アースラのブリッジ内で、クルー一同はあるものを見た。レイジングハートを手に墜落するなのはをいや、落ちていく白い魔導師を、か。

「なのはーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!」

 ユーノの叫びが響き渡る。それを、同ブリッジにてクーパーは眺めていた。子供の叫び声は、よく響く。







【Crybaby.第12話】



 アースラブリッジ、クロノはメインスクリーンを眺めながら難しい顔をしていた。映し出されているのは荒波に翻弄されながらも必死に封印を試みているフェ イトの姿。
ジュエルシード発見の一報と共にアルフと共に、姿を見せてこのような状況になっている。目的の物は海中。しかもその数は、5。一人で封印を行うには少々如 何ともしがたい数だ。
時折アルフも援護に回っているがそれでも荷が重い。一人、魔力とうねる荒波と戦うフェイト。

 それをモニター越しに見つめていた。頭の中ではその行為を無駄だと否定する。可能性というものは0%ではないが、それでも無茶だとクロノの頭は言う。
そして失敗の可能性の方が明らかに高い。危険を冒すという行為は組織の人間が為すべきことじゃない。それでも、今スクリーンに映し出されている。
フェイトは必死に立ち回りたった一人で封印を試みようとしている。

 無駄な事をと思いながらも、その行為自体は解らないでもない。ただ、理解はすまいというのがクロノの心情だ。相手は個人だ。消耗を待ったほうが良いに決 まっている。
そんな事を考えがらメインスクリーンを睨んでいると、なのは、そしてユーノが姿を見せ2人もメインスクリーンに、食い入った。

「フェイトちゃん……」

片割れ、なのはからはスクリーンのフェイトに心配の声が上げた。胸に手を当ててぎゅっと固めている。

「私、直ぐに行きます!」

クロノが眼をスクリーンから離す事はない。とりあえず、口を開いた。

「その必要はないよ。エイミィの連絡で聞いてると思うけど、現状は海上に2人が現れてこちらよりも先にジュエルシードの封印を実行中。
ジュエルシードは海中で数は5。残念ながら、一人で封印実行できる数じゃない」

 クロノは相変らずスクリーンを見つめていた。

「それじゃ」

「当然、フェイトが消耗するのを待つ。仮に封印するにしても。終了の折をみて出ればいい」

 その言葉になのはは惑った。彼女も立場は個人のものでしかない。

「そんな」

「最善の行動、というものがあるんだ。無駄な行動は極力唾棄すべきだ」

 予め認識しておきたいのは、高町なのはは組織に属す人間で無い事だ。前回話す姿勢を見せてくれたフェイトとこのままで終わると言うのが一番納得いかない らしい。
小さな手は強く握り締められ、スクリーンに映し出されるフェイトは一人で、必死に荒波に立ち向かっているのを見ているとやりきれない気持になる。
まだ、フェイトとの関係をこのままで終りたくない。

 何より、フェイトと話をしたいと強く願うなのはにとってはこの状況は不本意なものでしかない。今までユーノと2人でやってきた途中で現れた、時空管理 局。
僅かな苛立ちとやりきれぬ想いに一層拳は固められ打ち震える。クロノはふとこの場にいない片目を思い出す。

「(ああ、そうだ。クーパーにも知らせないと)」

 忘れていた、とばかりにクロノは頭の中でぽんと合いの手をうつ。ごたごたしていて、連絡するのが遅れてしまった。チャンネルを合わせてスクリーンを見な がらも。
意識は念話へと向ける。

"僕だ"

 という念話を送ってから暫く反応を待ってみたが、何の応答もない。訝しんでチャンネルを確認してみても間違っていない。スクリーンを見つめながら出ない 相手に少し苛立つ。

"おい、クーパー"

再度の送信から待つ事数秒。ようやく返答が返ってきた。

"…すみません寝てました。クロノ執務官。"

"…………"

 酷く眠たそう、かつだるそうな声が返ってきた。これがアースラ艦所属の人間ならば叱責の一つしてやりたい所だが、
時間も時間だし相手は民間協力者。がなりたい気持ちを抑える。間違っても、相手は民間協力者なのだと言い聞かせる。
ましてや、相手はアースラ内にいるわけでもなく自宅(仮)なのだから。

"…ご用件は?"

 溜息一つ、気持ちを改める。

"フェイト・テスタロッサが海鳴の海上にでた。今一人で5個のジュエルシードを封印しようと、孤軍奮闘している"

それを聞かせると。ほんの少し間が空いた。落胆したよう声が返ってくる。

"…それは、大層な話ですね"

"全くだ"

 たった一人でジュエルシードの5個封印。現状を知る魔導師ならばそれを聞いて卑屈に思わない者はいない。
腐っても、相手はロストロギアなのだから。

"…アースラに出向して待機、でよろしいですか?"

"それで頼む"

"…了解しました、では転送をお願いします"

"ああ"

 眺めていたスクリーンから、視線を外す。オペレーター席を見やった。

「エイミィ」

 転送を頼もうと意識を外した時、なのはがその場を転じてブリッジ直結の転送室へと走る。
踵を返した僅かな足音と躍った体はブリッジの人間の眼を引く。そして、転送室に入ると共に振り返って叫んだ。

「ごめんなさい、私勝手な行動を取ります。後でちゃんと謝りますから!」

 そういう問題かとクロノが叱責しようとした時、既にユーノは転移魔法を発動している。

「君達ッ!!」

 指で陣を組み、魔法の構築式は一瞬だ。

「あの子の結界内に、転送!」

 ユーノ、そしてなのはの姿がブリッジから消え失せる。転移魔法はなんら問題なく起動した。
残されたクロノは頭が痛くなる。意図を無視して独断行動を取ったのだ。今すぐ連れ戻したい気持ちもあるが出てしまった以上手遅れに等しい。
眉間に皺を寄せ、怒りを抑えながら苦虫を潰した。

「艦長」

「構わないわ、様子を見ましょう」

 かくいうリンディは涼やかだ。スクリーンには地球に降りたなのはとユーノの映像も直ぐに映し出される。
この際だ、丁度いい機会だから見せてもらおう。と思ったリンディの思惑は知る由はない。スクリーンを注視する眼差しは鋭く鋭利なものだった。

"…すみません。転送、まだでしょうか"

 クーパーからの念話が送られてきて、やれやれとばかりにクロノはエイミィに再度頼んで転送をしてもらう。
直ぐに、ブリッジにニット帽姿の眼帯が姿を現した。腕の中にはチビアルトが抱えられている。しかし、
スクリーンを見るとその表情に、僅かな驚きが混じった。

「…どういう状況です?」

あまりいい空気でないブリッジだ。クロノの横に並びながらスクリーンを見やる。そこには高町なのはそしてユーノ・スクライアまで映し出されている。

「ユーノとなのはが独断専行中。フェイトの封印失敗なりなんなりするまで待つ予定だったのを勝手に出撃した。
まさか君まで出撃しないだろうな。クーパー」

 クロノがギロリと睨みを聞かせるとクーパーは鼻で笑い一蹴する。

「…勘弁して下さいよ」

 軽薄な返事に、少しだけ眉をひそめた。

「そうか」

「…兄の動きなんて僕の知った事じゃありませんしね」

 どうせなら兄は軽く撃墜されてくれませんかね、という風にもクロノには見えた。心配はいらぬものだったのかもしれない。
そういえば、この弟は兄が嫌いだったんだな、ということを思い出す。懸念する必要はどこにもなさそうだ。それは兎も角再びスクリーンに向かう。
なのは、ユーノ、フェイト、アルフは如何様な結末を、迎えるのだろうか。海鳴の荒ぶ海の上で3人の魔導師と1人の使い魔が姿を見せている。

今、アルフとなのは&ユーノの1対2が激突を開始する。なのはは止めようとするが激したアルフは止まろうともしない。



「お願い、話を聞いてよ! 私達戦いに来たんじゃないの!」

「敵の言葉をはいそうですかと信じる馬鹿がどこにいるんだいッ!」

 なのはの言葉も軽く一蹴されてしまう。その返事は魔法と共に熨し付けて返されアルフの魔力弾が立て続けに飛来する。
なのはもユーノも、飛行魔法で身を転じて回避する。ユーノがなのはの言葉に被せた。

「このままジュエルシードを暴走させていたらまずいことになるぐらい解るだろう!
 僕達は戦いに来たんじゃない、今は封印が優先だ!」

「だれもあんた達のことなんか、信用してないんだよ!
今まで争ってきた連中と御手々繋いで仲良しできるほど、虫はよくないのさ!」

 問答無用とばかりにユーノに接近すると拳を振りかざし殴りかかってくる。それをシールドで防ぎ再び距離を取る。生憎今の様子を見る限り二人の言葉は聴い てくれそうにない。
唯一話を聞いてくれそうなフェイトも封印に集中し2人など眼中にない。アルフに阻まれ目的のフェイトに近づくことすらできやしない。なのはの中で業を煮や し焦りが募る。
まだ始まったばかりだというのにレイジングハートを握り締めた。焦りを打ち払うかの如く。

「(私がやらなきゃ、いけないんだから……!)」

 それを誰も知る由もない。ましてや、アースラの決定に逆らって出てきたのだ。失敗は、許されない。飛んできた魔力弾を回避しアルフと交戦しつつ、フェイ トの様子を伺う。
上空で封印に集中している為戦いとは関係のない位置にいる。

「(あそこまで行けば)」

 なのはは上を見あげる。遠目に見えるフェイトに直談判するしかない。アルフをなんとか抑えて頭をどうにかする。と考えたようだ。
とても真っ当なやり方だ。レイジングハートを構えなおすとシューターをばらまき牽制しながら、ユーノに念話を飛ばす。

"ユーノ君、あの人を少しでいいから、抑えられる?"

"少しなら。でも長くはもたない"

 ならば、話は早いと空中で一時停止する。

「十分だよ!」

 デバイスの魔力残滓の排気を行い、気持ちもデバイスも切り替えるとフィンをはためかせてフェイトに向かって、最大全速で突っ込む。それに感づいたアルフ がなのはに向かい突っ込んでくる。

「行かせないって……言ってるだろッ!!」

「チェーンバインド!」

 ユーノからの一手。ライトグリーンの鎖がアルフの体を縛るものの、鬼の形相でチェーンバインドは魔力に物を言わせて引き千切る。
オレンジの誘導弾を邪魔者達にそれぞれ叩き込む。なのはは紙一重で避け、ユーノはシールドでなんとか防いだがアルフは止まらない。当然誘導弾だから、
避けたなのはには付き纏う。目障りな蚊のように周囲をぶんぶん飛び周りなのはも誘導弾をぶつけて相殺した時、次が来ていた。誘導弾ではなく、アルフが突撃 してくる。
ユーノが心配の声を上げた。獣が牙を剥いてくる。

「なのは!!」

「く……ッ!」

 プロテクションを張る暇は与えられない。襲い掛かってきた拳はレイジングハートの杖で受け衝撃に、体がぐらついた。飛行魔法の出力をあげて制御に顔を歪 めながらも、
それでもとばかりにアルフとの拳を受けながら言葉を放つ。

「話をしようよ! 何も変わらないって言ってるほうが、何も変わらないんだよ!」

「あんたも懲りないねぇ……馬の耳に念仏ってのを知ってるかぃ……ッ」

「それぐらい、知ってるよ!」

「なら」

 衝突していた拳が離れる、その代わりとばかりに反対の拳が振りかぶられて、再度。

「そういうことだよ!」

 新たに叩きつけられるがレイジングハートも今度は盾を展開する。

『protection.』

 シールドと拳が激突し衝撃と魔力が鬩ぎ合う。どちらが少しでも力を抜けば、簡単にはじけ飛びそうな危うい均衡だが、危ういのは何も2人の競り合いだけ じゃない。
歪みに歪み危うい均衡を保っているのはなのはの心も同じだ。歪な心は悲鳴をすすり泣いていた。誰にも、なのはにも聞こえない声でいうのだ。もう戦いたく無 いと。
それに気づかぬ当人もまた激する。

「どうして力で解決しようとするの? 話すこともやめたら人の意味もないよ、悲しいよ、嫌だよそんなの!」

 その言葉に初めてアルフに怒り以外の何かが浮上した。それでも拳の力を抜く気配は無い。
引きずる余計なな感情を振り払いアルフは歯を食いしばる。自分にも目の前の存在にも苛立ちが先立って仕方が無い。
ガキが言いやがる、ムカついて仕方が無いのだ。

「これが最後だよ、戯言にもおままごとに付き合うのはうんざりだ……ッ!!!」

 今一度アルフの反対の拳が硬く握り締められた。もはや、言葉は不要とばかりに今一度逆の拳が振るわれ
プロテクションに叩きつけられ三度目の衝撃が迸った。どこまでも苛烈に衝撃だけがただ続く。

「何も解っていない子供の一人よがりなんか、これ以上付き合ってられないんだよッ!」

 ラッシュだ。連続して拳が叩きつけられる、盾は拳を受けるたびに揺れ、その中に一つシールドブレイクが混ざり
プロテクションは破壊される。砕けたガラスのように、シールドが粉々に微塵と化す。なのはが次の行動を起こすよりも速く拳は突き出され殴り飛ばされる。

 吹き飛んだなのはに対し魔力弾を立続けに放たれる。連続して直撃していく中でユーノのシールドが、途中から着弾を阻んだ。心配の声が上がるも肝心のなの はは
落下を開始したが未だ意識は健在、苦渋に打ちひしがれながらも歯を食いしばり、手は未だにレイジングハートを握り締めたまま構える。
戯言? おままごと? 一人よがり? そんなの認められるわけが無い。落下を続けながらアルフを睨みつける。本心がむき出しになる。

「なのはッ!!」

"ユーノ君ラウンドシールドをどかして!!"

突如、頭の中に響く念話。それに対応が遅れるが声の追い討ちがかかる。

"早くッ!!"

"わ、解った"

ユーノがラウンドシールドを解除しようと魔法を操作するよりも、早く。なのはが痺れは切らし魔力の収束はスタートしていた。構えられたデバイスからは桃色 の魔力が蠢いていた。
そして、鈍くまるで子供を轢き殺す炸裂音が響き渡った。落下姿勢からディバインバスターがアルフに対し撃ち込まれる。

「な……ッ?!」

 驚いたのはほかでもないアルフだ。殴って魔力弾まで叩き込み、落下しているにも関わらずそれでも尚、砲撃を打ち返してくるそのド根性さ。
気合に虚を突かれたアルフは一瞬で砲撃に呑み込まれた。なのははconut1,2,3,4とした所で砲撃の手が止め、ふわりとその場に浮き上がる。
危うく、海中に落下する所であった。すかさず、レイジングハートのヘッド部分が排気をこなす。それは己の呼気のようでもあった。

 その間にもなのはは肩を上下させながら、荒い呼吸を繰り返しフィンを羽ばたかせ一気に上昇を開始する。この時、一つ問題があったが無視して飛んだ。
アルフの存在には眼もくれずに一直線にフェイト・テスタロッサへと向かう。

「(フェイトちゃん……!)」

 まだ間に合う。話せば、話し合いでことを収める事ができる筈。上昇を続けながらなのはの頭の中はフェイト・テスタロッサ一色になっていた。
以前公園で話そうとしてくれた時の眼が酷く自分に似ていたから、だから、手助けをしてあげたいと思う気持ちがなのはの心には強く芽生えている。
1人寂しい思いをするのは慣れる様でなれるものではなく、またそんな想いをしなくてすむならしないほうがいいに決まってる。

 自分がやらねば誰がやる? 管理局は彼女を捕まえようと躍起になっている。アルフは、フェイトの味方でも話すら聞いてくれない。
心が頑なな人間にそっとよりそうだけでもいい、解る人間がいることを教えてあげなければ、たった一人で寂しい想いをする人間は、壊れてしまうのだから。
なのはにアリサもすずかも家族もいた、でもフェイトは今も1人だ。だから、

だから

だから、

「フェイトちゃん!」

 ついに間合いに捉えた。なのはがフェイトの高度まで達して横に並ぼうとした時。ようやく目的を達しようとしたにも関わらずフェイトはなのはの存在を確認 しながら、
顔を顰めた。表情から見て取れるのはまるで嫌悪するような眼だった。

何お前、うわうっざ……こっち来んなよ。

 そういった類のものであり、特にはっきりと解ったのが、"邪魔" というものだった。だから、フェイトからなのは渡されたものはただ一つ。
拒絶。ただそれだけだった。なのはは勘違いをしていた。確かにフェイトは純粋であり、今の状況に束縛されていなければ話し合いも通じただろう。
だが、彼女にとっての最優先は母親であり高町なのはではない。ましてや想いや感情論など唾棄すべきものでしかない。さらばリリカル。

マジカル。

「なのは、危ないッ!!」

 ユーノの警告が飛ぶも、フェイトからの思いも寄らぬ表情に虚を突かれたなのはは身動き一つ取れない。助けてあげようとした相手にすら手を振り払われ、話 すらできない。
ましてや自分は何一つできていない。今までの戦績から見てもあるものが浮かび上がってくる。「負け越しの上ジュエルシードを取られてばかりの役立たず」そ れが頭の中を占めて、
何一つ考えられず、動きは数秒の間停止していた。俗に言う頭は真っ白になっていた。ましてや、頭の中を反芻するアルフの言葉の数々、戯言? おままごと? 一人よがり? 

 自分はフェイトの事を解って上げられているようで、本当は何一つとしてわかっていなかったのか? ただ気持ちを押し付けているだけの独善に過ぎなかった のか。ならば、
今まで自分は何のために頑張ってきたのか。何一つ答えがでないまま、ただなのはは唇を半開きにしたままに、動けずにいる。戦場で棒立ちにしている人間な ど、ただの的だ。流れ弾にあたって体が崩れるのが妥当なんだろう。
下後方よりそれを顕著に表すアルフが、砲撃の用意を展開していた。怒りと憎しみを込めての一撃。

「サンダぁぁああ゛あ゛… ・・・!!!!」

 正確にはなのはより右斜め下後方およそ130の距離から狙いをつける。己の身は先程の砲撃によりガタガタだ、それでも主にネイゲン弄する白いのがますま す許せない。片手でなのはに向かい腕を伸ばすアルフの姿があった。
フェイトのように体が帯電することはなくとも威力は決して劣らない。そして、先程はよくもやってくれたな糞餓鬼という憎しみから威力は倍増し。なめんじゃ ねぇという意気を孕ませてトリガーワードと共に砲撃は放たれる。

「スマッシャぁぁぁあああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!」

 オレンジの砲撃がなのはに向かい一直線に突き進む。ユーノは顔を顰めながらも、遠隔のシールドをなのはの右下後方に対して張るも咄嗟のシールドで構築が 甘く脆く拙いものだった。盾と砲撃が激突する。一秒、二秒と
シールドは耐えたが、それ以上は無理だった。

「なのは避けてッ!!!!」

「……え……?」

 動揺し、まるで状況が把握できないなのはが右下に気づいた時、もう遅かった。手遅れだ。人は、時を戻す事はできやしないのだから。その身を砲撃に晒され る。
先程と全く反対の展開となった。アルフは片手で砲撃を出しながらも先程見舞ってくれた時同様にcountをone,two,three,fourと刻んだ ところで苦痛に顔を歪ませながら砲撃の展開を止めた。
もう片方の手ですかさず魔力弾を形成しし駄目押しとばかりにぶん投げた。

 しかし、砲撃が解除されるとなのはの体は先程と同じようにぐらりと傾き再び海上へと落下を開始する。アルフはそれを見ると魔力弾の弾道を逸らし、海へと 落とした。白いのが落下する姿がほんの一瞬だが
フェイトに重なりその手を止めたとも言う。もう、砲撃を返してくることも、誘導弾で反撃してくることも、フィンで自分の体を反転させることはなかった。
敗北。その光景を、誰もが眼にする。アルフも、ユーノも、そして、アースラのクルーも、エイミィも、クーパー、クロノ、リンディ、誰しも見つめていた。

「なのはーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!」

 轟く、ユーノの声。それにしても、子供の声はよく響く。

 なのはが落ちた。だがその程度の時空管理局でもない。誰しもメインスクリーンで撃墜していく光景を眺める中で、クーパーはぽつりとクロノに呟いた。
まるでおはようとでも言うように。左目は相変らずスクリーンを見入っていた、離れる事は無い。

「…出ますか?」

「待つに決まっている」

 クロノは切り捨てる。この程度で組織が変更する訳がない。待つという命令に反したのはなのはだ。その人物が撃墜したところで、
追加人員をだすこともない。押しに押して出撃した結果だ、最悪の結果とも言う、クロノに伺う。

「…フェイトの自滅まで待つ、でしたっけ」

「ああ」

 映像の中では墜落したなのはをユーノが助けていた。でも、直ぐにアースラからの転送が始まりその姿は消え去る。
艦長、リンディ・ハラウオンが治療の指示を飛ばしばたばたと動く人がみて取れる。そんな中で忙しさとは無縁の
クーパーとクロノの話は続く。

「…もしも」

クーパーが呟きにクロノの目がようやく動いた。

「…もしもフェイトが、一人で封印を完了させたら?」

その答えには鼻息で一蹴する。

「どちらにせよ待つんだ。封印できているなら僕がしなくて済むだけだ」

今一度溜息をつきながら、ここでフェイトの封印する姿を眺めているさと突っ込まれたが

「君は出ないのか?」

溜息一つ。

「…生憎、僕は飛行魔法を習得していませんし、海上で足場作って空戦魔導師とやりあおうとは思いません」

「冗談だ」

 スクリーンに映るフェイトは津波相手に四苦八苦している中、アルフが補助に入り、乱れるジュエルシードからの津波、
竜巻をバインドで押さえつけようとしている。それが要となったかフェイトの動きはスムーズになってしまう。

「…なんだか、成功しそうな雰囲気ですね」

「艦長」

クロノが声をかけるとリンディは振り向き一つうなずく。以心伝心か念話か知らないがいい連携だ。

「出撃待機します」

「頼んだわ」

 クロノが踵を返しブリッジから去っていく、スクリーンを見ていたクーパーはクロノの後姿を眼で追いかける。
これで執務官まで失敗したらなかなか面白い展開だが、どうなることやら。クーパーはメインスクリーンを見やった。
画面の中にクロノが映った時、どんな戦いをするのだろうか。なんとなくクーパーは考えてみた。
ぎゅっとアルトを抱きしめる。

「よし」

 フェイトは体を酷使しなんとか封印まで形になるところまでもっていけた。後は、封印実行するだけだ。吐息を落とす。
体中がギシギシ軋みをあげ悲鳴もあげている。後少し、意識と体力が持ってくれればいい。たとえジリ貧だとしてもアルフがいる。
封印さえ完了すれば後はどうにでもなるのだ。

 だから、一気に封印ができればそれでいい。後少しの辛抱だ。語るべき言葉はここにあらず、ただ目的を達する為に突き進むがフェイトという人間だった。
舌が唇を舐め激痛ともう少し付き合わなければならない。気絶するのはその後だ。

「やろう、バルディッシュ」

『sir.yes.sir.』

 いよいよバルディッシュをシーリングモードへと移行させる。いざ封印だ。呼吸を落ち着かせて平静を取り戻そうとする。
心はいかに熱くなろうとも手許をそれの影響を受ければなんの意味も無い。

「(アルフも手伝ってくれてるんだ、いける)」

 魔力は残滓の欠片も残せまい。残り少ない魔力をフル稼働させて無理を押し通そうとする。母の為、自分の為。やらなければなるまい。
高らかとバルディッシュを掲げ身にまとうマントをはためかす。ここからが勝負だ。

「ジュエルシード、封印!」

『Ssaling.』

 5つのジュエルシードを一度に封印しようという荒業。フェイトの魔力に対し海と空は怒ったように荒れている。
それでもやらねばなるまい。ここで失敗すればもう後が無いのだ。バルディッシュを強く握り締めたまま成功を願う。

「……ッ!!」

 ジュエルシードの余波に引きずられて封印の力が僅かにぶれながらも、フェイトが力を抜く事は無かった。
衝撃で体がばらばらになりそうだが必死に魔力制御に集中し抗う。体も心も、バラバラになりそうだった。

「頑張れ、フェイト!」

 アルフの声が耳を掠めた。でもその声も直ぐに反対の耳を流れる。頭の中が真っ白になろうともバルディッシュを手放すことはない。そんなフェイトを嘲笑う かのように一度だけ、
天から降り注ぐ、稲妻がピシャリと音立てて周囲の視界をゼロにした。何もかもを真っ白にする光の中で海中のジュエルシードにここだとばかりに封印の魔力を ぶつける。
まるで、鰹の一本釣りのようにバルディッシュがぶん回されていた。誰一人として稲妻の光で見えはしなかった、が。

「ジュエルシードの封印を確認ッ!」

オペレーターの報告を聞いてリンディは顔を顰めた、とてもじゃないが人間技ではない。できないと踏んでいたにも関わらず成し遂げてしまうとは、敵といえど 驚嘆に値する。

「なんて子なの……、クロノ執務官」

既に転送室で待機しているクロノはセットアップを完了しS2Uを手にしている。
何も問題は無い、という顔だ。

「了解です艦長。エイミィ転送頼む」

「了解ッ!」

音声通信と共に、エイミィの右手がキーボード上を素早く走る。時間も余裕も無い。素早く、

「クロノ君、行くよ!」

「ああ」

執務官である、クロノが出撃した。






「フェイトッ!!」

 封印完了と同時にフェイトの体は落下する。アルフは慌ててフェイトの落下地点にキャッチ用の足場を形成して、主が海に落っこちるのを防いで受け止められ た。
海中へと沈んだら二度とあがってきそうにない主に安堵する。フェイトとのラインもまだ繋がったままだから、ただ疲労困憊で気絶しているだけなのだろう。そ れでも、
ようやくの事に一息ついた。

「ふぅ……」

 そんなアルフだがそうはいかぬが管理局。転移用の魔方陣が現れるや否や見覚えのある少年が海上に姿を見せた。
アルフは舌打ちをして出迎える。むかつくのなんのその。

「そこまでだ」

「少しは遠慮してほしいもんだね……」

 苦虫を噛み潰し構えると、アルフはクロノに宣言させる間もなく射撃を打ち込んで下がる。当然とばかりにシールドで防がれる。
クロノは改めて宣言する。

「時空管理局、執務官のクロノ・ハラウオンだ。投降すれば弁護の機会は与えよう」

「悪いけどお断りだね。どいつもこいつも、管理局ってのは木魚に語りかけるのが好きなのかい?」

 さらに射撃を打ち込みながら下がる。その場の選択としてはジュエルシードを取るかフェイトを助けるべきか。どうすべきか。
主はきっとジュエルシードというだろうがアルフは迷った。この場でフェイトを見捨てる事などできるものか。
だが主が決意している以上・・・と感情の板ばさみにあう。さてもさても、アルフが判断に迷っている間にも、直ぐ近くで新たな転送が始まった。

「な……ッ!?」

 また時空管理局かと思った矢先。現れた人物にアルフは目を疑った。なにせ、いや、なんせか。
新たな人影は黒く長い髪を靡かせる。その子の容姿は驚いた事に髪色以外はフェイトと瓜二つだったのだ。
アルフとクロノの間に現れ、一方には警戒をそして一方には忠告を。

「アルフ、フェイトは私が回収する。早くジュエルシードを」

 髪が黒いフェイトが現れた。ただし、髪が黒いだけに印象が随分と変わる。思わずぽかんとしてしまうアルフ。
主に瓜二つで口調までそっくりなのだ。

「急いで」

「わ、解った」

 アルフはさらに後退しジュエルシードを回収しようとする。
クロノはそれを止めようとしたが当然阻まれる。髪の黒い、フェイトだ。

「させないよ、執務官」

 手をかざし今にも魔法を発動しますというのが目に見えている。クロノも2Uを構え対峙する。
このままでは、ジュエルシードが奪われる状況に歯噛みする。

「何者だ、フェイト・テスタロッサの関わりがあるのか?」

「そうだ。関わりがあるから助ける。でも名は無い。ノーネイムだからノームとでも呼ぶといい」

 髪が黒いフェイトは淡々と述べる。敵意があるようには見えないが邪魔をする以上クロノにとっては敵でしかない。
そんなクロノにノームは嘲笑もなく感謝を述べた。

「貴方が真面目で優しい人で助かったよ」

「何だって?」

「サンダースマッシャー」

get set.

「!!」

 ノームの手からバチンと電気が弾ける。彼女もまたフェイト同様電気変換体質なのか。クロノは咄嗟にプロテクションを張るも生憎の所、ノームが狙ったのは クロノでは無く海面だ。
砲撃が海面に向かい放たれ海面に衝突すると凄まじい飛沫が周囲に飛び散った。当然、クロノも飲み込まれる。行動を停滞させられた上、視界を阻まれる。

「く……ッ!!」

 目くらましだ、気づかなかったクロノは自身を呪ったが腐っても執務官。水しぶきを浴びながら飛行魔法で突進し強制的に視界を開けさせる。

「(どこだ!どこにいる!!)」

 直ぐ様アルフとのやり取りを思い出し、己の行動がますます誤っていたことに気づく。目くらましはフェイトの回収の布石、
探した所でいる場所は決まっている。未だ舞い上がる飛沫にも構わずクロノは叫んだ。

「スティンガーレイ!」

 S2Uから魔法を発動させ飛沫を上げる潮にも構わず見えないフェイトの位置を狙い魔法をぶっ放す。そして、僅かな魔力反応が返ってきた、クロノはシール ドで弾かれた事を知る。
飛び散っていた潮が重力に引かれ海に戻った時ノームはフェイトを抱きかかえながら、シールドを展開させていた。スティンガーレイも見事防いだらしい。

「流石は執務官。視界を潰しているのに、攻撃の手まで伸びてくるとは思わなかった」

「このまま、僕が逃がすとでも思っているのか」

S2Uを構えて逃がす気はありません、というのを見せ付ける。それでも黒い髪のフェイトはふっと微笑んだ。

「逃げるよ、それが私の仕事だからね」

「ブレイズキャノン!」

S2Uを構えすさかず砲撃を放つ。だが、ノームはシールドを張ったまま抱かかえる妹にそっと呟く。

「帰ろう、フェイト。母さんが待ってる」

「待て!」

 シールドを展開させたままブレイズキャノンを防ぎきりさらには転送魔法までこなしてみせる。
金と、黒の姿は跡形も無く消え失せ、周囲には、潮の匂いが満ちるのみ。後は、苛立ちぐらいのものか。
一人、クロノが場に残された。

「逃がしたか」

 苦い顔つきで呟く。S2Uをカードの待機モードに戻し忌々しげに毒を吐く。

「次は無い」

 金が来ようが黒が来ようが獣が来ようがお構いなしだ。心の奥底では気炎を沸々と滾らせて次を待つ。
その頃、アースラ。

「敵ロストしました! 多重転送で逃げています! 追いきれません!」

 メインスクリーンで状況を確認していたリンディはイスに深く腰を落とすと、深い溜息をついた。逃げられた上ロストロギアは5個敵に回収された。
これでは、管理局も面目丸潰れである。これで、敵側に7、なのはが5、クーパーが3だ。残り、ジュエルシードは6になった。リンディは、
吐息を落とした。

「警戒態勢を解除、とりあえず、クロノを回収してあげて」

「了解です」

 ブリッジは慌しく動いている。その中で、クーパーの左目は未だにメインスクリーンを睨んだままだった。

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