広域結界が張られた夜の学校のグラウンドにて。レイジングハートを掲げジュエルシードと向き合うなのはの姿をユーノは見つめていた。
変わった、というよりもむしろ成長したという言葉が正しいだろう。なのはの成長ぶりは目を見張るものがあり、驚嘆に値する。
スタートした時点でもう魔導師ランクが上位なのだ。B++か、Aか、いやAAクラスの段階でのスタートだったのかもしれない。

 天賦の才とはこの事か。本当に末恐ろしいとユーノは思う。小さな嫉妬が生まれる。羨望だ。
でも、その感情は自らの鉄鎚で蚊の如く叩き潰され消え失せた。

「封印!」

 なのはもう一人でジュエルシードの蒐集を行えるほどになっている。凄い話だ。管理内世界でも年若い者は多くいるが、まだ10にも満たない少女がほんの数 週間で
この成長なのだから。それが高町なのはという存在だろうか?他人よりも優しく気遣いができ、他人の感情の移り変わりに敏感な少女。
夜の神社から数日、ジュエルシード集めは順調に進んでいる。既にユーノが一人で集めた分を含めて6個の収穫となっている。残数は15個、ここまでは順調 だった。


ここまでは。











 晴れると気温が上がり暖かな陽気になる。布団も干せるし雨が大好きで大好きで、仕方の無い人間でもなければ、晴れも悪い話ではない。
日曜日、なのははユーノと共にバスに揺られていた。すずか宅にお邪魔をしてみんなでゆっくりしよう、という算段らしい。フェレットは最初断ったがどうして もというのでついてきた。
すずかの懇意らしい。バスに揺られるまま海沿いの道を見ながら、なのはとユーノは目的地を目指す。今日はいい天気で、雲一つ無い青空に青い海を眺める。

 少しだけ開けていた窓からは風が飛び込んできて頬をなでてくいく。それが気持ちよくて目を細める。

「ユーノくんはバス初めてだよね?」

「そうだね」

 ユーノはこの世界の公衆車という側面は知っていたが、別段乗る必要もなかったから初めてだ。それでも乗ってみると、
意外と興味深い。確かにユーノの世界にもバスに似通ったものは多くあるが、異なった世界のものといのは少なからず
異なった点が多いので、見ていると飽きない。というのはユーノの談。なのはの機嫌はすこぶる良かった。
鼻歌を歌いだしそうなほどに笑顔をさらけだしている。

「すずかちゃんのお家に行くの久しぶりだから、本当に楽しみだなぁ。猫がいっぱいいてとっても可愛いんだよ」

「そ、そう」

 それはそれで身震いする話である。フェレットモードの人間としては我が身が心配なだけだ。猫に追っかけまわされた上、
噛まれ絡まれ地獄を見るか。できればなのはの手の上か、鞄の中で大人しくしていたい心境だったりする。
孤独なフェレットvs猫軍勢。考えたくも無い話だ。

「………」

 でも、考えてしまうと恐ろしい。身震いてしまう。まったくもっていい気はしない。そんなユーノとは異なりやはりなのはは上機嫌だ。

「すずかちゃんとアリサちゃんと会うのも、楽しみだなぁ」

「……」

 そんなわけで、なのはとユーノの考えはバラバラだけど、バスは止まってはくれない。排気ガスをぶんぶん出しながらひたすらに海沿いの道を行く。
そんな最中になのはが何かに気づいた声をあげる。

「あれ?」

 疑問系の声だった。顔は窓にはりつき外を見ている。
何か見つけたのだろうか。

「どうしたの、なのは」

「えと……今変わった子がいた……のかな?」

「??」

フェレットも首を伸ばして窓越しに何かを見ようとしたが、既に通り過ぎ去っていてどんな子がいたのかも解らない。

「知り合い?」

「ううん。知らない子だったよ。私と同じぐらいかな。黒い服着てて頭にニット帽被ってたみたい」

「……それは目に止まるね」

 黒は嫌でも目に止まる。変な子だね。という話をしているうちに目的の停留所が近くなり、手ををのばして停止のボタンを押す。軽快なアナウンスが流れるの を聞きながら
目的地までは後少し。停留所に近づくとバスはサード、セカンド、ローと速度を落としていき、エンジンを落とさずに停車する。なのはも降車する。迎えたのは 眩しいばかりの日差し。
良し、とばかりにスの停留所から歩いて暫く。割と大きな建物が見えてくる。ユーノには金持ちの家にしか見えなかった。

「ここがすずかの家なんだ。大きいね」

「うん、すずかちゃんもアリサちゃんも、とっても大きなお家だよ」

「っていうか、なのはの家が普通なんだよね……」

 このサイズの家が普通ならばなのはの家はとても小さい、キングボンビーということになる。
それには、曖昧な笑いが返ってきた。それにユーノが人の言葉を話せるのは終わりだ。
後はキューキュー鳴いてもらうしかない。用があれば念話。

 家の周囲も大きく、ようやく門と思わしき場所につくとインターフォンを押し、出迎えてくれたメイドさんに案内してもらう。
なのはの肩に乗りながら念話を送る。

"メイドとか、初めて見たよ"

"私はもう見慣れたかなぁ。ファリンさんも優しいしね。でも、やっぱり最初はユーノ君みたいな感じだったよ。"

"生憎、僕は元の世界でもメイドなんて見た事が無い"

"あ、あははは……"

 心の中で乾いた笑いを浮かべながら、案内された部屋には既にすずかとアリサが紅茶を飲み交わしていた。
そして、部屋の中には猫猫猫と数多くの猫がいる。ユーノは既になのはの手の中にあるしとてもじゃないが逃げられない。
色んな意味で覚悟の時だ。

「おはよう、すずかちゃん、アリサちゃん」

「おはよう、なのは」

「おはよう、なのはちゃん」

挨拶を交わしながら座ろうとするも、なのはの席には猫が鎮座し夢の中だ。

「ちょっとごめんね」

「ミャ」

 首元をむんずと掴んで席を空けてもらう。猫も、なんだお前か仕方ないとばかりに抵抗しない。
席の足元に下ろされると再び夢の中へと戻ってしまう。して、すずかとアリサはというとフェレットにご執心のようだ。

「こんにちはユーノ君。二度目まして」

すずかは既に期待の眼差しを向けくる。アリサも同様のようだ。当然なのはは、

"ごめんね、ユーノ君"と心の中では謝っておく。その返答こそ無かったがユーノは甲斐性を見せて。
キュイキュイ鳴いて二人の相手をしていた。なのはは思う。自分がユーノの立場だったら、
逃げ出しているかもしれないと。

「(はぁ)」

 ほんとごめん、と、今一度心の中で謝っておく。ただし、肝心のユーノは満更でもなかったというのは
彼のプライドの為にも、記しておく。えっ

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 なのははファリンが入れてくれた紅茶を手に取って、一口。出てくるのはおいしいの一言だ。

「どうして紅茶をこんなに美味しく入れられるのかな・・」

それにアリサが同調する。

「不思議よね、うちの鮫島のも美味しいけど、こうはいかないもの」

「お褒め頂き、光栄です」

「うふふ……」

 すずかも、自分の家のメイドを褒められて満更でもないらしい。無論、なのはの家のも美味しいのだが、
美味しさというものは入れる人間によって違うから不思議だ。やはり、食べ物飲み物は心なのかと
なのはは思う。しばらく3人で楽しく話していると、真っ先に感じ取ったのはなのはだった。遅れてユーノ。

"ユーノ君、今……"

今は自分の手の中で収まっているフェレットに念話で呼びかける。

"うん、ジュエルシードの反応だ。"

楽しい時間までも阻害されるのか、少し溜息がでそうになる。

"なのは、先に行くよ"

「え?」

聞き返す間もなくユーノはなのはの膝上から飛び出して、部屋の扉から出て行ってしまう。

「待って! ごめん二人とも、ちょっと行ってくるね」

 迷子になるんじゃないわよ、というアリサの送り言葉を受けながらなのはも直ぐ部屋を出る。
ユーノの後を追って建物を出ると広い庭へと出るとようやくユーノの足が止まる。
庭というよりもむしろ森という表現が正しいだろう。

「この周辺からの、反応の筈なんだけど……」

 フェレットが周囲をキョロキョロしながら探してるなんかシュールな光景に見えなくも無いが、なのはも査で探してみると大変なものを見つけてしまった。
子猫の鳴き声というのは大変かわいらしいものだが、それがでかくなると反響するものだと思い知る。

「ニャァーォオオオオン」

「……」「・……」

 見上げる一人と1匹。見つけたのは、巨大な子猫だった。
まだ幼い大きな子猫が森の中を闊歩している。これには、二人も固まったまま身動きが取れない。

「ね、ねぇユーノ君?」

「多分、そのままなんだろうけど、子猫が大きくなりたいって思ったんじゃないかな」

「…だよね」

 呆れるばかりだ、だがどこまで大きくなろうと子猫は子猫、踏み潰されでもしないかぎり、基本は無害だ。
とは言っても、潰されたら軽くプチッといきそうだ。メメタァにはとてもじゃないがなりそうに、ない。
首に下げているデバイスを取り出し呼びかける。

「レイジングハート!」

『yes,my master.』

セットアップが行われる中で、なのはではない、誰かが飛ばした魔力光が大型子猫に直撃する。

「ニャァァアア」

「え……?!」

 まるで化け猫のような大きさだ。巨大子猫が倒れると木々をなぎ倒しながら、ある意味凄いものがあった。
なのはもユーノもそれに気を取られながらも、狙撃された方向には一人、見知らぬ少女が木の上にいた。
一言だけ、ぽつりと呟く。

「……あの子か」

 視界に入った金髪に対し直感は警告を掻き鳴らす。味方ならばもっと友好的だ。
ずる賢くジュエルシードを狙うならば、ジャッカルのように狡猾にやるべきである。
ならば奴は敵だと直感は言う。ここまで他の魔導師の介入が無かっただけマシだったのか、

それとも運が良かっただけなのか。別の意味で嫌な展開が始まった。

「気をつけて、なのは」

「あれ、誰?」

「僕と同じ世界の魔導師で多分敵だよ。ジュエルシード狙いの善人なんてそうそういやしない。気をつけて」

 一度だけ、その魔術師は怜悧な瞳を以ってなのはを一瞥する。だが、その目にはまるでお前には興味が無いという風に映っている。
初めての対人戦。その相手は機械的だ。なのはは一直線に受ける視線に恐怖を感じられずにはいられなかった。

 冷たい瞳が鮫、鰐、蛇といった地球上でも脅威的な力を持つ生物を思い出したからだ。
あれらの生物は静かに近寄り強力な牙で相手をがぶりと噛み付く。相手がどんな戦い方をするのかは解らないが恐怖は消えない。
しかし、予想と反し金髪は目を瞑ってしまう。なのはは、それが戦いの始まりとも知らない。

水面に目だけを出した鰐がまばたきをするように、ぽつりと指示が下された。

「バルディッシュ」

『sir yes sir.』

「いくよ」

『ScytheForm setup.』

 全ては、主の意のままに。金色のコアを光らせ文字を文字が刻まれると共に、ヘッド部分がもたげ魔力刃が噴き出した。
明らかな近接戦闘仕様と敵意が窺える。今度は舌をチロチロ出す蛇か? 相手を見つめたまま、なのはは動けない。
どう動く?どう戦えばいい? 頭の中で考えが縦横無尽に走り回る。

「なのは! 無理に攻撃しないでいい!!」

「え・・・う、うん!」

 ユーノの声に反応し、一瞬金髪から意識がぶれそこを狙われる。鰐が、蛇が、大口を開けて獲物に飛び掛る。

「遅い」

 初めての対人戦。敵から目を離すな目を瞑るな、そのユーノの教えを破り、フェイトから意識を外した所を突かれた。
というよりもむしろ、相手が規則外すぎたのかもしれない。1秒にも満たない一瞬の隙を相手は逃してくれなかったのだ。
樹上より膝を落とし体制を作ると一気に加速。なのはが遅れて反応する。ユーノは歯噛みする。相手が悪すぎる。どう考えても戦闘訓練を続けている人間の動き だ。

「なのはッ!!」

『Protection.』

 主が反応するよりも先にレイジングハートがガードを示した。魔力刃から障壁を以って主を守る。
互いの魔力干渉を起こしながら、競り合う。あくまで、金髪に表情は無い。

「バルディッシュと同じ、インテリジェントデバイスか」

「なんでこんなことをするの!?」

 間一髪で防いだが、相手は問答無用とばかりに拮抗していた魔力刃を下げなのはの前で悠然と構えなおした。
大した度胸だ。構える刃の出力が上がる。それを見れば何をしようとしているのか一目瞭然、プロテクションごと打ち破ろうとする。
そして見下されているのだ。よろしくない、とばかりにレイジングハートが逃走を選ぶ。相手の刃が動くよりも先なのはの足に羽が生まれる。

『Accel-Fin.』

 フェイトの刃が空振る形で飛行魔法で上空へと逃れた。しかし、暇は与えてくれない。
振るった刃は止めずに体を一回転させ思いっきり鎌をぶん回した。
ゴルフのショットを連想させるそれが魔力刃を飛ばす。

『Arc saver.』

  金色の刃がなのはへと迫る。それを見送りながら金髪は呟いた。それはユーノの耳にも、
なのはの耳にも届かなかった。

「アルフ、お願い」

今一度魔力刃を展開すると静かに構えた。

『Protection.』

  再度、レイジングハートは防御の姿勢を取り、展開直後にアークセイバーは直撃した。
衝突余波で煙があがった。どうなったのかは直ぐには解らない。ユーノは心配そうに見守る。
立ち込めた煙からなのはが姿を見せれば、無事だった。ホッとしたのも束の間、森から飛び出してきた影がなのはに迫る。まさに不意打ちだ。

反応する間もなく攻撃を許す。

「バリアブレイクッ!!」

「?!」

プロテクションがガラスのように一撃で破壊される。突如現れた乱入者は盾を見事なまでに打ち破った。

「フェイト!!」

陸上の砲丸投げの構えのように、深く身を沈めている金髪。

「ありがとう、アルフ」

『Arc saver.』

 後はモーションに従えばいい。水に入ったバケツをぶん回すのと同じく遠心力に従い鎌をぶん回し
魔力刃をぶっ飛ばす。再度飛翔した魔力刃は再びなのはへと急行し、為す術も無く直撃を許す。
あらざる光景、ユーノは目を疑った。

「なのはーーーーーーーーーッ!!」

 ユーノの悲鳴が木霊する。直撃はあまり見ていて気持のいいものではない。なのはの体はゆっくりと
地面へと落下を始めた。このままでは墜落してしまう。放置すれば地面に直撃する。フェレットユーノは脱兎の如く駆けた。
そして落下地点と思わしき場所に、キャッチ用の魔法を展開し落ちてきたなのはをギリギリのところで受け取める。

「ふぅ……」

 幸い大事には至らなかったようだ。今一度、あの魔導師を確認すると、ジュエルシードを封印し取得していた。そのまま何事も無かったように立ち去ってし まった。
何者なのか、そして、二人がかりとなると今後相応に面倒だ。ユーノはフェレットながら顔を顰めた。今日も自分が立ち回れば良かったと後悔する。

「あ、あれ?」

直ぐに、なのはも意識を取り戻す。

「なのは、平気?痛いところない?違和感ない?」

「えっと……」

ユーノの矢次の質問にとりあえず体を動かして確認する。
立ち上がって足に加重をかけてみてもなんら、問題はないようだ。

「平気みたい」

「良かった……って、直撃したんだよね」

「え?」

首を傾げる。

「?」

「最後にシールド張ってくれたの、ユーノ君じゃなかったの?」

「え??……、いや、僕は何もしてないけど、レイジングハートじゃないの?」

『The shield doesn't develop. bow.』

 レイジングハートも違うという。ならば、あの魔導師がシールドを展開させながら刃をぶつけたのか。
そんな生易しい相手には見えなかったが。ふとなのはが思い出す。

「あ、ユーノ君、ジュエルシードは」

 首を横に振る。フェレットが振り返ってみるが、魔導師とジュエルシードの反応は既になくなっている。
答えは言わずもがなだが、形としての答えは口にした。

「今回は僕達の負けだ」

 ということはジュエルシードは奪われた、ということだ。初めての失敗、そして初めての敗北。それは大きくなのはの心に刻まれた。

「そっか……」

少し落胆の声をあげてデバイスとバリアジャケットを元に戻す。初めての敗北。そして初の対人戦闘。

「ねぇ、なのは」

「何?ユーノ君」

「怖かったら、辞めてもいいんだよ」

それを聞いて、直ぐ首を横に振る。

「ううん、やるよ私。だって、半端は嫌だもん」

「……」

 ユーノもレイジングハートもそれ以上は何も言わなかった。だが、今回の戦闘で明らかな弱点が露出した。
獣や鳥、樹木とは全く異なった存在。もしもこのまま何もせずにフェイトをことを構えたならば、また負けるのは目に見えている。

「私、頑張るよ」

 そういうなのはの笑顔は、ユーノにしてみれば酷く痛々しいものに見えた。ユーノの心をちくりと痛めた。
人は他の人になることはできない、身内とてそうだ。他の人の気持が解る人間なぞいやしない。
いたとしたら、その人は完璧超人かもしくは、廃人になる。ユーノもなのはも、互いの気持ちには気づかないでいる。







 大樹騒動や対人戦闘からしばらく、フェレットユーノは聞きなれない単語に首を傾げる。

「……温泉?」

「うん、私の家族と、アリサちゃんとすずかちゃんも一緒に行くんだ」

 なのはの部屋にて、ユーノはそんなお知らせを聞いていた。温泉と聞いて悪い気はしなかったが高揚感もなかった。
メンバーは高町家+αその他諸々。連休を利用して気軽にいける場所だから然程遠出というわけでもない。
それでも折角の連休だから、ということで温泉にいくことになった。高町家では割と恒例行事らしい。

 フェイトと初めて戦ってからというものの、さっぱりジュエルシードが見つからなくなってしまっている。
そんなだから探査と魔法の訓練という日々を送っていたなのはだった。なのはにしてみれば疲れも溜まってるし、少しはリラックスしたいとの事。
あの金髪の魔導師と戦ってから、なのはは頑張らなきゃという意識が高まりすぎて頑張りすぎている節がある。良い機会と思いながらもユーノの中では心配が 残っていた。

「(なのは、大丈夫かなぁ)」

 心配はしたりないが出発する。車の中でバスケットの中に納まっているユーノは、チラリと後部座席のなのはを覗き見る。
見た目はすずか、アリサと楽しそうに話してはいるがその根底はまるで見えない。ずきりと心が痛む、まるで過去の馬鹿げた兄弟喧嘩を思い出すようで
思い悩んでしまう。車は揺れる、ユーノは考えてしまう。

「(もしも、もう一度あんなことになったら)」

 自分は、どんな答えをだせばいいのだろうか、自分の醜い嫉妬のせいで弟を傷つけたことは、ユーノ自身を苦しめた。
自分の言葉を戒めにして動いてはいるが、自信は然程無い。出てくるものと言えば溜息だけだ。結局憂鬱な気分のまま目的地へと到着する。
車を降りるとユーノはなのはの肩に登って、一緒に行動をする。駐車場から見えるのは当然旅館だ。念話で尋ねられる。

"ユーノ君は温泉入ったことある?"

無い。

"公衆浴場ぐらいなら……"

"それじゃ、一緒に入るの楽しみだね。"

「キュ?」

冷や汗がたらりと流れるが、フェレット声でなのはの方を見てみるとなにやらニコリと微笑まれる。

"あの、なのは?"

「じゃー、行こうか。みんな」

 士郎の合図で、みんなワイワイしながら旅館の中に入っていく、ユーノの返事はなのはは返答する様子が見えない。
チェックインを済ませると、皆荷物を置いて直ぐに温泉へと向かう。ユーノは先程の微笑みはなんだったのかひたすら考える。
気になるがなのはは答えてくれないし。と、着替えを手にしたなのはは笑う。

"ユーノくん、女風呂入るんだね"

"?!"

突然の念話に、身を竦めた。何故、という思いだが。

"なななななのは?、僕は士郎さんや恭也さんと一緒に男湯行くよ"

"アリサちゃんが逃がすかな?"

 なのはの目がビカッ!!っと、光った。とても怖い。これはとても貞操の危険を感じる。

"えええ?!だって僕男だよ?! 男!! なのはだって知ってるでしょ!?"

"平気だよ、ユーノ君。女の子って言えば、女の子に見えるから。それに、フェレットの時は、
どーしても、ユーノ君のこと男の子に見えないんだよね?"

"………"

 ささやかなプライドが、ズタズタにされ音を立てて崩れていく。もう、取り返しの付かない崩壊だ。
ユーノ・スクライア、二度目のエクトプラズム体験をする。口から霊体が漏れていた。
なのはに首根っこ捕まれたままあーとか、うーとか、何か口から漏らしていた。

「それじゃ、また後で」

「ああ」

 男湯と女湯に分かれる、当然、ユーノが行く末は地獄だ。時折、
女湯からは獣の断末魔ともとれぬ鳴き声が、聞こえたとかなんとか。





"もう、お嫁にいけないよ……"

"大袈裟だなぁ、ユーノ君は。"

 風呂上り、一人廊下を歩いていたなのはの肩で、とろけるユーノ。風呂に入りながらも、
なのはの目が怖くて怖くて生きた心地がしなかった。

"やれやれ"

"ごめんごめん。"

 二人で念話で話していると、廊下の先で年上と思わしき女性がなのはを見てニヤニヤしている。
不審に思っているとユーノが真っ先に反応した。誰もいないことを確認して口を開く。

「この前の魔導師と一緒にいた人だよ、なのは」

「……?……ああ」

 ようやく、思い出したらしい。バリアブレイクをしかけてきたのが、確かこの人だと思い出す。
見事な連携で相手の顔を見ている暇がなかったので、忘れていたらしい。

「なんだい。やっぱり、弱そうだね」

 近づいてきて早々の喧嘩言葉に乗ったのはユーノ。

「挑発しに来たのか小馬鹿にしに来たのか。どっちなんですか」

「鼬が言うねぇ」

 女性は不敵に微笑むが、なのははここで仕掛けようとは思わない。今は温泉に入りに来ただけだ。
怒る気もしない。それでも、ユーノは酷く警戒していた。

「どうですかね」

「餓鬼が粋がるのはいいけど、あんまり調子乗ってると」

 女性はなのはに近づきすれ違い際に囁いた。

「痛い目見るよ」

 それはまるで暗示のようだった。ユーノはそんなことばかり考えてしまう。
ぷろぷると頭を振って、考えを追い払う。そしてなのはもまた、何か考えているようだった。
どこか遠くを見ている。もう女性はいない。

「なのは?」

「平気だよ」

 気丈な女の子だと思わざるを得ない。その後は家族の元に戻り、ゆっくりするなのはの姿を不安そうにユーノは見つめる。
この子を戦いに巻き込んだのは自身だ、だが。こんな年端も行かぬ子供を戦わせていいのか。
今更になって気持ちが迷っている。出てくるのは溜息ばかりだが信じるしかないだろう。
とりあえず、ごはんを貰ったユーノは早々に眠る事にした。今日は休養なのだ。
こんな日があってもいいだろう。





 偶然か幸運か、深夜。ジュエルシードの反応になのはにユーノ、フェイトにアルフペアはほぼ同時に気づく。
ただし、フェイトアルフペアは樹上にて探査をしていたので、ある程度の特定はできているものの、
なのは側はそこにもたどり着いていない。完璧寝ていた。なのはの双眸がパチリと開く。
アリサの布団にいたユーノから念話が飛ぶ。

"なのは、広域結界にジャマーまで張られてる。多分、この前の魔導師だ"

首がユーノに向けられてから、のそりと起き上がる。布団の中から出る。

"行こう、ユーノ君"

 起き上がると移動してきたフェレットユーノの頭を引っ掴む。

「キュ?」

 片手にフェレットを、片手には紐で括られたレイジングハートをセットアップして、
さっさと窓から飛び出していく。夜空をはばたくアクセルフィンが夜に映えた。フェレット騒ぐ。

「ちょ、え、なのは?!」

「時間がもったいないよ!!」

 問答無用に拉致られてしまった結界魔導師。なのはに首根っこをつかまれたまま大空を舞う。

「飛ぶ! 自分で飛ぶから!!」

「そう?」

 手の中で暴れるフェレットを離すと瞬時に人間に転じ、一瞬の落込みの後飛行魔法を発動した。
直ぐに、なのはの横を飛ぶ。

「ごほんっ、・・・・急ごう」

「うんっ」

 咳き込むユーノも尻目に飛行魔法を加速させる、現場へと急ぐ。
だが、既にフェイトはバルディッシュでジュエルシードの封印を完了し、二つ目を取得する。

「ゲットだね、フェイト」

「うん」

 これで取得したジュエルシードは二つ目。問題無く進行しているが、一つ、懸念事項があった。フェイトがジュエルシードの反応に広域結界を張り、
封印を始め様とした時に魔力反応を阻害するジャマーが、展開されてたのだ。フェイトもアルフも白いのという見解を出していたが、
まだ姿も見えなかった為なんら問題無く封印し今に至る。アルフは腕組みをして耳を動かす。

「どうするんだい?結界はこっちが張ってるんだし、さっさと逃げることもできるけど」

 フェイトは夜空を見上げる。ジャマーのせいで確認しづらいが、それでも白いのは来るだろうと踏む。

「待つよ。あの子も、ジュエルシードを、持っているみたいだし」

「成る程」

 主人の意を酌みアルフも不敵な笑みを浮かべる、来るなら来いだ。1対1でも2対2でも負けるとは思わない。むしろ有利だ。
待つ事しばらく。ようやく白いのと、はて? 見た事の無いもう一人が飛行魔法で姿を見せた。
高度を落とし、近くに着地してくる。そして魔力反応で納得する。

「ああ、あの鼬かい。随分可愛いコンビじゃないか」

「一応、フェレットの部類なんですが」

 むっとした顔でユーノが反抗する。アルフは苦笑を漏らすばかりだ。
遊ばれているのか、フェイトはバルディッシュをなのはに突きつけて宣誓する。

「私に勝ったらジュエルシードを渡す。だから貴方が負けたら一つでいい。ジェルシードを渡して」

 あまりにも挑発的かつ挑戦的な相手に、思わずなのはは身構えてしまう。

「お話することは、できないのかな?」

「悪いけど、話を聞く気も、する気も無い。バルディッシュ」

『sir.yes sir.』

一閃される黒き戦斧のヘッドを動かす。こうなってしまっては戦う以外に道は無い。
なのはも両手でレイジングハートを構える。

「そうやって直ぐ諦めて、何でもかんでも見限ってたら駄目だよ! レイジングハート!!」

『Go mymaster.』

二人の魔導師と、二つのインテリジェントデバイスが戦闘態勢に入る。

『Scytha-Form setup.』 『Shooting mode.』

 互いにフォームチェンジをこなすや否や、先手を打ったのはフェイト、魔力刃を展開させつつ、
飛行魔法で一気になのはとの距離を詰めて一閃。まるで、残像を残す脅威の一薙ぎだが、
逃げた相手の頭上からの魔力反応に、地面を蹴って直ぐに飛び退く。

そのまま飛行魔法で移動を開始する。なのは上昇し続ける。

「どうしてそう暴力に頼るのかな!!」

『Divine shooter.』

 上昇を続けながら次々に誘導弾を次々に打ち出していく。だがフェイトはなのはに対し円を描くように動く、速い。
それでもやらねばならない。高速の目標を目で追いながら誘導弾にもフェイトの後を追わせていく。
制空権を握るは今のところなのはだが。

「……まだ上か、バルディッシュ!!」

 高速飛行で移動を続けながら、誘導弾となのはの位置を確認しつつ次の手を打つ。敵を殲滅してこそ魔導師だ。
相棒の金色の瞳が輝くと共に一時停止で相手にバルディッシュを誘導弾に向け突きつける。

『photon lancer getset.』

「ファイヤ!!」

 稲妻纏う衝撃を放ち誘導弾に直撃させようとするが、ここだけはなのはが一枚上を行く。
レイジングハートをぶん回す。

「甘いよ!」

『yes.』

 桃色の誘導弾は機敏に動きフォトンランサーを避け、フェイト一直線に向かってくる。その上、
レイジングハートで狙いを定めたなのはが王手を狙ってくる。急激に収束される魔力反応に、
フェイトも危険信号を感じ取る。並の魔力収束ではない。

「ディバイン……!!」

 フェイトに悪寒が走る、相手は雑魚の筈だったのにここまで変わるものだろうか? 予想は裏切られた。
身の危険を感じる。あれは、受けてはならないと今までの経験が警告をあげる。迫る誘導弾に追い討ちとばかりの砲撃魔法展開用意。上空の白い魔導師を見つめ ながら、
思わず心の中で両手で拍手してしまう。素晴らしいとしか言いようが無い。

「(あの子。凄い戦闘感覚だ)」

 思わず敵を褒めてしまった。前回は2対1だったとはいえされるがままになっていたにも関わらず、今ではもう戦況を掌握しようとしている。なんという鬼畜 さ。
このままのペースで成長されたらどれほどの障害になるものか。厄介極まりない。フェイトの心の中でもっと強くなーれ、もっと育ーてという想いが生まれる。
それは兎も角。フェイトもむざむざ撃ち抜かれるのも誘導弾を叩き込まれるのもノーサンキューだ。シールドを展開しておく。時は止まってくれない。

 なのはの収束砲の準備は終わりを迎え砲撃魔法という名の脅威。鉄鎚は振り下ろされた。

「バスターーーーーーーッ!!」

 迫り来る桃色にフェイトの体はゾクゾクする。身震いと共に心地の良さを感じてしまう。直後に誘導弾は障壁に対し命中。なのはもレイジングハートも防がれ るのを感じた。
でも、もう遅い。次なる、王手ともとれるディバインバスターは既に発射済だ。防ぎきれるものなら防いでみろと、桃色の衝撃がフェイトの盾と激突した。フェ イトも顔を顰める。
まるで4tトラックと相撲をしている気分になる。重い、重すぎる。先程の快感は一瞬にして霧散した。

「レイジングハートッ!!」

『yes,mymaster.』

 フェイトの盾は砕けず砲撃の出力を上げる、それでも持ちこたえている感触はあった。なかなか破ることができない。必殺予定の砲撃をまだ耐えるのか? まだか、まだ盾は砕けないのか?
なのはは顔を顰めていた。そう思いながら砲撃を続け周囲の確認が散漫になっていたのは否めない中。砲撃の最中だと言うのに心が冷えた。直ぐ脇に現れた死神 は魔力刃を首に突きつけてくる。

「チェックメイト」

「……!」

 心臓が跳ね上がる。
詰まれた。
なのはは動揺を隠せずに戸惑った。

「そんな!?、まだ障壁は……」

「展開したまま残してきた。確かに貴女の砲撃は強い。でもそれだけだよ」

 あくまで淡々と語るフェイトと、抵抗すらできないなのは未だに動揺したままだ。
機転は、利かせられず。場の好転には至らない。

「私の勝ち。負けを認めないのも構わないけど、その時はもう寸止めする自信は無いよ」

魔力刃はなのはの首元に突きつけられたままだ。次は、その首を落とすということを揶揄している。
未だに動揺したままで動けないなのはに代わり、レイジングハートは明滅する。

『put Out.』

「レイジングハート?!」

 主の身を案じ先んじてジュエルシードを一つ取り出す。
抵抗も無く取得できたことに、ほっとしたフェイトはとりあえず目を瞑ったが、これが悪手になろうとは考えてもみなかった。
レイジングハートがジュエルシードの一つを手放し運良くいや運悪くか解らぬが目を瞑った時には既にそれはスタートを切り、疾走していた。

ジュエルシードの争奪戦に動き出したのは、なにもフェイトだけではない。





 ほんの少し、時を遡る。それはなのはとフェイトの戦いが決するほんの手前。
結界内の魔力遮断のジャミング効果を発動させたのは敵側。ユーノもアルフもフェイトもなのはも敵の人間とそう考えてやまなかったが森の闇に潜んでいた者達 は待ち続けていた。
ユーノの協力者高町なのはから、ジュエルシードが手放される瞬間を。魔導師二人の一騎打ちはどちらが勝っても問題はなかったが、

 高町なのはが勝った場合は何もせずにいるつもりであった。状況は好転している。ここが好機とばかりに左目は状況を見極める。
大型の獣に跨り、加速強化の魔法を自身と獣にかける。これで、速度は爆発的にあがる。後はどれだけ高さを稼げるかだ。
やって損はなかった。一度大きく深呼吸してから跨ったまま自分の姿勢は低く保つ。

 闇が走る。300kを超えたと気持ちでは思いたい。実際の速度は解らないが結構な速度で獣は駆けた。
獣は跳躍すると夜の闇にまぎれた。それでもまだ、二人の魔導師の高さまで届かない。もう少し高さが必要だ。左目が上を望む。
獣にしがみつくようにしていた低い姿勢から、己も跳躍の用意にかかる。加速強化をつけた身でも届くか解らないが、

獣の背を蹴って己もさらに跳躍こなす。上の上を目指す。だが、自身の跳躍は想定していたよりも高さよりも若干高く、
二人の上を行ってしまった。慌てて体を回転させて手を伸ばしフェイトが手にするより早く、ジュエルシードを奪い去った。
跳躍の力を失った体は重力に従いそのまま落下する。落下予想地点に落ちるよりも先に、獣が再度跳躍して主人を迎え入れる。そのまま、闇の中へと消えてし まった。

「…………」「…………」

 フェイトもなのはも、あまりの瞬間的な出来事に反応ができなかった。略奪者が闇に混じったところでようやく奪われたことを認識する。
来訪は魔力遮断のジャマー効果のせいで解らなかった。しばらくの間、二人とも失意呆然としていてが、地上のユーノとアルフのそれぞれの声で起動する。

”平気かい?!フェイト!!”

 一応お供組も何かが来たの見ていたのか。随分と慌てている。仕方ないとばかりに魔力刃を収めると、地上に戻る。

「平気、でもジュエルシード取られちゃった、帰ろう」

「は?」

 同じく、呆然としながらなのはは地上へと降りる。フェイトとアルフは直ぐに飛行魔法で去ってしまう。
なのはも改めてジュエルシードが取られた事を認識する。誰が、という事も考える暇も無く奪われてしまった。
あまりの早業に、口が開いたままであることを禁じえなかったが、それよりも

「負けちゃったんだ、私……って、ユーノ君?」

「え? ああ、ごめん。どうかした?」

「戦いには負けちゃったし、ジュエルシードもとられちゃった」

「なのはは悪くないよ。むしろ格段に成長してるし前回と比べても段違いだよ」

「……うん」

どこかなのは寂しそうに笑う。でも、それに気づくユーノでもなかった。

個々の思いはそれぞれに、温泉旅行の夜は更けていく。












「さあユーノ君、汗もかいたし一緒に温泉入ってから寝よう?」

「ぎゃあ゛あ゛ッアーーーッ!!」





首根っこ捕まれて、フェレットユーノの悲鳴が夜に響く。

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