ベッドに横になったまま見知った天井を見ながら、ぐるぐると坩堝に嵌る。手を伸ばしてもあの金髪の子には届かない。一所懸命に頑張った、
ユーノに手伝ってもらって魔法の修行も、かかさずやっていた。探査も手伝っていた。でもジュエルシードは見つからないし、再戦の結果には歯噛みする。
勝てない。それが悔しくてたまらない。だが、それ以上に相手と話ができないことにも苦痛を感じる。

 人は、わだかまりを捨てれば信じあえると思っていた、子供心が瓦解する。ああ、嗚呼。なにをしているのだろうか? 二回も負けたが次こそはと思い戦い今 も頑張っている。
ユーノに不安な顔を見せるわけにはいかないのだ。心配はさせたくはない。自分が頑張ればいいのだ。髪に指を入れ私は弱いんだと自覚する。近頃なのはを悩ま せる種の一つだ。
その上、勉強も疎かになっている。よくない。友人関係も手放してしまった感がある。全く以ってよろしくない。

 そして魔法で思い悩むのだから困った話だ。未だに名前すら聞いていないあの金髪の魔導師についても悩む。これが一番の問題だった。出るのは溜息でとてつ もなく憂鬱気分。
どうしたら、全てをこなせるのか。どうしたら、強くなれるのか。誰も答えてはくれない。胸の内でどろどろと答えが歪む中天井を見つめ金髪の事を思い出す。

「髪、綺麗だったな」

羨ましい事尽くしだ。




【Crybaby.第9話】




学校、昼休み。

「なのは、ちょっと聞いてんの?!」

「ひゃ」

 アリサがなのはの座る机を拳で叩き、思わず驚きの声をあげる。全然、いや全くといっていいほど話は聞いていなかった。
適当に相槌はうっていただけ。耳に入っても右から左へと素通りしている状態だった。アリサは捲くし立てる。
話を聞いていなかった上ここ最近付き合いが悪くその上修正が見られそうに無いなら人はどうする? 怒る。アリサの態度は至極当然だ。

「なんで最近そうなのよ?!人が話しても適当な返事しかしないし何考えてるのよ!!」

 なのはも曖昧な笑みを浮かべるだけ。

「ごめんね、アリサちゃん」

 その曖昧な笑顔も気に食わなかったのか、アリサは鼻で一蹴しさっさと教室を出て行ってしまう。
それを気遣うようにすずかが謝ってくる。彼女は悪くないというに。友達想いというか優しい子というか。

「なのはちゃん、アリサちゃんも心配しているだけで、なのはちゃんを責めてるわけじゃないんだよ。ごめんね」

 それにも曖昧な笑顔で対応しておく。友達も大切だ。でも今心を蝕む想いはどうしようもない。
仮面を貼り付けたような曖昧な笑顔で首を、横に振る。

「平気だよ、ありがとうすずかちゃん。でも、アリサちゃんについててあげて、私は一人で平気だからさ」

「なのはちゃん……」

 それでも、仕方なしとばかりにすずかはアリサの元へと足を運ぶ。ごめんね、と一言残して教室を去った。
二人がいなくなるとなのはの心は伽藍とする。大切な友人であり親友とも呼べる二人だが、今はあの二人がいると邪魔と思う心と、
いなくなると寂しく思う自分の心になのはは辟易する。天邪鬼っぷりには溜息がでる。そして、そんな子供じみた心を作っている理由が魔法絡みだ。

 此処最近ジュエルシードは見つかっていない。

「(全然、見つからないんだよね)」

 金髪の子に聞きたい事は山ほどあった。何故彼女はあんな危険なものを集めているのか。なのはには解らなかった。話をしようにも
向こうは聞いてくれそうに無い、そして強い。机に指を這わす。

「(この前の塾のテストも、ちょっと点数落ちちゃったし)」

 それぐらいで家族は怒りはしないだろう。むしろ両親は優しい部類だ。それでも負い目を感じる。頑張ろうと動けば動く程
何かが絡みつき何もかもうまくいってない。魔法が素敵だ。なんて思ったのは最初だけだ。夢見る魔法少女の活躍は序盤だけだった。
後は、本当に戦いという名の舞台に押し上げられてしまった。魔法の呪文を唱えてさあ封印!強く可愛く格好良く!

 お空も飛べる私だけの秘密! の筈が現実の魔法は兵器でしかない。如何に相手を制圧するかが、重要だった。
ユーノにも魔法は拳銃だと言われていたがそんな事聞いちゃいないと文句を考える。魔法少女の偶像は粉微塵となる。

「……別に期待してたわけじゃないけど」

 机にごろりと伏せて目を閉じる、現実は世知辛い。たかだ小学三年生の素人に戦術を説くほうが、馬鹿なのか。
とは言っても、なのはの場合誰もが羨むような大容量魔力を有しているのが幸いだったのか。それともそれは悲劇だったのか。今の所は誰にも解らない。
目を瞑って机に伏せったままでいるとチャイムの音が校内に響き渡る。

午後の授業の始まりだ。

「(……切り替えなきゃ)」

 ずるずると姿勢を直して、机の中から用意しておいたノートに教科書、かわいい筆箱を取り出す。周囲の生徒を見ると、やはりばたばたと席についている。
それを見ていると自分は何やっているんだろうと心のどこかで思い始める。午後の授業といってもまだ中学や高校大学に比べて束縛時間は短い。改めて、
気持ちを切り替えて集中して授業に望む。そうすると40分だか35分だかの授業も、直ぐだ。授業終了のチャイムが校内に響くのを聞きながら、早かったと溜 息をつく。
起立、気をつけ、礼。お決まりの挨拶をすると直ぐに荷物をまとめて、鞄を手に教室を出る。

 時折、他の生徒と挨拶を交わして学校を後にする。そんななのはの後姿をアリサが見ていた事に気づいていない振りをして逃げた。考えても仕方がない。
学校の帰り道も一人、でも直ぐに念話を飛ばしユーノと連絡を取る。

"学校、終わったよ。ユーノ君"

"あ、うん。解った"

 家ではなく人気の少ない山の方へと、足を向ける。ユーノとは後で合流する手筈になっている。目的は魔法の特訓だ。
思念体、人、原住生物にジュエルシードが寄生した場合は対処はできるものの、あの金髪の子になると話は別になっていた。
訓練された魔導師相手となるとなのはは負ける。だから特訓と本人は自負する。

 ユーノにしてみれば負けて当然、という気持ちもあったがジュエルシードを集めている以上、争奪戦になるならばなのはを頼るしかない。もうユーノの眼では なのはの
強さは計り知れないものになっていた。もしかしたらAAAクラスか、もしかすればそれ以上か以下かもしれない。解るのはそれだけだ。半ば勘だった。悔しい 話だ。

 一人、学校から人気の少ない山の中腹にある場所に出ると、ユーノが来るよりも先に結界を張っておく。やり方は当然、教えてもらった。フェレットに。
そして胸にぶら下げていたレイジングハートを取り出す。紅玉はいつも通りだった。大きく深呼吸をこなしてからやる気を入れる。

「うん、それじゃユーノ君が来るまでよろしく。レイジングハート」

『ok,』

 デバイス、そして、バリアジャケットのセットアップを完了させると、飛行魔法でゆっくりと浮き上がる。

「スフィアは、三つでお願い」

『Consent,』

 練習用にレイジングハートがオートで動かすスフィアが三つ。ただし、色は黄色。あの子を意識した色にしてある。
自分は浮遊したままで、練習の合図を告げた。

「ディバインシューター!」

『Divine Shooter.』

 さらに、桃色のスフィアを複数発生させる。既に黄色のスフィアは縦横無尽に動き回っている。レイジングハートがランダム操作する為、
なのはの意思は関与していない。手駒である桃色の誘導弾を巧みに動かす。

「いくよ!!」

 合図と共に襲い掛かってくるスフィア、それを飛行で避けながら逆にシューターをスフィアにぶつける。
気を抜くと、直ぐに視界外からのアタックをされてしまうのだ。顔をしかめる。何度やってもこうだ。どんなに速く動こうとも、
複数のスフィアの動きを完全に掌握することができない。

『Hit -1 point.』

 レイジングハートのカウントに顔を眉根に皺を寄せつつ、シューターを動かす。高度をとりながら敵スフィアを一箇所で見られる視点へと動き、

「お願い!いって!!」

 誘導弾で一気にけりをつける。敵の黄スフィアにはシューターを3回hitさせれば勝ち。とルールを決めていたりもするのだが。
その光景をいつの間に来てたのか、人型のユーノは眺めていた。なのはは縦横無尽に飛び回り時折空に逃げては状況の把握に努める。
無理はしない戦い方だろうが、それでも高速で動き回るシューター用のスフィア3個を相手に訓練する魔導師なんて聞いたことがない。

 なのははありえない速度で強くなっている。もしかしたら今6人チームの陸士部隊いたとしてなのはと戦いが始まったとしても、管理局は敵わないかも知れな いと考える。
ありえない上達速度、練達の凄さなのだ。スクライアのユーノでも解る。あえて不利な戦い方をすることで、より自分を鍛え上げる。どこの鬼教官だと思わなく もないが、
少し傾倒しすぎた練習に心配の気持ちは強くなる。それでも止めない辺りはユーノなのか。そして、いよいよ一人で練習をしていたなのはも、残り黄スフィアが ラスト一つの1hitで終了となった。

チャンスを見極める。

「レイジングハートッ!!」

『Divine Bsuter』

 天をも穿つ脅威の砲撃をすかさず用意すると最後のスフィアを呑み込んだ。1秒、2秒。3秒目までで止める。それ以上は砲撃を浴びせることはない。
2秒でスフィアの消滅を確認して3秒目はおまけだ。なのははフィンを反転させて華麗に舞うと、ユーノの目の前に、軽やかに着地してみせる。
レイジングハートの柄で、地面を叩く。

「どうかな、少しはよくなったと思う?」

「というか、僕が手伝うことはもう何も無い気がしてきた」

 浮かべるのは苦笑いばかり。ユーノはかなり凹む。今のを武装隊の人に見せたら多分唖然とするだろう、
という感想を抱く。だというのに。本人は不満そうだ、唇を尖らせる。

「ええー、まだまだだよ。ユーノ君」

「解った、解ったから僕も頑張るよ」

「うん!」

 頭を抱えながら、ユーノもシールドとバインドの用意をする。対仮想フェイト、だ。
というよりも、どちらかというとボクシングでいうサンドバックに近いかもしれない。
ただし、ただ殴られてるだけじゃなくて、ガードしている辺り、マシと言えばマシなのだが。

「それじゃ、始めようか」

「シューターの設定は、手加減してね。なのは」

「嫌だなぁ」

 にこりとなのはは微笑んだ。まぶしい笑顔、素敵な笑顔。ああなんて可愛いんだろう、
優しくていい笑顔だというのに。魔王様の、片鱗を見せてくれる。

「全力全開だよ、ユーノ君」

 この時の笑顔が、とても印象的だったと、ユーノはよく覚えている。
ちなみに、最近高町家ではフェレットが元気ないと心配されてるとか。






「漢字というのは、意味を表すものが多く……」

 教師が黒板に向かいカツカツとチョークを走らせる。ぼーっとしながらなのは眺めていた。授業に集中しなきゃと思うものの集中できない。
いけないな、と思うのは連日魔法の特訓のしすぎだろうか。最近、学校でも眠りそうになる。昼休みは寝ている事が多くなってきた、
小学3年生の女の子がだ。修行の日々は続いている、何だかんだでユーノは付き合ってくれるしよく持ってくれている。

 ジュエルシードの探索もしているが、こちらも相変わらず見つからないでいる。だから、余計に特訓にのめり込む日々になってしまっている。
どちらにせよ授業中だというのに至極眠かった。意識を手放せばぐぅと眠るだろう。でもそれをすれば教師に怒られしクラスみんなに笑われる。勘弁願いたいと ころだ。
しかも、こういう時に限って時計を見れば、全然時間が経っていない、それでいて時間が経過するのも遅く感じる。嫌なものだ。

 元々文系が苦手ななのはは、とても退屈な時間を過ごした。

「起立、気をつけー、礼」

 授業が終わると直ぐに教室を出て、山に向かおうかと思ったがあまりにも眠く体がだるいのでやめた。でも、ユーノにそれを言うのを悪い気がする。
彼がこの地球にいるのはジュエルシードのためだ、特訓もその為と言ってもいい。だからなのはも特訓は今日は休んでもいい? と聞けなかった、気が引けてしまう。
きっとユーノはいいよ。ゆっくり休んでと言うだろう。その笑顔が痛くて辛かった。

 だから、心を何かが蝕む。一人鞄を背負い教室を出る。ある事を伝えようとして念話を送ろうとしたが、本心が疑った。
いいの? 本当にそれでいいの? と疑い続ける。一人校舎を出て帰りの道を歩く。そして、心にも嘘をつきいいんだよと見切りをつけて細々と念話を送り始めた。

"ユーノくん、今平気?"

"なのは?"

"うん、今日はちょっと学校で残らないといけないから。ごめん、ちょっと特訓は無理かな"

"解った、無理しないでね"

"うん……"

 胸にしこりを残して念話を終える。嘘をついてしまった。ユーノに対して申し訳ない気持ちで胸が押し潰されそうになる。
己の心は言う。お前は嘘つきだ。お前は、嘘つきだ。誰に責められるでもなく自虐の念が勝手に動く。
鞄を背負いながら教室を出ると一人歩く。気分は世界に一人ぼっちにされた迷子のようにさ迷う。心は拒む。

 辛いのは嫌だ。もう嫌だ。嫌だ。何もかもが嫌だ!! 心がそんな叫びをあげるのを唇を噛んでぐっと押し殺す。
それでも、やらなければならない。逃げてどうなる? ジュエルシードはどうした、集めたいんじゃないのか。
子供は自問自答を続けながら横断歩道に差し掛かった。周囲に人はいない。観察をしていた左目も顔をあげた。

 一人、俯いたまま赤の横断歩道を。渡り始める。一歩、一歩、信号も見ずに地獄の道を歩いていた、一歩、また一歩進んでいく。
苦しくてもう何も考えたくないよ。吐露したいのにそれは誰にも教えられない。それがなのはの優しさだが、今はただ心を苦しめているだけにすぎない。
そんな中。けたたましいトラックのクラクションの音に心臓はどきりと飛び跳ねて、足が止まる。

 音の方に顔が咄嗟に向けられればトラックが迫っていた。頭の中が真っ白になった。ご丁寧にも走馬灯が用意される。家族といた記憶が溢れる、でも、
一人ぼっちでいた寂しい記憶も多いのは何故だ。こんな所まで皮肉で出来ているものか? けたたましくなるブレーキの音はなのはの耳には届かなかった。
なにもかもが真っ白だった。

『Protection.』

レイジングハートが緊急事態とばかりにシールドを展開するが、主の体は疾風の如く現れた獣に襟首を咥えられて浮き上がった。
軽々と持ち上げられて高町なのははその場から脱出する。獣は建物の影に直ぐ消えてしまう。
それだけだった。

「な……何なんだ?」

 トラックの運転手は目を何度も擦りながらながら、何度も周囲を確認するが何もなかった。
見間違いだったのかという自己完結をさせてその場を走り去った。その場には、トラックの急停止で生じたタイヤの焦げ後だけが残った。
他にもは何も残っていない。

 相変わらず、横断歩道の信号だけが無機質に動いていた。今更になって、誰もいない信号で一人青信号が点灯する。
一方、おおよそ裏道と呼ばれ滅多に人が来ない場所まで、なのはは咥えられたままやってきた。
思考は、「トラックが迫ってきて、あれ?」と言う具合に追いついていない。咥えていた襟元を離されて、
こてんと座ってしまう。

そして、振り返れば。

「ふぇ?」

 黒い子猫と同年代ぐらいの背丈をした男の子?がいた。ニット帽を目深に被っているから顔が解らない。
どこかで見た事があると思ったら、以前すずかの家に行く途中に、バス越しに見かけた子だった。
よく状況が理解できずなのはは戸惑った。その子は溜息をついてから、ニット帽を取る。

現れたのは黒い髪に右目を覆う黒い眼帯。なのはを見ている。腰に手を当てた。

「…魔導師でも、無防備で車に轢かれたら死にますよ」

1秒

2秒

3秒

ちん。

「え?」

 数秒の間を置いてから、ようやく戸惑いの声をあげた。今彼はなんと言ったのか。
考えが台詞に追いつくまでにも時間がかかった。どうしていいのか解らずあたふたしてしまう。

「魔導師って、……え?」

「…………」

 子供は何も言わずに口を閉ざしてしまった。会話が続かない状況に、黒猫はじっとなのはを見つめてくる。
何なんだろう、と思っていると眼帯の子が溜息を落とした。とりあえず猫に手を伸ばしてみると、
ふんふん鼻をひくつかせてから何も無いなのはの手を小さな舌で舐める。

 ざらついた舌の感触が不思議と気持ちよかった。そのまま、おいでと迎えてあげると
猫は目を細めながらなのはへと飛び移る。そんな様子を眼帯の彼は少しだけ驚いた様子で見ていた。

「どうしたの?」

 あまりにも目を白黒させているから、聞いてみるとと応じながら手を振ってみせる。

「…いいえ」

「??」

 前足で自分の顔をかこうとしている黒猫を抱きかかえながら、なのはは立ち上がる。

「…他の人に懐いたのを始めて見たので。おいで、アルト」

「あ」

 猫はなのはの手からぴょんと地面に逃れ、器用に少年の足から背中へとよじ登る。
最後には肩に顔を乗せる形でしがみついていた。少し、可愛い。

「器用な子だね」

「…ええ」

 そういって、彼は指先で黒猫の鼻先をつっつく。黒猫は、むず痒そうにふがふが言いながら、くしゃみを一つ。。
それで終わりだったのか少年はそれじゃと踵を返して去ろうとしてしまう。ハッとしたなのはが慌てて引き止めた。

「ちょ、ちょっと待って! お礼も、何もしてないし……」

「…気にしないで下さい。偶然ですから」

では、と去ろうとするのを裾を引っ張ってなんとか引き止める。

「お願いだから待って! 貴方も魔導師なんですか?!」

半ば叫ぶように言っていたが、彼は何か考えるような素振りを見せる。一体何を考えているのか。
そして出てきたのは、突拍子もないというか変な回答だった。

「…それでは、交互に質問をする。というのでよろしいですか? 答えが欲しければ必ず相手の問いには答えるという事で」

 頷いてそのやり方を了承する。片目も解りましたと頷いてた。そして答える。

「…貴女が求める質問の回答は、"YES"です。僕も魔導師。この世界の人間じゃありません」

 不敵な笑みを浮かべながら子供は肯定した。

「なら…!」

そこで、口許に指を添えられて発言を止められてしまう。なんとも、シビアだ。

「…質問と回答は吟味して下さい。では、僕の質問です」

一つ頷く。何が来るのか。

「貴方の名前を教えて頂けますか?」

「高町なのはだよ。貴方が魔導師なら何故ここにいるの?」

「…………ジュエルシードを、集める為に」

 その一言はなのはに衝撃を与えた。金髪の他にも新たな敵の登場にどことなく警戒してしまう。

「それは」

「…残念ですが僕のターンです。なのはさんのお家にお邪魔しているユーノ・スクライアは元気ですか?」

「ほぇ? ユーノ君? 元気だよ?」

 その答えを聞いて左目を瞑ってしまう。吟味するように味わってから、「そうですか」と、
味気ない一言の返答を述べる。

「私の番だね。貴方は、私達に協力してくれないの?」

「…極端に言えばYES、細かく見ればNO。嘘はついていないのであしからず」

「どうして?」

「残念ですが、僕のターンですが聞きたい事もありませんので終わりにさせてください。
というのも寂しいので今の質問ともう一つだけお答えしましょう。先の答えはユーノ・スクライアと過剰な接触したくないからです」

「うーん……どうしようかな」

 なのは迷った。名前を聞く、等選択肢はいくつかあったが迷った末に、これだけ聞いておくことにした。

「貴方は敵? それとも味方なの?」

 左目がなのはを見る。見た限りでは敵意は無かったがポーカーフェイスというものがある以上、
その瞳の奥の真意まではなのはには計り知れない。

「……なのはさんにとっては味方にも中立にもなると思います。でも、敵にはならないと思います」

「??」

そこで、話は終わった。

「…それじゃ、僕はこれで失礼します」

「あ、待って、私も帰るよ。お話しながら、帰ろう?」

 ノーとは言えない彼だった。裏道から、大通りにでて二人並んで歩く。

「お名前は、なんていうの?」

「…残念ながら、質問会はもう終わりました」

 軽い微笑みと身振り素振りで拒絶される。それがちょっと悔しくて、なのははほんの少しだけ頬を膨らませた。

「お願いっ」

「…クーパーでお願いします」

「苗字は?」

曖昧に笑いいずれ解りますよ、と言ってやはり口を閉ざしてしまった。
余程言いたくない事でもあったのか。

「いずれ解るってどういうこと?」

「…そのままの意味です、今日の事をユーノ・スクライアに話せば教えてくれるかもしれませんよ」

「ユーノ君?」

 そういえば、さっきも交互に質問していた時も、ユーノはどうだ、というのが多かった。
知り合いだろうか。

「もしかして、ユーノ君のお知り合いさん?」

「…そんなところです」

小声で、ぽつりとだけ答えてくれた。余程答えたくないのか。それでもなのはは謝った。

「ごめんね、言いたく無さそうだったのに、無理に聞いちゃった」

「…いずれ解ることです、気にしないで下さい」

「……?」

よく解らないことも多かったがとりあえず沈黙に任せる事にした。二人で道を歩いてしばらく、なのはとクーパーが別れる時が来た。

「それじゃ私こっちだから」

「…はい、ではまた」

「うん、またね!今度はもっとお話聞かせてね!!」

 駆け出したなのはを見送りながら、クーパーは、背中からジト目で睨んでくる相棒をよしよしと撫でる。

「…高町なのはだってさ」

相棒は、にゃふんと鼻息を鳴らした。クーパーは踵を返す。その場を後にした。
高町なのは、帰宅す。



「ただいまユーノ君、ニュースだよ!」

「んぇ?」

今日は特訓もお休み、しめしめ今のうちにゆっくり体を休めよう……と寝ていたユーノの所になのはが飛び込んできた。寝ぼけた頭を動かす。

「お帰り、なのは。何があったの?」

「あのね、新しい魔導師さんに会ったんだよ」

「ああそう魔導師……って魔導師っ?!」

「うん」

 な、なんだってー! ばりの驚きを見せたユーノ、人型でお茶でも飲んでたら絶対吹いてた。

「・・・ご・・・ごめん、なのは、一から説明してもらえるかな」

 つっこみを入れざるをえないが、とりあえず話を聞くことにした。最初のうちはふんふん、へー、
そうなんだ。と相槌を打っていたユーノも、特徴や黒猫? そして眼帯さらに名前を聞いた時点で、
確信になったのか真顔になっていた。なのははそれに気づかない振りをする。

「なんとなく、ユーノ君のこと知ってるみたいだったけど、お知り合い?」

「知り合い……というか、その……」

言うべきか言わざるべきか。ユーノは迷っている。

「言いたくなかったら言わなくてもいいよ。無理強いはしたくないし」

「ごめん、でも、いつかちゃんと話すよ」

「うん、待ってるね」

 フェレットユーノは、申し訳無さそうにしているが、なのはにはお友達かな?という程度にしか考えていなかった。
そのまま、この日はゆっくりとすごし、早めに眠りについた。また明日もあるのだ。また、明日から特訓の日々が待っている。
だが、朝日を見る事も無く、なのはとユーノは目を覚ました。ジュエルシードの反応に呼び起こされて双眸が開く。

「ユーノ君!」

「うん!……って……なのはああちょっとまっ……! むぎゅぅっ?!」

やはりというか、セットアップを済ませたなのはに首根っこ捕まれてしまうフェレットユーノ。時間が惜しいらしい。

「行くよ、レイジングハートッ!!」

『all.right.』

 窓を開け放ち夜の闇に飛び立つ。「離してよなのはぁああ!」というユーノの怨嗟の声が響いたが誰の耳にも届かなかったはご愛嬌。
その頃、やはり先手を打っていたフェイトは、魔力を流して無理やりジュエルシードを発動させようとしていた。手段は選ばずか。
バルディッシュを手に、少々焦りを見せる。

「どうしたのさ、フェイト」

「あの子が来る。できれば、来る前に片付けたい」

「そうだねぇ、その後追加で一個頂戴してもいいだろうしさ」

 アルフとフェイトでは見解の相違があった。アルフはご主人様があの白いのに負ける筈がない、と思っているが内心でフェイトは焦っていた。
自分のランクは大方、管理局でいうAAAクラスだと言うのに、あの白いのは前回、喰らいついてきたのだ。甘い顔を見せる訳にはいかない。
AAAクラスの力を持つド素人がいてたまるか、前々回は楽勝で前回は冷や汗を流した、ならば今回は?想像にし難くもない。きっと白いのはもっと研鑽を重ね 努力をしている。
才能のカバーは努力と根性だ。白いのが甘い子ではないだろうともフェイトは感じる、そしてやり合いたくないと本心で思っているのも確かだが……、

「どうしたのさ、フェイト」

「なんでもないよ、アルフは広域結界をお願い」

「あいよ!」

「始めよう」

 敵はただ駆逐するのみだ。母の為にどんな敵だろうと厭わない。戦いで死ぬ事も厭わない。
それがフェイト・テスタロッサだった。アルフと共に探査用の魔法が発動された時白いのも
街中へと降り立っていた。未だに手に握られていたフェレットを、ぽいと手放す。

「むきゅぅ、……じ、自分で飛べるってばなのは!」

「ごめんごめん、それよりも急ごう。あの子もいるよ。結界あるし何か別の魔法も動いてる」

「うん、急いで探そう。僕は下から、なのはは上から探査をかけて」

「うん、解った」

 ユーノは人型に戻りなのははフィンを発動させて、ふわりと浮きあがりそのまま一気に上昇する。

 それぞれが探査の魔法をかける、支障はない。なのはとユーノ、ほぼ同時に敵の存在を確認する。
それに、アルフは顔を顰めた。

「もう来てたのかい。見つかったよ、フェイト」

「解ってる」

 双方の瞼を落とし世界を闇に包み込んだままバルディッシュを掲げる。敵と同時に、目的のものも見つけた。支障は無しだ。必ずジュエルシードは貰い、
この戦いも勝って見せるばかりに、瞼を開いた。夜の街を見下ろす。五感が、フェイト・テスタロッサが戦いの世界を受け入れる。

「バルディッシュ、シーリングモード」

『sir.yes sir,Sealing form. set-up.』

 バルディッシュの尺が伸びヘッドの首がもたげて魔力の帯を伸ばすと換装が完了する。後は行くのみ。

「ごめんアルフ、あの子達の足止め、少しでいいからお願い」

「ああ、任せておくれよ」

「ごめん」

「そういう時はありがとう、だよ。ご主人様」

 そう言いながら人懐っこい笑みを残して、アルフはビルの上から飛び立った。敵の足止めに向かう為に。
使い魔に諭されたにも関わらず、フェイトは心の中でポツリと呟く。

「(ごめんアルフ、急ぐから)」

そして、自身も飛行魔法でふわりと体を浮かし移動を開始する。一方街中を飛ぶ白いペア。

「まずいね、敵もジュエルシードの場所に気づいたみたい」

「ええ?!」

「なのははジュエルシードの封印が優先して、僕は」

「させないよこのお子様がぁっ!!」

「ユーノ君ッ!!」

会話の途中で、突如現れた人影に、ユーノがクリリンよろしくで吹き飛ばされて、ビルに叩きつけられた。
が、ユーノの念話が直ぐに、なのはの頭に叩きつけられる。

"行くんだなのは!!、僕がそいつを抑えるから、君はジュエルシードを優先して!!"

「でも…ッ!!」

思わず言葉で返してしまう、何のための特訓だったんだろう。今こうして現れた敵も、
一瞬で駆逐することすら敵わない。レイジングハートを強く握りしめた。

"急いで!! この敵に気を取られて、ジュエルシードを取られる方がまずいんだ!!目的を見失わないでなのは!!"

"う、うん・・・。"

「何相談してるのか知らないけど、フェイトの邪魔はさせないよッ!!」

「!!」

拳を振り翳したアルフがなのはに飛び掛ってくる、身近な敵を選んだらしい。
なのはは回避行動を選択しさらにディバインシューターも選択するが、実行するよりも先に
ユーノのリングバインドが、アルフの体を締め付けた。顔が苦渋に歪む。

「こいつ・・・!!」

"急いで、なのは!!"

返事はいわずに、なのははその場から一気に離脱する。金髪の反応もあった。
まだ急げばどうにかなるかもしれない。リングバインドに縛られたアルフは、憤慨した。

「行かせないって・・・、言ってるだろおおおおおーーーーーーーーっ!!!!!!」

自力でバインドを破るとなのはの後を追おうとするが、その行動を足に絡むチェーンバインドが
制限しギリギリとグリーンの鎖が、鳴いている。そして、いつの間にやら復活している、
ユーノの姿が宙に浮かんでいた。僅かな笑みを浮かべる。

「行かせないよ、絶対にね」

「あんたも大概しつこいね・・・」

睨みつけられる。でももうなのはは遠い。白いのは諦めた、
とばかりに手の骨をゴキゴキ鳴らし拳を固めてユーノへと突っ込んだ。
対するユーノも手を伸ばし盾を構築する。これしかできないこれしか能が無い。
幾度となく己を呪った。でも、これが自分だ。

「ラウンドシールドッ!!」

「はぁあああああああああああああ!!!!」

拳と障壁が激突する。魔力干渉の迸りが周囲に溢れる中でアルフは顔を顰めた。予想以上に硬い。シールドブレイクでも使わない限り、破れないことに舌打ちす る。
苛立ち混じりに皮肉を吐き出す。

「硬いねぇ・・・ッ!!あんたのは!!」

「結界魔導師には、いい褒め言葉だ!!」

抑えるだけならば、攻撃の必要もない。ユーノとアルフの一進一退の攻防が始まった。







「いた!」

なのはは飛び続けたまま目標の女の子を目測で捕らえる。金髪も同じく飛行している。

「レイジングハート!、急いで!!」

『all right. 』

ぐんと加速速度があがる、ビル群の間をすり抜けてかっとんで行く。先を越される訳にはいかない、ただ急ぐ。
フェイトも、先程から後方の反応には気づいている。このまま追いつかれるわけには行かない。風を受け金の髪をなびかせる。

「バルディッシュ、急ごうか」

『sir.yes.sir.』

加速する、バルディッシュも既に封印のセットを組んでいる為攻撃もしかけられない。急ぐだけだ。
より加速したのになのはも引っ張られる形となる。

「〜! レイジングハートッ!!シーリングモード!」

『yes,master.Sealing form.set-up.』

 飛行したまま、がしょがしょとデバイスを動かしてモード換装の時間を省く、
もうジュエルシードとの距離も短い。おおよそ、600m少々になった時、フェイトが高度を落とし始める。
なのははそれに倣わず、

「行って、レイジングハートッ!!」

『all.right.』

 そのまま高速飛行を続行する。ジュエルシードは恐らく地上だ。このまま突っ込んでいくのは厳しいが
フェイトとの距離はおおよそまで50m、このチャンスでどうにかしなければならない。もう、ゴールまで距離はない。
二人がおおよそ接戦をしながら最後の最後になると、なのはは体への負荷を無視し一気に滑空する。

 風の壁に突っ込んでいく。無理やり滑空飛行は、思いの外負担、というか怖い。
それでも恐怖に負けている場合では、ない。なのははやや上空にて、フェイトはほぼ地上で飛行の停止をして
二人ともほぼ同時に叫ぶ。

「「封印ッ!!」」

 相手よりも先にあのロストロギアを我が手に、バルディッシュとレイジングハート、
二つのデバイスからの封印はほぼ同時に完了した。誰のものと甲乙や優越をつけ難い程だった。
なのはが高度を落としフェイトの近くに下りてくる。

「私の名前は高町なのは、名前を教えて?」

何を言い出すかと思えば、名前か。フェイトはなのはを一瞥してから、名を告げる。

「フェイト・テスタロッサ」

「そっか。フェイトちゃんって言うんだ」

 なのははニコニコとよく笑う、フェイトはジュエルシードの取得の抜け駆けしようかと思ったが、
相手がどれほど成長しているかも解らない、この子に相手にそれは危険だと胸の内で警報が掻き鳴らされる。
一瞬、頭の中にある言葉が宿った。化け物め、と。そして顔を顰める、先程の飛行にしても凄まじい成長ぶりだ。

 だが、同時に自分の内には沸々と煮えたぎる交戦への意欲があった。こんな好敵手そうそう巡り会えるものではない。
だから、バルディシュをちょいと持ち上げた。

「やろう」

『sir.yes,sir.』

 シーリングモードから、サイスフォームにバルディッシュを換装させて魔力刃を展開する。こうなればジュエルシードは二の次だ。
なのはもレイジングハートを換装させて、シューティングモードへと移行する。これで二人とも準備万端だ。後は戦うのみ。

「フェイトちゃんは、戦うの好き?」

それに対して、どう答えていいのか解らず戸惑ってしまう。内なるフェイト、心の奥底じゃ何かが裸踊りをしているというのに。

「私は、戦うのは嫌いだよ」

なのはの独白が続いていた。

「でもやる、フェイトちゃんを止める為に、お話を聞いてもらうために」

 それ以上、フェイトが口を開くことはない。両者デバイスを構えてからゆっくりと飛行を開始して上昇して空中戦を開始する。
先手はなのは、素早く魔力を収束してくる。

「(速い、練度が上がってる)」

それがフェイトの感想だ。

「ディバイン……!バスターッ!!」

 どんっ!! という衝撃音と共に、砲撃が牙を剥いてくる。桃色の脅威をマントをはためかせ紙一重に避ける。
相変わらず化け物じみた砲撃だ。掠めるだけでも、状況が一転しそうだ。体がゾクゾクする。
脳内ではアドレナリンが放出されて、ああ、もっと、もっとだと心の中で何かがケタケタ笑っている。

 僅かばかりの高揚感に唇が僅かに歪んだ。なのはの様子を窺いながら飛行を続けていると、
再び砲撃の重低圧な炸裂音が鳴り響いた。フェイトに向かい一直線に向かってくる。

 加速してなんとか砲撃から逃れた。一撃を避ける度に体はヒヤリとした感覚が襲い、背中を冷や汗がどっと襲ってくる。しかし、砲撃の連発とはまた無茶な、 と思っていると
誘導弾が姿を見せる。咄嗟にガードか、回避かをフェイトが判断をしようとした時、新たな炸裂音が鼓膜を叩いた。

どんッ!!

三度目の砲撃音に心臓が慄く。

「(まさか)」

誘導弾とフェイトにはまだ距離がある。にも関わらず三発目。誘導弾ごとフェイトを呑み込むつもりか。
舌打ちしている余裕は無い。飛行魔法にものを言わせ無理やり体ねじって妙な方向に逃げる。

「く……ッ!!」

ここまで成長するものか、フェイトは顔を顰めながらバルディッシュを強く握り締めた。
その様子をなのはは淡々と見つめる。

「当たってないね」

砲撃を停止させると、確認するように呟いていた。ついでとばかりに新たな誘導弾もばらまいておく。

『Enemy approach.』

「解ってるよ。レイジングハート」

確かにフェイトは速い。スフィアとは比べ物にならない程に。

「でも、スフィア三つや四つの行動把握より、楽だね」

『all.right.』

フェイトは再び現れた誘導弾の相手をして相変わらず、せわしく動いている。
それを視認すると、なのははレイジングハートの構えを解く。

「動こうか」

固定砲台から、移動砲台へとシフトしてくる。化け物がもぞりと動き出した。
飛翔してフェイトに接近していく。

「きた」

『sir,enemy is dangerous.』

「それでもやらなきゃ、私に後退はないよバルディッシュ」

なのはが誘導弾をばらまきながら近づいてくる。はてさて、フェイトはぐるぐると
誘導弾を避けながら夜の闇を舞う。

「(やりづらいな)」

 接近は一切許さず誘導弾で相手を翻弄し、隙を見せれば直ぐに砲撃の手が伸びてくる。
そして、その砲撃すらも相手の油断を誘う一手にも見えるところがある、恐ろしい、
一撃の必殺をあえて連発する、恐るべき心胆。

『sir?』

「平気だよ」

 唇をぺろりと舐める、相変わらず誘導弾から逃げ続ける、
なのはがディバインバスターを撃ってくる気配はない。

「一気に決めよう。あんなのと長丁場は無理だ」

『sir.yes.sir.』

 あれを突破するにはもう寸止めする余裕なんかどこにもない。フェイトも覚悟を決めた。
殺す気でやらなければなるまいて、魔力刃を一気にフル出力にしてなのはへと突っ込む、
相変わらずの金色の疾風が来る。なのはも息を呑む。ここで特訓の成果を出さなければ意味がない。

恐怖を撲殺する。こんなところで立ち止まる訳には行かない。

「一気に決めるよ、レイジングハート!!」

『all right.』

 突っ込んで来たフェイトから逃げるように、今度は後方に下がりながらディバインバスターをぶちかます。
どんっ、という衝撃音と共に突っ込んできた桃色砲撃をフェイトは紙一重に避けて、射線をなぞるように接近していく。
なのはは誘導弾も同時に動かすが、くるくる器用に動きながら避けていき確実に近づいてくる。焦りがじわりと滲んだ。

砲撃も駄目誘導弾も駄目、ならばどうすればいい?

「当たらないッ……!!」

 焦りが募る。あれだけ練習したのに、頑張ったのに。それをあざ笑うかのようにフェイトは近づいてくる。
まるで鎌を持った死神だ。

『Become calm.』

そんな慌てぶりをレイジングハートが諫めるが、うまくはいかない。
なのはは相手の動きをかき乱すように動いていく。それでもフェイトはしつこく近づいてくる。

「(なんで、どうして……!!)」

顔に、苦渋を刻みながら下がり続ける、苦肉と必死さで誘導弾を使い何発かフェイトに命中させたものの、
その動きを停滞させることはない。相変わらず接近を許してしまう。もう、後が無い。2人の距離が一気に縮まる。
ここが勝負の分け目だろうか。

「もらった!!」

 フェイトがバルディッシュを振り被り切りかかってくる。だが、勝負のチャンスはなのはにとっても同じ事であり今は最大のチャンスだ。
ここぞと、レイジングハートを握り締める。もう逃げるわけにはいかない。敵は目の前だ。自分に覆い被さっている恐怖を抜けてまた新しい何かを見たいと願 う。
もう負けるのは嫌だと心底願う。収束が素早く走っていた。歯を食いしばる。

「ディバインッ!!!」『Bsuter!』

 斬撃が届くよりも速く、桃色の衝動がフェイトを呑み込んだ。意識がもってかれそうになるのを歯を食いしばりバルディッシュを握りこんで耐える。
なんの為に、自分はここにいる。まだジュエルシードも二つしか獲得できていない。母の為、自分の為にここで戦っているんじゃない、
負けていい理由なぞどこにもないのだ。勝つ、勝たなければならないのだ。負ける訳には、いかない。
脅威の濁流の中に身をおきながらも、フェイトは抗った。意識を手放したほうが楽だろうがそれは選ばない。

「こ……ッのおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 フェイトの叫びが、ディバインバスターの騒音を飛び越えてなのはの耳に届く。ありえない。と、思ったがまだフェイトは諦めてはいないことに気づく。
砲撃の中にいるというのに、振り被ったまま止まっていたバルディッシュをフェイトは一気に振り切った。
ディバインバスターは直撃だった言うのに凄まじい気合に押し負けたなのはは袈裟斬りにされバリアジャケットが弾け飛んだ。

 だが、フェイトもダメージが無い訳ではない。断ち切った後はぐらついてなのはともども自由落下していった。そして、
地面に叩きつけられるよりも先に、互いのデバイスがキャッチの魔法を発動させてぐしゃっとはいかなかった。

互いに、ふわりと地面に横たわる。

「……く」

 そんな中で先に立ち上がったのはフェイト。体をぐらつかせながらも、バルディッシュを杖代わりに立ち上がる。意識は不鮮明、体は死んだように重い。
まさか、最後の最後で砲撃を受けるとは思わなかった。 自分の不覚ではあるが、やはり高町なのはの心胆には驚かされるばかりだ。
普通ならば、気が動転するか回避を優先するだろう。だというのに砲撃で迎撃とは恐れ入る。そんなことを考えつつ、揺らぐ体に克を入れる。今はジュエルシー ドを手に入れるのが先だ。

『sir.』

「……解ってるよ、バルディッシュ」

 千鳥足になりかける不安な足取りで、直ぐ近くのジュエルシードを取ろうとした時に警告が入った。

『Danger.』

「?!」

 足が止まる。相棒の警告にフェイトは目を見開いた、まさか、と思いなのはの方を見ると背中を冷や汗が流れた。

「ま……だ……!」

 なのはだ。物理ダメージはないようだが、魔力ダメージのせいで意識を朦朧とさせながらもフェイトに向けレイジングハートを構えていた。握る手は震え杖も カタカタ鳴いている。
フェイトは目を疑った。相手とて、ダメージは大きいはずだ。でも、もしもこの至近距離で撃たれればなす術も無く吹き飛ばされるだろう。
逃げる事もできず防御したとしても撃ち貫かれて終わりだ。なのはを見つめたまま体は動かなかった。
一時の恐怖に押し負ける。そして、

「ディバ……ィ……ン……!」

桃色の魔力の収束が始まる。フェイトは悪寒した。なのはの目があまりにも空虚染みていて生きている者の目ではなかったからだ。
死を、予感した。

「(避けられない……ッ!)」

『sir!!』

 珍しくバルディッシュが声を荒げる、避けてくれという意味なのだろうか。でももう無理だ。どうしようもない。
唇をぎゅっと噛み締めて砲撃に呑み込まれるのを覚悟する。収束を続ける砲撃魔法。母さん、という思いが募り、
桃色の光にいざフェイトが飲み込まれようかという発射の間際。前回と同じく、介入者が姿を見せた。

「……そこまでですなのはさん」

 すかさず、ブラウンカラーのチェーンバインドがフェイト、そしてなのはの体に絡み付く。
収束されていた魔力は打ち消され霧散してしまう。二人とも、拘束された状態になった。
腕に首に体に、鎖がきつく巻きつく。

「これは……っ!?」

フェイトはアルフかと思ったが、違う。あの子の魔力光はオレンジでこんなくすんだ色をしていない。

「だ……れ……?」

 なのはは首にも鎖は回され、苦しそうな顔をしたまま闇に問うた。誰かいる、
というのはフェイトにも直ぐ解った。何せ、ゆっくりと近づいてくる足音が聞こえて仕方が無い。
そしてそれは口を開いた。

「……ロストロギア。ジュエルシードの近くで衝撃や魔力干渉を起こすのは厳禁。
ユーノ・スクライアから教わっていませんかなのはさん」

 闇の中から、眼帯をかけた少年が姿を見せる。表情はなく淡々としていた。

「クーパー……君?」

「…なのはさんがこの戦いに勝利した場合、僕は無関与の予定でした。
ですが、少々今回は危険が過ぎますので干渉させて頂きます」

「お前は」

縛られたフェイトが睨みを利かせる。左目も一瞥していた。

「…残念ながら、ミッドの一般人ですよ」

それだけ言い残すと、当然の如くジュエルシードを手に取る。

「…カドゥケス」『Rajah.』

腕輪を、グローブ型のデバイスに転じさせると、ジュエルシードを中に収めてしまった。
また一つ奪われた。

「く……ッ」

それを悔しそうに見つめ、フェイトは歯噛みする。クーパーはなんでもなさそうにデバイスを元に戻す。
腕輪が手首で揺れる。

「…これで2つ目。なのはさんが5個。フェイト・テスタロッサ貴女も2個でしたか」

そんな余裕綽々な相手を、フェイトは睨んだままだった。。

「この前、奪い去ったのも」

「…ええ、なのはさんの手から離れましたので、頂戴しました」

「ぬけぬけと……っ!」

「…盗人猛々しいとはこの事ですねフェイト・テスタロッサ。それでは失礼します」

 クーパーはそこで去ろうとしたが、丁度二人の連れであるアルフとユーノの魔方陣が出現し、
二人が転移で姿を見せる。

「フェイト!!」

 ユーノは相方を呼ぶ事はできない。眼帯姿の少年を見て言葉を詰まらせた。しかし、アルフはギッとクーパーを睨みつける。そこには強い憎しみが込められて いる。
近しい人間がこんな目にあえば当然なのだろうか。でも、クーパーが動じることは無い。

「あんたかい、フェイトをこんなにしてくれたのは」

「…そうですね。でも感謝して欲しいです。次元震の可能性を消したんですから。
ジュエルシード集めに夢中になるのはいいですけど。貴方達の都合で管理外世界を吹き飛ばさないで下さいよ」

もう用は無いとばかりに踵を返し歩き始める。

「待ちなッ!!」

 アルフは飛び掛ろうとしたが思わず身を竦めた。そうさせたのは別の存在に気づいたからだ。クーパーの直ぐ近くの闇の中に、何かいた。それはあまりにも危 険だと感じた直感だろうか。
何かが大きな警告を掻き鳴らしやまない。ユーノも、その闇の中にいるものに気がついた。2年ぶりの対面となるが生憎と好意は感じられない。
むしろ昔同様に下手に近づけば食われそうだった。

「アルトか」

 ユーノが唾を飲みながら呟いた。それと共に金色の双眸が闇の中でぎょろりと光った。
一直線にアルフを見つめている。肉食獣独特の色合いを持ち、眼は語りかけてくる。

”そこの犬もどきと餓鬼、それ以上動いたら食い殺す”

クーパーはそのまま闇の中に紛れて消えそうになる、それをユーノが引き止めた。

「待つんだクーパー!! どうしてここにいるんだ! なんでジュエルシードを集めてる!」

 もう後姿は闇に混ざり見えないに等しい。それでも足を止めて僅かに振り返ったのが解った。
左目がユーノを臨んでいる。2年ぶりの会話だというのに弟は酷く冷たかった。そこにかつて弟の姿はない。

「…自分で考えたらどうです?」

「…………」

 何も、言い返すことはできなかった。ただ体は硬くなっただけだった。そのままクーパーは闇に溶けて、
去ってしまった。クーパーが姿を消すと魔導師二人を縛っていたバインドも解ける。このような状況では、
もうどちらにも交戦意思は無い。アルフもユーノも互言葉を交わすことなく、パートナーを抱えて帰路についた。

ユーノの脳裏には、ただクーパーのことだけがはっきりと刻み込まれていた。もうあの時とは違うと己に言い聞かせる。
戦いは、三つ巴になるか?それとも別の道を辿るのだろうか。

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