なのはは思う。「できれば戦いたくない、話がしたい。でも連敗は嫌だ。断じて」

フェイトは思う。「アルフが落とされ、なんかやばいのが接近して来る。体もやばいのに迎撃しかないのか。最悪だ。ジュエルシードも封印できてないのに……」

 現場に出ていたユーノは邂逅する2人を見守る。海上とはいえランクAAA相当の魔導師が激突するのはあまりよろしくない。
できれば穏便に済ませて欲しいがなのはvsフェイどうあっても後退を選ばない二人の戦いを始まる。



【Crybaby. 第17話】


 アルフが落とされてからというものの、フェイトはジュエルシードの相手をしながらなのはに意識を向ける。
なにせ、いつ砲撃が飛んでくるのか定かではない。さりとてボロボロの体で複数のジュエルシードの封印というのも難儀なもので。
今のフェイトには、あまりにも負担が重過ぎる。ただでさえ無謀だというのに、白い砲撃魔が相手となると警告のレッドアラームも気絶してしまう。
もしかすれば体が耐え切れずに死を選択するやもしれぬ。

「(……でも、これを渡す訳にはいかない)」

 残り6個のジュエルシード。断じて渡すまいとした所だが海中より吹き荒れる、純粋な魔力の力に押されそうになるのを堪える。
一度退くことを認めてしまえば悉く心を支える支柱は消え去ってしまう、認めるわけにはいかなかった。歯を食いしばりバルディッシュを手繰り寄せた所で来て欲しくないものが飛来した。
紅玉を礎とする杖を手に飛来する白い悪夢。戦う度に階段を5段飛ばしで登って来る様な錯覚を覚える脅威、砲撃に向かい合う度に寿命を縮められた。それが今来たのだ。

 息を呑む。だというのに、高町なのはは笑顔を浮かべた。フェイトは虚を突かれる。

「一緒に封印しちゃおう? フェイトちゃん」

 そんなことを言われたからものだから一瞬息が止まった。脳内では、待てこれは孔明の罠か! と慌てて動き出す。
魔力に柔軟な動きを見せながらも、ぬかりなくなのはを睨む。

「どういう意味」

「1人じゃ無理だけど2人ならいけるよ、一緒に封印して半分こにしない?」

「ごめん、それは無理。私は全部でなければ駄目だから」

 苦々しい顔をした所で鼻で小さく笑われた。

「何を」

「駄目だよ、このままじゃフェイトちゃんの体が持たないから、だから一緒に封印した後。
ジュエルシードを賭けて戦う。どうかな?」

「………」

 躊躇する暇があるのか、相手が謀りを持つ人間には見えないが、もしも裏があれば待つのはオメガレッドのような鞭捌きの母だ。
それ自体が苦しいことじゃない。母に求めるものが何一つとして得られない事の方が問題だ。それを考えれば、
今はぐだぐだ言っている暇はないのかもしれない。変化を求めるならば一瞬だ。フェイトも仕方なしと踏ん切りをつけるとバルディッシュを振りかぶる。

「解った、……高町なのは、だったよね」

「うん。覚えててくれたんだねフェイトちゃん。あ、それから。なのはでいいよ。うん」

満足げに微笑みながらレイジングハートを手になのはも構え2人が一斉に動いた。

『Get set.』『Ready.』

「バルディッシュ、」「レイジングハート、一気に引っ張るよ」

 とんでもない魔力がなのはの中で傾倒するのが、フェイトにも解った、その上バルディッシュにもレイジングハートから魔力流れ込んできた。思わずなのはを見ると笑っているのに気がついた。

「さあ、さくっと片しちゃおう!」

 声を出して返事はしない。一つ、頷いて返すと溢れる魔力をバルディッシュに注ぎ込んで一気に力を高める。
後に控えるのが強大な以上、一撃で決めてしまいたい。2人が海中に向けて各々のデバイスを振り抜いた。
封印の力が駆け抜けて一気に海中のジュエルシードを引きずり出すと、暴れる力に一寸の暇も与えぬまま最後の6個の封印が完了する。海中より出でた6個のジュエルシード。フェイトはそれを全てなのはに渡してきた。

「いいの?」

「違う、高町なのは。貴女も手持ち分のジュエルシードを全部賭けて。私が勝ったら、6個と貴女の手持ち分のジュエルシード。
全て貰う。逆に貴女が勝ったらこれは貴女のもの」

そうを言われて、なのははジュエルシードを目の前にしながら少し悩んでから提案を差し出す。

「私が勝ったら……、そうだね。この六個と条件がもう一つ欲しいな」

「何?」

「フェイトちゃんが投降すること」

「……」

 それは受け入れるべきなのか。直ぐにその考えを振り払う。フェイトに迷う必要は無い。勝てばいいだけの話。
例えどんな砲撃であろうとも当たらなければ、それまでの話だ。頷いて受託を決意する。ただし、砲撃も当たらなければ……だが。

「解った、受け入れる」

「うん、ありがとう」

 レイジングハートに6個のジュエルシードを収める。これでもう他に言う事はない。2人の距離が自然と開いて戦う前の小さな余興が小躍りしていた。

「私さ、フェイトちゃんに一度も勝った事ないよね?」

「……え……っと」

 頭の中で戦いの記憶が反芻される。確かに、フェイトが負けた事は無いが、何勝何敗と言うのは考えた事もなかった。
ジュエルシードのことばかり考えていた。頭の中を整理する。今のところ全勝している。

「そうだね」

そんなフェイトになのはは苦笑する。

「頑張るからお手柔らかに、ね?」

 うん、とフェイトが返事をした時にはなのはの誘導弾が周囲に姿を現した。元より馴れ合う間柄ではないのだ、2人とも感覚が鋭くなっていく。表情は相手だけを覗い互いに槍を前に突き出し穂先と
穂先を触れさせて、一瞬の隙あらばその槍は左胸に叩きつけ心臓を穿つ。そんな空気を匂わせる。戦いとは、一時の判断の失敗が己を殺す。互いに互いの眼を見やり決して離すことはない。
なのはは舌で唇を舐めようかと思ったが、やめた。そんな変化を見せれば

「(アルトだったら、飛び掛ってこれるもんね)」

 いい予兆なのか、フェイトを前に動じることはない。逆にフェイトも、なのはの変化に少なからず違和感を覚える。
なのはの表情から眼を離すことができない。これは今までになかった高町なのはだ。透き通るような目には、今までにあった何かが消え失せている。
なんなのだろうかと煩わしくも頭の中で模索すると一つの答えが浮かび上がる。

「(押されてる…?)」

 唇を僅かに噛み締める。今まで一度も感じ取った事が無いことだ。砲撃に恐怖を抱いた事はある、だがなのはに尻込みしたことはない。ここで負けは許されないのだ。内心、引きたくなる気持ちを押さえ込む。バルディッシュを強く握り締め
己に変化を求めた。このままではまずい、これ以上なのはと向き合う必要は無し。フェイトが飛行魔法でその場を離脱するのと共にバルディッシュの魔力刃が動いたのはほぼ同時だった。遅れて、なのはのシューターがスタートしフェイトを追いかける。
フェイトの逃げが始まった。直ぐ様、適当な位置まで来るとなのはに向かい砲撃をぶっ放す。

「サンダースマッシャー!」

逃げる。なのはもまた防御魔法の用意をしながら首を傾げる。

「相変わらず速いね…どうやったらあんなに動けるんだねろうね。レイジングハート」

『PT,PT!』

「え?…うーんよく解らないけど、プロテクション」

『Protecsyon.』

 砲撃を弾き、一息つく。相変わらず逃げ回るフェイトは誘導弾で追い続ける。足は兎に角速い、競馬の最後の逃げのように速いなぁと感心している間にもぐんぐん伸び、切り替えしてあっという間に戻ってきてしまう。
金の閃光は射撃魔法を先行させてからその8馬身から3馬身と思う暇もなく一気になのはへと飛び込んでくる。
速すぎる、なのはは射撃も全て防いでシールドを強化した。そして、バルディッシュが振りかぶられ魔力刃が勢いを増していた。

「はッ!」

『Protecsyon.』

 魔力刃が盾に叩きつけられる。魔力緩衝の迸りを周囲に散らせながら、なのはは盾を維持しつつ、誘導弾を操るがフェイトに叩き込まれるよりも速く、目標は一撃離脱とばかりにその場から離れ魔力弾と砲撃を畳み掛ける。
すぐに離脱を開始し移動する。

「むぅ~」

 それを見ているとなのははどうすべきか、少し迷った。高速戦闘に付き合っても自滅が目に見えている。
ましてや接近戦に賭けようなど愚の骨頂。レイジングハートが多少は持ちこたえてくれようとも接近戦の仕様は無い。
バルディッシュとは趣が違うのだ。

「フェイトちゃんはフェイトちゃん、私は私。だね」

『all light.』

 よし、とばかりに意気込んだ所で、相変らず誘導弾から逃げながらのフェイトが迫ってきた。レイジングハートを、
その金髪に向けて構える。動きはしないし逃げもしない。速さも無い。それでも、一撃一芸がある。桃色の収束が始まった。

「ディバイーン……」

それは悪魔の一撃だ。高町なのはの一撃だ。非殺傷設定という名の恩恵、それがなのはらしからぬ違和感を零す。笑みだ。

「バスターッ!!」

 フェイトにめがけて砲撃をぶっ放す。どがんッ! という何か破砕させたような炸裂音を響かせて桃色の砲撃は走る。
どこまでも。フェイトも、反応した時には着弾するような驚異的な砲撃に対し、体を急旋回して逃げる。
隙を見せた瞬間にあの桃色に呑まれてることを考えると恐ろしくてたまらない。高町なのはこうしている間にも強くなる。

 そんな気がしてならない。すかさずなのはに向け手を伸ばす。「HELP!」の手では無い。「fuck you」だ。

 移動を続けながらサンダースマッシャーを見舞う。なのはは呑み込まれた。フェイトの中で僅かな歓喜が生まれるも、砲撃の手は休めない。
相手は自身よりも一回り上の砲撃使いなのだ。余談は許さない。ほんの一瞬の隙でも見せれば強大な桃色の砲撃が牙を剥くに違いない。
たっぷり4秒。なのはに砲撃を浴びせたフェイトは砲撃の手を休めると、フィンを動かして距離を取るが、なのはの異変は直ぐに気づいた。

 なのは自身は相変らずその場で動きを固定している、レイジングハートは真っ直ぐフェイトの現在位置に突きつけられている。血の気が引いた。
サンダースマッシャーは確かに防御もなく受けていたはずなのだ。

「ディバイン……!」

にも関わらずなのはの口から紡がれ状態は見るからに無傷、砲撃のトリガーワードを耳にしながら砲撃を加えようとしている。フェイトは迷わなかった。
フィンと魔力刃を全開にすると、なのはへと突っ込んでいく。金の閃光は伊達じゃない。なのはの唇が動くよりも早くその身を翻し急行していた。
斬る、ただその一心の元に高らかと声を掲げ突き進む。

「あああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

「バスターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」

射線は解っている、とばかりにフェイトは突進を続けながらも回避運動を起すが、遅れて桃色の牙は

「……?!」

 来なかった。響いたのはただのはのトリガーワードのみ。あまりにも呆気ないブービーにフェイトは虚を突かれた。
が、確かに相手は収束していたはずだ、フェイトは自分の失敗を悟りなのはの目は、注意深くフェイトを捉え離さなかった。

「魔法って、凄いね」

 フェイトちゃん。という最後の名前まで聞こえたかどうかはわからないが、ディバインバスターが遅れて発射される。
今度は避けられずに金の閃光が飲み込まれる。あまりの衝撃に意識が飛びかけたものの、しっかり4カウントで砲撃は終了した。
落とされはしなかったものの意識を朦朧とさせる。砲撃のほぼ直撃だ。体は元よりガタガタのボロボロ、唇を噛み締めて尚飛行魔法を展開するのは意地か。

 なのはが続けて射撃魔法を展開するが紙一重に避けていく。歯がいつの間にか、唇を噛みすぎて血が出ていた。この痛みがあるから戦える。戦う理由は一つしかない。
母の為。そして、痛む体に無理を言い戦いの場になんとか自分を繋ぎとめる。無理や無茶を押し通し、自らの道理を通す戦い。
それでも、まだ始まったばかりだというのに12R戦い抜いたボクサーのように目は虚ろに転じていた。ただ宙に浮かぶ。元より無謀な戦いだったのか、

 なのははそんなフェイトに対しケリをつけようとする。元より、砲撃魔法とは一撃必殺の部類の魔法だ。一芸の技ではない。

「いくよ、フェイトちゃん!」

 収束される桃色の魔力。そして、遠巻きフェイトは何か聞こえた気がする。飛行魔法を続けながらおぼろげにその声の主を探す。
耳障りな声? ただ、いや。考えるのも億劫になるような気がしてならないが、なんだったのだろうか。そんな主をバルディッシュが一括した。

『sir!』

「……?!」

 しっかりして下さいという想いが込められた声にフェイトの意識は、表層まで引っ張り上げられ一気に鮮明になる。
ハッとしてみれば高町なのはが接近していて思いっきりレイジングハートを振りかぶっていた。能天気に考えた。ああ、
このままじゃ殴打される。フェイトの中の少ない魔力が吹き荒れる。手も腕もなんら問題無く動きバルディッシュを動かしていた。

 振り下ろされたレイジングハートを受け止めフェイトとなのはは近距離でにらみ合う。
レイジングハートとバルディッシュがつばぜり合いをおこしながら、互いに膂力にものをいわせる。
若干なのはの腕力が上回っていた。僅かに押しているなのはは思わず口を開いてしまった。余裕だろうか。

「私は、フェイトちゃんとお友達になりたいんだ」

「私は、母さんの願いを叶えるだけ。貴女に興味はない!」

 フェイトも己の想いを告げた。本来決して交わる事の無い二人が接点を持つ。魔法という名の皮肉が生み出す二重螺旋の如く、
2人はひたすらに近づきながらも交わることをしらない。己の意志を優先させ決して譲らない頑固な力、
そしてそれは時に傲慢さをも生み出す。やはり、パワー勝負ではフェイトは押されていた。

 痛み、疲労した体には酷な話だがどうするかと思った矢先。両手でレイジングハ-トを握るなのはの片手がフェイトのバルディッシュを掴んだ。フェイトも眼を剥く。

「な……」

「私ね、駄目な子だから。勉強も、魔法も、そんなに上手くこなせないんだ。何回も繰り返さないとできない事もある。
でも、ね。そんな私でも、負け続けるっていうのはやっぱり悔しいんだ、フェイトちゃん」

バルディッシュと鍔迫り合いしていた筈のレイジングハートの紅玉はずらされる形でフェイトの胸元に向けられる。
焦るが、なのはの片手に抑えられて尚の事、動かすことは叶わない。

「私は魔法に出会えて嬉しかった。でも、フェイトちゃんを縛ってる魔法は好きじゃない」

「まさか…?!」

「零距離ディバインバスター、いくよ」

『Ready!!』

桃色の収束がフェイトの胸元で始まる。逃げようとしたが逃げられない。バルディッシュを置いて逃げる気もフェイトにはなかった。
焦る。直射でさえまずいのに零距離でのこれはやばすぎる。なのはの魔方陣が走り、桃色の魔力が紅玉に収束されていく。

「く……ッ!」

「させないよ、フェイトちゃん!」

対抗策は用いさせない。後は放つだけ、なのはは迷わずにトリガーワードを解き放ち声は高らかに天へと伸びた。

「ディイバインッ!!!!!バスタァァアアアアアーーーーーーーーーーーッ!!!」

 零距離射撃。桃色の砲撃にバルディッシュもろとも呑み込まれたがなのはがバルディッシュを掴みフェイト吹き飛ばすことを許さなかったが。
その間フェイトの眼が、怯む事無くなのはを直視し真正面から睨まれる。砲撃を受けながらも尚不退転の金の閃光にガンとばされる。同時に、その姿はアルトを思い出してしまう。

 なのはは咄嗟の恐怖に耐え切る事ができなかった。バルディッシュを手放すといとも簡単に、フェイトは砲撃に飲み込まれ濁流の中に消えていった。浴びせたのは5カウントだろうか。
途中でフェイトの姿に見入り砲撃のカウントはなどどこまで数えたか、頭からすっぽ抜けていた。砲撃の手を止めると遠巻きに、ゆっくりとフェイトの体が落下していくのが見えた。

 ただ、なのははを見守るしかできなかった。名を呼び助ける事もせず、動揺に身を任せている。それでも、頭は切り替えろと言う。アルトと向かい合い己を律する為の日々はなんだったのかと問いかけてくる。
大きな呼吸を繰り返し自分を取り戻す。フェイトはユーノにキャッチされるだろうから、平気だ。そうなのはは思っていたわけだが、その予想を裏切るあたりフェイトなのかもしれない。
落下を続けながらも彼女の手はバルディッシュを握り締めたままで、リンカーコアから力を絞りだしフェイトの体に魔力が走る。それは鎌を手にする死神がスカイウォーカーを始める予兆だった。

高町なのはは高町なのはであるが、中の人などいやしない。
笑え。
笑え。
笑え。

”やったね、なのはちゃん!”

”ありがとうございます、エイミィさん……”

 落下するフェイトの体を見送りながら一息つく。勝ちだ。連敗続きの足掻きから得た1勝。それは悪くないものかもしれない。
さりとて、フェイトは万全の体調ではなかったのだ。恐れ入る。もしかしたら一勝の一勝も本当はできないのかもしれない。
と思いながら落下するフェイトの体を見ていたが、海面近くでユーノが作り出していたキャッチ用の魔法には、乗らなかった。

 途中で飛行魔法を発動させると華麗に復活する。それを見て、思わずなのはは怪訝な顔をしてしまう。まだ、動く力があったのか。
レイジングハートを構え直す。バルディッシュは再び魔力刃を吐き出していた。ディバインバスターの影響など露とも見せず。
上昇を続けている。ただし、速度が先程よりも速い。気を引き締める。

『danger.』

 まだ距離がある中でレイジングハートからの警告が入る。フェイトから遠巻きにフォトンランサーが数発飛来する。防御するまでもない。
なのはは体を少し動かすと、フォトンランサーは掠りもせずに過ぎ去っていくがある程度の距離で停止する。そのまま空の彼方へ消え去りはしない。再びなのはに向かい突撃してくる。。
フェイト自身も動いた。


『wide area Protecsyon. an master and enemy approach.』

「……あれだけ砲撃を受けてまだ動けるの……?!」

 右からは射撃、左からは魔力刃を手に凄まじい速度で迫ってくるフェイト。挟み撃ちか。ワイドエリアプロテクションを維持したまま
両方を防ごうとする。盾に直撃したのはフォトンスフィアのみ。フェイトは、バルディッシュで斬りかかることもなく、
直前で急停止するとサンダースマッシャーをぶちかます。

「う……く……!」

 ぎりぎりながらプロテクションで耐える。牽制の誘導弾でフェイトに威嚇をすると、砲撃は停止しバルディッシュがそれらを全て切裂き、再びフォトンランサーをぶっ放しまた距離を離した。
なのははフォトンランサーもまた、全て盾で受けきる。それを解除した時、瞬く間の攻防に一息つく。
ほんの少しだけ目を閉じてから直ぐ開く。

「レイジングハート」

『yes』

 複数の誘導弾を作り出しながら、なのはは相棒に声をかける。

「行くよ」

 誘導弾を先導させつつ、なのはも移動を開始する。腕を振るい誘導弾を出すと目標に向かい突撃していく。
逆にフェイトは一つの念に駆られていた。殺す。もう、油断も何も無い。ただでさえ無理を言って動かしている体は、
体は悲鳴を上げ限界のアラートを鳴り響かせている。何故動いているのか、自身でも解らない。これ以上の延長は利かない。

 無理をしようにも、昏倒するのがオチだ。躊躇の術もなく、目の前の相手は須らく危険な相手と断定し、バルディッシュの設定を無意識に殺傷設定に切り替える。
ただ目の前の相手に力を振るう事だけを考えた。これ以上母の邪魔をさせる訳にはいかない。口の中に溜まった血を吐き出しながら歯を食いしばる。

「あの子の首を落とすよ、バルディッシュ」

苦渋の決断と僅かな沈黙の後に、バルディッシュが答える。

『sir.yes.sir.』

「最大速度であの子の所まで行って、一閃。それだけで、いい」

『sir.yes.sir.』

 ある所までで誘導弾の見切りをつけた所で、フェイトは見切りをつける。それが合図だ。
やるのは最大速度で距離を殺し、殺す。それしかない。

「(3)」

 カウントを始める。体を捻りながら反転させて、少し高度を落とす。敵は上だ。斜め上にいる。

「(2)」

 誘導弾が来ている。さらにじぐざぐを組みながら横に逃げる。相手の位置が、上前方になった。
呼吸を止めると痛烈な痛みがわき腹に走った。軋みをあげたのは、体だったのだろうか。それとも心だろうか。
フェイトは諦めない。それでも構わない。あの白いのを打ち破ると決めたのだ。今はもうそれだけで構わない。全身に違和感を覚えながらも、
最後の時を刻む。ここで決着を決める。

「(1!)」

 防御の魔力ももはやいらない、これしか勝てる手立てが見当たらなかった。攻撃と速度のみに魔力を注ぎ込んで、
フェイトは海上で奔った。一気に、なのはまで飛ぶ。

「?!」

突然のフェイトの変容になのはは動揺した。速い。いや速すぎるもまだ僅かに距離がある。即座にレイジングハートを構えた。

「ディバイン……!」『Buster.』

 桃色の砲撃を撃ち込むと回避行動を取られる。それでも距離はぐんぐん詰められた。今までの敗北がなのはを襲う。動揺がぶり返すが思考が、これまでの時間を無駄にはしたくなかった。
それを鷲掴みにして押さえ込む。すかさず指示を飛ばした。

「レイジングハート!もう一発!」

『one shot.』

 すぐさまフェイトに狙いを定めて、ディバインバスターを放つ。だがそれも避けられて、フェイトは一気に距離を稼ぐ跳躍のような飛行をこなして、
バルディッシュを高らかと振り上げていた。視線が交錯する。勝つか、負けるか、それとも殺されるか。

「おおああああああ!!!」

「……っ!!」

 二人の距離がゼロになり出力全開の鎌とマントをはためかし裂帛の声を上げるフェイトの様はまさに死神だ。戦うなのはの眼にはそう映った。
それでもバルディッシュの一閃に切り裂かれるよりも早くプロテクションを張り、斬を防いだ。魔力刃とぶつかりあい、干渉の衝撃が発生する。
しかし、防御の全力を捨てたフェイトになのはは圧された。

「つ、強……!」

「貫けバルディッシュ!!」

『sir.yes.sir』

 プロテクションで防ぎながらも誘導弾を操る余裕がまるでない。それでも、苦痛に顔を歪ませつつもプロテクション越しに見るフェイトの表情はあまりにも苛烈。
そして、あのフェイトが、声を昂ぶらせている。大人しそうに見えた相手がだ。そういえば前もそうだったかもしれない、と、死にそうな状況にもかかわらず、どうでもいいようなことを思い返すなのはだった。
その上、きっとフェイトちゃんは、可愛さと激情を併せ持つ子なのかな、などと見当違いな事が頭に浮かんだ。走馬灯だろうか? 今もフェイトはバルディッシュを手に激しくプロテクションとせめぎあっているのだ。

 しかし、呆とふけっている暇はない、プロテクションが打ち破られそうな不穏な気配を感じる。押し通されればかなりまずい。
直ぐになのはは判断を下す。

「レイジングハート!」

『out purge.』

 プロテクションが無くなる代わりになのはは弾かれたように吹き飛ぶ。フェイトも一瞬の停滞の後、鎌を振り翳し再加速をかけて突っ込んできた。声にもならぬ、声をあげて。
それを目にするとそんなに必死になってまでやることがあるのか。それはどうしてもなのはには解らなくなる。命を賭ける、本当の意味でなのはにできるのだろうか? 小学3年生が人助けで死ねと言われて死ねるのか? 
それとも、なのはがフェイトになったら、同じように出来るのだろうか。とてもじゃないが共感が持てる気がしない。いや、どこかで持ちたいと思っていたのかもしれないがレイジングハートを握ったまま一つ失笑を漏らす。
フェイトの気持ちは永劫に解らないだろう。皮肉を吐いた。

「これ外したら、死んじゃうかな」

『no Mymaster.』

 フェイトを眼前になのはは呟く。二人に間は無い。そして今できることは一つしかない。悩み、悔やみ、後悔をするのは簡単だがそれを乗り越えて一歩を踏み出すのは、よっぽどつらい。
なのはの奥歯が、強く噛み合わされてレイジングハートを突き出した。これが最後の一撃となる。ディバインバスターの炸裂音が、二人の間で轟いた。重く、太く、鈍く、なのはの相棒から生み出される桃色の砲撃が、眼前に展開される。
濁流に流される事はなくとも、フェイトは直撃を受けている。直撃、確かに直撃だ。その確信がなのはの心の支えとなる。避けられはしていない。そして以前戦った時のように押し切られる気配は、無い。ならば押し切るのは自分だ。

 フェイトではない。勝つのは高町なのはなのだ!
そう念じる。

「レイジングハートッ!」

『All light』

 砲撃を続けながらもディバインバスターに飲み込まれるフェイトがバルディッシュを手放すことはなかった。
舞い散る木の葉のように、吹き飛ばされることも無く一身に砲撃を受け続ける。先程と同じく吹き飛ばない。
なかなか力を失わない敗北としての姿を晒さない。それがなのはの心を縛る。顔を歪めた。

「(どうして倒れないの?、フェイトちゃんはもう限界なんじゃ……!?)」

 解らなかったが、己の砲撃が弱いとは思っていないし、全力全開の一撃には変わりない。その攻撃を受け続けて尚、倒れないフェイトの姿には畏怖すら覚える。
前に直撃を受けながらもフェイトは、なのはを一刀両断の斬を放った事がある。が、その時と違って負ける気もせず心が無様に慌てることも無くなっていると言うのに。
何故フェイトに押されなければならないのか。ただ、一重には解らなかった。そんななのはには唐突に答えが訪れる。砲撃を続ける中でフェイトの手が確かに。なのはへと伸びてきた。

 それだけだ。攻撃も魔法も発動せず、ただ前を進むように。

「……っ!」

 それが答えだ。思い出すのはクーパーの台詞、自分とフェイトの違い。未だに、フェイトに勝つことはできやしないのかもしれない。
心の奥底で、認めてしまったが形だけでも勝たねば己が許さない。ただの意地。迷いや畏怖を吹き飛ばす為にも相棒の名を叫ぶ。
防御を捨てている人間が気力だけでどうなるものかと、認めたくないとしながらも現状に叫ばずにはいられない。

「レイジングハートッ!!」

『all light.』

 続け様にもう一発、炸裂音をぶちまけた。1秒、2秒、さらに砲撃を展開する間はやたらと長く感じながらも、
なのはが砲撃を止めた所である者の消失を感じ取り桃色の流れは消え失せる。手を伸ばしていたフェイトの体は吹き飛ばされ重力に従い落下を始めた。
気づけば呼吸を乱していたなのはは戦闘の余韻に繋ぎ止められていた。勝った気はしない。ユーノも既に動いている事を確認しながらなのははゆっくりと目を閉ざし深い吐息を落とす。

じわりと、一つの答えが心に沁みる。勝てない。

 形では勝ったかもしれないが、本当の意味でなのはがフェイトに勝ったとは到底思えないでいた。その敗北感がなのはをその場へと釘付けにする。悔しい、以上にフェイトが羨ましい。
そこまで何かをする勇気がなのはにはなかった。母親の為にとは聞いているが、そこまで立場が違ったらできるものなのか。体はただでさえボロボロだったというのに。
目を閉ざした苦渋まみれ暗闇の世界の中から答えを口にする。

「私には無理だよ、フェイトちゃん…」

 しかし、状況は止まらずそれが次の展開の引き金となった。真後ろの反応に気づかず時間は誰にも止められない。一秒、一秒と時は進んでしまう。それを一番早く感知したのは、衛星軌道上のアースラ不眠のエイミィ。

「転送反応確認、きたよクロノ君ッ!」

「……エイミィ、静かに転送頼む」

「オッケー!」

 全然静かではないがコンソールにスタタタタと打ち込まれクロノの体が消え失せる。共に、金と銘打てる者達が、戦場にバチリと音立てた。王手を取るのは、どちらか。
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