夢だ。暗い暗い黒の世界に中にただ1人クーパーが立つ。そして、目の前には宙に浮かぶ鬼火が一つ。
のらりくらりと泳ぎながら燃盛る白とオレンジは、より周囲の闇を引き立てる。それを見つめるは一つの眼。黙して見つめればどこまでも引き寄せられる。
火に回顧を見るのか揺らいで燃え揺らいでは音立てて元の姿を取り戻し燃え盛る。

 揺れながら泳ぐ。鬼火を見つめながら立ち尽くす。肩の力は抜けていて、赤子が母親に抱かれ眠るよう。
抵抗も無く目を逸らす事も無く。瞳が鬼火を映す中で、唇を動かし喉も動いていた。知らず知らずの内に言葉を漏らす。

「かごめかごめ

籠の中の鳥は

いつもかつも、

お鳴きゃぁる」

 遠近感を失った左目の瞳には揺らぐ鬼火を映し出す。ただ、闇。何処までも深く、暗い黒の世界にて夢の中のクーパーは何かを呟き続け、相変わらず鬼火は揺らぐだけだった。綺麗だな、という感想をぼんやりと浮かべる。原初より人は、
時に慄きながらも火と共に生き火とともに歩んできた。そんなことを考えているとゆらりゆらり、鬼火が動く。より一層激しさを増し音を立てて燃え上がる。
揺らぎが強まり瞳に映し出される火もより一層の深い色合いを見せる。鬼火は己の体を揺らめかせながら円を描くと、クーパーに近づいた。近づけば近づく程色は鮮明に白になる。

 何もかもが真っ白になる白なのだ。そして、クーパーの顔を熱気が舐める。熱い。目の前を泳ぐ炎。それを間近で見つめていると何処か焦りにも似た、
嫌な迸りが生じては消えていく。それがなんなのかぼんやりと探してみるとその色はできれば遠ざけたいもの、と感じる。

 その嫌な感情を探ってみると答えは簡単に見つかる。誰でも一度は必ず手にする感情。恐怖だ。相対する鬼火に対して、恐怖を感じていた。怖い。鬼火が怖くてたまらない。
何故? というのは野暮か。夢に何故と問うても、無駄な事よ。夢見るクーパーは鬼火を眺めながら、これが怖いんだと客観的に考える。夢の中というのはあくまで脳が見る一時の幻に過ぎず
自由も利かない。鬼火は目の前で止まる事を知らず、クーパーの顔を飲み込んだ。目の前が真っ白になる。

 ただ熱い。でもそれは錯覚だったのだろうか。夢見るクーパーには解らない。右目には叫ぶような痛みが傷痕に沿って走った、何かの閃光が飛びように強烈な痛みが傷痕をなぞる。痛かった。
何かに、斬られたような痛みその痛みを感じ何か考える間もなく夢は終わりを迎える。

「……」

 何も無いワンルームマンションの闇の中で、クーパーは目覚める。息は酷く乱れ喉は酷く渇いている。アルトが寄り添うように寝ていて、その体温が暖かい。安堵の溜息を落としながら近くに転がっていた水のペットボトルを取る。
開封済みのそれは所狭しとペットボトルの中を泳ぎ、ちゃぷんと小さな音を鳴らす。蓋を開いて口をつけると酷く生ぬるい水が喉を潤した。なんとか一息ついた所で、アルトの眼が向けられていることに気づく。大丈夫か?
という心配の眼差しだ。それに応えるように、そっと頭をなでてやる。

「…平気」

 ありがとうと気持を込めて撫で、アルトも目を閉じて愛撫を享受する。尻尾が少しだけ動いていた。ぽんぽんと頭を叩きクーパーは一息つく。今の夢が何だったのか自分で解れば苦労はない。もう一度ペットボトルを呷り
空になったものを床に置いた。空になったそれはいとも簡単に倒れてしまい小さな音が鳴る。転がる様を左目と金の眼が見つめていた。夢を思い出すように眼帯越しに右目に走る傷痕がズキリと痛み、顔が強張り闇に溜息が紛れる。
闇だけが彼に同居する。まだ、夜明けは遠く気分は憂鬱だ。夢のせいなのか朝まで眠れることは無かった。アルトの尻尾だけが忙しく動いていた。結局、その後は一睡もできなかった。











「いってきまーす」

 朝、なのはは余裕を持って家を出ると送迎用のバス停までの道程を、1人歩く。天気は快晴、雲ひとつ無い晴れ模様の気持ちよさに胸いっぱいに空気を吸い込むと、盛大に息を吐き出す。
天気以上に気持ちは晴れ渡っている。先日の夜、再び魔法への足掛かりができて喉に刺さる魚の骨がとれたように胸のつかえもなくなりスッキリとしていた。これでレイジングハートがあれば最高なのだが。
未だに相棒は戻ってきていない。通学路を1人行きながら悩んでも仕方なしと軽やかな歩調と共に、バス停を目指す。ちらほら、他の学生も見え始めた中で1人場に似合わぬ人物が目に止まった。

 その人物は、電柱に背を預けながら、ボーっとしていた。なのはが気がつくと向こうも気づく。

「…おはようございます、なのはさん」

なんだか酷く眠そうだ。左目には若干クマのような何かが見える。
放置しておいたら寝てしまいそうだとなのはは思った。

「おはようクーパー君。朝からどうしたの?」

「…少し、お話したいことがありますので歩きながらよろしいですか?」

「いいけど」

 他の生徒達の眼に留まる、というのは少々違和感を持たざるえなかったがこの際しょうがない。クーパーは電柱に預けていた体を起しなのはと並んでバス停までの道程を歩き出すと、
なにやらクーパーがポケットをごそごそと漁っている。期待して待つ事にした。すると、

「…これ」

期待通り、だろうか? 何かクーパーが手を出してきたから、それに倣ってなのはも手を出すと掌の上に紅玉が一つ、姿を見せる。どう見てもなのはの掌の上には小さな紅玉だ。
まだ離れてさほどの日にちも経っていないというのに、感動のあまりか思わず名前を叫んでしまう。

「レイジングハート!」

『hello mymaster.』

突然の相棒に目が輝かせる。数秒の間感動の再会に浸っていた訳なのだが、ふとなのはは気づいた。

「あれ?でもこの前ユーノ君……」

「…ああ、あれは気にしないで下さい。些事ですから」

 クーパーは掌をヒラヒラさせる。なのはが「お匙?」という疑問の声を上げると、些細なことですという突っ込みが入る。どうでもいいことだった。
それでも、なのはにはクーパーよりもレイジングハートに夢中だ。手の中で転がしたり、指で触れて感触を触ってみたりすると思わず顔がにへらと
微笑みそうになる。満足そうに紅玉を手の中に収め握り締めると、1人で感極まっていた。余程うれしいのだろうか。そんななのはを見ながら呟いた。

「…いつかは解りませんが、次にフェイトが現れた時は」

 なのはは紐を首にかけて少しぶりのレイジングハートを身に着ける。

「ああ、うん。ユーノ君から昨日の夜聞いたよ。私が出ていいんだよね」

「…はい。やれますか? フェイトと。もしかすればアルフとも。状況によっては2対1になるかもしれません」

「んー、」

 少し意地悪な質問だったのかもしれない。それでも僅かな考える素振りだけで終らせる。

「解んないかな、とりあえず撃墜されないように頑張るよ。でも、クーパーは手伝ってくれないの?」

 質問返しを受ける。分が悪い。

「…そういう質問は、フェレットもどきにしてあげて下さい」

「あはは、駄目かな」

「…勿論、僕も手伝いますけどなのはさんのパートナーは、僕じゃなくてユーノなんですから。
あんまり放置しすぎると、あれは凹んでしまいますよ」

「…ユーノ君凹んじゃうの?」

「…そういうキャラです」

「そういうキャラなんだ」

 にゃははと笑う。それは空笑いじゃなさそうな程度にはクーパーには見えた。心に纏っていた陰は落ちたのだろうか。実際は解らないが、それでも最終的に本人を支えられるのは、本人でしかない。
話をする終点が見えてきた。バス停だ。クーパーは足を止める。なのはも足を止めて振り返った。左目に見つめられる。

「…易有対極是生兩儀兩儀生四象四象生八卦」

それは聞き覚えのある言葉で意味は完全に解らなくとも、どことなく記憶を呼び起す。クーパーの言葉がそれを追った。

「…対極は両儀を生み両儀は四象を生み、四象は八卦を生み人の体幹とする。対極を人に見立て陰陽に表裏を見る、裏表の中に喜怒哀楽を持たせ、さらなる八卦という名の個性を生じさせる。
己の中には様々なモノが詰まっています。それでも、対極であろうとなかろうと、見立てようが見立てまいが人はやはり一つの個でしかないと思います」

「あう、話の途中ごめん。クーパー君」

「…はい」

「さっぱり解らないし時間ないからまた今度じゃ駄目?」

丁度、バスが来た。目の前に止まるとバスの中からクーパーを、「誰?」という目で見てくる奇異の視線が注がれる。

「…解らなかったのならば、僥倖です」

「え?」

虚を突かれた、バスのドアも開かれる。

「…なのはさんはなのはさん、ということです。勉強も魔法も、無理の無い程度に頑張って下さい。魔法なんて棄ててもいいんですから
悩無ほどの問題じゃありませんよ」

「えと、うん。クーパー君」

バスに乗りながら振り向いた。ドアがしまりそうになる前に。

「やっぱりよく解ってないけど、ありがとう。私も頑張るよ。ああそうだ、はい」

「……ああ、どうも」

 なのはの言葉には小さな笑顔と見送りの手がひらひらと振られる。バスのドアが閉ざされてバスがエンジンを吹かす。
ギアをローからセカンドに入れながら、もうもうと立ち込める排気ガスを残し走り去っていく。直ぐに、
バスの姿は遠のいていった。それを見送りながら、ぼんやり考える。

「(…なのはさんの友人、だったのかな)」

 金髪と紫に近い髪の色の子には、バスの中から、特に見られていた気がした。なのはの友人だったならばならば悪い事をした、
と思うが、これで目的も一つ果たした。事は思いの他目的はスムーズに進んでいる。バスの姿ももう見えなくなっている。
排気ガスの匂いも薄れてきて、胸いっぱいに朝の空気を吸い込んだ所で後ろから話しかけられた。

「ナャーゥ」

猫の声に振り返る。

「…やぁ、おはよう」

白い猫だった。いつから居たのか。置物のように地べたに腰掛けてクーパーを見上げている。

「…いい天気だね」

「ナャーゥ」

 猫はそれだけ返答すると立ち上がって、どこかへ行ってしまう。それも見送ると。クーパーも歩き出した。
バス停を後にする。見えないであろうアースラならぬ空を見上げる。

"…エイミィさん、転送お願いしてもいいですか?"

"うう…徹夜明けの私はぼどぼどだよぉ、クーパー君……"

"…なんですか、ぼどぼどって。"

"ふっふーん、この国のスラングだもんね"

"…そうなんですか"

"そうなんだよ、ごめんごめん。転送だったね。いくよー"

"…お手数おかけします"

"仕事仕事ぉー♪"

徹夜明けの奇妙なノリと共に、衛星軌道上アースラに転送される。





「(……あ、なのはさんにカドゥケス預けたままだった……)」

 アースラ転送室から食堂へ向かう途中、曲がり角の出会い頭、ユーノとクロノにばったり出会ってしまう足が止まった。
クーパーは驚きの顔をしてからうわーという顔をして、あからさまに避けてますという風にユーノから目線を逸らす。
それでも、クロノにはペコリと頭を下げた。絶対にユーノの顔を見ようとしないものだからクロノは溜息をつく。

「弟の方は随分あからさまだな。もう少し仲良くしたらどうなんだ?」

「…話はします。支障はありません」

それだけ言ってすれ違う。ユーノには一切目を向けずさっさと立ち去る。そんな弟の後姿をユーノは見つめていた。
クロノもそれを一瞥するともう一度溜息をつく。

「兄の方も難儀だな」

「ちょっとだけ、ね」

 直ぐに後姿も見えなくなった。2年前、クーパーが言った言葉は未だにユーノの胸に楔となって打ち込まれている。
あの優しかったクーパーがあれほど変化したのは、自分のせいだという認識はあるらしい。未だに耳の奥にこびりついているし
たまに夢にも出てくる。僕は使い捨ての人間じゃない。という言葉を2年前のあれに叩きつけられるのだ。自虐と被虐、

 そして心は常に穿たれる。慣れは無い。いつも、苦悶との戦いだ。人の心は酷く脆い、触れる事もできないというのに。

 修正するのには時間がかかる。その癖、治すのには時間が必要というではないか。時間が経てば経つほど、ユーノの心は蝕まれる。
この前も胸倉掴まれた時に、本音を晒されて怯えた自分がいたことをユーノは認める。クーパーが壊れているとすれば、
その責任は自身のせいだ、とも考え、胸の内で苦笑する。時間が経てば経つほど回復するのではなく壊れていくなどと兄弟揃って
無様で愚かしいことではないか。それ以上は笑えもしない。クロノとユーノも立ち止まっていないで再び歩き始める。

「大丈夫か?」

「何が」

「顔、少し青いぞ。無理はするな。兄弟喧嘩が原因で気分が悪いなんて言われても、休ませてやらないぞ」

 違うと言いかけて口をすぼめた。あながち間違ってもいない。ごちゃごちゃと頭の中で言葉を捜してから
それも面倒になって盛大な溜息を落とすと、うん。とだけ答えておく。

「なのはも戻ったし、下手はしないよ」

「ならいい。頑張ってくれ」





【Crybaby 第16話】




 食堂へと足を向けたクーパーは盆を手にすると、サラダを一つ頼んで受け取ると人の少なそうな隅の席を選んで盆を置いた。椅子に腰掛ける。
どっしりと座った所で眠気が襲ってきて、フォークを取る前に眼を閉ざし目許を指でほぐしながら、吐息を落とす。眠かった。
それでも今は眠る訳にはいかない、とばかりに眼を開くと。盆の上に載ったサラダが一つ。フォークを手に取ると、野菜をブスブス刺しながら、

 口へと運び放り込んでゆく。クーパーにとって食事はただの栄養摂取に過ぎない。食べなければ腹は減るが、それもいいと思っていると

体は痩せていき面倒臭い事この上ないのだ。2年前は料理を好んでしていたが、最近は栄養摂取の手段として調理するだけだ。溜息をつきながら、
野菜を口にすると口の中で野菜を噛み砕く不協和音が奏でられる。そこで、何か飲み物取って来ればよかったという後悔が圧し掛かってきて、
口の中で咀嚼していた野菜を飲み込み立ち上がろうと振り返った所で、やっぱり立つのを止めた。なんとなく人が居て向かう気にはならなかった。

 溜息をつく。ついでに嫌な事まで、思い出してしまう。

ユーノの事だ。

 皿の上に盛られたサラダは、胡瓜、レタス、トマト、人参、に似通ったものが適当に盛られていて、短冊切りにされた、
胡瓜もどきにフォークを突き刺しては、口に運んでいく。刺しては口に運ぶ。歯応えのよい野菜は、よりクーパーの不快さを昂ぶらせる。
サラダなんて頼まなければ良かった、と思いながら、やはり溜息をつく。さっきも、兄と顔を会わせたのは間違いだった。

 きっと嫌な想いをさせているに違いない、というクーパーの想いはどこ吹く風か。野菜を食べる手が止まる。かつて、
いやこの2年間の中で殺してやりたいと思ったことはあった。柔らかい細い首を手で握り喉を指で押し潰す。

 喉笛も、気管も、脈も。肉も、命も。喉という喉を。今まで何度も歪んだ黒い感情はクーパーをそそのかしユーノを殺してやりたいと思い続けた。
馬乗りになって首を絞めて、血走る目と、口の端から出る泡も。何度も夢見た。死ぬ間際には、途切れ途切れの言葉を撒き散らす、
兄の死に様を求める夢も見たし刺し殺す夢も。でも、どれほど願おうと兄が消える事は無い。

 消せるものならば記憶から、目の前からも消えてなくなればいい。どれだけ忘れようと思っても、記憶も、現実からも、消し去ることはできない。
無理なものは無理なのか。

 できるものならば麻薬を求める中毒者のように震える指は求めてしまう、指といわず心は笑顔も何もかも引き千切りたくて。優しい記憶も、
愛も。夢も、希望も、願望も。殺してしまいたいとクーパーは願った。過去、ならぬこの2年間の間、ユーノのことを考える度に左目から涙を垂れ流してきた。
自身がただ憎しみ表せる、醜い人あればよかったとどれほど思うてか。無様を見ながら、左の眼球は、まるで一つ目のように世を食い入って見つめてきた。

ゴミの中から救われ、家族だと思った人の手を払い、憎しみ悲しみも、その眼球一つで担ってきた。全てを己の内に孕ませて2年。出るのは溜息ばかり。

「(…やれやれ)」

 アースラ内の食堂で、1人。隅っこの席に腰掛けながらサラダをつまむ。フォークで野菜を突っつきながら、口の中に野菜を放り込んでいく。
その食事模様は、あまりにも淡々としていて、きっと誰かが見たらギェーギェェー鳴いてる、ヤギみたいだと評するだろう。もしゃもしゃと、ただ憂鬱そうな顔で食べ続ける。
そんなクーパーの元にもとい隣の席に、先程の徹夜明けの怖いテンションだったエイミィが姿を見せる。

「やっほー、さっきぶりだけど随分根暗な顔してるね。ね、嫌な事でもあった?」

 両手で、湯気立ち上らせるマグカップを包む。

「…寝た方がいいんじゃないですか。無理するの、よくないですよ」

「あれだね。寝るけど紅茶を一杯飲んでからにするよ」

 片割れはフォークで野菜をつつく、片割れは紅茶に口をつけた。湯気はただただ消えていく。エイミィがちろりとクーパーを覗く。

「悩み事?」

「…別に。何も変わりません。何もしてません。悩んでません」

「そっか」

 最後の野菜をつつくと口に運ぶ。咀嚼もせずに早口に飲み込むと、テーブルに手をついて、皿を持ち立ち上がる。
そして去ろうとするのを、エイミィが止めた。

「ま、ま、少し話さない?」

 皿を手にしたまま、足を止める。何か考えたのか。エイミィを見ながら、少し間を置く。皿は再び、テーブルの上に置かれ椅子の上に腰を落とす。

「…眠くないなら、構いませんけど」

「ありがと、嬉しいよ」

「……」

 テーブルに肘を着きながら、何処向くものぞ。照れ隠しなのか、それとも今の状況を憂鬱としているのか。
そんなことにも構わず、エイミィは笑顔を落とす。

「で?、何を悩んでるのかなクーパー君は?」

「…ですから、悩んでいません」

「甘い甘い。今の君見てるとああ、僕悩んでます。困ってます。でも誰にも言いたくありません。誰か話かけてくれないかなー”って、顔してるよ。
クーパー君?」

「………………」

 むすっとしながら、いや。むすっとするのは図星だからなのだろうか。
そしてそれも否定できないあたり無様だろうか。何一つとして、返すことはなかった。
エイミィの微笑みに逆らえない。

「それじゃ改めて、何に悩んでるのかな?今ならお姉さんが、お節介の押し売り大特価中だよ?」

「…なんですか、それ」

「いーのいーの、さあどーんと」

「………」

 のろまーす、な眼でエイミィを見つめる眼だが、小生意気な餓鬼が、そう簡単に悩みを打ち明ける訳が無い。僕、兄さんとのことで悩んでるんです。
どうしたらいいんでしょうか?、なんて。全国子供相談室の電話みたいなことを、するわけにもいかない。する気もない。
悩んでいる事を見破られた事に対しては隙を突かれた感があるが、それでも、素直にうんと言わない。

「…実は」

「うんうん」

 視線を脇に退けながら、僕苦しんでます。心が悲鳴を上げて、苦しんでるです。というのを軽く演じる。エイミィもまた、誠実な聞き手を演じていた。

「…なの…いえやっぱりやめておきます」

「解った!解ったよクーパー君!!、あー、もー可愛いなぁ。お姉さんには全部解っちゃったもんね」

 1人、エイミィはテーブルを叩いた後、1人何かに納得しているようで。クーパーにしてみればとてつもなくうざかった、
というのは記載しないでおく。本当に徹夜明けの人は恐ろしい。ちなみに、「なの」というのは、①なのはさんのことが好きになってしまって。
②なのはさんのことが心配で。という異性相手の適当な嘘をこすりつけようと思った所で、この人はミーハーっぽそうで口が軽そうだ、というのに気づくのが遅れた為、

変な所まで言いかけてしまった。ちなみにこの時の嘘が後々の後々まで人々に伝染、もとい感染し、後悔の種になるのだが、そんなこと今のクーパーには知らぬ所である。南無。

「なのはちゃんでしょ、なのはちゃんなんでしょ?、く~、あの子も罪作りだなぁ。クロノ君にユーノ君に、クーパー君もじゃん? もてもてだねー、なのはちゃん」

「…っていうか、なんの話してるんですか。しかも何故兄さんも」

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに、ああ、ユーノ君は私の勘ね。あの子、どこかなのはちゃんを心配してますーって、
いう感じだけじゃなかったから。こう…、なんていうか、僕は愛を持って見守ってるよ! みたいな?」

「……」

 違います、と否定をできない辺り駄目な弟だった。

「でもクーパーはなのはちゃんの何処が良かったの?ねぇねぇ、お姉さんにこっそり教えてくれないかな」

「…違います、僕はなのはさんが心配で、って言おうとしただけです。別に誰もなのはさんが好きだ、なんて言っていません」

「またまたー、うまいなクーパー君は。でも嫌い嫌いは好きの内ってね? ほら、もうちょっとでいいから、自分の心に素直になってご覧?」

「…ワー、エイミィさんサイコー、エイミィさんスゴーイ」

「私のことはどうでもいいんだよ」

 色んな意味で、逃げられない。観念した所で、仕方ないとばかりに適当な嘘をついて、逃げる事にした。

「…健気で一生懸命な所でしょうか」

「うんうん、それそれで?」

後戻りできなくなっていく馬鹿1人。

「…後は、何事にも一生懸命な所とか」

「そうだよね、なのはちゃんいつも一所懸命だもんねー。他にはあるの?」

「…負けても戦い続けようとする姿勢とか…」

「そっか、クーパー君ってひたむきで一生懸命な女の子が好きなんだ」

 違います、と心の中で否定しても、やはりもう振り返るには遅すぎる。馬鹿は悩むな馬鹿は叫ぶな馬鹿は見えない服着るな。馬鹿は墓穴を掘るものだ。

「それでうぶなクーパー君は悩んでるんだね。うんうん。少し青いけど甘酸っぱい感じがしていいねぇ?」

「…ちなみに、全部嘘ですからね」

「解ってる解ってる、誰にも言わないから安心して」

 あれもこれも、全部嘘というのももう通じない。

「でーも恋愛相談かぁ。実直に、なのはちゃんに好きって言ってみれば?」

「…ですから、エイミィさん、冗談ですって」

「平気だって、お姉さんは応援してるからさ」

 そこで肩を、バシバシ叩かれる。何故だ。というのは知らぬが仏。そこで丁度艦内放送が入り、
エイミィの名前がコールされる。当然、エイミィはゲゲッ! という顔になる。徹夜あけの人間ならば、いやでもなるだろう。

「うぇ…嘘でしょ?、私の今の仕事、寝る事なんだけど」

「…お疲れ様です」

 もう仕事なんかしたくないよー、飲むのコーヒーにすれば良かったよー、という文句を抱くエイミィに合わせて、
クーパーも席を立つ。2人は並んで盆とマグカップを返すと、一緒に食堂を出る。暗い、廊下を歩きブリッジへと向かう。

「クーパー君は、今日はどうしてアースラに来たの?」

「…完了済みの、ジュエルシードの索敵範囲を教えてもらおうと思って。その確認が終ったら直ぐに海鳴に戻ります」

「そっか。……あ、クーパー君。一つお願いがあるんだけど、いいかな」

「?…あんまり、無茶な範囲でなければ」

「そのー……ね?凄い我侭で個人的なお願いなんだけど……」

「?」

「あのね…アルト、一回だけ貸してくれないかな」

「アルトを?」

 怪訝な顔、とまではいかなくても、少し違和感を覚える。何故、自分のものをレンタル指定がくるのだろうか。実験動物にされるのならば、まっぴら御免だ。
廊下を歩きながら僅かな沈黙が走る。

「うん、あのね……」

「……………」

「一度でいいから、あの子をぎゅーって抱きしめながら寝てみたいの!」

………………。

「…どうぞ、今すぐでもお貸しします」

「ほんと?!ありがとうー!」


 わーいという声が、アースラの廊下に響く。エイミィとブリッジに赴き直ぐに確認も終ると、また転送を頼んで海鳴に戻ってくる。
久しぶりに、ニット帽姿で、海鳴から少し離れた街を歩きながら、ジュエルシードの探索に耽る。とはいっても、アースラで見つからないのだからなかなか見つかるものではない。
精を出して、少し遠出気味に探索したがやはり見つからず、昼頃になると鳴海に戻る。一度図書館に寄ってから、少し考えた末、普通にコンビニでパンを買うとありがとうございましたーと店員に見送られる。

 コンビニの袋をぶらぶらさせながら。ニット帽姿で青空の下、ある場所へ徒歩で赴く。日差し眩く。恐ろしいほど暢気な陽気だった。目的地に到着すると周囲を確認し、誰もいないことを確かめる。
きな建物大きな門、そして長い塀。ニット帽を目許までぐいと、深く被ると唇を舐める。

「…ごめんなさいすいません失礼します」

 棒読みに謝る。このご時世、学校の校門を堂々と開いている学校はない。その校門に手をかけてぐっと力を入れて飛び越える。
ひらりと中に入ると、さっさと目的の場所へと移動する。ニット帽を目深に被り、コンビニの袋をぶらぶらさせて小学校の敷地内を歩く。と、腕に通しているデバイスを見やる。

「…カドゥケス、周辺に人は?」

『のっと人』

「…見つからずにいたいから、確認だけ続けて」

『了解』

 目的地は決まっている、奇怪犯や注目されたいが為に入った訳じゃないから、とっととそこへ行く。
誰も人が来なさそうな、とある校舎の死角。そこに赴くと既に先客がいた。軽く挨拶する。

「…やぁ、君も豆だね」

学校の敷地内に、チャイムの音が聞こえてきた。



「なのはちゃん、ごはん食べよう?」

「あー…」

 昼休み、すずかと話しかけられたなのはは、少し迷った。別に、アリサとの関係が、ではない。既にこの間、蟠りの関係も解消したし普通に話している。それでも、不意に頭の中にでてきたのは、
あの白猫だ。もしかしたらいるかもしれない、という考えが、なのはの返事を鈍らせた。

「どうしたのよ、ごはん。食べないの?」

不思議そうにしているアリサも混じり、3人で弁当箱を持ったまま佇む。どうしたものかと思ったが、ふと、なのははすずかの猫好きを思い出し、とりあえず白猫のことを二人に話してみることにした。

「えっとね、もしかしたらなんだけど…」

 ごにょごにょごにょうんうんという、小学生特有の内緒話をしてみたりすると当然、すずかの返事は二言返事で「行こう!」だった。猫に興味を持ったらしい。アリサもアリサでその猫に興味を持ったらしく。行こうと上機嫌だった。
決まれば、後は早い、教室を出て、上履きのまま校舎を出て日陰の道を歩きながら、目的の場所まで赴く。

「でも、今日もいるかは解らないよ?」

「いなかったらいなかったで、たまにはそこでご飯もいいでしょ」

「うんうん、そうだよね。でもいてくれたら、私は嬉しいな」

 各々、できれば猫がいたら嬉しい、という思いを抱きつつ。気持ちはまるで秘密基地へと向かう男の子みたいに目的の場所へ辿り付いた時、3人の足が止まった。
なのはが「あ」、と声を上げる。すずかとアリサは、色んな意味で固まった。白猫はいた、確かにいた。だが、それに合わせてもう一人。先客がいた。壁に腰掛けて座りながら安そうなパンを食べている。
3人にしてみれば想定外の人物であり、2人にしてみれば、招かざる客、なのだろうか。目的の場所を目指してきたら既に客がいる。それはとても悔しいのだ。

 男子が、昼休みのサッカーゴールの取り合いをするように。でも、虚は突かれたもののなのはには知己の人物だった。
丁度、パンを口に放り込みながら、立ち上がる。ニット帽を目深に被っているものだから、顔は見えない。そんな人物像な訳だから、
怪しい事この上ない。見た目はしごく、不審者だ。当然、アリサが警戒しつつ、反応する。

「ちょっと、関係の無い人が学校の中に入ったりしたらいけないって知ってるのあんた?」

「…知ってます。用が終ったら帰りますよ。なのはさん、腕輪、返してもらえますか」

なのはも一寸戸惑ったが以前も見たこともあって、弁当持つ手で合いの手を打ちああ、と思い出す。
袖に隠れていたカドゥケスを腕から外して、手渡す。隠す事もなく不審者は空いている腕に腕輪を通す。

「ごめんね、忘れてたよ。でも、どうしてクーパー君学校にいるの?」

「…大切なものですから、返しにもらいに来ただけですよ。ご友人も毛を逆立ててるようですし、
それじゃ帰ります」

「なんなのよあんたは……」

イライラするアリサに睨まれつつ、適当にその目からのらりくらりと逃れる。

「アリサちゃん、すずかちゃん。この人は、私のお知り合いのクーパー君。…ってクーパー君も帽子取ろうよ。
流石に学校内だと、怪しい人にしか見えないよ」

そう言われるとそれは失礼とばかりにニット帽を引っぺがす。アリサはその顔を見て思い出す。朝、バス停で見た顔だった。
でも、眼帯をつけた顔を晒してからというものの、すずかに速攻で謝られた。

「ご、ごめんなさい」

ペコペコ頭を下げられる。

「すずか?」「すずかちゃん??」

「…流石に、顔を見せて謝られたのは初めてです」

ちょっと悲しい。あなたの不細工な顔を隠す為に帽子を被っていたのに、気づけなくてごめんなさぃー、みたいな。
それでも謝るすずかに理由を聞いてみると、少し勘違いをしていたらしい。

「え?あの…病気の右目を隠す為に、帽子をしているんだと…」

「…病気じゃなくて傷跡です。気にしないで下さい」

「あ、そうなんだ」

ごめんなさい、とまたすずかが謝ってクーパーまで頭を下げるから、妙な状況ができあがっていた。アリサはなのはを見る。
怒る気も、警戒する気もうせ始める。腹が弁当箱を求めてぐぅと鳴く。

「ごはん食べよう。なのは」

「うん。食べよっか」

謝罪合戦を続ける二人を尻目に、2人は腰を降ろし弁当箱を開く。当然、すずかも合戦を終えて腰を下ろすと
食事を始める訳だが、なのはに足止められた。

「まだ、パン残ってるよね?一緒に食べようよ。すずかちゃんもアリサちゃんも、お友達になれるよ」

 ね、ね?? という触れ込みが広まって、2人は特に拒否するでもなし。頷いて了承を出すと少し離れたところに腰掛けてパンを口の中に放り込む。
3人娘の食事が開始された所で、なんか空気になった白猫が、前足持ち上げて、ペロリと舐めていた。食事をしつつ、不審者Aの話をすることになった。
とはいっても、クーパーは適度に相槌を打つだけで基本的に素っ気無い。礼儀が無い、というわけではなさそうだが。
アリサとしてはあまり面白くはなかった。煮豆をつついた後、箸を向ける。

「あんた、なのはとどういう関係なのよ?っていうか私達と同い年ぐらいじゃない。学校はどうしたのよ? ねぇ」

コンビニ袋から取り出したパンを千切ると、口の中に放り込む。一噛みすると一気に飲み込み、口を開く。

「…一つ目の質問はフェレットの元飼い主でなのはさんとはただの知り合いです」

 フェレット、という単語がでてきてすずかとアリサの眼が点になる。なのはは1人うまいなと感心する。
当然、フェレットといえば、ユーノしかいない。2人も何度か目にしているあの、へんてこ動物だ。

「そうだったんですか」

 へー、とばかりに感心しきりのすずかに敬語はいらないと言うだけで。
何故かしきりに頭を、下げられる。居心地悪い。

「…二つ目、僕はアメリカの大学を飛び級で出てるので、一般教養の学習は完了してます」

「そうなの?」

頭に?マークを浮かべたなのはが思わず聞いてしまう。返ってきたのは嘘の返事と念話だった。

「…ええ」 "…あの、その場凌ぎのでまかせなんで、信じないで下さい。"

笑うに、笑えないような気がしないでもない。それでも、クーパー・S・スクライアという日本人離れした名前の為か、
信じてくれたと思うしかない。

「それであんた、その腕輪を返しに貰いにきたわけ?」

「…そう、ですね」

「朝返してもらえばよかったじゃない。何やってるのよ」

「アリサちゃん……」

 きっつい物言いだが否定できない所が痛い。思わず、会社の上司に接するお弁華なリーマンみたいになってしまう。
曖昧な笑みを浮かべて、逃げるのだ。図星を突かれた人間が、仮面を被るのお決まり事。

「…忘れてたのもあります。でも、一応、形見みたいなものなので。どうしても返して欲しかったんです」

さらなる逃げ道を作りながら腕輪を指でなぞる。演技も怠らない。これでいいや、と思いながら口の中にパンを放り込んだ時に、
念話が飛んできた。

"ごめんね、大事なものだって知らなくて"

"…気にしないで下さい。本当に形見かどうかは、僕にも解りませんから"

 なのはから見るクーパーはよく解らなかった。その肝心の本人は、ぽいぽいと、口の中にパンを放り込む自分の腕輪を見ながら、
撫で摩っている。少し悲しそうに見えるが、あまり悲しそうには見えなかった。矛盾を覚えながらも、本質はもっと別の何かを持っているようで、
ただ一重に悲しそう、とは言えなかった。なのはの箸の手が止まっていると、クーパーがよいしょと立ち上がる。ニット帽を手に頭にかぶせた。また、不審者に逆戻り。

「…それじゃ、ここらで失礼しますね」

「うん。またね、クーパー君」

「…はい、ではまた」

手をひらひらさせながら、踵を返し立ち去ってしまう。3人はその後姿を見送りる。アリサは箸を咥えたまま呟いた。いやそーな顔、だった。

「変な奴」

なのははどう否定しようかと思っていたときに、気づいた。すずかがボーっとしていることに。

「どうしたの?すずかちゃん」

「う、ううん。なんでもない」

白米を口に運びながら否定する。直ぐにクーパーは見えなくなった。ちなみにすずかの評価も変な人、だった。





 夕刻昼を食べ終えたクーパーは、一度自宅に戻りアルトを抱えて再びアースラに戻った。待っていたのは、ミイラになりそうなエイミィ。待っていた、
とばかりにアルトを受け取ると抱きしめながら頬擦りしていた。昔、スクライアの子供達にされた時のように、助けてご主人!
という目でアルトに見られるが、とりあえず

"…一日だけ、その人の抱き枕になってあげて。爪、立てちゃ駄目だよ"

 念話を送ると、いやだいやだと体をばたつかせているが、そんな事に構うエイミィでもない。ありがとねクーパー君!
という台詞を残すとぎゅーぎゅーアルトを抱きしめながら去っていった。さらば猫。それから、また海鳴戻るとジュエルシードの探索を続ける。
当然、見つからない。時間はどんどん過ぎていく。気づけば夕刻になっていた。それでも探す中とあるビルの上にいた時にクーパーに念話が届いた。

 その送り主が、兄なら顔を顰める、リンディやクロノならばうわべッ面の敬語を。
なのはならば適当な優しさを、エイミィならば、なんだろう。解らない。兎も角送り主はなのはだった。

"クーパー君。今、どこにいるの?"

"…夕焼けを、眺めてます"

"うわぁ、ロマンチストなんだね。それでどこにいるの?"

 まるで通用しなかった。というよりも、さらりと流された。

"…駅近くのビルの上で、探査してますけど"

"えう、だってクーパー君家行ったらアルトもクーパー君もいないんだもん。"

それを聞くと、ああ、と思い出す。相棒は今、衛星軌道上でねんねという名の
拘束を受けているに違いない。

"…アルトなら、今エイミィさんと一緒です。"

"エイミィさん?、どうして?"

"…色々事情があるんです"

 理由は推して知るべし、と言いたい所だが、2人のそれ以上の会話は許されなかった。
クロノからの念話が、2人に叩きつけられる。内容は、斜め上をいくものだった。

"割り込みですまない。海上でロストロギアの反応が出た。なのははナビゲートするから、直接現地に向かってくれ。
クーパーは一度、アースラに転送する。"

"解ったよ、クロノ君"

"…了解。" 

互いに、応答を返して何か決意のようなものを胸に秘める。アースラに転送されるよりも、早く。

"…なのはさん。"

"大丈夫大丈夫、もうそう簡単に落とされないから。干瓢豆腐蟹蒲鉾善哉、だよ"

……………………

"…なんですか、その食材っぽそうな呪文は。この国のお呪いですか?"

"にゃはは、いいのいいの。それじゃ私、直接フェイトちゃんのとこ行くね!"

 そこで念話は途切れた。一体何を言っているのかは解らなかったが、とりあえず本人が自信を見せている以上、横からどうこう言える立場でもない。
直ぐに、クーパーの体の体も光に包まれて転送が行われる。本日3度目となる、アースラへと向かった。一方、飛行魔法で現場に急行中のなのはには、サポートのユーノが転送されてきた。
頼もしいパートナーではあるが、今は少しだけ目敏く思う。直ぐに平行して飛び始めた相棒に、早々に謝罪を入れた。

「ユーノ君。ごめん、手を出さないで欲しいの。どうしても一対一でやりたいんだ」

 横を行くユーノは、なのはを見つめながら、少しだけ答えを返すのを止めた。気持ちの上では即答していたが、
それができないでいる自分が愚かしい。また、撃墜を恐れているのだろうか。そんなユーノになのはは微笑む。

「無理はしないから」

「って言っても、なのはは無理しそうだけどね」

「ごめんね、ユーノ君」

 それに頷こうと思った矢先、飛行の加速がなのはは一気に海上の現場へと急行してしまう。なのはにとっては、前回。フェイトが1人ジュエルシードに立ち向かい、アルフと戦った時と、同じ構図だ。その、アルフの元へ急行していた。
待ち受けていたアルフは少し俯いた状態で、待機している。近づいてきたなのはに、念話でポツリと言葉を落とされる。

"白いの"

「?」

思わぬ念話に、アルフの前でかっ飛んできたなのはの体が停止する。フライングはしなかった。
アルフの独白のような呟きが続く。

"…フェイトは、あんた達に捕まったら死刑になっちまうのかい?"

"……………えっと"

 もっと罵倒が来ると思っていたなのはは、突然の罪やミッドチルダの法に関して解る訳が無い。
アルフは失笑する。地蔵に質問しているのと同じだ。

"あんたを今まで小突いてきた、私が言える義理じゃないけど。…頼みがあるんだ"

"……?"

"私はフェイトの命令が戦え、という以上。それに逆らうことはできない。でももう限界なんだ。嫌なんだよ。あの子は何かあると、母親に鞭で打たれてるから体も限界に達してる。
凄い激痛に苛まされても、それでも、ジュエルシード集めをしようとしてる。あの子は母親のいいなりなんだ。自分の意志もへったくれもあったもんじゃないんだ、頼む。我侭な言い方だけど、
もしも、あの子が捕らえられたら。私が殺されてもいいから、あの子を。フェイトを助けてやってくれないかい?私があの子を無理やり付き合わせていたでもなんでもいい、だから、頼むよ。あの子を解き放って欲しいんだよ。
本当はただの女の子と変わらないのに、フェイトは、"

そんな自分勝手な願いを聞いて、なのはは少しだけ息を吐く。

「もう、いいよアルフさん」

 穏やかな声に念話が途絶えた。なのはが浮かべる表情は酷く穏やかで、場違いに思える程に。
アルフの苦々しい表情が一旦収まる。

「戦うしかないのに、ありがとう。これが本当のアルフさんなら私好きになれるよ。アルフさんのこと」

「……なんだかね」

 声には、何か滲むようなものが聞こえてきた。本当は、投降したいのかもしれない。
が、なのははあえて言い放った。

「鞭を打たれても頑張ってるんだったら、……前の私だったら絶対に撃てないな。
ボロボロなのに頑張ってる、ひたむきで一生懸命なひたむきなフェイトちゃんに、攻撃なんて、できないよ」

「…………」

「正直言えば、今も戦いたくはないかな。フェイトちゃんとも、アルフさんとも仲良くなりたい。話がしたい。
何度も言うけどそれは変わらない。けど、ね。アルフさん。この前負けてから、一つ学んだことがあるんだ」

「何だい」

「戦いでね。ううん。どんな状況でもね。困った時も、戦ってる時でも、どういう答えを導き出せばいいのか、
私なりにいっぱい頑張って学んだ…様な、学べて無いような」

笑みが消え代わりに現れたものは闘志。手にするレイジングハートをアルフに向け一直線に突きつける。
朱に交われば紅くなるのか、アルフもそれを見て笑った。

「そうかい」

「あやふやでごめんね。でも全力全開でフェイトちゃん、それにアルフさんを無力化させるから大丈夫、
非殺傷設定でいくから。いいとこ気絶だよ。それに…何かあっても、アースラの人達が助けるから。だから、」

なのはの言葉が詰まった時、ようやくアルフが気づく、遅かったのかもしれない。

「……あんた」

突きつけられるレイジングハートは、小刻みに震えている。そして歯の根まで鳴り出さないように、なのはは顔を顰めている。
まだ、感情を全て御すポーカーフェイスには、届かないらしい。謙虚に、2人とはやりあいたくありません。というのを示していた。
そんななのはを、アルフは一つ鼻で笑ってやると、武の構えを取る。

「感謝するよ。散々罵って悪かったね」

「礼なんて。私がしたいぐらいだよ」

 何も言われる筋合いはない。苦悩を抱える使い魔と、満身創痍になりながらも
頑張る少女を戦闘不能にするのだ。決して、いい気持ちではない。ここで一つだけ、
なのはは過ちを犯す。目標を、フェイトとアルフだけに定めていた事だ。それでも時は止まらない。

「いくよ、アルフさん」

「ああ」

アルフが構え、前哨戦が幕を開け

「ディバインバァアスターーーーーーーッ!!!!」

どんッ!! という圧縮した炸裂音と共に砲撃が、早々に牙を剥いた。

「どわぁッ!?」

 双方が構え呼気を整える魔導師も与えず、紙一重に避けられるも先手高町なのは。構え取ってたから速攻で魔法が発動されていた。どんなことがあっても食い破る、
何があっても食い破る、正攻法での勝負の裏に隠されたるのはただ勝ちたいという闘志の滾り。レイジングハートが魔力残滓の排気をこなし煙を吐き出し、なのはは挑戦的な表情を、
そして冷や汗を流すアルフが対峙していた。リベンジマッチの始まりである。






「相変わらずえげつない……」

アルフが文句とばかりに呟くも改めてレイジングハートの攻撃体勢を取る、要するに構えた。なのはの結っている髪と
バリアジャケットの各所が僅かに揺れていた。

「もう、負けないよ、アルフさん」

「言うじゃないか」

「そうだね」

 そう言いながらなのはを中心に円運動の回避をとりながら魔力弾を立続けに放つ、なのはも回避を兼ねて移動を開始する、
魔力弾を避けシューター、誘導弾をばらばらと展開する。

「お願い、行って!」

ディバインシューターは伊達じゃないのだ。複数の玉が直鋭な動きを見せながら、逃げるアルフに迫りゆく。なのはは相手よりも上を取りながら、誘導弾を操っていく。
アルフに対してレイジングハートをつきつける。

「逃がさないよ」

「しつこいんだよ!!」

 時には魔力弾で、時にはプロテクションを張り狙ってきたなのはの誘導弾を打ち消す。
そんなアルフをさらに狙ってくるのは脅威の極悪砲撃魔法。見せ付ける様に桃色の収束が顔をちらつかせる。
一瞬でも隙を見せれば、牙を剥き襲い掛かってくるのだ。

こんな風に。

「ディバイン…ッバスターッ!」

だが、アルフとて躊躇はしない。砲撃には砲撃だ。

「サンダー、スマッシャーッ!!」

 アルフも雷撃の砲撃を張りディバインバスターとサンダースマッシャー、両者の砲撃がぶつかる。
パワーバランスはぐらりと桃色に勝敗が傾く。オレンジの雷撃魔法は食いつぶされ、アルフが元居た場所も侵される。アルフもそれが解っていたのか、誘導弾を送り出すとその場から逃れる。
なのはもまた、それにから逃れる為飛行で逃げる。両者忙しく動きながら相手の様子をつぶさに見つめ隙を逃さない。そんな中、桃色の誘導弾が再び姿を見せて、粘着質なほどアルフに迫る。

「こいつ…!」

 しつこい。戦い方が大きな変化をした訳ではないが、それでも戦っていると、
何処かでクレイジーさが垣間見える。その正体がなんなのかアルフには解らない。

「ディバイン、バスター!」

 どんッ!! はちきれん圧縮炸裂音が、周囲の音を引き千切りながら、鈍く響く。
アルフは体をねじり紙一重に避けるとはらを据える。射線上に、一気に突っ込んだ。
砲撃はまだ途絶えていない、チャンスだ。

「(もらった!!)」

 戦闘の中でチャンスは如何に掴むか。それが肝心だ。いざなのはに肉薄しようとするアルフだが唐突に、射線を走っていた砲撃が消え失せた。
アルフは目を見開き疑った。

「これもブービーだって?!」

 既になのはは次の狙いをつけ、眼はしっかりとアルフを捉えていた。
その確信的な目に捉えられることでより認識する。

「(謀られたね…ッ)」

 デバイスは向けられる。

「レイジングハート!もう一発っ!」

『All light』

チャージも手早くなのはの砲撃が再度火を噴く。

『Buster』

一気に光が迫る。アルフには、炸裂音が聞こえなかった。気づいた時には桃色の衝撃に飲み込まれて意識が飛びそうになる。

「が……ッ!!」

 とてつもない衝撃に襲われながらも、意地でプロテクションを張り砲撃を遮る。なんとか持ちこたえようとするがなのはがそれを許さない。
レイジングハートを右手で握り、ディバインバスターを保ったまま左手をアルフに突きつけた。

「リングバインド!」

「!?」

僅かにプロテクションが弱まるが腕を拘束されようともアルフは耐える。この程度で負けるわけにはいかないとアルフは耐えた。
が、なのはの左手も、まだ止まっていない。

「ディバインシューター!」

 バスターと並列でシューターを発動させるとアルフの周囲で待機させる。360度、どこを見てもシューター、
そして目の前では砲撃を防いでいるというのに。アルフは歯噛みしてなのはを睨みつける。どうしようもない。
プールをあがろうとしたらまたプールの中に叩き落とされる絶望感に似る。絶対にいえる事が一つ。

 この勝負が始まっていた時点で既に詰み将棋は始まっていたのか。それとも、彼女の手の中で踊らされていただけなのか。
フェイトはなのはに対し恐怖を抱き、それを小馬鹿にしていた。あんな奴と思ったが今ようやく、認識を改める。
フェイトとの戦いも、一度目は雑魚で二度目は意標突き、三度目は王手をかけてきた。そして今。こいつは凄まじい速度で成長している化け物だ。

「なんて、奴なんだい……!」

「レイジングハート、やって」

 制止していた無数の誘導弾がアルフに襲い掛かる。全身に、誘導弾が叩きつけられ遠慮なくプロテクションは砕かれ砲撃に飲み込まれる。フェイトの恐怖を覚えた意味が身を持って解った。
砲撃だけじゃない。こいつの本当の意味での恐怖は……、そこまでで意識が飛ぶ。なのははアルフが砲撃に飲み込まれてからしっかり3秒後に砲撃を停止させる。そして、力尽きて海面に向かい、
落下するのを見届けた。もう飛行魔法で戻ってこない事を見送る。戻ってくるならば射撃で叩き落して砲撃で海中に叩き込む準備はできていたが実行せずに済んだ。まずは一勝、前座は振り払った。

ユーノがアルフをキャッチ用の魔法で受け止めるのも確認してから、レイジングハートの魔力排気を行う。

「アルフさんの警戒態勢解除」

『yes』

ユーノには世話係のようで申し訳なくも念話を送っておく。

"ごめんユーノ君、アルフさんお願い。"

"解った、なのははフェイトを"

"うん……"

 少し離れた位置では前回と同じく。フェイトが1人でジュエルシードを封印しようと奮戦している。ようやくだ。
ようやくフェイトと向き合える。なのはの面持ちは再び堅くなり緊張する己を自戒する。一度大きな深呼吸をすると、アースラに繋いだ。

"エイミィさん、なのはです。細かな指示は何かありますか?"

"ちょっと待ってねー…っとほいほい、確認取れたよ。なのはちゃんの好きにしていいって。"

それを聞いて少しだけ。突拍子もない顔をしてしまう。

"え…と、いいんですか?"

"うん、なのはちゃんに任せるって。だから頑張ってちゃちゃっとやっちゃおうよ!"

"了解です。"

 元気な返事を返すとなのははアクセルフィンを吹かし、一気に高度を取りフェイトの位置を目指す。
その光景を、アースラでもブリッジの面々が、その光景を見つめていた。クロノも、クーパーも。

「圧倒的だな」

「…これがなのはさんの実力でしょう。多分ですけど」

執務官と片目が適当な感想を並べる。問題無く進んでいるのか、それとも。

「…もう1人の懸念は?」

「これでも想定している。エイミィ」

「眠いけど頑張ってるよクロノ君ー」

えいえいおーという声は、聞かなかったことにするクロノだった。相変わらずスクリーンに向かう。
なのはは金の閃光が待つ舞台へと駆け上がる。
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