「と、言う訳で。もう少しでなのはさんを地球にまで送り届けることができそうです」

 アースラ会議室。事件の経過報告とあらましについて、態々リンディが説明を行っていた。
面子はなのは、ユーノ、クーパー、クロノ、エイミィ。大人しく聞いていたなのはが、はいと手を上げる。

「私を送った後、アースラはどうするんですか?」

それにはクロノが答える。

「一度本局に戻ることになる。僕はそこで、フェイトの裁判の準備かな」

 さりげないアピールは、さらりと流された。

「ユーノ君とクーパー君は?」

 僕達は、一緒にスクライアの集落に戻ります。なんて、素敵な回答が待っていれば良かったのかもしれない。
片目は淡々と述べた。

「…自分の仕事現場に戻ります」

「僕もかな」

ユーノも同じようで、言葉には触れずとも同調していた。

「それじゃあクーパー君達はまたお仕事なんだ?」

「…そうなりますね」

「君達も裁判には関わってもらうけどな」

「…まあ、程ほどに」

「それでね、なのはさんに聞こうと思ってたんだけど」

「あ、はい」

笑顔のリンディだが、なのはは屈託もなく対応する。

「回答は今すぐでなくてもいいわ、嘱託魔導師になってみないかしら?」

「しょくたく……?」

いまいちピンと来ないなのはにクロノが付け加える。クーパーが眉根を動かした事は誰も気づかなかった。

「管理局の依頼を受けて仕事をする魔導師のことだ。君の世界でいう、派遣の仕事とでも思えばいい」

「ふーん……」

 それでも小学生に派遣、と言われてもピンとは来ないのか。言葉少なげに頷いていた。
なのはの頭の中で嘱託魔導師、という新しい言葉がもわもわ浮かぶ。何か格好いいな、という考えも漂っていた。
そして、これからも魔導師としての高町なのはでいられることは、少なからず喜びを感じているのだから悪い話ではない。
うんうん、とリンディも頷く。

「なのはさんの力はとても強大なものだわ。だから、その力を正しく使ったほうが良いと思うの」

 ジジババがありがたやありがたやと拝みそうなリンディの言葉が続く。なのはも口半分にその話を聞いていく。
自分の力を頼られ、そして望まれると言うのはやはり悪い話ではない。むしろいい話だ。
その後暫くの間リンディの嘱託魔導師講座が続き、話も済むと解散した。

何故かクーパーとリンディが残っていたが残りの面子は会議室を後にした。クーパーは椅子を軋ませて寄り掛かる。
リンディはニコリともせずにいた。

「随分と噛み付くのね」

「…僕は割と個人です」

「いいの? 民間協力者さん」

「…いいんですよ。スクライアが僕を寄越した理由はいろいろありますからね。さて、本題です」

怖い笑みが跋扈する。







 なのははユーノと歩きながら暇潰し案を模索する。地球に戻るまで、といってもまだ時間はある。

「あ、そうだ。ユーノ君。また魔法教えてくれる?」

「いいけど……僕の部屋でいいの? それとも訓練室借りる?」

「にゃはは、まだ不安だから座学だけでいいや。ユーノ君の部屋でお願い」

「うん。解った」

 レイジングハートは祈祷型のインテリジェントデバイスだ。今まで、魔法の内容を知らずにやってきたなのはだが
もう少し、魔法の中身を知ろうと努力をしている。当初はただの暇潰しも兼ねていたが、やってみると引き込まれている。

「一度部屋戻ってから、行くね」

「了解、待ってるよ」

 一旦、ユーノと別れて自室に戻り勉強に使っていた魔法学の本やらを取り出して、さっさとユーノの部屋へと向かう。
軽い歩調の楽しい気分でいるとはたと足が止まり咄嗟に隠れた。、ユーノの部屋の前にはユーノがいる。
それはいいがもう1人いる。クーパーだ。その光景を覗きみる。少し遠くて声は聞こえない。

ちょっと悔しい気分になった。

「なんて言ってるのかな……レイジングハート」

『The voice cannot be picked up.』

 声を拾うことができないとデバイスにも言われてしまった。何か話しているのは解るがそれ以上は無理だった。
隠れてしまった事で出るに出にくい状況。話している内容に興味はあるが、いがみ合いをしているならば辟易しそうだ。
2、3言葉を交わすとクーパーは場を去っていく。残されたユーノも、弟の背を僅かに見送ると、部屋の中に入ってしまった。

…………

いつまでもこうしているわけにはいかない。なのはもそそそと足を運び、覗いていたことなど感じさせないように部屋の中に入る。

「ユーノ君、来た」

よ、という言葉が続かない。そこで固まってしまう。ユーノは背を向けていたものの、直ぐに何をしていたのかは解った。
涙を拭う仕草を背中越しに見てしまった。直ぐに、ユーノも振り返る。

「うん、直ぐ始めようか」

 別に、眼も赤くない。顔に張り付いているのは笑顔だ。泣き顔でもない。でも、明らかに無理をしていますという笑顔。
それを見ていると、胸は酷く締め付けられる。これが自分の家族ならば、抱きしめてぎゅぅとしていたかもしれない。
それでも、入り口から立ったまま動かないなのはに、ユーノは首を傾げる。

「どうしたの?」

「えっ……ぁ……、」

 何と反応していいのか解らず、思わずどもってしまう。

「なのは?」

「…………」

ぐるぐる

 ユーノは優しい、見た目も華奢で男らしいと言えばノーだ。でも、なのはは頭の中に浮かんだことが受け入れられず、
混乱を迎えてしまう。何を言っていいのか解らず、考えがぐるぐる立ち回って

「ごめんなさい!!」

 逃げる事を選択した。踵を返して部屋を出ると脱兎の如く廊下を走る。走る、走る、
走り続け次第に足はゆるやかになりそして止まった。僅かに肩が上下し、呼吸が乱れる。
頭の中はぐるぐると回っている。吐息を落とした。違う違うと思いながらも、ふらふら歩き始めた。

 違う違う、ユーノ君は違う違うと念じながら歩いていると、いつの間にやらフェイトがいる拘置区域の近くまで来ていた。
今更ユーノの所に戻って勉強をする気にもならない。どうしようか考えた末、フェイトのところに顔を出す事にした。
拘置区域に入り、牢が続く道を歩く。一つ、二つと牢を過ぎ去り、目的の人物の牢に足を運んだ。

 金髪は相変らず牢の中の簡素な椅子に腰掛けて呆けた顔をしていた。とりあえず、本日一発目のお題は、
あのスクライア兄弟だ。その次、は。

……

なるようになるかもしれないかもしれないけど……!

なのはの頭はまだぐるぐるしていた。





【後響】





 牢屋の中というのは存外暇だ。することも見るものもなければもやることも無い。それが囚人というものか。
罪というなの罰を犯した人間が入れられる場所。
魔法を使い逃げることもできず拘束具で腕を固められているから何かする気も起きない。

 フェイトは物思いに耽る。一応、拘束具在りとはいえ、寝る、起きる、トイレ、程度は何も支障はない。
しかし、フェイトは逆だった。

 惨めなあんたは、そこにいるのがお似合いだよ

 プレシアの声が耳の奥から聞こえたような気がした。罪を被り、自分にはお似合いだなと淡々とも考える。悲観もなく、
あの醜き母を思い出す。記憶から、消し去る事は叶わない。胸の奥に住み着いて今のところ消えることは無く、
その上オホホホホ!と笑い声をあげている。結構な話だ。フェイトが自虐の心を持てばそこをいやらしくもつついてくる。

 今を生きる人間は、記憶の中で過去の人を生かしてしまう。 難儀な話だ。
フェイトは少しだけ自分の手を抑える拘束具に眼を落とす。それが、見て取れる罪の形だろうか。
僅かに手を動かすと拘束具が音立てる。牢に入れられ手枷をつけられ犯罪者という形も、一つの心の現われなんだろうか。

 そんな事を考えていると小さな歩幅の足音が聞こえ始めた。フェイトの意識をノックし始める。
咄嗟にクロノ執務官の姿が脳裏に浮かぶが、耳を澄ませばきびきびした足音では無い。

 彼ではなかった。次点でなのはという選択肢が浮かぶ。もしかしたらそうかもしれない。
その次がクーパーだがあれはもう顔を出していないから速攻で選択肢から消されていた。
そして、足音の主がひょいと姿を見せた。括った髪がピコピコ揺れている。

「こんにちは、フェイトちゃん」

「いらっしゃい。なのは」

 心の中で、ほら、喜びと妙な安堵が生まれていた。もしもなのはでなくクーパーだとしたら、妙な漣が生まれていただろう。
フェイトの中では、あの左目は僅かな苦手意識とも違った妙な何かを見出しているようだった。
それはさておきなのはの様子がおかしい事に気づく。

「どうしたの?」

「うーん……ちょっと悩み事」

もじもじしているような。何か患っているような。

「私は相談に乗れそう?」

「うん……フェイトちゃんに相談に乗ってもらいたくて、ごめんね」

「謝る必要は無いよ。むしろ、頼ってくれて嬉しい」

 フェイトは笑ってなのははホッとした。そして、ポツポツとスクライア兄弟について話し始める。
フェイトはクーパーの名が出てきたのには驚きながらも、ふんふんと頷きながら聞いていた。
あらかたの説明が終ると、苦笑された。

「フェイトちゃん?」

「ごめんね、ちょっと以外だったから」

「へ?」

「あ、いや気にしないで。で・・・なのはは2人に、仲良くなって欲しいんだよね」

「うんっ」

威勢のいい返事が聞こえてきた。確かに悪くない、悪くない話だが

「問題はクーパーじゃないかな……」

 そう呟くと、念話で"だろうね"とアルフから送られてくる。なのはにばれないように、もう一度苦笑しておく。
どうやら聞こえていたらしい。

「例えばユーノの身に何かおこった……っていう嘘をついて、大切さを気づかせるとか、
今クーパーは一歩引いている状態なら、そこから引きずり出せればいいんじゃないかな?」

「うまくいくかなぁ」

「そこはなのはの腕の見せ所だね」

「うーん……」

考えてみる、

パターン① 模擬戦をしていてユーノが怪我をした。

なのは「大変だよクーパー君!」

クーパー「…何です? 兄さんが死にましたか」

なのは「違うよ!模擬戦でユーノ君が怪我しちゃって……!」

クーパー「…そうですか、では仕事に支障をきたさないようにとお伝え下さい」

なのは「……」

 なんてことになりかねない、言葉にしろ行動にしろ、
誘い出そうとすれば屁理屈と皮肉をごねるかさらりと流されて逃げられそうだった。
なかなか上手くいきそうにない。なのはは盛大な溜息をついた。フェイトも、苦笑いで受け止める。

「ごめんねなのは、参考にならなくて」

「ううん、そんなことないよ、フェイトちゃん」

 でもどうしたものか、と思っているとなのははフェイトの表情に気づく。何か考えているように見える。

「フェイトちゃん?」

「……不思議だね」

何がだ。次の言葉を待たずとも、次々と紡がれていた。

「私が知ってるクーパーはどちらかと言うと冷たいけど……、でもただのクールじゃない。
冷たさが起こす熱さ、触れていると火傷を催す何かを持ってる、何かかな。上手く言えないや、
何がしかの覚悟を持ちながら心に刃を隠し持つ少し変わった気性の変な人。
そんな風に思ってた。でも、なのはの話を聞く限り、私の知るクーパーと一致しない。
氷のような冷たさの奥に、なのはの言うお兄ちゃんが好きな、氷とは真逆の一面も持っていたのかな」

 逆に、なのはにはフェイトのいうクーパーの印象というものが、それほど冷たいとは思わなかった。
人の感性の違いなのだろうか、それともフェイトの感受性が高すぎるのか、なのはの考え方がおかしいのか。さだかではない。

「話したいな……」

檻の中で吐かれた呟きは無意味だ。籠の中の鳥は、どうあってもその籠の中から逃れることはできない。
そしてなのはも、フェイトの発言に少々の驚きを覚えていた。

「連れて来ようか?」

「ううん、いいよ。連れて来てもらっても、顔を見たら、多分話したいことなんて無くなるから」

 おかしいよね、と笑う。でも、なんとなくか。察っせる気がした。氷か、
はたまたドライアイスの特性だろうか。それとも、もっと別の何かか。

「その代わりに、伝言をお願いできるかな」

「うん」

「我侭もいいけど、お兄ちゃんを大切にって」

 それは皮肉半分、親しい?仲故の言葉だった。忠告とも取れるのか。なのはもそれを曲解して受け取る。

「解った、伝えておくよ」

「お願い」

 今日のお話は短く、伝言を伝える為にもバイバイ、と言葉を切る。牢を立ち去り一度自室に戻ってから、
律儀にクーパーの部屋へと向かう。特に用事も無いのでさっさと伝言を伝えてしまおう。と考えていた矢先。
クロノと出会う。なにやら、顔はむっつりしている。機嫌が悪い訳では無さそうだが、何なのだろうか。
触らぬクロノに祟り無し。とばかりにスルーしようとしたなのはだが、声をかけられてしまう。

「少しいいか?」

 よくない。目をそらす。

「えっと、今からクーパー君のところに……」

「フェイトに関して話しておくことがある」

「フェイトちゃんの?」

 その名前をだされると、人参を出された馬のように態度が変わる。

「私は構わないよ」

「すまない、それじゃあ……」

 そこに丁度良くクーパーが姿を見せる。
クーパーもまた、2人を見つけて目を丸くする。

「…デートですか、クロノ執務官」

「仕事の上でのデートだ、君も随伴してくれると助かる。ユーノはどうした?」

「…知りません」

「だと思った。フェイトについて話がある。ついてきてくれ」

「…フェイトの?」

 なのは同様、少しだけ眉根を動かしてからなのはを見る。一応、なのははそうみたいだよ、という言葉を返す。
抵抗する気もないのか、了解ですという言葉を転がらせる。クロノに案内された場所は、
適当な会議室。別にどこでもいいが、人の眼を気にならない場所とのこと。3人が入るとドアは閉ざされ他の眼は一切無くなる。

 平穏な会議室にクロノの声が響いた。何か、溜息が漏れていたのかもしれない。
顔は気持ちのいいものではない。悪い報せかとなのはは不安をよぎらせる。

「フェイト・テスタロッサが、嘱託魔導師になることを拒んでる」

妙な言葉が舞い降りた。











 会議室にて。3人とも立ったままだった。椅子に腰掛ける者もいない。
クーパーの左目は発言者であるクロノを見てからなのはへと移される。
小さな溜息をついていた。ただ、なのはにはクロノの言っている意味が解らなかった。

「嘱託魔導師って……管理局のお仕事をするんだよね?」

 この前のリンディの説明を思い出す。完全に管理局につかないしにしろ、
魔導師としての仕事をこなすのが嘱託だ。それが、何がいけないのか。クロノも頷いて認める。

「そうだ。それをフェイトは拒んでる」

「どうして?」

「それは僕が知りたい。フェイトは事件後の取調べは割と協力的だった。
でもその一点だけは拒んだんだ」

そして頭を掻くと、小さく挙手したクーパーの質問が入る。

「…嘱託魔導師にならなかった場合、フェイトはどうなります?」

「結論を言うと牢屋に入れられる。それだけだ」

 それを聞くや否や、なのはの目の前は真っ暗になる。
また、拘置所?今も拘束されたままなのにまだそんな場所に行かなければならないのか。
できることならば、回避したい。

「どうにかならないの?クロノ君」

「どうにかしたいのは僕の方だ。フェイトは裁判についても容認してくれてるし協力的だ。
でも、嘱託魔導師については拒んでるんだ。このままいくと、本局での裁判で数年の懲役が科されることになる。
本来はそこを嘱託魔導師になることで帳消しにできるんだけど。本人が拒んでるんじゃ、どうにも」

 やれやれと溜息をつかれる。クロノも説得してるが話は聞いてもらえない、という素振りをしていた。
なのはは直ぐにフェイトの所に行こうとするがクーパーの発言に足を止める。

「…いいんじゃないんですか?」

続ける。

「…本人が拒んでるんでしょう? 別にいいじゃないですか」

 言葉の尻では、鼻で笑っていた。なのはには、そんな感情理解できない。
少し管理局の手伝いをすれば懲役も免除できるというのに何故それを拒むのか。
解らなかった。奥歯を噛み締める。胸の奥でただ一言。愚痴を零していた。そんなの、酷いよ。

「クロノ君、私フェイトちゃんに……」

 なのはの言葉が終わらないうちにクーパーがかぶせてきた。

「…止めといた方がいいんじゃないんですか?」

まただ。また否定する。それはなのはには耐えられない。

思わず、声が大きくなっていた。

「どうして!」

「…フェイトが牢の中で考えた末のことでしょう? 僕達が口出ししていいことじゃないでしょう」

「でも……っ」

 また、牢屋? 今も牢の中だというのになのはにしてみれば、それが至極不満だった。
フェイトの現状は不満の叩き売りと言ってもいいぐらいでもありいい環境だね、などとお世辞にも言えたものではない。
胸の中でやりきれぬ思いだけが立ち回る。どうにか、できないのか。ただただその言葉だけが躍り続ける。

「…クロノ執務官、話はそれだけですか?」

左目の問いに、クロノも珍しく憂鬱気に答える。

「それだけだ」

「…それじゃ、僕は失礼します」

 お疲れ様です、とその場を後にしようとした背中をなのはが止める。

「待ってよクーパー君、一緒にフェイトちゃんの所に行って説得しようよ。
嘱託魔導師の仕事をすれば、フェイトちゃんが牢屋に入らなくて済むかもしれないんだよ?!」

 最後は声が荒げた。でも、振り返ったクーパーの左目は淡々となのはを見つめてくる。
感情があるとすればそれは怒りだった。

「…それで?」

「え……?」

「…それでご満足ですか?」

「おい、クーパー」

 流石に、空気が喧嘩調のものになってきたのを察してクロノが2人の間に割って入った。
なのはは続ける。

「満足とか満足じゃないとか、そういうことじゃないよ。フェイトちゃんが……フェイトちゃんがかわいそうだよ……」

 僅かに顔と声をすぼませてしまう。なんとかしたいけど、なんとかならないものか。その鬩ぎ合いが心を苦しめる。

「…知りませんよ。かわいそうかどうかなんて。理由があるならもっと具体的にお願いします。
フェイト本人が拒んでるなら、僕はそれを無理に変えようとは思いません」

 冷徹とも言える言葉がなのはに叩き込まれる。どうしてそうまで冷たい言葉が吐けるものか。

「酷いよ、ねえ、クーパー君酷すぎるよ……」

「……だそうですが?」

 片目は言葉を受け流しクロノ執務官を見やる。当然、クロノは僕に振るなと溜息をつく。

「僕から伝えたい事は以上だ」

 状況を見てクロノはフェイトのところに向かうのを諦めたらしい。なのはは諦めない、いや諦めたくなかったのかもしれない。

「クーパー君、一緒にフェイトちゃんのとこ行こう?フェイトちゃん、会いたいって言ってたよ?」

「…そうまでして嘱託魔導師の仕事をさせたいんですか?」

「そうじゃないよ、でも、でも、フェイトちゃんがこのまま牢屋の中に入ったままなのは酷すぎるよ」

僅かに言葉に詰まる。それを、左目は見切った。

「……教えて下さい、なのはさん」

「え?」

「…なのはさんにとって、魔法の世界とは何なんですか? 興味があるから? 不思議な力の世界だから?
関わってしまったからもう見てみぬ振りはできない? だから居続ける? だから関わり続ける?
なのはさんにとっての世界は第97管理外世界。地球のことを言うんじゃないんですか?」

 クロノは間を挟まなかった。黙って見ている。

「…悲しいから? 酷いから? そんな思った事を駄々漏れにしてどうするんです?一つ言っておきますが、
この世界において魔導師として扱われる人間は貴方の世界における大人と同義として扱われます。フェイトちゃんがかわいそう?
そんなの僕には関係ありませんし知った事ではありません。駄々をこねたいなら家に帰ってからママにでもしてください。
発言するなら責任をもてるものをお願いします。そうでないなら目障りです」

 なのはの、やるせない気持、怒り、悲しみ、溢れんばかりのクーパーに対する感情が爆発した。
張り手がクーパーの頬を叩いた。独特の乾いた音が、会議室に勢いよく響いた。でも、クーパーがたじろぐことはない。
左目はなのはをただ目する。クロノは相変わらずやれやれという目だった。

「酷いよ……」

ただ、双眸より涙をぼろぼろと零しながら、怒りの矛先をクーパーに向ける。

鼻をすする音が、小さく鳴いていた。

「どうしてそんな酷い事ばっかり言えるの? フェイトちゃんはクーパー君と話がしたいって言ってた!
もしかしたら伝えたい事だってあるかもしれないんだよ?!」

クーパーは溜息をつく。

「…仮に会いに言っても、説得なんてしませんよ」

 尚も、感情を一つとして乱さぬクーパーに対し泣きながらなのはは激する。
ただ我侭になる心に感情と心情を添えて暴言を吐き散らした。

「そうやって……そうやって酷い事ばかり言えるから……! ユーノ君だって泣いてたんだよ?!
どうしてそう酷い事ばっかり言えるの?! 悲しくないの!? フェイトちゃんあんなにつらそうだったのに、
また牢屋に入れられちゃうんだよ……嫌だよ、私はそんなの、嫌だよ……」

兄の名が出ようと、クーパーは動じない。むしろ余計に冷めていく。
手は硬く握り締められなのはを殴り飛ばそうとしていた己を御する。左目は落とされる。

「…なのはさんと違って、僕はあなたの世界でいう社会人と同じなんです。
偶然めぐり合わせた囚人に、仲良しこよしで何から何まで尽くしてあげようなんて義理はこれっぽっちもありません」

人を見下した言い方に、なのはの最後の火蓋を切った。俗に言う。キレた。

「嫌い! クーパー君なんて大ッ嫌い!! そうやって人の事を見下して苦しんでる人のことなんて何も考えないから!
何でもかんでも言えるんだよ!
自分は苦しんでますって風にしてればなんでもかんでも助けてもらえるなんて思ったら大間違いなんだから!!」

 こぼれる涙を拭いながら、なのはは踵を返し会議室を出て行ってしまう。
クーパーもクロノも、ただそれを見送っていた。そして、頭を掻く。

「すまない、でも何をそんなに怒ってるんだ? 君らしくもない」

何故かクロノが謝った。クーパーは、気にするでもなくさらりと流す。

「…色々とありまして」

「なんだ?」

「…僕もむきになりすぎました」

そして、大きな溜息をつく。嫌われてしまいました、と付属しながら。

「…ぼやきです。苛立っていたのはハラウオン艦長と色々と話したからですよ。
僕としては管理局になのはさんを取り込もうとするあの人が許せなかったんです。個人と組織の差ですね。
それが苛立っていた原因です。でも、フェイトの事も嘘じゃありません。一度会いに行って本人の口からその旨を聞いてますし」

 そんな物言いに、クロノは溜息をつく。どいつもこいつも、不器用なのばかり多すぎだとばかりに。
なのはとクーパーでは、考えているものが違いすぎる。話し合いなど、平行線にもなりはしない。
会議室を出てから、なのはの足は自然と拘置区域に向かっていた。気丈にも涙を拭い足早に急ぐ。

 フェイトを説得するんだ、という気持ちが強くなのはの中に芽生える。せわしく足は動き逃げるように足音だけが響いていく。

「クーパー君なんて知らないもん、最低だもん……」

 自己暗示をかけるように、ぶつぶつと呟きながら、なのはは拘置区域に足を踏み入れる。
再び、牢屋ばかりの部屋の道を歩きながら、さらに急ぐ。この先にフェイトがいる、
青空の下で一緒に話したいし、遊ぶこともできるかもしれない、すずかやアリサの紹介もまだしてない、

だから、だから……!

 はちきれんばかりの思いと共に、なのはは牢が続く道を歩く。その一角。アルフは過ぎ去ったなのはの姿を見て、おやと思う。
耳を欹てた。聞き耳ともいう。なのはの足は止まらない、直ぐに、フェイトの牢につくなり格子にしがみついた。中の人。
フェイトは、相変らず椅子に腰掛けたままだった。突然の来訪者に、驚きの意を示す。

「なのは? どうしたの?」

「フェイトちゃん。教えて、どうして嘱託魔導師の仕事を断ったの?また牢屋に入れられちゃうんだよ?
魔導師の仕事をすれば、外でお話することも、遊ぶ事もできるかもしれないんだよ?」

それを聞くと、フェイトの顔はああ、と何かの思いに耽る。そして

「ごめんね」

 ただ、ぽとりとそんな言葉が落とされた。フェイトの顔色は酷く穏やかであり、どちらかといえば優しさを含んではいるものの
吐かれた言葉は、謝罪。そしてそれから取れるのは、拒絶。なのはは耳を疑う。手で牢屋の格子を握る力が強まるばかり

「ど、どうして? ねえ、フェイトちゃん、牢屋から出られるんだよ?、自由になれるんだよ?ここにいて嫌じゃないの?
苦しくないの??」

 一息に質問を続ける。それでも、フェイトは薄幸に笑いながら、違うんだと首を、横に振る。

「今の私は魔法を使うなんて無理だよ。なのは。仮に嘱託魔導師になっても、打ち落とされるのが眼に見えてる」

「そんな……」

 否定しようとするなのはに、首を振ってみせる。

「……ねえ、なのは。母さんも死んだ。バルディッシュも死んだ。
その反面、クーパーも、なのはも力になってくれてる。嬉しいよ、でも、私はまだここから動けない。動きたくない」

「フェイトちゃん……」

「何かあったの? なのは、また辛そうな顔してる」

「……」

 先程の、クーパーの顔が浮かんでは消える。いいんだ、と心の中では呟かれる。フェイトも察したのか、
それ以上の追求はしない。それでも、牢の壁を見つめながらぽつりと呟く。

「なのはの世界で言えば、喪に服すって言えばいいのかな。ごめんね。気持が落ち着くまで、私はここから動けない」

「何年入ってるか解らないんだよ……?」

 その言葉を、フェイトは見切り呟いた。それも、私が犯した罪だから。
その呟きを、なのはは覆すことができなかった。先ほどクーパーに言われた言葉達が頭から離れない。
格子を握り締めたまま、なのはは動く事ができなかった。
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