「最近一人が多いなお前さん」

「そういう事もありますよ」

 ビムはクーパーと一緒にいないユーノが珍しく声をかけてみた。何だかんだでユーノとクーパーは時間を共有することが多い。同年代やら、なんやらもある が。
ユーノはもくもくと食べている。

「クーパーの奴、どこいった?」

「さっき食べ終わって、出て行ったみたいです」

 やはりユーノは、食べ続ける。その様子はどこかツンツンしていて、ビムの頭上に閃きのランプが灯る。

「ははぁ、解ったぞ。お前さん達、喧嘩でもしたのか」

「違いますよ」

 どこか怒ったように。というよりも寧ろ拗ねたように返事をする。どこからどうみても喧嘩や相手と仲違いしているようにしか見えない。ビムはうんうんと頷 く。

「ま、子供の仁義無き戦いに口出しする気はねーけどよ。自分からちゃーんとごめんなさいって言えるようになった方がいいぞ、ユーノ」

「解ってますよ」

 なんて上から目線だ、とは思ってもユーノとビムでは生きた長さが全然違う。ビムの経験論はやはり実体験からなのだろうか。
心の中で何かが蠢く。水を口にした所でビムは溜息をつきながら、呟いた。

「ガキだな」

「どうせ僕は子供です」

 ご馳走様です、と言って一足先に食事のテントを後にする。後姿をビムは見送った。やっぱガキだ。という感想と苦笑いを浮かべながらまた料理を口にした。
ユーノが自分のテントに戻ると、当然誰もいない。遺跡の仕事が始まる頃に寝床は別々にしてもらった。声をかける相手もいなくなった。もう寝ようか、とも。
おやすみの言葉をかける相手はいないのだ。寝ている時に手を握られることも握ることもない。布団の中に潜り込んでくる事も無い。兄弟の筈なのにどこか疎遠 に感じる。

 いいんだ、と思いながら歯を磨いてさっさと寝ることにする。食って直ぐ寝ると太るぜ、というビムの言葉がよぎったがそんなこと考える必要はない。
眠いから寝るのだ。寝巻きに着替えると、毛布を頭まで被って意識を手放す。何も、煩わしいことを考えなくて済む夢の世界へと飛び込んだ。
翌日、いつも通りに起床する。いや。気分はいつも通りとは決して言い難いだろう。輪にかけて最悪だった。

ますます悪くなっているといた、とりあえず着替えて自分のテントをでて朝食の支度を手伝いへと向かう。会う人会う人に挨拶を交わしながら
早々に、会いたくないのと出会ってしまう。朝から早々に最悪だ。顔を顰めるユーノだった。

「…あ、ユーノさん」

どこかおどおどしたクーパーが、他のみんなと朝食の準備をしていて吐息を一つ呆気無く挨拶しておく。

「おはよう、クーパー」

「…お、おはようございます」

「偉いね朝から」

「…そんな事は」

 そうやってまた曖昧に笑う。それがユーノを一層苛立たせた。それ以後話すこともなくやり過ごした。
何時もの予定なら一緒に魔法を学ぶ予定だったが、ユーノはクーパーと一緒にいることを拒絶した。
一人で勉強用のテキストを持って誰も来ない遺跡の近くに足を運んだ。たまには外で一人でやるのもいい。
ユーノは知らない。勇気を出して、テントを訪れている者の事を。

「さ、やろうかな」

 何かに集中していると時間が経つのは早い。昼になっても空腹を無視して勉強を続けた。余計な事を考えるよりも何かに打ち込んでいるほうがやはり楽だっ た。
黙々と問題をこなし、いい加減暗くなって視界が悪くなるとテキストを閉ざす、腹もぐぅと音をあげていた。自分のテントに戻ることにした。オフの日はそんな 事を繰り返した。
おどおどとしたクーパーが何か言ってきても軽くあしらいさっさと一人になって時間を過ごした。胸の中に爽快感ではないものの、嫉妬を払拭するような何かが あった。

 気分が良かった。一人、遺跡近くで勉強の日々を重ねる。快適だった。何もない順調な日々は、気持ちよさを呼び込む反面。一抹の寂しさをもあった。
それまでいた者がいなくなるのだ。でも、子供らしくどうでもいいと割り切る。夕飯を済ませ自分のテントに近づいた時、一つの靴が置いてあって、
中にクーパーがいる事に気づく。溜息をつきながら中に入ると戸惑った顔のクーパーが、やはりいた。ユーノは溜息をついた。

「……戻れば? もう遅いよ」

「…あ、あの、その。……ご、ごめんなさい。ユーノさんにどうしても…………謝りたくて」

 待っていたんですと声のボリュームが絞られる。人のテントの中で勝手に待ってて?苛立ちが入り乱れる。
これが喧嘩調でにあユーノなら。そうなんだ、とか。待っててくれたんだ。とか、まずごめんねという言葉がでるのに。
苛立ちが勝った。クーパーには俯いてからまた謝られる。ますます嫌な感情が積もっていく。

「…ごめんなさい、ぼ、僕……ユーノさんが怒ってる理由も解ってなくて・・・。ごめんなさい」

 どうしろというのか? ユーノはあーあと面倒くさそうに溜息をついた。

「いいよ、もう出てってよ。疲れたから今日はもう寝たいんだ」

自分の中の苛立ちは勝手に膨らんでしまい、大きくなったそれをを小さくすることも敵わない。
それでも、クーパーは縋る。

「…あ、あの、本当にごめんなさい。ユーノさん……」

「もういいから、早くでてってよ」

 それに戸惑ったのか、クーパーは俯き涙を落としてしまう。泣けばいいのか、
泣けば解決するのか一気にユーノの怒り苛立ちボルテージが急上昇する。手にしていたテキストを放り投げ、テキストを置いてテントを出た。夜の暗がりの中に 出た。

「…ま、待ってくださいっ」

 それにクーパーもついてくる。その姿が目障りだった。耳障りだった。その存在が心をかき乱され、怒りが止め処なく増幅されていく。失うなんて事も考えず に、ユーノはただただ、怒りに身を任せた。
早足も止まる事はなかったが、それでもクーパーはついてくる。手を伸ばしてきた。振り払う。半べそをかいた声で、待って、待って下さいと縋り続けてくる。 それでも歩き続けた。
怒りが故に。何か区切りがなければ、もう止まりそうになかった。それは大人か、それとも、時間か。そういったものがあればよかったが、二人には通常の子供 とは違った。

 まずいものを手にしているのだった。どこまでもユーノは早足で歩いてた。自分でも、どこに向かっているのかはわからない。ただ、怒りがままに。
このうざいのを振り切れるところまで。人がいないところに向かった。大人たちに見られてもどうせ猪口才な小言を言われるだけだ。今は、それも御免被る。
遺跡の前まで来てしまった。それでもクーパーはついてくる。息を乱しながら泣いていた。それでもごめんなさいと謝りながらついてくる。

 手を伸ばされたが、ユーノはそれを振り払う。足を止めて振り返った。クーパーは尻餅をついていた。見上げる弟をこれでも見下してやる。
罵声が、解き放たれた。

「ああ……ッもういい加減にしてよ! もう魔法の勉強も、料理だって一人でできるだろ?! 僕がいちいち面倒を見なくてもいいだろう? 同い年なんだからそれぐらいやってよ、
僕は、もうクーパーの面倒を見るのも飽き飽きしてたし、一人でやりなよ。優秀なデバイスも、召喚獣もいるんだろ? クーパーと違って、僕は自分の事でことで手一杯なんだ。
優秀なクーパーと違って頑張らなきゃやっていけないんだ。回りからちやほやされて良かったね。僕とクーパーじゃ何もかも違うさ、……本当の兄弟じゃなくて 清々するよ。これでもし、
血まで繋がってたらたまったもんじゃないよ!」

 やれやれと溜息を落とすが、ふと気づいた。涙を流しながら、ユーノを見つめるクーパーは時が止まったかのように動かない。頬を伝う涙達が恐れをなして逃 げていく。
確かに周囲は暗かったが月夜で目は慣れていた。今の言葉が、そして、2人の関係に決定的な亀裂を入れてしまう事になる。

 いつまでも沈黙が続いた。流石のユーノも違和感に似た何かを覚えた。また泣きじゃくるか、困るか、謝るか、沈黙か。いずれにしろなんらかのアクションを 考えていたがそんなものは一切なかった。
般若、いやクーパーの口元は歪み、低く、そして今まで聴いたこともない笑みが漏れ出した。和風の面のお多福のような……笑っているが、表情が死んでいる。 そこにはユーノの見たこともないクーパーがいた。
不気味だった。

「…ははは……はははは……」

 静かに刻まれていた低い笑い声は、高らかな笑い声へと変わる。流石に、胸のうちに気まずさと知らぬが故の恐れを抱いてしまう。しかし、笑いながらクー パーは泣いていた。それでも、
地面についている手は震え、土を掻き毟り爪の中に泥を詰まらせていく。歯を食い縛り笑っていた。

「…そうかよ。そうかよ! お前も僕を裏切るのかよ!……いい子でいるのって、間違いか? それすらも間違いか? 謝り続けた僕は、なんだ?無様か?
いい子ちゃんを演じた苦労は何だ! 僕は一体、何が駄目だったんですか?
教えてくださいよユーノさん。僕は、もう、僕は、もう、痛い目を見るのも、誰かに裏切られるのもいやで死んでもいいと思ってたのに……
スクライアに来て皆に優しくしてもらって一人になるのは怖かったんです。……でも、ユーノさんに頼った僕は、間違いでしたか? だめ、でしたか……?
僕は、僕はただ……ただ………………………………ただ……家族が、欲しくて……」

 両腕は自らを掻き抱いた。止め処なく涙を流し、胸を抑えながら苦しそうに。唇をキュッと噛み締めている。
ユーノは何もいえなかった。涙が伝い、地面へと落ちていく。同時に吐瀉物を地面にぶちまけた。ユーノはただ、唖然と見ているだけしか出来なかった。

「もう……無理だ……壊れる……!」

「ちょ……」

 ユーノの体が底冷えし言い過ぎたと改めて心が警告してくる。流石に、最後のは兄弟喧嘩の度を越えている。
だが、謝る暇も無くクーパーは転移の魔法を発動して一瞬にして消え去ってしまった。

「(……壊れるって……)」

 一人、取り残されて、今しがたの言葉が耳にこびりついて離れない。言い過ぎた、いくらなんでもやりすぎた。
ユーノも直ぐに転移の魔法を使ってクーパーのテントに飛ぶも、相方のテントの中はもぬけの殻だった。
待てども待てども戻ってこなくて、仕方なく自分のテントに戻っても心は落ち着かない。
仕方なく布団の中に入ってもなかなか眠れなかった。体が無理やりユーノを眠りに誘うまで、
後悔の念は彼を押し潰した。











「…僕、ユーノさんみたいな魔導師になりたいんです」

眼帯をつけた片目の弟が笑っている。嗚呼、これは夢なんだと自覚する。だって、あんなことがあったのだもの。
夢の中だから一緒にいるのだと認識する。それでも、ユーノは考えてることとは違う事を口にする。

「僕を目標にするのもいいけど、もっともっと上の人もいるよ。ビムさんとか。
それに僕は魔力量も少ないから、そんなに強くない。戦闘じゃ役に立たないんだ」

 そんなことを自分はのたまっていた。何を言っているのだ、と我ながら呆れる。本音でもあったが皮肉でもある。
それに反し、クーパーは首をふるふる横に振る、長い黒の髪が揺れていた。髪先が肩に触れては離れる。

「…デバイスに頼らずに頑張るユーノさん、格好いいです。それに戦いは攻めるだけが、能じゃないと思います。
攻撃の手段を使わずに、アルトにも攻撃の手段を用いずに切り抜けようとしたユーノさんは格好よかったです。僕の憧れです」

 違う、攻撃の手段がなかったんだ。そしてクーパーの物言いも考えようによっては皮肉とも取れるのに、
不思議と嫌味には聞こえなかった。戸惑ったり感情が乱さない限り、決して口数が多いと言えないクーパーが
敬愛の気持ちで褒めてくれたからだろうか。それはとても無垢で、純粋な気持ちの表れだ。そんな気持ちを伝えられて
小馬鹿にする程、ユーノも腐ってはいない。

「(ああ)」

 自分はこの笑顔の弟が大好きだったから、嫉妬したのかなと考える、アルトにクーパーを取られたという想いもあったし。
召喚獣、デバイス、そして長老からも隠し事を教えられているであろう、クーパーに嫉妬した。何故あいつだけと。
意地悪しすぎた、と心の中でようやく罪悪感に浸る。悪かったと感じ始める。でもどこか心の中にシコリが残る。

 夢の中でユーノは謝ろうと必死に考えた。でもなんて言えばいいのか。夢の中なんだから、予行練習だと思えばいい。
夢の中だというのに許してくれるかな、などと考えてしまう。
もしも、拒まれたら、と今更なことを考える。

「(僕が拒んだんじゃないか・・・。)」

 ぐっと手に力を入れて、頭を下げた。

「クーパー、ごめん。僕が悪かった」

夢の中のクーパーはまるで何事もなかったように、不思議そうに笑う。

「…えっと、ユーノさん何かありましたっけ?その、あの、解らないから謝らないで欲しいです・・・」

 混乱する弟は、頭を下げる兄に困りながら、頭を上げてくださいと声をどもらせる。
変なユーノさんですという弟と一緒に笑った。良かった。万々歳だ。これでいつも通りの関係に戻れる。
そう思いながらクーパー、と名を呼んでみたところでぶつりと夢が途切れる。さようならネバーランド。こんにちは現実。朝だ。ユーノは布団の中で目覚めた。

「………………………………………………………………………………………………………………」

 体を起こし、今しがたのが夢と認識する寝起きモード。とりあえず時計を確認しまだ寝坊という時間でもない。
余裕がある。布団からもそもそ抜け出すと寝巻きを脱ぎ去り、いつもの服装に着替えてからテントを抜け出す。
朝の涼やかな空気を感じる。基本的に朝食の準備も手伝っているからその時に謝ることにした。

 調理用のテントの中に入ると、おかしなことに、誰もいないのにある程度の下ごしらえは済んでいた。
鍋もゴトゴト煮ている。誰かがやったらしい。献立のメモがあったから後はそれを引き継げばいいが。

「誰だろう?」

 解らなかったが、とりあえず続きは作っておいた。でも本命のクーパーは来なかった。
食事の時だけクーパーはちらりと姿を見せた。それでも直ぐに食べて直ぐに去ってしまった。
話しかける余裕も隙もどこにもありはしない。前途多難極まる、下の子供達の世話もどうやら、
 
 大人達にかけあって免除してもらったらしい。どうしても勉強したいことがあるという話を聞いた。
なんのだろう?ユーノは首をかしげた。聞こうと思っても話す機会がないから解りもしない。
少し前は普通に話せていたのにと思う。それでも、今は一人だ。溜息がでてくる。

 それから数日が経ってしまう、もやもやした日々が続く。そんな中、ようやくキャンプの移動の話が浮上した。
別の遺跡に赴き調査をするそうだが、どうやら、今回は幾つかの小規模の遺跡にチームを分けて調査するらしい。
今までもぽつぽつあったが、とりわけ、ユーノは問題視していなかった。大人達がチームを分けあらかた決まった。という話を聞いて人選も確認した時少しだけ 驚いた。

「おろろ、知らなかったのか?」

ビムはタバコを咥えながら尋ねてきたユーノに聞き返した。かくいうユーノにしてみれば寝耳に水だ。
むっつりしながら返す。

「何も聞いてませんけど」

「えぇ?だってお前、クーパーの奴がユーノさんが、そう言ってたので〜みたいなこと言ってたぞ。何だすれ違いか?」

「……ッ!!」

 そんなこと言ってない、それ以前にクーパーとは近頃話しすらしていない。ということは勝手に決められた、だ。
二人の間にわだかまりは確かにある、それが自分のせいだというのもユーノは認めよう。それでも、
勝手に決められたことに対しては、一言言いたかった。このまま何もないまま別れて、離れ離れのまま
関係が途絶えるのも嫌だった。大した我侭だった、それでも、弟に謝りたいと願う。

 よくわかってないビムは、走り去ったユーノを見送りつつ、タバコの煙を吐き出す。
・・・どうなってんだあの二人は? そんな呟きなど届くことはなかった。ユーノは一直線に、
クーパーのテントに走った。アルトがいようがいまいが構わない。クーパーのテントに着いた時は
少し息があがった。テントの中に声をかける。

「クーパー。僕だけど、少し話しがあるんだ」

 しかし、返ってくるのは沈黙ばかりで声らしいものは何一つとして返ってこない。中を覗いてみると誰もいなかった。アルトの姿も見えない。
仕方なしとユーノの頭は直ぐに回転する。クーパーが行きそうな所は限られている。下の子供達の所か、調理をする為のテントぐらいだ。虱潰しに行けばいい。
直ぐにクーパー探しが開始された。まずは子供達のテントに赴き、顔を覗かせてみる。でもいない。見慣れた子供達とアルトと一緒に戯れている姿はそこにはな かった。

 脳裏にこびりついているだけだ。

「ねぇ、クーパー来なかった?」

「今日は来てなーい」

「なーい」

「……そっか、ありがとう」

 直ぐ子供達のテントを後にする。調理用のテントも覗いてみるが、姿は見えなかった。

「……どこに行ってるんだ」

 誰かのテントに行っているのだとしたら、探しようが無い。後は、長老の所か遺跡の中ぐらいだろうか。
とは行っても、クーパーが勝手に遺跡の中に入るとは思えない。早々に八方塞だ、どこへ行ったかも、解らない。
苦悩するユーノの元に、ビムが姿を見せた。

「いよっ……クーパーの奴なら、遺跡見てるってよ」

「ありがとうございます、行きます!」

「おーう」

 脱兎の如く駆け出す。それすらももどかしいとばかりに飛行の魔法まで発動させてぶっ飛ばす、遺跡の前までたどり着くと飛行を停止して着地し急いで中に入 る。
一本道の道をどこまでも走りながら、ついには、行き止まりにたどり着く。以前、2人が落ちた穴はぽっかりと空いていた。中は暗くてとても見えない。
しかし、飛行魔法を使えない人間がこの中にいるのか?穴はまるで地獄への入り口のようだ。真っ暗。

 それにも厭わず、飛行魔法を行使すると、穴の中に飛び込んでいく。やはり真っ暗だ。でも、恐怖を押し殺して穴の中を落ちていく。十数秒の落下の後に終り が見えた。
飛行魔法で減速して、水場を避けて着地すると目的の人物は、あっけないほど簡単に見つけられた。
大型にしたアルトと共に、ユーノに背を向けて遺跡の壁を眺めながら歩いていた。

「クーパー!」

 ユーノが声をかけて走って近寄るとクーパーの足も止まる。だが、振り返ったアルトが前に立ちはだかる。
威嚇体勢をつくり睨みを利かせ、牙を剥き威嚇する。ずぶとく低い喉にユーノの足は立ち止まる。

その、向こう。

 目的の人物が振り返る。死んだ魚のような目をしながら、食い入るようにユーノを見つめていた。
その異常なまでの虚ろな目は、今までのクーパーからは想像もできないような変化を見せていた。現に、ユーノは驚きのあまり動けずにいた。
アルトという壁を差し引いても、その目に長く見つめられることを体は拒んだ。視線を逸らし逃げたい衝動に駆られる。

 それでも歯を食いしばり踏み止まる。ここにクーパーを来させたのも自分なら、あの目を見るのも責務だ。

「クーパー、話がしたいんだ。アルトを下げてよ」

「…聞きたくありません」

拒まれる、それでもユーノは逃げる訳にはいかない。拳を硬く握り締める。手は震えていた。

「お願いだから聞いてよ!!」

「…何度も言わせないで下さい。聞きたくありません」

 思わず、ユーノは顔を顰めてしまう。以前の自分同様、聞く耳を持てない状態だ。
だからか、思わず叫んだ。

「僕が全部悪かったんだ! だから、だから……!」

 酷く胸が苦しい。こんな想い望んでいなかった。クーパーは曖昧に笑う。
その笑顔は酷く凄惨で、荒みきっていた。

「…謝罪して、どうしたいんですか? また元通りの関係ですか? それとも、仲が良い兄弟ですか?利用しやすい便利な弟?
ごめんなさいもういいです。兄さんとは元通りの関係になんて僕はならなくていいです。……血が繋がってなくて良かったですね。
僕なんかじゃなくてもっと優秀な誰かと兄弟ゴッコを楽しんでください。その方がよっぽどいい兄弟になれますよ兄さん」

「…………」

自分が蒔いた種か、ユーノは胸が締め付けられる苦しい思いにかられる。でも、それに抗う。

「違う、違うよクーパー……ッ。僕が悪かったんだ。
僕が勝手に嫉妬して、デバイスとアルトをうらやましく思ってただけだ!! 嫉妬してただけだ! クーパーは何も悪くない!」

その言葉に体は震え拳が硬く握り締められた。なりふりかまわず、叫び返される。

「…今更遅いんだよ。僕は使い捨ての人形なんかじゃない! 何回謝った、何度追い縋ったと思ってる!
自分の都合の尺度だけで物を言うな、考えるな! あんな事を言っておいて今更仲直りなんて都合がよすぎてそんなの信じられるかよ!!!
そんなに兄弟が欲しければそこらから拾ってくればいいじゃないか!!僕は誰かに利用される為に生きてるんじゃない!」

 そんな激情とは異なり。クーパーの左目は潤み、目尻から涙が垂れて頬を走った。顎へと伝い雫が床へと落ちていく。
あの暖かさと別れる事の悲しさか。どちらも、顔を歪めた。クーパーは喉をひくつかせて、顔をゆがめる。
歯を食いしばるがカチカチと、弱音のマーチを奏でていた。ユーノと別れる事へのおびえか。表情は歪み、
吐息を吐き出すたびに、涙を拭う。それでも尚、涙はこぼれた。

「…ずっと一緒にいたかった。優しくしてほしかった。信じてた。貴方はだけは裏切らないでくれるって、兄さんでいてくれるって……!!」

ただの呟きなのか知らないが、それがユーノへの最後の言葉となった。踵を返し背を向けられる。
それでも、ユーノはそれを終わらせまいと手を伸ばす。

「…ここでお別れです。さようなら。兄さん」

「待ってクーパー!」

「ゴオアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

二人の関係を穿ち、壊すように、アルトの咆哮が遺跡内部に響き渡った。でも、それが静まると元通りになる。
クーパーは曖昧な笑顔を浮かべ濡れた頬を拭い、涙を消し去る。もう左目は涙を落とす事はなかった。吐息一つで気持ちを切り替えたのか。
冷徹に、ユーノを一瞥してくる。そこに、おっとりした優しい姿はない。子供にして大人という、一人の歪な魔導師が完成されていた。
それを自分が作り上げたのかと思うと、ユーノは恐怖した。

「…そろそろキャンプも移動です。早めの支度を」

その左目に見つめられた事を、ユーノは忘れない。慌てて詰め寄ろうとしたが相変わらず獣に阻まれる。

「待ってよッ!!僕は、……僕はまだ、クーパーに何も謝ってない!!」

こんなクーパー知らなかった。見たこともなかった。ユーノは不安が心の中に積もりゆく。
しかし、返答も無かった。見られる事すらなかった。クーパーはデバイスを起動させ、
腕輪がグローブの形に変更される。

「クーパーッ!!」

再度ユーノの声が響くが、返答などありはしなかった。茶色の魔方陣が展開されるや否や、クーパーの姿は消え失せた。獣の姿も残されていない。
残されて一人、ユーノは涙を流した。途絶える事の無い川のように頬を舐め続け、拳は硬く握られたまま打ち震える。
遺跡の中で、胸に突き刺さる苦しみに抗うが如く、ユーノの慟哭が自身の心を引き千切った。

子供は、なんと残酷なんだろうか。

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