人気のない早朝。どこかの歩道で不意に魔方陣が走った。この世界に在らざる力は行使されると人の目に晒されぬ内に、
颯爽と転移の魔法が発動される。ブラウンの魔力光が迸り対象が転移されてくる。姿を見せたのは子供だった。そして、
小さな黒猫を腕に抱えている。表情はない。

 顔を左右に動かして周囲を確認してから、胸いっぱいに空気を吸い込んでから盛大に二酸化炭素を吐き出した。
僅かな間を空けて猫の喉元を撫でつつ歩き始める。朝靄が泳ぐ朝も早い時間帯の事。人の気配は無く、
時折車が走る姿が見られる朝の寂しい風景の中に混じり、ゆっくりと歩を進めていく、

 その姿は、どこか違和感を覚える程に異質だった。朝早くから親無しで子供が歩いているのも然り、
散歩というには少々首を傾げそうな風景だ。でも、こんな朝早くから交番に立つ警官もいなければ
不審者に注意を払う人もいないのだ。腕の中の猫が時折、顔をきょろきょろと動かしては、
抱いている主の顔を見ようと見上げてくる。そんな猫に、口許にそっと笑みを浮かべる。唇だけ歪ませて猫に語りかけた。

「……第97管理外世界、だってさ」

 返事のできない猫に言葉を落とすもその意味が解っているのか、主の顔を見ながら"にゃぅ"と返事を返す。
それに満足したのか、猫の頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。足が止まることはなく去っていった。
早朝の空いた道路を行く車の加速音だけが遠巻きに聞こえていた。









 風が飛び散る。

「なのは!」

「レイジングハート!」

『All right.』

 デバイスを構えてプロテクションを展開するや否や、敵は急旋回してまた距離を取る。速い。異様なまでに早くそして鋭い。
原住生物である。トンビにジュエルシードが付与されサイズもスピードも外観も。規則外の怪鳥ができあがっている。
猛禽類に似た怖い目もなのはを怯ませていた。鋭利なクチバシを以ってなのはに突撃をしかけてくる。

 速度が速すぎて、ユーノの援護もままならず、ようやく覚えたシューターもろくに当たらず悪戦を強いられていた。
そんな敵に対し、なのはは睨みを利かせながらごくりと唾を飲む。このままでは埒があかないという顔だった。

「レイジングハート、一か八かで」

『pardon?』

 本当に? というデバイスからの疑問に答える間もなく突っ込んできた怪鳥からプロテクションを張るも、展開が遅かった。
プロテクションは砕かれ、なのはの体は弾き飛ばされる、まるで捨てられた人形のように体が舞った。
アクセルフィンの制御も利かずに、自由落下に身を任せて街に向かい一直線に落ちていく。

「なのは!!」

 ユーノの声があがったが、なのはは念話で返す余裕はない。何せ手は未だ高性能インテリジェントデバイス、
レイジングハートの柄に触れているからだ。

 勝機は未だその手の中に。この状況は決して狙ったわけでは無いがなのはにとってはチャンスだった。
ぐっと杖を握り締める。空気の次々と押し退けてぐんぐん落ちていく、自由落下を続けながらも、なのははデバイスをしっかりと握り締めて狙いをつける。
 既に、怪鳥は落下を続けるなのはに狙いを絞り、滑空姿勢で一直線に突っ込んできていた。追い討ちのつもりらしい。
そこが狙い目とばかりに、なのははチャンスを手繰り寄せる。落ちる背を風が押して腕がぶれて動いてしまう。
僅かに狙いがずれるも支障は無し。

「いくよ、レイジングハート。あれ、いっちゃうよ!」

『All right.』

 紅の球に魔力を集約して狙うは怪鳥、落下を続けながら一気に魔力を解き放つ。
桃色の光が溢れると共に、なのはは叫んだ。

「ディバイン、バスターーーーーーーーーーッ!」

 魔力の開放と共に何かを圧縮して押しつぶしたような鈍い音が猛禽の耳朶をうった。
全てを引き千切るような鈍い音だった。砲撃が怪鳥へと一直線に伸びる。
回避、という選択肢よりも考える間を与えられる事も無く砲撃が一瞬にして怪鳥を飲み込み勝負は決した。それを見ていたユーノも呆気にとられる。

「なんて魔力なんだ……」

 天を突き抜ける桃色の砲撃を見つめながら、圧巻の感想を漏らす。あれは修行どうこうの話ではない。あんなものを使える魔導師はそうそういないはずだ。
それはユーノでも解る、が。ふと気づいた。自由落下を続けるなのはに止まる気配が見られない。慌てて飛行魔法で移動してなのはを受け止める。
落下してそのままぐしゃ、という惨事には至らなかった。思わず腰が抜けてしまう。

「大丈夫?なのは」

 近づいてみると、とてもじゃないが平気そうには見えない。ぐったりとしている。
それでもユーノの声に反応して気丈にも返事を返してくれた。

「うん、平気だよ。ユーノくん……」

 声色は明らかにあからさまに無理をしていた。表情もそうだ。その後、ユーノがレイジングハートにジュエルシードを収めると転移魔法でなのはと共に帰宅し た。
全てが終った時、既に時刻は夜中の1時を過ぎていた。なのはは直ぐにベッドに横になると眠ってしまう。
疲労と、眠気が酷いのだろう。泥のように眠り始めた。

「……」

 ただ一人、なのはの部屋で立ち尽くすユーノは、そんななのはの寝顔を見つめながら溜息を落とす。
なのはに魔法を教えたのは間違いだったのかという疑問はどうしても消えない。
なのはは魔法の力をぐんぐん伸ばしている。でも、こんな無理をさせているのも自分の責任なのだろうか、

 あの時と同じように誤った道に進んではいないだろうか? と。暗澹とした意識と部屋の中で一人立ち尽くす。答えはまだ出せそうに無かった。
ついでとばかりに溜息を落とすと、自分の体をフェレットに変え机の上の籠に入る。寝床に潜ると、そっと呟いた。

「……おやすみ、なのは」

夜は更けていく。







 翌朝、携帯と最終手段の目覚まし時計が何度も部屋の中で鳴り響いていた。
携帯でも起きなかった時の最後の牙城である目覚まし時計は、頑張って働いているが部屋の主のは爆睡して起きる気配が見られない。
机上のカゴの中から、既に起床していたフェレットはひょいと顔を覗かせて様子を伺う。

「(起きられそうにないかな)」

 仕方ないと吐息を落とす。あれほどの立ち回りを演じて、逆転一発をかけて勝利をもぎ取ったのだ。
相手の攻撃力はともかくとして、速度だけならば頭一つといわず、二つも三つも上の相手と戦ったのだ。
精神的な疲労もないわけじゃない。それに、今日は土曜日というお休みの日らしいから、ユーノも起こす気はなかった。

 さりとて、ユーノ自身惰眠を貪るわけではない。籠から抜け出し机から椅子、椅子から床へと移動してから人型に戻ると忙しく鳴り響く目覚ましを止める。
静かになった部屋の中で、なんとなくなのはの寝顔を確認する。あどけない寝顔を見ていると、かつてを思い出す。以前、誰かの寝顔をこうして見ていた気がす る。
それは、寝ている顔を見ていると思いださざるを得ない記憶なのか。なのはとアレは似ていないと自負しながらも寝ている姿がだぶる。

 ユーノはなのはと一緒にいる中で、あの時と同じように過ちを繰り返さない様に気をつけているが、どうしても間違っていない方向に進んでいるという確信は もてなかった。
なのはに手を伸ばすも、髪に指先が触れることは無かった。伸ばしていた掌を返して自分の手を見る。

「……………」

 無言のまま目を閉ざすと言葉も無く魔方陣を発動させて、転移を発動させる。人気の無さそうな場所を選び街中へと移動する。
なのはは眠りを貪続けた。






「なのはー」


「なのはってば」


「起きないの、なのは」


「お父さんもう行っちゃったし、お友達とも約束してるんじゃなかったのー?」


「……んん?」

 姉の声に、なのはは目覚めた。まだ眠いが優しい姉を放置するのはいただけない。
重い瞼を開き、目を擦りながら体をゆっくりと起こす。ボーっとしたまま、姉の姿を確認する。

「……おはよう、お姉ちゃん」

「おはようなのは。時間平気?」

「……?」

 手探りで携帯を探す。指が硬質なものに触れるとそれを手繰り寄せる。
折りたたみの携帯を開いて時間を見た。時刻は、自分で読み上げた。

「十一時二十分……」

 そして、携帯には着信と無数のメールの表示がでている。現在時刻十一時二十分、11時20分、AM11:20・・・。
寝ぼけていたなのはの頭が覚醒した。今日は休日で、父が教える少年サッカーのチームを応援しに行く約束をすずかやアリサとも約束していたのだ。
待ち合わせ時刻はAM10:30、無情にも携帯の時計は11:21と表示されていた。時間は止まってくれない。なのはは動き出す。

「えええええええーーーー!? ね、寝坊しちゃったぁ!!」

 涙目で、ばたばたとベッドから飛び出して慌てて寝巻きを脱いで着替え始める。ちなみに大寝坊、だ。
姉は姉で、妹が慌てる姿をやれやれとばかりに見つめていた。

「でも珍しいんじゃない?なのはが寝坊なんてさ、夜更かしでもしちゃった?」

着替えつつ、どうしようと慌てふためいている所に尋ねられる。シャツに袖を通しながら返事に少し困った。困りながらも髪型をいつものにする。

”夜中に家抜け出して魔法のお手伝いしてるんだよ。なんて……言えないよ”

 仕方が無いから適当に誤魔化して、なのはは急いで部屋を出ると朝食を食べながらメールの返信をして、
その他の支度を済ませ直ぐに家を出た。

「行ってきまーす!」

「いってらっしゃーい車には気をつけるんだよー」

 姉に見送られながらばたばたしながら家を出る。

「アリサちゃん、怒ってるだろうなぁ……」

 走りながら溜息をつく。サッカーの試合が始まるのがAM11:00丁度だから、
もう試合は半分終ってしまっている。多分、着く頃には、試合自体はほとんど終ってしまっているだろう。
レイジングハートを起動させて、飛んで行きたい気分だったが魔法は私用には使えない。
自制心を持ちながら必死に走った。

『Go,Go my master.』

「うわーん!」

 レイジングハートの応援がなんだか空しく感じられるが、それでも寝坊したのはなのはなのだから仕方が無い。
急いで走った。場所はそう遠くないが、流石にはい到着というわけにはいかない。懸命に走って、試合が行われる河原に到着した時、
時刻は11:50。丁度、試合をしていた選手達が整列を終えてありがとうございました。という声を息切れするなのはは聞いていた。がっくり、だ。

「お、終っちゃった……」

 だが、このまま顔も出さずに帰るわけにはいかない。友人二人の姿を捉えて近寄った時、向こうも直ぐに、気づいた。
烈火の如く火を吹くアリサがいた。

「遅い!っていうか試合終っちゃったわよ!」

「ご、ごめんっ」

 怒髪天を突く、ではないがアリサの怒りが噴火して、大愚痴大会になったのは言うまでも無い。
すずかが仲介として抑えはしてくれたものの、まるでなのはの小姑のようにガミガミ文句を言い続けるアリサの姿は、
ある意味微笑ましい。

 でも終ってしまったものは仕方が無い。どうやらチームは快勝したようで、店で昼食を振舞うという成り行きになったらしい。
当然、応援組も出向くことになって翠屋に赴くまでの間も、延々とアリサの小言がなのはを苦しめたのは言うまでもない。
でも、その怒りを途絶えさせたのは意外な人物だった。翠屋までの道の途中、こっそりとなのはと合流し誰の目にも見つからずになのはの肩へ駆け上ったフェ レット。

「あ、可愛い……!」

 それまで仲介役としてアリサを抑えていたすずかの声が、小動物を見て歓喜の声色になる。
アリサの怒りもそれに影響されてか、収まる。

「ああ、その子なのはが飼い始めたっていう、フェレットだっけ。つれて来てたんだ」

「う、うん」

突然現れたユーノの存在に感謝はすれど、少し戸惑った。朝、というよりも寝起きはバタバタしていたせいで、
存在を忘れていた事は秘密にした。だというのに、ユーノは休日にも面倒を運んできてくれる。

"ジュエルシード、見つけたよ"

「……………」

 念話である。それまでとは異なる自分が目覚めたようであった。魔法の世界に生きるという、
普段の自分とは異なった自分だ。少し、真顔になった。でもアリサに頬をつままれて、直ぐに崩れた。

"今すぐはちょっと辛いよ、ユーノ君"

アリサと絡みながらも念話を送り返すと、回答しづらそうな声が返ってきた。

"うーん・・・それがね。あの男の子の中の、誰かが持ってるんだ"

なのはの目が前方を歩くサッカーチームの男の子達へと移る。人数は十数名。なのはの父親である士郎を
先頭に歩いてるのだが、その中からジュエルシードを見つけるのは、簡単なことではない。厄介な話だ。

"それとなく、探ってみるから。"

"ありがとう、ユーノ君"

 そこで念話は打ち切られ、ユーノはフェレットを装いすずかやアリサの相手を始める。
なのはも、うわべの会話にならないように気をつけながら、少しずつ探査の魔法を走らせた。
その後、状況に頭を痛めることになる。

 二人で探査魔法を走らせて、ジュエルシードを、所持している男の子までは捕捉できたもののどうやって
ジュエルシードを渡してもらおうか、考えあぐねているのだ。思念体や原住生物ならば、
暴走させているところを抑えてしまえばいいが、同年代の男の子を説き伏せる力はなのはには無かった。

"やっぱり、当たって砕けろしかないのかなぁ。"

"うーん……"

 年頃の男の子に綺麗な石は私のものだから返して下さい。といっても不審がられて拒否られるのがオチだ。どうしたものか。
なのははすずかとアリサと昼食という名のブランチを摂りつつ、大いに迷った。案としては力づくで奪うか話を聞いてもらうか、彼ごと攫う、だった。
もしくは盗む。アイデアが頭の中に浮かんでは消えていく。できれば、話を聞いてもらって、彼の意思で
ジュエルシードを譲ってもらうのが一番であるが、やはり力ずくしかないのか、いやしかし乱暴はいけない。と。

 なのはの中で、エンドレスな考えが渦巻いていた。ユーノもすずかとアリサの目があるから簡単には抜け出せないし、どうしたものかと悩んでしまう。
穏便に済ませたいのはユーノの甘えだろうか? 話しかけるチャンスもなければ、機会もない。そして理由も無い。あああどうしよう、と。
悩んでいる間に男の子達の食事も終わり、士郎に挨拶をして各々の荷物を抱えると、それぞれが帰宅の路についてしまう。

 それをなのはは複雑な目で見ていた。

「……」

「なのは!」

「ひゃぅ?!」

 アリサに鼻をつままれて意識が戻ってきた。いたたたた痛いよアリサちゃん、という声にフェレットはこっそり溜息をつく。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「なによ、好きな子でもできたの?男の子達の方、じーっと見ちゃってさ」

「違うよ、そういうんじゃないもん」

アリサの手から逃れて、鼻を撫でさする。

「じゃあ何なのよ」

 その答えは推して知るべし、鼻をさすっていた手がユーノに伸びた。
フェレットを引き寄せて、膝の上に置く。少しだけ、指で頭をなでてやる。

「試合見たかったなって、思っただけだよ。寝坊するなんて思わなかったから」

「そうだよね、なのはちゃんが寝坊するなんて、珍しいよ」

 すずかのフォローが入るが、本当は男子達の群れを見ているといっても、顔に興味があるわけでもなし。
あの中に紛れているであろう、ロストロギアのことを考えながら眺めているだけだ。結局、いい案が思い浮かばなかった。
そうこうしている間に、男の子達が解散してしまったのだから溜息をつく。解散する群れの中の一人。

 ユーノが示す人物を確認し記憶する。特徴らしい特徴もないが、それでも顔を覚えておけば、後々が楽だ。
じっと、見つめて顔を脳裏に刻み込む。姿が見えなくなると、またすずか、アリサとの話に没頭する。二人とも、午後は用事があるから、とのことでそれぞれ向 かえが来るらしい。
別れる時間が来ると、自分は本屋に行く、と父に告げてなのはは街中を走った。

「ユーノ君、まだ捕捉してる?」

走りながら、肩に乗せたフェレットに問う。当然、とばかりに頷かれる。

「うん、一度掴まえたらロストはしないよ。ちょっと距離はあるけど走れば間に合う距離だね」

「急ぐよ!」

 なのはは脱兎の如く駆けたが、この時ばかりは魔法を使って急ぎたいという気にはならなかった。
逸る気持ちだけが前のめりになりひたすらに走る。なのはも捕捉し続けているものの、息が乱れながらも目標に程近くなった時ユーノからストップがかかる。

「駄目だなのは。止まって」

「え?」

何を突然と思いながらも足をゆっくりと止める。フェレットは渋い顔をしながら、
肩からひょいひょいと降りてしまう。

「ジュエルシードが発動しかけてる」

「ええ?!って、なら尚更急がなくちゃいけないないんじゃないの?」

 そうこう思っているうちに、フェレットは周囲に人がいないことを確認すると
人型に戻り、魔法陣を発動させる。

「前にも言ったけど、人が想いを込めて発動させた時。ジュエルシードは凄まじい威力を発揮する。
あの子がどんな願いを発動させるかは解らないけど」

広域結界を発動させながらユーノは溜息をついた。発動する以上、先を急ぐよりも事態の収拾を選択したらしい。

「ロストロギアの力を甘く見ないほうがいい」

 それは今までも何度も聞いていることだが。それを顕著に表すかのように、膨大な魔力反応をなのはも捉える。
凄まじい勢いで膨らんでいる。唖然としながらその反応を見やった。恐らく、あの男の子のものだと思われるが。

「そんな」

 信じられないほどの大きさを誇っている。

「始まった」

 発動されたジュエルシードの姿は、直ぐになのは達も確認することになる。町中に木々の手を伸ばし
大きな樹木としての姿を見せたからだ。回収は後一歩、及ばず。そして発動前の封印は適わなかった。
そして、二人の想像を超えた事が、一つ。

 木々は蠢き、成長を止めていない。

「これは、まずいね」

「……うん」

 なのはも首からぶら下げるレイジングハートを胸元から取り出す。
バリアジャケットとのデバイスの展開が行われる。その一方で、別の位置からは今回の惨事を見つめる者達がいた。
なのはよりも離れること40m。某ビルの上に一人佇み静かに呟いた。

「…凄いものを見せてくれるね」

 猫を抱えたまま状況を窺う。街が樹に覆われ、まるで一つの生命のように見える。
生の象徴のように樹はぐんぐん伸びている、成長することをやまずこの地球をも飲み込まんという勢いだ。
このまま放置すれば、数時間とかからずに木は海鳴を覆い、そして海鳴よりも遠くへと、足を伸ばすであろう。

 数ヶ月あれば、どこぞの海を越え遠くの地にも届いているはずだ。ロストロギア、かくも恐ろしきものよ。
左目は魔力を探る。見るのは一般人ではない。二人の魔導師。一人は見知り、一人は知らぬ少女だった。
心の中が、僅かにざわつく。あれは誰か。管理局の魔導師か? ミッド式の雑魚が一般に手にするタイプのデバイスに似ているが、性能は未知数。

 それとも現地の人間ならば、アレはあんな少女に戦わせているのか。ならば見損なう。さざなみ立つ心は収まることを知らない。
波紋で乱れた水面をいかに覗こうと乱れ以外何一つ望めず、それ以上考えるのを止めた。眼を閉じて溜息で幕を下ろす。それは、強烈な嫉妬だったが、本人が気 づく事はない。

「…何やってるんです。こんな世界で」

 吐息を落とすと新たな魔力反応を捉える。別の魔導師だろうか? でも彼にしてみれば場がどうなろうと、
知ったことではない。抱かかえる子猫の鳴き声が小さく耳を舐める。第97管理外世界の消滅したところで、
なんのデメリットもないのだ。あるとすればアレ巻き込まれてが死ぬ事ぐらいだろうか。それがメリットかデメリットかは推し量るべそ。





 セットアップが完了したなのはとユーノは、飛行魔法で、宙から様子を伺う。
木、木、木、そればかりだ。そしてそれは大増殖を行っているようにしか見えない。
成長は止まることを知らずこうしている間にも、ぐんぐん伸びている。早急に手を打たねば、状況は輪をかけて悪化していく。

「まずいね」

「うん」

 なのははレイジングハートを一振りしやる気を見せる。そんな主の意気込みを表すかのようにデバイスも明滅してみせる。

「ねえユーノ君、本体を一気に封印できると思う?」

「ちょっと無理があると思う。この木自体も魔力を帯びてるし、本体もどこにあるか解らない。
でも、時間が経てば経つほど本体を覆う木は大きくなっていくから、厄介になっていく。
こうしている間にもね」

「いい方法、ある?」

 無いね、と心の中では即答した。未だ成長し続ける木とどこにあるかも解らないコア。まず
それを探し出さなければ話にならない、そして時間も無い。未だ肥大化し続けている面倒な相手である。
このまま放置し続ければ、第97管理外世界は温暖化現象とは真逆の道、日本語で雪球地球もしくは全球凍結、
英語のカタカナ読みだとスノーボールアース。ようは地球が氷河時代に逆戻りするということだ。
そうさせない為にも急を要する。

「何をするにしても、まずは接近して本体を探さないと」

その台詞を聞いて、思わず反抗的な台詞が出た。

「そんなことしてる暇、ないよ。レイジングハート、いける?」

『all right.』

 換装を行うや否や、封印の形態を取ると同時に、魔法陣が足元に広がる。広域探査が走りだす。なのはは目を閉じて、杖をかざしたまま、集中する。
目標はどこかにある樹木のコア。このはた迷惑な現状を、生み出している元凶をを探し出す。蠢き続ける樹木の前で眼を見開くと共に、フィンを展開する。

「見つけた!」

 体を宙に浮かばせてレイジングハートを目標に向け真っ直ぐに突き出す。

『sealing.』

 紅玉の掛け声と共に桃色の射線が一直線に伸びていく。そのまま本体へと辿りつこうかという間際、
樹木はまるで意思を持つように本体を表皮で覆い隠してしまう。封印は失敗した。

「防がれた……」

ユーノの呟きを聞きながらも、排気でレイジングハートの魔力残滓を逃がしながら、強くデバイスを握り締める。
遠距離が駄目なら今度こそ至近距離で封印せしめるだけだ。なのはの意思は固く、本体に向かって飛び込んでいく。
未だサイズを大きくしている樹木に構わずに突っ込んだ。

「なのは!」

 遅れて、ユーノも慌てて追いかける、そして、邪魔だと言わんばかりに樹木が蠢いて異変を見せ始める。
先程の封印失敗といい、植物が明確な意志を持っているようにしか見えない。

『Warning.』

「え・・・?!」

 レイジングハートの警告になのはは目を疑った。木が触手のように蔦を伸ばしなのはの足を掴む。そのせいで、空中での制御が上手くいかず体勢が崩れかけ た。
それでも、レイジングハートが蔓に対抗する。シューターのスフィアを展開すると蔓にぶつけて、怯んだ隙に逃れる。うまく虚を突けた、
樹木から距離を取りながら間を開ける。あまり近づきすぎるとまた蔓を伸ばしてきかねない。

「なのは、大丈夫?」

「平気だけど」

 流石に樹木が意思を持ち防御をこなすなど思ってもみなかった。僅かに、強く弾む心臓の鼓動を感じながら、
唾を飲む。もしも蔓に引きずり込まれていたらどうなっていたのか。考えたくは無いが、そうこうしている間にも木はますます肥大していく。本当に面倒な話 だ。

「ごめん、ユーノ君」

「それよりも、今は封印することを考えなきゃ」

 その言葉に一つ頷いて、本体を隠した樹木を見据える。隙あらばまた蔓を触手のように揺らしていた。なのはに注意しているのだろうか。
八方塞がりだろうか。僅かに焦りが胸を焦がす。どうするべきか、焦りが判断が鈍らせる。蠢き続ける姿がなのはの心を掻き乱す。
唇を噛んだ所でユーノが口を開いた。

「レイジングハート、接近さえすればなんとかなる?」

『There is no problem.if it is possible to approach.』

「そう」

 近づく事さえできれば問題はない。そう言い切ったデバイスを信頼する他無い。成長し続ける樹木を見据えながら、ユーノは割り切った。

「なのは、樹木の蔓は僕が全部抑えるから、接近して封印。できる?」

 でも、という言葉が出そうになったがもう時間も少ない。放置すればするほど相手はでかくなっていく。
ますます不利になっていくのだ。自分で策をひねり出せない以上、味方を信用する他に無い。迷いを捨てて頷いた。

「うん、絶対やる」

「それじゃ、突っ込む時に念話でよろしく」

 そういうとユーノは飛行魔法で体を翻し、なのはから距離を取る。
それを見ながら今一度、レイジングハートに問いかける。

「失敗、できないもんね」

『master,mind is believed.』

「ん……」

目を閉じて大きく深呼吸を行い自分を落ち着かせる。
でも、心臓は激しく暴れていた。胸に手を当てずとも解る。

『stand by.』

目を開き目標を見据える、チャンスは一度きりで再突入の余裕は恐らく無い。
ゆっくりと前傾姿勢に移行するとレイジングハートを構え突撃姿勢をとる。
何も考えずにただ突っ込むだけでいい。なのはは、自分の中でカウントを取ると念話を繋ぐ。今が時よ。

"ユーノ君、行くよ!"

"解った。任せて。"

『engage,』

 レイジングハートの合図と共になのははかっ飛んだ。飛行速度は最大全速を以って一直線に本体を包む樹木へと突き進む。
それに併せて無数の蔓が飛来する。なのはの視界には入らぬものの、遅れてやってくる。

「させない!」

 このユーノの声もなのはには届かない。バインドが蔓を締め上げて次々と拘束していく。数は多いが、
なのはに封印を任せている以上、退く訳には行かない。ユーノも数で対抗する。
そうこうしている間にも、なのはは本体に肉薄する。

「レイジングハートッ!」

『All rigiht.』

 距離も残り僅かという所で声をかける、次々と伸びてくる蔓に構わず、最後の距離を詰める。

「ジュエルシード・・・!」

 そして、最後の間合いを一息に詰めるとコアを潜める大樹に、到達した。
レイジングハートの先端を、樹木に押し付ける。

「封印ッ!!」 

『sealing.』

 桃色の光が、樹木を包み込む。それに呼応しながらも、目の前の大樹の表皮からも蔓が伸びてなのはに絡みつく。あまりの近接の荒業だ。これではユーノも対 処をすることができない。
顔に苦渋の色が浮かぶ、無理やりなのはを放り投げようと凄い力が加えられる。それでもなのはは封印の手を止める訳にはいかない。フィンを全開にして、
離されないように抵抗しながら押し付けているレイジングハートに堰を打ち破った洪水のように注ぎ込む。桃色の魔力光に包まれながらなのはは何かを叫んだ。

でも、それは誰の耳にも届くことは無かった。





「お疲れ様」

 夕焼けに包まれるどこぞのビルの屋上で、座り込んでいたなのはにユーノが声をかけた。
曖昧な笑みとありがとうという言葉を返される。少し、なのははだるかった。
改めて魔法を使っているということを実感した日でもあった。

 日常にあらざる力を、目の前でまざまざと見せ付けられると言うのは、恐ろしい話だ。ましてやあの木が成長を止める事を知らなければ、
下手をすれば世界は木に包まれていた可能性もあるのだ。地球が温暖化うんぬんじゃなくて、
もっと恐ろしい事態だったという話を聞かされれば恐ろしくてたまらない。ユーノも隣に腰を下ろす。

「なのははよくやってくれてるよ。僕一人だったら、今日のことも解決できる解らなかったし。ありがとう。助けられてばかりだよ」

そういわれると、悪い気もしない。エヘヘとはにかんだ笑みを浮かべながら、大きく息を吸い込む。

「あー……疲れた」

 とか言いながらも、なのはの表情は割りと晴れ晴れしていて、悪くはない。
ユーノもフェレットに戻りながら、なのはの肩へと登る。

「そろそろ帰ろう。夕飯前に戻らないと」

「そうだね、帰ろうか」

 家に帰ってご飯を食べて、お風呂に入ってゆっくりとベッドの中で眠りたかった。
立ち上がりながら体を伸ばすと、なのはもビルの屋上を後にする。そんな光景を見られているとも知らずに。




「良かったのかい? フェイト」

 同じく夕暮れの海鳴のとあるビルの上。1匹の獣と金髪の少女がいた。
オレンジ色の優しい光に包まれながら、僅かに眼を細める。

「あの子、魔力量が普通じゃなかったから。でも、あの程度の力量なら問題はないかな」

 そんなご主人様に流石とばかりに鼻息一つ。フェイトは再び、夕焼けの街並みを眺める。
どこの世界も街並みなんて似たようなものだ。この第97管理外世界も、例外ではない。

「…ロストロギア、ジュエルシード」

 なぞるように、誰とも知れぬ呟きは海鳴の夜へと紡がれる。

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