオが展開される。

「エイミィ」

「ほい……っと。転送いくよー!」

 コンソールをスタタタタとエイミィの指が叩くと共に、クロノ、そしてなのはが地球軌道上より送り込まれる。
直ぐに騎士達と距離を置いた場所にその姿が現れ、なのははエグゼリオを構える。

「クロノ君」

「ん?」

「私はヴィータちゃんね」

「……ああ。構わないが」

 高町なんとかと言われ続けていることが酷く気に入らないらしい。すごく些細なことだった。
小学生が同級生にあだ名で呼ばれて違うやい!と意地をはるレベルかもしれない。それは兎も角として、
クロノもS2Uを構える。やや遠目に見れば、ヴィータの誘導弾を張ろうとしているのが見えた。

「いくか」

「行くよ!!」

 エグゼリオとS2U、それぞれが砲撃用意を初め、ヴィータの誘導弾が放たれると共に2人ともデバイス先端から砲撃をぶっ放す。
騎士達も動くのが見えた。シグナムはレヴァンティンを連結刃にしながら飛来し、ヴィータも鉄鎚を構え突っ込んでくる。なのはとクロノは散会するが、ふと。なのはは思った。

「(えと、クーパー君がいなくなって、はやてちゃんも消えてる……となると)」

 当然の帰結ともいえるのだが、主を見失った騎士達の激怒が誰に向くのかは言うまでもない。ヴィータの速度が異常だ。
なのはも加速して逃げながらも誘導弾を生み出しながら逃げる。でも、見てしまった。
紅の騎士は鬼のように激怒しながら迫ってきていた。

「高町なんとかぁーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!」

 否定している余裕は無い。相手がマジギレしている以上、下手をすれば撃墜されかねない。

「待ちやがれ!!」

 ヴィータは一時停止と共に誘導弾を操作しなのはの後を追わせる。なのはもまた、
一時停止する誘導弾を操り、全て迎撃。そして逃げる。また追っかけてくる。下手な鬼ごっこより怖い。

「はやてを返せ!!!」

 それに、どう返事をしていいものか解らない。なのはは迷う。

「返せっつってんだッ!!」

 追ってくるヴィータの速度が加速する、止まるわけにも行かず、逃げながら数発の射撃を見舞う。
それを飛行で避けながらも、何発かは命中する、が。鬼の如く突き進んでくるヴィータには効いていないかのように見えた。
一気になのはとの距離を詰めると、鉄鎚を振るう、当然。

 1回2回と避けて体勢を崩すとなのはも敢えて垂直落下を開始しながらヴィータに射撃を加えて行く。
逃げながらじゃないとろくに戦えない。

「待てコラァッ!!」

 直ぐに追ってくる。
地面衝突まで数秒はあると踏んだなのはは、すかさず砲撃のチャージを開始する。

「ディバイン……!!」

「アイゼン!シフトだ!!」

 チャージされる桃色魔力と、ラケーテンに換装した鉄鎚したアイゼンが、ブースト加速して一気に突っ込んでくる。
地面までの距離は少ない、そしてラケーテンハンマーで一気に加速をつけてくるヴィータの速度は自殺願望を持つ人のよう。
…要は躊躇いが無かった。

 それを見てなのはの心に去来するのはフェイト・テスタロッサの残像だった。いつもここぞという時は競り負けていた。
私は弱いから負けていたとずっと思っていた。でも実際は違った。
フェイトとて恐怖を感じ、ギリギリのところで勝利を掴んでいたに過ぎないのだ。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサの違いなど、ほんの僅かなコンマの差に過ぎないのだと理解している。
だから、必死なる。歯を食いしばる。高町なのはは彼女達とは違うのだ。地面激突はもう目の前。
それでも敢えてなのはは撃った。

「バスタアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!」

 ヴィータの体が怒涛の砲撃に激突するが、直ぐに飛び出して突っ込んでくる。なのはも地面に直撃寸前にフィンを吹かす。
直撃を免れるとすぐさま地面沿いに飛行を開始しぶっ飛んで逃げる。

「待ちやがれ!!」

 高度をとりながら相変らず追ってくる鉄鎚。それをチラ見しながら、なのはは機を覗った。
近接に持ち込まれれば部が悪いのは見えている。中距離戦を維持したいが、相手も近接に持ち込もうとねじ込んでくる。
となれば、どうしたものか。

「ヴィータちゃん。あのね……」

 どうせは聞いてはくれないだろうからと一人勝手に呟いた。どちらかというと、自分に言い聞かせたのかもしれない。

「私、そんなにいい子じゃないんだ。お父さんとお母さんに魔法はお預けって約束したのに破ってるし。
フェイトちゃんにおいしいケーキを食べさせてあげるって言ったのに、練習が最近おろそかになってる。
おかしいよね、絶対におかしいもんね。でもいきなり襲い掛かってきて話も聞いてくれなくて、
はやてちゃんがいなくなったのも私じゃなくて、クーパー君のせいだし。
クーパー君もクーパー君だよ、一人で独断行動してるし、はやてちゃん誘拐しちゃうし。
先に謝っとこうかな、ごめんねヴィータちゃん。
私もヴィータちゃんのこと嫌いじゃないけど……話聞いてくれないのは酷いよ」

 一度だけ、ギリリと奥歯を噛み締める。

 鬼が怒りて羅刹と成る。ふぅ吐息を落としてから腹を決める。追尾の様子を覗うの止め前を見据えた。
次々とビルを通り抜けていく加速感の中で脳みそは叫ぶ。エンドルフィンぶっちりでございます!
前方を睨む。顔を舐めていく風が気持ちよかった。少しだけ、バトルマニアの気持が解ったような気がした。

 もう1度息を吐き出すと呼吸を止めた。

「エグゼリオ、カートリッジロード!」

『yes master.』

 飛行で逃げながらボルトアクションの装填が一発、空薬莢がお達者でと立ち去った。
エグゼリオはストレージだ。インテリジェンスでも人工AI搭載型でもない。指示に対する返事を単調に返しただけに過ぎない。
いつの間にかレイジングハートが手許に無くなったことにも慣れてしまった。

親友の手許にある元相棒が手許にいたとしたら、必ず励ましてくれるはず。だから負けられない。
これ以上、無様な姿を晒せない。そして、自分の中にある我執に気づいてしまった。それは言う、
あんなちょこざいのとっとと落として、クロノの手伝い行こうや。と。

そして、中距離メインのなのはが、あえて近距離を仕掛けようとしていた。体の中が沸騰したように熱く滾り始める。

「みんな、勝手すぎだよ! ヴォルケンリッターも、クーパーくんも、グレアム提督も!」

 悪魔の逆ギレが始まった。

「いくぞアイゼンッ!!」

 後ろの斜め上より、ヴィータが再度仕掛けてくる。突撃と共に振り回される鉄鎚をなのはが紙一重で避け、二人が横に並ぶ。
並列に並びながら振るわれたハンマーを、突き出したなのは手は盾を展開し防ぐ。

「あたし達の邪魔をすんな管理局ッ!!!」

「なら武装を解いてよ!!」

「私達はやらなきゃいけないんだ馬鹿町ッ!!!!のうのうと……!」

「のうのうと幸せに暮らしてる私達にはわからないって? そんな能書き聞き飽きた!
自分の世界に閉じこもって全部否定して、自分だけ知ってる知識を振り翳していい気になってる人の気持ちなんて解りたくない!!

「うっせぇぇええッ!!!!!!!」

 アイゼンからなのはを振り払おうとするが、コバンザメのように離れてくれない。

「否定しかできないのは図星? 嫌な事をさらけ出すこともで、認めることもできないのは力じゃない、
ただの我侭だよッ!!はやてちゃんの事情があったとしても、それでも無理を押し通そうのは間違ってる!」

 シールドで防ぐなのはの手が、前に出た。ヴィータの鉄鎚を握り締める。その衝撃に思わず顔を顰める。

「離せ手前ッ!!」

「離さない!」

 2人は絡み合いながらビルの中を駆け抜けていく。なんどもぶつかりそうになりながら、踊るように。
くるくると回り続けた上、ビルに激突した。なのはが押し、ヴィータが背にビルを受ける。

「悪いようにはしないから武装を解除して!」

「はやてを拉致っといて何様のつもりだヘナチョコ頭!! ぶっ殺してやる!!」

 無数の誘導弾が連続してなのはの背を叩いた。僅かに怯むも鉄鎚から手は離さず、またビルに押し付ける姿勢も崩さない。
ただし、髪留めがはじけ飛び髪が降りた。苦痛に僅かに俯く。

「……殺すってさ…死んじゃうんだよ……?」

「そうだッ!!何もしなければはやてだって死ぬ!!お前達の邪魔なんか眼ざわりなだけなんだよッ!!」

吐息一つ、

「……そうだね」

片手がアイゼンを抑え、片手がエグゼリオを握り締める。そして睨みが、ほんの数センチ先に現れる。

「でも駄目だよヴィータちゃん」

「ッ?!」

 動けないヴィータに、エグゼリオを突きつけて目の前でカートリッジリロードを行う。
ホットアクションが1回、2回、3回と動き、空薬莢がバッタのように飛んでダイブしては落ちていく。
2人の鼻に煙の匂いがつく。

「はやてちゃんは、そんなことして喜ぶような子じゃないよ」

 羅刹が動く。動けないヴィータに対しエグゼリオが零距離砲撃をぶちかます。
ただし、片手は未だアイゼンを手離さずに逃がさない。フィンを吹かし自身もその場に固定。ヴィータを逃さない。
砲撃を零距離で浴びせ続ける中、なのはの髪が余波で強く波打った。

「があああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!!」

ヴィータの叫びが、なのはの耳にこびりついた。

「エグゼリオッ!!」

これでもかとカートリッジロードのボルトアクションが、引いては戻り引いてを戻り繰り返される。
空薬莢達が飛び跳ねる。戦いなんて、全然嬉しくもなんともない。苦しくて、辛くて、それでいて勝ったとしても
こんな戦いなら喜びだけでは済まされない。ゲームではないのだ。

 空しさと切なさも同居する。それでも戦う自分が嫌いだ。辟易する感情を押し殺し、なのははアイゼンを掴む手を振り回した。
ビルを背にしていたヴィータの体が宙へと躍り、なのはは手を離す。落ちていく紅、それをエグゼリオで狙いをつける。
動く気配は無かった。

落ちていくヴィータに狙いをつけながら思ってしまう。こんな戦いじゃなくて一緒に美味しいケーキを食べて、
楽しく話しができればどんなに素敵なことか。戦いとか、殺し合いとか。憎しみとか悲しみとか全部忘れて、
楽しいことだけだったら嬉しいのに。食いしばった歯が僅かに口許より覗く。ごめん、と。心の中で小さく毀れる。

「ディバイン………………ッ!!!」

 今はただ、トリガーワードをぶっ放す。

「バスターーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 桃色の砲撃が、紅を飲み込んだ。一気に地面にまで叩きつけて、コンクリートを砕きながら転がっていった。
直ぐに砲撃は解かれ、なのはは肩で呼吸を繰り返しながら、目許をぐいと拭う。カートリッジパーツを外すと
新しいものを叩いてはめ込む。

「……畜生」

 アイゼンを手に、紅はふらふらと起き上がる。口許を拭い、頭を振るった。
ただ、宙を睨みつけ虚空に吼えるとアイゼンを突きつけた。

「あたしは負けられねぇ……傲慢だと罵られようと、屑と言われようともう引けねぇんだ!!!
私達が何もしなきゃ結局はやては死ぬんだ!!そんなの認められるか!!!!!」

 アイゼンを通常に戻しながらカートリッジをロードしていく。空薬莢が2発躍り出た。
不退転の騎士此処に在り。

 その一方で、蛇が宙を走り抜けていく。クロノの周辺を幾度と無く、メビウスのようには捻りっては戻り狙い来る。
小器用に飛行で動きながらシグナムに射撃を放っていくが、紙一重に避けるか鞘で防がれるか、連結刃が防いでしまう。
S2Uを手に様子を覗うが、どうにも紙一重にいかない。そうこう思っていると、蛇はその身を戻し一振りの剣に戻っていった。

「我等が主の身柄を奪い、満足か」

 シグナムの発言に、クロノはやれやれと溜息をつく。今回の件はクーパーの独断専行だ。暴走を止められなかった責任はあるが、
まさか話に聞いていた友人が闇の書の主だったとは、誰も想定できまい。S2Uを構えながら答える。

「言い訳はしない。だが事実だけ述べればクーパーの独断専行だ。闇の書の守護騎士」

 それを聞き、シグナムは顔を顰める。そのこころに、あの時始末できなかった後悔が滲む。

「…スクライア、か」

「そうだ。今総力をあげて探している。悪いようにはしない、君達守護騎士も投降してくれ。
八神はやても保護すれば」

「残念ながら、身内がああではな」

「……」

 ちらりと見てみれば、なのはとヴィータは激しくぶつかっている。

「…事実と建前、そして本心はいつも異なるということだ。許せ」

「僕から何も言う事は無い、投降しないのならば制圧させてもらう」

「生憎と簡単に負けてやる気は無い」

 シグナムは1つ吐息を置いた、こうしている間にもシャマルが全力ではやての居場所を探してる。時間が稼ぐ、
という意味では戦うのは悪くは無い。片手には剣を、片手には鞘を、二刀の構えを以ってクロノと向き合う。

「いくぞ」

「来いッ!」

 クロノのS2Uとレヴァンティンが激突している。
中距離メインでサブ近距離遠距離のクロノと、近距離メインサブ中距離遠距離のシグナムの戦い。
どちらも一枚岩でない者達の、AAAクラスの戦い。





 静けさが漂う。闇の中に沈む教室は、グレアムが落とした言葉が妙な空気を作り出していた。

「…どういう意味ですか」

 何かを滲ませる見上げる左目を受け止めながら、顎鬚をさする手を止める。

「言葉通りさ。私もまた行くのだよ、彼女一人では行かせはしない」

 優しげな微笑みが落とされる。傍から見れば渋いおじ様だ。でも、その笑みは見透かす事もできずにいる。
不安が、よぎった。

「…贖罪のつもりですか」

「それが無い訳ではない。だが、彼女を私もろともデュランダルで封じ込める。眠り続ける私のリンカーコアと
とデュランダルを繋ぎ、凍結魔法をオートに発動させ永遠に封じ続ける存在になる。それが、私ができるせめてもの役割だよ」

「グレアム……ッ!!」

 ザフィーラが、苦味縛った表情で睨みつけていた。
でも、相変らずクーパーの頭の中で、良い事なのか悪い事なのか答えを出せずにいた。世間体でも、法でも、周囲なんかでもない。
クーパー・S・スクライアとしての答えがまだ見つからない。グレアムを見つめたまま左目は別の何かを見ている。
もう一度唾を飲み下す。ぐびりと喉笛が動き心はさ迷っていた。

 このままこの事態を見つめるべきか、それとも別の何かをすべきなのか、クーパー何も見出せない。空っぽだった。
八神はやてを殺そうとした。怒りに身を任せて迸ったが、今。我が身は未だリングバインドに縛られたまま迷う。
八神はやてが氷漬けになって永久の眠りにつくだけだ。別に何も悪い事じゃない、後はグレアム提督に任せればいい。

 例え法が正義で彼が悪でも、ギル・グレアムという男は自己犠牲を以って、闇の書を封じようとしている。悪い事じゃない。
悪い事じゃないんだと心に言い聞かせながらも、自分の感情は違うと否定している。

 必死に水面を左目が覗き込み、その答えを探すも見つからずにいる。闇が深すぎる。
苦渋の表情を持って苦虫を潰す。なんだと言うのだ?己にとっての八神はやてとは?そもそも己とは?
己にとっての感情とは?幾重にも及ぶ疑問が連鎖し連なっていく。

「………」

 どうしたらいいのか。クーパーという人間はどの道を辿るべきなのか。いつまでも見つからない答えに苛立ちを覚えていながら、
グレアムは指を擦り合わせてから、ちらりとザフィーラが作った結界に収まる八神はやてを見やった。

「始めようか」

 止まっていた刻が動き出す。
inserted by FC2 system