管理内のとある世界、とある遺跡の近くにある小さな街。
直射日光が強く、ラテンの色を浮かばせるその街にクーパーはいた。。
1人石畳の道を歩いている。強烈な日差しが暑くてしょうがない。

 いつまでも直射を受けていると日焼けはするし、汗をかいてしょうがなかった。
地元の住民とすれ違う度に挨拶が飛ぶ。

「オーラ~クーパー!」

「…オゥラー」

「オゥラークーパー!エスタスビェーン?」

「…オラー、マスメノス。コモエスタ?」

「ムィヴェン!」

 次から次へ。

「オッラーコモエスタスクーパー!」

「…オラー、アメーゴ?」

 手を振る。

「アメーゴ!」

 明るい声が飛ぶ。途中果物を貰って齧りながら歩いてからメインストリートを外れ日陰道を歩く事暫く。
ぼろい建物の階段を二段飛びでかけあがり、これまたぼろいドアを開る。そこがクーパー仮宿だった。
中は簡素で物は少ない。発掘に関連するものが点在している。

 主を待っていたアルトが、お帰りと一鳴きする。

「…ただいま、お裾分けだよ」

 齧っていた果物をぽいと投げると、アルトはそれ上手くキャッチして、床に転がしながらうましうましとガリゴリ齧り始める。
とりあえず、クーパーは靴を脱ぐと何も考えずに自分の体をベッドへと放り投げ、スプリングの軋みもそこのけ吐息を落とす。
ああ、疲れた。

 実に疲れた。たかだか兄の援護に行く予定が、牢屋に入るくらーい知り合いもできた。
ケーキ屋志望の砲撃魔導師の知り合いもできた。偏屈な執務官とも知り合った。そして2年ぶりに兄と話すこともできた。
でも、疲れた。もう、ここはアースラではない。クーパーが従事している発掘現場の仮宿なのだ。

 ようやく戻ってきた。当面は何も考えたくない。
そう思いながら眼帯を右目からはずすと、寝転がったまま机に向かい放り投げる。
でも床に落ちた。今は何も考えたくないから拾わないらしい。目を閉じた。

 一切の煩いを考えずに惰眠を貪るのだ。
なんとすばらしいことか。
しばらくすると静かな寝息が聞こえ始めアルトは果物を齧るのをやめ顔を上げた。

 口許をぺろりと舐めてから体を起こし、落ちている眼帯を咥えあげる。どうせご主人は起きたら眼帯を探すのだからと。
ベッドの上に飛び乗りクーパーの顔の近くに眼帯を置いておく。一仕事終えると果物のところへ戻りすとんと体を落とす。
またガリゴリと果物を食べる音が聞こえ始める。

うましうまし。







【Crybaby.-Classic of the A's-】









 海鳴公園での別れより数時間後、アースラ。

「…良かったんじゃない?」

「そうだね」

 再びフェイトは牢の中、簡素な椅子に腰掛けながらも手の中には紅玉が握られている。
翳りが大分薄らいだように見える。いい兆候だと思いたい。
クーパーも一安心だ。踵を返す。

「…それじゃ、僕もそろそろアースラからお暇するから、また裁判の時にでも」

 おや、という風にフェイトが顔を上げた。意外らしい。

「クーパーももう行くの?」

「…職場に戻るよ。色々とやらなきゃいけない事とかたまってるから」

「そっか」

 何か考える仕草をしてから顔をあげる。

「大好きなお兄ちゃんのこと、大切にしてあげてね」

 なんてことをのたまるから、クーパーは虚を突かれた。一瞬だけ固まってから、かなわないとばかりに頭を掻く。

「…僕はブラコンでもないんだけど」

「兄弟がいるのは素敵なことだと思うよ」

「…それはまぁ、そうなんだけど」

 あまり反論する気も無いのか、両手をあげて降参ポーズを取る。勝者であるフェイトは静かに笑った。

「仲直りもできるといいね」

「…そうだね。仲直りできたら」

 いいことだと思う。それは言わなかったがフェイトも解っているのか、先は求めない。2人は一様に頷いてみせる。

「…それじゃまた」

「うん。また」

 クーパーは牢を後にする。途中で、アルフの牢にさしかかり足が止まる。
妙な視線が気にかかったからだ。

「仲がいいことだね、クーパー」

 牢屋越しにアルフがニヤニヤ笑っていた。思わず怪訝な顔をして声も暗く重いものになってしまう。

「…何か?」

「いんや? 私としてはご主人様が根暗なままじゃなくて助かるけどね。
でもフェイトにへんな気起こすなら容赦なくぶっ飛ばすからその時はよろしく」

「…断っとくけど、僕はフェイトに恋愛感情なんてこれっぽっちも持ってないよ。
っていうか、僕は年上趣味なんでフェイトよりもアルフの方がいいかな」

「…………………」

 椅子に腰掛けていたアルフが壁際に逃げる。その姿を見て、片目は鼻で笑いニタリと笑う。

「…冗談だよ」

「あんたの場合、冗談に聞こえないから怖いんだ」

 アルフは胸を抑えて溜息をつく。性質が悪すぎる冗談だった。

「…どちらにせよ、異性のことなんて考えてる暇ないんだ。それじゃ、また裁判の時にでも」

「ああ」

 先と同じように手をヒラヒラさせて、クーパーはアルフの牢も後にした。
拘置区域を後にすると自室にさせてもらっておいた場所に戻り、ニット帽とアルトを取って部屋を後にする。
直ぐに転送してさっさとお暇しようとする……と、

「フェイト達には挨拶はあって、僕には何もなしか」

 不意打ちな声が聞こえた。聞き覚えの有る声だ。いやーな声でもある。
部屋の入り口にはクロノの姿が。ユーノはいなかった。

「執務官にはちゃんと言ったでしょう」

「帰りますの一言で納得すると思ったのか? 君もどうでもいいところで子供っぽいな」

「…それはどうも」

「…連絡はスクライアまで」

「スクライアは君1人じゃないだろう」

「…嫌味な執務官ですね」

 舌打ちをしつつ、カドゥケスの連絡ナンバーをS2Uに送信。
これで嫌でも連絡してくるだろう。クロノも確認するとよしと頷いた。

「改めて聞いておくが、管理局で働く気は?」

「…今のところありません。というよりも執務官。買い被りすぎです。そんな期待されても大した働きはできません」

「庭園での君の戦闘データをみたら、陸の連中は相応の反応をすると思うけどな」

その言葉にクーパーは反応する。

「…陸?」

「地上本部のことだ。ミッドチルダの」

 相槌を打ち思い出す。

「…ここは海でしたっけ」

「そうだ。でも陸なんてどうでもいい、使えるのなら僕は君が欲しい」

「…親子揃って歪まないことを願いますよ」

それを聞いて、クロノは少しだけ反応した。

「あの時、艦長に何を言われたのかは知らないが」

「…ああ、管理局の都合なんて僕は知りません。聞いてません」

クロノに手をひらひらさせながら横を素通りし部屋を出る。

「…ああいう人の考え方なんて、僕には関係のないことです。
それに、僕がここに来た目的もあらかた達成したのでスクライアにも顔向けできます。
後は頑張ってください執務官」

「目的?」

「…ただ兄さんを助ける為だけに僕が来た、なんてある訳ないでしょう。
顔だって見たくなかったんです」

 それに対してため息1つ。

「つくづく子供だな。君は」

「…普通って言って下さい」

「で、仕事って何があったんだ」

「…機密です」

 薄っすらと微笑みを残し背を向ける。嫌味の残滓はため息も招けない。
転移の魔方を発動させる。

「…お世話になりました。裁判の時にでもお会いしましょう。連絡お待ちしてます」

「ああ」

 そんなこんなでアースラを後にする。
そして元いた仕事現場に戻り報告を済ませると眠った。
そういうことだ。







 いつも通りの日常が戻ってきた。発掘現場に復帰すると仕事の忙しさに翻弄される。
戦闘なんて柄じゃないと思いながらも、フェイトとの最後は確かに危なかったが楽しかったと振り返る。
また発掘に従事する日々に戻ったのはいいが、あの面子がいないのは少し寂しいと思ってしまうのは子供心か。

 起床、朝食、現場へ。発掘、昼食、発掘。夕食、発掘、帰宅、シャワー、睡眠、また起床の日々を繰り返す。
時折街でスクライアの人と一緒に食事を楽しんだりと、その程度の娯楽で過ごしていた。
なんと枯れた少年と思いたい所だが……ある日、いつも通りの仮宿に戻り眠ろうとした所メールが届く。

 差出人の名は無い。

「……」

 でも、これで差出人不明のメールは2件目だった。1回目は、なのはとフェイトが別れを惜しんだ公園の時。
ちなみに、一回目のメールの内容はこうだ。

" カドゥケスを調整してあげよう、ミッドチルダに来たまえ "

 そして、2回目のメールの内容は

"待っているよ"

 だけだった。

 1回目、誰から送られて来たのかは迷ったものの、大体の把握はついていた。
このデバイスはクーパーが記憶を失う前から持っていたものらしい。
そして、自分の記憶に関わりがある人物というのはスクライアの長老から1人しか聞かされていない。

 迷惑メールや広告の類でもない。名は、口に出さないものの、行っていいものか少し迷う。
それでも催促のメールが来るということは、僅かな疑心がクーパーの心を揺さぶった。

「(…見られてる?)」

 カドゥケスを使ってるかどうかなんて誰がどうやって解るのか、監視されているか。
それともカドゥケスのデータは自動的に、取られているのか。おまけに何処に行けと?
当たり前だがミッドチルダは広い。でも、それも書いていないという事は決まっている。

「…行けば解る、か」

 無くした自分の記憶も、あわよくば取り戻せるかもしれないという淡く幼く儚い願望が蠢く。
小さな感情たちが異議ありと挙手するも無視してベッドの中にもぐりこむ。
次の休みの時にでもミッドチルダにでも行ってみればいい。そう決めた。

 そこで、何かが起きるかもしれない。過度の期待は寄せずに日々を過ごす事にした。
顔も知らぬ、とある科学者の名だけが頭の中に刻まれている。
ただ、それだけだった。

 発掘作業に従事しながら、1日、また1日と過ぎていく。
期待と不安を織り交ぜながら休みの日を迎えると朝の目覚めは早かった。

「……」

 起きると両手で顔をバチンと叩く。支度していつも通り朝食を作る。それをアルトと一緒に食べてから、
ニット帽を取り頭にかぶせる。腕には待機状態のカドゥケス。持ち物らしい持ち物も必要ない。
アルトに一言行ってきます、と告げてからクーパーは仮宿を後にした。

「オゥラー、クーパー!」

「…オーラー」

 自身の転送魔法を使わず、小さな転送ポートに向かいミッドチルダへと向かう。
割と辺鄙な村だから、混雑も無く空いている。ミッドチルダは昼過ぎで転送ポートは程よく賑わっていた。
それらを横目に、外に出れば快晴だった。

 乱立するビル郡の中から、一際でかい時空管理局地上本部が見える。
"陸の本拠地"だ。太陽の眩しさに手で日陰を作りながらぼんやり眺める。
しかし、溜息をつきながらどこいくべきかクーパーは迷った。

 メールを寄越した相手は場所を指定してはいない。
仕方が無いので、適当に朝のミッドチルダを散策しつつたまたま見つけた適当な店で本を数冊購入し小奇麗な喫茶店に入ってみた。
珈琲一杯を頼むと窓際のカウンターに腰を下ろす。目の前のガラス越しにはミッドチルダの街並みが見て取れる。

退屈しのぎに先程購入した本を取り出しとりあえず文章に眼を落とした。
店員が珈琲を持ってきて「お待たせ致しました」に対して「どうも」の一言を最後に読書に耽ることになる。
退屈凌ぎの始まりだ。

3時間後、珈琲3杯目。

「……」

 活字を読み解く作業を止め瞼を落とし本も閉ざす。そして溜息。
店は客が増え随分と賑やかになっていた。そして、いい加減珈琲にも本にも飽きてきた。
小腹も減った。折角の休日をこんなことに使ってていいのか、と思う反面。待ちたいという気持もあった。
でも、クーパーからスカリエッティに対しアクションを取る事はできない。

 なんと言っても、相手は世界を股にかけるマッドサイエンティスト。
メールも一方的なもので返信はできない。仕方なく再び本を開こうとすると手が止まった。

「…?」
 目の前のガラス越しにとある女性がいるのに気がついた。いつからいたのだろうか。
どこにでもありそうな服を着ているが、紅の髪を後ろで括った髪型と、酷く印象的な笑顔。
明らかに、クーパーを見ている。

そして、念話がやってきた。

" お待たせーっス! "

「……」

 …テンション高ぇ、それがクーパーの感想だった。若干年上に見えないこともないが、
大体同じ年頃だろうか。とりあえず、本を仕舞うと残っていた半端な珈琲をぐいと飲みきり会計を済ませて店を出る。
座ったままで固くなった体と、数時間ぶりの外の空気を味わうと目的の人物は直ぐに近寄ってきた。

「お初っスねー君がクーパーさんっスすか」

 やっぱりノリがいいというか、随分と友好的に接してくる。
その元気すぎるノリについていけない。そして、裏があるかもしれないという探りをいれずにはいられない。

「…あなたは?」

「あ、私っスか? 残念ながらそう簡単には言えないッスね」

 むふふん、と腕を組みながら嬉しそうにしている。小さな秘密を持つ事に優越感でも抱くのだろうか。

「あ、私の名前はウェンディっス。よろしくー」

 秘密とはなんだったのだろうか。
馬鹿なのだろうか。

「…スカ」

クーパーが名を出そうとした時、その人の指がクーパーの唇に宛がわれる。

 「駄目ッすよ? ああ見えて有名人だから、呼ぶならドクターって。…あ」

 はたと、何かに気づいたような仕草を見せる。そして、むむむと考え始める。

「クー助、クーバー、クー坊、クリップラークロスフェイス、
・・・なんかこう・・・、ピタッとくるいい呼び方が無いかなぁ」

 最後のは何だろうか。突っ込みを入れる間はクーパーにはなかった。

「…………」

「いやーきっといいあだ名がある筈っスよねー」

 1人、クーパーは結論を出す。無理だ。この人とは相容れる事はない思っていると、
「おお!」と眼の前の女は合いの手を打つ。

「クリボーでいいっスね!」

 踏まれるあれだろうか。

「…100歩譲って、クーパーでお願いします」

 えー、という不満の手があがるが早々に疲れてきたクーパーはため息を落とし頭を抑える。
頭が痛いのは気のせいだと思いたい。…目の前の人物の相手をするぐらいなら、
クロノの方がマシと思えるのも末期だろうか。顔をあげる。

「…色々聞きたいことがあります」

「あ、敬語。硬い硬い、まいるどにお姉さーんって呼んでも構わないんっスよ?」

 このババァ、という腹黒クーパーがいい加減浮上してくる。それでも押し負けたのか解ったと告げる。

「…それでこれからの予定は? 悪いけど信用してないから、人気の無い所に行く気はないけど」

「捻くれたガキっスね、本当に」

そこで初めて、笑みの中に敵意のような悪意のような何かが織り交ぜられた。クーパーの意識も引き締まる。

「…ドクターについて、聞きたいことは山ほどあるんだけど」

「うまくいくといいっスねぇ、んふふーっクリボー君?」

対峙する2人だが、ほぼ同時に。2人の腹の音が鳴り響く。

「…………」「…………」

「…とりあえず、何か食べに行こう。時間も時間だし」

「賛成ー」

です。




「お、これも美味そうっス!」

「…」

 第97管理外世界のファミレスではないが、似たような店に適当に入ったのはいいがメニューを見ながら
あれも美味そうこれも美味そうという名前も知らぬ目の前の人は、かなり謎だった。
兎に角語尾に、っス!が付く。耳にたこだ。肘をついて溜息をつく。

「…決まった?」

「いやー美味そうなものばかりなんで、セインも来れば良かったのに」

その一言に、クーパーがあざとく反応する。

「…cinque,undici?」

「ん?」

「…あんたの名前も番号の方なんだ? 互いにコードネームで呼び合うドクターの構成員ってとこ?」

 やれやれとばかりに降参のポーズを取りながら溜息をつく。

「そんなとこかなーあ、でも私はロストナンバーだからちょっと特別。
よろしく、クリボー」

「…ロストナンバー? いや、その前にクリボーやめて」

ウェンディから手が伸ばされる。握手をしようという手だ。クーパーも肘をついていた手を伸ばして
ウェンディの手を掴み、強く握りこんだ。1、2で離される。

「…いい加減、頼むのは決まった?」

「あ、もうちょっと待って」

・・・・直ぐにメニューに喰らい付くのだった。

 その後は、店員を呼ぶボタンを「なんスかこれ?」とか言いながら連打するし、
迷惑かかるし相変らずのノリでクーパーは振り回されっぱなしだった。
注文したものが来た時にははっきり言ってクーパーは疲れていた。

 なんで食事をする前から疲れなければならないのだだろうか。
ウェンディはテーブルに並べられたものに目を輝かせながらフォークを取る。クーパーもフォークを取った。

「いっただっきまーっス!」

「…いただきます」

 何故か行儀はいい。そして、頼んだ量が半端無い。ステーキ、パスタ、サンドイッチ、ジャンガリアンカレーにポテトサラダ。
おまけにデザートにはシャーベットまで頼んでいる。どんだけ大食いなんだ。と思っていると、ステーキ皿を手繰り寄せ、
フォークとナイフでギコギコしつつ口の中へと運ぶ。なかなかご満悦な様子だ。

 逆にクーパーはサラダとパンと紅茶という、酷くシンプルなメニューだった。
多分、店員はウェンディが頼んだメニューを二人で食べると勘違いしたに違いない。

「…食べながらでいいんですけど、そろそろ話に入らない?」

「ほぅ、はふはひはほっふは??」

 リスのように、口いっぱいに頬張りながら話すものだから何を言ってるのかさっぱりだ。泣けてくる。

「…せめて飲み込んでからにして」

 なにがなんだか。クーパーもパンを千切りながら口に運んでいると、口の中の物を飲み込み、
あんぐりと次のステーキを口に運ぶウェンディだった。

「もふもふ……それじゃあデバイスをわたひで欲ひいっふ」

 内容も唐突だった。クーパーはパンを千切る手を止める。パン屑だけがボロボロと毀れていた。

「…いきなりは渡しません。ドクターは一体僕の何を知ってて何をしようっていうんです?」

ごくん、ぐふっ。

「えー、知らないっスよんなことー、っていうか、敬語敬語」

「…ウェンディは僕について何も知らない?」

「なんていえばいいのかなぁ、知ってるようで知らないようで……」

「…ドクターは、僕のことを何て言ってる?」

 その一言に、ウェンディは眼を細め口の中のものを全て飲み下すとぺろりと口許を舐める。
ドクターの物まねをするように嫌な笑みを浮かべた。

「私を知的欲求を擽るんだよ。だそうっスよ? プリンとかおやつとか言ってたかな」

「……」

パンを掴んでいた手は次第にパンを握り潰す。パン屑がぼろぼろと皿の上に落ちた。
ウェンディはステーキを頬張る。

「…一体何を考えてるんだ」

「さあ? 私にはさっぱり」

 ステーキを一挙に食べ終えたウェンディはステーキ皿をのけてフォークをとると顔を寄せてずぞぞぞとパスタをすすり始める。

「…ドクターは今どこに?」

「それは言えないっス。だって」

"犯罪者ッスよ?"

 ずぞぞぞぞ、と一息にパスタを食べ終える。早いすぎる。
何度か咀嚼を繰り返した後水を取りぐーっと一息に飲んでしまう。
ぷはーっと一息つくと今度はジャンガリアンカレーに手を伸ばし始めるが、
ウェンディが、クーパーに手を伸ばしてくる。

「ん」

「…?」

「デバイス、渡す気があるからここにいるんじゃないんスか?」

 相手から情報を引き出そうとしているが、ウェンディはのらりくらりと避けてしまう為、クーパーでは相手にならない。
もう、ぐだぐだ言ってもしょうがないので諦めるて腕輪二つを外すと、ウェンディに手渡す。

「毎度ー」

「…いつ返してくれる?」

「300年後?」

「…今返してください、今」

「クリボーはもう少し楽しく生きることを学ぶべきかな。
デバイスは多分一週間ぐらいで終るよ。ああ、今度はご自宅のほうに送るとかドクター言ってたんで、平気っスよ」

「……」

 もう、何をされてもそうですか、としかいえなくなってきた。
ドクターがカドゥケスをどうしようかなんて、クーパーには解らない。
好きにしてくれ、としか言いようが無い。

 結局、クーパーは蟻地獄に誘われて覗いてみたら足元崩れてずるずる落ちてしまいました、という感じだ。
そうしている間にもウェンディはジャンガリアンカレーをスプーンで口の中にかきこみ、辛い辛いと言いながら
残っていた水を一気飲みしてから、デザートのシャーベットを一口で口の中に放り込んでは冷たくキーンとするのを楽しんでいた。

 どっからどうみても変な人だった。その上、サンドイッチにまで口をつけ始める。

「…よく食べるね」

「そっスかね」

「…そっす」

 半ば自棄になってきた。こぶし大のパンを無理やり口に運びながら、
ウェンディとの食事を興じることにした。ドクターのことは考えるだけで面倒臭い。

「ところでクリボー」

「…ん?」

「随分と小食っすねーもしかしてベジタリアン?」

「…放っておいてよ」

「そんなんじゃおっきくなれないっスよー? お、ち、び、さ、ん♪」

 その一言に、カチンときた。というか、ただ子供心にイラッとしただけだ。店員を呼ぶ呼び鈴をポチっと押す。
ピンポーンという音が店内に聞こえ、直ぐに店員がやってきた。メニューをとって、適当なステーキをチョイスする。

「…この特大ペタステーキ、一つ」

「おお、チャレンジャーっスねー」

 特大5段重ねステーキ。とてもじゃないが、常人じゃ食えない。っていうか、多分クーパーの胃袋には収まらない。
店員はかしこまりましたーとか言いながら直ぐ戻っていく。メニューを戻してから、頭を抑えた。
そんなクーパーに、チッチッチ、とウェンディは指を振る。

「奢ってくれるなら、私が全部食べてあげるっスよー」

「…絶対食べる」

「私ももう少し食べようかなー」

「…は?」









「クリボー、クリボー?」

「…兄さん、兄さんが見える……」

 結局、特大5段重ねステーキを食べたはいいが苦しくて動けなくなってるクーパーがいた。
ウェンディはあの後、グラタンとパフェまで食べている。総量から見ればどう見ても食べた量がクーパーよりも多い。

「ちょっとお会計してくるっス、お財布を拝借」

「…うー…」

「大人しくしてるっスよー」

 苦しくて動けないクーパーは、テーブルに突っ伏したままうんうん唸っている。明らかに食べすぎだ。
しばらくするとウェンディが戻ってきた。

「ほいっと、お会計完了っス。いやー人間っていうのはかくも面白い……クリボー?クリボー??」

「…なに」

「生きてるんスか?」

「…多分……」

「良かった。それじゃ私は戻るから、ご馳走様~」

 反応する気にもならない。でもウェンディはさっさと消えてしまった。
クーパーも苦しくて動きたくないのを我慢しながら、店を出てふらふらさ迷い適当なベンチに腰掛ける。

「…はー…」

 こんな、死ぬと思うほど食べたのは久しぶりだ。まだ、ユーノといたころもこんな馬鹿なことはしたことがない。
やれやれ、そう思いながら財布の中身を確認した時、一瞬固まった。

「…は?」

 お金が随分減っている。何事かと思っているとレシートが入っていて、色んなメニューが陳列していた。
その裏には、何か走り書きがされていた。






"ごちになりまっス!"







「……」

 もう、怒る気にもならなかった。
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