アースラ医療室でなのははベッドの上で横になっていたが、くすくすと笑っていた。

「大袈裟だよ、ユーノ君」

 横になったままベッドの脇に座るユーノを笑う。アースラへと転送されてから医務室で安静していると直ぐになのはは安定を取り戻した。
外傷や魔力ダメージがあるわけでもなく、見た目は至って健康そのものだ。それがユーノの懸念を大きくさせる。

「うん……、でも無茶しちゃ駄目だよ」

「解ってるよ。大丈夫だって」

 なのはを見ると安堵の溜息と納得しかできない。本人が平気という以上平気なのだろう。信頼しなくてはならない。
溜息もつかず顔を上げて何か言おうとした時。医務室の扉が開き姿を見せたのは、驚いたことに艦長であるリンディ・ハラオウンだった。
慌てて立ち上がろうとすると手で制される。

「ここは医務室だもの、楽にしてくれて構わないわ。なのはさんもね」

「あ、はい」

 体を起こそうとしていたなのはも止められてしまう。それでも、話をするのだからと横になっていた体を起こす。
リンディも適当なイスを引っ張ってくると腰をかけた。

「さて……、どこから話しましょうか」

 リンディが切り出したわけだが、2人は沈黙してしまい、そんなに硬くならないでと苦笑される。
二人にすれば相手は提督でありどうしても態度は硬くなってしまう。なのはとて魔法の世界の全てを知ったわけでは無いが艦長や提督、
という立場がどれほどのものかは理解できる。凄い偉い相手だというのは当たり前を飛び越えて当たり前の話すぎる。
ユーノは言わずもがな。緊張しっぱなしだった。

「ユーノ君は、スクライアの一族で発掘を担ったその責任から、今回のジュエルシードの回収まで携わった。
なのはさんはこの地球での現地協力者、っていう扱いでいいわよね?」

「はい」

ユーノとなのはの返事が被る。少し、なのはの声は小さかったがちゃんと頷いていたし問題はない。

「そうね……、2人とも、よく頑張ってるんだけど、私からのお願いを、ちょっと聞いてくれるかしら?」

「?」

一度、顔を見合わせながら、相槌を打つ。リンディも、一つ頷いておいた。

「ユーノ君も特になのはさんも。ジュエルシードを集めるっていう気持ちは立派だけど、これ以上、2人に危険な作業に従事させるわけにはいかないもの。
時空管理局が責任を持ってこの後の回収作業とフェイトさんの行方を追わせてもらうわ」

「それは」

 ユーノが戸惑いの声をあげるが、リンディが、そう安々と意見を変えるはずもなく。

「ええ、私としては、2人に手を引いて欲しいの」

 意味を手繰れば、後は引き継ぐから貴方達はそれぞれ元の世界に戻りなさい。ということだ。

「で、でも……!」

なのはが精一杯の反論を掲げる。

「私もユーノ君も、何か手伝えることはないんですか?」

「なのはさんの気持ちも解らないでもないわ。でも、危険だということは解ってほしいの」

 それでも尚、なのはは食下がった。

「危険だったら、危ない目にだったらこれまでも何度も合ってます。ですから……!」

「なのは、少し落ち着いて」

 ヒートアップ気味だったのをユーノに諫められる。なのは自身も遅れて気づいたのか、慌ててリンディに頭を下げた。

「気にしないで。それよりも、時間も時間だから、一回ご自宅に戻られたほうがいいわね。
ご家族の方もきっと心配されてるでしょうし」

「あ」

時計を見れば、既に時刻は七時になろうとしている。流石にこのまま連絡なしだと、
まずいとなのはは携帯を取るが、電波の状態を見て違和感に気づく。

「あれ……? 圏外になってる」

その反応を見て、思わずリンディは微笑んでしまう。

「それは勿論。この艦は今地球の軌道上だもの。流石に携帯電話の電波は届かないわ」

「そうなんですか……」

貴方は今宇宙にいます、ということを告げられてもへーとかほーとか、適当な感慨の言葉しか出てこない。何せいるのが重力のあるベッドの上だ。自室にいるの とさして変わりが無い。

「一度自宅に戻って、一晩ゆっくり考えたほうがいいわ」

「そう、ですね」

 リンディの言葉にユーノが賛同する。そこで一旦この場はお開きとなり、リンディへの返事はまた後日。ということになった。
その後は医務室に姿を見せたエイミィに転送室まで送ってもらって、2人はアースラを後にする。それを見送ったエイミィはブリッジに戻る。
当然、艦長席には、リンディの姿が見えた。自分の席に座る。

「あの子、ユーノ君の話だと凄いらしいですね」

「そうね。強力な砲撃魔法を使える魔導師も、数少ないわ」

 吟味する、というよりもエイミィの言葉とリンディの眼には別のものを写していた。スクリーンには、数時間前。
クロノが公園で介入した時の映像が映し出されている。その中でリンディが注目すべきは唯一人、高町なのは。
今回は砲撃も使っていないがそんなこと些細な問題でしかない。隻眼の子に抱きとめられるなのはを見つめたまま、リンディはスクリーンから眼を離せなかっ た。

 果たして、その砲撃の使い手は吉と出るか凶と出るか。より詳しい情報を欲するが待てば海路のなんたらと言うべくか?
今クロノはアースラにいない。そしてクーパーもいなかった。スクリーンに写っているなのはをリンディはただ見つめる。
果たして、何を考えているのか。










【Crybaby 第11話】





 なのはとユーノが一時高町家に帰宅した頃クロノ・ハラオウンは少々出張して地球に降りていた。ただし、正確な場所は解らない。海鳴のどこか、
と思わしきワンルームマンションの一室にいるのだが外の風景はカーテンで遮られ、魔力探査のジャマーや、妨害魔法が幾重にもかけられている。
アースラとの通信はおろか、魔法すら使えない状況の場に来ていた。このマンション来るまでにも、多重転移を重ねてやって来たのだ。

 地理に詳しくないクロノには解る筈も無い。正直生きた心地がしないというのがクロノの感想だったが、虎穴に入らずばとばかりに突き進んだ執務官だった。
ワンルームの中は家具や家財といったものは一切置かれていない。まるで引越ししたばかりの家のようだ。一応の照明は灯されており、クーパーはクロノと反対 の壁に座り込んでいる。

 2人は対面する形でそれぞれ壁際に腰を下ろしている。もう一つ。クーパーの近くには大型のアルトが腰を下ろしていて眠っていた。
今の時刻は大凡20時をまわっている。なのは達をアースラに回収してから数時間後の話である。尤も、今のクロノには時間の確認もできやしないのだが。
そもそもという話、なのはとユーノをアースラに収容した際にジュエルシードについて話がある、と振ってきたクーパーに乗ったのがクロノだ。そういうわけで ここにいる。

「全くと言っていいほど、生活感の無い部屋だな」

 クロノは愚直なまでの感想を漏らすと、左目も感慨も無く答える。表情の変化は一切見せない。まるで人形だ。

「…ええ。この世界に、永住する気はありませんので」

 クーパーの手がアルトに伸び毛並みに沿い手が動く。だが撫でられてるアルトはイビキをかきながら熟睡している。
クロノに対し威嚇もなければ警戒もなく。存在自体が威嚇なのだろうか。
はてさて。

 今この場で複数の魔法がかけられており、クロノは魔法が使えない。AMFしかりその他諸々だ。
クロノも襲われればそれまでだ。

「それで? 態々僕をこんな場所に呼び出したんだ。用件は?」

 切り出すと改めて左目が見据えてくる。その何一つとして感情の色を伺わせぬ眼光にもクロノは視線を逸らさない。
執務官として数々の任務をこなし多くの多くの人と接してきたが、クロノは眼の前の相手がただの発掘者とは思えない何かを感じる。
ただし、それがなんなのかは解らず平静を装う。今居るのはあくまで話し合いの為だ。戦うためではない。無論、腐っても執務官が眼力一つで怯むはずもない。

それでも、腹に何を飼っているかも解らない隻眼野郎に、一度だけ、普段とは異なる呼吸で自分を落ち着かせる。
どうあっても自分のペースを乱す訳には行かない。相手のペースに呑まれれば交渉は失敗に終わるのがつきものだ。
左目はのたまう。

「…いくつかお願いがあります」

「なんだ」

「…まず、今回の件から僕も手を引きません」

 それを言われてもクロノはいい顔はできない。一般人が事件に首を突っ込んでまだ帰りたくありません、 などと言われて解りましたご自由にどうぞー、などと言える警察官居る筈も無し。
無論、クロノは警察官でもないのだが。そんな不届きな輩は邪魔と言えば邪魔だったが一概に帰れと言えるクロノでもない。2、3手先を読みながら質問を返 す。

「それは何故だ」

「…言えませんが、一つ面倒な事がありまして」

「何がだ」

「…あの人」

「あの人?」

 鸚鵡(オウム)返しに聞き返す、あの男の名前をクーパーがなかなか口にせず……黙々とクロノを見入っていた。

「…ユーノ・スクライア、です」

「ああ、君の兄の?」

 クロノもここに来る前、姿を確認しているし、一言二言。話はしている。あの男というからもっと大袈裟な人物や関係を想像していたがそうでもないらしい が、
見た目と関係は解らないものだ。クーパーは一つ頷く。

「…そうです。僕の兄の」

「それがどうかしたのか」

「・・・僕はあれと、あまり関わりたくないんです」

 不可解な兄弟であった。ふと気づく。クーパーは震えていた。右手で前髪をかきあげてからそのまま頭を押さえ、ずり落ちるように顔の右半分。眼帯に包まれ る部分をも掌で包み五指が髪の上から頭皮を握り締めていた。
憎しみと恐怖らしきものを抱いている風に見えた。それがなんなのか、と思う前に、クーパーの表情は平常に戻ってしまう。ひとまず言いたい事を全部吐かせよ うと先を促す。

「それで?」

「…まとめてしまうと、恐らくユーノ・スクライアも高町なのはも今回の件については首を突っ込み続けるでしょう。
理由は違いますが僕もそれは変わりません。我侭で申し訳ありませんが、参加を前提にしたお願いしておきたい事があります。
ユーノ・スクライアにどんなことであろうと僕の情報を報せない事。それだけです。それを守ってくれるなら
今回の件が終了と共に僕の手持ち分のジュエルシードを全て譲渡します」

 あまりにも糞な話だった。
ため息を落とす。

「随分自分勝手な物言いだな」

「…アレとは必要以上馴れ合いたくないんです。その上でこの事件に一般人が首を突っ込み続けたいが為の我侭です」

 ただの駄々っ子だ、と思うがクーパーがロストロギアを有している以上無為な言葉の衝突は避けたかった。下手に怒らせるわけにはいかない。
そしてそれを解った上で相手も話を進めているのだろう。むかつくことこの上ない。勿論、それを表に出すクロノでもなし。

「そんなことより、今ジュエルシードを渡そうという気はないのか」

「…ありません。今回の事件に関して僕にとってはスクライアも管理局も、そしてロストロギアもどうでもいい問題でしかありません。
勿論手伝わせて頂けるなら協力は惜しみませんし要請されれば動きましょう。如何様であれ先程のことを守って頂ければ、ですが。
守って頂けない場合はジュエルシードはお渡ししません」

 舐めてる。いや、時空管理局を舐めきっている。そんな率直な感想をクロノは考える。見下すにも程がある。それでも怒りを殺すあたりクロノは大人だ。
それにしてもやたらと子供じみた話をされたわけだが一概に悪い話でもなかった。陸戦とはいえフェイト達を相手に単独で立ち向かう事もできる魔導師なのだ。
一時的にアースラが保有できる戦力としてはにはなかなかのものだった。

 それに、クーパー・S・スクライアに関しては艦長からの頼まれ事もある。決して損ではないとクロノは踏む。だが、
そこに落とし穴があろうがなかろうがどうしても、一つ聞きたい事が胸の内でざわめく。こればかりは譲れないと口に出す。

「君は何を望むんだ。クーパー・S・スクライア」

その問いかけにも、やはりクーパーは顔は変化を示さなかった。その代わりといってか手が拳を固め床に置かれ、
ゴツゴツと叩いてみせる。

「…特に何も」

 怒りもなければ悲しみもない。顔は能面の様。先程は僅かに変化を見せたが直ぐに落ちついて左目にクロノの顔をそのまま映すだけ。クーパーの表情から何一 つ読み取れぬ以上言葉から探るしかない。
一般人のむしろ発掘屋に似合わぬ違和感は多少なり覚える。クロノは、一瞬で見抜いて見せた。

「何故そこまで、君はユーノに固執する」

「…確執と我執が僕の中でこびりついているだけです」

 拳が最後に、いや今一度強く握り締められると。一つ床に重い音を響かせた。階下の住人はさぞイラッとしたことだろう。

「…それだけです」

 最後に、悲しげな表情を見せたが、結局クロノにはクーパーのことがよく解らなかった。兄はあれほど優しそうな人間なのに、
兄弟でこうも違うものか。そんな感想を覚える。結局、クロノはクーパーの要望を受託した。このまま駄々をこねられ、
ジュエルシードを渡さないと言われるほうがよっぽど面倒だし使える魔導師の1人や2人いても損はない。

 空が飛べなくても、だ。いざとなったら戦力になるしありがたいことには変わりないのだ。お安い事である。
最後に、承諾の意味もこめてシェイクハンドを一つ交わしておく。

「君に連絡したい時はどうすればいい?」

「…念話なりアースラからの通信で報せてくれれば構いません」

 クーパーは指をパチンと弾く。それまで走っていた妨害魔法が全て取り除かれる。
クロノも自分がどこにいるのか。そして、アースラとの通信が可能になったことを、確認する。

「いいのか」

「…態々妨害魔法を張っていた理由は貴方との話が拗れに拗れた時の為です」

「……」

 となると2人と1匹のワンルームの環境で勝者になるのは1匹しかいない。先程目覚めたアルトは体を起こしてクロノを黙々と見つめている。
威嚇の唸り声一つあげないだけまだマシだが、もしも、あの要望に応えない、ないし何かの問題が生じていた場合はどうなっていたことか。考える気が起きな い。
クロノもライオン並の獣と素手でドッグファイトして勝てるとは到底思えない。魔法があれば、話は別だが。

「…それじゃ、何か要望があればいつでもどうぞ」

 そう言いながら、どこから取り出したのかニット帽を深く被り、アルトによりかかって横になってしまった。
少しだけそれを見ていたが、アルトがじーっと見られている事に気づく。なんだか妙な感覚だが、クロノは寝入ろうとするクーパーの、ニット帽を引っぺがし た。

「…なんですか」

「すまないが一緒にアースラに来てくれ。艦長が色々聞きたい事があるそうだ。安心してくれ、
別に今の内容についてどうのこうのじゃない」

寝転んでいたが体を起こしたクーパーは頷く、協力すると言った以上協力するのが筋だ。アルトの体を小さくしてからよいしょと立ち上がる。

「…了解しました」

 体を小さくされたアルトも起き上がると、鳴きながらクロノに近寄り擦り寄ってくる。なでておくれと言っている風に見えなくも無い。
これで体がでかければ、小僧、オレを見るのは齧られたいからか、になりかねないから恐ろしい話だ。転移魔法の光に包まれて二人はアースラへと移動した。









 翌日、再び夜のアースラブリッジ。

「ですから僕は兎も角として。なのはは十分にそちらの戦力になると思います」

 ブリッジメインスクリーンにドアップのフェレットの顔が映し出されている。とてもシュールな光景だが、誰も突っ込まないあたり、
そこはプロといったところか。そして、そのフェレットの話し相手となるのが、このアースラの艦長のリンディ・ハラオウンだった。
真摯な表情でユーノの話を聞いていた。

「現に、フェイトもなのはの話しかけに応じようと言う素振りを見せていました。リンディ艦長。お願いします。ジュエルシードの回収作業に、」

「いいですよ、ユーノ君」

 突如、OKと思わしきコメントが艦長から飛び出して、スクリーンドアップのシュールなフェレットに、驚きが舞い降りる。
こうも簡単に許可がでるとは思ってもいなかったのか。

「え?」

「なのはさんと、それに貴方にもジュエルシードの収集に協力してもらいます。
話し合いの解決で済むなら、フェイト・テスタロッサとも、武力を持たずに解決させたいですしね。貴方達の力を貸して下さい」

 それを聞いて驚きから喜びに転ずる。フェレットが頭を下げた。

「ありがとうございます、リンディ艦長」

「艦長なんてつけなくていいのに。リンディさんでいいわよ。ユーノ君」

「はい……」

 遠慮しがちながらも二、三言葉を交わしてから通信は終了した。メインスクリーンには、その他の通信の状況や現在のアースラの状態やら、細かなもの情報に 切り替わった。
既にアースラはジュエルシード探索に乗り出しており、それらの関連の情報もひっきりなしに飛び出してくる。
そして、リンディの脇に控えていたクロノがぼそりと呟いた。

「良かったんですか艦長」

「何も良くないわクロノ執務官。ええ、本当に」

 親子が、互いに役職で呼びあう。リンディは溜息をつきながら眉間に皺を寄せる。
美人が台無しだ。眉間を揉み解しながら現状を憂う。

「あんな小さい子が……戦うのよね」

「僕は9歳の時、もう局員でしたよ」

 それを言われると為す術は無い。リンディは、心に突き刺さったまま抜けない楔を引っ張られたような気がして。
息子は9歳、そして特例とも言える速さで法に則る職務につき執務官の役職をこなしている。これはある意味病気と言ってもいい。ワーカーホリックを超えた何 かだ。
本来のクロノの年齢ではまだ外で遊んでいる年頃に違いないというのに、相手にするのは犯罪者や事件ばかり。後は書類に管理局の人間だ。

 リンディは息子の境遇と自身を少しだけ呪う。そして、ぐっと眉間を指で強く押すと再び目先の人物を考える。
脳裏に浮かぶのは高町なのは。砲撃魔法の使い手であり果たしてどのような結末を見せてくれるのか。
残念ながら口許に、笑みは浮かばない。

「本当に、大人っていうのは駄目ね」

 リンディの自嘲は誰にも聞こえることなく溶けた。数十分後、艦にはアラートが走ることになる。
その、数十分前。


 時の庭園内でフェイトが目を覚ますと、固く冷たい床の上に横たわっている事に気がついた。
連日、母親に鞭で散々叩かれそのまま気絶するを繰り返していた事に気づく。母親の姿はどこにもなかった。
全身ミミズ腫れになっていて少し体を動かすだけで、激痛に苛まされた。痛みを引きずりながら体を起こす。

 四肢を動かしただけで痛みで顔を顰めてしまう。それでも、行かなければならない、むしろ行きたかった。母の為に。
歯を食いしばってフェイトは歩く。よろよろと、いやふらふらとその場を歩き、母親から拷問を受けた部屋から抜け出すとそこには使い魔であるアルフの姿が あった。
いい顔はしていない。

「行くのかい?」

 その目は酷く悲しみに満ちている。アルフは止められるものならば主の愚直な行動を止めたいがそうもいかない。
主はたとえ四肢をもがれ、何一つ満足に動けない体になったとしても母に行け、ジュエルシードを探せと言われれば、ただ一言。「はい」としか言わないのだろ う。
そして主もまた、お決まりの台詞を使い魔に吐くに決まっている。醜く、悲しい話だ。

「うん、ごめんねアルフ」

 毎度毎度の話だが謝るぐらいなら、やめておくれよ。というのがアルフの本音だった。あの糞婆に篭絡されているフェイトは、
行けと言われれば行く、やれと言われればやる。何事も忠実に命令実行する、操り人形同然だ。それでも尚、アルフは歯を食い縛った。
本心は違うそんな事認めないと叫び続ける。

「(この子は操り人形なんかじゃない、ちゃんと感情を持って、ちゃんと笑える子なのに……)」

 だというのに、今のフェイトの笑顔はとても痛々しく悲しい。ごめんねアルフという台詞も何度聞いたか。母さんの為、というフェイトの気持ちも解らなくも 無いが、母に甘えたい年頃の子が虐待され、
愛も受けずに馬車馬のように働かされるのだ。正直腹の中が煮え滾る。あいつを殺したい気分でいっぱいになる。それでも、主がやるというのを、アルフは止め られない。使い魔とはそういうものだ。
主がやると言った以上仕方なし、主の為に命を賭けて事に臨むだけだ。全ては主であるフェイトの為に。

 使い魔は決意を新たにする。どんな邪魔がこようと必ずぶちのめす。フェイトの邪魔は絶対にさせるわけにはいかない。
目標はジュエルシード、フェイトが目標を達せられればそれでいい。命が、なんぼだ。管理局が、なんだ。
命一つと決意を天秤に乗せた使い魔と共にフェイトが動く。

「行こう」

『sir.yes.sir.』

 展開されたバルディッシュを手に傷ついた体を隠す、バリアジャケットを身にまとい漆黒のマントがはためいた。
回復もろくせずにフェイトは深い呼吸を一つ。アルフは手を叩き合わせやる気を出す。誰が為の戦いか、その理由は人それぞれだが誰しも帰結すれば己が為に動 いている。
さあ、行こう。誰かの為に、己が為に。

inserted by FC2 system