ユーノの腕から血が垂れる。獣の一撃は予想を上回っていた。

「シールドを貫いてバリアジャケットも破るなんて……、チェーンバインドッ!!」

 緑の鎖が次々と飛び掛っていくも近接していた獣は機敏に反応し盾を足場代わりに蹴り、下がる。ユーノは相手を逃してしまった。

「……っ」

 顔を顰める。バリアジャケットを貫き肉がえぐれ血が滴る状態でとてもいい具合とは思えない。
昨日の女の子も何故いるし、状況は最悪だった。獣とにらみ合う。確かこんなことを昔もしたような記憶があるが今は捨て置く。
獣からはどうあっても意識は逸らさない。少しでも隙を見せれば食い千切られる。乾いた唇を押し開いた。

「守れ、その礎の力の元に」

 獣から目を離ぬまま女の子を守る全方位の結界を張る。これで最悪の状況だけは免れる事ができる。
右手の止血も行わずに唯一動かせる左手を突き出して獣に向ける。血が地面に垂れていくのが解る、
あまり時間をかけるわけにはいかない。攻撃型でない人間が攻撃まがいのことをするのだ。

 今はただ強固な魔法を望む、心の中で強く願い仕掛けた。

「チェーンバインド!!」

 左手から魔方陣と共に鎖が飛び出すも、お決まりとばかりに素早い動きで避けられる。犬を媒体としているせいか動きが俊敏だ。
目と意識が遅れて追いかける。左手は宙を切っていた。逃さないと睨みつける。

「まだだ!!」

 先程狙いを外したチェーンバインドが逃げた獣を追う。終われる側も直ぐに反応して円を描くように逃げる。
爪が地面をひっかかる音がチッ、チと聞こえる。それは酷く耳障りな音だった。ゆっくりと確実に距離を縮められていた。それをチェーンバインドでおいかける も効果がない。

 傷ついた右手の拳が強く固めると傷口が酷く痛む。ああ、飛び散った肉は何処に行ったんだろうと見当違いな事が脳裏を過ぎった。
獣の動きを見つめ飛び掛ってくる瞬間を静かに待つ。自分から仕掛ける必要は無かった。

 肉食獣は必ず相手が弱ったという時を逃さずに襲い掛かってくる。ねらい目はそこだ。一度だけ大きく吐息を落とす
。その後も適当にチェーンバインドの追いかけっこを続けながら、呼吸を低く保つ。相手はユーノの様子を伺いながら、やはり一瞬の隙を狙っていた。

 頭の中の脳みそは言う、来るなら来いいつでもいい。どうにも全力で動かせるのは一度だけと認識する。
思いの外、痛みと流血で頭がくらくらしていた。倒れてからじゃ遅い。そして、自分の限界だけは悟らせる訳には行かない。
ユーノから倒れる訳にはいかないのだ。まだ3つしか集めていないジュエルシード、中断には早すぎる。

 動く相手とにらみ合いを続けていると獣が酷く高い声を掲げついに動いた。全身の細胞を総動員させて身を引き締める。

「ギャオオオァアアあああああああああああああああ!!!」

 もはや獣としての声ではなくなっている。別の何かの声を耳朶に叩きながら、一つ思う。
いつの間にかユーノから攻撃するはずが専守の構えになっている。
どうあっても己は防御の人形なのだろうか、笑いたくなるのを堪えて一つ思う。

 今必要な唯一つの事。

「(来い)」

 それに、獣が乗った。僅かに身を沈ませると四肢で地面を蹴り跳躍してくる。
大きな口を開き唾を撒き散らし牙を剥いてくる。想定範囲内だし十分捕らえれると踏んだ時、
想定外の事が起こった。

「危ないッ!!」

「!?」

 意識がぶれた上に女の子が結界から出ているのだ。しかも逃げようとも何かをするわけでもない。
コエをかけただけ。眉間に皺寄せし突き出していた左手を握り締めて固める。
頭の中で魔法を組みなおす、パズルゲームのコンボ連鎖を幾重にも作り出すイメージと同じだ。

 失策だが今は余計な事を考えている暇は無い。一瞬の停滞は致命的だ。すぐさま2人分の防御に頭を切り替える。
民間人に被害を及ぼすわけにはいかない。

「チェーンバインドッ!!」

 右腕は血を散らしながら両腕を動かし自身と女の子に盾を展開する。遅れて、右腕には鈍痛が響くが
顔を顰めるだけで今は無視だ。獣はユーノの盾に衝突はせず、また盾を足場代わりに飛び下がる。
押し切れないと悟ったのか、僅かな睨みあいの末に獣は一時逃走を選択した。

 身を翻し直ぐにその場を後にしてしまった。

「待て!!」

 と言って待ってくれる相手でない事が解っていても声をかけてしまう。もう獣の姿は無い。
兎にも角にも戦う相手はいなくなったのだ。危険は消えた。溜息を落とし盾を消し去ると回復魔法を右腕に充てる。
思ったよりも傷が深い。やれやれだ。苛立ちを増やすように、右腕の大きな傷の痛みがジクジク泣いている。

 気分はますます悪くなる。

「あ、あの……」

 女の子が顔を青くして話しかけてくる。ああ、と思いながらもユーノの胸の中でふつふつと憎しみが煮立っていた。
それを押し殺す。ゆっくりと息を吸い込んでからこれまた大きく息を吐き出した。
徐々に右腕の傷も塞がるようになってきた。しかし、精進しないと自分自身を評価しておく。少し俯く。

「忘れた方がいい。魔法を見て、少し人と変わった気になれた?」

「え?」

今度は顔を上げて女の子を見る。

「この世界の人達にとって、魔法が御伽噺の世界のものだっていうのは、知ってる。
ごめん、昨日は僕も調子に乗りすぎた。君に、あんなもの見せるべきじゃなかったのかもしれない」

「そ、そんなこと! ……ないと思うけど」

なのはの語尾はどんどん小さくなっていく、回復魔法を続けながら言葉も続ける。

「この世界には拳銃があるんだよね。テレビでなら見た事あるよね」

「う、うん」

 確かに映画やテレビドラマ、身近なものだと子供向けの玩具の銃や玩具屋の中で、男の子向けのエアーガンは見た事がある。
でもそれはあくまで本物の銃を模したおもちゃだ、ずっしりと重量感のある本物の銃をなのはは持ったことも、見た事も無い。
回復魔法も続く。

「魔法はそれと同等だよ。魔法を使ってみたい、知りたいと思う好奇心なら、
今すぐ手を引いた方がいい。僕を手伝いたいと思うのも多分同じだ。君に銃を撃つ覚悟があるかな。きっと無いよね?
誰かを殺してしまった時に、動揺しない勇気がもてる? 僕が言えたことじゃないけど魔法を使うっていうのは、
凶器を振り回す事と同じなんだ。使い方を誤れば、間違った方向に、悲しい方向に向いてしまう」

それを言われるとなのははたじろぐが、

「で、でも!」

「ん?」

「私を助けてくれたのに、私は何もできないの?」

 ユーノはその言葉に躊躇する。見た限りこの子の魔力は駄々漏れ状態でその量は半端なものではない。
素人目に見てもあの時空管理局なんかは喉から手が出るほど、欲しがられそうな逸材だろう。
きっと魔法を教えてあげて訓練をすれば、恐ろしいほどの成長見せるだろうと予見する。それがユーノを迷わせた。

 彼女を受け入れるべきか拒むべきか。目の前にダイヤモンドの原石があって手にするかを問われて迷わない人間はいない。
でも、この世界の住人を魔法の世界に引き込むべきではないという判断が勝った。改めて拒もうと...

「いや、魔法っていうのはそう簡単に学んでいいとか、悪いとか。あ、…あれ?」

 とりあえずの右腕の修復が終わったもののぐらりと自分の体が傾いて、いつの間にかユーノの膝が片膝が折れて地面に手をついてしまう。
意識がぼんやりとして考えがまとまらない。顔を顰めて必死に意識を繋ぎとめようとするが立ちくらみのようで考えがやはりまとまらない。
どうにも、血を失いすぎたらしい。朦朧としたまま考えを保つ事ができない。女の子が、また何か騒いでいるような気がした。
判断も遅れている。目がいつの間にか細くなっていた。

「(ああ)」

 また迷惑かけたな、と自虐の念に駆られながらも意識を閉ざす前に、体をフェレットに変身させておいた。
最後の最後に女の子の盛大な戸惑いの声を聞きながら、今度こそ意識を閉ざした。でもこれだけは思っていた。
魔法なんてろくなもんじゃないと。








 意識が揺らぐ。人は何かを失った時何かを得る。それは摂理だ。人が両手を使っていた時にまた別の何かを掴む事はできやしない。
何かを得たければ両手で持っている何かを手放さなければならないのだ。右手と左手のどちらかが掴んでいるものを手放し新たな何かを得る事ができる。
それが人間だ。食欲、性欲、睡眠欲に始まり多くのモノがある。

 形があろうと無かろう変わりはない。両手が塞がっているのにまた何かを得ようとすれば、人は失敗する。
でも、頑張れは両手を使っていたとしてもまた何かを掴めるかもしれない。人は貪欲だ。そして滑稽なほど愚かしくも浅ましい。皮肉を言いたくなるほどに。
ふと、ユーノはフェレットモードで目を覚ます。

「…………」

 体はタオルに包まれていて、何かカゴのようなものに入れられていることに気がついた。何度かまばたきしてから居る場所の様子を窺う。
部屋は薄暗い。朦朧とする頭を働かせて、たまたま視界に入った壁掛け時計を確認すると、今は夜中らしい。変な時間に目覚めてしまったものだ。
まだ頭は目覚めきっていないが、ここは一体どこなんだろうと考えているとベッドの中に見知った女の子が眠っていた。ここ数日出会っている、変な女の子だ。

 小さな寝息が耳を澄ませば聞こえていた。

「・・・・・」

またも助けられたらしい。とりあえず体の力を抜いてタオルに頭を預ける。柔らかくて気持ちよかった。
干した後なのか、いい匂いがした。まだ体調が万全とはいえないようだが、考えが倒れる前まで追いついた。
体を楽にしたまま眠っている女の子を見る。きっと目覚めれば魔法を教えて欲しいとせがむのだろう。

 それをどうするか悩んだ。ユーノがジュエルシードを探すのはあくまで良心からだ。
その中でこの子も巻き込むのは、という考えが浮かんでしまう。神社でも説いたが魔法は危険だ。
非殺傷設定なんて便利なものもあるが別段、拳銃や鋭い刃物と変わりはしない。

それを考えるとどうしても心が痛んだ。世界や考えが違うから、という理由でこの子から
魔法を遠ざけるのも自分の傲慢ではないかと、思い悩む。考えなんて人それぞれだ、それが解った上で尚悩む。

「・・・・」

 もうこの家から勝手に逃げ出そうとは思わないが女の子とは話がしたかったが今は夜で相手も寝ている。
目を閉じる。痛んだ体を休める。もう傷はないけどもうしばらくは体を動かすことは難しい。
タオルに包まれるフェレットは再び眠りの中に落ちた。翌日、というよりも数時間後。
どこかくぐもって聞こえる軽快なメロディにユーノは目が覚めた。

 再びボーっとする頭で何の音かと思っていると、どうやら女の子のベッドの中で鳴っているようだ。
今は朝だ。フェレットユーノは何度かまばたきをしながら、小さくあくびをするとベッドの中からうめき声が聞こえた。

「ん゛ー」

「…………」

 もぞもぞと動きながら、音を鳴らしている物体がベッドから床の上にボトリと落ちた。それを追う様に腕がにょろり伸びてくる。
床の上を指が這って落ちた物体を求めていた。ようやく指がそれに触れると器用に操作して音楽を止める。それから、
ベッドの中に潜っていた女の子も、冬眠から目覚めたモグラのように、ゆっくりとした動きで起床する。

「ふわぁ」

 眠たそうに、大きなあくびを一つ。まだ覚醒しきってせいか瞼は重いようで、ごしごし擦りながらベッドから降りる。
そんなときに、フェレットユーノは声をかけてみた。

「おはよう」

「?」

 でも、流石にフェレットに挨拶されることは不意打ちだったのか、なのはの首がフェレット一直線に固定されて、動きが止まる。
続ける。

「この前と昨日は、助けてくれてありがとう。お陰で助かったよ」

間が空く。そして、慌てて返事が返ってきた。

「え、あ、う、うんっ。ど、どーも!」

なんともどもりながら返事をしている。緊張? しているのだろうか。沈黙が漂う中フェレットが時計を見る。

「時間平気?」

「え?」

「朝が忙しいのは、どこの世界の人間も共通だと思うけど」

 なのはは弾かれたように時計を見て慌てて動き出す。パジャマを脱いで着替えだしてのを見て、
ユーノはどこの世界の人間も変わらないね。という感想を抱く。
そして見覚えのある制服に着替えていた。

「着替えながらでいいから、名前を教えて。僕はユーノ・スクライア。君は?」

「私は高町なのは、なのはでいいよ、ユーノ君」

「うん、よろしく」

さっさと着替えを終えるとぱたぱた動きながら髪を整えていた。
器用だ、とかどこか見当違いな感想をユーノは抱く。身支度が終わると、改めてなのははフェレットに向かう。

「ごめんね、学校行かなきゃいけないから、帰ってきたら、いっぱいお話しよう?」

「そうだね、待ってる」

「うん!それじゃあもういなくなったりしちゃ駄目だよ?、絶対だよ?」

念を押された。苦笑する。

「大丈夫、ちゃんと大人しくしてるから。あ、でも僕ここにいて平気なの?家の人とか・・・」

「平気だよ、ちゃんとお父さんとお母さんには許して貰ったから、それじゃ、待っててね!」

 なのはは、ばたばた足音を響かせて部屋を出て行った。元気な子、という印象を受けた。
でも、今はゆっくりと瞼を閉ざす。寝ることにした。傷は塞がっているものの無理に動きたくはない。
念話は後回し、だ。桃子がフェレットにビスケットを持ってきた時は、ぐっすりと眠っていた。





 話をしよう。学校が終わるとなのはは走って家へと帰った。何せ魔法使いがいるのだ。
期待に胸を膨らまして高町家に帰宅する。家の中は誰もいない、いつものことだが今はそんなこと気にしない。
手洗いうがいを素早く済ませると、急いで部屋の中に駆け込んで、少しだけ拍子抜けというか落胆する。元気に咲いていた花が萎れたように。

「寝てる」

 机の上の小さなカゴの中で、タオルに包まれたフェレットは目を閉じて寝ていた。昨日、あれだけの怪我をしていたから、当たり前といえば当たり前と納得し ておく。
机の近くに鞄を置いてイスに腰掛けて寝ているフェレットを観察してみた。たまにヒゲがぴくぴく動いたり体をもぞもぞ動かす、動物は飼ったことが無かったか ら、
なかなか面白い。飽きが来ない。

「可愛いなぁ」

 本人が聞いていたら傷つきそうだが、事実そうなのだから仕方が無い。
しかし、静かに観察していたにも関わらずフェレットの瞼がぴくりと動き、目を覚ましてしまう。何度かまばたきしてから名前を呼ばれた。

「なのは……?」

「ごめん、起こしちゃったかな」

 今朝とは異なり、ユーノは覚醒したての意識でゆっくりと体を伸ばすと顔を顰めた。まだ痛みと違和感が強く残る。
もう少し休まないと回復は難しそうだった。寝ぼけた頭が、少し戻ってきた。

「平気だよ、今朝からずっと寝たり起きたりしてたから」

「そうなんだ」

「うん。・・・ああ、そっか。色々話しをするつもりだったんだね。ごめんごめん」

もぞもぞと体を動かすと姿勢を変えてなのはを見上げる。やっぱり可愛いと思うなのはだった。

「まず聞きたいんだけど、なのはははどうしたいの?」

「えっと……できれば、ユーノ君のお手伝い。したいなって」

「ん……、できるできないの問題なら君は魔法を使う事ができる。
本来、この世界の人達は魔力を有していないんだけど、なのはは特別みたいだね。
随分と大きな力を持っているよ。でも、僕としては魔法に携わらせたくないんだ。助けてもらっておいて、こういうのもなんだけどね」

「……」

 なのはも、少しだけ黙りこくった。小学三年生に理論武装を持てというのは、あまりにも酷な話か。

「それに、昨日の僕みたいに一歩間違えれば大怪我をするかもしれないんだ。
なのはは今魔法っていう新鮮なものを目にしているから、その好奇心と助けてあげたいっていう
優しい心で願い出てくれてるけど、落ち着いて考えてみよう。なのはがもしも大怪我したら?
もしも、死んでしまったら? 家族の人は深い悲しみ暮れる事になる。なのはは多分それを理解していないよ。
凄い、格好いいとか。魔法の無い世界の人間が、この前の飛行に憧れを持つのは解らないでもないけど。
魔法はあくまでも魔法なんだ。人を殺す事も消し飛ばすことだってできる」

「じゃあ、どうしてユーノ君は私と同い年ぐらいなのに、魔法を使ってるの?」

「それは世界の違いだよ、なのは。僕の世界は使える人材は幼くても、どんどん引き抜かれていく。
だから僕もこうやって魔法を使える。魔法を使ってみたい、なんて願望だけで望まれても君はどこかで挫折か、
後悔をすることになる。苦しくてつらいことだよ? だから、もうなのはは魔法を望まない方がいい。
魔法っていう格好いいなっていう気持ちに、だまされちゃいけないよ。言葉を変えると、
魔法は拳銃や爆弾といったものを所持しているのとなんら代わりはないんだ。
なのはは、人を撃てる? 爆弾を投げられる?」

「それでも、ユーノ君は魔法を使うんだよね」

「使うよ、残りのジュエルシードを封印する為にも、魔法は使わなきゃならない」

「私、ね」

「?」

「正直に言うとユーノ君の言う通り、興味あったんだ。魔法を使いたいっていうのはとくに考えてなかったけど、
それでも、ユーノ君とどうしても会いたくて、探してたんだ。魔法のことはまだよく解らないけど、
私はやっぱりユーノくんのお手伝い、したいなって思うんだ。一人ぼっちで居るのは絶対に寂しいよ。
だから、少しだけでもいいから、私に魔法の使い方を教えてくれるお師匠さんになってくれると嬉しいな」

 フェレットが顔をしかめる。

「なのは、人の話を聞いてた?」

「聞いてたもん。でも、確かに怖いとは思うけどこの町の人を守れる力があるなら守りたいって思うんだ。
戦う力とか世界を救いたいとか、町を守りたいとか、そんな大きなことは考えてないよ。
ただ、自分が今できることに手を伸ばしてみたいんだ」

なのはの言葉に、ユーノは深い溜息をついた。どうしようもない、と思う節があった。今なのはを突き放しても、
きっとなんらかの形でまた関わってしまうだろう。ならば、その形があやふやで危険なものになる前に
しっかりと教えてあげたほうがいいのではないか? という独り善がりな考えに染まる。それは独善だ。
ユーノは心の中で静かに自嘲するが直ぐ見切る。自虐に浸っている暇は無い。

「そこまで言うなら、解ったよ」

「え?いいの!?」

なのは歓喜の声をあげる。

「うん。ちゃんと魔法の使い方教えてあげる。半端なのは嫌だからね」

「やったー!!」

「ひでぶ?!」

 思わず、フェレットユーノを手荒く抱きしめてしまうのだが、昨日の今日のことを思い出し慌てだす。

「ご、ごめんなさい!!」

「へ……へーき……」

 白目を剥いたフェレットが、悶絶しながらエクトプラズムを発生させていたとか、なんとか。
こうしてなのはへの魔法講座が始まった。




 なのはって運動苦手?ユーノの一言に大きなショックを受ける。場面は変わらずなのはの部屋。
初めは魔法についてだったり、ユーノの目的のジュエルシードについて色々と話を聞いた。そして、
うんうんと頷きながらも、身体能力を疑問系で聞かれた時は流石にショックだった。

「ごめんごめん。なのはの場合は魔力が駄々漏れになって足枷になってるから、
体の動きが上手く機能していないんだと思う」

それは意外な事実だ。

「そうなの?」

「うん。例えば普通の人の場合走れば息が苦しくなる。疲れる程度で終わるけどなのはの場合は、走ると、
疲れるのに加えて魔力の浪費もあるからもっと疲れる。そういう魔力消費も被さって色々大変なんだと思う。体の回転とかも。
あくまでも推測だけどね。魔法を使えば勝手に調整されると思うから多分平気だよ。それじゃあ、まずは念話あたりかな」

「ねんわ?」

 必殺鸚鵡返し。

「うん、魔力を綱渡りして、相手と話すことができるんだ。一度送るよ」

”聞こえる?”

「わわ、頭の中に聞こえてきたよ」

「それが念話だね。僕にメッセージを送るつもりで、頭の中で言葉をイメージすれば送れるよ」

「へー…」

 便利だねとつけ加えると、ユーノはあるものを取り出すとなのはに差し出す。紅の玉だった。
フェレットが両手で玉を持つ仕草は、どちらかというとオットセイのようだった。

「これは?」

「インテリジェントデバイス、って言うんだ。まだ名前はつけてない。なのはがつけてあげて」

「いんてりじぇんとでばいす・・・??」

「魔法を手早く発動させる為のものだよ、このデバイスには優秀なAIがついていて、
なのはの魔法のサポートもしてくれるんだ。それ、あげるよ」

 なのはに天使が舞い降りた。裸でラッパを吹いているアレだ。

「いいの?!」

「僕じゃ手をもてあますからね。でもなのは、当たり前だけど僕の世界にも魔法を取り締まる大人達はいるんだ。
無闇やたらに魔法を使ったり、悪用なんかしたりしてるとこの世界でも、時空管理局っていう人達に捕まるから気をつけて」

でも、流石にそれには頬を膨らませる。とはいっても、小さくだが。

「しないよ、そんなこと。私はユーノ君を助けたいだけだもん」

 ありがとう、とお礼を付け加えた所でデバイスの名前も決めてからデバイスの使い方、バリアジャケットの展開からジェルシードの封印についてをあらかた説 明を終えて、
ようやく一通りの説明が終わった所で母親から食事のお声がかかった。バリアジャケットを纏ったなのはが、今いきまーすという返事をする。

「バリアジャケットの解除は、簡単だよ。レイジングハートにお願いしてみて」

「う、うん。レイジングハート、バリアジャケット解除して」

『yes,master』

自分の身に纏っていた。守護の衣装が解除される。
関心しているなのはだったがある事に気がついた。ハッとする。

「せ、制服のままだったよ!!」

食事に呼ばれているというのに、困った。慌てて着替え始めるなのはを尻目に、
ユーノはカゴの中で小さく丸くなる。

「……それじゃ、僕は少し寝るから楽しいお食事を」

 ユーノ君の薄情者ー!という声を聞きながら、ユーノは眠りについた。なのはは慌てて制服をベッドの上に放り投げていた。あんまり遅いと怒られる、
というのが理由らしい。兎にも角にもユーノは眠るが一番。体を丸くして意識も手放した。なのはが食事を少し早めに済ませて部屋に戻るとやはりユーノは寝て いた。だから、
これまでの復習とばかりにレイジングハートを展開させてみたり、バリアジャケットやプロテクションといった、部屋の中で行っても問題なさそうな魔法を試し てみる。

 ちょっとだけ満足な気分になる。来るなら来い、ではないがこれでユーノの手伝いができるのだ。魔法の力も手に入れてしまった。少しだけ人とは違う優越感 に浸る。
さあ、夜が深まる。





「なのは、なのは!!」

「んぁ?」

 夜中、なのはは眠っていた所をベッドの上に上っているフェレットにたたき起こされた。
寝ぼけた頭で携帯の時間を見てみれば、まだ夜だ。PM11:00と表示されている。

「どうしたのユーノくん……今、夜中の11時だよ……寝る時間だよ……」

うつらうつらと非常に眠そうだ。

「寝てるとこ、ごめんっ、でもジュエルシードの反応がでたんだ! 多分、あの獣だと思う」

「ふぇ・・・?」

 半分寝ていたなのはの意識が、目覚める。そのまま物音を立てないように急いで着替えて部屋から出て行こうとすると、
ユーノに止められる。気づけばユーノも人型に戻っていた。

「窓からでいい、飛んで行こう」

「えぇえ??」

 まだ飛行を試していなかったのか、戸惑いの声を上げる。だが、迷っている暇はない、
ユーノはデバイスに助けを求める。

「レイジングハート、サポートしてあげて」

『of course,Yuno.』

 それでも、いきなり空を飛べと言われて不安は消えるものでもない。なのはは慌てる。

「えええ、ちょと、ちょっとまってぇえ!!」

「行くよ!」

 迷ってる時間も惜しいからユーノは手を引いて無理やり窓から飛び立ってしまう。
なのははユーノに手を引かれた状態で、空を舞う。前回の抱かれたままとは異なった状況に戸惑った。

「えええ!!そんなぁあ!」

『master,do not fear it. Let's Fly.』

 不安の声をあげる主にレイジングハートも、既になのはの足にフィンを発生させて浮力を展開させている。
それでも不安そうななの手を、ユーノはぎゅっと握り締める。

「もう飛んでるよ、なのは」

「え・・・」

 少しずつ高度を取りながら、二人は再び夜間飛行をする。見下ろすのは美しい夜景と見上げれば星空に挟まれる。

「自分は鳥だって思えば平気だよ。少しは落ち着いた?」

「……ううん、なんか変な感じ」

 飛びながら少し首を傾げる。飛んでいるというよりも浮いている感覚が近いらしい。

「慣れるよ、どんな魔法も自分が思ったり感じたりすることをそのまま表せばいいんだ。魔法のいい体現だね。
祈願型は尚更だね」

『Please do not forget I am,too.』

「レイジングハートもこう言ってるんだし、僕もいるよ。忘れないで、いつでも一人じゃないんだから。
飛んでいる時は、風を感じながら、自分が行きたい場所を強く願ったり、レイジングハートにお願いするといい。
さあ、もう直ぐ目的の場所に到着だよ。準備はいい?」

「う、うん」

 慌ててバリアジャケットを展開しながら高度を落とすと、再び夜の神社へと降り立つ。ジェルシードを持つ獣の姿はどこにも見えない。
なのははレイジングハートをぎゅっと握り締めたまま、闇に囲まれた境内を注意深く伺う。相変らず、闇は怖かった。

「……い、いない……ね?」

「気をつけて」

 ユーノは直ぐに探査魔法を走らせる、注意深く、そして、直ぐに敵の存在には気づいた。

「上だッ!!」「!!」

 どこから跳躍したのか、二人に対し上から突っ込んでくる。なのはは既に恐怖に食われて身動きがとれない。
ユーノは左腕だけ動かすとラウンドシールドを展開しつつ、チェーンバインドを飛ばして獣を捕らえる。

「良し……!」

と思ったものの、獣の動きを空中で止める事はできずにラウンドシールドと激突した。
魔力干渉による激しい衝突で、火花ともとれぬ衝撃に思わずなのはは顔を背け、目をつむってから、恐る恐る目を開く。

「敵から目を離さない事。今は僕が張ったけど、避けられないと思ったらプロテクションやラウンドシールドを展開しよう。
地上戦でも飛行は可能なんだから、飛んで逃げるのもありだよ。いきなりで怖いは解るけど戦いを頭で組み立てないで、
場当たりの戦い方をすると痛い目をみるよ。なのは」

 ユーノの右手が、なのはの頭をよしよしと撫でてくれる。それでも怖かった。足がすくみ、まるで動けそうに無い。それでも、今を逃げ出さずにいられるの は、
ユーノがいるからか。彼は獣とにらみ合ったまま指示をくれる。

「僕があの獣の動きを止めるから、なのは、ジュエルシードの封印をお願い」

「でもユーノ君、右腕は……」

「平気。必ず動きを止めるから、待ってて」

 心配をさらりと流され、ユーノの手がなのはから離れる。そして、彼が獣に対して先手を打った。
チェーンバインドを連続して放ち、逃げる獣を追い立てる。なのははフィンを発生させると少し上に移動してそれを見守った。

「いけぇっ!」

 獣は目障りな鎖をステップで避け一気に距離を詰めてくる。これでいいと心の中で思いながら、爪を振りかざし再び飛び掛ってきた所を、ラウンドシールドで 受け止める。
魔力干渉が働いてる最中に、チャンスとばかりにユーノは微笑む。

「なのは!!」

「うんッ!!」

 ジュエルシードの封印が開始される。だが、獣は一旦距離を置いてやり過ごそうとしたものの、いつの間にか四肢と体に絡まり、地面につなぎとめられていた チェーンバインドに、
身動き一つとれないでいた。負け惜しみの咆哮が夜の神社に高らかと響く。

「油断大敵だよッ!!」

「じ、ジュエルシードッ!!封印ッ!」

 油断だったのだろうか、それとも人の連携が良かったからなのだろうか。獣は、ジュエルシードという力を奪われるとあっという間に、小さな犬に戻ってし まった。
なのははフィンを調整して降りてくる。そして、ジュエルシードは、これで4つ目の取得と相成った。レイジングハートの中に収められる。

『No.11、Seal completion.』

レイジングハートの報告を聞くとなのは力が抜けてしまう。まさに事は一瞬の出来事だったが、
それでも怖かったのは確かなのだ。

「良かったぁ……、これでいいんだよね、ユーノ君」

「うん、ばっちりだよ。なのは」

「あ……、でも、ジュエルシードの封印以外、何もできなくて……」

 直ぐに落ち込んでしまう。それには苦笑しておく。

「そんなことないよ。初陣は震えているだけの人も、多いんだ。
自分の考えで上に上がって戦いを見て、しっかり封印してくれたんだ。満点に近いって。
落ち込む必要なんかどこにもないよ」

「本当?」

「うん、本当」

『Congratulations.』

 誰からも褒められて、ひとまず、高町なのはのささやかな初陣が終わった。
魔法使いとしての自分、子供としての自分。ちょっとくすぐったいけど、
魔法少女というのは自分を不思議な気持ちにさせてくれる。

これで、4つ。


ジュエルシードは残り17個。

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